データ分析をビジネスに活用した例として、このブログであらすじを紹介しているデータ分析の教科書の「分析力を武器とする企業」で紹介されていたので読んでみた。
ブラッド・ピット主演で映画化されている。
ボストン・レッドソックスが採用したことで有名なセイバー・メトリクスを使ったデータ野球の本だと思って読んでみたが、抜群に面白い。
松井秀喜や中島裕之が一時在籍していたオークランド・アスレティックスは30年ほど前は、ホセ・カンセコやマーク・マグワイアを擁する大リーグ屈指の金満強豪球団だったが、オーナーが代わり、資金の余裕がなくなって、大リーグでも最低予算球団に仲間入りした。
アステレィックスはワールドシリーズ優勝は1989年以来ないものの、それでも毎年のようにプレーオフには出場する。金満球団との競争のなかで、いかにオークランド・アスレティックスがタレントの宝庫ともいえるような戦力をつけていったのかを明かしている。
主人公のアスレティックスの前GMであるビリー・ビーンは、スポーツ万能で体格にも恵まれ、将来を嘱望されて高卒でニューヨークメッツに入団したが、生来の短気さが災いし、メンタル面での弱さが足を引っ張り、メジャーでは目立った成績を残せなかった。
筆者はたまにやるゴルフでミスショットをすると、それが後を引いてスコアを崩すことがよくある。コンバット・フライト・シミュレーターなどのコンピューターゲーム(ちょっと古いか。今はゲームをやらないので)をやる時も、カーッとなって、機械に八つ当たりする傾向がある。
ビリーのように頭に血が上らないように気をつけなければならない。
ビリーはメッツがワールドシリーズで優勝した時の中心選手、ダリル・ストロベリーと同期の1980年のドラフト入団組で、翌年入団のレニー・ダイクストラとは2年間同じ部屋に住んだ仲だ。
レニー・ダイクストラからは「おい、読書なんてしてどうする。目が悪くなるぞ」と言われたという。
ビリーはむらが多く、三振するとバットを折ったり、壁に穴をあけて八つ当たりする。ビリーの打順が回ってくると、控え投手がブルペンから出てきて、ビリーが三振して暴れまくるところを見物していたという。
メッツからツインズにトレードされ、ツインズで1987年のワールドシリーズ制覇、それからタイガースを経てアスレティックスにトレードされ1989年のワールドシリーズ制覇のベンチにいた。
メジャーリーガーだったら誰でも欲しいワールドシリーズの優勝記念指輪を2個持つビリーは、野球界の「フォレスト・ガンプ」だと自嘲的にいう。
アスレティックスのワールドシリーズ制覇にベンチウォーマーとして参加した翌年、現役をやめてアドバンス・スカウトになる。「とくに野球をやりたいってわけじゃないんだ」というのがビリーの本心だった。
出塁率に注目した野球理論を発掘した当時のアスレティックスのサンディ・アルダーソンGMの右腕として頭角を現し、1999年にアスレティックスのGMに就任する。
GMに就任してからはハーバード大学出身のポール・デポデスタにデータ分析を担当させ、旧来の新人発掘スカウトを全員クビにする。
競争相手が気が付かない、データに基づいた野球を目指して低コストで強いチームを作り上げた。ただし、GMのできることはチームをプレイオフに進出させることまでで、後は運だという。たしかに、アスレティックスは1989年のワールドシリーズ優勝以来、ワールドシリーズ制覇から遠ざかっている。
この本では、抜群の選球眼で、高い出塁率を誇るスコット・ハッテバーグや、大リーグでは珍しい長身の下手投げ投手チャド・ブラッドフォードなどを取り上げている。長年ボストン・レッドソックスで活躍し、最後は楽天に短期間来たケビン・ユーキリスは、ビリーが欲しがった選手として紹介されている。
独自の基準で目を付けた新人を育て上げ、安い年俸の時に活躍させ、高い年俸を払わざるを得なくなるFAの直前に他のチームにトレードして対価を稼ぐのがビリーのやりかただ。
アスレティックスはティム・ハドソン、バリー・ジート、マーク・マルダーの”ビッグ3”はじめ、後に大成する投手を何人も新人として発掘しているが、意外だったのは、アスレティックスは投手より打者を優先的に獲得するという方針だという。
たしかに、アスレティックスは前記のマーク・マグワイア、ホセ・カンセコ、ジェイソン・ジアンビなど打者としてその後大リーグを代表する存在になる選手も数多く育てている。
そして他のチームから受け入れるのは力の割には評価されていない年俸が低い選手がもっぱらだ。松井秀喜が良い例である。アスレティックスにいた時の松井の年俸はヤンキース時代よりも大幅に下がっているが、打点ではチーム2位と貢献している。
クローザーは買うより育てた方が安いという方針も、たしかにその通りかもしれない。
驚かされるのは、著者のマイケル・ルイスの取材の緻密さだ。どのページを開いても、メジャーリーガーか、ドラフトにかけられるルーキーの名前が誰かしら載っており、それぞれの特徴を簡潔に紹介している。大リーグに親しみのない人でも抵抗感なく読める本に仕上がっている。
ビジネスにも役立つ。選手起用や対戦相手研究にデータ分析を使うことは、いわば当たり前であるが、GMとしてチーム戦力アップのためにデータ分析を使い、低予算で強いチームを作り上げることは、誰でもできることではない。
怒るとイスや壁に当たり散らし、試合観戦はしない主義だというビリーや、電話会議で行われるドラフト会議など、もともと「絵になるシーン」の連続のような本なだけに、ブラッド・ピット主演の映画も大変面白い。
ビリー・ビーンは、スタンフォード大学への進学が決まっていたのに、大リーグの契約金に目がくらみ、高卒でプロ野球選手となったことを、ずっと悔やんでいたという。
GMとして成功してボストン・レッドソックスから250万ドルX5年という巨額の年棒で契約オファーがあったときも、「私は、金のためだけに決断を下したことが一度だけある。スタンフォード進学をやめて、メッツと契約したときだ。そして私は、二度と金によって人生を左右されまい、と心に決めたんだ。」といって断った。
データの信奉者らしからぬ発言ではあるが、信念を曲げないビリーらしい行動だ。
マネー・ボールで取り上げられている選手は成功者ばかりではない。この本でデータ分析による新人選考の結果、有望新人として大きく取り上げられているジェレミー・ブラウンは、結局目が出ず、大リーグ出場はわずか5試合にとどまった。
高卒をドラフトで採用しても、多くはジェレミー・ブラウンの様に目が出ないケースが多い。
日本ハムの大谷翔平も、高卒でメジャーに行くよりも、まずは日本のプロ野球で成功して、それから大リーグに挑戦するほうが正解なのだろう。
あまり野球に興味のない人でも、面白く読める。映画もお勧めだ。
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