いよいよ来週4月14日から2016年のオリンピック開催地を視察するIOCのミッションが東京を訪問する

視察は4月16日からの4日間で、筆者の会社のオフィスも視察日程のコースに入っている。

東京オリンピックへの招致活動を支援する意味で、ロスアンジェルスオリンピック金メダルの「史上最強の柔道家」、山下泰裕さんの元経団連会長奥田さんとの対談本を紹介する。


以前NHKで「スポーツ大陸 何があっても勝つ〜史上最強の柔道家 山下泰裕〜」を見たことがある。

山下さんの現役時代の数々のエピソードが取り上げられており、山下さんの恩師の佐藤宣践(のぶゆき)先生も登場する。

柔道を始めた頃から、1984年のロスアンジェルスオリンピックで2回戦での右足の肉離れにもかかわらず金メダルを取ったこと、オリンピックの翌年の全日本柔道選手権で宿敵斉藤仁選手と対決し、優勢勝ちを収めて203連勝無敗のまま引退したことなどが紹介されている。

YouTubeにロスアンジェルスオリンピックの映像が載っているので紹介しておく。



ロスオリンピック決勝の時の山下さんは、利き足の右足を引きずって、とても試合などできる状態ではなかったことがよくわかる。

筆者も高校生のときにサッカーをやっていて肉離れを経験したことがあるが、筆者の場合は「バキッ」という音とともに激痛が襲ってきた。とても運動などできたものではない。

今映像を見直しても痛々しいかぎりだが、それでも金メダルを取るとは、本当に国民栄誉賞に値すると思う。

武士道とともに生きる武士道とともに生きる
著者:奥田 碩
販売元:角川書店
発売日:2005-04-25
おすすめ度:3.0
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トヨタの奥田碩(ひろし)元会長と、東海大学体育学部教授で前国際柔道連盟教育コーチング理事の山下泰裕氏の寄稿と対談を集めた本。奥田さんは柔道6段だ。

山下さんの講演を聞いて感動したことがあるので読んでみた。

山下さんの肩書きを前理事と書いたのは、2007年の国際柔道連盟の理事選挙に敗れたからだ。このことは話題になったので、山下さん自身の山下泰裕公式ホームページ敗戦の弁を紹介しておく。

柔道が"JUDO"時代となり、山下さんの知名度をもってしても、本家本元の日本が国際柔道連盟の主導権を取れない現状がよくわかる。柔道国際化の宿命といってしまえばそれまでかもしれないが、ハンドボールの「中東の笛」をはじめ、国際スポーツ界の金権化が危惧される。

山下さんは柔道教育ソリダリティというNPO法人のホームページと、山下泰裕公式ホームページで、山下さんの活動や各種雑誌などへの寄稿や各地で行った講演などを情報発信している。

どちらかというとこの本は奥田さん色が濃く、山下さんの話は抑えている感じなので、このあらすじでは山下泰裕公式ホームページで公開されている講演録などの情報も含めたあらすじを紹介する。

山下さんの講演録は「自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)」という題で、筆者が聞いた講演とほぼ同じで他の話題も含まれていて大変面白いので、是非是非読んで欲しい。


同級生からの表彰状

山下さんは子どもの頃から体が大きく、暴れん坊だった。小学校4年生から柔道を始めたが、それまでは山下さんがいるから学校に行けないという登校拒否児童が出るありさまだったという。

山下さんがロサンジェルスオリンピックで足のけがにもかかわらず金メダルを取った時に、故郷の同級生が次のような表彰状をくれたという。

「表彰状 山下泰裕殿 
あなたは小学生時代、その比類稀なる体を持て余し、教室で暴れたり、仲間をいじめたりして、われわれ同級生に多大な迷惑をかけました。しかし、今回のオリンピックにおいては、われわれ同級生の期待を裏切るまいと不慮の怪我にもかかわらず、見事金メダルに輝かれました。このことは、あなたの小学生時代の数々の悪行を清算して、あり余るだけではなく、われわれ同級生の心から誇りうるものであります。よって、ここに表彰し、偉大なるやっちゃんに対し最大の敬意を払うとともに、永遠の友情を約束するものである。」

山下さんは過去の栄光の品々は国民栄誉賞も金メダルも一切飾っていないそうだが、この表彰状だけは飾っているという。過去は関係ない。大事なのは、今とこれからだという。


指導者としての山下さん

山下さんが師と慕うのは、中学時代の恩師白石礼介先生、高校・大学の恩師佐藤宣践(のぶゆき)先生、東海大学の創始者松前重義先生、そして柔道の創始者嘉納治五郎先生だ。

講演でも話されていたが、山下さんは指導者といっても、自分が教えたことよりも、むしろ学生やみんなから教えられたことのほうが多いと謙虚に語る。

山下さんも名選手名監督ならずの例で、初めは自分の立場でしかものを見ることができず、他人の考えていることがわからなかったという。

しかし指導者としての経験を通して、不世出の名選手だった山下さんが「何を言ったか」ではなく、山下さんの指導により相手が「どう変わったか」が重要なのだと考えるようになった。「お前、これはあの時教えたじゃないか」などと言っても、それは指導者の自己満足でしかないのだ。

山下さんの教え子の中では、手間が掛からなかった教え子よりも、手間の掛かった教え子のほうが、指導者としての山下さんを成長させてくれたという。

山下さんが現役を引退して東海大学柔道部の監督だった時に、仲間を楽なほうへ、悪いほうへ引っ張る4年生の問題児がいたという。彼は兵庫県の高校代表だったが、全国のトップクラスが集まる東海大学柔道部では試合に出られず、後輩に追い抜かれ、くさっていたようで、山下さんはやる気がないなら辞めて欲しいと思っていたという。

そんな時に白血病のお子さんを持つ両親から、山下さんに献血のためにA型の学生を集めて貰えないかとの依頼があった。そこで山下さんが声をかけ、20名ほどの献血者が集まったが、その中にその問題児がいたのだという。

手術が成功し、そのお子さんが退院していくときにお母さんが挨拶に来られて、涙を流してお礼を述べられたが、その時にその問題児が片道1時間も掛かる病院まで何度も見舞いに行って、試験などで行けない時は手紙を書いて励ましていたことを山下さんは知って驚いたという。

自分もA型なのに監督だから学生に声をかけるだけで献血にも参加せず、その学生をやる気のない奴だということで、ただ叱っていた。兵庫県でチャンピオンだった学生が後輩に追い抜かれる挫折感、心の葛藤も理解しなかった。また選手を強くしたいという気持ちよりも、自分が日本一の監督だと思われたかった自らに気が付いたという。

指導者としての経験を通して山下さんはできる、できないで区別せず、「この子はできるまでに時間がかかるんだ」と考えるようになったという。

人を評価するときは、できるだけ全体的に見なくてはいけないということを、その学生から教わった。欠点を指摘するのはたやすいが、良い点を見抜くのはじっと見ていないといけない。頑張ったところをほめてやる。枠にはめず、いいところをできるだけ伸ばしてあげるようにしたいと考えているのだと。

英語のEducationも語源は「educe=引き出す」だ。その人のいいところを育ててやる。それが教育だと思っていると山下さんは語る。

山下さんは、筆者がもう一度話を聞きたい人の筆頭だ。


シドニー・オリンピックのデュイエと篠原

2000年のシドニーオリンピックでの100キロ超級決勝でのデュイエの内股を、篠原信一選手が内股すかしで返したが、審判は高度な技を理解せずデュイエの金メダルが決まった。

この試合の後、日本とフランスの間がギクシャクしたが、デュイエは「困難から逃げないで立ち向かう勇気を教えてくれたのも柔道だった」と、つたない日本語で「よろしくお願いします」と手紙を書いてきて山下さんに訪日の件を知らせてきたという。

「弱いから負けた」と一切言い訳をせず、審判にも決して不満を言わなかった篠原信一選手の人間の大きさも立派だし、デュイエも立派だ。どちらも金メダルにふさわしいと山下さんは語る。


「道(ひとのみち)」としての柔道

山下泰裕氏は「柔道を通じて「武士道」のような日本人の精神を世界に広めたい」と語っており、奥田さんと山下さんが、「姿三四郎」などに描かれている柔道の武士道精神などについて語っている。

筆者は柔道は高校の体育で数ヶ月やった程度だが、柔道といい剣道といい、相手と1対1で対決する武道は、勝つための自らの鍛錬という面でも、対戦相手との友情が生まれるという面でも、きわめて教育的なスポーツだと思う。

だから「道」という名前がついており、まさにこれが創始者の嘉納治五郎が柔術から柔道を生み出した違いである。

北京オリンピックの石井慧(さとし)選手が象徴的だが、勝つことに意味があるのだという風潮がある。

スポーツとしてのJUDOなのか、鍛錬としての柔道なのか、意見が分かれるところかもしれないが、JUDO路線の対極にあるのが、この本で述べられている武士道精神を目指す柔道である。

石井慧選手を特集したNHKスペシャルを見て、石井選手が口だけではなく人一倍努力をして、ヒマさえあればウェイトトレーニングをやって筋肉をつけ、筋力、技のきれ、スピードを磨いてオリンピックに臨んだことを知った。

「腹筋の出ている重量級の柔道選手など(他には)いない」という石井選手の言葉もその通りだと思う。

普通の人ではマネのできない努力の結果勝ち取れた金メダルだと思うので、石井選手を悪く言うつもりはないが、たとえ試合に勝ってもその行動や言動を見ていると柔道家として周りの人や他の選手から尊敬される存在にはなっていない。

柔道は心技体のはずであり、石井選手の場合「心」はまだまだ鍛錬が必要だと思う。

山下さんは勝つための柔道には公共心などがなくなってきているので、創始者の志に戻る「柔道ルネッサンス」を提唱している。「最強の選手」をつくるのではなく、「最高の選手」をつくるのだと。


「ソフト・パワー」としての柔道

奥田さんと山下さんは日ロ賢人会議で一緒になってから親しくなったという。山下さんは奥田さん達の支援を受けて、柔道教育ソリダリティというNPO法人をやっている。

山下さんの友達に「日ロ賢人会議」に出たというと、「お前、熊本県人だろ?」とか、「えっ、ロシアにも県があるのか?」といった反応が返ってくると。山下さんの子どもの頃を知っているので「賢人」とは思えないのだと。

山下さんはプーチン首相と親しい。YouTubeでも山下さんと井上康生がプーチン首相と一緒に、ロシアの子ども達に柔道を教えているビデオが公開されている。



プーチン首相は別荘に嘉納治五郎の銅像を建て、今でも週2回柔道の練習をしているという。

柔道の用語は日本語ですべて通しているが、プーチン首相も「最初はさっぱり分からなかった。でも、そのうち、だんだんそれがわかるようになった。柔道で使われている日本語に興味を持ち始めたことがきっかけとなって、日本の文化に興味、関心を持っている」と言っていたという。

ロシア人は日本びいきだで、日本が好きだと答えている人は74%も居ると以前紹介した大前研一氏の「ロシア・ショック」に書いてあった。プーチン首相はロシア語で「柔道、わが人生」という本を共著で出版しており、2000年の2回目の訪日の時に講道館を訪問し、次のように語っている。

「講道館に来ると、まるで我が家に帰ってきたような安らぎを覚えるのは、きっと私だけではないでしょう。世界中の柔道家にとって、講道館は第二の故郷だからです。日本の柔道が世界の柔道へと発展していくのはたいへん素晴らしいことですが、われわれにはもっと注目すべきことがあります。それは、日本人の心や考え方、そして文化が柔道を通じて世界に広まっていくことです」

 日本の柔道家が同じことをいえば、ある意味でそれは当然でしょう。しかし、ロシアの、それも大統領がこれほど深く柔道の役割を理解していることに、私は強く胸を打たれたのです。しかも、プーチン大統領は、講道館館長から送られた六段の紅白帯をその場で締めることを丁重に辞したうえ、こう言葉を続けました。「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」

 この発言はいわゆるリップサービスだと、穿った見方をする人がいるかもしれません。多忙な大統領に練習のための時間などあるはずはないと。しかし、プーチン大統領が週に2回、今でも道場に足を運んでいることを私は知っています。この言葉は、心から発せられたものでした。

出典:山下泰裕公式ホームページ記事

オバマ新政権で駐日米国大使になるジョセフ・ナイさんや、国務次官補になるカート・キャンベルさんなど、米国の親日派のビッグショットがそろい踏みした日経新聞とCSIS(米戦略国際問題研究所)主催のセミナーを12月に聞いた。

ジョセフ・ナイさんは、「ソフト・パワー」を提唱し、国の力として軍事力、経済力などの「ハード・パワー」とともに、これからはその国の文化、ファッション、食べ物、流行などの「ソフト・パワー」が重要になると説く。

ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力
著者:ジョセフ・S・ナイ
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-09-14
おすすめ度:4.0
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この本で奥田さん、山下さんが繰り返し述べられている武士道精神、柔道の精神性もまさに日本を代表するソフト・パワーであり、プーチン首相の日本びいき、世界190ヶ国に柔道連盟があるという圧倒的なネットワーク力などを、日本ももっと活用すべきだと筆者も思う。


奥田さんの愛読書「姿三四郎」

奥田さんの愛読書は「姿三四郎」だという。今から120年ほど前の明治時代の物語で、柔道の精神性と日本人としての生き方の理想像、柔道の美学がそこにあるという。これは新渡戸稲造の書いた「武士道」にも通じる生き方であると。

武士道 (岩波文庫)武士道 (岩波文庫)
著者:新渡戸 稲造
販売元:岩波書店
発売日:1938-10
おすすめ度:4.5
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「姿三四郎」は現実のモデルに即した小説で、柔道の開祖嘉納治五郎は矢野正五郎として描かれ、当時の四天王は「姿三四郎」の著者の富田常雄の父、富田常次郎、横山作次郎、山下義詔、そして姿三四郎のモデルの西郷四郎だった。

姿三四郎;普及版; [DVD]姿三四郎;普及版; [DVD]
出演:大河内傳次郎;藤田進;河野秋武;清川荘司
販売元:東宝
発売日:2007-12-07
おすすめ度:4.0
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富田常雄は講道館の敷地にあった富田常次郎の家に生まれ、自身も柔道の有段者だったので、柔道に囲まれた環境に育った。

嘉納治五郎は柔道の国際化に尽力した。嘉納治五郎は東大卒で、英語で日記を書いているといわれるほど、英語が達者だった。早くから海外への柔道の普及に尽力し、アジア初のIOC委員にもなって、幻に終わった1940年の東京オリンピックの招致にも貢献した。

現在国際柔道連盟加盟国は約190あり、これはオリンピックに参加している競技の中で、3番目に多い加盟国だという。


日本柔道界金メダルゼロの日

奥田さんは山本七平の「日本はなぜ敗れるのか」を社員に読むように薦めているという。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)
著者:山本 七平
販売元:角川グループパブリッシング
発売日:2004-03-10
おすすめ度:4.5
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トヨタもおごりの心が出てきてしまうことを強くいさめているとのこと。柔道も「勝ちさえすればよいのだ」という風潮になりつつあることを危惧している。

アテネでの金8個、銀2個という成績はできすぎでピークだった。日本の柔道界に金メダルゼロの日がやがてやってくるのではと危惧されているという。

柔道がここまで国際化した背景には、やはり精神性があると思う。この本ですすめらてている「姿三四郎」も一度読んでみようと思う。

姿三四郎 上巻 (1) (新潮文庫 と 6-1)
著者:富田 常雄
販売元:新潮社
発売日:2000
おすすめ度:5.0
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簡単に読め、柔道のソフト・パワー力、精神性、教育的価値がよくわかる。山下さんのホームページとともに是非おすすめする。



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