超・格差社会アメリカの真実超・格差社会アメリカの真実
著者:小林 由美
販売元:日経BP社
発売日:2006-09-21
おすすめ度:4.5
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筆者はアメリカに駐在し、ニューヨークに2ヶ月、あとは2回に分けて合計9年間ピッツバーグに住んでいた。

アメリカに9年住み、出張や旅行で全米50州のうち38州(+プエルトリコ)に行ったことのある筆者だが、それでも在米歴26年という小林由美さんのこの本を読むと、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」ではないが、「あちら」と「こちら」という感じを受ける。

なにが言いたいのかというと、在米歴10年弱の筆者にとっても、著者の小林さんのアメリカ理解度は、「こちら」つまり日本人のレベルではなく、「あちら」の人、つまりアメリカ人と同じ、あるいはそれ以上という印象を受ける


著者の小林由美さん

小林由美さんは、東大卒業後日本長期信用銀行に入行し、スタンフォード留学を経て、ウォール街で就職し、シリコンバレーで経営コンサルティング会社やベンチャーキャピタルなどを歴任、現在はシリコンバレー在住のコンサルタント/アナリストである。

小林さんは筆者の寮(西伊豆戸田寮)の先輩だ。

日本長期信用銀行に入社した当時は、一般職は男性のみで、女性には道が閉ざされており、高卒五年目のエコノミストとして入社できたのは、幸運だったと語る。たしかにそういう時代もありました。

謝辞に挙げているが、小林由美さんが学んだのは東大を代表する近代経済学者の小宮隆太郎教授のゼミだ。

大阪府知事の太田房江さんも、同じゼミの出身だ。

小林さんは1975年(昭和50年卒)だが、当時はマル経の東大、近経の一橋と言われていた時代で、宇野弘蔵教授の直系の大内力教授のマルクス経済学も人気だった。

筆者は学んだことがないが、当時マルクス経済学を学んだ東大生はじめ学生は多かった。はたしてマルクス経済学という学問は今はどうなったのかと思う。


26年間在米の優れた洞察

この本で小林さんが指摘する事実、たとえばアメリカは金持ちになればなるほど有利な超・格差社会だとか、所得により住むところが違う実質的な差別社会だとかは、アメリカに住んだことがある人は誰しも感じたことだと思う。

またそういった面がありながらも、それでもアメリカに住むことは心地よく、アメリカは魅力的だと多くの日本人が感じると思う。

その意味ではこの本が指摘する事実は、米国在住経験者の大半が感じていることではあるが、小林さんの様に歴史的な考察も加えて、論理的かつ系統だって説明したものは、筆者の記憶する限りない。

アメリカには多くの日本人が暮らしたり、旅行で訪れているので、作者の著名、無名を問わず、アメリカ生活の実際という様な本は数多く出版されているが、小林さんが冒頭で指摘するように、多くは一面的なアメリカ像しか語られていない。

小林さんはアメリカ人と結婚され、残念ながら死別された様だが、たぶんアメリカ人と結婚された点で、他の日本人の生活とは異なる世界が開けたのだと思う。


「あちら」と「こちら」

冒頭で「あちら」と「こちら」という話をしたが、この本では小林由美さんの「あちら」の生活のことが語られていないので、筆者の身近な人で「あちら」の人の例を説明する。

筆者のピッツバーグ時代に仕事上でもプライベートでもお世話になった方で、メーカーの駐在員だが、アメリカ在住20年以上で、ご子息もアメリカの大学で学び、ご自身もアメリカ人として生きていくことを選択された人がおられた。

その人は小林さんの本でも紹介されている全米高額所得コミュニティの97位に出てくるフォックス・チャペル地区に住んでおられたが、(住民一人あたりの平均所得が8万ドル=ほぼ1,000万円!1世帯あたりの所得ではない!)、ある時上院議員を招いての自宅パーティに招待されたことがある。

自宅にストリングスを呼んで、庭で生演奏をし、ゲストは勝手気ままに入っては、出ていくというビュッフェ形式のパーティだったが、会社とは関係なく、すべて自費でパーティを開いているということだった。

奥様は大変面倒見の良い方で、ボランティアでフォックス・チャペル高校で日本語の教師をされておられ、その縁でピッツバーグの日本語補習校はフォックス・チャペル高校の校舎を日曜日に借りて開校していた。

住んでおられるところも、ピッツバーグの最高級住宅地であり、友人や隣人を呼んで上院議員を招いてのパーティを開催するなど、アメリカ人になるため、コミュニティにとけ込むために、大変な努力をされていることを知り、全く別世界の様な気がしたものだ。

小林さんも、たぶん筆者の様な駐在員には計り知れない、アメリカ人となるための努力をされているはずで、その成果がこの本なのだと思う。


この本の構成

この本は次の八章からなっている:

第一章 超・格差社会アメリカの現実
第二章 アメリカの富の偏在はなぜ起きたのか
第三章 レーガン、クリントン、ブッシュジュニア政権下の富の移動
第四章 アメリカンドリームと金権体質の歴史
第五章 アメリカの教育が抱える問題
第六章 アメリカの政策目標作成のメカニズムとグローバリゼーションの関係
第七章 それでもなぜアメリカ社会は「心地よい」のか?
第八章 アメリカ社会の本質とその行方

アメリカの超・格差社会の現状と、なぜそれが形成されたのかを分析し、下流社会、格差社会が叫ばれている日本の、目指すべきでない道への示唆を与えるものである。

全編を通して、アメリカ、特にブッシュ共和党政権が、石油や軍事産業に結びついた特権階級によって動かされていることがよくわかる。選挙資金の大きな出所は特権階級であり、政治力もあるのだ。

たとえばレーガン大統領から始まる大減税では、所得税率が28%と15%の2本立てになり、筆者の記憶ではたしか年収約10万ドル以上だと税率は28%だったと思う。累進課税がなくなり、高所得者ほど有利な税制となった。

その後も社会保険料アップやガソリン税アップで、確実に中間層の生活を直撃する一方、金持ちのメインの収入である資本取引は税率は低く抑えられ、富めるものはさらに富める結果となった。

こういった政策の結果が、超・格差社会であると小林さんは語る。


アメリカの超・格差社会

小林さんはアメリカ社会は次の四層社会だと指摘する:

1.特権階級

特権階級は資産10億ドル以上で、アメリカに400世帯程度居ると思われるビリオネアと5,000世帯と推測される資産1億ドル以上の金持ちで、アメリカ社会の頂点に立つ彼らの影響力は計り知れない。

2.プロフェッショナル階級

その下に位置するのが、35万世帯程度と推定される資産1,000万ドル以上の富裕層と、資産200万ドル以上で、かつ年間所得20万ドル以上のアッパーミドルからなる、プロフェッショナル階級である。

専門スキルを持ち合わせている人材の集団だ。

このプロフェッショナル階級が約500万世帯前後で、1.の特権階級、2.のプロフェッショナル階級をあわせた全体の5%に全米の60%の富が集中している。

3.貧困層

アメリカの豊かさのシンボルで、全体の60−70%を占めると言われた中産階級は、専門スキルを持っている人はプロフェッショナル階級に、それ以外は貧困層へと二分化していると。

この層は年収20万ドルから2万3千ドルまでの間となるので、一般的にはさらに中間層と貧困層の二つに分かれるのだろうが、小林さんは、それらをまとめて貧困層と呼んでいる。

全米で最も住みやすい町に選ばれたこともある中都市ピッツバーグに住んでいた筆者にとっては、年収10万ドルは高給取りというイメージがある。

そのため、年収10万ドル以上でも貧困というと、やや違和感を感じるが、米国では資産が資産を産む高利回り社会で、資産規模から言うと、自宅と若干の投資資産程度しか持たない中産階級は、貧困層にあたるという分け方なのだろう。


4.落ちこぼれ

最下層が4人家族で年収2万3千ドルの貧困ライン以下の落ちこぼれ層である。人口全体の25−30%を占めると言われている。

アメリカには政府健康保険はないので、この層のほとんどが無保険で、健康を害するとすぐに生活に窮することになる。治安の悪化の原因でもある。


小林さんの論点は、アメリカの格差問題は資産の問題で、日本風の金持ち=高収入というフロー重視に対して、金持ち=資産家というストック重視の考え方だ。

それぞれの階層について、具体的なファミリー例を紹介しているので、富めるものは益々富み、貧しいものは益々貧しくなるというアメリカ社会の現実がよくわかる。


その他参考になる点をいくつか紹介しておこう。

エヴァンジェリカルの伝統と教育に対する意識

アメリカの開拓時代に普及したエヴァンジェリカル(福音主義)の伝統が、教育や知識より信仰が大切であるというアメリカ人の価値観につながっていると小林さんは指摘する。

だから大統領選挙になると、候補者は大統領にふさわりいキャラクターを強調し、決して学歴を宣伝しないと。

教育に対する社会的尊敬の念が乏しく、教師の収入も低いので、アメリカの基礎教育は悲惨な状態にある。

公立学校の教師の収入は、その町の税収によるので、高級住宅地の学校ほど教育のレベルが高くなる。

筆者の記憶では、ピッツバーグ地区で筆者の住んでいた(一応)高級住宅地の教師の収入は4ー5万ドル程度で、他地区の教師の収入は2ー3万ドル程度だった。

教職を天職と考え、あえて貧民街の教師になる人もいるので、収入だけが要素ではないが、一般的に、これだけの差があれば、教師間の競争も起こり、誰でも高級住宅地の教師になりたがる。

結果として所得水準によって住むところが決まり、良い住宅地は教育の質も高いので、親の収入格差で子供の階級が固定されるということになる。

だから教育に熱心なプロフェッショナル層は高級住宅地に住み、その中の優秀な公立学校に子供を通わせるのだ。


アメリカの政策をつくるシンクタンクとプライベートクラブ

アメリカの政策の元になっている論文や、閣僚のバックグラウンドをみると、大学と並んでシンクタンクやプライベートクラブ、そしてそれらの資金源の財団が浮上してくる。

シンクタンクはブルッキングス研究所、スタンフォード大学のフーバー研究所(ライス国務長官やシュルツ元国務長官もフェローになっていた)などがあり、フーバー研究所は共和党系のシンクタンクとしてホワイトハウスに多くのスタッフを供給し、政策提言で大きな影響力を及ぼしてきた。

ミラーマン」として有名になった(?)植草一秀氏はフーバー研究所のフェローになった唯一の日本人であると。

外交に最大の影響力を持つプライベートクラブとしては、閣僚や政府高官になるためのエスカレーターとしてCFR(Council on Foreign Relations)がある。この機関誌が"Foreign Affairs"だ。

大統領、閣僚経験者が引退後行くのが、巨額の資金を運用するプライベートエクイティファンドだ。

特にカーライルはブッシュ・シニア元大統領、カールッチ元国防長官、ベイカー元国務長官、ダーマン元補佐官、ラモス元フィリピン大統領、メージャー元英国首相などが経営陣、アドバイザーを占め、軍事産業に集中的に投資し、高いリターンを生み出している。

カーライルの本は別ブログであらすじを紹介している

戦争で儲ける人たち―ブッシュを支えるカーライル・グループ戦争で儲ける人たち―ブッシュを支えるカーライル・グループ
著者:ダン ブリオディ
販売元:幻冬舎
発売日:2004-01
おすすめ度:4.5
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随所にあるグラフやデータも興味深い。いろいろな情報とストーリーがてんこ盛りの感があるが、筆者をはじめ在米経験者が感じていたことを、代わって論理的に説明してくれている。是非一読をおすすめする。


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