不思議なほど仕事がうまくいく「もう一言」の極意


前回「失礼ながら、その売り方ではモノは売れません」で紹介した横浜市長選挙に立候補している元ダイエー会長で、東京日産販売社長の林文子さんのコミュニケーションの極意。

このブログでは、林さんの「一生懸命って素敵なこと」も紹介している。

林さんは昨年NHKドラマの「トップ・セールス」のモデルになった人だ。

今年7月に講演をお聞きする機会があったが、一見すると普通のおばさんだが、毎日100件訪問をノルマにして、体をこわしたこともあるという下積み時代からの苦労と、トップセールスとしてお客を大事にする姿勢が身に付いていて、全く肩に力が入ったところがないのは風格を感じる。

林さんがこれまでやってこれたのは、「出会った方一人ひとりとのあいだを、できるだけいい関係に育てようとしてきたことに尽きる」と語っている。

林さんは「コミュニケーションの天才ですね」と言われることがあるそうだが、自分なりに努力してきたと語っており、この本でその苦労の一端を明かしている。

まわりを見回すと連絡はメールが主になり、上手に人とつきあえないで悩んでいる人も多いので、林さんの日頃心がけていること、経験を役立てたいとして書いたのがこの本だという。


目次で本の良さがわかる

この本の目次は次のようになっている。

第1章 「もう一言」の話しかけで人間関係は変わる(仕事の9割は、人間関係が決める)
第2章 人脈を広げる、ちょっとした習慣(「話しコミ」の積み重ねで毎日が変わる)
第3章 「ほめぐせ」「感謝ぐせ」をつける(「ほめ言葉」と「ありがとう」が人を動かす)
第4章 言いづらいことほど本気で伝える(感謝される「断る・叱る・詫びる」の伝え方)
第5章 口下手な人も、こうすればうまく話せる(じっくり聞く、ひたすら相手を受け入れる)
第6章 逃げずに真剣に相手と向き合う(深い人間関係を育てると、人生が豊かになる)

筆者は本の目次を見ると大体著者のレベルがわかると思っている。

良くできた目次は著者の頭の中が整理されており、目次に本の内容がサマライズされていて、それこそ頭にスッと入る。

反対にやっつけ仕事で書いたような本は、目次が練れておらず、トピックを並べただけ、自分の言いたいことを書いただけで、読者のことを全く考えていない。このような目次の本は読んでも失望したり、疲れることが多い。

この本の目次には、それぞれ5から13くらいのサブタイトルも紹介されており、目次だけでもこの本の内容が大体わかる非常に優れた目次である。

まずは本を読む前に、アマゾンのなか見検索で目次を是非見て頂きたいが、一例として次のような目次となっている。自分の持っているノウハウを惜しげもなく披露していることがわかると思う。

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自分の経験からのアドバイスなので、それぞれ重みがあるが、単なる経験だけでなく、ちゃんと裏付けがある。

たとえば「とにかく一言、話しかける 次の一言は「共通項」を話題にする」では、まずは共通の友人とか、なんらかの共通項を探すことをすすめている。この共通項は心理学では、フランス語で「ラポール」("rapport")というのだと。

どんな人間関係もラポールが形成されると、あとはうまくいくものだ。ちなみに、この"rapport"は英語でも時々出てくるので、筆者は実は「ラポート」だと思っていた。勉強になりました。

参考になった点をいくつか紹介する。


「声かけ」がさかんな店はよく売れる

スーパーの店頭でも、お客さまが商品を手に取ると、「ありがとうございます。こちらもおすすめですよ」と一言、言えるか言えないかが結果を大きく変えるという。

そういえば筆者の知人が、学生時代にデパートの食品売り場の老舗のお菓子屋でアルバイトしていた時に、他の店としめし合わせて、それぞれの店で買ったお客に「あの店の○○もおいしいですよ」と一言すすめたら、両方の店の売り上げが上がったという話をしていたことを思い出した。


「口下手」は関係ない。慣れと経験がすべて

セールス業界に飛び込んだ林さんは営業の本に、「まず、一日、百軒回りなさい」と書いてあったのを素直に受け止め、本当に一日百軒、訪問セールスをしていた。

それで誰か出てきたら、すぐに相手の心を開かせるような一言を言うクセがついた。

「お花がきれいですね。毎日、お手入れされているのでしょう?」とか、「素敵なお住まいですね。新築されたばかりですか?」とかだ。

「私は口下手で」とか言っている人は、まだまだ苦労が足りないと。積極的に自分から話しかける経験を積んでいかなくては、話しかけひとつだって身に付かないという。

拒絶されても、めげずに話しかける。それを繰り返していくうちに、相手のストライクゾーンを突く話しかけができるのだと。


ネガティブなことはけっして言わない。どんなことにもプラス面を見つける

「どんなに親しい間柄でも、ネガティブなことはけっして口にしないと決めて下さい。」と林さんは語る。

意識して言い方を変えて、常にポジティブな言い方をするのだ。


三分間スピーチ

林さんが支店長をつとめていたBMWでは、スタッフ全員に毎週一回三分間スピーチをしていたという。仕事の話だけしているようでは、信頼関係は生まれないので、スタッフ同士が趣味や気づいたことを言い合った、

それで、うち解けて話をするようになり、チームの結束力が高まった。

それと林さんが心がけたことは、「話コミ」だという。「話とコミュニケーション」をつなげた言葉だが、ともかく機会を見つけて社員の話を聞いていたという。

組織内のコミュニケーションをよくする責任は、上司にあると考えていると。「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」は上司がする。これが林さんの持論だ。

上司の方から、「あの件どうなっている?」とか、「あの件の社内承認は、現在こういう段階にあるから」とか説明するのだ。


勇気を持って、相手の懐に飛び込む これだけで、人間関係の悩みの90%はなくなる

林さんは、可能な限り従業員食堂で食事をする。それも、どこでも空いている席に気軽に座って、「ここ、いいですか?」と言って話しかける。またいわゆる取り巻きをつくる様な、特定の人と食事には行くようにはしない。特に人の上に立ったら、組織内の人間関係を特別な形にしないように配慮することが絶対必要だと林さんは語る。

以前NHKのテレビのサラリーマンNEOでのキャノンの社員食堂の紹介で、会長の御手洗さんが空いている席に座って、社員と談笑していたので、あれはやらせだと思っていたが、案外そうでないのかもしれない。

できたトップの人もいるものだ。


「ランチタイム症候群」

職場の女性たちの間で、ある人は誘わないようにすると、その人は誰からも誘って貰えず、一人でランチを食べなければならない不安から、出社拒否につながってしまう場合もあるという。これが「ランチタイム症候群」だ。

なぜ自分から一歩、踏み出さないのだろう。

自分からあっさり、「私も一緒にいってもいいですか」と一言言えば、たいていの場合問題解決となる。


「商品説明」でモノは売れない お客様目線で「感動」を伝える

林さんは車のセールスをする場合でも、「これこれで、性能は抜群」といった説明はしたことはないと。そんなものはカタログに書いてある。

「私も試乗してみましたが、加速がなめらかで力強くて、とっても気分がいいんです」という様に、あくまで自分が使ってみてどう感じたか、使用感を話すことを心がけたという。

その方がお客の共感を得られやすいのだ。

また結局他社製品を買った客もほめるという。お客の心を次回につなぐのだ。


基本ができていると思う。


細やかな心遣いを感じるのは次のような場合だ。


ただ「頑張って!」では、むしろやる気は落ちる 「期待している」「信頼している」と伝える

よく、うつ状態の人に「頑張って!」と声を掛けてはいけないというが、それと同じことである。

たいていの場合、誰だってまじめに頑張っているが、結果が出ないので悩んでいるのに、「頑張れ」と言われると途方にくれてしまう。

だから林さんは、そんな当たり前のことは言わない。

「あなたには本当に期待しているんですよ」とか、「あなたのことは全然心配していません。必ず力を発揮できる人だから」という言葉の方が、相手の沈んだ心に火をつけて、やる気を燃え立たせるのだと。

「頑張る」という言葉は、自分に対して使うのだ。「私も頑張りますから、一緒にやりましょうね」とか、「私もさらに頑張りますから、あなたもお願いね」とかいった使い方だ。

コミュニケーションの基本は、感謝と共感であると。


カーネギー流のじっくり聞くという姿勢も、第5章で次のようなサブタイトルで説明している。


とにかく、相手の話をよく聞く 自分の話を聞いてくれる人を嫌いになる人はいない

自分20%、相手が80% これが、感じのよい会話のバランス

相手が言いたいことは先取りしない 言いにくいことはこちらから切り出す

言葉の最後まではっきり発音する 録音して聞き直すと、欠点がよくわかる


人間関係はごまかしがきかない

長くビジネスの世界で多くの人に接していると、人間関係ほどごまかしのきかないものはないと痛感させられるという。

どんなに言葉を飾っても、どんなにマナーに気を配っても、それらを超えて、あるいはそうしたもののさらに奥から、その人の人間性が隠しようもなく、伝わってくるのだと。

たとえば先日来社した人から、林さんの部屋に置いてある観葉植物を見て、「お手入れが行き届いていて、幸せなパキラですね」と言われたことがあるという。

その一言で、この人はなんといい方なのだろうと、挨拶を交わす前から好きになってしまったという。「幸せなパキラ」という言い方にその人のやさしさ、思いやりの深さを感じたという。

普段感性豊かな日々を送っていなければ、こんな言葉がとっさに出てこないからだ。


体をこわし、入院したこともある

林さんは、ホンダに10年余り在籍し、女性ではあまり例のない自動車セールス、それも入社の翌月には営業所トップの成績を挙げて、それ以降退社するまでトップの座を譲らなかった…。

この話を繰り返すのは、決して自慢したいからではないと。

実はがむしゃらに働きすぎた結果、体をこわし、入院し、つらい時期を体験しているのだ。しかし病気をした後は、それまで以上に人のことを思いやれるようになったという。

コミュニケーション上手と言われる林さんだが、正直に言えば、つらい思いもいままでかみしめてきた。しかしそれはいままで口に出さずにやってきた。

「辛さをじっと抱きしめる」それが「辛抱」なのだと気づいたからだ。

さすがだと思う。


林さんのおすすめ

林さんは落語の大ファンで、特に好きなのが円生志ん朝談志だという。落語の中に生き続ける人情の機微を大事にしたいのだと。

毎日出かける前に、一席談志のCDを聞くのが朝の楽しみだと。

林さんのトレードマークの、ともかくほめることをテーマにした落語なら、「子ほめ」だという。



林さんのお父さんが青果市場の仲買人で、小学校にあがるまえから歌舞伎や演芸に連れて行ってもらったので、芝居や落語が大好きだという。芸人の「間」は、なんともいえず巧みであると。

林さんは文学少女だったが、なかでも大正・昭和時代の小説が好きで、永井荷風の「墨東綺譚」が特に好きだと。

〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)
著者:永井 荷風
販売元:岩波書店
発売日:1991-07
おすすめ度:4.5
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「墨東綺譚」は全部読んだことがなかったが、林さんの本を読んでから読んでみた。ついでに同じ永井荷風の「断腸亭日乗」も読んでみた。

東京下町の日常生活がわかるという意味では、どちらも面白く、「断腸亭日乗」は、戦前・戦中の生活がわかって興味深い。

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)
著者:永井 荷風
販売元:岩波書店
発売日:1987-07
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


本を読まなくなったことと、人付き合いが苦手な人が増えていることは、根っこでつながっているように思えてならないと林さんは語る。


目指すのは3K

3Kといっても、林さんの3Kは、「感謝・感動・感激」だ。


「人が好き。花が好き。仕事が好き。」

最後に林さんの好きな言葉が紹介されている。

「人が好き。花が好き。仕事が好き。」

これが色紙などによく書く言葉だという。

花は繊細で弱い生物。でも強靱さも秘めていて、少しぐらいの風ではびくともしないで、美しい花を咲かせている。

人間も同じで、ときには傷ついても、憎しみに出会っても、それらを乗り越えて笑顔でいる。そんな人に会うと自分もそうありたいと思うと。

そうした人になるには、仕事をすることが一番だと思っている。仕事を通して人は磨かれ、しだいに強く美しく、おだやかに、あたたかくなっていくのだ。

このブログで紹介した伊藤忠の丹羽さんの「人は仕事で磨かれる」も良い本だが、それと同じだ。


「人生とは何か?」そう聞かれたら、林さんは「人がすべて」と答えると。

すべての人に学び、育てられ、磨かれていく、それが人生、生きる喜びである。

「いまの私があるのは、これまでの人生で出会った、すべての人のおかげです。」

さすが林さんだ。

読んでみて感動を与える本である。林さんのファンになってしまう。

もっと林さんの本を読みたいと思わせる良い本である。


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