大震災の後で人生について語るということ大震災の後で人生について語るということ
著者:橘 玲
販売元:講談社
(2011-07-30)
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最新の海外投資やパーペチュアル・トラベラー(常に渡り歩いて、どの国にも税金を払わない)、サラリーマン法人など、ユニークな話題を取り上げている橘玲さんの最新作。このブログでも多くの橘さんの作品を紹介している

この本では日本で起こった二つのブラック・スワン(起きる前は誰も予想できなかったが、起こった後は誰もが”起こるべくして起こった”と見なしている「世界を変えた出来事」)として、今年の東日本大震災と1997年のアジア通貨危機を取り上げている。

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質
著者:ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社(2009-06-19)
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ちなみに「ブラック・スワン」という2010年度アカデミー主演女優賞を受賞したサスペンス映画もあるが、ここでいう「ブラック・スワン」とは関係ない。



東日本大震災と福島第一原子力発電所の問題は、誰にでもわかりやすいブラック・スワンの例だが、1997年のアジア通貨危機とその後の日本の金融危機(北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の破綻)は言われてみなければわからない。

日本の自殺者は1998年から1万人/年増えていて、毎年減らない。

自殺者長期推移






次が男女・年齢別の自殺者数の推移だ。1998年以降男性が大幅に増えているのに対し、女性はほとんど変化が見られない。

自殺者男性年齢別











出典:「自殺対策白書」

政府が毎年発表している「自殺白書」では、1998年から男性の45歳〜64歳の自殺率が急増し、それが毎年1万人弱という大幅な自殺者の増加の原因であることを示している。

東日本大震災での死者・行方不明者は約3万人と言われているが、1998年からの金融危機後の自殺者増加数は12年間の累計で10万人にも上り、東日本大震災を上回るインパクトである。

中高年男性が自殺を選ぶ最大の原因は経済的な理由と見られている。

典型的なパターンは、リストラなどによる失業や賃金カットで、住宅ローンや教育費が払えなくなり、消費金融から金を借りるだけでは追いつかず、闇金にも手を出す。借金取りに追い立てられて挙げ句の果てには自殺して生命保険で借金を清算するほかなくなる、という悲劇の構造だ。

この金融危機後のブラック・スワンの原因は次の日本の4大神話が崩壊したことにあると橘さんは語る。

1.不動産神話 持ち家は賃貸より得だ
2.会社神話  大きな会社に就職して定年まで勤める
3.円神話   日本人なら円資産を保有するのが安心だ
4.国家神話  定年後は年金で暮らせばよい


これらがいずれも崩壊したことに気が付かないと、ある日突然自分の資産がマイナスとなり、窮地に追い込まれることとなる。

橘さんはマイホームを買うという夢は否定しないが、年収の数倍という大きな借金を背負って金融資本のすべてを不動産に投資することは、きわめて危険な選択だという。

米国のようにノンリコース(非遡及型)なら、住宅ローンが払えなければ、家を明け渡せばよいだけだが、日本の住宅ローンは属人型なので、不動産価値が下がると、たとえ家を換金売りしてもまだ借金は残る。

サラリーマンは一定の賃金が将来とも保証されているという「サラリーマン債券」という資産を持っていると見なせるが、会社が倒産したり、リストラにあって職の安全が保証されなくなるとサラリーマン債券を失う。「サラリーマンでいることのリスク」が顕在化してきているのだ。

リストラに遭うと、中高年サラリーマンが再就職するのは至難の業で、せいぜい非正規社員にしかなれない。収入は激減し、住宅ローンや教育費が重くのしかかってくるのだ。


日本人はリスクを嫌う

「リスクに背を向ける日本人」という本で引用されている、「世界価値観調査」によると”自分は冒険やリスクを求める”のカテゴリーに当てはまらないと思っている比率は日本人が世界でも最も高い。

リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書)リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書)
著者:山岸 俊男
講談社(2010-10-16)
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世の中に錬金術はなく、国家財政の赤字を垂れ流し、国債を発行ばかりしていれば、人口減少・少子高齢化の日本の未来ははっきり見通せる。それは今と逆の世界で、高金利、円安、インフレだ。

日本人は元々リスクを嫌う国民で、安定した人生を送るために、偏差値の高い大学に入って大企業に就職することを目指し、住宅ローンを借りてマイホームを買い、株や外貨には手を出さずにひたすら円を貯め込み、老後の生活は国に頼ることを選んできた。

こうしたリスクを避ける伝統的な選択が、今はリスクを極大化する事になってしまう。この事態は1997年の金融危機から始まっていたが、多くの日本人は”不都合な真実”に眼をそむけ、3.11の東日本大震災ではじめて自らのリスクを目の前に突きつけられたのだと橘さんは語る。


伽藍からバザールへ

そしてこの本の結論として、橘さんは「伽藍からバザールへ」という言い方で、「出る杭は打たれる」ことを恐れ、目立つことをしない閉鎖的なネガティブゲーム社会から、自分の能力を売り物にするグローバルなポジティブゲーム社会へ生き方を変えることを提言する。

伽藍というのはあまりビジネス書では使われない言葉だが、いわば塀に囲まれた町のようなイメージだろう。

米国の労働長官も務めたUCバークレー教授・ロバート・ライシュは「ザ・ワークス・オブ・ネーションズ」で、これからの仕事は”マックジョブ”と””クリエイティブクラス”に2極化すると予言している(この表現は橘さんの用語で、元々の表現は”シンボリック・アナリスト”と”対人サービス業者”、”ルーティン肉体労働者”)。

ザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージ
著者:ロバート・B・ライシュ
ダイヤモンド社(1991-10)
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マックジョブはマクドナルドのアルバイトのようにマニュアルにより誰でも出来る仕事で、製造業でもサービス業でも、この種の仕事の賃金はグローバルな競争にさらされる。

その一方で医者や弁護士などの専門家、俳優やクリエイターなどのスペシャリストは専門性あるいは他の人で置き換えられない価値を持っている。


読者が目指すべき道

日本の出版業界では、ながらく本を読む人は人口の10%と言われてきたという。「出版大崩壊」という本で、著者の山田純さんは、日本のビジネス・経済書を読む人口を400万人と推定している。

出版大崩壊 (文春新書)出版大崩壊 (文春新書)
著者:山田 順
文藝春秋(2011-03-17)
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その根拠は、日本の一流大学(MARCH,関関同立など)の卒業生は年間15〜20万人で、その人たちが40年間にわたって本を読むとして800万人。ビジネス書の読者は圧倒的に男性だから、その半分の400万人がビジネス・経済書の読者というものだ。

この本の読者はすでにその400万人の日本の知識層のうちの一人なので、転職や独立を意識しつつ、スペシャリストとして競合他社や他の業種でも評価してもらえる実績をつくることが重要だと橘さんは説く。

サラリーマン法人など前作「貧乏はお金持ち」で紹介したような(筆者はちょっとありえないと思うが)サラリーマンのフリーエージェント化の可能性もある。

貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する
著者:橘 玲
講談社(2009-06-04)
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これが人的資本の伸ばし方の一例で、金融資本の伸ばし方(投資)については、インフレに強い投資(金EFTや商品EFTなど)、FX(ハイリスクなので筆者はお勧めしない)、世界株投資(ACWI=All Country World Index EFTやVT(Vanguard Total World Stock EFT)などを紹介している。

個人のバランスシートは4つの神話に基づいたものから、次のような新しいポートフォリオに変わるのだ。

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出典:本書

最後に橘さんは、東日本大震災の日にあてもなく街をさまよった自らの経験を語り、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」の「最もよき人々は帰ってこなかった」という一節を引用している。

夜と霧 新版夜と霧 新版
著者:ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房(2002-11-06)
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そして”カポー”(ユダヤ人のナチス協力者)は、暖房の効いた部屋で津波に押し流される家を見ていた自分だったと語る。

橘さんは地震の後、ショックを受け茫然自失に陥った。自分の本はいままで絵空事を書いてきただけではないかと悩んだ。しかしそうであれば絵空事を書くことに徹しようというということで、この本を2週間で書き上げたという。

地震で評価を挙げた経済人は、100億円を寄付したソフトバンクの孫さんや10億円を寄付した楽天の三木谷さんユニクロの柳井さんなどベンチャー企業経営者で、バザールの住人たちだった。大企業はほとんど存在感を発揮できなかった。

筆者自身の話となるが、筆者はいままで橘さんのいう「伽藍世界」の価値観で生きてきた。一流大学を卒業し、大企業に就職して、25年ローンで東京の郊外に一戸建てを買った。18年前に購入したマイホームは、住みやすく問題はない。しかし最初の米国駐在から帰ったバブル直後に購入したこともあり、マイホームの価値は買ってから半減した。

筆者がマイホームを購入したのは、会社の先輩の「年を取るとローンが借りられなくなる」というアドバイスがきっかけだ。橘さんの「サラリーマン債券」という発想そのものである。バブルの後で不動産市況は下落していたが、逆に非常にクオリティの高い住宅が以前より安く買えるようになったことが、現在の家を購入した理由だが、結局マイホーム投資では数千万円という資産価値の下落を経験した。

さいわいまだ個人バランスシート上は債務超過にはなっていなし、払い終えるめどはほぼついてきたが、あやうく債務超過に陥るところだった。

日本が少子高齢化・人口減少化社会に向かうことから考えても、年収の数倍のローンを抱えてマイホームを購入することは、今後は大きなリスクとなることは間違いない。橘さんの説く方向性は間違っていないと思う。なんらかの技能や資格を持ち”つぶしが効く”存在となり、家は極力賃貸することだ。

橘さん自身が書いているように、この本はこれまでの本と同じ路線で、あまり新規性はないが、これまで述べてきた主張を本にまとめて、日本をおそったブラック・スワンに対して日本人への警鐘を鳴らす本である。

この人は本当に文章がうまい。いつもながらテンポがよく、読みやすい本である。


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