会社で小宮山さんの講演を聞いたので、2007年に書いた「課題先進国日本」のあらすじを紹介する。(以下あらすじの肩書きは2007年当時)

講演は「課題先進国日本」という題で、以下に紹介する本の内容をさらに実際的にしたもので大変面白かった。

具体的には21世紀には必ず世界は高齢化するので、その先端に立って、「先進国モデル」としてエコロジカルで、高齢者が参加し、人が成長し続け、雇用がある「プラチナ社会」をつくろうというものだ。

日本のCO2排出量も、ものづくりで発生するCO2は45%以下で、家庭、オフィス、輸送でのCO2発生が5割以上だ。

政府が発表した2025年で1990年比CO2 25%削減というのは産業界から反対にあっている。産業界はたしかに「乾いた雑巾」といわれるように、CO2削減の減りしろは少ない。しかし家庭、オフィス、輸送は水がしたたり落ちている雑巾であると。

家庭では、省エネ型エアコンへの切り替えや、断熱でのエネルギー効率改善、ヒートポンプ型給湯(エネルギー80%削減)、燃料電池(エネファーム)を導入。

オフィスでは省エネ冷暖房と、蛍光灯をグローランプ型からインバーター型に切り替え(東大は35,000基の蛍光灯を入れ替えた)。

輸送はハイブリッド車ということで転換していけば、25%減は十分達成でき、しかもくらしが豊かになる。

小宮山さんは「ビジョン2050」ということで、1.エネルギー効率3倍、2.再生可能エネルギー2倍、3.物質循環(リサイクル)システムの構築の3つを20年前に提言したという。

今も「ビジョン2050」がそのままあてはまり、新しい構想名は「プラチナ構想」だ。

すでに80の全国の市町村が参加し、大学と企業も参加して、プラチナ構想ネットワークがスタートして、全国各地で「オンデマンドバス」や「企業エコポイント」(省エネ改築をした社員にポイントをあげる制度)などが動き出している。

今回の講演で得た新しい情報は、

1.電気自動車はアメリカや中国では現状のままではソリューションにならない。

アメリカや中国では石炭火力発電所に脱硫設備を付けていないので、電気自動車にすると、発電でCO2排出量が増え、大気汚染が悪化するからだ。電気自動車がソリューションになるのは、日本のように脱硫設備が完備した環境対策先進国に限られる。

発電量当たりのSOX発生量は、日本は2002年に0.2g/KWhで、これに対してアメリカは3.7、ドイツ0.7、フランス2.0とダントツの低さだ。中国の数字は示されていなかったが、脱硫設備が普及していないので、たぶん大変なSOX発生量になると思う。


2.リサイクルが進めばいずれは鉄鉱石などのヴァージン原料の需要が減ってくる。

当面は世界の需要が増えているので、高炉がいらないということにはならないが、いずれは高炉が減って電気炉が増えてくるのだろう。


3.家電やエコキュートなどの省エネは5−10年で目覚ましく進歩している

古いエアコン、冷蔵庫を買い替えると、5年前後で元が取れる。またヒートポンプ給湯(エコキュート)に変え、内窓を取り付けたりして窓を二重にすると、住宅のエネルギー消費は格段に下がる。

環境省は今年は月曜日にしか暖房を入れていないが、オフィスの断熱を強化したので、一週間暖房をつけなくても(厚着している人もいるという話もあるが)、いけるのだと。

また小宮山ハウスでは太陽光発電も入れたため改装したリターンは12年だが、電力会社の買電価格が上がったので、さらにリターンは短縮するという。


冷暖房の理論エネルギーはゼロだと小宮山さんは語る。筆者も内窓や、省エネ家電への切り替えなど、実際に検討してみようと思う。

たしか小宮山さんはアメフット部のOBだったと思うが、いわゆる「東大総長」、「象牙の塔」という感じでは全然ない。やはりアメフット出身だけに、チームプレーで仕事をこなすという発想が、唯我独尊タイプが多い他の学者と違うところだろう。

エネルギッシュで、実務的であり、大変参考になる講演だった。


「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ
著者:小宮山 宏
中央公論新社(2007-09)
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東大総長小宮山宏教授の日本改革の提言。

小宮山教授の専門は化学工学で、小宮山教授自身がCVD(Chemical Vapor Deposition)という半導体の薄膜製法を手がけ、CVD反応工学という新しい学問を生み出したという功績がある

小宮山教授は2003年に技術を生活に生かす「動け!日本」というプロジェクトを主宰しており、2006年、2007年と連続してダボス会議にも出席している。

東大総長がダボス会議に出席していたとは初耳だが、象牙の塔にこもらない行動派の総長という印象だ。


出羽の守

明治以来の学問は「出羽の守(かみ)」だったと。つまり米国「では」、イギリス「では」と外国の例を紹介するだけの論文を書いた人々だった。

今もこういう人は多い。ちょうど10月1日に郵政民営化が実現したが、マスコミに登場する評論家の多くは依然としてイギリス「では」、ドイツ「では」、スゥエーデン「では」と言っている「出羽の守」ばかりだ。

これからは、自分でゼロからモデルを創造しなければならないと小宮山教授は主張する。


東大総長としての訓辞

東大総長に就任して、小宮山教授は学生生活で獲得すべき目標として次を訓辞したという。

1.本質を捉える知
2.他者を感じる力
3.先頭に立つ勇気

筆者もかすかに記憶があるが、歴代の総長の訓辞はだいたい1が多い。有名な大河内一男総長の「ふとった豚よりやせたソクラテスになれ」というのも、1の路線だ。

つまり大学というアカデミズムのトップの自覚を持って、リーダーとして社会のために勉学に励めというものだ。

そんななかで、実社会で成功する上で不可欠なコミュニケーション能力や、リーダーとなる勇気を説いているのも、行動派総長小宮山教授の特徴と思える。


日本は課題先進国

小宮山教授は日本は課題先進国だという。

まだどの国も解決したことのない問題が山積だ。エネルギーや資源の欠乏、環境汚染、ヒートアイランド現象、廃棄物処理、高齢化と少子化、都市の過密と地方の過疎、教育問題、公財政問題、農業問題など。

これらは遠からず世界共通の問題となってくる。

日本のGDPは世界第2位で世界の11.2%を占めるが、二酸化炭素排出量では世界4位、4.7%にとどまる。日本には公害対策や、省エネ、太陽電池利用、ハイブリッド車開発という輝かしい歴史がある。

日本が課題解決先進国として世界をリードするのだ。

GDP規模ではいずれ人口が10倍の中国、インドに追い抜かれようが、エネルギーの効率的利用や公害問題で示したように、持続可能な世界をつくる課題先進国、21世紀のフロントランナーとして世界の範となるのだ。


サステイナブル・ソサエティ

小宮山教授は1999年に「地球持続の技術」という本で、「ビジョン2050」という環境と資源に関するトータルビジョンを提案した。

地球持続の技術 (岩波新書)
地球持続の技術 (岩波新書)


2030年には中国・インドが先進国の仲間入りをすると予想され、2050年には今の途上国を含め、世界中のすべての国が先進国並の生活水準となる。そのとき人口は90億人となり、それ以降は漸減する。エネルギーの消費は3倍まで増える可能性がある。

2050年を目標として、持続可能な(サステイナブル)社会をつくるためには、次の3つが必要となる。

1.徹底したリサイクルによる物質循環システムの構築
2.エネルギー効率を現在の3倍に引き上げる
3.自然エネルギーの利用を現在の2倍に引き上げる

ハイブリッド車から深夜電力が利用できるプラグインハイブリッド車、さらに電気自動車に向かうことによって自動車用のガソリン消費は2050年までにはゼロとすることができるという。

小宮山教授は廃材、モミガラ、麦わらなどを利用したバイオマスも提唱する。

バイオマス・ニッポン―日本再生に向けて (B&Tブックス)
バイオマス・ニッポン―日本再生に向けて (B&Tブックス)


小宮山教授は、自宅でも太陽光発電、アイシネンという断熱材、二重ガラス、エコキュートというヒートポンプ型冷暖房を導入して、自分でも実践している。


教育に関する提言

教師育成にも問題があると小宮山教授は主張する。

筆者も知らなかったのだが、以前は9割の高校生が物理を学んだが、今の高校ではわずか2割しか受講していない。

また以前は大学3年生からでも単位をよけいに取ることで、教員免許が取れたが、今は小学校の先生になるためには、事実上文系の教員養成コースに行かないと難しい。

物理も勉強したことがなく、文系で先生となるので、理科の嫌いな小学校の先生がどんどん増えていると。

小宮山さんは教員免許取得機会の多様化を主張しており、さらに教育院を設立して、多くの大学と教育委員会が共同して、新しい教師育成と現場の教師の研修にあたるべきだと主張する。


高等教育投資の財源

日本と米国の高等教育投資の差は大きいと小宮山教授は指摘する。

日本は2兆円だが、米国は15兆円で日本の7.5倍もある。これに加えてエンダウメントと呼ばれる寄付を基にした基金を高利で運用し、巨額の運営資金としているのだ。

たとえばハーバード大学の基金は3兆円弱、これを平均運用利回り15%で回して、2006年の利益は4,000億円にも上る。イェール大学は2兆円、平均運用利回りは20%に達するという。

日本では慶應大学のエンダウメントの規模が300億円で、全く勝負にならない。東大の年間予算が2,000億円なので、米国の一流大学は基金の運用益だけで東大の年間予算の倍の資金を得ているのだ。

米国の大学が豊富な資金によって、学費免除と奨学金を与えて、世界中から優秀な学生をリクルートしているのは知る人ぞ知る事実だという。

教育の質は予算規模だけでは決まらないが、理系などの実験装置・設備が必要な分野では、予算の差が高度な研究が可能かどうかを決めるファクターともなる。

小宮山教授は日本の大学への財政投資を今の倍の5兆円に増やすべきだと主張する。

財政事情が許さないのであれば、米国の様に個人の寄付を活用するために、税額控除を認めるべきだと主張する。

現在の日本の税制では、寄付は基本的に所得控除で税額控除ではない。

東大では2名の副理事に加え、10名以上をフルタイムで雇用して寄付集めに専念させているが、現状では限界があると。

発泡酒の例を見るまでもなく、税制は社会を動かす力がある。その意味で寄付を税額控除として、日本国民の1,500兆円の個人資産を教育に振り向けようという小宮山教授の主張は合理的だと思う。


東大の公開講座Podcasting

東大の知に関する公開講座がPodcastingで提供されている。iTunesで無料でダウンロードできる。

ノーベル賞受賞者の小柴昌俊教授が第1回に宇宙はどうやってできたかを講義している。

筆者もダウンロードして現在聞いているが、わかりやすく面白い。

便利になったものだ。


日本人への応援歌

日本は江戸時代に教育普及率が70〜85%に達し、当時の世界で圧倒的にトップだった。高い教育水準と識字率が文明の基盤でもあった。

明治になって、欧米に工業化の面で追いつくべく富国強兵を実現した。敗戦でほとんどすべての産業基盤、社会基盤を失ったが、再び欧米モデルを追いかけ、終戦から23年後の1968年に世界第2位のGDPを達成した。明治維新から100年後のことだった。

狭い国土で乏しい資源でありながら高い成長を達成し、なおかつ公害問題もエネルギー問題も解決した日本。

その国民性を持ってすれば、「課題先進国」として世界に先駆けて課題を解決することもできるはずだと小宮山教授は日本国民に対してエールを送る。

「課題解決先進国になれ、日本はそれができるのだ、日本はきわめて良い位置にあるのだ」と。

行動派総長の日本への応援歌。あらためて発見することも多い。是非一読をおすすめする。


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