菅内閣の支持率が30%を割り、26%となった。「たとえ1%になっても辞めない」という言葉が現実化しつつある。

政治家についての李登輝さんの本を紹介した後は、元・産業再生機構代表、現経営共創基盤CEOの冨山和彦さんの、企業再生の現場経験を踏まえた経営者育成についての2007年の本を紹介する。

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」
著者:冨山 和彦
ダイヤモンド社(2007-07-13)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


会社は頭から腐る






アマゾンの写真は本の帯を抜いているので、デジカメで撮った表紙の写真を載せる。

冨山さんは最近「カイシャ維新」という本も出しているので、これも近々あらすじを紹介する。

カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書
著者:冨山 和彦
朝日新聞出版(2010-08-20)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


冨山さんは1985年東大法学部卒業。在学中に司法試験に合格したが法曹の道には進まず、ボストンコンサルティンググループに入社し、1年後、先輩達とコーポレイトディレクション(CDI)という小さな戦略コンサルティング会社をつくる。

10人でスタートしてバブル期は順調に会社が拡大し、80人の規模となったので、冨山氏はスタンフォード大学に留学する。

留学中にバブルがはじけ業績は急落、コンサル契約はキャンセルされ、受注は前年の半分に減りあっという間に資金繰りが悪化する。

銀行からも資金を借りられず、退職金も払えないのに仲間や先輩に辞めて貰い、最悪の時期をなんとか乗り切った。

冨山氏は2001年からCDI社長となり、個人連帯保証も入れていたので、失敗して会社がつぶれれば、自分も家族も路頭に迷うというリスクを感じながら経営していた。

その後、2003年からは期間限定の企業再生専門機関、産業再生機構のCOO、代表取締役専務として4年間で41社の企業の再生を手がける。

2007年に産業再生機構が終了してからは、経営共創基盤を設立して社長となる。


「性弱説」

自分自身も含めて、企業再生の修羅場で見たのは、ほとんどの人間は土壇場では各人の動機づけ(インセンティブ)と性格の奴隷となるという現実だという。

それを冨山さんは「性弱説」と呼ぶ。

典型的なインセンティブの例は、大手企業が集まって設立した携帯電話事業者に冨山さんが出向した時に経験したという。

東大卒などの一流大学を卒業した大企業から出向してきた人たちは、成功すると出向が長引いてしまうので、仕事もほどほどにこなす。仕事のインセンティブは成功ではなく、少しでも早く出向元に戻ることだったのだ。

これに対して現場の若手社員、女性社員はバブル期に前の会社がつぶれたり、就職氷河期にやっとの思いで会社に入った連中で、会社の成功と自分の人生のベクトルが合致していた。

日本の競争力の源泉は現場力にあり、それは高学歴のエリート管理職ではないと冨山さんは感じたと語る。

ミスミの創業者の田口社長は、「人が足りないという部門からはむしろ人を取り上げたほうが本質的な効率改善が進むものだ」と語っていたという。冨山さんはこれを聞いて考え込んでしまったという。

リスクヘッジが主目的の会議。

優秀なサラリーマンほど組織力学のマネジメントに知恵とエネルギーを使うものだ。

これらのインセンティブと性格が、仕事と一致していないと、良い仕事は達成できないのだと冨山さんは語る。


戦略は仮説でありPDCAの道具である

うまくいっている会社とそうでない会社の違いは、戦略立案の優劣ではなく、PDCAがよく回っている会社がよい戦略にたどりつくのだと語る。

PDCAとはPlan-Do-Check-Actionというプロセス管理の基本だ。スパイラルアップと呼ばれ、仮説を検証して改善することで、経営の質の向上を目指す。

悪い会社は戦略の立案はあっても、その後の検証がなく、やりっ放しになっている。失敗しても失敗したで終わり、成功したら「ラッキー」で終わってしまう。

この繰り返しでは、戦略の精度は上がらない。

太平洋戦争での日米の差もPDCAの差であると。

真珠湾攻撃は、海上航空戦力を主力とするという大イノベーションであったが、攻撃されたアメリカはそれを学び、航空機と空母を大量に用意してPDCAを回したが、日本はその後も大艦巨砲主義から抜けきれなかった。

だからアメリカ軍は強かったのだ。

トヨタの強さも、生産、販売、物流などそれぞれの機能で、日々PDCAを徹底的に回していることにある。「なぜを五回問う」、「カイゼン」などのトヨタ語録は、まさにPDCAをまわす努力のたまものである。

このPDCAを回すというのは、一見簡単に見えるかもしれないが、人間の本性と違うものを要求されているのだと。人間は弱いもので、見たい現実しか見たくない生き物なのだ。人間が集まれば、PDCAは、回りにくくなる。

筆者もPDCAを経営に生かす仕事をしているが、特にC=チェック、つまり見直しをやることが難しい。

自分の計画がうまくいっているか冷徹に見るのはとても辛い作業で、ましてやうまくいっていなければ、よけいに目をそらしたくなると冨山さんは説明する。

だから経営は難しい。冨山さんは自分自身が経営者となって、経営者はだれもゴールには到達できないのではないかと感じると。

時々「経営がわかった」、「経営を極めた」などという言葉を耳にしたり、「この会社の再建にメドがたった」などという報道を目にするが、メドが立ったと思った瞬間からその会社の衰退は始まっているのだ。


腐りかける会社の3タイプ

冨山さんが典型として挙げる腐りかける会社は次の3タイプだ。1.名門一流大企業(カネボウや三井鉱山がこのパターン)、2.地元名門企業(名門一族企業など)、3.創業オーナー企業(ダイエーが典型)。

ダメになる会社は、結局のところ経営者、経営陣が弱ってしまった会社、つまり頭が腐ってしまった会社なのだと冨山さんは語る。

会社は頭から腐り、現場から再生するのだと。


カネボウ化粧品の再建

カネボウ化粧品の場合、最も重要なのは7,000人のビューティカウンセラーに、どうしたら一所懸命仕事をしてもらえるかだった。

20代の彼女らが支えている会社で、経営トップが60代では距離がありすぎる。彼女たち、それを支える20代、30代のスタッフが最も喜んだのは41歳の知識賢治氏の社長昇格だったと。

知識体制にして、「おかげで仕事がしやすくなった」と匿名のメールが来るようになった。名前入りだと、なにかのインセンティブがありそうだが、匿名なら本心だ。うれしいメールだったという。


かつて日本にも有効に機能したガバナンス機構があった

財閥がそうであると。合名会社はそもそも無限責任の財団である。財閥本体は合名会社であり、誰にも株をもたれていない。そして傘下の企業にガバナンスを効かせていたのだ。

またメインバンク制や官僚統制もそうだ。しかし今はこれらのガバナンスはない。

ガバナンス機構の究極的な役割は、経営者が適正かどうかの判断のみだ。


この本は中国・インドとも戦える経営者をつくるという提言で、大変参考になるが、最初から読むと、具体例が少なく抽象的な話が多い。次回紹介する「レバレッジ・リーディング」なら、たぶん第6章まですっ飛ばして読むところだろう。


今こそガチンコで本物のリーダーを鍛え上げろ

この本の肝である最終章、第6章のタイトルは、「今こそガチンコで本物のリーダーを鍛え上げろ」というものだ。

この部分だけを読んでもよいくらい中身の濃い部分だ。サブチャプター(中見出し)のタイトルを太字で引用するので、感じがわかると思う。

・会社を腐らせない最強の予防薬は、強い経営者と経営人材の育成・選抜

・経営者も、経営者候補も鍛えられる機会がなかった

・試験型エリートをリーダーにすることが、本当に正しいことなのか

冨山さんが朝日新聞に連載した文が入学試験に使われ、最後に筆者の意図はどれかという択一式の問題が出た。笑い話のようだが、冨山さん自身、答えがわからなかったという。

それで第一問から真剣にやってみると、出題者の意図がわかってきた。つまり自分の頭で考えない=出題者の意図を探す競争をしているのだ。

この様に「こっちの顔色を読んで、オレの期待している答えを書いてこい」という上司の思いに応えるのが、サラリーマン的に正しい生き方だ。

しかし経営者は違う。経営は答えがないし、たとえ答えがあってもそれを断行すると大きな摩擦や葛藤が生じる時こそが経営者の出番である。自分の頭で判断し、その結果、責任をすべて負うからリーダーなのである。

試験型の競争をまじめにやればやるほど、リーダーとしては不向きな人間が偉くなっていってしまうと冨山さんは語る。

・胆力と自分の頭で考える能力ー東大卒とは無関係?

日本のエリートは負けを経験していないと冨山さんは語る。

リーダーを目指すなら、比較的若い時から負け戦、失敗をどんどん体験した方がよい。そして挫折した時に、自分をどうマネージして立ち直るか身をもって学ぶ。その実体験を持つからこそ、他人の挫折を救えるのである。

失われた15年は、団塊世代が負け戦を経験してなかったからだと冨山さんは感じている。日本の戦後の驚異的な復興は、太平洋戦争という負け戦を経験したからこそだったのだ。

・中国、インドの勃興は、欧米との国際競争とはまったく違う脅威である

日本は自国の豊かさに対する最大の脅威を目の前にしていることに、多くの人は気づいていない。それはアジア諸国の勃興であり、旧社会主義国の勃興である。

日本がこれまで稼いでいたいくつかの産業は、彼らに奪われることになるだろうと。たしかにメモリー、PC、液晶、ケータイ電話など、今やすべてアジア諸国の方が日本を上回っている。

欧米とはある程度棲み分けできていたが、アジア諸国は日本の得意とする人的資本を中心に戦ってくる。日本が金メダルを取れる分野はひとつもなくなる可能性があるのだ。

世界の中で、新興アジア諸国と戦う経営では、根本的なエコノミクスを見据えながら、細かな戦略のPDCAを高速で回していく能力を持つリーダーが求められてくると冨山さんは語る。

・一流企業のガチンコなど所詮は「ごっこ」にすぎない

小さな会社を経営していれば、競争の恐ろしさがわかる。

失敗はへたをすると死を意味するからだ。個人保証を入れて、中小企業を経営している人は、失敗したら、社会人としてほとんど死に瀕するほどのダメージを受ける。

まじめな人の中には、生命保険で少しでも借金を返そうと自殺する人もいる。本当に妻子を路頭に迷わせる可能性があるのだ。

大企業での失敗は命までは取られない。自分たちの経験しているガチンコは、甘い世界のものだと、覚えておいて欲しいと。

学歴エリートごっこ、出世競争ごっこ、経営者ごっこ。もうこういう緩い(ゆるい)世界には別れを告げる時期が日本には来ているのだと冨山さんは語る。

・組織からはみ出す根性のない人間をリーダーにしてはいけない

日本は「脱藩」した人間には冷たい社会だ。しかしリーダーとしてつけるべき能力を考えた場合、一度は脱藩して肩書きを失い、世間の風の冷たさを本当に思い知っておくべきなのだと。

冨山さんは人間性と能力で経営者を評価する。

人間性とは胆力や、他人への影響力、目的達成への情熱や執着心。能力は、基本的な経営知識、スキルと、ありのままの現実を冷徹に見つめる力、そして自分の頭でものを考え、建設的に解決策を創造する力である。

冨山さんは、マネジメントエリートになる人間は、30歳で一度全員クビにしてしまい、五年間脱藩浪人として武者修行に出る。そして元居た組織あるいは別の組織が使えると判断したら雇われる制度を提唱する。

冗談で言っているのではないと。本気でこうしたエリート育成をしないと日本は中国、インドには勝てないと。

・トップの要件ー100万円を稼ぐ大変さを肉体化して理解させよ

・女性、若者、学歴のない人間は「眠れる資源」だったという幸運

・ファイナンスを知らない経営者ー平時においても事業と財務は一体

・若いエリートは、あえて負け戦に飛び込め

・人間的要素と算数的要素とに、のたうち回ることから、経営は始まる

マネジメントの仕事は他人の人生に影響を与えてしまう仕事だ。人の人生を背負おうという決心・覚悟がない人はマネジメントをやらない方が良い。

今日生き延びることをやりながら、一年後、十年後のことを考えなければならない。

宮本武蔵は五輪書のなかで、「観の目つよく、見の目よわく」という言葉を残している。一点だけをみつめるのではなく、大局で物事を見よという趣旨だ。

五輪書 (岩波文庫)五輪書 (岩波文庫)
著者:宮本 武蔵
岩波書店(1985-02)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

今の日本のトップ層に、観を持ち合わせた人間がどれだけいるかと。哲学の香りのする経営者がどれほどいるか。観を大事にしようとする経営者がどれだけいるか?と冨山さんは問う。

松下幸之助はじめ、稲盛和夫、伊藤雅俊など哲学を持つ経営者は何人も挙げられるが、たしかに今の日本のトップとなると、筆者もあまり思いつかない。

「観」は結局「情」と「理」のはざまで、悩み続けて生み出すしかないのだと。

「日本は豊かになった。だからこそ、会社の、経営の、人と人の、そして人間の原点や本質というものに、そろそろ真っ正面から向き合わなければいけない時期に来ている。これこそが、会社を、経済を、そして国家を腐らせないための、遠回りなように見えるが唯一の予防策なのではないか。私は強くそう感じている。」

これが冨山さんの結論である。


コンサル出身で、スタンフォードのMBAホールダーながら、みずから中小企業の経営者としてバブル後の苦境を生き延びた経験を持つ。30歳浪人制という思い切った提言の実現性はともかく、独特の見方と、力強い言葉は印象深い。

経営者を目指す、あるいは経営の質の向上を目指す人には、おすすめの一冊である。


参考になれば次クリック願う。