時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

科学

天地明察 やはり本屋大賞受賞作は面白い

天地明察(上) (角川文庫)
冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-05-18


2010年の本屋大賞を受賞した、江戸時代の改暦(暦を800年もの間使われてきた中国の唐でつくられた宣明暦から日本独自の貞享暦に変えた)を題材にした作品だ。作者は冲方 丁(うぶかたとう)さん。

明察とは正解のことだ。

本屋大賞受賞作は、このブログでも何冊か取り上げている。この作品も含めて、大変面白い作品ばかりだ。

2014年 「村上海賊の娘」
2013年 「海賊と呼ばれた男」
2012年 「舟を編む」
2011年 「謎解きはディナーのあとで」
2010年 「天地明察」

岡田准一主演で映画にもなっているので、こちらも見てみた。原作から一部ドラマタイズした部分があるが、物語の重要な構成物の一つの神社に貼られた絵馬に書かれた算術の問題がどういうものかわかり、江戸時代の算術の計算方法や当時の天体観測のやり方がわかって大変参考になる。今ならレンタルビデオで2泊100円で借りられるので、こちらもおすすめだ。

天地明察 [DVD]
岡田准一
角川書店
2013-02-22


マンガにもなっている。



江戸時代の将軍の前で「御前碁」を打つ碁打ち衆として登城を許された4家(安井、本因坊、林、井上)出身の安井算哲、後の渋川春海の物語だ。

安井算哲は、碁打ち衆ながら、算術と天文にも興味を持ち、算術塾の村瀬塾にも出入りするうちに、稀代の天才和算学者・関孝和の存在を知る。

算哲は、関に向けて絵馬で算術問題を出すが、関は不明な記号を書きつけて、解答しなかった。実は、問題が間違っていたのだ。

算哲は日本全国で北極星を観測して各地の緯度を図る「北極出地」観測隊に組み入れられ、2年間の間日本全国を旅する。その間に、誤問の恥をそそぐため、関孝和向けに算術の設問を考えて、再度挑戦する。

江戸帰還後、算哲は天文の知識と算術の知識を駆使して、800年間使われてきた宣明暦を変える一大プロジェクトのリーダーとして改暦作業を始める。

最初に選んだのは授時暦だ。

日本の暦は天皇が決めるので、朝廷対策として宣明暦、元の時代に編み出された授時暦、明の時代に授時暦を修正した大統暦の3暦勝負を始めるが、…。

好事魔多し。最後の最後で授時暦は部分日食を外してしまう。

失意の算哲は関孝和の研究成果も使って、3暦勝負の敗因を研究し、今度は…。

というようなストーリーだ。映画では宮崎あおいが演じる算術塾の村瀬の親類の娘・えんが小説に花を添える。

まるでノンフィクションかと思わせるように、江戸幕府の大老、老中などの要人、算哲を支援する会津藩藩主、水戸光圀、北極出地の観測隊上司、最強の碁打ち衆・本因坊道策などの登場人物が小説に深みを与えている。

大変面白い本だった。「本屋大賞の本は必ず読もう」という気にさせる本である。


参考になれば次クリックお願いします。


論文捏造 STAP細胞と高温超電導捏造事件の驚くべき類似性

論文捏造 (中公新書ラクレ)
村松 秀
中央公論新社
2006-09


世界的に有名な研究所。

しかし研究所の業績はパッとせず、研究資金を確保するために、スターを待ち焦がれていた。

そこへ現れた29歳のスター研究者。

世界的に有名な指導教官が論文の共著者となる。

ハンサム・ガイ。

「サイエンス」、そして「ネイチャー」に立て続けに論文を発表。

世界が驚いた研究成果。

メディアの注目の的。

しかし、世界中の研究者が追試を行うが誰も成功せず。

論文捏造疑惑が持ち上がる。

調べてみれば大学時代の博士論文から始まる写真・データの使い回し。

本人はいたって陽気に追試に参加。

しかし、追試は不成功。

やがて論文は取り下げられる。

本人は大学時代の捏造疑惑で博士号をはく奪され、今は一般企業の会社員としてひっそり暮らす。

…。

以上は小保方晴子ユニットリーダーの話ではない。

2000年に高温超電導で次々を記録を更新。ノーベル賞に最も近いと言われた男、ドイツ人科学者・ヤン・ヘンドリック・シェーンの話である。

シェーンはハンサムガイだ。

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出典:本書17ページ


ベル研究所といえば、トランジスターを発明した世界的に有名な超一流研究所だ。

ところが、1990年頃をピークに、ベル研究所の発表する論文数は次の図のようにジリ貧となっていた。

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出典:本書184ページ

IT不況の影響で、親会社のルーセント・テクノロジー(もともとはAT&Tだったが、AT&T分割で分社化された)の株価はピークの1/10となり、研究費がどんどん削られていたのだ。

理研も特定国立研究開発法人への指定を受けて、国から多額の研究予算をつけてもらうべく申請していた

名門だが、研究費の確保に苦労しているという状況は、当時のベル研究所の状態に似ている。

「スター誕生」が渇望されていたのだ。

この本は、2004年末にNHKで放送された論文捏造事件ドキュメンタリーをつくったディレクターが書いた。

シェーンを小保方さん、高温超電導をSTAP細胞と読み替えると、歴史は繰り返すという言葉通りになっていることに驚く。

ネイチャーに投稿した論文の掲載可否を決めるのは、次のプロセスだ。

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出典:本書137ページ

科学誌の記者に論文を評価する能力はない。その分野の一流研究者がレフェリーとなる。レフェリーが納得すれば、論文は「ネイチャー」に掲載されるのだ。

特許権の関係もあり、発表される論文は簡単なもので、詳細は明かされない。

たとえば1953年のワトソン・クリックのDNA論文はわずか1.5ページだ。論文は今も「ネイチャー」のサイトに公開されているので、ここをクリックして論文を見てほしい

「ネイチャー」に論文が出ると、世界中の研究者が自分たちの方法で追試を試みる。そして、自分たちの方法が発表者と違ったり、結果が発表者より良かったりすると、今度は自分たちが「ネイチャー」や「サイエンス」に発表するのだ。

当初、高温超電導は日本が世界をリードしていた。シェーンは日本の谷垣東北大学教授(論文発表時はNEC基礎研究所在籍)が1991年に高温超電導の世界記録(33K=Kは絶対零度=−273度)を打ち立てた方法とは、全く異なる次のような方法を発表した。

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出典:本書47ページ

しかし、他の誰も成功できない。同じ方法を実現するには、スパッタリングという電子ビームを金属片に当てて、とび出した金属原子でコーティングするマシンが必要だ。しかし、世界のどのスパッタリングマシンでもシェーンの方法は追試できなかった

いつしか、シェーンは出身校のドイツ・コンスタンツ大学の「マジック・マシン」を使って、高温超電導記録を塗り替えているんだという噂が広まった。

次がそのマジック・マシンの写真だ。

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出典:本書156ページ

なんのことはない、家庭用のマシンのようなもので、上に目覚まし時計がついているところがご愛嬌だ。

この写真を撮影したNHKは、世界で最初に「マジック・マシン」の写真を紹介したことで、スクープとなった。

だれもが思うように、こんなマシンで有機物に薄い酸化アルミの膜をスパッタリングできるはずがない。

衆目の監視する中で行われたシェーンの実験では、シェーンが全く実験に不慣れなことが露呈し、当然のごとく失敗に終わった。

シェーンのコンスタンツ大学時代の博士論文から捏造は始まっていたことがわかり、シェーンの捏造はもはや動かしがたい事実となった。

博士号をはく奪され、シェーンはいまはひっそりとドイツの片田舎で会社員として暮らしているという。

ES細胞では2005年に韓国の黄教授の論文捏造事件が起こっている。

捏造は繰り返されるし、繰り返されるとしたらパターンは同じなのだ。

あえて言うが、筆者は小保方さんはウソは言っていないのではないかと思っている。彼女は自分ではSTAP細胞と思ったものを造り出したことがあったのだろう。

筆者の大学の先輩が言っていたが、UFOを見たと言う人に、UFOは実在しないと証明することは不可能だ。

UFOを見たと言うなら見たんだろう。誰も否定はできない。

シェーンの場合は、頭の中で考えた方法を論文に書いて、それをいずれ実証してくれる人が現れるのを待っていたのではないかと思う。

そういう人が現れればもうけもの、自分はノーベル賞を取れるというシナリオだ。

小保方さんの場合には、そういった打算では動いていないのではないかと思う。

彼女はUFOならぬ、STAP細胞を見たのだろう。ただ、それが再現できないだけだ。


この本は2006年9月の初版だが、アマゾンの全体の売上ランキングで現在3,000位くらいになっている。全く陳腐さはない。STAP細胞事件が起こってから、売れ行きに拍車がかかっているようだ。

筆者が図書館で借りて読んでから買った数少ない本の一つだ。こんなにポストイットを貼っている。

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文章もこなれているし、専門的な内容も含んでいるが、大変わかりやすく書かれている。

いずれSTAP細胞事件そのものを取り上げた本も書かれると思うが、この本の情報量と取材力は圧倒的だ。さすがNHKと思わせる。

是非一読をおすすめする。


参考になれば次クリックお願いします。



祝ノーベル賞受賞! 再掲:「大発見」の思考法 ノーベル賞受賞者の知性のジャムセッション

2012年10月16日追記:

山中教授が2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。前回の追記にあるように、昨年iPS細胞の特許が成立した時に、筆者はノーベル賞受賞を確信していたが、筆者の予想より早くノーベル賞受賞が決まった。

これも山中教授のiPS細胞発見の先進性と、難病治療につながる波及効果の大きさが評価されたからだと思う。

山中教授は、受賞後の記者会見で、「私は無名の研究者だった。国に支えていただかなければ、受賞はできなかった。日本という国が受賞した。」と語っているが、こういう謙遜した言葉は、なかなか言えるものではない。



あらためて山中教授の偉大さに感服する。

ノーベル賞受賞を祝して、2008年にノーベル賞を受賞した益川教授と山中教授の対談「大発見の思考法」のあらすじを再掲する。

現在アマゾンでも1−4週間待ちということで、品切れ状態にあるようだが、是非一度読んでほしい本である。


2011年4月28日初掲:

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授と2009年にアメリカのノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞受賞が確実視されている山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長の2010年初夏に収録された対談。

次がこの本の裏表紙の写真だ。柔道とラグビーで鍛えただけあって山中さんは体もデカい。

益川山中








世界的研究者の当たり障りない対談と思って読むと、これが全然違う内容なので驚く。


「読んでない本の書評?」

きれいごとばかり並べている書評がある。いつも読んでいる雑誌なので、例に挙げて悪いが、たとえば週刊東洋経済の「新刊新書サミング・アップ」は次のように評している。

「『CP対称性の破れ』の起源の発見でノーベル賞を受賞した物理学者と、再生医療の新たな道筋を切り拓くiSP細胞(筆者注:iPS細胞の誤り)の樹立に成功した医学者が語り合う。

それぞれの研究分野に関して一般人向けにわかりやすく解説するとともに、二人のパーソナリティ、思考のブレークスルー、日々の勉強法、世界と渡り合うプレゼン力と発信力、さらには神の存在についてまで、縦横無尽に語り尽くされている。

何よりも純粋な好奇心と探究心を持って物事と向き合い、粘り強くあきらめない姿勢が大事だとのメッセージが伝わる。

『なぜ一番にならなくてはいけないのか』の問いにも、研究者ならではの気概ある見解を披露している。」

出典:「週刊東洋経済」新刊新書サミング・アップ 2011年2月12日号

これに対して、アマゾンのカスタマーレビューに投稿している読者の声は、評価が5つ星ばかりで、読んだ人の感動がビビッドに伝わってくる内容ばかりだ。これが本当にこの本を読んだ人の率直な反応だろう。

プロのジャーナリストが「新刊新書サミング・アップ」を書いているのだろうが、「iSP細胞」と間違っている上に、感動が全く伝わってこない。

このブログで紹介したパリ第8大学教授で精神分析家のバイヤール教授の「読んでいない本について堂々と語る方法」ではないが、本当にこの本を読んで書評を書いているのかと疑問にさえ思えてくる。

読んでいない本について堂々と語る方法読んでいない本について堂々と語る方法
著者:ピエール・バイヤール
筑摩書房(2008-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

このブログ記事のタイトルに「ノーベル賞受賞者・当確者の知性のジャムセッション」と書いたが、これが筆者の一言「サミング・アップ」だ。


以前の対談本とは全く異なる

実は山中教授がヒトiPS細胞開発成功を発表した2007年11月の直後、2008年初めに、京都大学名誉教授でシオノギ製薬副社長の経験もある畑中正一さんとの対談本が発売されている。

iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢
著者:畑中 正一
集英社(2008-05-26)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

こちらも参考までに読んでみたが、この本と全く異なり、お二人がよそよそしく対談している雰囲気が伝わってくるような本だ。

山中さんは元々京都大学出身ではないので、iPS細胞で有名になる前は、京都大学の教授陣の中ではほとんど知られておらず、知人もなかった様子がうかがえる。

他方、畑中さんは京都大学医学部出身の生え抜きで、NIH(アメリカ国立衛生研究所に勤務していたこともあるエリート研究者だ。

京大ウィルス研究所長を退官後、シオノギ医科学研究所長になり、その後シオノギ製薬の副社長になった。ウィルスの専門家であると同時に、シオノギ製薬の経営者だったこともある人だ。

山中教授もどこまで情報を出して良いのか分からない感じで、盛り上がりに欠ける対談だった。

2冊比較して読んでみると、いかに「『大発見』の思考法」が「知性のジャムセッション」だったかがよくわかる。


お二人の赤裸々な告白が感動を呼ぶ

筆者の湘南高校の先輩の2010年ノーベル化学賞受賞者の根岸英一パデュー大学特別教授の「夢を持ち続けよう!」も、この本と相次いで発刊された。

根岸さんは高校・大学とも優等生で、フルブライト奨学生としてアメリカに留学して博士号を取り、アメリカで研究を続けるという典型的な秀才タイプのキャリアだ。

夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ
著者:根岸英一
共同通信社(2010-12-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

エリートで秀才の根岸さんの本に対して、この本では益川さん、山中さんとも「うつ」に悩まされた過去を語ったり、キャリアは決して順風満帆でなかったことを告白している。

益川さんは20歳の時から「うつ」と付き合っており、5−6年前には薬を飲むまで悪化したという。「うつ」は脳内物質のせいだと、あっけらかんと語るのが、いかにも益川さんらしい。

山中さんは1993年にノックアウトマウスの技術を学ぶためにUCサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学した。しかし3年後の帰国のときには日本で帰る職場のめどが立たなかった。

キメラマウス









出典:「iPS細胞」

ようやく日本学術振興会の特別研究員として支援を得て、古巣の大阪市立大学で2年間ほど一人でノックアウトマウスの世話をしながら研究を続けていたが、米国との研究環境のあまりの違いに「うつ」のようになり、朝起きられなくなったと語る。

チャーチルもうつ病で、「うつ」になると、「黒い犬が来た」と言っていたことは有名だ。「うつ」になったことも包み隠さず語っている二人の率直な語らいに深い感動と尊敬を覚える。


「いちゃもんの益川」

益川さんは砂糖問屋、山中さんは小さなミシン部品工場の町工場という自営業の家に生まれ、放任で育ったという。

益川さんは、ノーベル賞を受賞して「たいして嬉しくない」、「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目的にやってきたわけではない」という発言で、へそまがりとして有名になってしまった理由をこの本で説明している。

益川さんは名古屋大学の学生時代に「いちゃもんの益川」と呼ばれていたこともあったという。


あだなは「邪魔中」

山中さんは自分が柔道やラグビーで10回以上骨折したので、スポーツ選手を助けようと神戸大学で整形外科医になった。しかしインターン時代に手術の手際が悪いので、「邪魔中(じゃまなか)」と呼ばれて、やむなく臨床から病理に移った。

米国に留学したときも、「ネイチャー」とか「サイエンス」の求人広告に片っ端から応募したが、留学先がなかなか決まらなったという。

UCサンフランシスコのグラッドストーン研究所でノックアウトマウスを使って最先端の研究をしていたが、上記の通り帰国する際も日本での勤務先がなかなか決まらなかった。

ノーベル賞受賞が確実視されている山中さんが、ほんの10年ほど前までは、うだつのあがらない研究者だったとは驚きだ。


モットーは「眼高手低」と「人生万事塞翁が馬」

お二人がモットーを語るところがある。

益川さんは「眼高手低」だと語る。

一般的な意味では理想は高いが実行力が伴わないことだが、益川教授は「着眼大局・着手小局」、つまり目標は高く持ち、行動は着実なところからという意味で使っており、この言葉をモットーに後輩を指導しているという。

山中さんも、アメリカ留学時のボスに同じような意味の"VW"=「ビジョン&ハード・ワーク」をモットーとして教わったという。

山中さんは半分ジョークなのだろうが、モットーは「人生万事塞翁が馬」だと。山中さんの今までの紆余曲折の研究生活を物語ると同時に、謙虚な性格をよく表している。

1996年に帰国して大阪市立大学に戻ってから、いくつも公募に応募したが失敗ばかりで、やっと1999年に奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授となった。

小さい研究室で予算もほとんどなかったので、みんなが研究するES細胞から他の細胞をつくるという分化はあきらめ、みんなが狙わない細胞の初期化を研究テーマとして、ヒトの皮膚から万能細胞をつくる研究を学生3名と始めた。

2003年に科学技術振興機構のプロジェクトに応募して、必死のプレゼンをした結果、年間5千万円の研究費が5年間支給されることになり、状況が大きく変わったという。

人生には直線型の人生と回旋型の人生があり、自分はまさに回旋型の人生であると山中さんは語る。挫折や回り道を経験したからこそ、現在の自分があるのだと。


iPS細胞は画期的な発明

人間の体は初めは1個の受精卵だったのが、次々と細胞分裂を繰り返して分化し、60兆個もの細胞が体の様々な部分を構成している。

体のどの部分の細胞でも「山中ファクター」と呼ばれる4個の遺伝子(現在は3個でも可)を注入すると、細胞が「初期化」され、細胞の寿命はリセットされ、体のどの部分にもなれるiPS細胞ができる。評論家の立花隆さんは「iPS細胞の開発は、タイムマシンを発明したのと同じだ」と語っている。

iPSとはinduced Pluripotent Stem cellの略だ。「人工多能性幹細胞」という意味だ。ちなみにiPSという頭文字を小文字にするネーミングはiPodにあやかろうとしたものだという。

2005年末の韓国の黄教授のES細胞研究成果ねつ造事件の直後だったので、山中さんがiPS細胞開発の成功を発表したところ、当初は胡散臭くみられることが多かったが、ウィスコンシン大学などのほかの研究機関でも発見が確認された。

それまでES細胞研究に反対していたローマ法王庁と米国のブッシュJR.前大統領が賛同を表明し、一気に世界的な注目を浴びることになった。

60兆あるヒトの細胞は、一個一個がすべて同じ3万個の遺伝子を持っている。細胞はそれぞれの器官毎に細分化されているので、3万個のうち読まない遺伝子は「エピジェネティックス」と呼ばれ、黒で塗りつぶされるような状態だ。

その黒塗りが一瞬にしてクリアーされてしまうのが、受精の瞬間である。卵子と精子の場合も同様に黒塗りだらけだったのが、受精卵となると奇跡のようにすべてがクリアーされ初期化されるのだ。


iPS細胞で孫悟空の「分身の術」が可能になるか?

iPS細胞の前は、ES細胞が万能細胞として注目されていた。

ESとは、Embryonic Stem cellの略で、embryoつまり「胚」。人間の場合には受精卵となって14日までのものから得られる細胞の胚をつかう。結果的にそのままなら胎児になる受精卵を研究対象にすることになり、倫理上の問題がある。

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出典:「iPS細胞ができた!」

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出典:「iPS細胞」

ところが受精卵を使うES細胞とは異なり、iPS細胞はヒトの数ミリ四方の皮膚からでもつくれる。歯科治療で抜いた親知らずや、毛根部の細胞から作った例もあるという。

毛髪の再生










出典:「iPS細胞」

山中さんは、皮膚から取ったヒトiPS細胞が心筋細胞に分化して、拍動をはじめたのを見たときに感動したという。

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出典:「iPS細胞ができた!」

iPS細胞を使ってクローンは出来ないとのことなので、髪の毛を使っての孫悟空の「分身の術」は不可能だが、将来は髪の毛から身体の組織を再生するという事になるかもしれない。


山中教授の強い使命感

この本を読んで驚くのは、山中教授のiPS細胞を一日でも早く患者のもとに届けたいという強い使命感だ。

「私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに医者らしいことをしたいのです。」、「医者になることを熱心に勧めてくれた死んだ父に対しても申し訳がたちません」と語る。


iPS細胞研究には知財マネジメントも重要

山中教授は、スタッフ約200名の京大iPS細胞研究所のトップとして手腕を発揮している。

iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。

京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフもいる。

アメリカではバイオ関係にベンチャー投資が集中しており、数人の投資家が日本の国家予算くらいの金をだす。日本の研究費の2桁違いくらいの研究費を使ってiPS細胞を研究しており、民間企業が特許を抑えて莫大な利益を上げる可能性がある。

iPS細胞関連の特許を民間企業に特許を押さえられ、患者の治療に高額の治療費を要求されるような事態にさせないために、公的機関である京大が特許を確保しようとしている。

ちなみに遺伝子組み換技術はスタンフォード大学が保有し、企業からは特許料を徴収するが、大学などの研究には無料で特許宇を提供している。

厚生労働省も2010年10月1日に患者本人以外の細胞から作製したiPS細胞を治療に使って良いという指針を出して応援している。iPS細胞バンクという構想もあるという。

iPS細胞で出来ること

「iPS細胞ができた!」の対談で、iPS細胞が解決策となるいくつかの病気を紹介している。たとえば白血病、パーキンソン病、糖尿病、心筋梗塞、筋ジストロフィー、大やけど、網膜移植などだ。

iPS細胞の一番実用に近い分野は、製薬業界のテストへの応用だという。

心臓とか脳など普通だと取り出せない部分のヒトの器官の細胞をつくりだして、それで様々な薬効試験を行う。患者本人の細胞を使えば拒否反応もなく、人体実験と同じ効果を上げられる。製薬会社にとって画期的で正確なテスト方法になるという。


益川さんの6以上のクオーク予言を実証した「下手な鉄砲の原理」

この本の7割方は山中さんのiPS細胞の話で、3割が益川さんの話だ。

益川さんは小林さんと一緒に「CP対称性の破れ」でノーベル物理学賞を2008年に受賞した。

益川さんの理論は、前回紹介した村山斉さんの「宇宙は何でできているのか」でも紹介されている。

137億年前のビッグバン直後は粒子と反粒子が同数存在していた。粒子と反粒子は衝突して光になって消えていったが、わずかに光にならないで残ったものから星や生命に繋がる物質ができたというものだ。

「CP対称性の破れ」についての小林・益川理論が発表された当時は、クオークは3種類しか発見されていなかった。

益川・小林理論が1973年に発表されたあと、巨大加速器を使って1994年にチャーム、ボトム、トップのクオークが発見された。そして6種類のクオークが「CP対称性の破れ」を起こすことが証明されたのは2002年だったという。

加速器の性能が理論に追いつくまで30年掛かったのだ。

加速器は30キロもあるトンネルを地下に掘って、陽子と反陽子を光速に近いスピードで衝突させて色々な粒子を飛び散らせる。一秒間に10万回(!)くらい衝突させ、そのデータを1年分貯めて、やっと10個くらいのトップクオークが見つかったという。益川さんはこれを「下手な鉄砲の原理」と呼んでいる。

1994年にトップクオークが見つかった時の論文は全部で5ページ、そのうち1ページはオーサーの名前の列挙だったという。いまや物理学の検証には千人単位で取り組む必要がある。益川さんは日本は「稲作民族の国」なので、この分野は得意で、日本の高エネルギー実験グループは世界のトップにいるという。

事業仕分けによって科学研究予算は圧迫されているが、小林・益川理論はノーベル賞を受賞するまで35年かかっている。地道な研究を何十年も続けてはじめて何かを発見することが多い。ブレークスルーの研究は一朝一夕ではできないのだ。

それゆえ事業仕分けを担当した蓮舫大臣の「なぜ一番でなければいけないんですか?」という発言を益川さんは厳しく批判している。


「コロンブスの卵」を必死に探していくのが科学者の使命

益川さんは、「壮大で奥深い自然から教えて頂く」という謙虚な気持ちで、地道な研究を重ねて大胆な仮説を立て、「コロンブスの卵」を必死で探していくのが科学者の使命だと語る。

二人の研究の重大なブレークスルーは「コロンブスの卵」のような発想の転換によるものだ。

益川さんは当初クオークは4種類あるとして理論を組み立てようとしていたが、どうしてもうまくいかず断念しかけた時、風呂から立ち上がった瞬間に6種類以上にすればうまくいくことがひらめいた。

山中教授もiPS細胞をつくるために、24個にまで絞り込んだ遺伝子の中から、一つ一つの遺伝子を検証するのでなく、24種類すべて投入して、それから一つを減らして様子を見る作業に変えて、4種類の「山中ファクター」と呼ばれる遺伝子を発見した。まさに逆転の発想だ。

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出典:「iPS細胞ができた!」

山中教授は、このコロンブスの卵的な発想の転換に感動し、そのことを思いついた助手に「高橋君、きみはほんまに賢いなあ」と褒めたという。

今度紹介する立花隆と1987年ノーベル医学賞受賞者の利根川進博士との対談、「精神と物質」でも、利根川さんの発見はコロンブスの卵のようなものだったと語っている。

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
販売元:Amazon.co.jp
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プレゼンテーション能力と情報発信の重要性

山中さんは「有力科学雑誌のエディターとファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係を築いておかないと、情報戦には勝てない」と言っている。

科学者が成功するためには、良い実験をするだけでなく、いかにしてその実験データをきちんと伝えるかという「プレゼンテーション力」にかかっているというのが持論だという。

まさに世界レベルの競争でもまれた科学者の的を射た発言である。たとえばiPS細胞という山中さんが命名した言葉をアメリカの研究者も使ってくれたのは、そういったネットワークのおかげではないかと語っている。山中さんは今でもグラッドストーン研究所に部屋を持ち、月に数日はアメリカに行っているという。

山中さんはUCサンフランシスコで科学論文の書き方やプレゼンを学んだ。

たとえばプレゼンをビデオに撮り、本人がいないところでみんなが批判し、それをまたビデオに撮って、本人に見せるという授業を1回2時間、週2回、20週間受けたという。

プレゼンでポインターをスライド上でクルクル回さないというような配慮が、しっかりとした教育を受けているという評価となり、奈良先端大の助教授ポスト公募に受かった理由の一つだったという。


天才と秀才

益川さんは、日本の他の物理学者は秀才だが、2010年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学の南部さんは天才だと語る。

汲めども汲めども尽きないアイデアを生み出して、研究の最後まで詰め切って成果を刈り取ってしまわず、それを惜しげもなく後輩にばらまいてくれるという。

山中さんはプリオンを発見したプルシナーを天才として挙げる。


科学者にとって「神」の英語訳は「ネイチャー」

益川さんは「信じている人をやめさせる」積極的無宗教だという。山中さんも「科学者にとって、「神」の英語訳は「ゴッド」じゃなくて、「ネイチャー」なんですね」と語っている。含蓄のある言葉だ。

ダーウィンの進化論に対して京大の今西錦司博士は「種は進化に対して主体性を持っている」という説を展開した。実はダーウィンの進化論はまだ証明されていない。

アメリカでは進化論を信じない人が人口の半分いるというが、逆に日本人が進化論を信じるのもある意味では怖いことだという。


その他の話題

★益川さんは分刻みでスケジュールが決まっているという。8時3分には家を出て。一日2食で、風呂に入るのは9時36分だと。エマニュエル・カントのような人だ。

★山中さんの趣味は走ることだという。週3日は鴨川沿いを5キロほど走り、ジムに行っているという。フルマラソンも5回経験しており、自分の記録を少しでも短縮することに意義があると語る。

★山中さんは数学が得意だったそうで、中高6年間で唯一解けなかった問題は、「イスの足は4本では安定しないが、3本では安定する。なぜか?」という問題だったという。

★益川さんは微分積分がわからないと物理の面白さがわからないという。そうなると筆者は絶望的だ。

★益川さんは湯川教授の英語の中間子論文の第一論文初版を読んで間違いに気づいたという。その後名古屋大学の坂田教授も加わった第2論文では修正してあったが、誤りを認めるのではなく「あそこの式は、こう読まれるべきである。」という書き方をしていたという。

益川さんは、最後にデンジロウ先生などの科学遊び、マークシート式の入試を批判している。


大変刺激的な対談である。ただし、あくまで対談なので、iPS細胞について基礎知識を得たければ、次の本をおすすめする。

iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)
著者:八代 嘉美
平凡社(2008-07-15)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者もこの「iPS細胞」を読んで今回のあらすじを書いた。このあらすじ中で紹介した図は「iPS細胞」から引用したものだ。

iPS細胞を使っての医療としては、アルツハイマー症、すい臓病、目の網膜再生などと種々利用範囲が広い。特に取り出せない細胞の実験を可能にしたという意味では、まさに再生医療に革命を起こす発明である。

現在は全世界の研究者が競って安全上の諸問題を克服すべく努力しているという。もはや日本の優位性はなく、日本より2ケタ多いお金を投じている米国の進歩が目覚ましいそうだが、いずれにせよ早期に実用化して欲しいものである。


参考になれば次クリック願う。



原発はほんとうに危険か? フランスの元文部科学大臣の対談

フランスからの提言 原発はほんとうに危険か?フランスからの提言 原発はほんとうに危険か?
著者:クロード・アレグレ
原書房(2011-07-07)
販売元:Amazon.co.jp
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フランスの元文部科学大臣がジャーナリストとの対談を通して原子力政策について語る本。どの雑誌だったか忘れたが、立花隆さんの書いたものに紹介されていたので読んでみた。

書店に置いてある本には次のような帯がかかっている。

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しかしこの本をくまなく読んでみたが、「技術は二流、人は三流」という発言はない。フランスの原子力技術は日本やドイツなどより上だというような発言はあるが、このような刺激的な発言ばない。

元々日本の政府や東電を批判する目的の本ではなく、フランスの原子力政策を肯定する本なので、「日本のあるべき姿をさし示す」という帯のセールス・キャッチは、「売らんかな」という編集者の創作だと思う。

別ブログでは広瀬隆さんの本京都大学の小出助教の反原発本を紹介してきた。

広瀬さんや小出さんの本は、いままでは中小の出版社から出版されていた。しかし福島第一原発の事故以降、反原発本が一流出版社から出版され、原発推進派の本はこの本の原書房のように中小出版社から出版されるという風に完全に逆転した。

この本もアマゾンの売り上げ順位で85,000位と、あまり売れていない様だ。

今や菅前総理はじめ多くの人が、日本国民の福島原発事故以来の原子力アレルギーを考えて反原発という姿勢を表明している。本当にそれで良いのかと冷静に考える必要があると思う。

その意味では、この本と大前健一さんの最近作で今度あらすじを紹介する「『リーダーの条件』が変わった」が参考になる。

「リーダーの条件」が変わった (小学館101新書)「リーダーの条件」が変わった (小学館101新書)
著者:大前 研一
小学館(2011-09-20)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者のクロード・アレグレさんのメッセージ

「日本語版によせて」に著者のクロード・アレグレさんのメッセージが載っている。

最初に福島原発事故の被災者にお見舞いを表明するとともに、福島第一原発は旧式だったために、大災害に対する対策が不十分で、事故後の当局の対応を後手にまわったと結論づけている。

そして日本の将来的なエネルギー政策を再考するにあたって、西ヨーロッパ諸国にない自然災害というリスクを考えると脱原発という選択肢もあるが、それだとおそらく電気料金は2倍となり、温室効果ガスの排出量も増える。

だから原子力政策を維持・発展することも選択肢の一つだと訴える。

この場合には、日本の固有事情も考慮しながら、すべての原発を安全対策を強化した近代的コンセプトの原発に交換する。

具体的には冷却水パイプラインなどを敷設することにより海岸から離れた立地、完全密閉型の石棺の内部に小型の原子炉を格納、海底に原子炉を開発などの方策を提案している。

また政治やビジネスから影響を受けない独立の国家原子力委員会の必要性を説いている。日本は「原子力村」による政策から決別すべきだと。

原子力発電のリスクはいままで制御されてきており、これからも制御されなければならない。科学技術大国である日本はそれが十分可能な選択だアレグレさんは語っている。


ゴチャ混ぜ思考に警鐘

アレグレさんはまず「ゴチャ混ぜ思考」に警鐘を鳴らす。民生用原発のリスクは軍事用原子力、核廃棄物の脅威や核分裂物質の闇市場の脅威に比べればはるかに低く、「脅威」ではなく「リスク」であると語る。

天然のウラン鉱石中の核分裂を起こすウラン235含有量は0.73%、原発に使うウランはウラン235含有量4%、そして原爆に使う濃縮ウランはウラン235含有量80〜95%と濃縮度が全然違う。

だから万が一原発が爆発しても原爆にはならないのだとアレグレさんは繰り返し述べている。

フランスには地震も津波もないため、日本の原発とは全く事情が異なる。原子力技術も日本よりはるかに進歩しており、原発はきちんと管理され、直接・間接的に20万人の雇用を生んでいる。

フランスのメディアは在日フランス人や、日本から避難してくるフランス人の話ばかり報道していたが、メディアはフランスの切り札である原子力産業を弱体化させ、失業者を増やしたいのかと切り返している。


原子力エネルギー発祥の地はフランス

アレグレさんは、原子力エネルギー発祥の地はフランスで、アンリ・ベクレルがドイツ人レントゲンの発見したX線と呼ばれる謎の電磁波をウラン鉱石が放出していることを1896年に発見したのが最初だ。

ベクレルの研究にピエールとマリー・キュリー夫妻が加わり、ウラン以外にも放射性物質はあることが突き止められ、1903年3人は揃ってノーベル物理学賞を受賞した。

キュリー夫人は夫とベクレルの死後も研究を続け、1911年にはラジウムの発見でノーベル化学賞を受賞する。

原子爆弾の開発につながる原子核分裂は1938年12月22日のドイツのオットー・ハーンとストラスマンが発見した。

これにはイタリアのエンリコ・フェルミ、キュリ−夫人の娘イレーヌ・ジョリオと夫フレデリック、ナチから逃れたユダヤ人のリーゼ・マイトナー、オットー・フリッシュなども直接間接に関わっている。

アインシュタインがルーズベルトに原爆開発を薦める手紙が有名だが、実際にはアインシュタインの手紙はアメリカ軍部は夢物語としてまともに取り合わなかった。

マンハッタン計画を実現したのは、中性子を発見したイギリスのジェームズ・チャドウィックが1941年にチャーチルを説得し、チャーチルがルーズベルトを説得したからで、アメリカが原爆の開発・製造に踏み切り、イギリスも参加した。


原発の危険性

原発の燃料は核分裂を起こすウラン235の割合が4%程度なので、原子爆弾のように一挙に核分裂を起こすことはない。

核分裂で発生する中性子を次の核分裂につなげるためには、20回ほど水の分子とぶつけて減速する必要がある。そのために大量の水が使われており、その水がウランと接触して高濃度の放射性物質を含んでいるのだ。

福島原発の原子炉建屋の爆発は、原子炉の電源が断たれたので、圧力容器内の核反応が暴走し温度が上昇して原子炉内の水が蒸発した。そして建屋内に充満した水蒸気が分解されて水素と酸素に分かれ、水素爆発を起こして建屋を破壊し、放射能を含んだ水素や水蒸気が大気中に放出され、地域が汚染されたのだ。

フランスの原発には生成された水素は、すぐに酸素と結合させて水にする触媒装置が備わっているが、日本の原発には「水素再結合装置」がなかったという。

大気中に放出された水蒸気の他にも、原子炉建屋附近で残留している大量の汚染された水の処理がこれからの問題である。同じことを大前さんの「『リーダーの条件』が変わった」でも指摘している。

福島の原発はBWR沸騰水型炉だったので、水の循環系は一系統だけだった。しかしフランスに多いPWR加圧水型炉は、核燃料と接触する一次冷却系とタービンをまわる二次冷却系の二つがあるので、一次冷却系が破壊されなければ、外部が放射能で汚染される恐れはない。

沸騰水型原子炉

BoilingWaterReactor





加圧水型原子炉

PressurizedWaterReactor





フランスの加圧水式原子炉は、一次冷却系は300度Cの水が流れており、155気圧に維持されているという。この熱が熱交換機を通じて二次冷却系の水を温め、発電タービンを回すのだ。

地震のないフランスはともかく、筆者の感覚では地震のある日本では、155気圧という超高圧システムが必要な加圧水型原子炉の方が、かえってリスクがあるように思えるが、アレグレさんはその辺はコメントしていない。


その他、参考になった点を紹介しておく。

★いままで軍事核実験により17万人が犠牲になっており、被曝量のめやすは被曝した人を長年にわたって追跡調査して割り出した数字だ。

普通に暮らしていて年間に受ける放射線量は2.4ミリシーベルト、250ミリシーベルトを超えるあたりから警戒が必要で、1,000ミリシーベルトを超えると白血球が変化する。2,400ミリシーベルトを超えると発ガンする確率が高まる。そして5,000ミリシーベルトを超えると致死量だ。

★放射性同位元素は、体内に入ると体内被曝を起こす。たとえば放射性ヨウ素は甲状腺に貯まりやすく、甲状腺から内部被曝を起こす。それで前もって安定同位体元素のヨウ素を飲んでおけば、放射性ヨウ素が集積するのを防げるのだ。

このブログで紹介した大前健一さんの「日本復興計画」では、大前さんのアメリカ人妻にもアメリカ大使館からヨウ素カリが配られたという。ヨウ素カリを飲んで、被曝する前に甲状腺をブロックしようという考えだ。

★フランスは高速増殖炉のスーパーフェニックスは停止させ、同じ原理のフェニックスは再稼働させた。同じ技術でも大規模のものは制御ができなかったからだ。日本の高速増殖炉「もんじゅ」にも同じナトリウム漏洩問題が発生した。

高速増殖炉の魅力は、天然ウランを利用した核燃料ができることだ。天然ウランの99%は、ウラン238で、これを中性子をぶつけてウラン239にして、それからネプツニウム239を経てプルトニウム239を作るのだ。

ただし二次冷却材の材質に問題がある。水は中性子を減速してしまうので使えないため、液体ナトリウムを使ったが、非常に危険でうまく制御できなかった。フェニックスの規模なら制御できたが、スーパーフェニックスの規模では制御不能だったという。

★トリウム炉はウランの埋蔵量の4倍のトリウムからウラン233を作り出して燃焼させる。現在は実験炉の段階だが、トリウム炉は廃棄物がほとんど排出されない点がメリットだ。

この本では風力発電、太陽光発電、水力発電、バイオ燃料などについても手短にまとめている。

★シェールガスは既にアメリカのエネルギー消費の20%を占めている。水平に掘削し、水圧破砕法でシェールガスを回収するが、大量の水が必要なので、環境汚染の問題が起こる恐れがある。ヨーロッパにもアメリカと同じくらいの莫大なシェールガス埋蔵量があるだろうが、環境問題から開発は進んでいない。


監修者の言葉は正しいのか

監修者の岡山大学教授は、彼が最も衝撃を受けたのは、原発周辺には津波によって瓦礫に埋もれて助けを求めていた人がいたにもかかわらず、彼らを見殺しにしたことだと告発している。これは戦後の日本の歴史の痛恨の汚点であると。

本来であれば国民の命や財産を守るはずの法律を盾にして政府並びに関係者は人命を見捨てたのだと。

この情報は知らなかったが、ありうべしだと思う。


今や反原発が主流で、原発促進波が少数派のようになってしまったが、果たしてそれで良いのか。考えさせられる本である。


参考になれば次クリックお願いします。




ヒトはどうして死ぬのか ガンにならないために知っておくべきこと

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)
著者:田沼 靖一
幻冬舎(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
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東京理科大学薬学部教授でゲノム創薬研究センター長の田沼 靖一さんの細胞死の研究とゲノム創薬の最新の動きのレポート。

このブログで紹介したベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者、福岡伸一教授が「動的平衡」と呼ぶ通り、人間の体の細胞は常に新しいものと入れ替わり、古い細胞は死ぬが個体としては生き続ける。しかしガン細胞が増殖すると、ガン細胞は生き残るが、個体は死ぬ。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2007-05-18)
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この本では細胞の新陳代謝、「アポトーシス」と人の寿命との関係を研究し、ガンやAIDS,アルツハイマー病の新薬を開発しようとするゲノム創薬の最先端を紹介している。テーラーメイド創薬という誰でも興味のあるテーマについて最新の発見を紹介している。

細胞には2つの死に方がある。ひとつは膨らみ破裂するネフローシス。打撲などの外部刺激を受けたり、ウィルスなどに感染した細胞はネフローシスを起こす。たとえば鳥インフルエンザに感染したニワトリの体は溶けてなくなってしまうのを、テレビなどで見たことのある人も多いと思う。

もうひとつは1973年にイギリスの病理学者に命名されたアポトーシス。細胞が委縮し、細かいブドウの粒のようになってしまう。これは細胞の自死で、外部からの刺激はない。それゆえ「プログラムされた細胞の死」と呼べるのである。

アポトーシスは生物の体の器官を形作る際にも大きな役割を果たす。たとえば手の指が分かれること、水鳥の足に水かきがあることなど、すべてアポトーシスによる成形である。イモムシがサナギとなり蝶となるのもアポトーシスのおかげである。

生物は「性」によって遺伝子組み換えが可能となり、変化に強い生物のみ生き残ることができる体制が取れたが、逆に不適合な遺伝子も排除する必要性が生じた。それがアポトーシスであるという。

人間の体は毎日ステーキ一枚分、200グラムくらいの細胞が分裂して常に入れ替わっているが、細胞分裂の限界は50~60回である。これが人間の寿命の最大値を決定し、それは約120歳だという。一方、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞など、再生しない細胞もある。これらはいずれ寿命がきて死んでいき、再生することはない。

個体の死が必要な理由は、古くなってキズを負った細胞をそのまま増殖させると、古い遺伝子が残り、結局生物は生き延びられなくなるからではないかと。

日本では3人に2人はガンに罹り、がん患者のうち3人に一人は亡くなっている。細胞がキズを負うことで、ガン化し、ガン細胞は死を忘れた不死の細胞だ。

そのガン細胞を退治するのが免疫細胞である。喫煙や紫外線、生活習慣病などで免疫細胞の働きが弱まると、ガンが無限に増殖し、やがては人の器官の機能が失われ、人は死ぬ。

ひとつの免疫細胞はひとつの抗体しか作れないが、遺伝子組み換えにより、異種の免疫細胞が誕生し、異種の抗体をつくる。免疫細胞における遺伝子組み換えの仕組みを解明したのが、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士である。

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
販売元:Amazon.co.jp
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免疫細胞は不良品や、不要品も生成されることから、これらの在庫処分を行うのが、自死メカニズムであるアポトーシスだ。

ガン細胞に死のシグナルを与える物質がゲノム創薬で研究されている。ガン細胞の遺伝子を研究し、その遺伝子に効く化学物質を調合し、ガン細胞に自死を起こさせるのだ。

いままでの製薬研究では、一種類の薬しか開発できなかった。だから人ごとに遺伝子が異なるので薬が効く人がいたり、副作用がある人もいた。ところがゲノム創薬であれば、個人別に効く薬を調合できる。これがテーラーメイド創薬である。

テーラーメイド創薬では、タンパク質の構造情報からコンピューターシミュレーションで化合物を設計する。

日本では、生物、情報工学などと専門分野が分かれている関係で、まだこのコンピューターシミュレーションがつくれるソフト技術者が育っていないという。

最後に田沼さんは、「人間が生きていく意味は、社会のため、他者のために存在し、次世代に何かを遺していくことにある」と語り、これが自然の摂理であると説く。

リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」を想起させる結論である。

利己的な遺伝子 <増補新装版>利己的な遺伝子 <増補新装版>
著者:リチャード・ドーキンス
紀伊國屋書店(2006-05-01)
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実は先日筆者の会社のラグビー部の先輩がガンで亡くなった。まだ62歳だった。この本を読んで、なんで人がガンで死ぬのか、メカニズムがよくわかった。

実は筆者は子供の時、夜驚症だった。寝ていて自分の目の前が黒ですべて塗りつぶされてしまうというのが怖くて泣きだして、気が付いたら大人に抱かれていたという記憶がある。ガンが進行するというのは、ちょうどそれと同じようなイメージなのだろう。

ガン細胞は遺伝子のコピーミスで毎日5,000個ほど誕生しているが、免疫細胞が退治しているので、ガンにならないという。今更ながら健康診断や定期的人間ドックの重要性を認識した。


タイトルの通り、人はどうして死ぬのかを知る事は重要だ。一読の価値がある本だと思う。


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宇宙は何でできているのか 東大数物連携宇宙研究機構 村山機構長のベストセラー

宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)
著者:村山 斉
幻冬舎(2010-09-28)
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東大数物連携宇宙研究機構(IPMU)長の村山斉さんのベストセラー。中央公論の2011年の新書大賞にも選ばれている。

中央公論新書大賞





東大数物連携宇宙研究機構(IPMU)は文部科学省が国際レベルの研究機関として2007年末に設立した研究機関で、東大の柏キャンパスにある。

機構長の村山さんはUCバークレー教授からスカウトされたが、アメリカの大学は優秀な教授は常勤でなくとも契約を継続しているようで、村山さんはUCバークレーにもまだ籍があるようだ。

世の中には研究者として一流であっても、授業は面白くない教授もいる。しかしこの本を読んで、村山さんは研究者としても教育者としても一流であることがよくわかる。

「宇宙はどう始まったのか」、「宇宙は何でできているのか」、「私たちはなぜ存在するのか」、「宇宙はこれからどうなるのか」という誰もが持つ疑問に、素粒子研究の最新の成果で答えようとしており、本来難しい最先端科学の話を、しろうとにもわかりやすく説明している。


ウロポロスの蛇

ガリレオは「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」と語ったという。IPMUも数学の力を借りて、宇宙を研究するために設立された。

宇宙の大きさは、10の27乗、素粒子は10のマイナス35乗だ。いずれも理解をはるかに超えたサイズだが、「ビッグバン」理論では、最初は素粒子並みのサイズだった宇宙が膨張を続けているという。

この現象を表現するために、村山さんはウロボロスの蛇という図を使っている。

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出典:本書21ページ

宇宙を研究すると宇宙線の中にクオークなどの素粒子が見つかる。最小の素粒子を研究すると最大の宇宙の起源がわかるという不思議な循環になるのだ。


「やさしい本」

筆者なりに、この本を一言で評すと「やさしい本」である。

「やさしい」といっても、素粒子物理学の最新の研究成果を解説しているため、「本当の時空は10次元まである?」とか“ストレンジ・クオーク”、“反チャーム・クオーク”、“反粒子”などという言葉が並んでいるので、決して「易しい」わけではない。村山さんの読者・同僚・家族に対する細心の気配りを「優しく」感じるのだ。

この本の帯にある「宇宙研究の世界的トップランナーによる情熱教室」というキャッチコピーが表す通り、この本は中高生でもわかるように書かれている。本文のところどころにある(笑)など、いままでの素粒子物理学の入門書にはなかった気さくなスタイルで、科学者を目指す学生にはバイブルのように読まれることだろう。

村山さんはノーベル賞受賞者を輩出している世界の素粒子物理学のメッカUCバークレーの教授に36歳で就任、2007年に文部科学省が設立した東大数物連携宇宙研究機構長に、東大総長を上回る待遇でスカウトされたと聞く。

まさに脂の乗り切った研究者であると同時に、総勢100名強、外国人研究者比率6割という世界トップレベルの研究者を集めた機構の管理職でもある。

村山さんは毎月必ず子供や一般市民向けに講演をこなしているそうだが、この本でも難しい理論をできるだけわかりやすく話そうという気持ちがこもっている。


なぜ素粒子物理学で宇宙を解明できるのか?

宇宙はビッグバンによって誕生したことが証明されている。

ビッグバン前の宇宙は粒子がまだ原子を構成していない火の玉だった。それがビッグバン後1分で水素、ヘリウム、リチウムができ、核融合が始まって他の元素ができ、星が生成された。ビッグバン直後の宇宙は小さくて熱い状態であった証拠がCOBEという人工衛星を使って見つけられ、発見者にノーベル賞が授与された。

宇宙にあるのは、星は0.5%、物質は4%のみで、23%はダークマター(暗黒物質)、73%はダークエネルギー(暗黒エネルギー)だということが2003年にわかった。しかしダークマター、ダークエネルギーは理論上これがないと説明がつかないという仮説から生み出されたもので、まだだれも観測していない。

ニュートリノを検出し、太陽の核融合反応の証拠をつかんだスーパーカミオカンデを使って日本チームがダークマターの検出に一番乗りを目指している。

ビッグバンでは物質と反物質が同じだけできたが、ニュートリノが10億分の2という微量の反物質を物質に変えた。これがノーベル賞を受賞した小林・益川理論が解明した「CP対称性の破れ」だ。このお釣りの様な物質が星となり、ひいてはわれわれ人類の体、生物となったのだ。

この本ではIPMUの研究成果として、暗黒物質が物質や星を生み出した過程を明らかにしたコンピューターシミュレーションを紹介している。

ノーベル賞を受賞した南部さんは素粒子はひものようなものであるという「超ひも理論」を唱えた。超ひも理論は、自然界に存在する、強い力、電磁気力、弱い力、重力の4つの力を統一的に説明できることが期待されているという。


ここ10年の物理学の進歩はめざましい

この10年で物理学は飛躍的に進歩したと言われる。たしかに10年前に読んだ「物理学・こんなことがまだわからない」というブルーバックスでは、米国のスーパーコライダー計画に予算がつかなかったので、物理学はこれ以上進歩が見込めない状態になったとの閉塞感を語っている。

物理・こんなことがまだわからない―宇宙から身のまわりのハテナまで (ブルーバックス)物理・こんなことがまだわからない―宇宙から身のまわりのハテナまで (ブルーバックス)
著者:大槻 義彦
講談社(1998-08)
販売元:Amazon.co.jp
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立花隆さんは、巨大な装置の集合体である加速器を「現代の戦艦大和」と呼んでいるが、まさに軍拡競争ならぬ加速器巨大化競争で、スイスのCERNのLHCや日本のKEKBなどの巨大加速器が、素粒子発見に果たした功績は大きい。



アインシュタインの理論さえほころびが出てきている

10年までは、アインシュタインの重力式に基づき宇宙の膨張速度は次第に落ちると考えられてきた。ところが観測結果では空間が広がっているのに、エネルギーは薄まっていないことが超新星の観測からわかった。それゆえ宇宙にはダークエネルギーが詰まっているという理論が生まれている。

小林・益川さんはクオークは3世代以上、6個以上あると予言し、予言が正しいことが検証され、「CP対称性の破れ」でノーベル賞受賞につながった。

物理学では予言した人も予言が正しいと検証した人もノーベル賞をもらえる。湯川秀樹教授の中間子を発見したのは、大気の影響の少ないアンデス山脈の頂上に登って宇宙線を研究した科学者だという。


この本の印税をIPMUの活動資金に寄付

村山さんはこの本の印税をIPMUの活動資金として寄付している。

この本を一冊買えば、定価の1割程度の印税がIPMUに寄付されるのだ。IPMUを「縮減」と位置付けた第一次仕分けに対する抗議も含んでいるのだろうが、それにしても同僚にも優しい指導者である。


家族に対してもやさしい

村山さんはいわゆる「逆単身赴任」だ。この本をアメリカに残している家族にささげるとともに、アメリカでも人気のポケモンのピカチュウの例を使って説明している。そんなところにも家族に対する愛情が感じられる。


研究者としての活動、機構長の管理職としての活動、子供・一般市民への講演活動と、村山さんは超多忙な生活を送っていると思う。

単身赴任はどうしても食生活が不規則になりがちで、ストレスもたまりやすい。いくら功績があってもノーベル賞は生きている人にしか授与されない。ぜひ体に気をつけて次のノーベル物理学賞を日本にもたらしてほしいものである。


参考になれば次クリック願う。




生物と無生物のあいだ ベストセラーのポスドク賛歌

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
販売元:講談社
発売日:2007-05-18
おすすめ度:4.0
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2007年発刊の本ながら、いまだにアマゾンのベストセラートップ1,000位に入っている分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授の本。

たぶん累計では100万部くらい売れているのではないかと思う。

本の帯には各界のいろいろな人からの推薦文が紹介されている。(2009年後半の時点での推薦文)

推薦文









筆者は昔はブルーバックスなどを時々読んでいたが、最近は科学系の本は「日本は原爆爆弾をつくれるのか」以来読んでいなかったので、久しぶりに読んだ科学の本だ。

これを機にブログにも「科学」というカテゴリーを新設した。

福岡さんは新書大賞とサントリー学術賞をダブル受賞していることでも分かる通り、この本は科学の本というよりは、本の帯にある「極上の科学ミステリー」といった感じの本で、エンターテインメント性を追求し、非常に読みやすく、わかりやすい。

筆者がひさびさに読んでから買った本だ。


ウィルスには生命の律動がない

現在新型インフルエンザがはやっているが、この本は昔読んだ岩波文書と同じ「生物と無生物の間(あいだ)」という題だったので、てっきりウィルスについての本かと思った。

生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)
著者:川喜田 愛郎
販売元:岩波書店
発売日:1956-07
クチコミを見る

ウィルスは代謝なし、呼吸なし、結晶化も可能で、限りなくミネラルに近い存在である。しかしウィルスは自己増殖する。この不可解なウィルスを生物とするか無生物とするかで長年、論争がある。

福岡さんはウィルスを生物であるとは定義しない。福岡さんは生物と無生物の間にどのような界面があるのかを、この本で定義したいと語る。それはいわば「生命の律動」であると。いかにも文学的な、わかりやすい表現だ。


この本の目次がふるっている

この本の目次がいかにもふるっている。とても科学書とは思えない目次だ。この本はアマゾンのなか見検索にも対応しているのでここをクリックして、是非目次を覗いてみて欲しい。

第1章  ヨークアベニュー、 66丁目、 ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解(ほど)けない折り紙

「細胞膜」と言う用語が出てくるので、生物学の本だということがわかるが、それを除くと、まるで小説のチャプターのような目次である。


研究者にスポットライト

文章のうまさとタイトルの奇抜さもさることながら、この本の特徴は研究者に注目して生化学反応の原理探求を描いていることだ。

普通、科学の本はどういった反応が起こったかを、しとうと読者にわかりやすく説明しようと反応の原因解説が中心だ。読者にわかりやすく解説しようとする著者の親切心の現れともいえる。

読者としては反応がなぜ起こったのかについての知識は得られるが、研究者の人現像や、実験の過程で研究者がどんな点に工夫したかについてはあまり説明されていないことが多い。

ところがこの本では研究結果もさることながら、研究者の方にスポットライトが当たっており、実験者の人物像や試行錯誤の過程が詳しく説明されているので、しろうとにも実験の難しさと、その実験が成功したときの達成感や意義がわかりやすい

最もよい例が第2章アンサング・ヒーローだ。

アンサング・ヒーローとは、人知れず偉大なことを成し遂げた人のことで、福岡さんは「縁の下の力持ち」と言っている。この場合はDNA=遺伝子だと世界で最初に気づいたオズワルド・エイブリーという科学者のことだ。

エイブリーは福岡さんも勤務したニューヨークマンハッタンの一番東寄りのヨークアベニューと66丁目の交差点付近にあるロックフェラー大学研究所に1913年から定年退官する1948年まで35年間勤務していた。

ロックフェラー大学研究所にはかつて野口英世も在籍し、数々の研究成果を発表したが、その発表の大半は現在は誤りであったとされている。

ヨークアベニューと66丁目というのはマンハッタンのちょうどクイーンズボロブリッジあたりで、ユニバーサルスタジオのアトラクションでキングコングが攻撃するケーブルカーがあるあたりだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、ニューヨーク出張の帰りにマンハッタンからレンタカーでラガーディア空港に向かう時は、ちょうどこのあたりからからFDRドライブに入ってトライボロブリッジを通って、空港まで行っていた。

そんな有名な研究所があったとは全く知らなかった。

エイブリーがDNA=遺伝子という発見をしたので、その成果を元に1953年にイギリスの若いジェームズ・ワトソンフランシス・クリックがDNAはらせん構造をしているという事実を発表し、後にノーベル賞を受賞した。

1953年に"Nature"に発表されたわずか1.5ページのワトソンとクリックの歴史的論文が、この本に紹介されている。

watsoncrickpaper







出典:本文107ページ 原文はNatureサイトで閲覧可


ワトソンもクリックも次の本を読んだことが、生命を研究するきっかけとなったと語っているので、一度読んでみようと思う。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
著者:シュレーディンガー
販売元:岩波書店
発売日:2008-05-16
おすすめ度:5.0
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ちなみにノーベル賞のサイトでは二重らせん構造のDNAを福岡さんがフォー・レター・ワードと表現するACGTでつくるゲームがあるので、一度見て欲しい。

ポスドク賛歌

この本ではこういった華やかな成果発表を支え、来る日も来る日も地道な実験を繰り返すポスドク(博士課程を卒業した研究者)やラボテクニシャン(補助研究者)の様々な試行錯誤にスポットライトを当てている。

福岡さん自身が米国のポスドク研究者だったので、ポスドクの役割である数々の下準備や、実験の工夫などがわかりやすく紹介されていて面白いストーリーとなっている。何人かの評者が「科学ミステリー」と呼ぶゆえんだ。

たとえば「内部の内部は外部だ」という題で、膵臓の細胞が消化酵素を分泌する動きが次の図で説明されている。非常にわかりやすい。

cell











出典:本文200ページ

「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」も面白い。特定のDNAを増殖するPCR(ポリメラーゼ・チェイン・リアクション)マシンの発明をひらめいたサーファー科学者キャリー・マリスのことだ。

ポスドクのことを自虐も含めてラボ・スレイブと呼ぶそうだが、理系の学生にとって、この本は希望とやる気を与えてくれるだろう。

ポスドクは就職戦線では非常に厳しい状況にある。小宮山前東大総長の「東大のこと教えます」という本で、東大が就職部をつくったのは東大でも留学生やポスドクは就職が難しいからだと書いていたことを思い出す。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」
著者:小宮山 宏
販売元:プレジデント社
発売日:2007-03
おすすめ度:4.5
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動的平衡

動的平衡とは、体の細胞を構成するタンパク質・アミノ酸が数日間ですべて新しいものに置き換わることであり、それゆえ生命は動的平衡にある流れであると定義できるという。

マーカーで染色されたアミノ酸入りのえさを食べた大人のネズミを解剖して器官を調べたら、アミノ酸は体内のあらゆる細胞に行き渡っていた。生物のあらゆる細胞は短期間にすべて新しいものに置き換わるのだ。


生命は機械ではない

この本の最も印象的な実験が、GP2という細胞膜をつくるタンパク質を持たないGP2ノックアウトマウスを使った実験だ。

まずはGP2遺伝子を欠損させたES細胞(なんの器官にもなるオールマイティ細胞)をつくり、マウスの胚に流し込むと、ES細胞は胚の一部となり、やがてGP2遺伝子ノックアウトマウスが誕生する。

福岡さんははやる思いでGP2ノックアウトマウスの組織を調べたら細胞膜に異常はなく全く正常だったという。


生命には時間がある

次は狂牛病を引き起こすプリオンタンパク質をノックアウトしたマウスだ。

プリオンタンパク質の異常は狂牛病を引き起こすので、プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病になると予想されたが、実際には正常だった。

それではということで、今度は遺伝子の1/3を欠損したプリオンタンパク質をプリオンタンパク質ノックアウトマウスにもどしたら、マウスは狂牛病を発症した。

GP2を完全にノックアウトしたマウスはGP2がなくとも正常に生き、遺伝子を部分的に欠損したノックアウトマウスは異常を発症した。

福岡さんはこの現象について、「生命には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と語る。

GP2ノックアウトマウスは動的平衡のなかで、GP2遺伝子の欠損を見事に埋め合わせたが、あとから遺伝子の欠陥をつくると、生命の動的平衡は失われるのだ。


生物と無生物の境界はまだ解明されていないが、この本を読んで生物と無生物の境界がミステリー仕立てで、なんとなく理解できたような気がする。

科学書を読むと、いつも感じた読後不満足感がない。大学生の息子にも勧めた。小説のように一気に読めるので、是非一読をおすすめする。


参考になれば次クリック願う。




日本は原子爆弾をつくれるのか 海外在住の学者だから書ける原爆本

広島・長崎の原爆記念日が近づいている。今年はルース米国大使がはじめて広島の式典に参加することが話題になっている。

広島・長崎市民の念願の、オバマ大統領の原爆式典参加が現実味を帯びてきたと思う。

原爆記念日の前に、原子爆弾についての本を紹介する。

日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)
著者:山田 克哉
販売元:PHP研究所
発売日:2009-01-16
おすすめ度:1.5
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原子爆弾や量子力学についてブルーバックスなどで入門書をいくつも書いているロサンジェルス・ピアース大学物理学教授の山田克哉さんの本。

どういうわけか原子爆弾についての入門書は、山田さんの本くらいしか見あたらない。海外在住の学者でないと自由に原爆について書けないのかもしれない。

この本はアマゾンのなか見検索に対応しているので、是非目次をチェックしてみてほしい。それぞれの項のタイトルまで読めば大体この本の内容が推測できると思う。

量子力学の基本から始めて、1938年ナチス時代のドイツで核分裂が発見され、ヒットラーが原子爆弾を開発することを恐れたアメリカがマンハッタン計画を立ち上げ、延べ45万人を投入して3年間で原子爆弾をつくりあげたこと。原子力発電技術と原子爆弾製造技術は全く異なるが、日本の技術をもってすれば3年から5年程度で原爆は作れる可能性があることなどを説明している。

しかし核武装についての国民のコンセンサスが得られないだろうし、たとえ原爆製造能力はあっても、日本は決して原爆製造をすべきでないと結んでいる。


放射能と放射線

原爆が怖いのは、爆発したときの衝撃波と超高熱もあるが、放射能放射線による人体への影響が長期間にわたって続くことだ。

放射線は放射性物質が放つもので、次の4種類がある。

1.アルファ線
ウランなどがアルファ崩壊するとエネルギーとともに、ヘリウム原子の核と同じ2個の陽子と2個の中性子が核から吐き出される。これがアルファ線で電荷(プラス)も質量もある。

アルファ線は物質や人体を構成している原子と激しい電気反応を起こす。人体に当たると皮膚で激しく反応し、呼吸器から吸い込まれると肺の細胞を壊し肺がんを誘発する。

2.ベータ線
核がベータ崩壊すると中性子が陽子に変わり、電子が核外に飛び出す。これがベータ線で、マイナス電荷をもつ。質量はアルファ粒子の1/7000。

ベータ線が人体に入ると原子から電子を弾き飛ばすので細胞が機能を失い、場合によっては細胞は死滅する。大量のベータ線が頭にあたると髪の付け根の細胞が死滅し、髪が簡単に抜けてしまう。

3.ガンマ線
核がアルファ崩壊、ベータ崩壊を起こした後、エネルギーの高いガンマ光子と呼ばれる粒子が核から吐き出される。これがガンマ崩壊で、放出されるのがガンマ線だ。電磁波なので電荷も質量もない。
  
ガンマ線も電子を吹き飛ばし、ベータ線のように細胞を死滅させることがある。

4.中性子線
核から中性子が時間をかけて飛び出すもの。電荷はないが質量はある。

中性子は核に吸収されやすく、中性子過剰になった核はベータ崩壊を起こし、元素自体が放射性物質に変化してしまう。


原子爆弾の構造

原爆には広島型(砲弾型ウラン爆弾)と長崎型(爆縮型プルトニウム爆弾)の2種類がある。

広島型はリトルボーイと呼ばれ、砲弾(ガン・バレル)型ウラン爆弾で、二つに分けたウラン塊を爆着させることで、臨界を起こし、核分裂を起こさせる。課題は核分裂の持続時間がせいぜい100万分の1秒程度と短く、多くの核が分裂しないまま爆発してしまうことだ。

リトルボーイの爆弾の重さは4トン、使われた濃縮ウラン(86%)は20Kgだ(Wikipediaでは約60Kgとなっている。どちらが正しいのか不明)。

Little_boy





出展:Wikipedia

一方長崎型プルトニウム爆弾はファットマンと呼ばれる球状の爆縮型で、真ん中がポロニウムとベリリウムでできた中性子発生体。次に直径4.2Cm,重さ6.2Kgのプルトニウム、まわりを厚さ7Cmのウランで固めている。

それをさらに燃焼速度の異なる二種類の爆薬でつくられた爆縮レンズで取り囲み、爆薬の衝撃波でプルトニウムの臨界をつくり核分裂を起こすのだ。

Fat_man





出展:Wikipedia


Implosion_Nuclear_weapon






出展:Wikipedia

次の図はアニメーションになっていて、爆縮する過程を示しているので、クリックしてみてほしい。

Implosion_bomb_animated








出展:Wikipedia

砲弾型より爆縮型の方が核分裂効率が高く、少ないプルトニウムあるいはウラン量で爆弾ができるので、こちらが主流だ。

爆縮レンズは2種類の爆薬を組み合わせた複雑な構造をしているが、これが可能となったのはフォン・ノイマンの数学的計算によるものだという。

アメリカは1956年に小型原爆の開発に成功し、スワンと名付けている。これは第三の原爆とも呼べるもので、英語でBoosted fission weaponと呼ばれている。重水素(D)と三重水素(T)のD−Tガスをプルトニウム球の中心に入れた構造のものだ。

D−T型原爆がもっとも効率が良く分裂比率が30%、長崎型で14%、広島型は1.4%だという。

その他の核兵器としては、核融合反応を用いた水爆、中性子爆弾(建造物に影響は少ないが、生物の細胞を破壊する)、コバルト爆弾(放射能汚染がひどい)、そして劣化ウラン弾がある。

湾岸戦争でも使われた劣化ウラン弾は、ウラン濃縮で残るウラン238を砲弾につかったもので、鉛の倍の比重があり貫通量が高く、敵の装甲を貫通するときに1200度の高熱を発するので、敵戦車の乗員を焼死させ、さらにウランが放射性微粒子となって空中に飛散するので、肺がんや白血病の原因となる。


原爆研究のはじまり

ナチス政権下の1938年にベルリンのカイザー・ウィルヘルム研究所で、オットー・ハーンリーぜ・マイトナーがウラン235のみに起こる中性子による核分裂を発見、この事実が一躍世界に知られた。当時世界では超ウラン元素の研究を至るところで行っており、日本でも理化学研究所が研究していた。

ハーンは戦争中の1944年にノーベル化学賞を受賞している。一方マイトナーはナチスの迫害をさけるためにスウェーデンに行っていたため、オットーハーンのみがノーベル賞を受けた。

核分裂が起こると、発生するエネルギーは化学反応の100万倍以上で、数百万度の温度になる。連鎖的に核分裂を起こさせると(臨界)巨大なエネルギーが生まれることがわかった。科学者達の頭に爆弾というアイデアが浮かんだのだ。

戦争に突入したこともあり、各国はそれぞれ独自に核爆弾の研究を始めた。日本でも陸軍は理化学研究所の仁科芳雄博士に原爆の研究を依頼し、二号研究という名前で、熱拡散法によるウラン濃縮技術を研究した。

海軍も「F研究」の名称で、有名な物理学者を集め、こちらは遠心分離法によるウラン濃縮を研究したが、結局ウラン濃縮には成功しなかった。

この過程でサイクロトロンを戦争中に完成させていたが、敗戦後占領軍がサイクロトロンを東京湾に投棄させた。

ドイツの敗戦直前の1945年3月にドイツを出たU−234号にドイツから日本に供与されたMe262ジェット戦闘機、ジェットエンジン、光学ガラス、航空機の設計図と装置類、そして酸化ウラン560Kgが積まれていたが、日本へ向かう途中にドイツが降伏し、艦長は投降を決定、乗船していた日本の技術将校二人は自決した。

Messerschmitt_Me_262




出展:Wikipedia

この話は別ブログで紹介している「深海の使者」という小説になっている。

深海の使者 (文春文庫)深海の使者 (文春文庫)
著者:吉村 昭
販売元:文芸春秋
発売日:1976-01
おすすめ度:5.0
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マンハッタン計画

アメリカはナチスが原爆をつくることをおそれ、当時の金で20億ドルという巨費を費やして延べ45万人(うち科学者10万人)を動員して、原子爆弾の製造を1942年に始め、わずか3年間で原子爆弾を完成させた。これがマンハッタン計画だ。

マンハッタン計画では次の三カ所の研究所が新設された。

1.クリントン研究所(現オークリッジ国立研究所) テネシー州 
  ウラン濃縮のため、K−25と呼ばれた巨大なガス拡散法によるウラン濃縮工場で製造した濃縮ウランを、Y−12と呼ばれた電磁法(カルトロン)によるウラン濃縮工場にかけてようやく濃縮度90%近くの濃縮ウラン235を製造した。ここにはX−10と呼ばれた原子炉と熱拡散によるウラン濃縮装置も建設された。

その濃縮ウランはロスアラモス研究所に運ばれて、リトルボーイが完成した。リトルボーイは実験することなしに広島に投下された。

2.ハンフォード研究所 ワシントン州
  原子炉(黒鉛炉)によるプルトニウム239生産工場。ここのプルトニウム摘出装置は現在の核燃料再処理工場の原型である。

3.ロスアラモス国立研究所 ニューメキシコ州
  前述の爆縮機構を含む原子爆弾の起爆装置と本体を製造

ファットマンは、ハンフォード研究所の原子炉でプルトニウム239が製造され、ロスアラモス研究所で2個の爆弾がつくられ、1個で実験して威力を確認後、残る1個が長崎に投下された。

筆者の山田さんはテネシー大学の原子力工学科に留学したので、マンハッタン計画に使われたテネシー州のオークリッジ国立研究所に一年間通ったそうだが、その巨大さに驚いたという。

コードネームX−10もY−12も東大本郷キャンパスの3倍程度で、K−25に至っては本郷の10倍という広さで、研究所というより大工場を思わせたという。

アポロ計画もすごいが、ゼロから3年で原爆を完成させたマンハッタン計画は、ヒットラーが原爆を開発する前に完成させるという切迫感に迫られたプロジェクトだった。


原爆用のウラン製造

ウランは自然界に存在するものの、原子爆弾に使える放射性物質のウラン235はウラン鉱の0.7%のみで、残りの99.3%は安定したウラン238だ。この天然ウラン精鉱(次の写真のイエローケーキと呼ばれる)をフッ素化合物とし、6フッ化ウランとしてガス化する。

LEUPowder






出展:Wikipedia

そのガスを加熱かつ1分間に10万回転という超高速回転するシリンダーに入れ、ウラン238を外側に飛ばし、ウラン235と分ける。

ウラン235もウラン238も同じ元素で単に原子量が違うアイソトープなので、技術的に分離することが非常に難しい。

すこしずつウラン235の濃度を高めていって、原爆用の濃度90%程度のウラン235をつくるには、7、000台もの遠心分離機を通すことが必要だ。だからマンハッタン計画で使われたテネシー州のオークリッジ研究所は、研究所というよりは巨大工場みたいだという。


原爆用のプルトニウム製造

プルトニウムは自然界には存在しないので、原子炉をつかって作り出す必要がある。

原子炉のタイプには軽水炉(普通の水を中性子の減速剤につかうので、燃料のウラン235はロスを補うために3−5%に濃縮する)、重水炉(高価な重水を使うので、減速ロスがないので天然ウランが使える)、黒鉛炉(減速剤として黒鉛を使用。天然ウランが使える)の3タイプがある。

日本の原子力発電所はすべて軽水炉タイプで、このタイプの原子炉の使用済み核燃料棒は再処理され、ウランとプルトニウムに分離されるが、軽水炉の核燃料再処理で取り出されるプルトニウムは「原子炉級プルトニウム」と呼ばれているプルトニウムアイソトープの混合体だ。

プルトニウム238から242までの多種が含まれており、原爆に使われるプルトニウム239は60%、残りが238,240,241,242のプルトニウムであり、プルトニウム239の純度は低く原子爆弾の原料には使えない。

またプルトニウム240が曲者で、自然に未熟爆発を起こし熱を発生させるので、非常に扱いにくい放射性物質である。

高速増殖炉は、核燃料再処理で得られたプルトニウム239とウラン238を混合させた燃料棒が使われ、プルトニウム239が核分裂して飛び出した中性子でウラン238がプルトニウム239に変わる。

入れたプルトニム239が1.3倍になって帰ってくるというまさにネーミングの通り「文殊(もんじゅ)の知恵」の様な技術だが、日本では1994年に運転を開始した1年後にナトリウム漏れ事故があり、それ以来停止している。

新しい技術として、日本ではプル・サーマル原子炉の建設計画があるが、住民の反対が強くなかなか前に進まないままである。


日本は原爆をつくれるのか?

日本にはこれまでの軽水炉での核燃料再処理で得た原子炉級プルトニウムが内外にあわせて44トンあると言われているが、問題はプルトニウム240による未熟爆発で、そのままでは原子爆弾には使えない。

アメリカエネルギー省は1962年に原子炉級プルトニウムを使って長崎型原爆と同規模の原爆を作ったと発表しているが、真相は不明のままである。

原子爆弾級のプルトニウムはプルトニウム239が90%以上で、これを作るには黒鉛炉か重水炉の使用済み核燃料を再処理するか、高速増殖炉でプルトニウム239を生産するかだが、日本のもんじゅは停止したままだ。

現在の核保有国アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスでは黒鉛炉で兵器級プルトニウムを生産している。上記5カ国以外にインド、パキスタンが核保有国となり、イスラエルは核保有の噂が絶えず、最近では北朝鮮が核実験を行ったが、いずれも黒鉛炉を持っている。

さらに原爆ができても運搬手段がなくては意味がないので、ミサイル制御技術も欠かせないが、日本の宇宙ロケット開発技術をつぎ込めば、弾道ミサイルを開発することは可能だろう。

山田さんは日本が核軍備に走ることを絶対反対という立場ながらも、原子爆弾をつくるシミュレーションを行っている。

必要な設備は:

1.ウラン濃縮装置
特に理化学研究所で長年研究してきた赤外線レーザー法濃縮技術を使うと、ウラン235の濃縮は比較的小規模な設備で非常に効率よくできる可能性があるという。ウラン235に赤外線レーザーの波長をあわせれば、電荷を帯びて集合して電極に塊となってたまる。このプロセスを繰り返して濃縮ウランを製造するのだ。

2.兵器級プルトニウム生産原子炉
高速増殖炉か黒鉛炉または兵器用重水炉。

3.核再処理設備


この本で説明されている要素技術を組み合わせれば、原爆一個つくるだけなら3年、たぶん5年程度で日本は原子爆弾の製造とミサイルによる運搬手段の核軍備が可能であろうと。

しかし世界で唯一の被爆国である日本で核武装をすることなど、到底国民感情が許すとは思えないし、山田さんも日本の核軍備には絶対反対だという。


原爆の基礎的なことがわかって、参考になる。一部の右翼政治家の日本が核武装する気になれば、すぐに数千発の原子爆弾をつくれるという発言が科学的根拠に基づいていないことがわかった。

科学、原子爆弾の知識を手軽につけるには適当な本である。まずはアマゾンのなか見検索で目次を読み、書店で一度手にとってパラパラっと読むことをおすすめする。


参考になれば次クリックお願いします。



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