北朝鮮のヨンピョン島砲撃で、朝鮮半島で一触即発の恐れが高まっている。韓国の総司令官となっている李明博大統領の生い立ちや、現代建設での仕事ぶり、業績、人となり、考え方を書いた伝記を紹介する。
一時は李明博大統領の人気が落ちていたが、この緊張状態で支持率も高まっている。そんな李大統領の苦学の経歴を知っておくと、また李大統領の見方が変わると思う。
すべては夜明け前から始まる―大韓民国CEO実用主義の大統領李明博の心の軌跡
著者:李 和馥
理論社 (発売) 現文メディア (発行)(2008-02-15)
販売元:Amazon.co.jp
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2008年2月に就任した李明博韓国大統領の伝記。別ブログでは李明博大統領自身が書いた清渓川(チョンゲチョン)再生プロジェクトを紹介している。
都市伝説 ソウル大改造
著者:李 明博
マネジメント社(2007-08)
販売元:Amazon.co.jp
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高麗大学同窓の韓国ペンクラブ会長の李和馥(イファボク)さんが書いたものだが、1人称で記述しているので、まるで本人が書いたような印象を受ける。
韓国版コンピューター付きブルドーザー
貧しい生い立ちから出世して大統領まで上りつめた人は、昔はリンカーンとかが居たが、最近ではあまり例を見ない。
日本の首相でいえば田中角栄氏が貧しい生い立ちから建設業で成功し、首相まで上りつめた。田中角栄氏もコンピューター付きブルドーザーと呼ばれたが、田中角栄氏は自分で会社をつくったオーナー経営者だった。
島耕作も社長になったが、李明博氏はまさに韓国版島耕作で、建設会社のサラリーマンから社長・会長となり、それから大統領になった韓国版コンピューター付きブルドーザーだ。
社長 島耕作 #1 バイリンガル版 (講談社バイリンガル・コミックス)
著者:弘兼憲史
講談社インターナショナル(2010-05-19)
販売元:Amazon.co.jp
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この本では李明博氏の信じられないほど貧しい生い立ち、行商をして苦学しながら高校夜間部、高麗大学を卒業したこと。反政府主義者と見なされたが、現代建設の会長に気に入られ、現代建設に入社し、サラリーマンとして頭角を現したこと。社長に上り詰め、国会議員、ソウル市長を経て、大統領にまでなった半生が描かれている。
ホームレス中学生以上の赤貧生活
李明博氏の一家の貧しさと苦労は、別ブログで紹介している「ホームレス中学生」の比ではない。
ホームレス中学生
著者:麒麟・田村裕
ワニブックス(2007-08-31)
販売元:Amazon.co.jp
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「ホームレス中学生」の田村裕氏は、夏休みの間約1ヶ月公園で暮らして雑草から段ボールまで食べたそうだが、李明博氏は物心付いてから現代建設に入るまでずっと貧しく食うものも食わずだった。
しかも幼少の頃から働きづめに働いたのだ。
小さい頃から母親の大判焼き屋台を手伝ったり、自分でポンティギ(せんべいの様な菓子)の行商をしたり、ソウルに出てきてタコ部屋に住んで建設労働者として働いたりして金を稼いで高麗大学を卒業した本当の苦学生だ。
しかしくらしは貧しくとも、「貧しさは人生を苦しくするが、物乞いの根性を持ってはいけない」と言っていたお父さん、暇さえあれば聖書を読むお母さんの教導をうけた。
誰の世話にもならず、誰からも施しを受けず、自分の力で絶対に高校、そして大学を卒業するんだという志を曲げなかった。
この本で驚くのは、秀才の二番目のお兄さん(李相得氏、現韓国国会副議長)に大学を卒業させるために、一家全員が努力し、李明博さんもお母さんから中学を出たら働いて一家を助けるように言われていたことだ。
家族みんなで働いてお兄さんの学資を稼ぐという犠牲的精神は、いまだに儒教精神が残り家族の絆の強い韓国ならではだろう。
李さんの生い立ち
李明博氏、日本名 月山明博氏は1941年大阪生まれ。戦争直後韓国に一家で帰国する途中で船が転覆し、九死に一生を得たが家財一切を失う。
韓国に戻っても頼りにしていた親戚から援助してもらえず、お父さんがなんとか見つけた牧場の管理人の仕事も、朝鮮戦争で失ってしまう。
この本の冒頭に出てくるショッキングな場面がある。
朝鮮戦争で李さんのお姉さんと弟が爆弾で負傷し、お母さんが山で薬草を見つけて手当するが、二人とも、ほどなく亡くなってしまうのだ。
朝鮮戦争というと、共産軍により釜山付近まで追いつめられていた韓国軍は、マッカーサーの国連軍の仁川上陸作戦により、一気に勢いを盛り返し、逆に北まで攻め上がったことが記憶に残るが、朝鮮半島を北から南まで戦火に巻き込んだ戦争では民間人の犠牲者も当然多く出ていた。
李さんの一家は、浦項(ポハン)の日本人が建てた廃寺の木張り長屋の一部屋に重なりあうように住んでいたという。韓国の冬は本当に寒い。木張りの家の寒さは想像を絶するところだ。
そのころお父さんは古物を見つけてきては町で売り歩き、お母さんと李明博さんは大判焼きの屋台で商売して、爪に火をともす様にして稼いだ金をソウルに居る二番目のお兄さんの学資として送った。
自分たちは食うものも食わず、一日一食でも我慢した。食べるものがなくなって、お母さんがどこからか酒粕を貰ってきて、一日二回は酒粕を煮て腹の足しにしていたので、中学の担任の先生に子供が昼間から赤い顔をしていると目を付けられた。
働きながら高校夜間部に
しかし真相がわかると、担任の先生は李さんの家に家庭訪問にきて、成績優秀の李さんに高校を受験させて欲しいとお母さんに頼んだ。
お兄さんの学資を稼ぐために、お母さんは李さんには中学を卒業したら働いて貰おうと思っていたので、高校進学を拒否するが、担任の先生は三度足を運び、最後には高校の夜間部に主席で入れば入学金が免除になるからと、お母さんを説得した。
ポンティギの行商をしながら高校の夜間部に通ううちに、どうしても大学に行きたいという気持ちが目覚める。
お兄さんも「あきらめるな!」と応援してくれたので、ソウルに行き、タコ部屋で生活し、建設労働者として働きながら高麗大学を受験し、見事合格する。
このときに清渓川(チョンゲチョン)の古本屋で受験用の参考書を買ったのが、李さんと清渓川とのつきあいのはじまりだ。清渓川再生プロジェクトについては別ブログのあらすじを見て頂きたい。
市場のみんなのカンパで高麗大学に入学
お母さんに高麗大学に合格したことを告げると、お母さんは「どうしてそんなことしたんだい。一体どういうつもりだい」と言ったという。入学金が工面できないのだ。
お母さんの言葉に「大学に通うというのではなく、ただ試験を一度受けてみただけです」と李さんは答えたという。
当時李さんのお母さんはソウルの市場で魚の行商を細々とやっていたが、市場が終わってから毎晩市場の汚れているところをすすんで掃除していた。
そのことを見ていた市場の人たちが、李さんが大学に受かったが入学金がないと聞くと、みんなでカンパして李さんの入学金をつくってくれたのだ。
学生会長から投獄へ
李さんは苦学しながら高麗大学で勉強し、学生会長になる。
1963年に当時の日韓交渉で、朴正煕大統領の韓国政府が日本に譲りすぎているという非難の学生運動が起こり、李さんはリーダーとして警察に捕まり、六ヶ月間投獄され1964年に最高裁で懲役三年、執行猶予五年の判決を受ける。
その時面会にきたお母さんが言った言葉が李さんの心を打った。
お母さんは李さんを非難することなく、「お前の考えていることは正しいと思う。心に決めた通りにやってみなさい。自分を信じて頑張りなさい。」と言ったという。
その後しばらくして李さんのお母さんは病気で亡くなる。
現代建設入社
逮捕歴があるので、李さんは就職に苦労するが、当時の朴正煕大統領に手紙を書き、「ある人が自分の力で世の中を生きていこうとしているのに、国家がその道を遮るならば、この国は一人の個人に永遠に負債を負うことになります」と訴えた。
これにより李さんの就職を妨げていた障害が取り除かれ、現代建設の海外要員の公開応募によって現代建設に入社する。
現代グループの創始者鄭周永と李さんはコンビを組んで、世界中でプロジェクトを受注し、現代グループを世界でも有数のグループに育て上げる。
現代建設の入社面接で、鄭周永会長から問われたことは、「君は建設を何だと思う?」というものだった。
李さんは「無から有を創るから創造だと思います」と答えたという。
李さんのソウル市長時代の業績として清渓川再生プロジェクト、ソウルの新交通システムが挙げられる。
どちらも数千回にも上る住民や利害関係者との折衝のたまものであり、信念を持って接すれば理解は得られるのだと李さんは語る。
なぜ大統領にならなければならないのか?
この質問に対しては、李さんは「今は経済的な危機、社会的な危機の時代なので、経済を立て直すことができるリーダー、社会の葛藤を統合することができるリーダーシップが最優先されなければならないでしょう」と答える。
アマチュア式のアプローチでは問題は解決できない。長期戦略に立ったプロの登場が必要なのだと。
別ブログで榊原英資さんの「日本は没落する」のあらすじを紹介したが、榊原さんが言っているのも、まさにこの点だ。長期戦略に基づいた国造りが、韓国のみならず、今の日本にも絶対に必要なのだ。
日本は没落する
著者:榊原 英資
朝日新聞社(2007-12-07)
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韓国の政治は後進性があると李さんは語る。
日本の永田町にあたる汝矣島(ヨイド)の感覚で理解しようとしたり、盧武鉉(ノムヒョン)大統領が非難されたコード政治(血縁、地縁・学閥政治)が問題なのであると。
コンピューター付きブルドーザー
李さんの辣腕ぶりを物語るエピソードも紹介されている。ソウルの地下鉄の労働組合がストを決行したときに、李さんは消防隊員と市役所幹部に地下鉄を運転させ、結局ストは八日で終わったという。
ビジョンとは見える1%から、見えない99%を探し出す力だという。
韓国に登場したサラリーマンCEO、島耕作型大統領 李明博氏。大いに期待できそうな、ともに日韓新時代を築いていきたいパートナーだ。
この本ではジーンとくる場面がいくつもあった。「ホームレス中学生」も良かったが、こちらも是非おすすめしたい一冊である。
参考になれば次クリック願う。
一時は李明博大統領の人気が落ちていたが、この緊張状態で支持率も高まっている。そんな李大統領の苦学の経歴を知っておくと、また李大統領の見方が変わると思う。
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著者:李 和馥
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2008年2月に就任した李明博韓国大統領の伝記。別ブログでは李明博大統領自身が書いた清渓川(チョンゲチョン)再生プロジェクトを紹介している。
都市伝説 ソウル大改造
著者:李 明博
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高麗大学同窓の韓国ペンクラブ会長の李和馥(イファボク)さんが書いたものだが、1人称で記述しているので、まるで本人が書いたような印象を受ける。
韓国版コンピューター付きブルドーザー
貧しい生い立ちから出世して大統領まで上りつめた人は、昔はリンカーンとかが居たが、最近ではあまり例を見ない。
日本の首相でいえば田中角栄氏が貧しい生い立ちから建設業で成功し、首相まで上りつめた。田中角栄氏もコンピューター付きブルドーザーと呼ばれたが、田中角栄氏は自分で会社をつくったオーナー経営者だった。
島耕作も社長になったが、李明博氏はまさに韓国版島耕作で、建設会社のサラリーマンから社長・会長となり、それから大統領になった韓国版コンピューター付きブルドーザーだ。
社長 島耕作 #1 バイリンガル版 (講談社バイリンガル・コミックス)
著者:弘兼憲史
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ホームレス中学生以上の赤貧生活
李明博氏の一家の貧しさと苦労は、別ブログで紹介している「ホームレス中学生」の比ではない。
ホームレス中学生
著者:麒麟・田村裕
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しかも幼少の頃から働きづめに働いたのだ。
小さい頃から母親の大判焼き屋台を手伝ったり、自分でポンティギ(せんべいの様な菓子)の行商をしたり、ソウルに出てきてタコ部屋に住んで建設労働者として働いたりして金を稼いで高麗大学を卒業した本当の苦学生だ。
しかしくらしは貧しくとも、「貧しさは人生を苦しくするが、物乞いの根性を持ってはいけない」と言っていたお父さん、暇さえあれば聖書を読むお母さんの教導をうけた。
誰の世話にもならず、誰からも施しを受けず、自分の力で絶対に高校、そして大学を卒業するんだという志を曲げなかった。
この本で驚くのは、秀才の二番目のお兄さん(李相得氏、現韓国国会副議長)に大学を卒業させるために、一家全員が努力し、李明博さんもお母さんから中学を出たら働いて一家を助けるように言われていたことだ。
家族みんなで働いてお兄さんの学資を稼ぐという犠牲的精神は、いまだに儒教精神が残り家族の絆の強い韓国ならではだろう。
李さんの生い立ち
李明博氏、日本名 月山明博氏は1941年大阪生まれ。戦争直後韓国に一家で帰国する途中で船が転覆し、九死に一生を得たが家財一切を失う。
韓国に戻っても頼りにしていた親戚から援助してもらえず、お父さんがなんとか見つけた牧場の管理人の仕事も、朝鮮戦争で失ってしまう。
この本の冒頭に出てくるショッキングな場面がある。
朝鮮戦争で李さんのお姉さんと弟が爆弾で負傷し、お母さんが山で薬草を見つけて手当するが、二人とも、ほどなく亡くなってしまうのだ。
朝鮮戦争というと、共産軍により釜山付近まで追いつめられていた韓国軍は、マッカーサーの国連軍の仁川上陸作戦により、一気に勢いを盛り返し、逆に北まで攻め上がったことが記憶に残るが、朝鮮半島を北から南まで戦火に巻き込んだ戦争では民間人の犠牲者も当然多く出ていた。
李さんの一家は、浦項(ポハン)の日本人が建てた廃寺の木張り長屋の一部屋に重なりあうように住んでいたという。韓国の冬は本当に寒い。木張りの家の寒さは想像を絶するところだ。
そのころお父さんは古物を見つけてきては町で売り歩き、お母さんと李明博さんは大判焼きの屋台で商売して、爪に火をともす様にして稼いだ金をソウルに居る二番目のお兄さんの学資として送った。
自分たちは食うものも食わず、一日一食でも我慢した。食べるものがなくなって、お母さんがどこからか酒粕を貰ってきて、一日二回は酒粕を煮て腹の足しにしていたので、中学の担任の先生に子供が昼間から赤い顔をしていると目を付けられた。
働きながら高校夜間部に
しかし真相がわかると、担任の先生は李さんの家に家庭訪問にきて、成績優秀の李さんに高校を受験させて欲しいとお母さんに頼んだ。
お兄さんの学資を稼ぐために、お母さんは李さんには中学を卒業したら働いて貰おうと思っていたので、高校進学を拒否するが、担任の先生は三度足を運び、最後には高校の夜間部に主席で入れば入学金が免除になるからと、お母さんを説得した。
ポンティギの行商をしながら高校の夜間部に通ううちに、どうしても大学に行きたいという気持ちが目覚める。
お兄さんも「あきらめるな!」と応援してくれたので、ソウルに行き、タコ部屋で生活し、建設労働者として働きながら高麗大学を受験し、見事合格する。
このときに清渓川(チョンゲチョン)の古本屋で受験用の参考書を買ったのが、李さんと清渓川とのつきあいのはじまりだ。清渓川再生プロジェクトについては別ブログのあらすじを見て頂きたい。
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お母さんの言葉に「大学に通うというのではなく、ただ試験を一度受けてみただけです」と李さんは答えたという。
当時李さんのお母さんはソウルの市場で魚の行商を細々とやっていたが、市場が終わってから毎晩市場の汚れているところをすすんで掃除していた。
そのことを見ていた市場の人たちが、李さんが大学に受かったが入学金がないと聞くと、みんなでカンパして李さんの入学金をつくってくれたのだ。
学生会長から投獄へ
李さんは苦学しながら高麗大学で勉強し、学生会長になる。
1963年に当時の日韓交渉で、朴正煕大統領の韓国政府が日本に譲りすぎているという非難の学生運動が起こり、李さんはリーダーとして警察に捕まり、六ヶ月間投獄され1964年に最高裁で懲役三年、執行猶予五年の判決を受ける。
その時面会にきたお母さんが言った言葉が李さんの心を打った。
お母さんは李さんを非難することなく、「お前の考えていることは正しいと思う。心に決めた通りにやってみなさい。自分を信じて頑張りなさい。」と言ったという。
その後しばらくして李さんのお母さんは病気で亡くなる。
現代建設入社
逮捕歴があるので、李さんは就職に苦労するが、当時の朴正煕大統領に手紙を書き、「ある人が自分の力で世の中を生きていこうとしているのに、国家がその道を遮るならば、この国は一人の個人に永遠に負債を負うことになります」と訴えた。
これにより李さんの就職を妨げていた障害が取り除かれ、現代建設の海外要員の公開応募によって現代建設に入社する。
現代グループの創始者鄭周永と李さんはコンビを組んで、世界中でプロジェクトを受注し、現代グループを世界でも有数のグループに育て上げる。
現代建設の入社面接で、鄭周永会長から問われたことは、「君は建設を何だと思う?」というものだった。
李さんは「無から有を創るから創造だと思います」と答えたという。
李さんのソウル市長時代の業績として清渓川再生プロジェクト、ソウルの新交通システムが挙げられる。
どちらも数千回にも上る住民や利害関係者との折衝のたまものであり、信念を持って接すれば理解は得られるのだと李さんは語る。
なぜ大統領にならなければならないのか?
この質問に対しては、李さんは「今は経済的な危機、社会的な危機の時代なので、経済を立て直すことができるリーダー、社会の葛藤を統合することができるリーダーシップが最優先されなければならないでしょう」と答える。
アマチュア式のアプローチでは問題は解決できない。長期戦略に立ったプロの登場が必要なのだと。
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日本は没落する
著者:榊原 英資
朝日新聞社(2007-12-07)
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韓国の政治は後進性があると李さんは語る。
日本の永田町にあたる汝矣島(ヨイド)の感覚で理解しようとしたり、盧武鉉(ノムヒョン)大統領が非難されたコード政治(血縁、地縁・学閥政治)が問題なのであると。
コンピューター付きブルドーザー
李さんの辣腕ぶりを物語るエピソードも紹介されている。ソウルの地下鉄の労働組合がストを決行したときに、李さんは消防隊員と市役所幹部に地下鉄を運転させ、結局ストは八日で終わったという。
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韓国に登場したサラリーマンCEO、島耕作型大統領 李明博氏。大いに期待できそうな、ともに日韓新時代を築いていきたいパートナーだ。
この本ではジーンとくる場面がいくつもあった。「ホームレス中学生」も良かったが、こちらも是非おすすめしたい一冊である。
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