ヴァージングループ総帥のリチャード・ブランソンさんの成功哲学と、読者からの質問に答えるQ&Aをまとめた本。
ブランソンさんは現在でこそ「サー」・リチャード・ブランソンだが、バッキンガムの高校を中退して自分の雑誌を作り始めたころは、問題児だった。実は失読症と注意欠陥障害だったのだという。失読症(英語ではディスレクシア、Dyslexia)という病気の名前を初めて知った。
失読症とは、知的能力に異常がないにもかかわらず、読み書き学習に著しい困難を抱える障害である。トム・クルーズが告白して有名となり、レオナルド・ダヴィンチ、エディソン、アインシュタイン、ジャッキー・チェン、キアヌ・リーブスなども失読症だったという。
「マンガ・リチャード・ブランソン」という本にブランソンさんの子供のころの話が載っている。アマゾンの”なか見!検索”に対応しているので、ここをクリックして出だしのところを見てほしい。
ヴァージングループは現在世界に400社ある。ブランソンさんは高校を中退して「ストゥーデント」という雑誌の出版を始め、それからレコード店経営、レコード会社経営、さらには航空会社、フォーミュラ1レーシングチーム、宇宙旅行会社、失敗に終わったヴァージン・コーラなど様々な事業に乗り出していった。
この本では、自分の成功哲学を具体例を挙げて語るとともに、今まで受けた代表的な質問に対するQ&Aという形式で、ブランソンさんがヴァージングループの経営理念や、モーターボートでの大西洋横断、熱気球世界一周などの冒険に乗り出したことなどを自由に語っている。
この本はなんといっても翻訳がいい。いかにもブランソンさんが語っているような口ぶりで、頭にスッと入る。一部を引用しておこう。
「ぼくはだれかの下で働いたことがないので、この本は創業者の視点に立っている。でも、ここに書いたアドバイスは、企業で働くことの難しさに直面しているすべての人に当てはまるものだ。」
Q. 朝起きて、最初に考えることは?
A. 「普通の人と同じさ。『今何時かな?』って考えるよ。それから『どの国にいるんだっけ?』と。
Q. 朝、ベッドから起き上がる原動力となる言葉を一つ挙げると?
A. 「正確に言うと三つかな。『リチャード、いいかげん、起きなさい!』っていうグラスゴー訛りの妻の声だよ」
Q. 成功のカギとなる言葉を、三つ挙げてください。
A. 「ヒト、ヒト、ヒト」
Q. まだ手に入れたいものはある?
A. 「孫が欲しいよ。妻と一緒さ。どうか願いが叶いますように!」
Q. ヴァージン・ブランドを表現する単語を三つ挙げると?
A. 「革命的、おもしろい、お値打ち価格で質の高いサービス。最後のは単語じゃないけど、大目に見てもらえるかな」
というような具合で、テンポがよく軽妙だ。
参考になる話も多い。いくつか紹介しておく。
麻薬被害を減らす戦略
ブランソンさんは、もともと麻薬と戦うことが社会にとって最善の策だと思っていたが、「薬物政策に関する世界委員会」に加わったことをきっかけに考えが変わったという。
ポルトガルでは、2001年に薬物の使用と所持を非犯罪化し、ここ10年は麻薬犯を一人も刑務所に送っていない。ヘロイン使用者のための病院を設置し、注射や中毒治療用の合成麻薬剤メタドンを提供するとともに、医学的治療を施した。その結果、薬物使用者は大きく減少した。注射針を使いまわすことによるエイズも70%減少した。強盗の件数も大幅に減っている。
スイスも同様だ。通常は麻薬の使用者であり末端の売人でもあった中毒患者にヘロイン代替物を支給することにより、一般市民と麻薬組織とのパイプ役がいなくなったのだ。
ヴァージンでは他の国で成功した事例を研究し、どうすれば新しい市場に移植できるか考える。麻薬に対する戦いも同様だと。
CEOになりたいなら
CEOになりたいなら、会社のすべてを知り尽くす必要がある。ヴァージン・ブルー(今のヴァージン・オーストラリア)のCEOだったブレット・ゴドフレイは、幹部社員全員が航空会社のすべての業務を体験しなければならないというルールをつくった。ブランソンさんもチェックド・バゲージの積み込みをやって、整骨院に通うことになったという。
こうすることで、会社がどれだけ成長しても、適切な人材に仕事を任せられるようになる。部下が相談に来たときも、現場を直接知っていれば、適切なアドバイスができる。
それと、CEOは会社が振り出すすべての小切手に自らサインし、少なくとも6週間に1回はすべての発注書に目を通さなければならない。こうすることによって会社のお金の流れがわかる。
ブランソンさんはヴァージングループでも長年これを続け、半年のうち1か月はすべての小切手にサインする。グループ会社の社長にも同じことを求めているのだと。
会社のお金の流れをつかむというのは、基礎的だが重要なことだ。筆者の友人でも励行している人がいる。
量産可能な航空燃料プロジェクト
ブランソンさんは、工場のCO2を含む排ガスを利用して、航空燃料に変えるプロジェクトを紹介している。ニュージーランドのランザ・テックと開発しているのだと。
オーストラリアでは小型ユーカリ樹のマリーを使って、やはり航空燃料を生産するプロジェクトを推進している。これはヴァージン・オーストラリア、ダイナモーティブ・エナジー・システム、リニューアブル・オイルなどと組んでいる。
アップルのiPod, iTunesはエイプリルフールのジョークにインスパイアされた?
ヴァージンは世界各地にレコードショップのヴァージン・メガストアを経営していた。これの息の根を止めたのが、iPod, iTunesのアップル勢だ。
ブランソンさんは、ある年のエイプリルフールに、「イギリスに設置した巨大なコンピューターに、あらゆるレコード会社のあらゆる楽曲を保存し、音楽ファンがどこでも好きな音楽をダウンロードできるような”ミュージックボックス”という端末を発売する」と発表し、昼ごろにジョークだと発表した。
レコード会社の面々は真に受けて、「やめてくれ」と泣きついてきたという。ところが、スティーブ・ジョッブスはこれにインスパイアされて、数年後にiPod, iTunesをつくったのだという。
この話の教訓は、「エイプリルフールのジョークを仕掛けたら、最後まで自分でやれ」ということだと。
アップルのデザインやマーケティングはすばらしく、iPhoneによって携帯電話市場を席巻してしまった。それからiPadで出版業界に攻めてきた。
ヴァージンは新しいアイデアに対してオープンであり続ける
ヴァージン・レコードを始めたのは、マイク・オールドフィールドが、ほかのレコード会社に断られ続けた「チューブラー・ベルズ」を売り込みにきて、その価値に気が付いたからだ。マイクを助けるためにレコード会社をつくることにしたのだ。
ヴァージン・レコードは1990年代には世界最大の独立系レコード会社になった。今はヴァージンはレコード会社とレコード販売事業を売却してしまったが、音楽祭を主催するなど音楽との関係は保っている。
ヴァージン・メガストア事業からの撤退が遅れたことに関して、ブランソンさんは自分がタイムズスクウェアや、オックスフォードストリートなどの一等地に旗艦店を置くことにこだわったからだと語っている。
これらの旗艦店は知名度を上げるのに役立ち、グループの歴史にも深く結びついていたので、これらを失うことが怖かったのだと。
バーチャルネットワーク・モデルで事業展開
1990年代末には、携帯電話でTモバイルと組んでヴァージン・モバイルを立ち上げ、若者向けに割安な価格で提供し、同じモデルで世界各国でも事業展開した。
既存の会社と組んで、「ヴァージン」ブランドを冠したサービスを提供する”バーチャルネットワーク・モデル”がうまく機能した一例だ。
ABCD戦略
ブランソンさんはヴァージングループの戦略としてABCD戦略を挙げる。Always Be Connecrting Dots(ひたすら点と点を結べ)だ。故・スティーブ・ジョッブスの有名なスタンフォード卒業式スピーチを思い出させる。
次のスピーチの最初のテーマが"Connecting Dots"だ。ビデオの5分くらいから、"Connecting Dots"の教訓が語られている。
最初にヴァージン・アトランティック航空をスタートした時は、本業(ヴァージン・メガストア)と何の接点もなかった。
当時の航空会社のサービスはあまりにもお粗末だった。もっと質の高い仕事をすれば、大きなチャンスがあるはずだと思ったのが参入のきっかけだ。
実際に事業を始めて、機内エンターテインメントに最高の音楽と映画を持ちこみ、お客様の世話をするのが好きというスタッフを集め、居心地のよくモダンな内装を設計し、すべてを割安な値段で売り出すことにより、点と点がつながった。
ヴァージングループのカスタマーサービスで長年大切にしてきたルールは「最初に問題を知った者が、最初に対処する」というものだ。これの例が挙げられている。
サンフランシスコ空港でフライトの出発が遅れたとき、乗務員が飛行機から飲み物のワゴンを持ち出して、ゲートでお客様にサービスを始めた。数か月後、この乗務員にブランソンさんは年間優秀社員賞を授与したという。
事業化で考慮すべきポイント
最後にブランソンさんは事業化で考慮すべきポイントを挙げている。簡単だが参考になるので、紹介しておく。
1.価格は適正化か?
2.設備が古くないか?
3.顧客になりそうな人々をリサーチしよう
4.サービスの幅を広げられないか?
5.収入の一部を地域の慈善事業に寄付しよう
翻訳が良いこともあり、スラスラ読める。本人は大変な努力をして、ヴァージングループを作り上げたのだろうが、労働者階級出身の人ではないので、底辺から這い上がったという感じはない。
気軽に読める成功哲学である。
参考になれば次クリック願う。