時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

経済

アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる 高橋洋一さんの近著

アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる (現代ビジネスブック)アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる (現代ビジネスブック)
著者:高橋 洋一
講談社(2013-03-28)
販売元:Amazon.co.jp

別ブログで紹介した「日本経済の真相」「さらば財務省!」の著者、高橋洋一嘉悦大学教授の最新作。

2013年3月に出版されたばかりなので最新の話題も織り込んでいるが、基本的には「日本経済の真相」、さらには2008年の「この金融政策が日本を救う」と同じ路線である。

日本経済の真相日本経済の真相
著者:高橋 洋一
中経出版(2012-02-15)
販売元:Amazon.co.jp

俗説を列挙して、論評を加えるスタイルも「日本経済の真相」と同じスタイルである。

アベノミクスの道筋は、大胆な金融緩和でインフレ予想がでてくれば、円安と株高になり、1〜2年内に消費、輸出、設備投資が増えて景気回復、雇用増加につながる。2年半程度で貸出も増え、インフレ率が高まってさらに実需がでて、賃金上昇につながるというものだ。

これが経済学のスタンダードな理論であると高橋さんは語る。

現在のアベノミクスを支える理論的基盤を与えているのは、日銀副総裁に就任した岩田規久男さんが率いていた「昭和恐慌研究会」のメンバーだ。この研究会は、2004年に「昭和恐慌の研究」という本を出して、日経・経済図書文化賞を受賞している。

昭和恐慌の研究昭和恐慌の研究
著者:岩田 規久男
東洋経済新報社(2004-03-19)
販売元:Amazon.co.jp

岩田さんは高橋さんの都立小石川高校の先輩という関係にある。

高橋さんがプリンストン大学留学から帰国した時に、岩田さんの「昭和恐慌研究会」に招かれて、プリンストンでバーナンキ経済学部長やクルーグマン教授などが、どんな議論をしているのかを説明し、それから研究会に参加するようになったという。

クルーグマンは、「日本の金融政策はアブノーマルだからおもしろい」と言っていたという。クルーグマンは1998年に日銀はインフレ・ターゲット政策を採用すべきだという論文を書いている。

15年も前に、世界的に有名な経済学者がインフレ・ターゲットの採用を日銀に提起していたのだ。

バーナンキも、「自ら機能マヒに陥った日本の金融政策」という論文も書いているという。


大恐慌を終息させた金融政策

大恐慌が終息したのは、ルーズベルトがニューディールなどの巨大な公共投資を推し進めた財政政策だというのが通説だったが、これに異論を唱え、金融政策の重要性を指摘したのがミルトン・フリードマンだった。

フリードマンの学説をさらに発展させたのがバーナンキや、カリフォルニア大学のバリー・アイケングリーンなどだ。

当時は岩田さんを中心とするグループはそれほど影響力をもっていなかった。世間には日銀に追随するような議論ばかりで、岩田さんのグループは、まるで「レジスタンス」のようだったという。

今回復刊された岩田規久男さんの「まずデフレをとめよ」は2003年の出版だが、「インフレ目標政策を導入せよ!」と本の帯に書いてあり、今復刊しても修正するところがないという。

日本経済再生 まずデフレをとめよ日本経済再生 まずデフレをとめよ
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2013-03-26)
販売元:Amazon.co.jp

実質金利をマイナス金利に

「ゼロ金利のもとでは金融政策に限界がある」というのは誤りだ。名目金利はゼロ以下には下げられないが、予想インフレ率を高めれば、実質金利はなお下げることができる。これが最も重要なポイントであると高橋さんはいう。

たしかに筆者も高橋さんや岩田さんの本を読む前までは、ゼロ金利になっている以上、貸出金利をマイナス金利にすることは不可能だと思っていたが、この本を読んでよくわかった。

クルーグマンが早くから指摘していたのも、この点で、「日銀は人びとのインフレ予想を高めるような政策を打ち出せ」と主張し、具体的にはインフレターゲット政策を提起していた。

予想は英語だと"expectation"だ。誤解を招くので高橋さんは「期待」でなく、「予想」と訳しているという。


大蔵省の「洗脳」にのらなかった浜田教授

高橋さんは、かつて大蔵省の「洗脳部隊」に属していたという。学者やマスコミに、大蔵省に都合のよい主張をしてもらうことが仕事だ。やり方は勉強会や研究会に参加してもらい、時には海外視察などにつれていくのだと。

しかしこの洗脳部隊の時に、全く誘いを受け付けなかったのが、当時東大にいた浜田宏一イェール大学名誉教授だったという。

浜田教授は2年ほど前に「昭和恐慌研究会」のメンバーとなった。先日紹介した「アメリカは日本経済の復活を知っている」では、「20年もの間デフレに苦しむ日本の不況は、ほぼすべてが日銀の金融政策に由来するものである」と断言している。

アメリカは日本経済の復活を知っているアメリカは日本経済の復活を知っている
著者:浜田 宏一
講談社(2012-12-19)
販売元:Amazon.co.jp


円安が好況の鍵

高橋さんは、小泉政権が成功したのは、日銀に量的金融緩和を実施させ、その結果円安が続いたためだと語っている。

高橋さんは第一次安倍内閣(2006年9月〜2007年9月)の時に、総理補佐官補というポジションで、総理官邸入りするように安倍総理から直接依頼された。

超党派の議員200人が集まり、「増税によらない復興財源を求める会」を結成した時にも、安倍さんに声をかけて加わってもらった経緯がある。

安倍さんは、「増税によらない復興財源を求める会」に参加するとともに、自民党内でも議員立法で日銀法を改正すべく同志を集めていた。結局谷垣総裁が待ったをかけたため、日銀法改正検討は進まなかったが、こういった活動を通して安倍さんは知識を蓄えていった。

そして自民党総裁選で「消費者物価上昇率2%を目標としたインフレ・ターゲット政策を日銀に求める」と宣言して自民党総裁に就任すると、今度は総選挙でもインフレ・ターゲットを自民党の目玉政策に掲げて、選挙に勝利したのだ。


日銀のレジームチェンジ

それまで安倍さんのインフレ・ターゲットを批判していた白川日銀総裁が、豹変してインフレ・ターゲットの受け入れをすぐさま示唆した。「金融政策のレジーム転換」が起こったのだ。

そして3月の黒田新総裁になって、「異次元の金融緩和策」が実施され、円安と株高の流れが加速したのだ。株価は野田民主党政権時のほぼ倍、円相場は30%下落、GDPはプラスに転じた。

平成26年度からの消費税アップもあり、高額商品が良く売れているという。

長期金利が上昇しているが、それでも0.9%という歴史的には低い水準だ。金利が低いうちに長期固定金利の住宅ローンを使って住宅を購入しようとする人が増えている。

国民の心理が「インフレ期待」に一変した。まさに「心理経済学」で大前研一さんが提唱していたように、人々の心理を動かした結果、円安株高がある。

大前流心理経済学 貯めるな使え!大前流心理経済学 貯めるな使え!
著者:大前 研一
講談社(2007-11-09)
販売元:Amazon.co.jp

アベノミクス登場以来、別ブログで高橋さんの本は何冊か紹介している。

この本もわかりやすいが、これ一冊ということなら、そのものズバリの2008年末の「この金融政策が日本を救う」だろう。浜田宏一教授の推薦書でもある。

この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)
著者:高橋洋一
光文社(2008-12-16)
販売元:Amazon.co.jp

次は「この金融政策が日本を救う」のあらすじを紹介する。


参考になれば次クリック願う。



円高の正体 浜田宏一教授推薦書 マネー不足が円高の原因

円高の正体 (光文社新書)円高の正体 (光文社新書)
著者:安達誠司
光文社(2012-01-17)
販売元:Amazon.co.jp

以前紹介したイェール大学浜田宏一名誉教授が、「アメリカは日本経済の復活を知っている」で推薦していた本。

アメリカは日本経済の復活を知っているアメリカは日本経済の復活を知っている
著者:浜田 宏一
講談社(2012-12-19)
販売元:Amazon.co.jp

「日本銀行デフレの番人」のあらすじに続く、浜田教授推薦書の第2弾だ。

著者の安達誠司さんは、大和総研、富士投信投資顧問、クレディスイスファーストボストン証券などの調査部でキャリアを積み、現在はドイツ証券経済調査部シニア・アナリストとして活躍している。

日銀副総裁に就任した岩田紀久男教授の「昭和恐慌の研究」では、安達さんも共著者の一員として加わっている。

バーナンキFRB議長は大恐慌の研究で有名だ。期せずして、大恐慌の研究家と、昭和恐慌の研究家が日米の中央銀行の首脳となったわけだ。

昭和恐慌の研究昭和恐慌の研究
著者:岩田 規久男
東洋経済新報社(2004-03-19)
販売元:Amazon.co.jp

Essays on the Great DepressionEssays on the Great Depression
著者:Ben Bernanke
Princeton Univ Pr(2004-01-05)
販売元:Amazon.co.jp

この本の最初に、謎の言葉が掲げられている。

「あと28.8兆円」

本の最後で、米国カーネギー・メロン大学のベネット・マッカラム教授による「目標とする名目経済成長率を達成するために、中央銀行はどの程度マネタリーベースを供給する必要があるかを割り出す方程式」を紹介している。

マクロ金融経済分析―期待とその影響
著者:ベネット・T. マッカラム
成文堂(1997-06)
販売元:Amazon.co.jp

それが「マッカラム・ルール」と呼ばれるもので、それによると2%の経済成長を達成するには、日銀が現在の121兆円から28.8兆円追加すればよい。それが冒頭の「あと28.8兆円」の意味だ。

この場合、2%の名目成長率を達成して、ドル=円レートは95円、インフレ率は1.5%程度になるという。

さらに4%の成長を達成するには、78.8兆円の追加のマネタリーベースが必要となる。この場合、ドル=円レートは115円、インフレ率は3%程度と計算されるという。次がこの28.2兆円と78.8兆円を割り出したグラフだ。

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出典:本書187ページ

そうすることで日本は成長を取り戻して、円高とデフレから脱却することになる。

ところで、2013年4月の黒田・日銀の「異次元の金融緩和」で打ち出したのは、現在のマネタリーベースを倍にする、つまり138兆円から270兆円に増加させるものだ。安達さんの言うように、マッカラム・ルールを適用すると6%程度の成長になると思われる。

6%の成長が実現するかどうかわからないが、それだけアグレッシブな金融政策なのだ。


円高になると名目GDPは減少する

安達さんは、次の2003年以降のグラフを使って、円高になると名目GDPが減少すると説明している。

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出典:本書53ページ

なぜこうなるかというと、「輸出産業(と輸入品競合産業)の利益が減っていく負の効果」のほうが、「輸入産業の利益が増える正の効果」より大きいためだ。

円高で日本の賃金は対外的に割高となるので、企業の海外移転も増え、日本の雇用が失われる。


円高だと税収も減少

円高になると税収も減る。安達さんは次のグラフを使って示している。

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出典:本書 109ページ


「良い円高」論のウソ

安達さんは「良い円高」論者は、”何にとって”良いと言っているのか見極める必要があると語り、「良い円高論者」を次の3パターンに分類している。

1.「強い円」志向説 
たとえば2009年に亡くなった日本銀行元総裁の速水優さんの「強い円 強い経済」や「円が尊敬される日」などが代表的だ。

強い円 強い経済強い円 強い経済
著者:速水 優
東洋経済新報社(2005-02)
販売元:Amazon.co.jp

円が尊敬される日
著者:速水 優
東洋経済新報社(1995-12)
販売元:Amazon.co.jp

その一節を安達さんは引用している。

「各業界においても、円の価値が強いことが対外的な信認を得ることになる。(中略)日本の軍事力、外交力を補填する存在感、発言力は、通貨の強さから出てくるという事実を、過去の半世紀の動きで私は十分理解しているつもりである」。

出典:「強い円 強い経済」154ページ

以前紹介した榊原英資さんの「強い円は日本の国益」も同様の論旨だ。

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
東洋経済新報社(2008-09-04)
販売元:Amazon.co.jp

2.通貨暴落のトラウマ説
変動相場の国では通貨危機は起こらない。だから通貨暴落は円には起こらない。

銀行法違反で有罪となった木村剛・元日本振興銀行会長が喧伝していた「キャピタルフライト」は起こらない、と安達さんは説く。

キャピタル・フライト 円が日本を見棄てるキャピタル・フライト 円が日本を見棄てる
著者:木村 剛
実業之日本社(2001-11)
販売元:Amazon.co.jp

ちなみに、このブログで木村剛さんに関する「日銀エリート 挫折と転落」のあらすじを紹介しているので、参照して欲しい。

日銀エリートの「挫折と転落」--木村剛「天、我に味方せず」日銀エリートの「挫折と転落」--木村剛「天、我に味方せず」
著者:有森 隆
講談社(2010-11-30)
販売元:Amazon.co.jp

3.「円高不況は乗り越えられる」という精神論
プラザ合意の後、日本は1985年の1ドル=235円から、1987年末の122円まで円高が続いても耐えられた。だから今回の円高も耐えられるという精神論。

しかし、安達さんは円相場は、1987年12月に122円になったのち反転し、1990年4月まで160円程度まで戻していたこと、原油価格が1980年の1バレル=40ドルから、1986年には8ドル以下まで急落していたことを指摘する。

日本人の努力もあったが、2012年末のような78円というような円相場が続いたわけではなく、原油値下がりによる恩恵もあったので、「たゆまぬ努力とコスト削減で円高不況を乗り越えた」という説は怪しい。


為替相場はマネタリーベースに連動

さらに安達さんは、ソロス・チャートを使って、2008年からの日米のマネタリーベースと、円の対ドル相場は、きれいに連動することを示している。

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出典:本書 124ページ

ソロス・チャートは1987年から2007年の20年で見ると、マネタリーベースと為替相場が連動しなかった時期が5年ほどある。2002年から2007年の時期だ。

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本書:128ページ

しかし、この時はマネタリーベースを増やすために日銀が銀行に無利子で預けても、銀行が産業界に貸し出しを増やさなかった。「インフレ予想」が起こらなかったため、産業界でも積極的な資金需要がなかったためだ。これを「超過準備」と呼ぶ。

ソロスチャートで、マネタリーバランス増加分から、「超過準備」の分を引くと、きれいに連動する。次が「修正ソロスチャート」だ。

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出典:本書 132ページ

修正ソロス・チャートが示すところは、「為替レートは、2国における将来の物価の予想の格差の変動によって動かされている」ということで、基本的にマネタリーベースの差であることがわかる。


「神の見えざる手」

この本の中で安達さんは、為替相場の成立する仕組みや、経済活動を動かす「予想インフレ率」のことを「神の見えざる手」と呼んでいる。

つまりみんながインフレを予想すれば、インフレとなり、通貨が安くなる。それが「見えざる手」のファンクションである。

これはアダム・スミスが「国富論」で「見えざる手」と評した「個人がバラバラの思惑で動いても、経済は不思議と一定の方向に動く仕組み」のことを指している。

筆者は、この「神の見えざる手」という言葉には抵抗がある。アダム・スミスの表現は「見えざる手」であり、”神の”という言葉はついていない。

安達さん以外にも「見えざる手」に”神の”という言葉をつける人は多い。筆者はそういう人には、「ちゃんと勉強しているのか?」という疑問を持たざるを得ない。

「国富論」は岩波文庫では4巻、日経出版のものは2巻の大作で、筆者の読んだ日経出版のものだと、上が430ページ、下が解説も入れて570ページで、合計でちょうど1,000ページある。

国富論〈1〉 (岩波文庫)国富論〈1〉 (岩波文庫)
著者:アダム スミス
岩波書店(2000-05-16)
販売元:Amazon.co.jp

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)
著者:アダム・スミス
日本経済新聞社出版局(2007-03-24)
販売元:Amazon.co.jp

実は、「見えざる手」は、日経出版だと下巻31ページに一度だけ出てくるだけだ。

このことは、このブログで紹介した「池上彰のやさしい経済学1」や、浜矩子さんの「新・国富論」などの本でも紹介されている通りだ。

池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる
著者:池上 彰
日本経済新聞出版社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp

新・国富論 グローバル経済の教科書 (文春新書)新・国富論 グローバル経済の教科書 (文春新書)
著者:浜 矩子
文藝春秋(2012-12-17)
販売元:Amazon.co.jp

「国富論」のあらすじはまだ紹介していないが、当時の「重商主義」を批判した本ゆえ、古臭い部分もある。

筆者も長年手を付けていなかったが、日経出版のものが2007年に出たので、いいきっかけと思って、読んでみただけなので、偉そうなことはいえない。

けれども、”神の”をつけている人がいると、経済アナリストといえども、アダム・スミスを、ちゃんと読んでいない人もいるのではないかと疑ってしまう。

ともあれ、全体の論旨としては明快で、浜田宏一教授が推薦書として取り上げていることでもわかるとおり、現在の「アベノミクス」に沿った見解で、参考になった。


参考になれば次クリック願う。



日本銀行デフレの番人 日銀副総裁に就任した岩田規久男さんの脱デフレ策

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2012-06-09)
販売元:Amazon.co.jp

2013年3月末に日銀副総裁に就任した岩田規久男・学習院大学教授の脱デフレ策。

先日紹介した浜田宏一・イェール大学名誉教授の「アメリカは日本経済の復活を知っている」でも、岩田規久男教授は、日銀総裁候補の一人に挙げられていた。

この本では白川・日銀を「デフレの番人」や「物価安定化不合格率67%」などと批判し、リフレ具体策を提案している。


黒田・岩田チームが早速始動

2013年4月4日、黒田東彦日銀総裁と岩田規久男副総裁が就任して初めての金融政策決定会合で、「ツー・バイ・フォー」と言われる、2年間でインフレ率2%をめざし、マネタリーベースは2倍、国債買い入れも2倍にするという「異次元の金融緩和」を発表した。

4月4日と5日で、日経平均は1,000円近く上昇。円相場は4円ほど円安になった。これで2012年11月の「アベノミクス」発表後、日経平均はほぼ5,000円上昇し、ドル・円相場はほぼ20円下落した。(リンクをクリックすると、株価と円相場の相関グラフが表示される)

大胆な金融緩和策が、「インフレ予想」を抱かせ、デフレ脱却に効果があることがはっきり示された。

筆者は大学を卒業して40年近く経済界にいるが、今回ほど経済理論が機能した実例は記憶にない。

大胆な金融緩和→「インフレ予想」形成→円安→企業の収益回復を期待した株価上昇→景気回復の「良いサイクル」が始まったのだ。


2012年バレンタインデーのインフレターゲット実験

この本で岩田教授は、2012年2月14日バレンタインデーの日銀による「インフレ1%目途」発表後、円安が進み、株価も上昇した事実から、対ドル円相場が1円下落すると、株価を225円押し上げる影響があると分析している。

浜田宏一教授が、「アメリカは日本経済の復活を知っている」で、「義理チョコ緩和」と呼んでいる日銀のインフレターゲット実験だ。

アメリカは日本経済の復活を知っているアメリカは日本経済の復活を知っている
著者:浜田 宏一
講談社(2012-12-19)
販売元:Amazon.co.jp

岩田教授は、この「インフレ目途1%」実験が、日銀理論の誤りを実証したと語っている。

ちなみに、「アベノミクス」による昨年11月頃からの円安、株高も、ほぼこれと同じような1円の円安=200〜250円の株価上昇という関係になる。(リンクをクリックすると、株価と円相場の相関グラフが表示される)


「デフレの番人」・日銀のみじめな成績

岩田教授は、総合消費者物価の前年同月比の上昇率が0〜2%の月を「合格」、0%以下の月を「不合格」、2%を超えた月を「引き分け」とする評価基準を持ち込んでいる。

これによると、新日銀法施行以後の14年間の成績は41勝、124敗、3引き分けで、勝率は2割4分だと評価している。

白川総裁の在任中では、13勝、32敗、3引き分けで、勝率は2割7分1厘だ。

筆者自身は、物価の安定という意味では、0%以下を「不合格」とする評価方法には疑問を感じる。

しかし、物価上昇率0%以下が、あまりに長期間続いたからこそ、日本経済が低成長を続けていると考えれば、岩田教授の通信簿は一つの評価かもしれない。その意味では、日銀はインフレ率を0%以下に守ってきた「デフレの番人」であると言えるだろう。


日銀理論ーデフレの責任は日銀にはない?

藻谷浩介氏のベストセラー、「デフレの正体」では、デフレの正体は生産年齢人口の減少、つまり「人口オーナス」だと主張していることは、以前別ブログで紹介した通りだ。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
著者:藻谷 浩介
角川書店(角川グループパブリッシング)(2010-06-10)
販売元:Amazon.co.jp

日銀の白川総裁も同じ見方を採っており、「日本の経験している緩やかなデフレという現象は、趨勢的な成長力低下という根源的な問題の表れ」と講演で語っている。

これに対して岩田教授は、藻谷氏を門外漢と切り捨て、白川総裁を次のように批判している。

「経済学の本は読んだことがないと宣言している藻谷氏が、実質値(相対価格)と名目値(物価)の区別がつかないのは、いたし方ない」。

「しかし、貨幣を扱い、「物価の安定」を仕事とする日銀の総裁ともあろう人が、実質値と名目値の区別がつかないことは、看過できない問題である」。

日本以外で人口が減少している国は中欧諸国(ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、クロアチアなど)や、旧ソ連諸国(ウクライナ、グルジア、ラトビア、リトアニア、エストニアなど)がある。

岩田教授はこれらをリストアップして、日本以外ではすべてインフレになっていることを表で示している。

さらに、生産年齢人口が減少している先進4カ国との比較表を示し、国際比較のない「デフレ原因説」を信じてはいけない、と岩田教授は警告する。

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出典:本書86ページ

日銀は金融政策は「インフレ予想」の形成に働きかけることができることを理解していないのだと。


岩田教授の提案

岩田教授は、この本で日銀にインフレ目標の達成を義務付けるために、日銀法を改正して、政府が物価安定目標を決定し、日銀にその目標を中期的に(1.5〜2年程度)達成することを義務づけることを提案している(達成手段の選択は日銀に任せる)。

日銀法改正までは、まだ道筋がついていないが、このまま「アベノミクス」で景気が順調に回復し、2013年夏の参議院選挙で自民党が過半数を抑えることになれば、日銀法改正も視野に入ってくるだろう。


リフレ政策はなぜ景気回復に寄与するのか?

岩田教授は、リフレ政策は次のような展開で日本の景気回復に貢献すると説明している。

日本の予想インフレ率が上昇する

円安・ドル高になる

輸出が増え・輸入が減る

輸出企業中心に株価が上がる

株式含み益が増大し、バランスシートが改善する

企業の設備投資が拡大する

株高で個人の資産価値が増え、積極的に消費を拡大させる

景気が拡大する

2013年4月5日に、財務省関連の(一財)金融財政事情研究会が主催した「月間『消費者信用』創刊30周年記念シンポジウム」で、パネリストの一人が言っていたことを思い出す。

最近、若い年代を対象に行ったアンケートでは、「給料が上がる」と答えた人の数が、「給料が下がる」と答えた人の倍だったという。これは、長い期間なかったことだ。

「アベノミクス」、そして2014年度から実施される消費税アップが、人びとの心理に影響しているのだ。

筆者の友人から聞いた話では、株価が上がったので、個人の保有資産の評価額が上がり、ゴルフ会員権の買い希望が増え、売り物が払底しているという。また、REIT=不動産証券相場は急上昇している(リンクをクリックすると、REIT相場グラフが表示される)。

リフレ政策で、日本経済がデフレから脱却し、再びそこそこの経済成長を続けることができれば、自民党の支持基盤は盤石のものとなるだろう。

民主党に政権運営を任せて、大変な失望を味わった4年間は、自民党の臥薪嘗胆につながった。その結果、日銀の刷新と日本経済の活性化が生まれつつある。

4年間はいかにも長すぎたかもしれないが、民主党への政権交代は、日本国民にとっても、自民党にとっても無駄ではなかった(?)と言える日が来るかもしれない。

最後に、なぜリフレ政策が、インフレとなるのかを明確に示しているデータを紹介しておく。

次が浜田宏一教授や岩田教授などが、よく使っている、米国や英国の中央銀行がリーマンショックから立ち直るために、マネタリー・ベースを大幅に拡大したのに対し、日銀が「金融政策の問題ではない」、と何もしなかったことを示しているグラフだ。

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期間は異なるが、次の表は歴代の大統領の在任期間中の米国の財政赤字額と、財政赤字がGDPに占める割合の推移表だ。

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出典:住商総研「Business EYE」2013年春号 7ページ

FRBの大胆な金融緩和とは、大規模かつ急激な米国政府の歳入赤字の増大に他ならない。

今度の黒田日銀の大胆な金融緩和で、マネタリー・ベースを倍増させるということは、単純に言うと日銀が追加で140兆円のお金を発行するということだ。この140兆円のほとんどは、政府の「通貨発行益」=シニョレッジ(Seigniorage)となる。

政府がどんどんお金を発行すれば、通貨の価値が下がり、当然インフレとなる。インフレと消費税アップ、そして給料アップで、モノみな上がるとなれば、国民は当然早めにマンションなどの不動産を購入したり、高額商品の購入に走るだろう。

それが結果として日本の景気回復と、成長率アップをもたらす。日本経済の規模が大きくなれば、膨れ上がった国債発行残高も返済可能なレンジになっていく。

このブログで紹介した2008年の榊原英資さんの本の様に、「強い円は日本の国益」とか言っている場合ではないのだ。

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
東洋経済新報社(2008-09-04)
販売元:Amazon.co.jp


米国のようになりふり構わず、強い経済を取り戻す。それが日本が再び活性化する唯一の道だと思う。その意味で、筆者は今回のリフレ政策に賛成だ。

アメリカのニューヨーク・ダウ平均株価は、過去最高を更新している。日本の株価も、何年かかってもよいので、1989年大納会(12月29日)の日経平均38、915円を更新して欲しいものである。


参考になれば次クリック願う。


アメリカは日本経済の復活を知っている イェール大学浜田教授の最終講義

アメリカは日本経済の復活を知っているアメリカは日本経済の復活を知っている
著者:浜田 宏一
講談社(2012-12-19)
販売元:Amazon.co.jp

安倍首相のご意見番・イェール大学浜田宏一名誉教授の「最終講義」。

浜田さんは1954年に湘南高校を卒業して東大法学部に入学し、卒業後経済学部に学士入学した。その後大学院の修士課程に進み。館龍一郎教授のアドバイスで、フルブライト留学生としてイェール大学のジェームズ・トービン教授に学んだ。その後東大教授を経て、イェール大学で長く教鞭を取っている。

この本を出版する直前に、安倍自民党総裁から衆議院選挙に臨むうえでの政見について国際電話で相談を受け、「安倍総裁の政見は正しいので、自信を持って進むように」とアドバイスしたことを明かしている。浜田教授と安倍首相との親密さがわかるエピソードだ。

この本は、以前紹介した「伝説の教授に学べ」の、続編のような位置づけで、前著の冒頭に載っていた白川日銀総裁への公開書簡の顛末を紹介している。

伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本
著者:浜田 宏一
東洋経済新報社(2010-06-25)
販売元:Amazon.co.jp

白川総裁と日銀審議委員に「伝説の教授に学べ!」を献本したところ、白川総裁は「自分で買います」という返書をつけて送り返してきたという。

白川総裁の対応は、大人げないように思えるが、公開書簡が白川総裁の気に障ったのだろう。

浜田教授は、「人は『ノーベル経済学賞候補者の一人』と持ち上げてくれるが、教え子である白川総裁を正しく導くことができなかった。とてもそんな資格はない」と語る。

「日銀は、アダム・スミス以来200年の経済学の普遍の法則を無視して、世界孤高の『日銀流理論』を振りかざし、円高を招き、株安をつくり、失業や倒産を生み出している」。

金融政策をうまく使えば、日本経済が苦しむデフレ、円高、不況、空洞化といった問題が解決できるのに、金融政策を独占する日銀が金融政策を使うのを拒否している。

だから、ズバリ、「20年もの間デフレに苦しむ日本の不況は、ほぼすべてが日銀の金融政策に由来するものである」と結論づけている。


この本の目次

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、なんちゃってなか見!検索で、章題だけを紹介しておく。実際の目次は、サブタイトルまですべて掲載されているので、目次だけで8ページもある。

序章  教え子、日銀総裁への公開書簡

第1章 経済学200年の常識を無視する国

第2章 日銀と財務省のための経済政策

第3章 天才経済学者たちが語る日本経済

第4章 それでも経済学は日本を救う

第5章 2012年2月14日の衝撃

第6章 増税前に絶対必要な政策

第7章 「官報複合体」の罠

終章  日本はいますぐ復活する


全体の要約

目次では、内容が推測しづらいので、全体を要約しておく:

デフレ脱出のために、インフレターゲットを設定して、金融緩和をするのが経済学の通説・法則であり、世界中の経済学者や日本の心ある経済学者は、日銀がなぜそれをやらないのか不思議に思っている。

日銀は経済学の法則からかけ離れた「日銀理論」を持っており、自らをインフレの番人として、インフレ対策は熱心に行うが、デフレは軽く見て、リーマンショックの後でもほとんど何もしなかった。

他方米国や英国は、FRBやイングランド銀行のトップに著名な経済学者を据え、経済学の法則に従って、急激にバランスシートを拡大し、大幅な金融緩和を実施した。

その結果、何もしない日本は円高となり、産業の競争力が失われ、株式市場は低迷を続けた。サブプライムローンに端を発した世界同時不況により、本来サブプライムローン問題とは無縁の日本経済が、最も大きなダメージを食らった。

これはひとえに、日銀がデフレの唯一の対策である金融緩和を推し進めなかったからだ。浜田教授は元教え子の白川総裁に公開書簡まで発表して、「歌を忘れたカナリア」からの脱却を求めたが、日銀は無視して何も動かなかった。

しかし、2012年2月14日のバレンタインデーに日銀はインフレ1%を「目途」とすると発表した。とたんに市場の「期待」は変わり、円高と株高に転じた。ところが、日銀は1%と発表しただけで、実際には強力な金融緩和を実施しなかったので、日銀のバレンタインデー発表は「義理チョコ」に終わった。

自民党の安倍総裁は、経済法則をよく理解し、浜田教授他の「リフレ論者」のアドバイスに基づいて、2%のインフレ目標と、日銀法改正も辞さないことを、2012年末の衆議院選挙前に発表した。とたんに市場の「期待」が変わり、円は75円から95円、株式市場は8,000円台から、12,500円にまで回復した(2013年3月中旬現在)。

浜田教授らの主張するリフレ政策、通称「アベノミクス」は正しい経済学の法則に基づく政策であり、正しい金融政策を取れば、日本経済は必ず復活することを、世界は知っているのだ。


60人を超える世界の経済学者などにインタビュー

浜田教授は学究生活の集大成として、日米の政治家、中央銀行関係者、政策当事者、学者、エコノミスト、ジャーナリストなど60人を超える人にインタビューを行った。

その中にはグレゴリー・マンキューウィリアム・ノードハウスマーティン・フェロドシュタイングレン・ハバードベンジャミン・フリードマンデール・ジョルゲンソンロバート・シラーなどの泰斗が含まれる。

日本では安倍晋三堺屋太一竹中平蔵中原伸之黒田東彦岩田規久男岩田一政伊藤隆敏などだ。

外国人学者のほとんどすべて、そして尊敬すべき日本人学者は、日本経済が普遍の法則に則って運営されさえすれば、直ちに復活し、成長著しいアジア経済を取り込み、再び輝きを放つことができることを知っている。それゆえ、この本のタイトルを「アメリカは日本経済の復活を知っている」としたのだ。


民主党政府の閣僚たちは「ヤブ医者」の群れ

「ヤブ医者」としてここで挙げられているのは、円高論者の藤井裕久、与謝野馨、「増税すれば経済成長する」と語った管直人、「利上げすれば経済成長する」と語った枝野幸男、野田佳彦、「経歴から見て財政とは無縁な素人、安住淳」などだ。

このブログでも紹介した藻谷浩介の「デフレの正体」で、デフレの原因は人口減少だとする説は、「俗流経済学」と片づけられている。日銀はこれをデフレの原因としたいようだが、人口をデフレに結びつけるのは、理論的にも(金融論)実証的にも(国民所得会計)、根拠のないものだと切り捨てている。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
著者:藻谷 浩介
角川書店(角川グループパブリッシング)(2010-06-10)
販売元:Amazon.co.jp

人口減少は、経済学の率直な議論からすれば、インフレの原因ではあっても、デフレの原因とはなりえないと。


この本のグラフが参考になる

一般的な経済書は、グラフや表が多数使われているが、この本では10のグラフが使われているのみだ。

ゲーム理論の国際金融論への応用で、ノーベル賞候補にも挙げられる浜田教授だが、グラフを使って説明するのが得意ではないようだ。しかし、少ない10のグラフだけ見ても、浜田教授の主張のポイントが理解できる。

「伝説の教授に学ぶ!」にも紹介されていた、リーマンショック後に金融緩和をしない日銀と、金融緩和して急激にバランスシートを拡大したイングランド銀行やFRBを対比したグラフのアップデート版を紹介している。中国や韓国も欧米ほどではないが、バランスシートを拡大している。一方、日銀は何もしていないということがわかる。

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出典:本書99ページ

このため、為替は円の独歩高となった。最近は人民元も強くなってきているが、バランスシート拡大と円高とは、逆相関関係にあることがわかる。

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出典:本書99ページ

この本には「ソロスチャート」と呼ばれる図を使って、「2国間の為替レートは、両国の通貨量の比率によって決まる」という法則を紹介している。これはまさに白川総裁がシカゴ大学で勉強して持ち帰った「国際収支の貨幣的接近」と同じものだと。

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出典:本書102ページ

各国の2000年からの11年のGDPは次のようなグラフとなり、韓国、中国が台頭し、先進国では金融緩和に踏み切った英国と米国が良いパフォーマンスを示している。

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出典:本書49ページ

リーマンショック後の日米欧の鉱工業生産指数では、サブプライムローンでは本来無傷なはずの日本が、最もダメージを被っていることがわかる。

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出典:本書69ページ

上のグラフと、次の日米欧の実質実効為替レートの推移表を比較すると、円高の独歩高が日本経済に大変なダメージを与えていたかことがよくわかる。

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出典:本書69ページ

円がドルに対して30%強くなり、韓国ウォンは対ドルで30%安い。合計60%ものハンディがあれば、到底競争できない。電機メーカーの競争相手は韓国企業だ。たとえば、メモリメーカーのエルピーダメモリは、日銀につぶされたようなものだと浜田さんは語る。


日銀のバレンタインデー「義理チョコ」金融緩和

上記の日銀のバレンタインデーの「義理チョコ」金融緩和を示すグラフが紹介されている。

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出典:本書33ページ

これを見ると、日銀はインフレ「目途」を1%と発表していながら、発表後半年の間、買い入れ資金の5兆円増加を除いては、なんら金融緩和をしていないことがわかる。

一方、FRBは2012年9月からアメリカの弱点である住宅市場で、毎月400億ドルの規模の住宅ローン担保証券を買い上げることを決めた。これがQE3として知られるものだ。

さらに本書発刊後の2012年12月、FRBは追加で毎月450億ドルの米長期国債を購入する追加金融緩和策を発表した

合計850億ドルもの金融緩和策で、米国の株式市場は史上最高値を記録し、米国経済はシェールガスによるエネルギー自給の見込みが出てきたことから、活況を取り戻しつつある。

また日本は、浜田教授のアドバイスに従って2%のインフレターゲットをアベノミクスの根幹政策として打ち出しているので、円安、株高で景気回復感が出ている。

浜田教授は、小泉首相時代に小泉首相と会って、「デフレを脱却するには、予想と期待形成が重要」と伝えたそうだ。現在は、まさにそのもくろみ通り「インフレ予想と期待」が見事に形成されている。


次期日銀総裁の有力候補

この本で浜田教授は、次期日銀総裁候補として次の人たちを挙げている。やや連発しすぎのきらいはあるが、いまやキングメーカーとなった浜田教授ゆえ、挙げられた人が日銀総裁・副総裁に就任しているのは、さすがだ。

★岩田規久男 学習院大学教授(新任日銀副総裁)
金融論が専門で、日銀のデフレ政策をいわば四面楚歌の中で、長年批判しつづけた。

岩田規久男教授の「日本銀行は信用できるか」は読んだ。FRBと日銀の対比や、インフレターゲット政策を採用した国のパフォーマンスの伸びなどを紹介している。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)
著者:岩田 規久男
講談社(2009-08-19)
販売元:Amazon.co.jp


FRB(FOMC)の顔ぶれ:2名のMBAを除き博士号を持っている人ばかり

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日銀政策委員会顔ぶれ:「女性枠」、「産業枠」があるという

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インフレターゲット政策を採用した国のパフォーマンスの変化

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以上3点の出典はすべて「日本銀行は信用できるか」

「日本銀行は信用できるか」は2009年の本なので、あらすじを紹介していない。現在、岩田規久男教授の近著・「日本銀行 デフレの番人」を読んでいるので、近々あらすじを紹介する。

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2012-06-09)
販売元:Amazon.co.jp

★岩田一政 日銀政策委員

★黒田東彦 アジア開発銀行総裁

★伊藤隆敏 東大教授 インフレ・ターゲット論者

★堺屋太一 元経済企画庁長官

★竹中平蔵慶応大学教授


そのほかの特記事項

この本は、そのほかにも大変参考になる情報が紹介されている。あまり詳しく紹介すると長くなりすぎるので、特記事項として要点だけ紹介しておく。

★小泉首相は、福井前日銀総裁の就任時に、デフレ脱却を約束させたが、就任から3年たって、福井総裁は、約束を反故にして引締めに転じた。

★クルーグマンの処方箋
クルーグマンは、「お金をものすごい勢いで印刷し続けると約束すること。そこには将来の期待が大いに影響する」、「自分であれば、まずインフレターゲットを発表する」と語っている。

★日銀はインフレに対するトラウマが大きい。インフレと闘うことが仕事と思い込んでいる。日銀法では、物価の安定が唯一の目標とされ、日銀の独立性で、手段を勝手に決めることができ、結果についても責任を問われない。

ほとんどの国では、雇用の維持や経済成長の維持などが金融政策の目的に定めている。中央銀行に自主性が与えられるのは、それらの目標を達成する手段として何を選ぶかだけだ。

だから、日銀法を改正して、インフレ目標の導入や、雇用の維持を目的とすることなどを追加しようとの論議が起こっている。

★日本は「金持ち母さんと貧乏父さんの国」
浜田教授はベストセラーのタイトルになぞらえて、国民が1,500兆円の資産を持つ一方、政府が1,000兆円の国債を発行している日本は、「金持ち母さんと貧乏父さんの国」だと言っている。

金持ち父さん貧乏父さん金持ち父さん貧乏父さん
著者:ロバート キヨサキ
筑摩書房(2000-11-09)
販売元:Amazon.co.jp

★消費税で癒着する財務省と新聞社(「官報複合体」)
新聞社は新聞に軽減税率を適用してもらおうという下心があるので、消費税増税に賛成なのだと。

★池上彰の「日銀を知れば経済がわかる」はもともと日銀の広報誌「にちぎん」の連載だった。

日銀を知れば経済がわかる (平凡社新書 464)日銀を知れば経済がわかる (平凡社新書 464)
著者:池上 彰
平凡社(2009-05-16)
販売元:Amazon.co.jp

池上さんの本によるとデフレ脱却法は、「みんなでがお金を使えば、その日から景気が良くなる」だ。しかし、どうやってみんながお金を使うようになるのかの視点が欠けているので、浜田教授はこれでは不十分だという。

「池上彰のやさしい経済学1.&2.」にも制度の仕組みはわかりやすく書いてある。しかし、なぜデフレや円高がおこるのか、不況から脱出する方法は何かなどは書いていないので、やはり不十分だと。

池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる
著者:池上 彰
日本経済新聞出版社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp

このブログでも「池上彰のやさしい経済学」を紹介している。内容は、経済学史という感じで、歴代の著名な経済学者の学説を紹介しているもので、筆者は、大学の経済学の授業とはこんなものではないかと思う。

浜田教授の要求レベルは、正統派経済学者でなく、いわばストリート・エコノミストの池上さんには高すぎるような気がする。

筆者は池上さんの本は、あれはあれで教養過程の経済学の教科書として十分な内容ではないかと思う。

浜田教授が「最終講義」というだけあって、非常に充実した内容である。筆者自身は「経済学の普遍の法則」というものが本当にあるのかどうか正直疑問を感じる。

単に「多数派の意見」ということではないかと思うが、ともあれ「アベノミクス」による変化をみれば、浜田教授の議論は説得力があることは間違いない。

2013年になって、読んでから買った本の第2号だ。


参考になれば次クリック願う。





伝説の教授に学べ! 安倍首相の指南役・浜田宏一教授の講義

伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本
著者:浜田 宏一
東洋経済新報社(2010-06-25)
販売元:Amazon.co.jp

今や安倍首相の指南役として、安倍政権の政策のアドバイザー的な地位にある内閣官房参与・エール大学名誉教授の浜田宏一教授と、早稲田大学の若田部教授、それとカツマーこと勝間和代さんの鼎談(ていだん。3者会談)。

勝間さんは、経済学者ではないがインフレターゲット論をいくつかの著書で展開している。

日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)
著者:勝間 和代
光文社(2010-02-17)
販売元:Amazon.co.jp

実際にデフレで苦しんでいる人たちの観点から経済をみることこそ、経済学の原点だと勝間さんの著書に教えられたと浜田教授は語っている。勝間さんの著書が、この鼎談のきっかけとなった。

浜田教授の安倍政権の政策に対する影響力については、最近の「ダイヤモンド」誌のインタビューが参考になる。

アマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして。目次の前に載っている浜田教授から日銀の白川方明総裁にあてた2010年6月の公開書簡を見てほしい。

この公開書簡は、浜田教授が昔の教え子の一人の白川総裁に向け、日銀を強く批判したものだ。

日銀は金融システム安定化や信用秩序維持だけを心配して、その本来の重要な任務であるマクロ経済政策という「歌」を忘れたカナリヤのようなものだと説く。

”不適切な金融政策で苦しみを味わっている国民のこと、産業界のことを考え、あえてお手紙する決心を致しました。”

”白川君、忘れた「歌」を思い出してください。お願いです。”という言葉で締めくくっている。

この本を読むまでは、日銀の「不作為による作為」により、デフレ解消が長引き、円高のために日本の産業界が大きなダメージを受け、日本経済の成長が止まっているとは筆者は考えていなかった。

しかし、次のようなグラフを見せられるとなるほどと思う。

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出典:本書35−37ページ

これらのグラフは、この本が完成する直前に亡くなった浜田さんの元同僚・内閣府経済社会総合研究所の岡田靖さんだという。他の主要国のドラスティックな金融政策に比較して、日銀はなにもしなかったといえるほど動きがないことがよくわかる。

白川総裁は、「日銀のバランスシートはもともと大きい」と言っているが、その発言が、官僚の責任逃れとしか思えないようなグラフだ。

浜田教授は、リーマン・ショックの震源地ではない日本が、震源地以上の被害を受けたのは、日銀が金融政策を怠っていたという理由以外には考えられないと語る。

日銀は、自分たちの政策が、人びとの経済状態に影響を与えるという認識が不足していると手厳しい。

たしかに2009年当時、サブプライム・ローン問題には最も縁遠い日本が、急激な経済の落ち込みを経験した。

筆者は、当時は、統計に表れる輸出以外にも、日本国内の取引でも(たとえばトヨタの系列部品会社からトヨタへの販売取引など)最終的に輸出に向けられるものが多いので、日本経済が大きな影響を被ったと思っていた。

この本の浜田教授による日銀批判を読んで、ひょっとすると日銀がデフレを野放しにしていたことが、日本経済の低迷に大きな影響があったのではないかという風に思えてきた。

現に、昨年10月頃から安倍現首相が、自民党が復権したら日銀の政策を変えさせると公言すると、一挙に流れは変わり、円安ー株高という基調に変わった。

株価が上がったことにより、国民全体の意識も変わりつつあり、青息吐息だった日本のエレクトロニクス業界なども元気が出てきている。

浜田教授の主張通りに物事が動いてきている。

浜田教授は、別ブログで著書を紹介した元・財務省の高橋洋一さんの「この金融政策が日本経済を救う」を高く評価している。

この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)
著者:高橋洋一
光文社(2008-12-16)
販売元:Amazon.co.jp

”すばらしい本で、高校生を対象にすると書いてあるだけあってとてもわかりやすく、みなさんにお勧めします”と推薦している。

今回、日銀総裁、副総裁の候補として、伊藤隆敏東大教授の名前が挙がっている。

伊藤隆敏教授は、2008年に日銀副総裁候補に挙がっていたが、当時の民主党が伊藤教授がインフレターゲット論者だという理由で、拒否した。

そのことが、いまのデフレと混迷を招いた遠因にもなっていると浜田教授は語る。伊藤教授は、論文でも議論で世界の一流経済学者と太刀打ちできる数少ない日本の国際レベルの経済学者の一人だという。

安倍政権の2%のインフレ率を目指す金融政策ならば、伊藤隆敏教授の出番もあるかもしれない。

ここをクリックして目次を見ていただきたいが、日銀批判以外には、浜田教授の経歴、早稲田大学の若田部教授による昭和恐慌と現在の比較などを紹介している。

浜田教授は、日銀はまるで「さるかに合戦」のサルだという。将来柿の木が育って、柿の実がなると国民をいいくるめて、おむすび(雇用や生産)を取り上げてしまっているのだと。

こうまで言われて日銀もアタマに来ているのだと思うが、いまや時代の流れは、浜田教授の方に向いている。

日銀批判本はやはり副総裁候補として名前が挙がっている学習院大学教授の岩田規久男さんの本などもある。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)
著者:岩田 規久男
講談社(2009-08-19)
販売元:Amazon.co.jp

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2012-06-09)
販売元:Amazon.co.jp

この本は、浜田教授と若田部教授が、経済学者ではない勝間さんに講義するという内容なので、平易でわかりやすい。

日銀を擁護する人を入れると、議論の幅がさらに増したのではないかという気もする。なぜ日銀の白川総裁がこうまで批判されているのかが、よくわかり、参考になる本である。


参考になれば次クリック願う。





なぜ日本経済は世界最強と言われるのか 日本国債は世界一安全?

なぜ日本経済は世界最強と言われるのかなぜ日本経済は世界最強と言われるのか
著者:ぐっちーさん
東邦出版(2012-09-14)
販売元:Amazon.co.jp

日本経済の強さを力説するブティック投資家・ぐっちーさんの本。会社の読書家の友人から借りて読んでみた。

ぐっちーさんは、1960年生まれ。丸紅を経て1986年にモルガン・スタンレーに移籍、給料が倍になったという。10年ほど在籍したのちに、欧米系金融機関のABNアムロ、ベア・スターンズなどを経て、ブティック投資銀行を開設した。ぐっちーさんのトークショウ広告に頭がぼさぼさで、時代劇に出てくる浪人風の写真が載っている。興味ある人はこちらをクリックして見てほしい。

この本は「グッチーさんの金持ちまっしぐら」というブログ(現在はGuccipostというウェブサイトに移行している)やメルマガの記事を編集加筆したもので、ぐっちーさんの最初の本だ。

一流の投資家であれば資産家が相手なので、一般大衆相手の本やメルマガなどは出さないだろう。どちらかというとメルマガ(月々840円で、数千人読者がいるという)や講演などで儲けているように思える。

”とんでも本”のように見えるが、予断を排して読んでみた。


ワイン談義はいただけない

ただし、米国と中国、米国と日本の関係を説明するのに、小泉首相訪米の時のディナーで出されたカリフォルニア州産ワインと2011年11月の胡錦濤主席の訪米の時のワシントン州産ワインの比較をして、小泉首相の時のワインの方が断然格上と言っているのはいただけない。

ぐっちーさんはシアトルでも仕事をしているそうだが、小泉首相訪米時のカリフォルニアワインを世界最高のジンファンデルの最高の作り手の最高ヴィンテージと絶賛し、胡錦濤主席訪米時のワシントン州のワインは格落ちとしている。

はたしてそうか?

ためしに楽天でそれぞれの銘柄の2008年ものの値段を調べてみると、次のような結果となった。

クイルセダ クリーク カベルネソーヴィニヨン コロンビアヴァレー[2008]△クリセダ クウィルシーダ クウィルシダ Quilceda Creek CabernetSauvignon ColumbiaValley [2008]△
クイルセダ クリーク カベルネソーヴィニヨン コロンビアヴァレー[2008]△クリセダ クウィルシーダ クウィルシダ Quilceda Creek CabernetSauvignon ColumbiaValley [2008]△

リッジ リットンスプリングス [2008] 750ml
リッジ リットンスプリングス [2008] 750ml

胡耀邦主席の時のワシントン州のクイルセダ・クリーク・カベルネが27,300円、小泉首相の時のリッジ・リットン・スプリングス・ジンファンデルが7,800円だ。

もちろんヴィンテージとか、採れたぶどう畑によりプレミアムがつくことがあるので、組み合わせによっては上記の楽天のような価格差が常にあるというわけではない。

ジンファンデルは、米国が最高なのかもしれないが、最高級赤ワインをつくれるぶどう品種ではないので、他の国や地域ではあまり生産されていないだけだ。その証拠に米国でもカリフォルニア以外の州ではほとんど生産されていない。

ワイン仲間を集めて、両方飲んでテイスティングしてみるが、赤ワインだけ比較すると、胡耀邦主席の時のワシントン州のワインの方が格上といわざるをえない。

ただし、大統領もブッシュとオバマで違うし、ぐっちーさんも書いているように、胡耀邦主席の時は、アメリカに来たらアメリカ料理でもてなすということで、リブアイステーキや、ロブスターなどの”オールアメリカン”の食事だった。

年配の中国人向け料理ではなく、胡耀邦主席は抵抗があったと思うので、赤ワインだけをとって一概に比較はできない。

”ワインは政治や企業にとってのいわば「戦略兵器」だとお心得ください”と書いているわりには、ワシントン州のワインを見くびっている点は残念だ。

ともあれ、本の他の内容は参考になる点が多いので、ぐっちーさんの論点を整理して紹介しておく。


日本国債は世界一安全?

日本国債は発行残高が1,000兆円を超える規模でも問題ない。日本の経済は世界一強いので、日本が破たんすることはない。年収200万円の亭主が1億円借金していても、奥さんが現金で2億円持っていることと同じだと。

2002年に日本の格付けが下がった時に、海外の格付け機関3社に対して財務省が出した意見書では次のように言っている。これは10年後の今も、外貨準備が中国に抜かれて2位となった(当時の2倍になってはいるが)以外は同じだ。

「日本は世界最大の貯蓄過剰国であり、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている。また日本は世界最大の経常黒字国であり、外貨準備も世界最大である。日米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとしていかなる事態を想定しているのか?」

消費税を上げないと日本が破たんするというのは、税金を上げたい財務省のプロパガンダにすぎないという。

このブログで紹介した高橋洋一さんの「さらば財務省」に高橋さん自身がつくったALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)システムの話が載っている。

さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:高橋 洋一
講談社(2010-06-21)
販売元:Amazon.co.jp

日銀も金融庁もALMを持っていて銀行のポートフォリオを把握しているので、銀行が抜け駆けして国債を処分して国債が大暴落ということはありえない。

そもそもアジア通貨危機の時の韓国の政府債務のGDP比率は20%だった。債務のGDP比は、自国通貨だけの場合は意味がないという。いざとなれば紙幣を印刷すれば済むからだ。

ぐっちーさんの言うように「日本国債は100%安全」と言えるかどうかわからないが、紙幣を刷れば済むという問題ではある。

アルゼンチン駐在時代は年率100%超のインフレを経験した筆者としては、インフレがコントロールできないほど膨れ上がるのは問題だが、5%以下のインフレを覚悟して経済運営を取り進めるアベノミクスは、正しい方向性にあるのではないかと思う。


円高は本当に日本経済にとってダメージか?

世界で唯一国内だけで借金が賄えて、中央銀行がきちんと機能している国は日本しかないから円高になる。

円高で日本の輸出が減って、日本経済にダメージがあるとマスコミは宣伝するが、実はGDPに占める輸出の割合は14%で先進国ではアメリカに次いで低い。

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出典:本書81ページ

ぐっちーさんは触れていないが、自動車産業など輸出産業は裾野が広く、単純な輸出だけでなく、GDPでは国内取引としてカウントされる国内の素材や部品取引にも影響があることは、リーマンショックで経験したところだ。

しかし、そもそもGDPに占める製造業の割合は2割程度で、残り8割を占めるサービス産業などの第三次産業では、円高によるメリットの方が大きいだろう。

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出典:本書167ページ

「貿易立国」と筆者が小学校のころ習ったが、いまや「貿易立国」なのは韓国や中国で、日本は輸入も入れた貿易依存度では27%に留まり、こちらも先進国の中ではアメリカに次いで低い。

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出典:本書89ページ

さらに、貿易取引における円建比率は、輸出で41%と上がっている。たぶんトヨタグループとかの大企業グループ内の取引は円建てで輸出入していると思う。

輸入では円建て比率は23%だ。市況商品などの国際相場はドル建てなので、輸入はドル建てが一番多いのだと思う。

だから輸出は円建てで、輸入をドル建てにしておけば、円高でコストが下がるメリットを享受できる。たぶん円高をエンジョイしている企業は多いはずだ。

ぐっちーさんが会社四季報で調べたところ、海外売上高比率が5割を超えている輸出企業は、東証上場企業では286社(全体の「8%)のみで、海外比率30%まで下げても605社しかないという。

円高で儲けている企業は何も言わない。マスコミの「円高が日本経済をほろぼす」論調には、ぐっちーさんは警鐘を鳴らす。ローマ帝国以来、通貨高で潰れた国はないのだと。

この本が出た2012年10月当時は、1ドル=75円くらいだったのが、ここ1か月は「アベノミクス」で、円高修正に転じて1ドル=85円を超え、株価も上がっている。

為替相場はだれにも予測ができない。今後100円に近づくような局面があるのか、あるいは円高に戻すのかわからないが、為替が動けば投機資金も動く。円安となれば世界の投機資金が日本に集まることは間違いない。当面株高は続くだろう。


【余談】GDPに占める農業の割合は先進国では大体1%のみ

余談になるが、GDPに占める農業の割合は某政治家の発言もあった通り1.5%で、世界最大の農業国・米国でも1.1%に過ぎない。

もはや先進国では農業はGDPの1%前後というのが当たり前となっている。TPPにおける議論などでは、依然として農業の政治的発言力は強い。農業の重要性を否定するつもりはないが、冷静に考えれば、際限なく日本農業を支えることはできないことがわかる。


世界は日本を見直している

信義則が通用しない中国で痛い目にあった世界の企業は、信頼できる日本企業を見直しているとぐっちーさんは語る。

日本のように100年以上続いた企業が1万5千社もある国はない。世界の人々は3.11の大災害にあっても秩序正しく生活する日本人を見てわかった。

アフリカ諸国は中国の経済援助や大規模投資に一度は感謝した。

しかし、アフリカに雇用も富みも残さず、イナゴのようにやってきて資源と仕事を奪い尽くす中国は、昔アフリカを植民地にしたイギリス、フランスより悪い相手だったという「チャイナ・バッシング」が現在起きているという。


ヘッジファンドはいまや張り子の虎

この本の中で、最も参考になった部分がこれだ。

ボルカールールなどで金融機関のリスクテイクに対する締め付けが厳しくなっている。その結果、ヘッジファンドは資金源を断たれ、もはや日本政府に対抗できるようなヘッジファンドは存在しない。

2008年までヘッジファンドが大暴れしていた時代は、100億円の資金を元手に(エクイティーとして)CDO(債務担保証券)をつくって、銀行がそれに1,000億円から5,000億円の資金を融資した。

しかし銀行が自己資本比率を13%以上にしなければならない現状では、担保のないヘッジファンドに融資する銀行はない。だからヘッジファンドはいまや「張子の虎」となった。ソロスも同じで、日本政府、日銀に勝てるヘッジファンドなどもはや存在しないのだ。

ちなみに、いまや金融機関の取れないリスクを取っているのが総合商社だ。金融機関ではないのでボルカールールにはかからない。

総合商社は世界の脚光を浴びている日本的経営の最大の成功例であると丸紅出身のぐっちーさんは語る。

現在の総合商社は、貿易会社だけではなく、様々な分野での総合事業・投資会社に変身した。その意味ではぐっちーさんの言っていることは正しいと思う。


日本の年金は破たんするか?

年金制度については、出生率も高齢者比率も今の年金制度の前提より改善が見込まれるとぐっちーさんは指摘する。

マスコミでは少子高齢化による年金破綻をさかんに宣伝しているが、今の年金制度は出生率1.26、高齢者比率45%で計算している。現実は出生率1.35、高齢者比率が41%なので、現実は想定よりむしろ改善している。

正直あまり聞いたことがない話だが、ネットで調べるとちゃんと根拠があったので、茨城県県議会議員の井出さんのホームページに紹介されている平成19年の厚生労働省年金局の「人口の変化等を踏まえた年金財政への影響(暫定試算)」を紹介しておく。


日本は恒常的経常赤字国に転落する?

マスコミでは大震災の影響もあり、日本は2011年度に貿易赤字に転落し、2012年9月には過去最大の貿易赤字に転落したと報道している。

しかし不思議に所得収支も入れた経常収支のことは取り上げない。実は経常収支では黒字に変わりはないのだ。

日本の外貨準備高は中国に抜かれたが、日本は依然として世界最大の対外純資産保有国だ。日本の対外資産は582兆円で、負債を差し引いた対外純資産は253兆円で世界一である。

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出典:本書175ページ

これだけの対外資産から入ってくる所得収支が月間1兆円以上ある。だから貿易赤字があっても、経常収支では2011年度でも盤石の黒字だった。

2012年9月の季節調整済みの経常収支がマイナスになったと財務省は発表している。しかし、季節調整前で5,036億円の経常黒字が、季節調整後1,420億円の経常赤字になるというのは、計算根拠が良くわからないところだ。

日本は「金持ち父さん」風に言うと”ラットレース”の貿易取引で外貨を稼ぐのではなく、先進国型の”お金に汗をかかせる”対外投資で儲ける経済となっているのだ。

金持ち父さん貧乏父さん金持ち父さん貧乏父さん
著者:ロバート キヨサキ
筑摩書房(2000-11-09)
販売元:Amazon.co.jp



中国バブル崩壊

今度紹介する長谷川慶太郎の「中国大分裂」に詳しく説明されているが、ぐっちーさんも中国の現状を「バブル崩壊」と称して、つぎのような事象を挙げている。

中国大分裂 改革開放路線の終焉と反動中国大分裂 改革開放路線の終焉と反動
著者:長谷川 慶太郎
実業之日本社(2012-07-12)
販売元:Amazon.co.jp

★中国には金融政策など存在しない。中国では共産党が決断しないかぎり、金融政策に変更はない。

★中国の人民元の変動幅変更は後出しじゃんけん

★中国の生産人口はもう増えない 年金もない老人が多数いて、大きな社会問題になる可能性がある。

★中国は不動産バブル 500兆円が不要債権化する恐れもあるという

★外国人居住者からも社会保障費を徴収開始

★個人所得税の課税最低額を月間2,000元から3,000元に引き上げる一方、高所得者の税率はアップさせた人気取りの税制改革を行った。これにより給与所得者の9割は無税となり、残り1割のほとんどは税率10%で済む。高額所得者のみ45%の税金がかかる。

★中国人の高額所得者は海外、特にカナダに逃げている。平均7億5千万円の資産を持っている資産家96万人が資産を持って海外に流出しようとしている。日本が資産家移民を優遇したら、日本に移住する中国人は多いだろう。

★中国では地方政府の中央政府の政策に対する造反が起こっている。


苦境に立つ韓国経済

韓国の貿易依存度は9割に達していることを、上記の統計データで紹介した。ぐっちーさんが、韓国の現状を簡単に紹介している。

★2008年に3,174億ドルあった対外債務は、直近の2012年5月には4,100億ドルまで拡大している。ウォン安誘導で、対外債務の金利支払いが拡大しているためだ。

★日本が5.5兆円(700億ドル)のスワップラインを設定して韓国を救った。

★韓国政府の外貨準備高は3,100億ドルあると言われている。日本の外貨準備は現金や米国債など安全なドル資産だが、韓国の場合、米国債比率は12%しかない。残りはCDOなどの不要債権化した外国債券なども含まれており、すぐに現金化できない性質のものが多く含まれている。

★韓国がヘッジファンドに狙われないのは、単にヘッジファンドが資金を確保できていないからにすぎない。


最後にぐっちーさんは、「日本神話、いまだ健在」として、日本は実はうまくいっていることの例として、平均寿命の伸び、円の強さ、世界的に最低水準の失業率(4.2%)、経常黒字がバブル期の3倍以上もあること、香港+中国では日本が4兆円の輸出超過なことなどを挙げている。


日本国債が世界一安全かどうかわからないが、一般的なマスコミの論調とは違う論点は参考になる本だった。


参考になれば次クリック願う。



池上彰のやさしい経済学1 わかりやすくためになる経済学の基礎

池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる池上彰のやさしい経済学―1 しくみがわかる
著者:池上 彰
日本経済新聞出版社(2012-03-24)
販売元:Amazon.co.jp
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池上さんの「やさしい〜」シリーズは何冊も読んだ。この本の姉妹編の「やさしい経済学2」も読んだが、1の方が経済学の勉強という意味で役に立つ。

この本では、そもそも経済って何だろうか?という質問から始まって、最初の2章は、経済学の基礎知識の説明や、銀行ってどんな仕事をしているんだろう?というような、まさに「週刊子どもニュース」のノリだ。

たとえば、お金に関する漢字の多くが貝偏なのは、中国では子安貝をお金に使ったから。サラリーと呼ぶのは、古代ローマでは塩(サラリウム)が兵士の給料として支給されていから、というような面白くてためになる情報が多い。

しかし、この本の真価は、その次の偉大な経済学者の理論のわかりやすい紹介にある。池上さんは、この本でアダム・スミス、カール・マルクス、(デヴィド・リカード)、ケインズ、ミルトン・フリードマンの4人についてわかりやすく解説している。

現在日経新聞で連載している関連記事も同様の内容だ。

池上











出典:日経新聞

実は、4人の中で筆者が読んだのは、アダム・スミスの本だけということで、不勉強を反省するとともに、筆者の経済学の知識が乏しいことにあらためて気づかされた。

筆者は大学2年の時に内田忠夫先生の「経済学」を学んだが、ほとんど覚えていない上に、その後読んだ本も限られている。

内田先生の授業を受けて、推薦書のサミュエルソンの「経済学」を英語で読もうと思って、本を買うまではよかったのだが、大学生の英語力では限界があり、数式などもあって、結局挫折してしまった。

EconomicsEconomics
著者:Paul Anthony Samuelson
McGraw-Hill(2010-04)
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それが後を引いて、経済学は難しいという固定観念ができてしまった。マルクスの「資本論」も読んだというか、字面だけ眺めたようなものだ。難解な上に、時代も違うので、全然理解できなかった。

資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)資本論 1 (岩波文庫 白 125-1)
著者:マルクス
岩波書店(1969-01-16)
販売元:Amazon.co.jp
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最近「まんがで読破」シリーズの「資本論」を読んだが、これがはたして理解に役立つのかわからない。

資本論 (まんがで読破)資本論 (まんがで読破)
著者:マルクス
イースト・プレス(2008-12-01)
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続・資本論 (まんがで読破)続・資本論 (まんがで読破)
著者:マルクス
イースト・プレス(2009-04-28)
販売元:Amazon.co.jp
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アダム・スミスの「国富論」は数年前に、日経新聞版が出た時に読んだ。これはまさに古典であり、それまで聞いてきたことを自分で確かめたという感じだ。「国富論」は”見えざる手”で有名だが、”見えざる手”という表現は一か所に、それも目立たず出てくるだけだ。

その後のアダム・スミスの評価がこの一言で決まったといってもよい言葉だが、本の中ではさらりと扱われているのが印象に残る。

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)
著者:アダム・スミス
日本経済新聞社出版局(2007-03-24)
販売元:Amazon.co.jp
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国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 (下)国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 (下)
著者:アダム・スミス
日本経済新聞社出版局(2007-03-24)
販売元:Amazon.co.jp
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この本は京都造形芸術大学での講義を元にしたもので、前記のように日経新聞でも毎週?連載されている。経済学部ではない大学生に対する講義なので、非常にわかりやすい。

まず、アダム・スミスについては、「見えざる手」=市場の自動調節機能を中心に、「国富論」で出てくるピンを自分で作る場合と、分業して作る場合などの有名な例を紹介しながら説明している。

マルクスについては、資産家の友人のエンゲルスの援助を受けられたからこそ、労働が価値を生み出し(労働価値説)、資本家は労働者を搾取しているとして、いずれは労働者が革命を起こすと説きつづけられたことを説明している。

しかし、その後生まれた社会主義国は効率が悪いので、ことごとく失敗して、ソ連など大半の国は資本主義に戻ったことなどを、旧東ドイツ製のトラバントというおもちゃのような自動車を例に出しながら説明している。

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出典:Wikipedia

ケインズについては、1929年の世界恐慌のあと、恐慌から脱出する政策として、政府が赤字国債を発行して資金を調達し、それを使って公共事業を拡大して、雇用を維持し、経済を回復させるという処方箋を書いて、米国を大恐慌から回復させた(もっとも米国が経済回復したのは、第2次世界大戦で大量の武器を生産したからという説もある)ことを紹介している。

またロシアのバレリーナと大恋愛して、それでお金が必要だったことも付け加えている。

デヴィッド・リカードについては、「比較優位」の考え方で、国際貿易は双方の国にとってメリットがあると主張して、国際貿易の飛躍的拡大をもたらしたことを紹介している。

最後にシカゴ学派のボス、新自由主義の旗手・ミルトン・フリードマンの経済理論をわかりやすく紹介している。

筆者はミルトン・フリードマンやシカゴ学派の理論については、ほとんど理解していなかったことが、この本を読んでわかったので、現在「資本主義と自由」を読んでいる。

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)資本主義と自由 (日経BPクラシックス)
著者:ミルトン・フリードマン
日経BP社(2008-04-10)
販売元:Amazon.co.jp
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小泉・竹中改革は、シカゴ学派の新自由主義を日本に導入しようとするものだ。「もしドラ」の二番煎じのような「もし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだら」も、この点を書いているのではないかと思うので、今度読んでみる。

もし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだらもし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだら
日経BP社(2011-11-25)
販売元:Amazon.co.jp
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フリードマンの学説は、シカゴ学派、マネタリストと呼ばれ、絶対自由主義の立場は、このブログで紹介したマイケル・サンデルの「これからの正義の話をしよう」で有名になった「リバタリアン」と呼ばれており、小さな政府を提唱し、米国の「ティーパーティ」政治運動にも影響を与えている。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
著者:マイケル サンデル
早川書房(2011-11-25)
販売元:Amazon.co.jp
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フリードマンの理論を、池上さんは、次の「こんなものいらない」リストで紹介しており、こんな考え方もあるんだと、頭の体操をすることを勧めている。

1.農産物の買い取り保証価格制度
2.輸入関税または輸出制限
3.家賃統制、物価・賃金統制
4.最低賃金主義や価格上限統制
5.現行の社会保障制度
6.事業や職業に関する免許制度
7.営利目的の郵便事業の禁止(これが小泉郵政民営化の基本だ)
8.公営の有料道路
9.商品やサービスの参入規制
10.産業や銀行に対する詳細な規制
11.通信や放送に関する規制
12.公営住宅及び住宅建設の補助金
13.平時の徴兵制
14.国立公園
15.企業のメセナ活動
16.累進課税(ユニタリータックス提唱)

フリードマンは、学校選択制も提唱している。

日本でも新自由主義的な政策は、橋本政権から「金融ビッグバン」ということで始めており、小泉改革では派遣労働の自由化を推し進めたことで、格差拡大をもたらしたと非難されている。

エキセントリックな議論が多く、賛否両論があるフリードマンだが、上記のような本を何冊か読んでみる。


まさに「やさしい経済学」というタイトル通りだ。経済にはあまり詳しくない人に絶対おすすめの本である。


参考になれば次クリックお願いします。





日本中枢の崩壊 経産省古賀茂明さんの本 キワモノ告発本にあらず

日本中枢の崩壊日本中枢の崩壊
著者:古賀 茂明
講談社(2011-05-20)
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最近テレビで見かける経済産業省大臣官房付の古賀茂明さんの本。家内が図書館から借りていたので読んでみた。アマゾンの売り上げで現在316位のベストセラーだ。書店で平積みにしてある本には次のような帯がついている。

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本の帯には「日本の裏支配者が誰か教えよう」とかいういかにもキワモノ的なキャッチが書いてあるので、以前からあるようなキワモノの(元)官僚による個人攻撃だらけの告発本かと思ったら全然違った。

告発している部分もあるが、政治家などの公人を除き、官僚の個人名は一切伏せられており、告発が目的の本ではないことがわかる。

次に目次を紹介しておく。細かく各節の題が載っており、目次だけを読んでも内容が推測できるすぐれた目次である。序章と終章だけ各節のタイトルを紹介しておく。まずは書店で立ち読みして目次を読んで欲しい。


序章 福島原発事故の裏で

・賞賛される日本人、批判される日本政府
・官房副長官「懇談メモ」驚愕の内容
・「ベント」の真実
・東電の序列は総理よりも上なのか
・天下りを送る経産省よりも強い東電
・「日本中枢の崩壊」の縮図

第1章 暗転した官僚人生

第2章 公務員制度改革の大逆流

第3章 霞ヶ関の過ちを知った出張

第4章 役人たちが暴走する仕組み

第5章 民主党政権が躓いた場所

第6章 政治主導を実現する3つの組織

第7章 役人ーその困った生態

第8章 官僚の政策が壊す日本

終章  起死回生の策

・「政府閉鎖」が起こる日
・増税主義の悲劇、「疎い」総理を持つ不幸
・財務官僚は経済が分かっているのか
・若者は社会保険料も税金も払うな
・「最小不幸社会」は最悪の政治メッセージ
・だめ企業の淘汰が生産性アップのカギ
・まだ足りなかった構造改革
・農業生産額は先進国で2位
・「逆農地改革」を断行せよ
・農業にもプラスになるFTAとTPP
・「平成の身分制度」撤廃
・中国人経営者の警句
・「死亡時精算方式」と年金の失業保険化
・富裕層を対象とした高級病院があれば
・観光は未来のリーディング産業
・人口より多い観光客が訪れるフランスは
・「壊す公共事業」と「作らない公共事業」
・日本を変えるのは総理のリーダーシップだけ
・大連立は是か非か

補論  投稿を止められた「東京電力の処理案



この本を読んで古賀さんが真の憂国の士であることがよくわかった。古賀さんは既得権に執着する霞ヶ関の官僚が、公務員制度改革を骨抜きにしている実態を明らかにしたことから、出身の経産省はもとより、財務省からもにらまれ、経産省からは2010年10月末で退職しろという勧告を受けるなど様々な圧力、誹謗中傷を浴びている。

古賀さんは経産省の大臣官房付という閑職に1年以上も追いやられているが、雑誌・テレビ等のマスコミに頻繁に登場する古賀さんを経産省の幹部は苦々しく思っている様だ。

この本を読むといかに菅政権の打ち出した公務員制度改革を官僚が骨抜きにしていったのかがよくわかる。ただ公務員制度は戦後何十年も掛けてできあがったいわば「エコシステム」であり、古賀さんのような異端者がポッと出ても事態は変わらないだろう。


天下りがなぜいけないのか

古賀さんは2010年10月15日の参議委員予算委員会で、天下りの問題点について発言し、その場で当時の仙石官房長官の恫喝を受けた経緯を語っている。

その国会発言のなかで、なぜ天下りがいけないか次のように整理している。

天下りがいけない理由は、第1には天下りによってそのポストを維持することにより、大きな無駄が生まれ、無駄な予算が維持される。第2には民間企業も含め天下り先と癒着が生じる。これにより企業・業界を守るために規制は変えられないとか、ひどい場合には官製談合のような法律違反も出てくる。

一部に退職金を2回取るのが問題という話もあるが、それは本質的な問題ではなく、無駄な予算が山のように出来る、癒着がどんどん出来るのが問題だと。

これに対する現在の霞ヶ関のロジックは、1.官庁からの天下りの斡旋等は一切ない、あくまで本人が求職活動をしたものである。2.現役出向は「官民交流法」に基づいた民間のノウハウ吸収である。(現役出向先の企業への再就職も、一旦役所に戻って定年退職した後はOK)というものだ。

特に現役出向に関する菅政権の「退職管理基本方針」の問題点について古賀さんが「週刊東洋経済」に寄稿したところ、霞ヶ関の「アルカイーダ」、「掟破り」として古賀さんは全霞ヶ関から監視されているという。

週刊 東洋経済 2010年 10/2号 [雑誌]週刊 東洋経済 2010年 10/2号 [雑誌]
東洋経済新報社(2010-09-27)
販売元:Amazon.co.jp
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古賀さんは大腸ガンで手術して、その後腸閉塞を併発して体調を崩し抗ガン剤を飲みながら闘病を続けていたこともあるという。

大腸ガンは死亡率が高く、男性でガン死亡率の第3位、女性ではガン死亡率の1位になっている病気だ。ひょっとすると長くは生きられないかもという不安が、古賀さんの勇気ある発言を支えているのかもしれない。

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出典:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2158.html

この本では古賀さんの官僚人生での功績にも触れている。GHQが財閥解体のために残していった純粋持株会社を解禁する独禁法第9条の改正、ガソリンスタンドのセルフ給油解禁、クレジットカード犯罪の刑罰化などが古賀さんの成果だ。官僚の仕事の進め方がわかって興味深い。


古賀さんの日本起死回生策

上記目次で紹介したように、古賀さんはこの本の終章で具体的な起死回生策を提案している。「若者は社会保険料も税金も払うな」などという過激な提案もあるが、さすがに政策論争に慣れた経済官僚だけあって、提案内容は練れていると感じる。

ただこれらの政策提案は、上記の目次を見るとわかるように、いわば「暴論」であり、これらが現状では政策として実現する可能性は低いといわざるをえない。

日本の財政破綻を回避する方法として、政府は増税で何とかしようという知恵しかない。これは自民党政権でも菅政権でもバリバリの増税論者の与謝野馨氏を経済財政政策担当大臣にしたことから明らかだ。これは消費税増税を狙う財務省のたくらみ通りである。

このままいくと日本の消費税は30%になり、経済は縮小し、町には失業者があふれ、犯罪も増え治安も悪いという悲惨な国になっていく可能性が高い。数年内に歳入不足で「政府閉鎖」が起こる可能性もある。

英国の「エコノミスト」誌は、「日本人はこの震災を機に、自らの対応能力と世界から寄せられる畏敬の念によって自信を取り戻すかも知れない」と語っているという。この世界からの期待に応えられるような社会を作らなければならない。

そのための古賀さんの起死回生策をまとめると次のようなものだ。実現性は非常に疑問ではあるが、方向性として正しい議論もある。

1.国の保有資産はJT,NTT株でも公務員宿舎でも独立行政法人の資産でも何でも売って数百兆円の資産売却を行う。

2.社会保障費の削減。支給額削減、先延ばし、富裕層支給カット。「死亡時精算方式」、年金の失業保険化

3.農業、中小企業、組合だからという助成策はすべてやめる。

4.公務員は大幅削減、給与も民間以上にカット、天下り団体は廃止。

5.タブー廃止。農業への株式会社参入OK,休耕地課税、TPP参加、時間をかけても関税撤廃。3ちゃん農業=兼業農家保護縮小。

6.消費税アップだけでなく相続税改革も含めた税制改革を行う

7.衰退産業・企業は潰して有望な企業・産業にスクラップ・アンド・ビルド 観光を未来のリーディング産業に



特記事項

他にも参考になった情報をいくつか紹介しておく。ただし、真偽のほどは確認する必要があるということを言い添えておく。

・東電を含め電力業界は、日本最大の調達企業なので他の業界のお客さんだ。自民党の有力な政治家を影響下に置き、労組を動かせば民主党も言うことを聞く。巨額の広告料でテレビ・新聞などマスコミを支配し、学界に対しても研究費で影響力を持っており、誰も東電には逆らえない。だから菅総理が怒り狂って東電に殴り込みにいっても、「総理といえども相手にせず」という態度だった。

・OECD駐在中に送電分離を唱えた古賀さんはあやうくクビになるところだった。

・現みんなの党渡辺喜美代表から、自民党時代に行革・規制改革担当大臣になったときに補佐官就任要請があったが、大腸ガンの予後が悪く断ったという。渡辺さんは即断の人だという。

・2008年6月福田内閣で成立した「国家戦略スタッフ創設」、「内閣人事局の創設」、「キャリア制度の廃止」、「官民交流の促進」などを柱にした国家公務員制度改革基本法案を中曽根元総理は「これは革命だよ」と言ったという。

・2008年7月に発足した国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官に就任した古賀さんは、それから官僚人生の暗転が始まったという。

・経産省では日本企業の細やかな「擦り合わせ」こそ、他国がマネのできない特有の文化で、日本の競争力の原動力との解釈がまかり通っている。

・国税庁は普通に暮らしている人を脱税で摘発し、刑事被告人として告訴できる。金の流れが不透明な政治家は国税庁が怖く、国税庁を管轄する財務省には刃向かえない。ジャーナリストもマスコミも同じだ。古賀さんもマスコミ関係者から「国税のことは書かない方が良いよ」といわれたという。

・小泉首相は政策は竹中平蔵氏をトップとする竹中チーム、マスコミ対策は飯島秘書官の飯島チームを持っていたので、強力なリーダーシップを発揮できたが安倍さんは自前のチームを持たなかった。


現役官僚の暴露本というキワモノではない。政策の妥当性はさておいて、日本の将来を本気で心配する古賀さんの官僚としての良心がわかる本である。


参考になれば次クリックお願いします。



三度目の奇跡 日本復活への道 日経新聞の特集記事

緊急出版 三度目の奇跡 日本復活への道緊急出版 三度目の奇跡 日本復活への道
日本経済新聞出版社(2011-05-17)
販売元:Amazon.co.jp
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2011年元旦からスタートした日経新聞の連載シリーズ。

途中で東日本大震災と福島原発事故が起こり、当初の「平均年齢45歳の国の未来図」を描く特集が、大震災・原発事故からの復興を目指す記事に変わった。

参考になる情報が多く載せられている。印象に残ったものをいくつか紹介しておく。

★枝野官房長官は「復興庁創設」に意欲を示しているが、官僚は冷めているという。「ハコ作りに力を割いている場合じゃない。」「民主党政権は『形』にばかりこだわる」。これらは経済官庁幹部の発言だという。

各官庁の事務次官・局長レベルは民主党の動きの遅さにさじを投げているという話も聞いたことがある。

「いくら情報を官邸に集約しても、その後の指示が降りてこない」と官僚は語る。

この本には書いていないが、筆者の言葉では「ヘッドレス・チキン」。これが菅政権を形容する言葉だ。

★宮城県石巻市の「イトーヨーカドー石巻あけぼの店」は地震の影響で、建物が一部損壊した。しかし営業をやめたのは3時間だけだった。店頭で飲料水、カップ麺、乾電池など数十品目を販売したのだ。

「まさか開いているとは思わなかった」東北にあるイトーヨーカドー全10店舗は一日も営業をやめていないという。

★バングラデッシュからも日本への援助が寄せられている。日本は1972年にバングラデシュがパキスタンから独立して、先進国で最初に承認した。そのことを覚えている人々も多いという。

★バングラデッシュでは日本のベンチャー企業が活躍している。例えば納豆のねばねば成分を固めた水浄化剤「ポリグル」を売る日本ポリグルだ。

2007年のサイクロンの時に、現地にサンプルを送ったら好評で、ヤクルトレディに倣いポリグルレディを通じて売っているという。

★中国政府系のシンクタンクは、「人民元高を容認する『中国版プラザ合意』はありえない」としている。こんなジョークがあるという。「日本のことを研究するな。社会主義になってしまう」。

★陸軍の秋丸次朗中佐の「戦争経済研究班」は、陸軍きっての実力者で、当時の軍務局軍事課長の岩畔豪雄(いわくろひでお)に命じられ、1939年から日米開戦を前提に世界大戦の予測をした。

メンバーの有沢広巳(英米班)、中山伊知郎(日本班)、武村忠雄(独伊班)の報告は、「日本の生産力はもうこれ以上増加する可能性はない」、「ドイツはこれ以上の余力なし」。最終結論は「日本の経済力を1とすると英米は合わせて20。日本は、2年間は蓄えを取り崩して戦えるが、それ以降は経済力が下降線をたとり、英米は上昇し始める。彼らとの戦力格差は大きく、持久戦には耐えがたい」だった。

開戦直前の1941年半ばに陸軍首脳らに対する報告会が開催された。列席した杉山元参謀総長は「報告書はほぼ完璧で、非難すべき点はない」しかし、「その結論は国策に反する。報告書の謄写本はすべて燃やせ」。

「見たくないものは見ない」という態度が太平洋戦争の惨劇を招いた。1988年の有沢広巳死後に、遺品から秋丸報告書の一部が発見されたという。

いまこそ戦時の失敗に学べと日経新聞はいう。

★JA(農協)に頼らない人たちが増えている。コメリの出す「アグリカード」は、支払いは年1回、収穫月だけでよいという。カード保有者は4万人、コメリの売上高は3千億円で、JAの2兆円には及ばないが、存在感は小さくない。

★人材を輸出する韓国。
李明博大統領は「2013年までに5万人の海外就職、3万人の海外インターンシップ、2万人の海外ボランティアを育てる」グローバルリーダー10万人育成計画を打ち出した。

韓国人の若者が日本にも求職に来る。「韓国の就職は本当に厳しく、会社に入っても週末に自分の時間が全然取れない。日本企業は給料も労働環境もいいので、日本でずっと頑張っていきたい」という。

韓国では最低賃金が安いので、日本の若者のように「フリーター生活」で暮らしていくこともままならないのだという。

厚生労働省の国民生活基礎調査によると、国民所得がピークだった1994年と2008年を比べると、平均的な日本国民はどんどん貧しくなっている。

                   1994年      2008年
一世帯当たりの年間平均所得  664万円      548万円
300万円以下の世帯比率     23.5%      33.3%
800万円以上の世帯比率     29.1%      21.3%

実際のグラフは次の通りだ:

2-1a







出典:国民生活基礎調査(平成21年版)

平均所得金額以下の世帯比率が増え、所得がより低い層が増加していることを示している。

2-2b





出典:国民生活基礎調査(平成21年版)

次は、以前紹介した大前研一さんが、近著「日本復興計画」で示していた図だ。

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出典:「日本復興計画」109ページ

先進国のなかで日本だけが国民所得が減少していることがわかる。

もっとも、これらのグラフだけから結論付けるのは事実認識を誤る危険がある。日本の場合、1994年の1世帯当たりの人員は2.95人だったが、2008年では2.62人になっている。

世帯数と平均世帯人員




出典::国民生活基礎調査(平成21年版)

同じ時期で、高齢者世帯が4百万世帯から9.6百万世帯に、単身者世帯は8百万世帯から12百万世帯に増えている。

筆者は平均世帯所得が減少している傾向として正しいとは思うが、為替相場とかインフレ率や世帯構成の違いなどを考慮にいれないと、Apple-to-appleの比較や正確な評価はできない。

主に年金で生活する高齢者世帯と単身者世帯が増えることにより、平均では日本人は貧しくなっているようにみえることも留意しておく必要があるだろう。

ちなみにこの点は筆者の会社の読書家の友人から指摘があったので付記したものだ。

その他にも参考になる事例が多い。簡単に読めるので、是非一読をおすすめする。


参考になれば次クリック願う。


日本復興計画 大前さんの原発事故と東日本大震災からの復興計画

日本復興計画 Japan;The Road to Recovery日本復興計画 Japan;The Road to Recovery
著者:大前 研一
文藝春秋(2011-04-28)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

大前さんがビジネスブレークスルー大学院大学で東日本大震災と、その後の福島原子力発電所事故について解説した番組を加筆して緊急出版したもの。

別ブログでも紹介している通り、大前さんは東日本大震災が起こり福島の原発事故が発生した直後の3月13日から毎週、ビジネスブレークスルー大学院大学で原発事故について講義をしていた。これらはYouTubeにも収録されている。




大前さんはこれで日本原子力産業は終わったと言っている。

実はこの前の平成22年12月出版の「お金の流れが変わった」では、世界で原子炉を安全に作れるのは日本くらいしかないので、「棚ぼた式に儲かる原子力産業」と「首都圏近郊に原子炉をつくれ」という2つの節で、日本は原子力産業を強みとすべきだという提言をしている。

それがあるので、この本で「原子力産業は終わった」と書いているのだと思う。

お金の流れが変わった! (PHP新書)お金の流れが変わった! (PHP新書)
著者:大前 研一
PHP研究所(2010-12-16)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


大前さんの復興計画の根幹をなすのは次の2点だ。

1.道州制
2.個人の意識改革

道州制については、大前さんが「平成維新の会」を立ち上げる前から主張しているものだ。

今回の提案は、被災地に最初に道州制を導入するという先行導入案だ。県単位でバラバラに復興計画が出されて、全体最適が損なわれる事態を、道州制を導入して全体で整合性のある復興計画にしようというものだ。

たとえば昔の「ここより下には家をつくるな」の石碑などの例にならい、住居は高台につくり、漁師などは海辺に車で通勤するとかの提案が含まれている。



最近では道州制賛同者も増え、公的な会議の議題にも道州制が上る様になってきた。先日前経団連の御手洗さんの講演を聞く機会があった。御手洗さんも道州制を復興計画の柱として提案されていた。

2.の個人の意識改革というのは、大前さんが「大前流心理経済学」などで、繰り返し提案しているものだ。

大前流心理経済学 貯めるな使え!大前流心理経済学 貯めるな使え!
著者:大前 研一
講談社(2007-11-09)
販売元:Amazon.co.jp
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次の表の通り、日本は20年間所得が減り続けている世界唯一の先進国だという。これを克服するには日本人のメンタリティを変えなければならない。住宅、車、教育の3大熱病は早く治すべきだと語る。

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出典:本書109ページ


筆者の場合、すべての「熱病」を抱えており、いまさらどうにもならないが、たしかに賃貸物件もいいものがあるので、若い人がこれからマンションとかを買うのは考えた方が良いかもしれない。


特筆すべき発言

テレビ放送を本にしたものなので、オフレコ的な発言も収録されている。

★たとえば4島返還でなくてもよいから日露平和条約を早期に締結して、シベリアの無人地域に核廃棄物の埋設場所を確保させてもらうことを提案している。

放射性廃棄物の問題は日本の国難であり、北方4島と次元が異なる問題だからだという。

合理的な提案かもしれないが、ロシアと日本の国民感情を考えれば、到底受け入れられる提案とは思えない様に筆者には思える。

今後紹介する「大前研一 洞察力の原点」で、世間話ができないことを「大前研一敗戦記」で書いていることが紹介されている。


世間話ができない

「日本全体のこととか、世界経済だとか、東京全体の問題とかは、一生懸命考えてきたけれど、下町の風景のなかでおじいちゃん、おばあちゃんと世間話ができない。

日本改造から自分はスタートしたが、まずは自分の改造が崎だということに気がついたのだった。」

原出典;「大前研一敗戦記」

「シベリアで核廃棄物埋設場建設」というのも、この傾向が出ていると思う。つまり大前さんの欠点の一つは、庶民感覚がないのだ。


★大前さんの奥さんはアメリカ人なので、アメリカ大使館から連絡があってヨウ素カリを大使館指定の薬局でもらってきたという。アメリカの本気度と日本に対する信頼のなさが読み取れるという。

表の顔、裏の顔を使い分けて万全を期すのがアメリカのやり方だ。いかにもありそうな話だと思う。


★日本には「ウラの国策」があり、プルトニウムをためていけば90日で原爆が造れるという。日本は唯一の被爆国として非核三原則を掲げているが、それに抵触しないで核武装の能力だけは備えておく、つまり90日で原爆を作る能力のある「ニュークリア・レディ」国なのだ。

だから使用済み核燃料を国内にずっとため込んでいるのだと。

この「ニュークリア・レディ」の話を読んで、大前さんもヤキがまわったと思っていた。

以前「日本は原子爆弾をつくれるのか」で紹介したとおり、プルトニウム原爆の起爆装置は非常に複雑で、実験もできずノウハウもない日本が90日で原爆ができるとは到底思えない。

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出典:Wikipedia

日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)
著者:山田 克哉
PHP研究所(2009-01-16)
販売元:Amazon.co.jp
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ましてや運搬手段のミサイルも爆撃機もない日本で、原爆弾頭だけつくっても、何の役にも立たない。そもそも原爆保有を大多数の国民が許すとは到底思えず、中国や北朝鮮から攻められるとかいう事態があっても、国民のコンセンサスは得られないのではないか?

ところが、最近読んだ京都大学原子炉実験所小出裕章助教の「隠される原子力・核の真実」という本を読んで、日本はせっせとプルトニウムをため込んでおり、すでに長崎原爆を4,000個つくれるだけのプルトニウムを保有していることがわかった。

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出典:「隠される原子力・核の真実」46ページ

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
著者:小出 裕章
創史社(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
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大前さんはヤキがまわったのではなく、元原子力関係者として一般人が知らない真実をチラッと明かしただけなのかもしれない。そんな気がした。


大前さんはこの本の印税をすべて寄付するという。震災・原発直後の復興提案としては提案スピードといい、提案内容といい、優れたものだと思う。

本を読むか、あるいは上記のYouTubeの2番目の映像の公開講義を見ることを、ぜひおすすめする。


参考になれば次クリック願う。





デフレの正体 人口動態変化が日本経済デフレの原因

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
著者:藻谷 浩介
角川書店(角川グループパブリッシング)(2010-06-10)
販売元:Amazon.co.jp
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日本政策投資銀行参事役の藻谷浩介さんの本。この本がベストセラーとなっているので、藻谷さんは年末のNHKの特別番組等たびたびテレビに出演するようになってきている。

2010年12月19日の朝日新聞日曜版の書評審査員お薦め「今年の3点」で、植田和男東大教授のイチ押しに挙げられていた。

「いよいよ現実のものとなった日本の人口減少が、いかに内需不振の主因であるかを、簡潔なグラフ中心にわかりやすく示した好著。薄々感じていた不安に直接手で触れたような読後感。対策として高齢者から若者への所得移転、女性就労、外国人観光客の増加を推奨」が推薦の言葉だ。

まえがきのところで、藻谷さん自身も、自分が書いた本ながら「これは読んだ方がいい」と誰にでも薦められるという。

誰が読んでも客観的とわかるような事実を並べているが、類書にない、オンリーワンの内容だからだと。

最初からちょっと大風呂敷だと思ったが、読んでみるとなるほどと思わせる内容だ。但し、この本には藻谷さん自身も書いている通り、タネ本があることは後述する。

藻谷さんは日本政策投資銀行の地域振興グループの参事役で、2000年から各地で数多くの地域振興の講演を行っており、全国3,200市町村の99.9%を訪問した経験を持つという。

アマゾンでも2010年12月20日現在売り上げ47位と、よく売れているようだ。

この本の目次

この本はアマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして、目次を見て欲しい。次のような章が並んでいる。

第1講 思いこみの殻にヒビを入れよう

第2講 国際経済競争の勝者・日本

第3講 国際競争とは無関係に進む内需の不振

第4講 首都圏のジリ貧に気づかない「地域間格差」論の無意味

第5講 地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」

第6講 「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀

第7講 「人口減少は生産性向上で補える」という思いこみが対処を遅らせる

第8講 声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち

第9講 ではどうすればいいのか1.高齢富裕層から若者への所得移転を

第10講 ではどうすればいいのか2.女性の就労と経営参加を当たり前に

第11講 ではどうすればいいのか3.労働者ではなく外国人観光客・短期定住者の受入を

補講  高齢者の激増に対処するための「船中八策」


内需不振の本当の原因

「世界同時不況の影響で地域間格差が拡大したことが内需不振の原因」などというのは、藻谷さんは、SY(数字を読まない)、GM(現場を見ない)、KY(空気しか読まない)人たちが確認もしていないウソを拡大再生産しているのだと。

SYの例が中国と日本の貿易バランスで、中国一国だけだと日本の赤字だが、香港を入れると日本の大幅黒字である。

そういえば中国との輸出入は香港も入れて考えるというのが、昔は常識だったが、筆者もすっかり忘れていた。

日本の国際収支














出典:本書41ページ

日本の大得意はハイテク生産国の台湾、韓国だ。中国にも日本ブランド製品は売れ続けている。日本は国際競争の勝者なのだ。

一般的に言われている「リーマン破綻以降の世界同時不況の影響で、輸出が激減し日本経済は停滞している」という説明、「景気さえ良くなれば大丈夫」という「妄想」が日本をダメにしたのだ。

その証拠として次のグラフを挙げている。

日本の基礎代謝







出典:本書57ページ

上のグラフの左側が増え続ける日本の実質GDPと減り続ける小売販売額と雑誌書籍販売部数。

右側が同じく、増え続ける日本の実質GDPと減り続ける新車販売台数、貨物総輸送量、自家用車旅客輸送量、酒類販売量のグラフだ。

このグラフからわかることは:

・小売販売額は1996年度をピークに12年連続で減少が続いている

・雑誌書籍販売部数は1997年度をピークに11年連続で減少が続いている

・国内貨物総輸送量、自家用車旅客輸送量もそれぞれ2000年、2002年から減少続き

・酒類販売量は2002年度から減少続き(ビールだけだと1997年度から減少続き)

・グラフにはないが、日本の水道使用量は1997年から減少続き


2000年に一度の生産年齢人口減少

「若者の車離れ」、「景気変動」、「出版不況はインターネットの普及のせい」、「地域間格差」など、内需の減少の原因としてあげられる理由はすべて間違いだ。本当の内需減少の原因は、生産年齢人口の減少である。

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出典:総務省統計局人口推計

藻谷さんは、日本政策投資銀行の地域振興グループの参事役という得意分野を生かして、青森県、首都圏、東京23区、(リーマン不況まで景気が良かった)愛知県、関西圏、沖縄県の1990年からの小売指標と個人所得の推移を比較している。

青森県と関西圏を除いて個人所得は増加しているにもかかわらず、どこも小売販売額は1998年頃がピークで、毎年減少している。

唯一の例外が沖縄県で、個人所得も小売販売額も増加している。しかし、その他はすべて小売販売額が減少している。

これこそ「2000年に一度」の生産年齢人口減少と「高齢者の激増」の影響なのだ。


所得はあっても消費しない高齢者

所得はあっても消費をしない高齢者が日本全国で激増している。特に首都圏では2000-2005年の間に65歳以上の老齢者が118万人増えている。高齢者は将来の不安があり、買いたい物もあまりないので消費をせず貯蓄する。

次が日本の人口ピラミッドだ。

人口ピラミッド








出典:総務省統計局人口推計

日本で一番人口の多い団塊世代が60歳を超えて続々と退職している。年金だけでは所得が減少するので、将来の不安から消費を抑え、貯蓄する。


団塊の世代が起こしたバブルとバブル崩壊

この団塊の世代の影響で起こったのが住宅バブルとバブル崩壊だ。

最初は団塊世代の実需で住宅・土地市場が活性化した。ところが日本人のほとんどが、住宅市場の活況の要因を「人口の波」と考えずに、「景気の波」と勘違いした。

だから住宅供給を適当なところで止めることができず、供給過剰=バブル崩壊が生じたのだ。

この説は元マッキンゼー東京支社長で、現東大EMP企画・推進責任者の横山禎徳さんが「成長創出革命」という本で指摘していることだと、藻谷さんはタネ本を開かしている。

成長創出革命―利益を産み出すメカニズムを変える成長創出革命―利益を産み出すメカニズムを変える
著者:横山 禎徳
ダイヤモンド社(1994-02)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

この「成長創出革命」は現在絶版で、アマゾンでは中古本が約7千円とプレミアム付きで売られている。図書館にリクエストして他の図書館から借りて貰うので、入手したらあらすじを紹介する。

団塊世代のライフステージに応じて様々なものが売れ、そして売れなくなっていくという単純なストーリーで説明・予測できる物事は多い。たとえば:

・バブルがなぜ首都圏と大阪圏に集中していたのか

・スキーや電子ゲームが流行り、その後急速に衰退していったのか

・ゲーム市場の拡大は高齢者にも売れる任天堂Wiiまで待たなければならなかったのか

生産年齢人口の減少は今後も続き、「好況下での内需縮小」は延々と続くことになる。


藻谷さんの解決策

★高齢者から若者への所得移転

現在は高齢者から高齢者への相続で貯蓄は死蔵され続けている。

高齢化社会における安心・安全の確保は生活保護の充実で行い、年金から生年別共済に変更するというのが解決策だ。

これまで日本は生産性を上げて人口減少に対処しようとしている。そのための施策が、経済成長率至上主義、インフレ誘導、リフレ論、出生率向上、外国人労働者受入、エコ分野の技術で世界をリードすることで日本の活路を見いだす等々だが、いずれも内需拡大には繋がらない。

そこで、解決策としては「生産年齢人口が3割減になるなら、彼らの一人当たり所得を1.4倍に増やせば良い」というものだ。つまり団塊世代の退職で浮く人件費を若者の給料に回そうというものだ。この解決策は、藻谷さんが若手官僚から聞いたものだという。

ちなみに中国でも生産年齢人口の減少は20年後くらいから急激に起こる。中国が同じ悩みを抱えるのも時間の問題なのだ。


★女性就労拡大

藻谷さんの解決策の一つは女性就労拡大だ。女性は高齢になっても消費意欲は衰えないので、女性の所得が上がれば、内需拡大にもなり、税収も上がる。

日本の女性の就労率は45%で世界的に低いので、まだまだ上がる余地はある。


★外国人観光客を誘致して観光収入をアップ


横山禎徳さんのタネ本

藻谷さんは「成長創出革命」しか紹介していないが、実はこれらの解決策は、上記の元マッキンゼー東京支社長の横山禎徳さんの2003年の本「『豊かなる衰退』と日本の戦略」で提唱されている「3つのシステム・デザイン」という提案とかなりかぶっている。

「豊かなる衰退」と日本の戦略―新しい経済をどうつくるか「豊かなる衰退」と日本の戦略―新しい経済をどうつくるか
著者:横山 禎徳
ダイヤモンド社(2003-03)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


横山さんの3つの提案(+α)とは:

1.一人二役(兼業・兼職も認める。セカンドハウスを持つ。週休三日とする)

2.二次市場の創造(住宅など中古市場の充実)

3.観光立国(外国人旅行者大量受入システム)

+女性への期待(主婦への期待)


生産性向上とは付加価値を増やすこと

マイケル・ポーター教授の日本公演の時に、聴衆から質問があり、それに答えて生産性向上の例として出したのはカリフォルニアワインだったという。

人手を掛けて品質を向上させることによって、ブランド力を上げることに成功し、値上げができた。

カリフォルニアワインがブランド力を上げる要因となったできごとは「パリスの審判」に詳しいので、興味がある人は参照して欲しい。

生産性とは付加価値を増やすことだが、日本では労働者を減らすことが生産向上と誤解されているために、このときの講演後のQ&Aではポーターの説明が伝わらなかったという。


残念な誤植

大変説得力ある本だが、致命的な誤植がある。相続税を支払う人が相続人の4%まで減り、納税額も12兆円というところは、1.2兆円の誤りだ。

税収が40兆円程度しかないなかで、もし相続税収入が12兆円もあれば3割を占める大変なパーセンテージだ。SY(数字を読まない)でない限り、普通なら誰でも気付く誤植と思う。

せっかく納得性のある議論をしているだけに、こんなポカミスは残念ながら藻谷さんの全体の議論の信憑性を疑わせる恐れがある。

筆者も他山の石としなければならないミスである。


ともあれ斬新な見地からの議論で、大変参考になる本だった。



参考になれば次クリック願う。





日本は世界5位の農業大国 ベストセラーとなった農業の現状分析

日本農業の実態を農業雑誌の編集者が偏見なしにレポートした本。

一時はアマゾンの新書売上ランキングでトップだったこともある。現在も新書売上ランキングで40位前後で、引き続き売れている様だ。

日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書)日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書)
著者:浅川 芳裕
販売元:講談社
発売日:2010-02-19
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

月刊「農業経営者」副編集長の浅川芳裕さんの日本の農業の現状分析。

農業経営者 2010年5月号(171号)農業経営者 2010年5月号(171号)
販売元:農業技術通信社
発売日:2010-04-01
クチコミを見る

別の本に紹介されていたので図書館で借りて読んでみたが、気がついたらアマゾンでなんと売上100位前後に入っているベストセラーだった。筆者が今年になって読んでから買った数少ない本の一つだ。アマゾンの新書売り上げNo. 1で、ホリエモンが絶賛していると本の帯に書いてあった。

この本を読んで日本の農業政策について、政府もマスコミも信用できず、何を信用したらよいのかわからなくなった。

比較検証のために、「食品自給のなぜ」という農水省の食料安全保障課長が書いた本と、法政大学講師の書いた「食料自給率100%を目ざさない国に未来はない」も読んでみたので、それからの情報も織り込んであらすじを紹介する。

食料自給率のなぜ (扶桑社新書)食料自給率のなぜ (扶桑社新書)
著者:末松 広行
販売元:扶桑社
発売日:2008-11-27
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

食料自給率100%を目ざさない国に未来はない (集英社新書)食料自給率100%を目ざさない国に未来はない (集英社新書)
著者:島崎 治道
販売元:集英社
発売日:2009-09-17
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


国産農産物愛用キャンペーン

日本政府、農水省、そしてマスコミは「農家弱者論。国産農業危機論」で凝り固まり、石川遼などをつかったテレビCMで国産食品愛用を訴えている。

農水省が金を出し、電通の中に「食料自給率向上に向けた国民運動推進本部」を置いて有名タレントを使って広告を作っている。食品自給率向上のための農水省の予算は2008年度は166億円で、前年度の65億円から2.5倍になった。

しかし、この本を読んで、日本の食品自給率が41%で、世界の主要国で最低だと言うのが、そもそも恣意的な数字ではないかという疑問が起こった。

次が日本のカロリーベースの食品自給率の推移だ。

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そして次が世界主要国の食品自給率の比較だ。

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出典:いずれも日本国内食品自給率ホームページ

農水省のホームページには「食料自給率の部屋」というセクションがあり、食品自給率アップが農水省の政策の目玉になっていることがわかる。

食品自給率アップについては、自民党や民主党も同じトーンでマニフェストで訴えているし、メディアもこの食品自給率を鵜呑みにしている。

ところがどっこい、この食品自給率の「カロリーベース」というのが、くせものなのだ。


日本独自のカロリーベースの自給率

カロリーベースの自給率とは次の数式だ。

(一人一日あたり国産供給カロリー)÷(一人一日あたり供給カロリー) 

しかしこの内訳は:

{(国産+輸出)供給カロリー}÷人口/{(国産+輸入ー輸出)供給カロリー}÷人口

なのだ。つまり分母は日本全体の供給量なので、当然大量に発生する食べ残し、消費期限切れの廃棄食品も含まれている。

ためしに数字を見ると、2008年は

1012キロカロリー ÷ 2473キロカロリー = 40%

筆者は消費カロリーも計れる体重計を持っているが、筆者の消費カロリーは大体1,850前後、つまり上記の分母は筆者の消費カロリーの1.5倍の数字なのだ。

実際の国民一人当たりの消費エネルギーを1,850キロカロリーとすると(分母)、分子をいじらなくても自給率は一挙に56%にあがる。つまりカロリーベースの自給率を上げるには食べ残しや賞味期限切れを減らすことが有効なのだ、

さらに分子の国内供給カロリーには、農家の自家消費や親戚・近所への提供は含まれていない。日本の農家のほとんどは兼業農家で、もっぱら自家消費用に野菜やコメなどをつくっているが、これはカウントされていないのだ。


カロリーベースだと自給率が低くなる要因

農家が米を生産調整でやめて、野菜や果実に切り替えると、売上は増えて供給金額は増える。ろころが、野菜はカロリーゼロに近く、果実の生産量は少ないので、国産供給エネルギーとしては大幅に減少する。

国のコメ減反政策に従って、農業経営者にとって合理的な産品の切り替えをやると、生産金額ベースの自給率は上がるが、カロリーベースの自給率は下がるのだ。

こういった分母を大きくして、分子を小さく抑える工夫があるのが、カロリーベースという日本と韓国でしか採用されていない自給率だ。他の国では、穀物輸入比率という指標はあるが、カロリーベースの自給率という比較はない。農水省の役人がせっせとFAOなどの統計を元に各国の自給率を計算しているのだという。

また肉、鶏卵、酪農品はエサを輸入に頼っていると、たとえ国産の産品でも国産から除外される。畜産品の自給率は金額ベースだと70%だが、農水省によるカロリーベースだと17%で、これが全体にも響いてくる。

たとえば石川遼がテレビCMで宣伝していた”卵かけご飯”。卵は当然100%国産と思ったら大間違い。カロリーベースの自給率では卵は10%と低くなる。鳥のえさはほとんどが輸入だからだ。

この卵の自給率については農水省の課長の「食品自給率のなぞ」にも書いてある。じゃあなぜ卵かけご飯を国産食品としてCMで宣伝するのかよくわからないところだ。

たとえ輸入のエサを使っていても、肉や酪農品は国産であることは間違いない。たしかに飼料の輸入が完全にストップしたら、生産に支障をきたすかもしれないが、それは日本でけではない。

昔と異なり農産物の貿易市場が巨大化している現在では、世界各国が自国の強い産品を生産し、自国が弱いものは輸入している。農産物の貿易が止まるという「戦時体制」を前提とした食糧自給率に何の意味があるのかと思う。


生産額ベースの食品自給率だと66%

こういった問題点があるので、生産額ベースの総合食品自給率を使えという声も有識者の間に強いという。もし生産額ベースの自給率を割り出すと、日本の食品自給率は66%になる。

要は数字のマジックなのだ。農水省が自分達の政策を通すために、都合の良い数字と計算式を作り上げている自作自演の食品自給率キャンペーンなのだ。

その証拠に、もともと自給率は1965年から生産額ベースで発表されていたが、1983年からカロリーベースでも発表され、1995年からはカロリーベースで最近まで統一されてきた。発表する数字のベースを意図的に変えていたのだという。

農水省の課長の本でも、食品自給率はカロリーベースと生産額ベースの両方が一つのグラフで示されているが、生産額ベースの自給率を使わない理由の説明はない。

日本の小学生の教科書でも自給率を高めてきたと紹介されている英国は、カロリーベースで農水省が計算すると着実に食品自給率を向上させてきているが、生産額ベースでは日本の自給率を下回るという。

気候の厳しい英国では日本の様に高価格の野菜とかは生産できない。

穀物の自給率は高いので、カロリーベースでは高くなるが、生産額ベースでは自給率は1991年の75%から2007年には60%と15%も下落して、日本を下回っていると浅川さんは指摘する。


日本は世界第5位の農業大国

この本のタイトルにあるとおり、FAOの統計から割り出すと一位の中国、それから順にアメリカ、インド、ブラジルと続き、日本の農業生産は約8兆円で、世界第5位となる。そして農家の所得は世界第6位だ。

「日本農業は弱い」なんて誰が言った?と著者の浅川さんは語る。

「農業はきつい仕事のわりに儲からない。だから、もっと農家を保護しないと日本人の食料は大変なことになる」という主張は、農水省がつくりだしたもので、その目的は農水省の省益、天下り先の確保であると浅川さんは指摘する。

ある農水省の幹部は、「自給率政策がなければ俺たちが食っていけなくなる」とまで語っているという。

浅川さんは政治家に会うと、必ず日本の農業生産規模が世界第何位か聞くことにしているという。大体50ー80位という答えが多く、正確に答えられる政治家はいなかったという。

多くの政治家が農水省の宣伝を鵜呑みにして、日本農業の強さを認識していないのだ。


日本の農家は兼業農家が圧倒的多数

民主党の戸別所得補償政策の対象の農家はコメで180万戸、そのうち100万戸は、1ヘクタール未満で、農業所得は数万円からマイナス10万円程度。これでは食べていけないとして、1ヘクタール当たり95万円が補償される。

しかしこれら100万戸の平均所得は500万円で、彼らのほとんどは役所や農協など一般企業につとめるサラリーマンの週末農業で、「疑似農家」なのだと。

「スケールの大きな家庭菜園がついた一戸建て住宅に住む、日本でもっとも贅沢な階層」と言っても良いと浅川さんは語る。

もっぱら生産コストの高いコメや野菜をつくり、自家消費や近所・親戚に配っている。

日本の農業従事者の数は1960年の1,200万人から現在は200万人以下に減っているが、一人当たりの生産量は5トン以下から25トンに増えている。

農業従事者推移













出典:本書117ページ

兼業農家は農薬の知識もないので、やたら農薬をばらまき環境に悪影響がある。規模が小さいのに機械も導入するので、日本のコンバインの保有数は97万台で、米国の41万台、中国の40万台に倍以上の差をつけた圧倒的世界一位だという。


民主党の戸別所得補償制度は間違い

民主党内閣が打ち出している「戸別所得補償制度」は、2011年度から1兆4千億円を使って、日本の農業を赤字まみれのダメ農家で埋め尽くそうとしていると浅川さんは切り捨てる。

民主党の計算では、1ヘクタールで最大95万円が補償される。これなら単に農地だけ持って、形だけ農業するふりをした方が良い。年に1-2週間しか農作業に従事しない疑似農家を助ける制度なのだと。

そして所得補償の対象となるコメは1兆8千億円、小麦は300億円、大豆は240億円しか生産規模がない。

日本全体の農業生産は8兆円で、野菜が2兆3千億円、果樹が8千億円、花卉(かき)が4,000億円だ。

民主党は、EUは直接所得補償のおかげで自給率を向上できたというが、小麦に対するEUの補助金は1ヘクタール当たり5万円程度だ。

ところが民主党案は、日本で1ヘクタールで小麦をつくるとそのコストが60万円、小麦の販売価格が6万円だから、差額54万円を全額補填するというもので、実にEUの補助金の10倍以上の法外なのものだ。

「食品自給率のなぞ」で農水省の課長も認める通り、そもそも国産小麦は品質が悪く、安くしか売れないという。

また輸入とはいえオーストラリアの小麦は日本のラーメン、うどん向けにつくった品種で、日本に売るしかない品種だという。また日本の食品として必要な小麦は540万トン、それを米国300万トン、カナダ150万トン、オーストラリア100万トンと、いずれも友好国から輸入している。アメリカと戦争でもしない限り、これらの友好国からの供給がストップすることはないだろう。


民主党の本当のねらいは疑似農家関連の500万票

浅川さんは農業界全体を弱体化させることが民主党の本当のねらいだと語る。小沢一郎前幹事長も、選挙でわかりやすい「所得補償」に政策名を変えろと指示したという。

民主党は100万戸の疑似農家の、家族や親類を入れた500万人という票が欲しいのだと。

都市部と比べて一票の差が2-3倍ある地方では、500万人の疑似農家関係者が一大勢力で、農家の票を抑えたら地方や都市郊外の小選挙区で勝利することができる。


日本の農家の数はまだ多すぎる

日本の農家は他の先進国に比べてまだ多すぎるという。日本は人口の1.6%が農家だが、米国はじめ欧州各国でも1%を切っている。

日本の面積30アール以上、農業売り上げ50万円以上の農家は200万戸ある。売り上げ1,000万円以上の農家はわずか7%だが、かれらが日本の農業生産の8兆円の6割を生産しているのだ。

農家の所得につき「農業経営者」が独自に行った2,600人のアンケート結果では、平均所得は343万円で、社員4-9名の中小企業の年収平均243万円を上回っているという。

農業人口の高齢化が問題とされるが、全体の7%のプロ農家が高齢化したのではない。全体の8割を占める疑似農家の多くが、リタイアして農業に精を出し始めた人たちだからだ。農業人口の高齢化は必ずしも悪いことではないという。


農業は成長産業

農業は成長産業というのが世界の常識だ。次が世界の貿易額のグラフだが、年々拡大し、特に近年は相場上昇とともに急激に拡大している。

世界の農産物貿易







米国のオバマ大統領は、「世界市場のなかで、高度な技術力とマーケティング力、そして経営判断が求められる複雑な仕事だ」と農業を評している。

そんな将来性のある農業振興のため、浅川さんは次の8つの政策を提案している。

1.民間版・市民レンタル農園の整備
2.農家による作物別全国組合の設立 成功例は米国ポテト協会などだ
3.科学技術に立脚した農業ビジネス振興 たとえばイチゴのとちおとめを世界商品にすることなど
4.輸出の促進
5.検疫体制の強化
6.農業の国際交渉ができる人材の育成または採用
7.若手農家の海外研修制度
8.海外農場の進出支援

日本の農業の可能性を信じているのが和郷園の木内博一代表だという。日本の農作物は世界一だと思っているので、ジャパンプレミアムを創設するのだと。

和郷園がタイで生産するバナナはドールよりも高く売れているという。


農家弱者論との対比

「食品自給率のなぞ」や「食品自給率100%を目ざさない国に未来はない」は、従来型の議論が中心で、単に食料輸入断絶というあり得ない事態の不安をあおるだけで、何の解決も提案していない様に思える。

農水省の課長は「ご飯を一食につきもうひと口食べると食品自給率が1%アップする」と、もっとご飯をたべることが自給率アップに繋がるという。

どうせ国民に訴えるなら、技術革新で生まれ、世界中で生産の中心となっているGMO食品を本格導入して、国産農産物の生産量を上げるとか、食べ残しを減らす運動を推し進めるとか、賞味期限切れの食品撲滅運動を行うとか、別のことで自給率をアップさせることができるだろう。

両論比較して読むことで、むしろ浅川さんの鋭い指摘と、統計の読み方に強い印象を受けた。

浅川さんの主張の根拠を提供しているのが青山学院大学の神門教授の次の本だ。

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)
著者:神門 善久
販売元:NTT出版
発売日:2006-06-24
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


こちらも近々読んでみる。


冒頭に述べた通り筆者が読んでから勝った数少ない本の一つである。一読の価値はあると思う。


参考になれば次クリック願う。




亜玖夢博士の経済入門 裏経済もわかる経済小説

亜玖夢博士の経済入門


小説「マネーロンダリング」でデビュー、別ブログでも紹介している「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」で、独自の境地を開き「永遠の旅行者=パーペチュアルトラベラー(どこの国の所得税もかからない旅行者)」を提唱している作家 橘玲さんの小説仕立ての作品。

橘玲さんの本を2冊紹介したが、この本も大変面白いので、あらすじを紹介しておく。

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門


元々別冊文藝春秋(月刊)に連載されていたシリーズだ。

新宿歌舞伎町に事務所を持つ身長150センチの老人 亜玖夢(あくむ)博士の経済相談所が舞台だ。

亜玖夢博士は小学生で論語を暗唱、神童と呼ばれる。16歳の時にアメリカに密航し、アインシュタインフォン・ノイマンと会う。青年の時にサンフランシスコの大学に招聘され、様々な心理学テストを経験し、「南極のペンギンに氷を売る」セールス技術を生み出したという設定だ。

事務所には中国人の超美人ファンファンと、彼女の弟で少女漫画に出てくる様なハンサムガイ リンレイが亜玖夢博士のアシスタントとして働いており、博士の指示に従い、中国人マフィアなどを使って数々の処置を行う。

筆者のポリシーとして小説のあらすじは詳しく紹介しないが、次の様なストーリーが取り上げられている。

1.債務者をさらにヤミ金融から借金を借りまくらせて自己破産させる(カーネマンの行動経済学

運転免許証と実印、それに戸籍謄本、住民票、印鑑証明の3種の神器を50通用意させる。

全情連(全国区信用情報センター)の加盟店でないのでオンラインでクレジット情報が取れないヤミ金融をはしごさせ、それぞれから30万円から50万円づつ借りさせる。

親の職業は教師というと信用されると。「日本は人権の国だから、親に子どもの借金を返済する義務はないだろ。最近の親子関係は薄情だから、下手に取り立てに行くと違法だって怒鳴られて、すぐに警察を呼ばれる。だから、親の職業が大事なのだ」という。

合計1,000万円借りさせて、半年逃げ回らせ、自己破産させる。なんなら戸籍も買ってきて、別人にならせてあげるというところでストーリーは終わる。

2.覚醒剤を資金源とするヤクザの利権争い(ノイマンのゲーム理論

手打ちをするか、抗争かで悩むヤクザを囚人のジレンマで戦略を検討。中国マフィアがやたら拳銃をぶっ放すところが、小説らしい。


3.学校でいじめられている小学生の対抗策(ワッツとストロガッツのネットワーク理論

マルタイの女」の一場面でもあったが、動物の生首がやたら出てくるのが、これまた非現実的で小説らしい。

4.水道水を奇跡の水として売るマルチ商法(チャルディーニの社会心理学

全身の体液をスーパー・バイオニック・ウォーターに入れ替えれば、どんな病気も治るとして、特殊浄水器を売るマルチ商法。

中国に展開し、日本では詐欺になって訴訟が続発するが、大気汚染、水源汚染のひどい中国では、日本の水道水でも大丈夫だというところが小説らしい。

「長崎あたりから漁船で沖に出て、高速船に迎えにこさせたらすぐにチンタオだ」という。

どんな過去を持ち、ヤクザに追われている者でもやり直せるのだというが、フィクションなのか、現実でありえるのか不明なところだ。

5.自分探し(ゲーデルの不完全性定理

「あたしってウソつき」という女の子は正直かウソつきか、と言うパラドックスが紹介される。


筆者自身もここに紹介されている経済原理を正確に理解している訳ではないが、小説ながらも、経済原則の事例勉強にもなるという設定は面白い。

オーソドックスな「日本国債」とか「タックスシェルター」とかの幸田真音さんの本格的経済小説とは、全くテイストが異なるが、読み物として面白い。

日本国債〈上〉 (講談社文庫)


タックス・シェルター


簡単に読め、参考になる。一読をおすすめする。


参考になれば次クリックお願いします。


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ゴールドマン・サックスの"BRICs and beyond" いよいよ現実となる伝説のレポート

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本というと書店で買うものと通常は思うが、今回は企業のホームページからダウンロードできる本の紹介だ。投資銀行のゴールドマン・サックスは経済レポートをホームページで公開しており、だれでもダウンロードできる。

このブログでも紹介した「フラット化する世界」や、別ブログで紹介した「日本は没落する」で引用されているBRICs諸国の躍進を予測した2003年10月の伝説的レポート"Dreaming with BRICs:The Path to 2050"も収録されている。

ゴールドマン・サックスのホームページ(英語版)"Ideas"というセクションがある。ここにBRICs関係のレポートや、経済成長、環境とエネルギーなどの分野のレポートが掲載されている。

英語のホームページにはBRICs研究の責任者のジム・オニールが、今最も面白いのはブラジルであると語っている2008年2月のインタビューが日本語字幕付きで公開されており、参考になる。

今回紹介する"BRICs and beyond"は全部で270ページ余りなので、読むのに決心が要るが、2003年に出された"Dreaming with BRICs"は全部で20ページ強、付録を除くと本文は17ページなので、まずはこのレポートを読むことをおすすめする。

英語のレポートを読むのは慣れていないと大変ではあるが、やはり日本語と英語では情報量が違う。時々はゴールドマン・サックスのホームページなどをチェックすることも参考になると思う。

日本のゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント社のホームページにもBRICsに関する情報が多く載せられているが、もっぱら投資環境情報で、マクロ経済についてのまとまったレポートは英語のレポートを読むしかない様だ。

投資運用ではモーガンスタンレーのMSCIコクサイインデックスファンドが世界的な指標となっているが、モーガンスタンレーのホームページでも市場環境のレポートが公表されている。

今回紹介するゴールドマン・サックスの2007年12月の"BRICs and beyond"レポートは、各国にいるアナリストがそれぞれの国について2006年から2007年にかけて書いたものを編集して一冊の本としている。

その中にはこれもゴールドマン・サックスが2005年に作った言葉であるN−11("Next eleven")の韓国、フィリピン、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、イラン、エジプト、ナイジェリア、トルコ、メキシコというBRICsに次ぐグループの国々のレポートの改訂版も含まれている。

左が2003年10月の"Dreaming with BRICs"で紹介されていた有名な図だ。車のアイコンはいつの時点でBRICsの国が、G7の国を抜くかを示している。これが、2007年3月の"The N-11: More than an Acronym"で見直しされており、それが右の図だ。BRICs諸国の成長はさらに早まることが予測されている。

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今回の改訂で、BRICs合計のGDPがG7を上回るのは当初予測の2040年より早まり、2032年と改訂され、中国が米国のGDPを上回るのも当初予測の2035年から2027年と改訂されている。

中国が日本のGDPを上回るのも、当初の2016年から、2010年に改訂されている。

2008年の世界同時金融危機は誰も予想していなかったと思うが、それにしてもゴールドマンの予測が現実になりつつあることに驚く。

正直筆者も中国が日本のGDPを2010年に越えるというゴールドマンの予測は全く信じていなかったが、いまやそれが現実になりつつある。

次がこのレポートの140ページに掲載されている2007年に改訂された2025年の世界のGDP上位国と2050年のGDP上位国の予測だ。

この図でわかるとおり、2050年には日本はG7の中でこそ米国に次ぐ2番目だが、全世界ベースでは中国はもとより、インド、ブラジル、メキシコ、ロシア、果てはインドネシアにまで追い抜かれ世界8位になると予測されている。

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2050年の世界のランキングとGDP予測は次の通りとなる。(括弧内は2006年のGDPと2050/2006比率)

1位 中国     70.1兆ドル (2.7兆ドル、26倍)
2位 米国     38.5兆ドル (13.2兆ドル、2.9倍)
3位 インド    38.2兆ドル (0.9兆ドル、42倍)
4位 ブラジル   11.4兆ドル (1.1兆ドル、10倍)
5位 メキシコ    9.3兆ドル (0.8兆ドル、11.6倍)
6位 ロシア     8.6兆ドル (1.0兆ドル、8.6倍)
7位 インドネシア  7兆ドル   (0.4兆ドル、17.5倍)
8位 日本      6.7兆ドル (4.3兆ドル、1.6倍)
9位 英国      5.2兆ドル (2.3兆ドル、2.3倍)
10位 ドイツ    5兆ドル   (2.9兆ドル、1.7倍)
11位 ナイジェリア 4.6兆ドル (0.1兆ドル、46倍)


成長の要因

その国の経済成長を支える要因としては、この本では次を挙げている。

1.マクロな安定度
2.法の統治等の仕組みとしての安全度
3.経済の開放度
4.教育

ここでも「フラット化する世界」と同様、教育の重要性が大きく考慮されている。

これらを数値化したのが、ゴールドマン・サックスで2005年に導入されたGES(Growth Environment Scores)で、これによって国の成長環境を判定している。このGESの判定要素は次の13の指標で、それぞれ0から10の評点となっている。

1.インフレーション
2.政府の財政赤字(対GDP比率)
3.対外債務(対GDP比率)
4.投資率(対GDP比率)
5.経済の開放度
6.電話普及率
7.パソコン普及率
8.インターネット普及率
9.中等教育の年限
10.平均寿命
11.政治の安定度
12.法の支配
13.汚職


次が2006年のGESによる各国の成長環境の評価だ。1位から4位はスウェーデン、スイス、ルクセンブルグ、シンガポールである。

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このレポートの意味するもの

この270ページにもわたるレポートを読んでいていくつかキーワードがあると感じた。

それは、次の通りだ。

1.各国の高度成長を維持するためには人口増加が必須となること
2.成長を維持するために教育水準の向上が欠かせないこと
3.政治の安定が必須条件であること
4.通貨の上昇が見込まれていること


通貨の上昇が成長の要因

ゴールドマンのレポートでは、国の成長率を維持する理由の2/3はその国の生産性向上率、1/3は通貨の上昇だ。実際、30年間でBRICs通貨は対ドルで300%上昇すると予測されている。

将来の予測にはドル相場がどうなるのかも大きな要因だ。

中国、湾岸諸国がドルペッグを維持するかどうかが鍵である。

日本もそうだが、これらの国は外貨準備の大半がドルなので、ドルが他の通貨に対して下落を続けても容易にはドルから切り替えることはできず、手詰まりの状態となる。

この安全弁が崩壊すると、それこそドルの大暴落につながる可能性があるのだ。


マクロでの比較

この本ではBRICs及びN−11についてそれぞれの国のアナリストが、それぞれの国の強み、弱みを整理しており、いわば鳥瞰図的に理解できる。

マクロ経済レポートでもあり、個別企業についての説明はほとんど皆無なので、個別の企業の活動については他の本を読む必要がある。その意味で、この本と「フラット化する世界」は良いコンビネーションだと思う。

"BRICs and beyond"の国別のレポートでも言われているが、各国のアナリストたちはゴールドマン・サックスの本社アナリストたちよりも自国の成長について強気であり、特に中国とインドについては、今回の見直しよりもさらに成長が早まると見ているそうだ。


ずば抜けている中国の底力

BRICs4ヶ国、そしてN−11の国につきいわば同じ土俵で評価しているが、やはり中国の底力がずば抜けているという印象を強くする。

将来の成長を阻む要因となっている一人っ子政策や人々の移動を阻む戸籍制度の「戸口」制度は、いずれ見直される可能性が高い。

9年制の義務教育と一人っ子政策の結果、国民の教育熱は高く、より高度な教育を受ける比率が高まり、大学進学率は10年前の5%弱から、現在は20%に上昇しており、2020年には40%に上昇することが見込まれる。

高等教育を受けた親を持つ子供は、大学に行くのが当然と考えるので、そうなると教育水準は上がり、さらに「戸口」の改革により若年労働力が都市部に入ってくると労働プールにも3千万人単位での若年労働力が生まれる。

加えて世銀の勧告等で一人っ子政策が緩和されると、人口ピラミッドも是正され、将来の成長力にもつながる。

日本の大学入試センター試験の志願者数は過去のピークで60万人、現在は約54万人となっているが、中国の同等の試験である「高考」の志願者は1,000万人を超えている。

中国の大学生に占める工学部系の比率は60%。仮に1学年で1,000万人とすると、600万人のエンジニアが毎年卒業する。それに対して日本の工学部志望者は年間27万人、実に1/25である。これでは全く勝負にならない。


成長率の加速が見込まれるインド

インドは古くは1500年頃までは世界のGDPの約3割を占める世界最大の経済国だった。1500年頃に中国が世界最大の経済国となったが、中国も1800年前後に産業革命の起こったヨーロッパに抜かれる。

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ゴールドマン・サックスのレポートは、中国とインドが2050年頃には世界1・2位になると予測しているが、18世紀以前の世界ランキングに戻ることになるわけだ。

インドは黄金の四辺形ハイウェイが完成し、インフラは今後も改善され、成長率も加8%から2010年までには10%超まで加速し、それから10%近い成長が継続することが見込まれる。

農業から工業やサービス業への労働人口のシフトが起こるので、成長率が底上げされることになる。インドには世界で最も成長の早い30都市のうち10都市がある。都市人口が増えると建設や電力などの需要が急速に増加する。

ゴールドマン・サックスのレポートにはないが、インド南部はモンスーンという自然の脅威があり、モンスーン期間中は船での輸送はできないので、インドは交通のハブにはなりえない。

平均教育年限が5.1年という国民の教育レベル、会社を閉鎖するのに10年掛かると言われている非効率な政府手続き、カースト制、女性労働力の未活用という問題がある。

100人以上の会社では事実上解雇ができないという話もある。

これも書かれていないが、宗教上牛あるいは豚は食料にできないし、食料生産に適していない気候や風土ゆえ、人口が増えると飢餓人口も増えるおそれがある。

教育も私立大学は厳しく規制されており、高学歴者を多く生み出す体制とはなっていない。

このようにインドには人的資源という意味では大きな問題があると筆者は感じるが、このゴールドマン・サックスのレポートでは、これらのネガティブな面はサラッと触れられているだけである。


ロシアの問題は法の支配

ロシアは最近税法、労働法、土地所有法を相次ぎ制定しているが、基本的に法の支配がない。

シェル、三井物産、三菱商事が参加していたサハリンIIの過半数の株式をロシア政府の圧力でガスプロムがいわば強奪したことが良い例だ。

報道メディアも支配下に置いたプーチン院政の間は安定することが見込まれ、2012年にはプーチンが大統領として復帰する可能性も取りざたされている。

政治的には安定しようが、外資にとっては法の支配がないと、安心して投資はできない。

プーチン時代は平均年率6.8%成長し、インフレも9%程度に落ち着いた。

しかし単にエネルギー価格が上がって外貨準備が増え、石油代金変動勘定が増えるだけという状態なので、投資なき成長という状態だ。

また現在の人口の142百万人が2050年には109百万人に減少すると見込まれ、GDP成長率も今後低下することが見込まれることはネガティブ要因である。


成長が加速するブラジル

ブラジルは昨年から鉄鉱石や大豆などの一次産品の価格上昇とエネルギーの自給を達成したことにより、成長率は年率5%程度にアップしている。

一応の産業インフラはできあがっているだけに、他のBRICs諸国ほどは高い成長性が見込めないが、それでも従来の成長率2−3%よりは高い。

今後はリアル高、高金利の中で民間部門の投資が増加できるかどうかが鍵である。

筆者は1978年から1980年までアルゼンチンに駐在していたことから、ブラジルとは30年のつきあいだが、国としての先見性という点で昔からすごい国だと思っていた。

何もない高原に首都ブラジリアを建設したり、30年以上前からエタノール混合燃料車を走らせていたり、セラードと呼ばれる農業用地の大規模開発による大豆の増産、鉄鉱石や一次産品の生産拡大などその計画性、先見性は旧共産国をはるかに上回るものがある。

政治的には安定しているが、インフレ率を低く抑えられているのは、通貨の切り上げによる効果が大きく、逆に工業製品は高金利と通貨高により競争力を失っている。

ブラジルはインフレこそ5%前後に収まったが、依然として企業向け貸し出し金利は約30%も高く、いわゆるリアルキャリートレードで、外国からの短期投資資金が流入し、リアル高を支えている。

ブラジルについては、鈴木孝憲さんの本のあらすじを近々紹介するので、これを参照して欲しい。


世界のエネルギー事情

IEAの統計のページに各国の種類別のエネルギー供給がパイチャートになっているので、比較してみると面白い。

最初が全世界の種類別のエネルギー供給、次がアメリカのエネルギー供給だ。ほぼ似通っている。

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次が日本で、同じような傾向だ。それに比べてその次のブラジルは全く異なる。

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再生可能エネルギーの比率が高いことがわかる。深海油田開発技術を生かして、石油も今や自給できるので、自国で生産できる石油と水力、エタノール、木炭などの再生可能エネルギーが主体である。

左のロシアは天然ガスの世界最大の生産国なので、天然ガスの比率が高い。同じ南米でも右のアルゼンチンはブラジルと異なりロシアに近い。天然ガス産出国だからだろう。

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中国は世界最大の石炭生産国なので、石炭の比率が圧倒的に高い。石炭はCO2排出量も多く、中国の環境問題は地球環境に悪影響を及ぼす可能性もある。中国に比較的似ているのがインドのエネルギー事情だ。インドも世界第3位の石炭生産国なので、石炭の比率が高い。

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インドはバイオマス発電大国で、全土に2,000近く小規模のバイオマス発電所があるという。キャッサバ、サトウキビかすが主な燃料だ。インドでは牛糞も古くから燃料として使われてきたので、牛糞も燃料となっているのだろう。鶏や動物の糞は今や最先端のバイオマス燃料だ。


中国の問題

中国の問題は、政治的安定がいつまで続くかという点と、環境問題だ。上記のように中国のエネルギー源は石炭で、石炭はCO2排出量も、また排煙をちゃんと処理しないと酸性雨の原因となる亜硫酸ガスなどの排出も多い。

なんといっても中国と日本は同じ経済圏にあるので、中国の環境問題は日本の重大関心事であり、人類生存の問題でもある。

その意味で、小宮山東大総長が「課題先進国日本」と呼ぶ様に、日本の環境技術が中国、ひいては世界の環境を保全し、そして日本も栄えるというそんな未来図を考えさせられた。


英文を270ページも読むのはかなり大変なので、まずは20ページのBRICsレポートを読むことをおすすめする。

昨年中国がドイツを抜いて世界第3位の経済大国になったが、これはまさに2003年のBRICsレポートが予測していたのとぴったり一致している。

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好むと好まざるとにかかわらず、これからもこのレポートで予測されたシナリオに近い形で現実となっていくだろう。その意味では必読のレポートだと思う。


参考になれば次クリックお願いします。






強い円は日本の国益 民主党政権となると活躍が予想されるミスター円榊原さん

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
販売元:東洋経済新報社
発売日:2008-09-04
おすすめ度:4.0
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1995年から4年間大蔵省財務官をつとめ、ミスター円と呼ばれた榊原英資さんの円高政策提言。

榊原さんは最近「政権交代」「日本は没落する」など、一連の著書を出し積極的に情報発信している。

ピッツバーグ大学に留学経験もあり、ピッツバーグ駐在だった筆者の先輩でもある。

没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略
著者:榊原 英資
販売元:中央公論新社
発売日:2008-06
クチコミを見る


「没落からの逆転」は榊原さんの歴史観をもとに日本の今後を議論するもので、司馬遼太郎の明治賛美を否定するなど、多くが歴史論に費やされており、榊原早大教授の授業を受けているような内容だ。

前作にはやや違和感を感じたが、この「強い円は日本の国益」はまさにミスター円と言われた榊原さんの本領発揮という感じだ。

ただし榊原さんが大蔵省財務官時代にミスター円と呼ばれた1995年から4年間は、円高是正のために協調介入で応じたものだが、今は円高を国家として目指すべきだと論陣を張る。


この本の目次

この本の目次が良くできているので、紹介しておく。

序章  どうして、今、円高政策なのか
    戦後日本の転機は安保騒動とプラザ合意
    情報化、資源の稀少化の時代へ
    工業大国から環境・農業重視へ

第1章 21世紀の世界経済
    同時に進む先進国の成熟と新興国の産業化
    ポスト近代化へと脱皮できない日本
    農業・エネルギー産業育成には政府の力が必要
    インフレ、所得格差の拡大、そのなかで日本は

第2章 1ドル360円から79円へ
    ドッジが一人で決めた1ドル360円
    ドル安容認か、ドル防衛か、揺れるアメリカ政府
    ルーブル合意後もドルは続落
    為替を通商政策に使った第一期クリントン政権
    超円高反転への積極介入

第3章 日本の製造業の成熟
    内部化された労働・金融市場
    メインバンク・システムの変貌
    プラザ合意後の混乱と調整
    日本経済再設計の十年

第4章 ドルとユーロ ー ドル安は続くのか
    戦争の歴史を超えて実現したヨーロッパ統合
    壮大な夢だったユーロ誕生
    ドル対ユーロは安定しても、ドル下落は続く

第5章 円安バブルの形成と崩壊
    政策がもたらした円安バブル
    長すぎたゼロ金利
    前代未聞の巨額・ドル買い介入
    「価格革命」下での金融政策とは

第6章 アジアの世紀は来るのか
    中国・インドの台頭で資源問題が顕在化
    アジア諸国間で資源獲得争いも
    資源・食糧問題で日本ができること
    日本の農業政策の長所をアジアで活かす

第7章 構造改革と円高政策
    売るシステムから買うシステムへ
    オール・ジャパン体制で資源確保を急げ
    強い円が日本を甦らせる
    円高による産業構造転換
    低金利・円安バブルの是正は日銀の責任
    強い円は日本の国益


安保騒動とプラザ合意

榊原さんは戦後日本のターニングポイントとして、1960年の日米安保騒動と1985年のプラザ合意を、故宮澤喜一首相が挙げていたことを引用している。

1973年1月からの円ードル相場の推移を見るとプラザ合意がその後の日本経済の道を決めたという宮澤さんの言葉は、うなずけるものがある(日本銀行のデータに基づいて筆者が作成)。

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戦後の円相場は1944年のプレトンウッズ協定下の1ドル=360円からスタートし、1971年のニクソンショック直後のスミソニアン協定で308円となり、1973年から変動相場制に移行した。

この本ではそれぞれのレート決定の舞台裏が描かれていて興味深い。

それから円は1978年に170円台まで上昇した後は200円前後で変動した。

余談ながら筆者の最初の海外駐在はアルゼンチンで1978年7月から1980年7月までだったが、赴任したときは1ドル=190円前後だったのが、帰任したときは220円程度だった。途中で車を買うために日本から送金したが、このレートが170円台だったので、為替では得をした記憶がある。

一番利益が出たのは金投資だった。

アルゼンチンではインフレが150%とかだったので、ペソで貰った給料はすぐに金に換えていたが、ちょうど時期が良かったので1オンス=200ドル台で10枚ほど買ったメキシコ金貨が、当時のピークに近い1オンス=650ドルで売れて大変儲かった。

1978年のアルゼンチン駐在時代の最初の給与が1,000ドル以下(住宅費は別)だったことを思うと、当時の給料は本当に安かった。

1985年9月のプラザ合意前には240円前後だった円相場は、1985年末には200円まで上昇、プラザ合意後1年間で半分の120円台となり、1995年の79円まで10年間で対ドルレートは1/3になるという長期的円高トレンドとなった。


円高の流れを変えたミスター円

この長期円高の流れを変えたのが榊原さんだ。

1995年以降円高が是正されたのは、榊原さんがミスター円として陣頭指揮した介入による円安誘導と、このブログでも回顧録を紹介しているルービン財務長官が「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in our interest)」と言い続けたからだ。

それから円は120円を中心に上下20円前後のボックスレンジで最近まで推移していた。


強い円は日本の国益にかなう

榊原さんはこれから天然資源はますます稀少化し、工業製品との価値が逆転する。だから今までの輸出優先の円安メンタリティでなく、円高政策に転換しなければ日本は生き残れないと力説する。

この本の出版(2008年8月)以降、世界金融危機を機会に円相場は90円台に上昇し、そして12月11日には13年ぶりに80円台をつけた。

対ドルだけでなく、ユーロなどの他通貨に対しても円は強くなっているので、まさに榊原さんがこの本で提唱している「強い円」の局面に変わってきた。ここ10年間の円とユーロ、英ポンド、豪ドルとの相場推移は次の通りだ。

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出典:Yahoo! Finance

日本の一人当たりGDPが2006年に世界18位に落ちたのも、円ベースのGDPが横ばいなこともあるが、円がほとんどの通貨に対して弱くなったことが原因の一つだ。

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榊原さんの介入手法

榊原さんが財務官に就任した1995年以前の為替相場介入は、いわゆるスムージングと呼ばれる急速な変動をゆるやかにするものだったが、榊原さんは1ドル=79円まで進んだ急激な円高を円安に戻す「秩序ある反転」を実現した。

その手法はサプライズ介入だった。

まず前提条件として「日本版ビックバン」を行い、日本の外貨規制をほとんど撤廃して市場を自由化して環境をつくっておいた後、日米のみならず日米独協調介入を市場の予測に反して行うことで市場に恐怖心を抱かせ、それ以降は「口先介入」で市場をコントロールした。


日本再構築の10年

ボストンコンサルティンググループ初代日本代表で経済評論家のジェームズ・アベグレンは「新・日本の経営」で、1995年から2004年までの10年間を「失われた10年」や「停滞の10年」と呼ぶのは間違いであり、その間に日本の再構築が行われた「再構築の10年」と呼ぶべきだと語っているという。

新・日本の経営新・日本の経営
著者:ジェームス・C・アベグレン
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-12-11
おすすめ度:4.5
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この10年の間で、日本の企業は1970年代のオイルショックのときよりも大きく変わり、19あった都市銀行は4グループに再編、石油業界は14社から4社、セメントは7社から3グループ、鉄鋼大手は5社から4社になった。

最近発表された新日石とジャパンエナジーの経営統合など、まだ統合は続いている。

日本企業は財務や事業規模では劇的な転換を遂げるが、終身雇用面では基本は変わっていないとアベグレンは指摘する。その意味では日本企業は成熟期に入ったのではないかと榊原さんは語る。

現在世界は巨大な転換期に入っているので、先行きはまだ見えないが、少なくとも世界規模になった日本企業の競争力は強化されていることは間違いないだろう。

榊原さんの本にはまだ書かれていないが、今回の世界金融危機で日本企業のダメージは小さかった。日本再構築の10年を経て、これからは日本企業が攻勢に出るチャンスだと思う。


壮大な夢だったユーロ誕生

ヨーロッパ共同体構想は、フランスのジャン・モネが提唱した1951年の石炭鉄鋼共同体からはじまり、ヨーロッパ原子力共同体、そして1958年のEEC(ヨーロッパ経済共同体)に進み、1992年のマーストリヒト条約、1999年のユーロ誕生とつながる。

榊原さんはユーロの誕生を高く評価しており、この部分も面白い読み物となっている。


「円安バブル」をつくりだした小泉政権

この本が書かれた2008年9月の時点でロンドンの地下鉄の初乗りは4ポンド=800円であり、榊原さんはいかに円安で日本人の購買力が落ちているかを指摘し、これを「円安バブル」と呼ぶ。

(もっともこのロンドンの地下鉄の初乗り800円というのは裏があることは別ブログのポイントマニアのブログで説明したので、参照して欲しい。要はICカードを使わせるために現金価格をICカード価格の3倍弱に政策的に設定しているのだ。現在のポンド=135円をベースにするとICカードでの初乗り1.5ポンド=200円で、今は日本とあまり変わりなくなっている)

この円安バブルを作り出した原因は、小泉政権時代の2002年から2007年までのゼロ金利政策と2002年から2004年までの巨額のドル買い介入だと榊原さんは指摘する。つまり政策円安バブルなのだと。

ゼロ金利政策は巨額の円キャリートレードを生み、世界中の投資資金源となり株式や商品市況上昇の要因となった。

筆者は気がつかなかったが、日本の財務省は2003年5月から2004年3月までの1年弱で35兆円もの巨額のドル買い介入を行っている。これは榊原さんがミスター円といわれた1995年の介入額6兆円を大きく上回る史上最大の介入だった。

結局グリーンスパン議長が2004年3月2日に日本は介入をやめるべきだと語り、3月16日以来ずっと日本の介入は行われていないという。

この介入の意味は何だったのだろうと思わせるストーリーだ。


21世紀は天然資源争奪の時代

最後に榊原さんは、21世紀は中国・インドが台頭し、天然資源奪い合いの時代となると予想する。この時代に人口で劣る日本が生き抜くためには円高を利用して「売るシステム」から「買うシステム」への転換を図るべきだと語る。

東南アジアへの製造移転による産業構造転換を推し進め、日本国内は高付加価値の製品生産、高効率のエネルギー利用と再生エネルギー利用に転換する。

稀少価値の増す資源を確保するためにオールジャパン体制で臨み、農業の生産性を上げ、高度化農業を実現すべきであると。

参考までに、主要な天然資源の可採鉱量がたしか松藤民輔さんの本に書いてあったので、次にまとめておく。

勿論これから稀少性が高まり価格が上がると、経済的に開発できる鉱量が増えたり、新しい資源が発見されたりするので、今後増える可能性もある。またあまりに資源が少なくなると、逆に代替が進み使われなくなってしまう天然資源もあるかもしれない。

いずれにせよ可採鉱量は案外少なく、数十年などすぐに経ってしまうのでメタンハイドレートなどの新エネルギーや、代替エネルギー開発が急務であることが理解できると思う。

石油   41年
天然ガス 63年
石炭  147年
錫    22年
亜鉛   22年
銅    30年
ニッケル 41年
鉄鉱石  95年


購買力がなくては日本は世界で生き残れない。今や多くの日本の製造業は輸入と輸出をバランスさせ、為替ニュートラルを達成している。欧州諸国がユーロ高でも業績好調なのは、域内取引が7割程度を占め、為替ニュートラルとなっているからだ。

アジアでは中国とインドが台頭してくるのは間違いない。しかし通貨高(円高)と資源安を活用すれば、再び日本がアジア経済の中心となり、日本円がアジア経済圏での機軸通貨を目指すことも可能だろう。


今回の世界金融危機は日本にとって大きなチャンスだ。今何をすべきか示唆を与えてくれるおすすめの本である。



参考になれば次クリックお願いします。



知られざる巨大市場 ラテンアメリカ ラテンアメリカ4ヶ国の現状がよくわかる

知られざる巨大市場ラテンアメリカ知られざる巨大市場ラテンアメリカ
著者:山口 伊佐美
販売元:日経BP企画
発売日:2008-10-15
おすすめ度:1.0
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BRICSの中でも比較的安定しているブラジルに注目が集まっている。この本はブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリの最近の事情を解説しており、参考になるので紹介する。

筆者はこのブログにも書いている通り1978年から1980年までアルゼンチンに駐在していた。スペイン語は完璧にできるし、ポルトガル語もスペイン語とのチャンポンで会話はできるので、ラテンアメリカではほぼオールマイティだ。

アメリカに2度駐在していた時にブラジルから原料を輸入していたので、毎年訪問していた。

アルゼンチンはビジネスという面ではあまりチャンスがなかったが、友人も多く、機会があれば訪問していた。最後に訪問したのは1998年だった。チリメキシコも訪問したことがある。

以前「ブラジル巨大経済の真実」ゴールドマンサックスの"BRICs and beyond"を紹介したが、筆者はいわばラテンアメリカ・シンパなので、この様なラテンアメリカを紹介する本が評判になることは大歓迎だ。


この本の目次

この本の目次は次の通りだ。

第1章 資源価格高騰で成長する経済圏

第2章 今、ブラジルが熱い!

第3章 アメリカ依存から世界の輸出拠点へ(メキシコ)

第4章 二人の女性大統領が安定成長へ導く(チリとアルゼンチン)

第5章 巨大市場の争奪戦(先行する欧州企業。自動車産業、スーパーマーケット、通信業界の個別業界展望)

終章  世界が必要としているラテンアメリカ


最初にラテンアメリカ全体の地図と中南米やカリブ海諸国まで含めた33ヶ国の首都と現在(5億7千万人)と2050年の推計人口(約8億人)、人口増加率(平均1.3%)、都市人口の割合(平均78%)がまとめられていて参考になる。

ラテンアメリカ全体だと5億7千万人と現在のEUの人口の5億人と匹敵する規模となる。たしかに巨大市場である。

小学校のクラスで世界の国と首都を覚えるコンテストをやったこともあり、筆者はもとから世界の国と首都には自信があった。加えてアルゼンチン2年と米国に9年駐在していたので当然すべてのラテンアメリカの国を知っていると思ったが、カリブ海の国は初めて名前を聞く国もあった。

たとえばセントクリストファー・ネーヴィスという国の首都はパセテールだという。またセントルシアの首都はカストリーズという町だ。全然知らなかった。

さらにドミニカ国(首都ロゾー)とドミニカ共和国(首都サントドミンゴ)の両方があるとは知らなかった。

筆者は世界40余りの国を出張や旅行で訪問したことがあるが、中米・南米33ヶ国のうち訪問したことがあるのは11ヶ国だった。

南米は日本からは最も遠い地域なので、親しみが薄いかもしれないが、日本との関係という意味では、多くの移民の人の功績もあり親日国が多い。ブラジルの日系人は政治経済面で存在感があり、アルゼンチン・チリともに親日国だ。

アルゼンチンは日露戦争の時に、イギリスの口利きでイタリアに発注していた戦艦2隻を日本に譲った。これが日進春日の両戦艦でともに日本海海戦で活躍した。アルゼンチンの人はこのことを覚えていて、日本人がタンゴ好きということもあって、親日派が多い。


なぜ、今ラテンアメリカなのか?

この本では「なぜ、今ラテンアメリカなのか」という命題から始め、ラテンアメリカの豊富な地下資源と食料資源を紹介し、ラテンアメリカの潜在力を強調している。

2007年5月に南米の12ヶ国の首脳が集まって「南米諸国連合(UNASUR)」の設立で合意し、2007年12月には南米銀行の設立にも合意している。ラテンアメリカ共通の問題である通貨危機、対外債務危機の再発を防止する意図である。

それまでバラバラだったラテンアメリカはこのように近年結束を固めている。ベネズエラのチャベス大統領など、反米の首脳も出現し、もはやアメリカの裏庭という感じではなくなりつつある。


ブラジルの実力

このブログを読まれる人は、ブラジルには世界第3位の飛行機メーカーがあることをご存じだろうか?世界の中型機市場ではブラジルのエンブラエルがナンバーワンであり、JALもエンブラエル機導入を決めている。

ブラジルというとコーヒーとか最近は原油生産が注目されているが、ITも進歩しており電子投票の普及、完全に電子化された世界第3位の株式市場であるBOVESPAがある。

また今や日本食ブームでサンパウロの日本料理屋は600店を超え、ブラジル名物のシュラスケリア(焼肉店)を上回ったという。

ブラジルは鉄鉱石の世界最大の生産国で、三井物産が1000億円を投資したヴァーレが世界ナンバーワンだ。もっとも三井物産の鉄鉱石ビジネスは永年オーストラリアがメインで、ブラジルに投資したのは比較的最近の約20年ほど前である。

CAEMIという資源会社に投資し、それが合併で今のヴァーレとなり、さらに株を買い増したものだ。

ヴァーレは昔はリオドセという国策会社だったが、現在は民営化され、多額の税金を国に払っているという。

食料では有名なコーヒーに加え、最近では鶏肉も世界ナンバーワンだ。ちなみにコーヒー生産・輸出の第2位はベトナムで、筆者はてっきりコロンビアだと思っていた。

ブラジルは対外債務増大で1980年代に経済危機に陥ったが、現在は純債権国となっている。国債の格付けでもS&PがBBB+で投資適格となり完全復活を遂げた。(ちなみにS&Pの格付けでは、ラテンアメリカではチリがAA,メキシコがA+で、ブラジルのBBB+は第3位である)

弱点だった石油も2007年に自給率100%を達成し、最先端の海底油田掘削技術を生かして最近では大型の海底油田が続々と発見されている。

ほとんどの油田がリオデジャネイロの沖合の海底にある。ブラジルの原油を独占するペトロブラスは原油埋蔵量ではエクソン・モービル、BPに次ぐ三位グループである。

この本では著者の山口さんがヴァーレやペトロブラスのIR担当に直接面談しているので、参考になる。

かつてはハイパーインフレで有名だったが、インフレ率も2006年、2007年は3−4%に留まっている。天然資源だけでなく、製造業も大きく、自動車産業は2007年には世界第7位の約3百万台を生産している。


メキシコ

ラテンアメリカとは南米+メキシコという意味で使っている言葉だが、メキシコ(北米)と南米では相当状況が異なる。

「フラット化する世界」で紹介されていた通り、アメリカから製造業が大挙してメキシコに移ってきた時代が終わり、今や中国とメキシコが競合となり中国が勝ちつつある。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-01-19
おすすめ度:4.5
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アメリカの貿易相手国としては中国が長年1位だったカナダを抜きトップで、長年2位だったメキシコは第3位になっている。

メキシコも対米依存度を下げ、他の市場を開拓する必要性を感じ、日本はじめ44ヶ国とFTAを結んでいる。しかし輸入は増えているが、今のところ輸出の90%はアメリカ向けで、輸出に関してはFTAの目立った効果は出ていないという。

メキシコは2006年3月に大統領が交代し、ハーバード大学出身のカルデロン大統領が就任した。就任1年で60%という高い支持率を背景に、長年の問題だった1.年金改革、2.税制改正、3.選挙法改正の3大改革をおこなった豪腕である。

メキシコの原油生産は世界第6位で、石油が主要産業であることは間違いないが、自動車生産も約2百万台でカラーテレビとともに主要輸出品となっている。

日系企業のなかでメキシコで存在感があるのは日産だ。筆者が会社に入った頃から日産はメキシコで生産していたので、現地生産はたぶん30年以上になると思う。2007年にはメキシコでの生産台数は50万台とGMを抑えて第1位となった。


南米の優等生チリ

チリは南米の優等生だ。人口は1,800万人と少ないが、一人当たりのGDPは約1万ドルで、ここ5年で倍になっている。成長率は4−5%、財政収支も数年連続で黒字で2007年は8.7%の歳入超過となっている。

サンティアゴの地下鉄ではICカードが導入されているという。

チリでの産業では銅、ワイン、サーモン養殖などが有名だ。

チリは医者出身で女性のミシェル・バチェレが大統領だ。バチェレ大統領のお父さんは拷問で殺されている。

ジェトロの話だと、チリはブラジルより10年先を行っているという。

チリはアジアとの結びつきを深めており、自動車は日本車や韓国車が多い。FTA(Free Trade Agreement)があるので、無関税で輸入できるからだ。

元々南米にはいなかったサーモンの養殖も、チリのフィヨルド地形に目を付けた日本政府のODAで始まったのが最初で、それを国際入札でニッスイが引き継いだ。筆者の三菱商事の友人も水産部出身で、チリに駐在していた。

日本にもスモークサーモンなどが輸出されているが、主要輸出先はヨーロッパだという。

チリは太平洋側には便利だが、大西洋側に出るにはアンデス山脈を越えなければならない。そこでアンデス山脈をつらぬくトンネル建設構想もあるという。


アルゼンチン

筆者が昔2年間住んでいたアルゼンチンブエノスアイレスは、今やビル建設ラッシュだという。

アルゼンチンというと対外債務でデフォルトを行い、高い失業率という印象がある。たしかに1999年から2002年まではマイナス成長が続いたが、経済成長率は、2003年からここ5年連続で8%を超えており、2007年のは8.7%だ。

輸出も拡大しており、2007年は100億ドル以上の貿易黒字を記録している。大統領は前大統領の妻クリスティーナ・キルチネル大統領だ。ヒラリークリントンは大統領になれず、オバマ政権で国務長官に就任しそうだが、アルゼンチンでは夫婦で交代して大統領というのがペロン政権でも実績があり、今回も実現している。

アルゼンチンというと畜産や農業国というイメージが強いが、自動車産業も年間50万台を生産している。石油も自給でき、天然ガスも有望視されている。

2002年以来主要農産物には輸出税が課せられており大豆、小麦、トウモロコシ、油脂などの税金が引き上げられている。アルゼンチンが力を入れているのがピーナッツであり、2007年には世界第2位の生産国になった。

日本企業では本田、トヨタ、片岡物産(ワイン)、NECのソフトウェア開発センターなどがある。

アルゼンチンは20世紀前半は世界でも最も裕福な国の一つだった。両方の大戦中に終盤まで中立を保って両陣営に食料を売って外貨を稼いだので、第2次世界大戦後も大変裕福な国だった。

たとえば筆者が下宿していたアパートのオーナーは、同じ電話番号を50年間使い続けていると言っていた。

日本で言うと昭和の初め頃から一般家庭に電話が普及していたのだが、それが全く更新されなかったので、雨が降ると電話が繋がらないという状態だった。

国内の長距離電話をかけるよりも、国際電話をかけた方がつながるという笑い話のような状態が続いていたが、それを改善したのが1980年代にNECが入れた電話交換機ネットワークだ。

地下鉄も世界でロンドン・パリに次いで3番目に建設されたが、それが更新されなかったので、筆者がいた当時は全く路線が広がっていなかった。その後日本の東京メトロの中古地下鉄車両を輸入したり、路線を拡大したりしている。

筆者の好きな国だが、経済面ではブラジルとは大きな差が付いてしまった。せめてサッカーではブラジルに勝って欲しいと思っているが、「名選手必ずしも名監督ならず」のことわざ通りマラドーナ監督には一抹の不安がある。

余談になるが、最初にマラドーナのアルヘンティーノ・ジュニアーズ時代のプレイをテレビで見たときは衝撃を受けた。

当時18歳だったが、ドリブルでタックルされてもボールを持ち続け、最後はゴールしてしまうというテクニックに、思わず一緒にテレビを見ていた同じ下宿のアルゼンチン人の友人に「こいつは誰だ?」と聞いたものだ。

1986年のメキシコワールドカップ対イングランド戦のマラドーナの伝説の6人抜きのゴールがYouTubeに収録されている。




著者の山口伊佐美さんが働くブラックロックジャパンはファンドマネージャーで、たぶんラテンアメリカ関係のファンドを立ち上げるための資料として、この本を出版したのだと思う。

たしかに山口さんが言うように、中間層が多い、国内需要が大きい、国家財政の健全化、インフレ抑制で投資適格になっている、未開発の資源、世界の供給源となっている農産物、優秀な人材等の面で、ラテンアメリカはこれから益々注目されると思う。

ラテンアメリカ通の筆者として欲を言わせてもらえば、貧者に住んでいる家の占有権を認めたエルナンド・デ・ソトの改革と金属相場上昇で、2006年の株価上昇率で世界第1位になったペルーの現状も紹介して欲しかった。

また世界最大級の天然ガス田が発見され、石油も生産しているのでOPECに入るという話もあるボリビア、オバマ大統領になり、反米路線を修正しているチャベス政権のベネズエラなどの現状も書いて欲しかったが、この辺の国は投資対象にはならないという整理なのだと思う。

良い取材に基づいたしっかりした内容で、ラテンアメリカの現状が頭にスッと入る。是非多くの人に読んで貰いたい本である。



参考になれば次クリックお願いします。




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