中国の大問題 (PHP新書)
丹羽 宇一郎
PHP研究所
2014-06-14


元伊藤忠社長で、前中国大使の丹羽宇一郎さんの本。「中国の大問題」として次のような切り口から中国の現状を論じている。

第1章 14億人という大問題
第2章 経済という大問題
第3章 地方という大問題
第4章 少数民族という大問題
第5章 日中関係という大問題
第6章 安全保障という大問題

まるで池上彰さんの「大問題」シリーズ本のコピーの様だ。




終章で、「日本という大問題」として、中国と比較しての日本の教育支出の少なさ、偉くならなくても満足な若者たちなどのテーマを「10年後に死んでいるかもしれない人間のメッセージ」として論じている。

これが丹羽さんが最も言いたかったことなのだろう。

日本の将来を考えたとき、教育の充実こそが、日本が世界で生き残る最重要にして必須の条件となると論じている。

「非正規社員の全廃」、「(出世することの)インセンティブを提示せよ」等の主張を打ち出している。

日本の教育費については、注釈が必要だと思う。中国は国防費の3倍、国家予算の17%を教育費に使っていると丹羽さんは語る。

この本では日本の教育費の国家予算に対する比率を記載していないが、ネットで調べると日本の公財政教育支出の対GDP比は3.3%(つまり国防費の3.3倍)で、一般政府総支出に占める公財政教育支出の割合は9.5%だ。

しかし、日本では公的な教育資金が少ない分、家計から教育費をねん出しているから、家計で負担している私的教育費を含めた教育費はGDPの5%(つまり国防費の5倍)になる。これは塾などの副次的な教育支出を除いた家計負担分だ。

2009年の統計だが、公財政支出と私的教育費を合計したグラフを載せているブログを見つけたので、紹介しておく。

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出典:社会実情データ図録

たぶん財務省筋だと思うが、日本の場合は少子化のため、生徒数が少ない。だから生徒一人当たりを取ってみれば、日本はOECDでもそん色はないという議論もある。

平成20年教育費の現状_ページ_9















しかし、日本の問題は韓国や他の先進国が教育予算の比率を増やしているのに対して、国家予算の教育費比率を据え置いていることだ。次の文部科学白書2009にある図を見るとわかりやすい。

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出典:文部科学白書2009図表1−1−29

丹羽さんの教育が最重要投資であるという問題提起は正しい。どう実現していくかが問題だが、具体的アイデアはこの本にはない。言いっぱなしで、「10年後に死んでいるかもしれない人間のメッセージ」と自分で言うゆえんだろう。

中国の指導部との人的コネクションはさすが

ともあれ、中国の指導者層と人的なコネクションを広く持つ人だけに、これから習近平体制を支える人脈の読みなども参考になる。

丹羽さんは、習近平には10数回会っているという。

習近平は長崎県と姉妹都市関係にある福建省に14年間居たからだと。丹羽さん自身は、習近平は比較的親日的でフェアな人物という印象を持っているという。

現在は権力闘争が続いているが、5年後は習近平体制が確立し、そのための準備を着々と行っている。たとえば、前政権の中央政治局常務委員の一人だった周永康とその関係者350人を汚職容疑で拘束した

着々と反対派を排して、習近平体制を作りあげている。

次がこの本に紹介されている習近平体制の顔ぶれだ。

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出典:本書41ページ

次のリーダーとして有望なのは、汪洋、孫政才、胡春華という50代の3人だという。それぞれ地方の書記を経験している。

チャイナセブンと呼ばれる、トップの中のトップの常務委員の中では、国際は金融のプロである王岐山が注目だという。

また常務委員でもないのに、国家副主席になっている李源潮も次期国家主席とも目される実力者だと。

習近平体制では、日本の小沢一郎のもとでホームステイした経験を持つNo.2の李克強国務院総理をはじめ、汪洋、孫政才、胡春華、李源潮は知日派で、じつはきわめて親日体制なのだと。

習近平体制を考えるときは、そうした視点を見落としてはならないと丹羽さんは語る。


行動する中国大使

丹羽さんは、中国大使としての在任期間中に、33ある一級行政区のうち27地区を訪問し、その時々で日本の経済人を同行して経済と友好の両方を推進したという。また伊藤忠の社長時代には、北京市、江蘇省、吉林省などの経済顧問を歴任したという。

次が丹羽さんが訪問した27の行政区の地図だ。

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出典:本書88−89ページ


丹羽さんは民主党政権の目玉の民間大使として就任した。日中友好を深めるイベントを多く開催したことや、経済面での行動力はさすがだと思う。


評判を落とした尖閣国有化の時の丹羽発言

石原都知事が尖閣列島を東京都で買い上げることを発表したことをきっかけに、民主党政権はすぐに尖閣列島の国有化を宣言した。その時、日中関係を悪化させるので、国有化を急ぐなと注文を出したのが丹羽大使だった

当時は丹羽大使の発言は、日本政府の公式方針に沿っていないとして批判された。しかし、この本では、「領土は1ミリも譲歩できない」とあらためて持論を展開し、あの時は国有化のタイミングを考え直すべきだと発言したものだと釈明している。

このあたりが、アマゾンのカスタマーレビューで☆一つのレビューが多くある原因だろう。言い訳本だと。

「棚上げ合意」はあったのか、という点については「棚上げ合意」は無かったと結論づけている一方で、尖閣問題は「フリーズ」すべきだと語る。

現在もなお外務省のホームページの「尖閣諸島に関するQ&A」には日中国交回復前後の「棚上げ論」が公開されている。

公式な「棚上げ合意」はもちろん無かったが、外務省がホームページで公表している周恩来や小平の意見を踏まえて、尖閣列島付近の日本企業の資源開発に待ったを掛けてきたのは日本政府であり、事実上「棚上げ」を黙認していた事実がある。

それが素人外交の民主党に代わり、石原元都知事のペースにはまって、性急に国有化を宣言したことから現在の尖閣での緊張は始まっている。

丹羽さんの本心としては、「おいおい、棚上げしたはずじゃなかったの?寝た子を起こすなよ」という趣旨だったのだろう。

元中国大使なだけに、丹羽さんもいまさら政府の方針と異なることは言えないので、この本では「棚上げ」ではなく、「フリーズ」と言っている。


商社マンの大先輩なだけに、プロの外交官とは違った中国との交流拡大を実践した功績は高く評価したいが、外交という意味では無力で、かつ最後は使い捨てされたと言わざるを得ない。田中真紀子が小泉内閣の外務大臣に就任した時に、「外務省は伏魔殿」と評したことが、思い出される。

シャドーバンキングについて、「私の試算では…GDPの16%、シャドーバンキングで中国の経済が崩壊することはないだろう」とか、データで見る限り中国は人口減少時代には入らないとか、中国の将来を危ぶむ声が多いなかで、中国を再評価する冷静な発言は参考になる。

また、重慶とドイツを結ぶ国際貨物列車の登場により、チャイナランドブリッジで約10数日で運べるようになったというのも参考になった。

民間人として初めての中国大使としての経験談は興味深く、経済や政治面での分析についても参考になる本である。


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