終戦記念日前後の戦争・自衛隊特集の最後は、今も活躍する軍事評論家小川和久さんの本だ。元々は2005年に出た本だが、昨年文庫化された。

日本の戦争力 (新潮文庫)日本の戦争力 (新潮文庫)
著者:小川 和久
販売元:新潮社
発売日:2009-03-28
おすすめ度:4.5
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小川さんは、「はじめに」で政治家に提言する。「日本はどうして、国家の総力を挙げて世界の平和と日本の安全を実現しようとしないのか」と。

日本は十分な「戦争力」が備わっている。この本は『孫子』のいう「百戦百勝は、善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」という兵法の「戦わずして勝つ」ための極意について考えようという試みであると。

たしかにこの本を読むと、日本の「戦争力」を持ってすれば北朝鮮に「戦わずして勝つ」こともできると思えてくる。


自衛隊の「戦争力」

1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争については『戦略の本質』の中で紹介したが、自衛隊は朝鮮戦争勃発直後の7月8日に『警察予備隊』として誕生し、1954年7月に正式に防衛庁が設置され、陸・海・空自衛隊が発足した。

自衛隊の戦力については『その時自衛隊は戦えるか』で詳しく紹介した。

この本で小川さんは、よくいわれる「自衛隊の実力は世界第何位」という質問は意味がないと断じる。

軍事費比較では、GDPが世界2位で、人件費が高く、コストが何倍掛かっても国産兵器にこだわる自衛隊は必ずトップクラスになるのだと。実際、防衛費のうち、給料と食費が44%を占めている。

自衛隊は対潜水艦戦闘能力、掃海能力では世界トップクラスだが、他は大したことがない。水泳だけ得意なトライアスロン選手の様なものなので、諸外国軍隊とは比較にならないと語る。

ちなみにドイツは国防軍を持っているが、タイガー戦車以来の伝統で、世界最高のレオパルトII戦車を多数配備し、陸軍中心の構成で、旧共産圏からの侵略に対抗する防波堤となっている。

しかし戦時中のU-ボートの悪夢を断つということで、ドイツの潜水艦は500トン以下に制限されているので、ドイツ海軍はほとんど骨抜きのアンバランスな戦力となっている。

自衛隊は専守防衛なので、決定的に欠けているのはパワープロジェクション能力である。これは核兵器なら敵国を壊滅させることができる能力、通常兵器であれば数十万の軍隊を上陸させ敵国を占領できる能力であり、核攻撃あるいは侵略能力である。

小川さんは、日本は自衛隊にはパワープロジェクション能力がないと世界にアピールし、諸外国からの軍国主義の復活とかの批判にちゃんと反論すべきだと語る。


日米安保条約の片務性

日米安保条約では日本に対する武力攻撃への米軍の来援は明記されているが、アメリカに対する攻撃に対しては規定されていない。憲法9条の規定もあり、日本はアメリカを武力支援できない。

このことから、「片務的な日米安保は正常な同盟関係ではない。日本は成熟した同盟国としてちゃんと防衛分担を果たせ」という議論がでている。

しかし小川さんは日米安保条約があるから、アメリカは世界最大の補給基地を安心して置けており、日本抜きではアメリカの世界戦略は成り立たないのだと語る。

筆者はこれを読んで、以前、中曽根首相が、当時のレーガン大統領に言ったという「日本は浮沈空母(unsinkable aircraft carrier)だ」という言葉が、実は非常に当を得ていることを思い出した。さすが元軍人の中曽根首相だけのことはある。

まずは燃料備蓄だ。日本はペンタゴン最大の燃料備蓄ターミナルで、鶴見と佐世保の備蓄でアメリカ第7艦隊は半年戦闘行動ができる量である。

アメリカが引き揚げたフィリピンのスービックベイの備蓄能力は佐世保の半分以下だった。

次に武器弾薬だが、アメリカは広島に3箇所、佐世保、沖縄嘉手納に弾薬庫を持ち、広島県内の弾薬庫だけで、日本の自衛隊が持っている弾薬量を上回る。佐世保には第7艦隊用の弾薬庫。嘉手納にはこれらを上回る米軍最大の弾薬庫がある。

さらに通信傍受設備も世界最大級だ。『象のオリ』と呼ばれる電波傍受用アンテナは三沢にあるものは直径440メートル、高さ36メートル。周辺にも14基のアンテナ群がある。沖縄には直径200メートル、高さ30メートル。東京ドームと同じ大きさだ。

三沢にある世界最大級の設備は、英語圏5カ国以外には秘密とされているエシュロン活動の一端を担っているともいわれている。

アメリカ本土の延長のように、虎の子の燃料と弾薬を備蓄し、世界最大の第7艦隊の母港を置き、いざとなったら高度の補修ができ、最高機密の通信傍受設備も安心して置けるという国はアメリカにとって日本だけと言っても良い。

だからアメリカ政府の高官は「日本はアメリカの最も重要な同盟国である」としばしば発言するのだと。

前述の様に日本自体はパワープロジェクション能力はないが、日本が米軍のアジアにおけるパワープロジェクションプラットフォームになっているのだ。

日本で米軍が事件や事故をおこすと、アメリカはただちに最高の顔ぶれで謝罪する。他の同盟国ではありえないことだと。アメリカの側から見た日米同盟の重要性を象徴していると小川さんは語っている。

以前関榮次さんの『日英同盟』を紹介し、関さんが最も伝えたかったのは日米安保条約の再考ではないかと紹介した。

小川さんも「日米安保が片務だから、多くの日本人が錯覚から生まれた劣等感を抱いているが、日本列島に展開する米軍とは?その基地を置くアメリカの世界戦略は?と検証していけば、それが錯覚に過ぎないことが明らかになる」と説いている。

全世界でアメリカと対等な安保条約を結ぶ同盟国は存在しないのだ。

日本は毎年思いやり予算の2,000億円だけでなく、基地の賃借料、周辺対策費等各種費用もふくめて年間6,000億円を負担しているのだと小川さんは指摘する。

先日沖縄の海兵隊基地をグアムに移転する費用を6,000億円負担する政府間合意がなされたが、これは上記の年間6,000億円に加えての話であり、日米安保条約では日本が米軍基地移転費用を負担しなければならない義務はないという事実を知っておく必要がある。

日米はお互い不可欠のパートナーでもあり、日米安保体制を現在の世界情勢をふまえて、見直す必要があると筆者も考える。


北朝鮮の「戦争力」

小川さんは北朝鮮脅威論は木を見て森を見ない議論であると切り捨てる。

日本には日米安保条約という日本の安全保障を守るシステムがある。くわえて韓国には今も国連軍(400名ほどだが)が駐在しており、北朝鮮が先制攻撃を仕掛けてきたときには、1953年以来続いている休戦協定違反ということで国連軍が反撃できるのだ。

北朝鮮は国連軍からは先制攻撃はできないとタカをくくっていたが、イラク戦争以降、ブッシュ大統領がテロ支援国家には米軍は先制攻撃も辞さないと発言したことで、恐怖にかられ、それが2002年9月の小泉訪朝、日朝平壌宣言が実現する要因となった。

北朝鮮は核兵器を数個持っているにしても、ミサイルに搭載可能なほど小型化はできていないと見られる。今の北朝鮮のミサイルは通常弾頭だけだろうと小川さんは説く。

もし北朝鮮が日本にミサイルを撃ってきたら、米軍がそれの何十倍もの正確無比のトマホークミサイルを北朝鮮にぶち込むので、ミサイルを撃つ=国家の消滅となる。

そもそも燃料がなく、戦車も航空機も四世代前のものしかない北朝鮮は、兵器の数だけ揃えても、米軍の最新兵器には歯が立たない。

ミサイルを一発でも撃てば北朝鮮は一巻の終わりなので、ビビって虚勢だけなのだから、そのことをわかって、アメとムチの外交を進めるべきであることを小川さんは説く。

大前研一も『私はこうして発想する』のケーススタディで挙げていたが、金正日には選択肢はないのだということが、小川さんの議論からもよくわかる。

この本の帯に「目からウロコ!これが日本の実力だ!!」というキャッチがあるが、むしろ在日米軍、北朝鮮軍の実力がわかりやすく解説してあり、結果として日本の「戦争力」がわかるという構成だ。

さすがに売れっ子の軍事評論家だけのことはある。一読に値する防衛論だ。


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