時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

柳井正

柳井正 わがドラッカー流経営論

ドラッカーつながりということで、次はユニクロの柳井社長のドラッカー論を紹介する。

柳井さんの理解するドラッカー理論のポイントがわかって参考になる。

柳井正 わがドラッカー流経営論柳井正 わがドラッカー流経営論
販売元:日本放送出版協会
発売日:2010-01
おすすめ度:4.5
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この本は、NHK教育テレビで2009年6月に放送された「仕事学のすすめ わがドラッカー流経営論」をまとめたものだ。

番組では勝間和代さんが、”トランスレーター”になり、柳井さんにインタビューした。日経BPネットでも内容が公開されている

柳井さんはドラッカーの本は20冊以上読んだという。ユニクロの東京支社の本棚にもドラッカーの著書が置いてある。

柳井さんは元ITT社長のハロルド・ジェニーンさんの「プロフェッショナル・マネージャー」や、マクドナルドのレイ・クロックの「成功はゴミ箱の中に」も「私の教科書」としてエンドースしているが、ドラッカーからも大いに影響を受けたと語る。

経営者が本を読んで影響を受けるということは、どういう事なのかわかって参考になる。


柳井さんが影響を受けたドラッカーの教え

柳井さんはドラッカーの説く最も重要なポイント2点を、自らの経営に生かしている。

1.企業の目的は顧客の創造である

「企業とは何かを理解するには、企業の目的から考えなければならない。企業の目的は、それぞれの企業の外にある。事実、企業は社会の機関でかり、その目的は社会にある。

企業の目的として有効な定義は一つしかない。すなわち、顧客の創造である。(中略)

顧客が企業の土台として企業の存在を支える。顧客だけが雇用を創出する。社会が企業に資源を託しているのは、その顧客に財とサービスを供給させるためである」(現代の経営)

ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
著者:P.F.ドラッカー
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2006-11-10
おすすめ度:5.0
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これに対する柳井さんの解釈は次の通りだ。

1.社会に貢献するために企業は存在する
2.付加価値のある商品を提供せよ

柳井さんはユニクロの社員全員にドラッカーの「プロフェッショナルの条件」を配ったこともあるという。

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))
著者:P・F. ドラッカー
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2000-07
おすすめ度:4.5
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ドラッカーの本は読んだだけではダメで、自分の成長につれ何度も読み返す必要があるという。「ドラッカーはこういっているけど、自分にとってはどうなのか?」と問いかけながら読み、自分の頭で考え、行動するのが大切なのだと。


2.知識労働者とは新種の資本家である

柳井さんが経営の根本に置く、もう一つのドラッカーの教えは次の言葉だ。

「知識労働者とは新種の資本家である。なぜならば、知識こそが知識社会と知識経済における主たる生産手段、すなわち資本だからである。(中略)

組織とは、多分野の知識労働者を糾合し、彼らの専門知識を共通の目標に向けて動員するための人の集合体である。」(ネクスト・ソサエティ)

ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまるネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
著者:P・F・ドラッカー
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2002-05-24
おすすめ度:4.5
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柳井さんは「サラリーマン意識を捨てろ」と呼びかける。ユニクロでは、他社のようなヒエラルキーは存在せず、店長が組織内で一番偉いのだと。知識労働者が増えれば、経営が変わる。松下幸之助の言う「全員経営」なのだ。

この考え方から、ユニクロではパートタイマー2,000人を地域限定正社員として採用した。人の定着率が上がり、人件費比率も驚いたことに下がったという。結局た一番大切なのは「知識労働者」なのだと。


時間は無限ではない

仕事のやり方でも柳井さんは、ドラッカーの言葉を引用する。

「成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする、計画からもスタートしない。時間が何にとらえているかを明らかにすることからスタートする。」(経営者の条件)

時間は無限ではない。自分の潜在能力を生かすために集中せよと語る。

ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
著者:P.F.ドラッカー
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2006-11-10
おすすめ度:5.0
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ユニクロのユニークなCSR的活動

最後にユニクロのやっているユニークな活動が紹介されている。

★難民キャンプにリユース商品を寄贈
2009年末までに寄贈した商品は200万点を越え、対象国もミャンマー、グルジア、ウガンダなど8カ国に上るという。

★障がい者雇用
ユニクロの障がい者雇用率は8%だ。障がい者をチームに加えることによって、チーム全員の助け合いの精神が高まり、顧客に対する意識も高まり、売り上げアップにつながったという。

この積極姿勢は多くの日本企業が見習うべきだと思う。


★匠プロジェクト
日本の繊維業界で長年働いてきた50代、60代の技術者を社員として雇い、中国などの工場で技術指導を担当させる。g.u.の990円ジーンズは、この匠プロジェクトでカンボジアで生産したものだと。

現地の人を教えるほうが、「日本人に教えるよりも、よっぽど教えがいがある」という。

欧米アパレルメーカーでも技術指導をしているが、欧米は出張型で、ユニクロの場合は「駐在型」である。つきっきりで指導するのだ。


最近のドラッカーブーム

前回紹介した「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が売れているので、ドラッカーブームが再来している。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
著者:岩崎 夏海
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2009-12-04
おすすめ度:4.0
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ドラッカーは決して奇をてらったことを言っているのではない。あくまで経営や社会の原則を説いているのであり、ユニクロの柳井さんのように、その原則を経営に生かすと、成功例となれる。

ユニクロはSPAというビジネスモデルが優れている他に、柳井さんという常に学び続ける経営者がいたことが成功の要因だということがわかる。

ドラッカーの教えを多く紹介しているわけではないが、最も重要な教えを、ユニクロの経営に生かしている。

簡単に読めて参考になる。


参考になれば次クリックお願いします。


プロフェッショナルマネージャー ユニクロ柳井さん絶賛の経営の教科書

プロフェッショナルマネジャープロフェッショナルマネジャー
著者:ハロルド・ジェニーン
販売元:プレジデント社
発売日:2004-05-15
おすすめ度:4.0
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ユニクロ社長柳井正さんが「私の最高の教科書」と絶賛する米国の多国籍企業ITTの元社長ハロルド・ジェニーンさんの経営指南書。

巻頭に柳井さんの紹介文「これが私の最高の教科書だ」、そして巻末に柳井さんの解説とまとめ「創意と結果、7つの法則」が付いている。まさに柳井さんが「私の教科書」と呼ぶ力のいれようだ。

この本の初版は1985年に出版された。柳井さんはユニクロの1号店を広島にオープンしたばかりで、ユニクロが小郡商事といってた時代に読み、大変衝撃を受けたという。

この本を読んで、柳井さんは自分の経営は甘いと思ったという。


三行の経営論

柳井さんが最も影響を受けたジェニーン氏の「三行の経営論」とは次の通りだ。

本を読む時は、初めから終わりへと読む。
ビジネスの経営はそれとは逆だ。
終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ。


この言葉を柳井さんは実践して、その時々の目標を設定し、こうありたい姿を目指して現在のユニクロを築き上げたのだ。

実はこの本はブログを書き始める前の2004年に一度読んだ。

ジェニーンさんの「三行の経営論」とジェニーンさんが公認会計士からスタートしてトップに上り詰めたことなどが記憶に残っていたので、再度読み直してあらすじをブログに書いた。


ジェニーンさんの経歴

ジェニーンさんは1910年生まれ。両親は5歳の時に離婚し、母親は歌手だったので、ジェニーンさんと妹は修道院付属の寄宿学校で生活する。15歳の時に会社の使い走りとして就職し、ボーイをしながら何とか高校を卒業。広告会社の営業や証券取引所の場立などを経て、8年間かけてニューヨーク大学の夜学で公認会計士の資格を取る。

会計士として会計事務所に就職、戦争では海軍に志願するが、メガネのせいで不合格となる。戦時中は魚雷をつくっていたアメリカン・キャン(缶メーカー)に勤め、その後光学器械メーカーを経て、ピッツバーグのジョーンズ・アンド・ラフリン(J&L)のコントローラー、副社長となる。

筆者も何回か訪問したピッツバーグの製鉄所(Midland, PAというオハイオ川沿いの巨大な製鉄所だったが、筆者が駐在した当時はそのほんの一部しか使われておらず、大部分が廃墟と化していた)で勤務した後、ハーバード・ビジネススクールのエクゼクティブプログラムを受講。

1956年に軍事メーカーレイセオン社にNo.2として転職し、1959年にITT社長に就任する。ジェニーン氏が就任した時のITTの売上高は8億ドル弱、利益は3千万ドル弱だった。

ジェニーン氏は最高経営責任者として一株当たり利益を年10%以上増加させるという目標を掲げ、58四半期連続増益を達成した。ジェニーン氏が退任した1977年にはITTは多国籍コングロマリットとしてフォーチュン500の11位にランクされ、売上高166億ドル、利益六億ドル弱と売上高・利益ともに20倍になった。

ITTはレンタカーのエイビスを買収し、1968年にシェラトンホテルチェーンを買収している。シェラトンホテルチェーン立て直しには8年掛かったというが、毎年一億ドルの収益をもたらしてくれるという。

ジェニーンさんがこの本を出版した1980年代初めは、「セオリーZ]などと呼ばれた日本的経営が世界を席巻した時代である。

セオリーZ―日本に学び、日本を超える (1981年)

この本でもジェニーンさんは、日本とはたしかに文化の違いはあるが、日本の経営システムだけが勝因ではないと語る。

低い労働コスト、最新式の設備、政府援助(?)、産業政策などが日本が勝っている要因であると分析し、米国企業は日本と今後も競争できると語っている。

なにか現在の中国企業の説明の様で、歴史は繰り返すという感じだ。


この本の目次

この本の目次がよくまとまっているので、紹介しておく。

はじめに 「これが私の最高の教科書だ」 柳井正

第一章 経営に関するセオリーG
ビジネスはもちろん、他のどんなものでも、セオリーなんかで経営できる物ではない。Gはいうまでもなくジェニーンの頭文字。したがってセオリーGは、「ジェニーン理論」の意味である。

第二章 経営の秘訣
(三行の経営論)
本を読む時は、初めから終わりへと読む。
ビジネスの経営はそれとは逆だ。
終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ。

ジェニーンさんがITT社長に就任して、まず出した方針は「今後、長期計画はいっさい無用とする」というものだ。しかしこれは計画をつくるあまり、四半期ごとの収益を気にしない風潮があったためである。

自分が何をやりたいのかしっかり見定め、それをやり始めよということだ。しかし言うは易く、行うは難しだ。肝心なのは行うことだという。

第三章 経験と金銭的報酬
ビジネスの世界では、だれもが二通りの通貨−金銭と経験−で報酬を支払われる。金は後回しにして、まずは経験を取れ。さらに、ビジネスで成功したかったら上位20%のグループに入ることが必要だ。

第四章 二つの組織
どの会社にも二つの組織がある。その一つは組織図に書き表すことができる公式のもの。そしてもうひとつは、その会社に所属する男女の、日常の、血の通った関係である。

世の中の事実の中には、次が混ざっているとジェニーンさんは語る。

1.「表面的事実」(一見事実と見える事柄)
2.「仮定的事実」(事実と見なされていること)
3.「報告された事実」(事実として報告されたこと)
4.「希望的事実」(願わくば事実であってほしい事柄)
5.「受容事実」(事実のレッテルを貼られ、事実として受け入れられた事実)

プロフェッショナル・マネージャーという最高の芸術は、本当の事実を嗅ぎ分け、それが「揺るぎない事実」であることを確認するひたむきさと、知的好奇心と、根性と、必要な場合には無作法を備えていなければならないという。

ITTの基本ポリシーは"No surprise"だという。悪いことはまず先に言うことだ。

第五章 経営者の条件
経営者は経営しなくてはならぬ! 経営者は経営しなくてはならぬ! 「しなくてはならぬ」とは、それをやり遂げなくてはならぬということだ。それはその信条を信条たらしめている能動的な言葉だ。

第六章 リーダーシップ
リーダーシップを伝授することはできない。それは各自がみずから学ぶものだ。ビジネス・スクールで編み出された最新の経営方式を適用するだけでは、事業の経営はできない。経営は人間相手の仕事なのだ。

第七章 エグゼクティブの机
机を見れば人がわかる。トップ・マネジメントに、いやミドル・マネジメントにでも、属する人間にとって、当然なすべき程度と水準の仕事をしながら、同時に机の上をきれいにしておくことなど、実際からいって不可能である。

第八章 最悪の病−エゴチスム
現役のビジネス・エグゼクティブを侵す最悪の病は、一般の推測とは異なって、アルコール依存症ではなくエゴチスムである。自分の成功を盾にエゴチスムをまき散らす社員、全体最適を考えず、自己最適に走る社員をどうすべきか。

第九章 数字が意味するもの
数字が強いる苦行は自由への過程である。数字自体は何をなすべきかを教えてはくれない。企業の経営において肝要なのは、そうした数字の背後で起こっていることを突きとめることだ。

第十条 買収と成長
難点はただ、大作戦にはいつもつきもののことだが、他のだれもが彼らと同じものを見、まったく同一の戦略を思いつくことだった。その結果として、彼らはみな、巨大市場をめぐって、トップメーカーと戦うことになる。

第十一条 企業家精神
企業家精神は大きな公開会社の哲学とは相反するものだ。大企業を経営する人びとのおおかたは、何よりもまず、過ちを −たとえ小さな過ちでも− 犯さないように心がける。 

第十二条 取締役会
勤勉な取締役会は、株主のために、この基本問題に取り組まねばならぬ。その会社のマネジメントの業績達成の基準をどこに置くか。去年または今年、会社がどれだけの収益を挙げたかではなく、挙げるべきであったか。

第十三条 気になること −結びとして
良い経営の基本的要素は、情緒的な態度である。マネジメントは生きている力だ。それは納得できる水準 −その気があるなら高い水準− に達するように物事をやり遂げる力である。

第十四章 やろう!

付録 「創意」と「結果」7つの法則 柳井正


具体例が満載


目次に示されているような理論だけでなく、具体例も満載である。いくつか印象に残った例を紹介しておく。

ある時ブラジル向け電話交換機商談で、「ブラジル大統領には会えないと思う」という現地責任者に、「なぜやってみないんだ。失うものはなにもないではないか」と言ったところ、翌月彼は大統領に会い、商談をまとめたという。

ヨーロッパ全体で深刻な在庫過多が起こっていたが、ある工場の資材積み卸し係に、注文した物以外は受け取りを拒否する担当を一人配置したら、在庫問題は解決した。そこで他の全工場にも受け取りを拒否する担当を置いて問題を解決した。


事前採算性検討(F/S)が大事という例だが、カナダのケベック州カルチェにセルロース工場を建設したが、極寒地方では樹木は直径3インチ以上には生育しないことを見落としていたという。我々は森を見たが、木を見なかったのだと。


創意」と「結果」7つの法則

ジェニーンさんの本をふまえた柳井さんの経営術の七点とは次の通りだ。

1.経営の秘訣 −まず目標を設定し、「逆算」せよ

2.部下の報告 −「5つの事実」をどう見分けるか

3.リーダーシップ −現場と「緊張感ある対等関係」をつくれ
柳井さんは、パート従業員を不当に解雇した店長は、即座にクビにするという。

4.意志決定 −ロジカルシンキングの限界を知れ

5.部下指導法 −「オレオレ社員」の台頭を許すな
柳井さんはエゴチスム社員を「オレオレ社員」と呼ぶ。

6.数字把握力 −データの背後にあるものを読み解け

7.後継ぎ育成法 −「社員FC制度」が究極の形だ。


柳井さんが絶賛するだけあって、会社経営の基本として大変参考になる。1980年代はじめに書かれた本だが、内容は決して陳腐化していない。

是非一読をおすすめする。



参考になれば次クリックお願いします。



一勝九敗 ユニクロ柳井正さんの自伝的ビジネス論

一勝九敗 (新潮文庫)一勝九敗 (新潮文庫)
著者:柳井 正
販売元:新潮社
発売日:2006-03
おすすめ度:4.0
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ユニクロの柳井正さんの自伝的ビジネス論。

今回のあらすじは長いので、ポイントだけまとめておく。

1.タイトルの一勝九敗が示すとおり、柳井さんでも失敗の方が多かったが、失敗を糧にさらに成長した。

2.ユニクロの成功の要因は、カジュアルウェアのセルフサービスストア、SPA(製造小売業)というビジネスコンセプトと会社としての実行力。

3.ユニクロがこれだけ大きくなったのは上場して得た資金をてこにうまく使ったから。上場して飛躍的に拡大したという点はウォルマートも全く同じ。

4.ユニクロの成功にはすぐれた広告の貢献も大きい。


この本は2003年11月に出版された。柳井さんが玉塚さんに社長職をゆずったのが2002年11月なので、ちょうど社長交代してから1年後にこの本を出したことになる。そして2005年には再度社長に復帰する。

柳井正さんは山口県出身で早稲田大学卒業後、イオンに就職するが10ヶ月で退職、父親の経営する衣料品店や建設業の小郡商事で働いた。

父親が脳溢血で倒れ、35歳で社長となる。父親は柳井さんが50歳の時に亡くなるが、葬儀で「ぼくの人生最大のライバルでした」と語り、人前であれだけ涙を流したのは初めてだったと。

上下が女兄弟の唯一の男子で、子供の頃は『山川』というあだ名がついたほどで、他人が『山』といえば『川』というあまのじゃくだったそうだ。

小郡商事は紳士服店とVANショップのカジュアル店を持っていたが、柳井さんが入ってジャスコの経験を元にいろいろ口を出し始めると従業員がどんどんやめてしまった。

最後は柳井さんと番頭の浦さんの2人となり、2人でなにからなにまでやった。このときに小売りのすべての仕事を経験する。

自分でなんでもできるというのが、柳井さんのいい点でもあり悪い点でもあるのだろう。今回の社長交代も玉塚氏に任せておけないということになったのではないかと推測する。

紳士服は20歳以上の男性しか買わないが、カジュアルウェアは世代、性別を選ばないので将来性のあるカジュアルウェア中心のビジネスとしていく。

海外からも仕入れ、ギャップ、ベネトンなどに刺激を受ける。

アメリカの大学生協を訪問したときに、セルフサービスのカジュアルウェア店というユニクロのコンセプトを思い立ち、1984年に広島でユニーク・クロージング・ストア、後のユニクロとなる第1号店を出店し、大成功を収める。

当初は"UNICLO"だったが、香港のバイイング子会社登記の時に間違って"UNIQLO"としたため、こちらの方が格好が良いとしてUNIQLOになった。

直営店とフランチャイズで店舗展開を拡大していたが、規模の利益があまり上がらないので、株式公開を目指す。

熱闘「株式公開」―いまだから店頭登録入門
著者:樫谷 隆夫
販売元:ダイヤモンド社
発売日:1990-03
おすすめ度:5.0
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このとき「熱闘『株式公開』」という本の著者の公認会計士の安本さんに会って、コンサルをお願いするとともに、後にユニクロの監査役になって貰う。

(ちなみに安本さんの「ユニクロ!監査役実録」は別ブログにあらすじを紹介している)

安本さんに言われたことで次の2つが印象に残っているという。

1.株式公開がすべてではなく、社会的に認められる様な会社にしないと、競争社会で生き残っていけない。

2.社長がいなくとも、組織で動く会社にしなければいけない。

経営ってそういうことだったのかと新鮮な気持ちで聞き、改革を始めた。

会社の成長のためには資金調達、出店地域確保、人材獲得が必要で、そのために株式公開を目指す。

1991年に社名を小郡商事からファーストリテーリングFAST RETAILING(早い小売り)に変更。顧客の要望を素早くキャッチして、製造委託して商品化し販売することを目標とする。

自ら「商売人から経営者へ」と語っているプロセスだった。

1991年当時の総店舗数は29店だったが、三年間の中期計画を発表し、年に30店舗ずつ出店し、3年後には100店を越えるので、その時点で株式公開を目指すと宣言。

さらに10年後には売上3,000億円という計画をつくる。これはリミテッド、ホームデポ、ウォルマートの成長の軌跡と一致している。

ロープライスエブリデイ
著者:サム ウォルトン
販売元:同文書院インターナショナル
発売日:1992-12
おすすめ度:5.0
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サム・ウォルトンの自伝を読んだことがあるが、株式公開をてこに、親族経営から大会社へ変身したウォルマートの急激な成長と同じプロセス、同じ様な軌道を描いていると感じた。

やはり株式公開は会社の成長の最高のブースターロケットである。

直営店100を越え、売上も300億円となり1994年7月に広島証券取引所に上場、初日は買い気配、翌日公募株価の7,400円を大きく上回る14,900円で初値がついた。

ユニクロは次の3つの約束をしているが、1995年には「ユニクロの悪口を言って100万円」という広告も出した。

1.購入後3ヶ月以内であれば理由を問わずに返品・交換します。

2.広告商品の品切れの場合は、即取り寄せるか、代替商品を手配します。

3.クリンリネスの徹底した売場をつくります。

当初は岐阜県などの衣料品メーカーから購入していたが、生産の中心は中国に移った。中国各地に品質管理事務所をつくり、『匠(たくみ)プロジェクト』として、日本の繊維産業を退職した熟練技術者を採用して技術指導にあたらせ、品質を高める努力をしている。

なかなか関東圏で成功できなかったが、1998年11月の原宿店で大ブレークした。このとき1900円のフリースを売り出し、そのヒットが原宿店の開店と重なり、ユニクロのイメージが『安いけど、結構いいじゃん』に変わった。

ユニクロの広告宣伝は定評がある。

「ユニクロのフリース 51色」の回転機のCMなど、いろいろな広告作品が記憶に残っているが、これらはアメリカのワイデン&ケネディのクリエイターで日本支社長ジョン・ジェイ氏の力が大きい。

山崎まさよし他の出演する「ミュージシャン、27才」のテレビCMシリーズ。山崎まさよしが自分で語り、最後に「ユニクロのフリース 15色 1900円」というコピーが流れる。

実はカメラに写らないところで、テリー伊藤が質問してそれに山崎まさよしが答えているのだと。CF制作現場で本音を引き出せるのはテリー伊藤しかいなという結論になったそうだ。

すごい発想である。

ユニクロはチェーン店展開しているが、マニュアル人間ではダメである。たとえばこんなことがあった:

雨の降った日に子連れのお母さんが来て、子供が病気なので電話を貸してくれと言って来た。店長はマニュアル通り、私用電話には貸せないと断ったが、後でご主人から猛烈なおしかりがあったと。

マニュアル人間を排し、『独立自尊の商売人』を目指せということでSS(スーパースター)店長制度を導入。なかには年収3,000万円という店長もいる。店長は会社の主役であり、本部はあくまでサポート役で、店長が店舗の経営者なのだ。

ユニクロは実力主義を徹底しており、3ヶ月毎に人事考課をしている。人事考課のためだけの役員会を開いている。賞与は年3回あり、3回目が会社業績による決算賞与である。

出店失敗、ファミクロ、スポクロ、ロンドン進出、上海進出、永田(ながた)農法でつくった野菜を売るFRフーズなど失敗も相次いだ。しかし失敗から学び成功したのだと。

社長を退任した理由は、自分の言っていることが実行されずに、かけ声だけに終わってしまうおそれがあると感じたからだと。

じつはこの部分が最初に読んだとき一番印象に残ったところだ。20〜40代の社員と一体となった経営。会社全体の中で、自分自身が浮いてはいけない。

筆者も常に自分の身を見直さなければならない。

最後に柳井さんの起業家十戒、経営者十戒を紹介しておこう。をそのほかに経営理念23条というものを柳井さんはつくっているが、こちらは割愛した。


起業家十戒

1.ハードワーク、1日24時間仕事に集中する。

2.唯一絶対の評価者は市場と顧客である。

3.長期ビジョン、計画、夢、理想を失わない。

4.現実を知る。その上で理想と目標を失わない。

5.自分の未来は、自分で切り開く。他人ではなく、自分で自分の運命をコントロールする。

6.時代や社会の変化に積極的に対応する。

7.日常業務を最重視する。

8.自分の商売に、誰よりも高い目標と基準を持つ。

9.社員とのパートナーシップとチームワーク精神を持つ。

10.つぶれない会社にする。一勝九敗でよいが、再起不能の失敗をしない。キャッシュが尽きればすべてが終わり。


経営者十戒

1.経営者は、何が何でも結果を出せ。

2.経営者は明確な方針を示し、首尾一貫せよ。

3.経営者は高い理想を持ち、現実を直視せよ。

4.経営者は常識に囚われず、柔軟に対処せよ。

5.経営者は誰よりも熱心に、自分の仕事をせよ。

6.経営者は鬼にも仏にもなり、部下を徹底的に鍛え勇気づけよ。

7.経営者はハエタタキにならず、本質的な問題解決をせよ。

8.経営者はリスクを読み切り、果敢に挑戦をせよ。

9.経営者はビジョンを示し、将来をつかみ取れ。

10.経営者は素直な気持ちで、即実行せよ。


2003年の本だが、けっして色あせていない。起業家や経営者を目指す人は必読の書と思う。


参考になれば次クリックお願いします。







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