今回からはちょっと古いがおすすめできるビジネス書特集だ。まずは名著「イノベーションのジレンマ」のあらすじを紹介する。

既に読んだ人は記憶をリフレッシュしてほしい。

本が出た1997年前後とはGMが会社更生法を申請する可能性が出てくるなど、一昔前の超優良企業が倒産するようになり、だいぶ世の中も変わってきたが、それだからこそ、この本を読み直す価値があると思う。

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
著者:クレイトン・クリステンセン
販売元:翔泳社
発売日:2001-07
おすすめ度:4.5
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以前の東洋経済に休暇中に読みたい本特集があり、様々な会社トップのすすめる本の中にこの名著があった。

本書の原書は1997年に出版され、米国でビジネス書のベストセラーとなり、訳書は日本でもベストセラーになった。

筆者も何年か前に読んだことがあるが、再度読んでみた。

日本の失敗学では畑村教授が有名だが、この本の著者のクレイトン・クリステンセンハーバード大学教授も『破壊的技術(disruptive technology)』というコンセプトで、「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」という困難な問題を指摘している。

失敗学のすすめ (講談社文庫)失敗学のすすめ (講談社文庫)
著者:畑村 洋太郎
販売元:講談社
発売日:2005-04
おすすめ度:4.5
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この本ではハードディスク業界や油圧式掘削機業界、パソコン業界、HPに於けるインクジェットプリンターとレーザープリンター、電気自動車などを取り上げている。

特にハードディスク業界は変化がはやいので、産業界でショウジョウバエに一番近い存在だとして、大きく取り上げられている。

筆者は高校の生物で、実際にショウジョウバエを使っての実験をやったことがある。ショウジョウバエとは果物などにたかる小さなハエで、実験ではセピア(目の色がセピア)、カール(羽がカールしている)など、遺伝的特徴が次世代に引き継がれるかという実験だった。

それぞれの班がセピアとかカールとかの種類を何代も育てて、突然変異とか、遺伝とかを研究するというものだった。

生物の先生はカメというあだ名だったが、実験重視の先生で、県立高校で本当の生物(いきもの)を使って、あれだけの専門的な実験を生徒に体験させる学校も、あまりなかったのではないかと思う。

こんな経験があるので、産業界のショウジョウバエというとなるほどと思う。

ハードディスク業界は技術革新が激しく、14インチ→8インチ→5.25インチ→3.5インチ→2.5インチ→1.8インチと進化した。

それぞれのサイズのハードディスクのNo. 1メーカーが、必ずしも次世代のサイズのNo. 1となっていない。それどころか、多くのNo. 1企業は没落してしまった。

シーゲートテクノロジーはまだハードディスクの有力メーカーとして生き残っているが、IBMが日立にハードディスク部門を売却したり、東芝が富士通にハードディスク部門を売却したり大きな変化がある業界である。

破壊的技術の展開は次のようなサイクルをたどる。

破壊的技術はまず実績ある企業で開発されるが、主要顧客は従来のものとあまりに違うものには興味を示さない。

たとえば2MBが主流だったコンピューター業界に2倍の4MBのハードディスクは容易に受け入れられるが、100倍の200MBのハードディスクは用途がないとして受け入れられないという様な例だ。

そのうち持続的技術(sustaining technology)が旧来の製品の性能を上げるので、経営陣は破壊的技術に力を入れない。

不満を抱いた破壊的技術の開発者は新しい会社をつくり、新しい顧客を獲得しようとし、徐々に成功する。やがて実績ある企業も遅蒔きながら参入し、破壊的技術が主流となる。

つまり優秀な企業は顧客の声をちゃんと聞いて製品の能力を持続的に向上させるがゆえに、破壊的技術の導入に遅れるのだ。

コンピューター業界の破壊的技術に乗り遅れた例として挙げられているDECは筆者にとっては懐かしい名前だ。

DECはコンパックと合併し、いまはHPとなっているが、筆者はDECのノートパソコンを使っていたことがある。1990年代の中頃だったと思う。

トラックボールと呼ばれるボール状のマウスポインターを備えたノートパソコンで、トラックボールの使い勝手の良さは最高だった。

そのDECはミニコンではIBMのメインフレームに対する破壊的技術だったが、ミニコン市場はデスクトップパソコンという破壊的技術に見舞われた。

DECはパソコン市場には4回参入し、4回撤退するという結果となった。会社そのものが超高速の64ビットアルファプロセッサーとか、高収益のハイエンド商品に力を入れて、儲からないパソコンには経営資源を振り向けなかったからだ。

ミニコン市場でIBMのメインフレームの脅威となったDEC、WANG、データ・ゼネラルなどのメーカーは現在全部存在していない。

イノベーションの怖いところだ。

クリステンセン教授は、HPがレーザープリンターとインクジェットプリンターを完全に独立した組織として分離し、互いに競争させ成功させる道を選んだことを指摘する。

レーザープリンター部門にインクジェットも手がけさせていたら、とっくに競争相手にやられていただろうと。

最後にクリステンセン教授は電気自動車についてふれている。当時は電気自動車が破壊的技術であるとされていたが、当時も今も全然普及していない。

この本の出た10年前はハイブリッド車はなかったが、現在はトヨタを筆頭とするハイブリッド車が、過渡的技術とはいえ非常に勢いを得ている。

こんな現状を見てクリステンセン教授はなんと言うだろうか?

そんなことを考えさせられた。

最後にこの本の解説者でハーバードビジネススクールでの教え子の玉田氏は、クリステンセン教授が、授業の最後にこう言っていたとまとめている。

「私のボストンコンサルティンググループ時代の友人は、大きなヨットを持っていて、土日となればクルージングに出かけている。ところが彼は、やれ係留の費用が高いだの、メインテナンスを頼んでいたのにちゃんと終わっていないだのといつも不平ばかり言っていて少しも幸せそうでない。

一方、私は毎週日曜は欠かさず教会に行き、困っている人の相談に乗って、アドバイスをしたりしている。毎週日曜日が取られるのは大変だが、自分が人や地域のために役立っていることから得られる満足感でいつも満たされている。

諸君もこれから社会に出て、ビジネスの場で活躍するのだろうが、本当の幸福はお金ではなく、家族やコミュニティから得られるということを覚えておいてほしい」

好感の持てる学者の優れた分析に基づく失敗論である。最初に本がでたのは10年前だが、今再読してもその価値は変わらない。

まだ読んでいない方には、是非一読をおすすめする。



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