時短読書ブログの第7弾は、いまやベストセラー作家となった外務省のラスプーチン、佐藤優さんの出世作、「国家の罠」だ。

文才もあるし、内容も面白い。「インテリジェンス」という分野に一躍光が当たるようになった功労者でもある。

文庫でも発売されているので、是非一読をおすすめする。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
著者:佐藤 優
販売元:新潮社
発売日:2007-10
おすすめ度:5.0
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筆者は朝日新聞を購読しているが、先日おやっと思ったことがある。

外務省のラスプーチンと呼ばれ、背任罪偽計業務妨害罪で現在公判中の佐藤優(まさる)元外務省分析官が、1月14日と21日の朝日新聞読書欄の「たいせつな本」というコラムに2週続けて書いているのだ。

それも最初が、日本の代表的なマルクス経済学者宇野弘蔵の「経済原論」、次の週が弁証法で有名なヘーゲルの「歴史哲学講義」の紹介だった。


歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)
著者:ヘーゲル
販売元:岩波書店
発売日:1994-06
おすすめ度:4.5
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いずれも難解な本だが、「経済原論」には「2人のカール結んだ純粋資本主義の視座」、ヘーゲルの「歴史哲学講義」には「独房で染みた名翻訳 理性がもたらす癒し」という副題がつけられており、佐藤優氏がただものではないことを感じさせる。

ちなみに二人のカールとは、一人はカール・マルクス、もう一人はカール・バルトという「教会教義学」という神学の本の著者だ。佐藤優氏は同志社大学神学部大学院卒の異色の外交官である。

今まで頭をガーンとやられる様なカリスマ性を感じたのは、安部譲二と角川春樹だと以前書いたが、佐藤優氏には同様のカリスマ性を感じる。この本はいくつかのノンフィクション文学賞の候補になった他、毎日出版文化賞特別賞を受賞している。選者も同様の印象を持ったのだと思う。

佐藤優氏というと、鈴木宗男議員と組んで、対ロシア外交でやりたい放題の役人という悪いイメージを持っていたので、あまり著書を読む気にならなかったのだが、この朝日新聞のコラムを読んで興味を持った。

その佐藤優氏が外務省の内情、巣鴨の東京拘置所での検察とのやりとりをありのままに書いた手記が、この「国家の罠」だ。


構成や序章が読者を引きつける

この本の全体の構成は次の通りだ。はじめに田中眞紀子・鈴木宗男の政争を持ってきて、いやでも読者の興味を引く。

序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」ととしての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ

序章「わが家にて」は「拘置所グルメ案内」という文で始まる。

東京拘置所での職員との日常会話、独房の設備(冷暖房なし)、その日の食事内容(午後5時に「配盒:はいご〜お」と叫ばれ、懲役囚が麦飯、青椒牛肉絲(ピーマンの牛肉炒め)、野菜と小エビの中華スープに高菜を配る)などが紹介されている。

「くさい飯」は実はおいしかったと。軽妙である。

拘置所の生活から、モスクワ駐在時代のクーデター未遂事件やロシア政府要人との親交、「劇場」と呼ぶ法廷の状況などを簡潔に記して、9時の消灯のチャイムで今晩もなかなか寝付けそうにないという独白で序章は終わる。

読者を引きつける絶妙の序章である。

ちなみに佐藤優氏は正月も拘置所で過ごしたが、正月は紅白まんじゅうとおせち料理の重箱が配られ、元日の夕食はビーフステーキ、たらこスパゲッティ、クリームシチュー、カフェオレだったと。


外務省の情報分析活動

いままで各官庁にはいくつもの暴露本があり、厚生労働省では、元神戸検疫所検疫課長で懲戒免職となった故・宮本政於(まさお)さんの「お役所の掟」が有名だ。

お役所の掟―ぶっとび霞が関事情 (講談社プラスアルファ文庫)お役所の掟―ぶっとび霞が関事情 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:宮本 政於
販売元:講談社
発売日:1997-06
おすすめ度:4.0
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外務省ではイラク戦争時に小泉政権を批判して、実質免職となった外務省の天木直人元大使の「さらば外務省」が有名だが、この本は、そういった暴露本とは全く異なる内容だ。

さらば外務省!――私は小泉首相と売国官僚を許さない (+α文庫)さらば外務省!――私は小泉首相と売国官僚を許さない (+α文庫)
著者:天木 直人
販売元:講談社
発売日:2006-03-21
おすすめ度:4.0
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この本で、外務省に国際情報局分析第一課という情報分析を専門に行うチームがあることを初めて知った。

情報機関としてはアメリカのCIA、イギリスのMI6が有名だが、日本にはそれに似た機関はない。

(ちなみにCIAMI6もホームページがある)

外務省の情報分析専門チームと言っても、別にスパイを抱えている訳でもなく秘密組織ではないが、日本政府の外交政策を実現するために、情報収集と外国での人脈づくり、信頼関係をつくるといった活動をする専門の部署だ。


日ロ平和条約締結/北方領土返還の悲願

この本で参考図書として「北方領土問題」という和田春樹東大名誉教授の本が紹介されている。

こちらの本も読んだので、詳しくは別途紹介することとして、ここは戦後の動きのみを紹介する。

1945年8月にソ連は日ソ中立条約を破って、満州・南樺太・千島列島に侵攻してきた。8月15日の日本の無条件降伏後もソ連は攻撃をやめず、千島列島では日本の守備隊の猛反撃にあい、9月まで戦闘が続いた。

1956年の日ソ共同宣言で、戦争状態は正式に終結し、北方四島については、歯舞島、色丹島の二島が平和条約締結後に返還されることで合意したが、1960年にソ連は日本からの外国軍隊の全面撤退という条件を付け、宣言を一方的に反故にしてしまった。

長く日ソ関係は進展がなく、特に1973年に田中角栄・ブレジネフ会談が決裂してからは、日ソ関係は冷え込み、その後18年間首脳会談は実現しなかった。

ソ連邦崩壊、ロシア誕生とともに、関係改善が見られ、1993年に細川首相とエリツィン大統領が東京宣言に署名し、20世紀の問題は20世紀中に解決しようと、北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結することを公約した。

1997年に当時の橋本龍太郎首相が、日ロ関係を信頼、相互利益、長期的な視点の三原則によって飛躍的に改善すべきであると発表し、クラスノヤルスクでエリツィン大統領と2000年までに平和条約を締結して、北方領土問題を解決することでロシア側と合意した。

橋本首相の後の小渕首相、その後の森首相も積極的にロシアに働きかけ、エリツィン大統領、その後を次いだプーチン大統領と平和条約締結を目指して交渉したが、結局2000年末までには平和条約は締結されなかった。


外務省のスクールとマフィア

外務省には学閥は存在しない。その代わりに、研修語別の派閥が存在すると。それらは「アメリカスクール」、「チャイナスクール」、「ジャーマンスクール」、「ロシアスクール」などに大別される。

さらに外務省に入ってからの業務により、法律畑は「条約局マフィア」、経済協力は「経協マフィア」、会計は「会計マフィア」という派閥が存在する。

日本の対ロ政策は欧州局長の指揮下、ロシア課長が具体的戦略を策定するが、たまたまロシアスクールでない人が要職につくと、実質的な意志決定はロシアスクールの親分格の人々によってなされることになる。

つまり日本の対ロ政策はロシアスクールが握っているのだ。前述の橋本首相の3原則もロシアスクールが原案をつくったものである。

そのロシアスクールの内紛が、田中眞紀子外相の時の、駐英公使として転出していた元ロシア課長小寺次郎氏の、ロシア課長復帰呼び戻し事件だ。

外務省から経世会の影響力をなくすことを目的とする田中眞紀子が外相に就任したことで、外務省の派閥抗争が顕在化し、このような機能不全を起こした。

そのため外務省は原因となった田中眞紀子女史を放逐するために、鈴木宗男氏の政治力を利用し、田中眞紀子女史が放逐された後は、用済みとなった鈴木宗男氏と佐藤優氏を整理したのだと。


田中眞紀子氏の奇行

田中眞紀子氏は外相に就任早々人事凍結令を発した。

また本来外相の右腕、左腕である事務次官、官房長を大臣室出入り禁止にするという信じられない暴挙にでて、あげくのはてには「外務官僚に恫喝された」とか、「外務省は伏魔殿」と言い出す始末だった。

就任直後も表敬訪問してきた米国国務副長官で大の親日派アーミテージ氏との面談をドタキャンした。

そのとき「婆さん」(外務省ではこう呼んでいたという)は、就任祝いの礼状を書いていたという。

アーミテージ氏といえば、がっちりした体格で、ベンチプレス200KG近くを挙げるという話だが、元特殊部隊員で、ベトナム戦争集結時には民間人も含め数千人を救出したという、ランボーのモデルとも言われるベトナム戦争の英雄だ。

今もベトナム難民孤児など10名を養子として育てているという話を、最近アーミテージ氏に会った筆者の知人から聞いた。

日本の政界官界に友人が多く、筆者の友人も、某官庁の首脳だった父親の葬儀後訪ねてきて、一緒に会食したそうだ。日本の政界官界と親密な関係のある人物だ。

その親日家アーミテージ氏が米国政府での事務系キャリアのトップに上り詰めた国務副長官の時代に、会談をドタキャンするとは外務大臣としてはあるまじき行為と言わざるを得ない。

田中眞紀子外相は、9.11の時に極秘中の極秘の国務省の緊急連絡先を記者団に漏らしたりして、さらに失点を重ねた。

外務官僚が動かないので、最後には外務省人事課長室に籠城し、斉木人事課長の更迭を試みるという奇行を行った。

佐藤氏は田中眞紀子氏のことを人の心を動かす天才と呼び、トリックスター(騒動師)と呼ぶ。小泉政権誕生の母、大衆政治のポピュリストであるが、政治家として組織を動かせる人物ではない。

余談だが、佐藤氏はある外務省幹部のコメントとして、日本人の実質識字率は5%だという話を紹介している。

「新聞は婆さんの危うさについてきちんと書いているんだけれど、日本人の実質識字率は5%だから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく」と。

5%かどうかはともかく、おおむね真実だから恐ろしい。田中眞紀子女史が都知事などになったら、都庁の混乱は田中知事の長野県政どころではないだろう。組織の長になって欲しくない人の筆頭である。


国策捜査

佐藤氏を取り調べた検事は、これは鈴木宗男をねらった「国策捜査」で、組織相手に勝てると思うなと語ったという。

東郷元欧亜局長、佐藤分析官、前島係長がターゲットにされたが、外務省は外交のサラブレッド東郷和彦元欧亜局長は必死で守り、佐藤氏、前島氏と三井物産の社員2名が起訴された。

特捜の常識では、官僚、商社員、大企業社員のようないわゆるエリートは徹底的に怒鳴りあげ、プライドを傷つけると検察の自動供述調書製造器になるという。

取り調べは土日もあり、弁護士が接見できない土日に徹底的に攻勢を掛ける場合もある。だんだん検察官が味方に見えて、弁護士が敵に見えてくるようになるのだと。

佐藤氏と同時に起訴された前島元係長は、東大卒のキャリア官僚だが、彼は検察官の自動供述調書製造器になったという。

佐藤氏は、国益に対する影響を最小限にすることと、情報源を守ることなどを検察官に要請したが、外務省自体が情報源をそのまま検察に出してしまったことで、外務省は佐藤氏も情報源も守らないことに、佐藤氏はショックを受けたという。

情報の世界では時効がなく、もし情報源が明かされることになると、佐藤氏は一生追放されるのだと。

また外交文書は2030年に公開されるので、そのときに真実が明らかになるのを佐藤氏は待つのだと言う。


時代のけじめ

今回の佐藤氏、鈴木宗男議員の起訴を、検察官は「時代のけじめ」をつけるためと語ったという。

検察は一般国民の目で判断し、行き過ぎを追求すると。

時代のけじめとは、過去には大蔵省が過剰接待で摘発され、それをきっかけに財務と金融の分離がなされ、大蔵省の財務省と金融庁への再編が起こった。

国策捜査とはそういう時代のけじめをつけるものだという。

鈴木宗男議員は経済的に弱い地域の声をくみ上げ、クマが通ると揶揄される高速道路などを北海道に建設、地元の利益誘導の象徴だった。外交についてもクナシリ島の通称ムネオハウス建設など、行き過ぎがマスコミにたたかれた。

小泉政権と森政権は同じ森派(清和会=旧福田派)だが、基本政策は大きな断絶があると。

内政では競争原理を強化して日本経済を活性化すること、外交では日本人の国家意識、民族意識の強化だと佐藤氏は分析する。

そのパラダイムシフトのための時代のけじめ=鈴木宗男逮捕だったのだ。


日本の国益を真剣に考える人たち

以下は筆者の感想です。

筆者は商社に永年勤め、合計11年におよぶ海外駐在の時など、公私のつきあいのなかで、日本文化の紹介や日本に対する理解向上とかいったレベルでは努力はしたが、思えば日本の国益というものは真剣に考えたことがなかった。

この本を読んで感じるのは、日本の国益を真剣に考える人たちがいるのだという点だ。

日本政府や外務省という職責から当たり前の話ではあるが、橋本内閣以降、小渕内閣、森内閣も日ロ関係改善を政策として打ち出し、様々な情報工作と、経済協力などのカードを使って目標である2000年までの平和条約締結に真剣に努力していたことを改めて認識した。

佐藤氏が起訴されているイスラエルとの学者交流や、クナシリ島へのディーゼル発電機供与も、この政策実現のため、国益のための活動であったことは間違いない。

一般的にはロシア政策でなぜイスラエルなのだと思われがちだろうが、イスラエルにはポーランド・ロシアなど共産圏からのユダヤ人帰国者(アシュケナージと呼ばれる)が多く、ロシア研究は世界でもトップクラスだ。

2000年が過ぎ、平和条約締結への道のりもはっきりしないまま小泉政権となり、近隣外交の話題は北方領土から人気取りスタンドプレイの北朝鮮の拉致問題、靖国問題に変わった。

森首相までの歴代内閣の、日本の国益のために日ロ平和条約を締結しようという意気込みは、大きくトーンダウンしたことは否めない。

2月7日は北方領土の日だが、なにかイベントが開催されたのかどうかも報道されない始末だ。

もともと北方領土問題は、国民の関心がどちらかというと薄く、解決の糸口もつかめていない。

その意味で、小泉ポピュリスト政権では、拉致被害者の帰国という国民の支持を高める効果が確実に見込まれる拉致問題にシフトしていき、北方領土問題は置き去りにされたまま塩漬けとなっている現状だ。

外交とは相手のあることで、佐藤氏が加わっていた外務省のロシアスクールの工作と活動は意義あることとして理解ができる。

それを一過性のものとして終わらせると、結局なにも残らないことになる。

大前研一氏などは、国境の決定に長い時間を費やすよりも、道州制の発展形としてロシアの沿海州も巻き込んだ経済圏として発展させるべきだと提案している。

もともと千島列島やサハリンは、日本政府が国境線設定の根拠としている1855年の日露通好条約以前はアイヌ、ロシア人、日本人が混住していた地域である。

サハリンには天然ガス資源もある。先の見えない昔ながらの国境線設定交渉にこれ以上時間を費やすべきでなく、大前さんの提言の様な大きな枠組みで、日ロ両国の本当の国益を追求すべきではないだろうか?

そんなことも考えさせられた。いろいろ参考になることが多く、内容の濃い本である。

約400ページの本だが、面白く読める。是非一読をおすすめする。



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