決断力 (角川oneテーマ21)決断力 (角川oneテーマ21)
著者:羽生 善治
販売元:角川書店
発売日:2005-07
おすすめ度:4.5
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先日紹介した内田和成さんの「仮説思考」でも紹介されていた羽生善治(はぶよしはる)さんの「決断力」。

将棋の話が中心ではあるが、スポーツなど他の話題も大変豊富で、楽しく読める。ビジネスの世界にも十分通用する内容だ。羽生さんの交流範囲の広さと博識にも驚く。

羽生氏は、「将棋を通して、人間の本質に迫ることができればいいなと思っている」と語っているが、このような将棋に対する取り組み態度が、この本を面白いものにしている理由だと思う。

実際、サイバーエージェントの藤田晋社長もこの本を読んで感銘を受け、今年度読んだ本のNo. 1と言って、羽生さんと対談しており、10月18日からしぶしょくで紹介されている。


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この本を読み始めたら、すぐにピッツバーグで旧知のカーネギーメロン大学の金出武雄教授のKiss(Keep it simple, stupid、単純に考える)の話が出てきたので驚いた。

金出教授は、このブログでも紹介した「素人のように考え、玄人として実行する」という本も出しているが、ロボティックスの世界的権威だ。

素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術 (PHP文庫)素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術 (PHP文庫)
著者:金出 武雄
販売元:PHP研究所
発売日:2004-11
おすすめ度:4.5
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その金出さんにならって、羽生氏も「キスで行く」ことを薦める。ごちゃごちゃ考えず、物事を簡単に単純に考えることは、複雑な局面に立ち向かい、解決するコツである。記憶に残る提言である。

ちなみに将棋の指し手は金出さんによると、10の30乗ぐらいあり、地球上の空気に含まれる分子の数より多いという。そんな無限・未開の世界にどれだけ深く踏み行っていけるのかが、将棋の醍醐味なのだと羽生氏は語る。


筆者は将棋は子供の頃、友達と遊びでやったくらいなので、『定石』(じょうせき。ルーティン化した戦略に基づく打ち手)が碁の用語で、将棋では『定跡』(同じくじょうせき)と書くことを初めて知った。

時々高校生の長男とチェスは遊びで打つが、駒が再利用できる将棋とチェスでは打ち手のバリエーションが違う。

チェスでは1997年にスーパーコンピューターのビッグブルーが世界チャンピオンのガリー・ガスパロフに2勝1敗3引き分けで勝利しているが、将棋ではまだまだで、市販の強い将棋ソフトの実力はアマチュア3段くらいだと言われているそうだ。

しかしコンピューターが強いのは終盤で一気に詰ませ合う時はプロをもしのぎ、詰め将棋などは最も向いているが、中盤の限りなく打ち手があるときは初心者程度であると羽生氏は語っている。

将棋をベースとしていながら、読み応えのある内容の濃い本である。

いくつか参考になる点を紹介しよう。


勝負には周りからの信用が大切だ。期待の風が後押ししてくれる

プロ野球などで、チャンスに強いとファンから期待される選手が、期待に応えて活躍し、ヒーローインタビューで「ファンの皆さんのお陰です」と答える場面をよく見かけるが、これは決して社交辞令ではない。周りの信用の後押しが、ぎりぎりの勝負になって出てくるのではないかと。

将棋に限らず、勝負の世界では、多くの人たちに、どれだけ信用されているか、風を送ってもらうかは、戦っていくうえでの大きなファクターであり、パワーを引き出してくれる源であると羽生氏は語る。

大山康晴名人も「仲間に信用されることが大切だ」と語っているそうだが、ビジネスや広く人間関係においても、気持ちの差は大きいのではないだろうか。

Aがやるとスムーズに行くのに、Bがやるとうまくいかないことがある。AとBの仲間の格付けや、信用の後押しの違いが大きいはずだ。そのためにも、日頃から実力を磨き、周りからの信用を勝ち取ることが大切だと羽生氏は語る。

『期待の風を送ってもらう』とは羽生さんらしいユニークな言い方だが、期待されているという自信が、より大きなパワーを引き出すことはたしかで、そのためにも日々の研鑽が重要だという羽生さんの論理は、シンプルだが、非常に説得力がある。


直感の七割は正しい

冒頭に紹介した内田和成さんの「仮説思考」で紹介されていた部分だ。

将棋には一つの局面で80通りくらいの指し手の可能性がある。その80から大部分を捨てて、これがよさそうだという候補手を2−3に絞るのである。

その絞った手に対し、どれが一番正しいか綿密にロジックで検証する。三つの手に対して、またそれぞれに三つの展開候補があり、それがまた枝葉に分かれるのですぐに300手、400手になってしまう。

どこまで検証すれば良いのかの基準はないので、ある程度のところで思考をうち切り決断するのである。

三つに絞った手が、うまくいかなければまた最初に戻って他の手を考える、そうなると数時間かかる長考になり、迷っている状態になる。打ち手に情が移ってしまい、捨てきれなくなるのだと。

そんな時は相手の立場になって眺めてみたりするが、長考の時はどうやってもうまくいかないというケースが非常に多く、結局「どうにでもなれ」という心境で決断すること結構あると。

羽生さんは将棋を指すうえで一番の決め手になるのは『決断力』だと語る。経験を積み重ねていくと、さまざまな角度から判断ができるようになる。しかし、判断のための情報が増えるほど、正しい決断ができるとは限らない。

将棋ではたくさん手が読めることも大切だが、最初にフォーカスを絞り、「これがよさそうだ」と絞り込めることが、最も大事だ。それが直感力であり、勘である。

直感力は経験し、培ってきたことが脳の無意識の領域に詰まっており、それが浮かび上がってくるもので、人間の持っている優れた資質の一つだ。

「直感の七割は正しい」と。


大局観と感性

羽生さんは大山康晴名人と対局したことがあるが、ハッキリいって大山さんは盤面を見ていない、読んでいないのだが、自然に手がいいところに行く。まさに名人芸であったと。

経験を積み重ねて、全体を判断する目、大局観がしっかりしているからであり、その基礎になるのが、勘、直感力である。

その直感力の元になるのが、感性である。

数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した小平邦彦氏は、数学は高度に感覚的な学問であるといい、それを『数覚』と名付けているそうだが、幾何の図形問題で、補助線を引くような閃き(ひらめき)が得られるかどうかが、強さの決め手になると羽生氏は語る。

将棋に限らず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、大局観と感性のバランスであると。

感性は、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったりという様々な刺激によって総合的に研ぎ澄まされるものだと。

この本が面白い理由である。


集中力

羽生さんによると集中力は、ダイビングで海に深く潜っていく感覚と似ている。水圧に体を慣らしながら、徐々に深く潜っていくのだ。

これ以上集中すると、「もう元に戻れなくなってしまうのでは」とゾッとする様な恐怖感に襲われることもある。

集中したときは、この一手しかないという場面では、駒が光って見えたりするのだと。まさに名人の域である。

ただ、毎日将棋のことばかり考えていると、だんだん頭がおかしくなってくるのがわかる。だからボーッとした空白の時間をつくり、本を読むなり、心や頭をリセットするのだと。


昔の棋士と対局できるなら升田幸三とやりたい

羽生氏は升田幸三と対局したいと語る。升田対大山は一時の将棋界のトップ対決で、167局戦って、升田の70勝96敗1持ち将棋であった。

升田将棋は立ち会いの瞬間で技を決めてしまうというやりかたで、現代の将棋のさきがけだったのだ。

しかしここ20ー30年の技術改革で、情報化時代の現代の棋士の方が圧倒的に強いと断言できると羽生氏は語る。

以前の戦法や指し手は、すでに常識になっているからだ。時代が進むと、全体的な技術も向上する。科学技術の進歩の様なものだと。


才能とは同じ情熱、気力、モチベーションを持続すること

羽生さんは、以前は才能は一瞬のきらめきだと思っていたが、今は10年とか30年とかでも同じ情熱を傾けられることが才能だと思っていると。

継続できる情熱を持てる人の方が、長い目で見ると伸びるのだ。

将棋界で現役のプロは150人くらいだが、力が衰えるとすぐに置いていかれてしまう怖い世界で、一週間全く駒をさわらずに将棋から離れていると、力はガクンと落ちてしまうだろうと。元の棋力を取り戻すには一週間の何倍もの努力が必要である。

報われないかもしれないところで、同じモチベーションを持って継続してやれるのは、非常に大変なことであり、それが才能であると。

羽生さんはエジソンの「天才とは1パーセントの閃きと99パーセントの努力である」という言葉を、どの世界にも通用する真理をついた言葉として引用している。

天才と呼ばれる領域に達しているからこそ言える羽生さんの言葉であり、重みがある。

プロ棋士は一年間に10いくつかの公式戦があり、その戦いの結果によって地位や収入を得ている。対局料として一定のお金がもらえるが、生活するためにはある程度の対局をこなさなければならない。

賞金が掛かることもあるが、賞金は一回限りのものであり、賞金が多額だからといって、将棋のさし方を変えることはないと。

羽生さんの2004年度の通算勝敗は60勝18敗で、勝率は7割7分だったが、次の年は何の保証もない。また一から積み上げるだけなのだ。

「どの世界においても、大切なのは実力を持続することである。そのためにモチベーションを持ち続けられる。地位や肩書は、その結果としてあとについてくるものだ。

(順序を)逆に考えてしまうと、どこかで行き詰まったり、いつか迷路にはまり込んでしまうのではないだろうか」と語っている。

説得力がある謙虚な言葉だ。


玲瓏(れいろう)

羽生さんが色紙を頼まれると書く言葉である。玲瓏は八面玲瓏から取った言葉で、周囲を見渡せる状況を意味しており、こころの状態を指す言葉でもある。明鏡止水とも似ている。

また克己復礼(こっきふくれい)もよく書く言葉だと。自制して礼儀を守るという意味だ。

勝負では感情のコントロールができることが、実力につながるのだと。


非常に参考になり、面白く読める本なので、まだまだ紹介したいが、あらすじが長くなりすぎてしまうので、目次からピックアップして紹介する。

内容がある程度推測できると思う。

第1章 勝機は誰にでもある
1.勝負の土壇場では、精神力が勝敗を分ける
2.勝負どころではごちゃごちゃ考えるな。単純に、簡単に考えろ!
3.知識は、「知恵」に変えてこそ自分の力になる
4.経験は、時としてネガティブな選択のもとになる
5.勝負では、自分から危険なところに踏み込む勇気が必要である
6.勝負では、「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い
7.勝負には周りからの信用が大切だ。期待の風が後押ししてくれる

第2章 直感の7割は正しい
1.プロの棋士でも、十手先の局面を想定することはできない
2.データや前例に頼ると、自分の力で必死に閃(ひらめ)こうとしなくなる
4.決断は、怖くても前に進もうという勇気が試されてる
6.常識を疑うことから、新しい考え方やアイデアが生まれる
7.事前の研究が万全な人は、私にとって手強い人だ

第3章 勝負に生かす「集中力」
1.深い集中力は、海に深く潜るステップと同じように得られる
2.集中力を発揮するには、頭の中に空白の時間をつくることも必要である
3.人間は、どんなに訓練を詰んでもミスは避けられない
4.私が対戦する相手はいつも絶好調で、やる気を引き出してくれる
5.プロの将棋は、一手の差が逆転できる想定の範囲内である
6,感情のコントロールができることが、実力につながる
7.わき上がる闘争心があるかぎりは、私は現役を続けたい

第四章 「選ぶ」情報、「捨てる」情報
1.パソコンで勉強したからといって、将棋は強くなれない
4.創意工夫の中からこそ、現状打破の道は見えてくる
5.将棋は駒を通しての対話である。お互いの一手一手に嘘はない
8.コンピューターの強さは、人間の強さとは異質なものだ

第五章 才能とは、継続できる情熱である
1.才能とは、同じ情熱、気力、モチベーションを持続することである
4.「これでいい」という勉強法も、時代の進歩によって通用しなくなる
5.プロらしさとは、力を瞬間的ではなく、持続できることだ
6.将棋の歴史には、日本が世界に誇れる知恵の遺産がある

参考になった本である。


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