パリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワインパリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワイン
著者:ジョージ・M・テイバー
販売元:日経BP社
発売日:2007-04-26
おすすめ度:3.0
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カリフォルニアワインがフランスワインに勝った伝説の1976年の試飲会のレポート。

著者のジョージ・テイバー氏はタイム誌の特派員として当時フランスに駐在しており、このブラインド試飲会に立ち会った唯一のジャーナリストとなった。

本のタイトルの「パリスの審判」は1976年のパリのワイン試飲会と、ギリシャ神話でトロイアの王子パリスが、女神コンテストの審判となり、世界一の美女を与えると約束した女神アフロディーテを選んでスパルタの王妃ヘレナを得、それがトロイ戦争につながったという「パリスの審判」にちなんでいる。

読んだ本しか買わない主義の筆者が、久しぶりに買った本だ。

単に伝説の試飲会とそれをとりまく中心人物を詳しくレポートするだけでなく、この試飲会をきっかけに、世界各地でフランスを超えるワインを生産しようという機運が高まり、結果として世界のワインビジネスの拡大につながったことがよくわかる。


French Paradox

1991年にアメリカのCBSテレビの人気番組60ミニッツは"The French Paradox"を取り上げた。

フランス人はフォアグラやチーズ、バターなど高脂肪食をたくさん食べるのに、心臓病はアメリカ人より少ない。その理由は赤ワイン=ポリフェノールの抗酸化作用だというフランスのボルドー大学の科学者の学説を紹介した。

それ以来、アメリカでも日本でも赤ワインブームが起こり、近年は中国や東南アジアなどの新興国のワイン新規需要が加わり、高級ワインの価格は毎年値上がりを続けている。

フランスのシャトーワインなどは年々高くなり、筆者の友人のソムリエの内田さん(NHKの「どんど晴れ」に出演している内田朝陽君のお父さん)はいつもこぼしている。

しかしプレミアム格付けワインの生産はボルドーでもわずか5%であり、実はそれ以外のワインの方が重要なのだ。


フランスのワインビジネス

フランスでは一人当たりのワイン消費量が、1926年の136リットルから最近は50リットル以下に下がっており、ワインを毎日飲む人の比率は1980年の47%から2000年には25%に下がった。

そのためフランスのワインビジネスにとっては、輸出ビジネスが唯一の活路なのである。

ところが世界のワイン輸出に占めるフランスのシェアは1990年の52%から、2003年には39%に落ち込み、他方新大陸のワインのシェアは1990年の4%から、2003年の21%と大幅に上昇した。

オーストラリア一国でも1990年の1.5%から2003年には9%にまで増加した。


ワインビジネスで最も重要な価格帯

ワインの価格帯は最低価格帯、10ドル前後、10〜20ドル、50ドル以上の4つに分かれており、このうち最もワインビジネスで重要なのが10〜20ドルの価格帯である。

この価格帯の顧客は、ワイン需要が急速に拡大している西ヨーロッパ以外の国であり、これらの国の裕福な消費者にブランド認知度が上がると、次は高価なワインも買ってくれるという好循環となってくる。

フランスが世界最大のワイン輸出国であることは変わらないが、チリやオーストラリアの大手生産者はフランスの強力な競合相手となってきた。


世界的なワイン生産の拡大

そこそこの品質のワイン生産は世界の至る所で拡大しており、最近ではインドや中国、モロッコ、ブラジルなどのワインが日本でも出回る様になった。

フランス、イタリア、スペインのワイン生産量は減少し、輸出量もここ10年でフランスは25%も減少する一方、新大陸のアメリカ、オーストラリア、チリなどは軒並み数倍の伸びを示した。

細かい温度管理が可能なステンレスの発酵タンク、特殊弁、フレンチオーク樽など、フランスで生まれた技術、フランスと同じ条件での生産が、世界中で可能となったのだ。

アメリカのワイナリー数は1976年には579で、そのうち330がカリフォルニアだった。これが2004年には全国で3,726にも拡大し、カリフォルニアだけでも1、689となった。

25のワイナリーがカリフォルニアのワイン生産の95%をい占め、ワインは基本的には大企業のビジネスだが、残りの1、664のブティックワイナリーが高級ワイン市場を大手から徐々に奪い取っている。


歴史的試飲会

かつてはフランスワインが世界の高級ワイン市場を牛耳っていたが、フランスの覇権に最初に風穴を開けたのが、1976年のパリのブラインドテイスティングだ。

この本では試飲会が行われた背景や、参加した6銘柄のカリフォルニアワインと4銘柄のフランスワインの歴史や特徴なども詳しく説明してある。

もともとこの試飲会は、パリでワインショップとアカデミー・デュ・ヴァンというワイン学校を始めたイギリス人スティーブン・スパリュアの思いつきで行われたものだ。

アカデミー・デュ・ヴァンは1987年に日本でも開校したワインスクールの老舗だ。筆者の知人の弁護士・桐蔭横浜法科大学院教授の蒲先生も初期の生徒で、川島なおみ、マリ・クリスティーヌと一緒にワインの勉強をしたそうだ。筆者もいつかはワインスクールに行きたいと思っている。

試飲会の審査員は全員フランス人で、ワイン専門誌の編集者、高級ワインを審査するAOC委員会の主席審査員、DRC(ロマネコンティ社)の共同オーナー、シャトー・ジスクールのオーナー、トゥール・ダルジャンのソムリエ、タイユヴァンのオーナー、3つ星レストラングラン・ヴュフールのオーナーシェフ、レストランガイドのゴー・ミヨ紙の販売部長など9名だ。

ワインはテイスティングの直前にカリフォルニアに旅行したスパリュアが持ち帰った24本だった。フランスの白ワインはすべてブルゴーニュ、赤ワインはすべてボルドーだった。

誰もがカリフォルニアワインがフランスワインに勝つことなど予想しておらず、カリフォルニアでも高品質のワインができることを、フランスのワインプロフェッショナルにも知って貰おうという軽い気持ちだった。

ところがブラインドテイスティングという審査法が、白ワインでも赤ワインでもカリフォルニアがフランスに勝つという予想外の結果につながった。

試飲会の様子については、主催者のアカデミー・デュ・ヴァン日本校のサイトにも「世界を変えたワインテイスティング ー パリ対決」として詳しく紹介されているので、このコラムも参照頂きたい。

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白ワインはシャトー・モンテレーナが一位

まず白ワインのテイスティングが行われた。フランスブルゴーニュを代表するモンラッシュ、ムルソーもあったが、1位になったのは、カリフォルニアのシャトー・モンテレーナだった。9人のうち6人が1位に選び、総合でも132点と2位のムルソー・シャルムの126.5点に大差を付けた圧勝だった。3位もカリフォルニアのシャローン・ワインヤードで121点だった。

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写真出典:Wikipedia

このときのシャトー・モンテレーナのワインメーカーがクロアチアからの移民で、現ガーギッチ・ヒルズ・セラーの共同オーナーのマイク・ガーギッチだ。

筆者はガーギッチ・ヒルズ・セラーを訪問したことがある。これが商品カタログだ。

シャトー・モンテレーナで有名になったシャルドネ以外に、フメ・ブラン、カベルネ・ソーヴィニオンをつくっており、カリフォルニアワインとしては比較的高い価格で販売している。

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赤ワインはスタッグスリープワインセラーズが一位

白ワインの審査結果が発表されて審査員全員が衝撃を受け、赤ワインではなんとしてもフランスワインを勝たそうと決心した中で、赤ワインのテイスティングが始まった。

しかし赤ワインでもカリフォルニアのスタッグスリープワインセラーズが127.5点で、ボルドーの1級ムートン・ロートシルトの126点、3位のボルドーでも最古参の15世紀から続くシャトー・オーブリオンの125.5点に僅差で勝利した。

4位は122点のシャトー・モンローズで、1位から4位まではほぼダンゴ状態だ。

それから20点近く差がついて南カリフォルニアのリッジ・ワインヤードだった。

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しかしスタッグスリープを1位に選んだ人は一人だけで、一位投票で最も多かったのはオーブリオンの3人、ついでモンローズの2人だ。

筆者の意見では、赤ワインではカリフォルニアの勝ちとは言えないと思う。

元々誰もカリフォルニアが勝つとは予想もしていなかったので、白はブルゴーニュ、赤はボルドーだけが出品されたが、ブルゴーニュの赤ワインや、シャトー・ラトゥールシャトー・マルゴーが出品されていたら、結果は違ったのではないかと思う。

この結果が出て、フランスでは審査員が叩かれた。

2位となったムートン・ロートシルトのオーナーのフィリップ・ド・ロートシルト男爵は審査員の一人に電話をかけ、「私のワインになんて事をしたんだ。一級昇格に40年もかかったんだぞ」とどなったという。


スタッグスリープワインセラーズ

筆者はスタッグスリープワインセラーズに行ったことがある。これが当時のワイナリーでの価格リストだ。

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ワイナリーに行ってもCask 23はじめ、SLVとかFayとかの違いがわからなかったが、この本を読んで初めて畑ごとのブランドの違いがわかった。Cask 23はいい年のみ1.500ケースだけつくられ、SLVとかFayは畑の名前だ。

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写真出典:Wikipedia


フランスのシャトーワインに勝ったワインということで非常に期待して訪問したのだが、正直特に優れているとは思わなかった。

テイスティングルームはアットホームな感じで、5ドルでいろいろテイスティングでき、テイスティンググラスはおみやげとして持ち帰りできる。少人数のワイナリーツアーもあり、たぶんナパバレーで最もサービスの良いワイナリーだと思う。

種々のワインのテイスティングの他、自分でもSLVを買って日本に持ち帰ってソムリエの内田さんと飲んでみたが、味と香りは今ひとつ印象が薄かった。

尚、似たような名前だが、スタッグスリープ・ワイナリーはなんの関係もないので、要注意だ。


その他のカリフォルニアワイン

余談だが、このとき(2000年)の筆者のナパ・ソノマのワイナリー訪問で、最も気に入ったのがモンダヴィ分家が経営するチャールズ・クリュッグのカベルネ・ソーヴィニオン・リザーブだった。このワインは伝説の試飲会には参加していない。

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訪問したことがあるワイナリーで、伝説の試飲会に参加したのはClos du Valだ。

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Clos du Valはスタッグスリープワインセラーズの並びで、Napa Valleyの北側のSilverado Trail沿いだ。

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ナパ・バレー産ワインビジネスをつくった4人

この本で繰り返し取り上げられているのが次の4人の人たちだ:

多くのワイナリーでワインメーカーとして活躍し、コンサルタントとして多くのワイナリーを技術面で助けたポーランド出身のアンドレ・チェスチェフ。

「ナパ・バレー産ワイン」というビジネスをつくりあげたロバート・モンダヴィ。多くのワイナリーを経済面で支援し、技術者を育成した。

しかしロバート・モンダヴィワイナリーはもはやモンダヴィ家のものではなく、アメリカのワインコングロマリット コンステレーション社が2004年に13.5億ドルで買収した。

コンステレーション社はオーストラリアのハーディズ、アメリカのSimi、フランシスカン、イングルヌック、モンダヴィを保有している。

シカゴ大学講師からワインメーカーとなり、チェスチェフとモンダヴィの協力を得て、スタッグスリープワインセラージを作り上げたワレン・ウィニアルスキー。

31歳でユーゴスラビアから移民してきて、ワインメーカーとしてシャトー・モンテレーナをはじめ、多くのワイナリーで実績を残し、ついに自分のワイナリーをつくってアメリカンドリームを実現したマイク・ガーギッチ。

この本ではワイン製造の様々な過程での工夫や新技術を、これら四人の登場人物が導入したありさまが詳しく描かれており、興味深い。

収穫時期の決定から、選別、破砕、除梗、発酵、上澄み取り、タンク熟成、樽熟成等の様々な段階で、工夫や新技術が使われていることがよくわかる。

スタッグスリープワインセラーズのワレン・ウィニアルスキーが、ぶどうの収穫日をいつにするか悩んでチェスチェフに相談したことなども紹介されている。ぶどうは農産物なんだという原点を気づかせてくれる。


筆者の好きなワインの話題ゆえ、ついあらすじが長くなりすぎてしまうので、このへんでやめておくが、ニュージーランドのマルボロ地区でのソーヴィニヨン・ブラン(辛口白ワイン)が、フランス・ロワール地方のサンセールを超えるワインをつくっているという注目すべき話や、オーストラリア、南アフリカ、ポルトガル、チリ、オレゴン州ウィラメットバレーでのワイン生産のレポートも面白い。

1855年のパリ万博の時のボルドーワインの格付けは、価格だけで決められたとか、雑学にも最適だ。

ワインに興味がある人には、大変楽しめる本だ。是非おすすめする。


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