時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2017年01月

雑談力 百田尚樹の56の話のネタ 南京大虐殺についても

雑談力 (PHP新書)
百田 尚樹
PHP研究所
2016-10-15


「書くよりしゃべるほうが100倍好き」を語るベストセラー作家百田尚樹さんの話のヒント集。百田さんは原稿、プレゼン等なしで、何時間でもしゃべれるという。そんな話のネタがたくさん詰まっているのがこの本だ(本の帯では、56のネタを公開と書いてある)。

ちょうどアパホテルグループ代表の元谷さんの本が、南京大虐殺で30万人も殺したのは虚偽としている自著をホテルの部屋に置いていることが問題となっているが、百田さんもこの本の最終章に「親友と議論する話題」ということで、南京大虐殺、従軍慰安婦、靖国神社問題について書いている。

百田さんも30万人虐殺なんて虚偽だという意見だ。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、「なんちゃってなか見!検索」で、抜粋した目次と主な話のネタを紹介しておく。( )でくくってあるのは筆者のコメント。

第1章 人を引き付ける話をする技術
・起承転結が基本
・つかみが大事
 最初の1ぺージで物語を動かす
 「バーバリライオン」の話のつかみをどうするか
 (バーバリライオンは単に例として出てきたものだ。1920年代に絶滅したと思われていた巨大なライオンのことで、普通のライオンの1.5倍、体長4メートルを超えるという。モロッコ国王の私設動物園で生きていたのが発見され、絶滅種のリストから外された。ちなみにファッションのバーバリーはBurberryで、スペルが異なる)。

・質問から入る
 
・常識を揺さぶるような話から入る
 人工衛星は永遠に落ち続けている
 自然界で生きていけない動物はカイコ

・単純なうんちくほどつまらないものはない
 (葛飾北斎は生涯で93回引っ越しをした(ちなみに北斎は30回も号を変えている)) 

・数字は重要
 シャチの体重は10トン
 万里の長城は本当に2万キロもあるのか?

・面白い話にはストーリーがある
 (ロゼッタストーンと解読者のフランスのシャンポリオンの話)

・数学でさえ、面白い話になる
 微積分はいかにして生まれたか
 (微積分はニュートン(とライプニッツ)の発明で、楕円形の惑星の軌道の断面積を求めるために、楕円をピンストライプの様に細い長方形で埋め尽くして面積を求めるやり方を考えたものだ)。

・話の急所を理解していること

・ストックを持とう
 (本を読む時も、テレビを見る時も、人の話を聞く時も面白いと思えば、それを覚えて話のネタにする)
 
・自慢話で人を感動させるのは難しい
 (共感や感動を生む普遍性が求められる)

・失敗談ほど面白いものはない
 ラブレターで大失敗
 (高校受験の話。百田さんは、県で偏差値最下位1,2位を争うくらい偏差値の低い高校出身だという) 

・雑談で選ばない方が無難なテーマ
 (動物の性の話など)

第2章 その気になれば、誰でも雑談上手になれる
・相手ではなく、自分が関心を持つ話題を探せ
 私の小説のテーマ
 零戦の話 − 機体に直線がない奇跡の戦闘機
・一番大切なことは「人を楽しませたい」という気持ち
 同じ「自分の話」でもまったく違う

・自分の感性に自信を持て
 (自分が面白いものは、他人も面白いという自信を持つ)

・ネタをどう仕込むか
 (以下は目次を読めば大体百田さんの言っていることがわかると思う)

・「面白さ」の7割以上が話術

・面白い話は何度でもできる

・話が上手くなる一番の方法は、経験を積むこと

・話し上手は聞き上手

・話は生き物 − 私が講演で行っていること

・とっておきの練習法 − 映画や小説の話をする
 (たとえば「7人の侍」の話を説明する)

第3章 こんな話に人は夢中になる
・意外なオチは記憶に残る
 「板垣死すとも、自由は死なず」とは言っていない?
 ガガーリンの小噺
 アメリカは「120億ドル」のスペースペン、ソ連は…

・スポーツ選手のすごさを伝える時のコツ
 超人的な大投手 サチェル・ペイジ
 同時3階級制覇 ヘンリー・アームストロング

・個人的な思い出話でも、普遍性を持たせればOK
 「ラ・フォンテーヌ寓話」はネタの宝庫

ラ・フォンテーヌ寓話
ラ・フォンテーヌ
ロクリン社
2016-04-11


 「宇治拾遺物語」と「徒然草」もネタの宝庫。

宇治拾遺物語 (角川ソフィア文庫)
中島 悦次
KADOKAWA/角川学芸出版
1962-04-30





・時代の不運に泣いた人の話は共感を呼ぶ
 世界で初めてグライダー飛行をしたのは日本人?
 (浮田幸吉の話)

ちなみに浮田幸吉の話は、本になっている。

始祖鳥記 (小学館文庫)
飯嶋 和一
小学館
2002-11


 あまりにも不遇だった日本の天才研究者たち
 (光ファイバーの原理の発見者の西澤潤一教授やフェライトの父と呼ばれる武井武氏)

・色恋の話は男女問わず受ける
 作曲家ベルリオーズの屈折した愛情
 ブラームスクララ・シューマン

・数字も見方を変えれば面白くなる
 後宮3千人
 国鉄の赤字37兆円!
 宝くじの1等当選確率は250万分の1

・犯罪ものの話題は難しいが、面白い
 オランダの「英雄」メーヘレン
 (ナチスに偽物のフェルメールを売った男)

 「偉大な寓話」とすら思える脱獄囚の話

日本の脱獄囚の話は小説になっている。
破獄 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社
1986-12-23


・歴史上の有名人の意外な裏話
 宮本武蔵の新資料発見(宮本武蔵は卑怯だった?)
 野口英世の唖然とする実像

第4章 親友とする真面目な話
・殺害された市民の数は、全人口より多い? 
 計算が合わない
 南京大虐殺の復活

・一人の男の虚言が大問題を生んだ(従軍慰安婦問題
 吉田証言の衝撃
 吉田清治とは何者か
 ミステリー

・戦後40年、突然の抗議(靖国神社問題
 中国の靖国批判はいつはじまったか
 バチカンも認めた靖国神社

(たぶんこの本で一番百田さんが言いたかったのは、最終章の南京大虐殺、従軍慰安婦、靖国神社問題についてだったと思う。親友と議論する話題ということで紹介している)

簡単に読める軽い本だが、最終章の話題は重い。話のネタとして役立つと思う。


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元検事が明かす「口の割らせ方」 面白い事例が満載



検事出身の弁護士・大澤孝征さんが、自らの体験に基づいて語る本音を語らせる方法。図書館の新刊書コーナーにあったので読んでみた。

まず大澤さんは、本音を言わない理由として次の類型を挙げている。

1.自分自身を守るため
2.虚栄心やプライドなどの感情的な理由から
3.他人をかばうため
4.相手が信用できないため

このうち4の相手が信用できないためという理由が最も多いのではないかと。だから相手に本音を語ってもらうためには、相手の信頼感を得ることが最重要だと説く。


最初に自白を勝ち取ったケース

大澤さんがまだ検事駆け出しの時に、どうしても自白しない被疑者がいた。パン泥棒で、物証や証言は揃っているのだが、本人がどうしても自供しない。勾留期限もぎりぎりになっていた。

大澤さんは部長から、「ばか者!こんな事件を自白させられないで、どうする。これから警察署に行って調べなおしてこい。俺が署長に電話をしてやる」と怒られ、部長の車と専任の事務官をつけてもらって警察署に赴いた。

警察署では署長が出迎え、取調室に案内された。

これまで刑事たちが取り調べても全く自供しなかった被疑者に会い、刑事たちがお手並み拝見と見守る中で、新人の大澤さんは結局、陳腐な、当たり前のことしか言えなかった。

「いくら調べても、いくら考えても、犯人は君しかいないんだ。証拠から見ても、君がやったとしか思えない。だからもう、正直に話してもらえないか」

そうすると、驚いたことに、被疑者は、「検事さん、私がやりました、認めます」と自供を始めた。

大澤さんは「えーっ、認めるの?」と驚いたが、急いで調書を取った。

あとで、「なぜ急に言う気になったの?」と聞くと。

「いやあ、検事さんの顔ですよ。検事さんが入ってきたときの顔があまりにも真剣でいい顔をしていた。自分のことをこんなに真剣に考えてくれていると思ったら、私も嘘はつけませんよ」と語った。

全身全霊で相手にぶつかる、「取り調べは、捜査官の人間性に尽きる」のだと。

狭い密室で、話すものかとがんばる者と、何とか口を割らせようとがんばる者が必死でやりあうのだから、互いの人間性がむき出しになる。そこで真剣勝負ができれば、検事として大きな自信となる。

そのことを新人にわからせるために、部長は逃げ場のない状況に追い詰めたのだろうと。

このような自らの体験に基づく話が満載で、興味深く読める。いくつか事例を紹介しておく。


結婚詐欺師の告白

30代の風采が上がらない男なのに、美女ばかり10人くらいから、ほぼすべての貯金を奪った結婚詐欺の常習犯から聞いた話が面白い。

美人は実はそれほどモテないのだと。

女性同士のグループで、一番早く結婚するのは、3〜4番手の女性からで、美人は最後の方に残ってしまうことも多い。それは男性側に自信がないためだ。フラれる可能性が高いため、男性は一番の美人にはなかなか結婚を申し込まない。

でも一番の美人にしてみれば、自分よりきれいではない友人がどんどん結婚していって、なぜ自分が売れ残るのかという不満をおおいに抱いている、また、自他ともに認める美貌の持ち主だけにプライドも高い。いつか自分の美貌にふさわしい相手が現れるはずと信じている。

そこに結婚詐欺師は目をつける。

医師や大学教授、弁護士、公認会計士などの社会的信用の高い肩書の名刺を作るなど、小道具を準備して、用意周到に女性に近づく。

そのとき、さえない中年男であることが、むしろ真実味を高める。

「医者というけど、この風采だから少し結婚が遅れてしまったのかな。見た目はさえないけど、医者だから頭はいいだろうし、稼ぎもあるだろう」と思わせるような、いかにも本当の医者のように巧みに演じる。

最初は高級レストランなどで贅沢なデートをする。初期投資に金を惜しまず、どんどん金をつかう。

そうすると、「いままで恋愛に縁遠かった男が、自分にメロメロになって尽くしている」と思った女性の方が、いつのまにか結婚詐欺師に籠絡され、自分の貯金をほぼ全額巻き上がられてしまうのだ。

この話は、結婚詐欺師が自慢話として語ったという。罪を犯した人間であっても、他人から認められたいという「承認欲求」を持っているものなのだと。


警察の組織ぐるみの陰謀を暴く

県議会議員の息子が首謀者だった集団強姦事件で、「在宅送致」という方法で、軽微な事件として済ませようとしていた警察の組織ぐるみの陰謀を、現職の刑事を取り調べて暴いた話も面白い。

今ではこんなことは起こらないと思うが、有力な県会議員の息子が首謀者だったので、その議員に対する配慮から警察が組織ぐるみで隠ぺいしようと、出世コースから外れた刑事に担当させて「在宅送致」しようとした。

この刑事は、上からの命令で、やむなく調書をつくったが、自分でも憤懣やるかたなかったので、調書のなかで、被疑者たちは余罪があるようだと、さらっと書いていた。そこに大澤さんは気付いて、この刑事は、最初は否定していたが、必ず落ちると確信していたという。

そこで、刑事の良心とプライドに訴えかけた。

「被害者の涙を見た君が、こんな悪党どもを野放しにして、何も処罰しないような処分ができるのか。刑事として、悔しくはないのか!」

そうすると刑事から本音がでた。

「悔しいですよ!自分だってこんなの、納得できるわけがない」

「察してください。私だってこんなことはやりたくなかった…」

これを聞いて、大澤さんは、その足で警察署に乗り込み、署長に「事情はすべてわかっている。他の余罪をきちんと捜査しなければ、地検で独自に捜査して被疑者を逮捕する。そして公表する」と宣言した。

この事件は最終的に20数名もの逮捕者を出し、議員の息子はもちろん、主要な被疑者たちは10年以上の重い実刑が科せられたという。


チェーン店の店長の使い込み

大澤さんが弁護士となってからの有名チェーン店を展開するやり手の経営者の話も面白い。

30年ほど前の話で、内部告発で、ある店長の使い込みが疑われ、役員による調査では100万円の使い込みを認めた。

さらに、元検事の大澤さんに、まだ隠しているのではないか調べてほしいとの依頼が寄せられ、帳簿や領収書を調べて店長に厳しく尋ねたところ、1,000万円の横領を認めた。

そこで、経営者に刑事告訴を勧めると、経営者は1カ月考えさせてくれという。

1カ月経ったら、経営者から「1,000万円取り戻しましたから、もう本人を許してやってください。彼を呼び出して、先生の方から当座の生活費として100万円を渡してやってくれませんか」と連絡があった。

実は、あの店長が大澤さんの取り調べを受け、1,000万円という額を告白した経緯を店長会議で報告したところ、20数店ある各店舗の店長が恐れをなし、1カ月間どの店長も使い込みをしなかった。

だから、1カ月で前月比1,000万円の利益が上がったのだと。

たたき上げで、トップにのし上がった経営者は、やむを得ない出費の際には、店の売り上げをごまかして、ねん出するしかない店長の立場を知っていた。

そして、相手を許し、100万円を渡した理由は、あの男は、そのまま勤めあげれば1,000万円以上の退職金を支払うはずだった。

許して生活費を渡して温情を示してやると、あの男は今後もこの業界で生きていくはずだから、きっと経営者のことを神様のように思って周囲に吹聴するはずだと。

「多少の宣伝費だと思えば、100万円は安いものですよ」

平然とした顔でそう言ってのける経営者に、大澤さんは開いた口がふさがらなかったという。


裁判官の心を動かした妻の証言

裁判官の心を動かした妻の証言という話も面白い。

酒に酔って何度も他人の家に不法侵入し、住居侵入罪で問われていた男性の裁判で、執行猶予がつくかどうか微妙なケースがあった。

被告人尋問が終わり、奥さんが証人として、裁判官からの質問を受けた。

「奥さん、こんな事件を繰り返す旦那さんは、女として許せないとは思いませんか?」

「はい」

「はっきり言って、ひとでなしですよね」

「そうですね」

「あなたは旦那が戻ってきたら監督すると言っていますけど、こんな人にはいつか愛想が尽きるんじゃないですか?監督すると言ったって無理でしょう」

「いえ、私がきちんと監督します」

「なぜですか。なぜ、あなたはこんな人を監督できると言い切れるんですか」

「好きだからです」

50代の女性の、まっすぐな言葉に裁判官も検事も、一瞬言葉を失ったという。しかし、裁判官は執拗に食い下がり。

「では、あなたが監督していて、旦那さんが再びこんな事件を起こしたらどうしますか」

「私も刑務所に入ります。一緒に!」

何という愚直な言葉。しかし胸を打つ言葉だった。

裁判官はじっと彼女を見つめた後、夫に言った。

「被告人、今、奥さんが言ったことを忘れないように」

これで執行猶予が勝ち取れた。

この本の最後の章では、「実践編 相手の本心を知るためのQ&A」で、結婚して5年目の妻から寄せられた夫に対する疑念とか。新入社員が職場になじめず、何を聞いても「大丈夫」と言っていながら、いきなりうつ病の診断書を持ってきたケース、子供がいじめにあっているようだが、本人は何も言わないといったケースが取り上げられている。

大澤さんは、司法試験に合格した後、サークルの後輩に司法試験の指導をしていた。

司法試験に受かりたければ一日に12時間勉強し、さらに自信を持つためには16時間勉強しろと。

頭の良し悪しや才能のあるなしは関係ない。集中力を保てるかどうか、それを続けられる意思があるかどうか、それだけの話だと。

参考書は目次から索引まで5回精読するのだと。

筆者も実は、学生時代に3年生のときと、4年生の時に司法試験を受験して、最初の短答式で落ちて、全くかすらなかった。

元々あまり法曹職になりたいという強い希望もなかったので、4年で卒業して会社に就職したが、大澤さんの言うように一日に12時間くらいは集中して勉強できるようでなければ司法試験には受からないと思う。

筆者は到底それほど勉強していなかったから、司法試験に落ちるのは当然といえば当然だ。

元検事でカタい話題ではあるが、紹介されている話は面白い。たまたま新刊書コーナーに置いてあった本だが、大変参考になった。これだから図書館通いはやめられない。

一読をお勧めする。


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職業としての小説家 村上春樹の自伝的エッセイ



2015年9月に出版された村上春樹さんの「職業としての小説家」が、もう文庫化された。ノーベル賞受賞を見込んでいたと思われる、本屋の村上春樹コーナーに平積みになっているので、すぐわかると思う。

この本は、筆者が読む前に買った数少ない本だ。

単行本はスイッチ・パブリッシングという雑誌「MONKEY」を出している出版社から出したものだが、単行本は新潮文庫から出している。「MONKEY]は、翻訳家として有名な東大名誉教授の柴田元幸さんが責任編集している主にアメリカ現代小説を紹介する雑誌だ。



この本は、もともと「MONKEY」に連載したシリーズに加筆したもので、次のような構成になっている。

第1回 小説家は寛容な人種なのか
第2回 小説家になった頃
第3回 文学賞について
第4回 オリジナリティーについて
第5回 さて、何を書けばいいのか?
第6回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと
第7回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第8回 学校について
第9回 どんな人物を登場させようか?
第10回 誰のために書くのか?
第11回 海外に出て行く。新しいフロンティア
第12回 物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出

この本を読んで驚くのは、村上さんは、筆者の持っている小説家のイメージとだいぶ違うということだ。

そもそも村上さんは、注文を受けて小説を書くということをしない。だから、いつまでに仕上げなければならないという締め切りもないし、いわゆる「ライターズ・ブロック」(小説が書けなくなるスランプの状態)とは無縁だ。小説を書きたければ書くし、書けなければ、翻訳などほかの仕事をして、小説を書きたいという気持ちが盛り上がってくるまで待つ。

そして小説を書きたいという気持ちが盛り上がってきたら、小説書きに取り掛かる。

村上さんが長編小説を書く場合、毎日朝早く起きて4〜5時間机に向かい、400字詰原稿用紙で10枚程度の原稿を書くことをルールとしており、もっと書きたくても10枚でやめておき、いまひとつ気分が乗らないという時もなんとか10枚書くという。

筆者の持つ小説家のイメージは、場合によってはホテルに缶詰めになり、夜に執筆し、興が乗ればそのまま何十枚も書き続けて朝まで徹夜するというものだったので、興が乗っても、乗らなくても毎日10枚をルールにするというのは驚きだ。

村上さんは翻訳家としても多くの仕事をしているので、毎日何枚か決めて、すこしずつ書く(あるいは翻訳する)という翻訳の様な仕事の進め方になったのではないかと思う。

それと村上さんの特徴は、何度も何度も原稿を見直して修正することだ。

いったん長編小説の原稿を書きあげると、1週間くらい休んで、第1回目の書き直しに入る。

村上さんは最初にプランを立てることなく、展開も終末もわからないまま、いきあたりばったり、思いつくままどんどん即興的に物語を進めていく。そのほうが書いていて面白いからだ。

たしかに作者にも結末がわからないまま書き続けるという手法は、うまくいけば読者を息もつかさぬ展開に引き込んで離さない魅力がある。村上アディクト(中毒)患者を量産できる可能性がある。一方のリスクは、平凡な結末に終わると、読者に飽きられることだろう。

これと対照的なのが、朝井リョウさんだ。最近のインタビューで朝井さんは、AIと一緒に仕事をしたいと語っている。というのは、朝井さんの場合、書きたいテーマが最も輝く結末を決めて、それに至る道筋を書くという手法なので、さまざまな道筋を考えるのにAIを使いたいという。

村上さんのような書き方だと、矛盾する箇所や、筋の通らない箇所、登場人物の設定が変わったり、時間の設定が前後したりするので、かなりの分量をそっくり削ったり、膨らませたりで、新しいエピソードをあちこちに付け加える。

この第1回目の書き直しに1〜2カ月かかる。それが終わるとまた、1週間ほどおいて、2回めの書き直しに入る。

今度は細かいところに目をやって、風景描写を細かく書き込んだり、会話の調子を整えたりする。一読してわかりにくい部分をわかりやすくし、話の流れをより円滑で自然なものにする。大手術ではなく、細かい手術の積み重ねだ。

それが終わると、また一服してから、3回目の書き直しに入る。今度は手術というよりは、修正に近い作業で、小説の展開のなかで、どの部分のねじを締めるのか、どの部分を少し緩ませておくのかを見定める。

長編小説は、隅々までねじを締めてしまったら、読者の息が詰まるので、ところどころで文章を緩ませることも大事なのだと。全体と細部のバランスをよくする。そういう観点から文章の細かい調整をする。

次に、半月から1カ月くらい長い休みを取り、旅行をしたり、翻訳の仕事をして作品のことを忘れる。これを村上さんは「養生」という。小説も「寝かせる」と、前とはかなり違った印象を与え、前に見えなかった欠点もくっきり見えてきて、奥行きのあるなしが見極められる。

「養生」後に、再度細かい部分の徹底的な書き直しに入る。

そして作品としてのかたちがついたところで、奥さんに原稿を読んでもらう。これは「定点観測」で、村上さんの作家としての最初の段階から一貫して続けていることだ(ちなみに、村上さん夫妻に子供はいない)。

時には村上さんも感情的になることがあるが、奥さんの批評でけちをつけられた部分は、ルールとして書き直す。そしてまた読んでもらい、まだ不満があれば書き直す。そして、批評が片が付いたら、再度また頭から見直して、全体の流れを確認し、調整する。

これを経て、できた原稿を編集者に読んでもらう。

中には合わない編集者もいるが、お互い仕事なので、うまくやりくりしていくしかないので、編集者からの指摘も、ともかく直す。編集者の指摘とは逆の方向に直すこともあるが、書き直すという行為そのものが大事なのだ。

あまり合わない編集者の一人と思われる見城徹さんが、村上さんのことを、「たった一人の熱狂」に書いているので、このブログのあらすじを参照してほしい



編集者とのゲラの見直し作業も、ゲラを真っ黒にして送り返し、新しく送られてきたゲラをまた真っ黒にするという繰り返しだ。言葉の順序を入れ替えたり、些細な表現を変更したりで、根気のいる作業だが、村上さんはそういう「とんかち作業」が好きなのだと。

机に並べた10本のHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じる。いつまでやっていてもちっとも飽きない、面白くてしょうがないのだと。

そこまでして完成した作品については、たとえ出版後、厳しい批判を受けても、やるべきことはやったので、後は時間が証明してくれるはずだと考えることにしているのだと。

日本を離れて、海外で執筆することが多いのが、村上さんの特徴だ。

昔の小説家(文士)は、鎌倉に住み、作品を書くときは御茶ノ水の「山の上ホテル」あたりに缶詰めになって、原稿書きに取り組むというパターンがあったが、村上さんは、米国のプリンストン(ニュージャージー)やボストン、ヨーロッパでもいろいろな場所に住んで、そこで小説を書いている。
 
この本の半分ほどは、村上さんがどうして小説家となったのかを自伝的に語っている。(ウィキペディアでも結構詳しく紹介されている

簡単に紹介しておくと、村上さんは両親が教師の家庭に生まれ、阪神間で育ち、一学年が600人という県立神戸高校から早稲田大学に進学し、映画演劇科に進んだ。7年かかって卒業する前に学生結婚して、就職せずに、奥さんと一緒にお金を貯めてジャズ喫茶を国分寺に開く。

その後、店を千駄ヶ谷に移し、キッチンテーブルで書いた「風の歌を聴け」が「群像」新人文学賞を受賞し、小説家としての「入場券」を得る。

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-09-15


ヤクルトファンの村上さんが、神宮球場で、ヤクルトの試合を芝生に寝転んで応援しているとき、一番バッターのデイブ・ヒルトンの打席で、突然「小説を書こう」とひらめいた(エピファニー=顕現、ある日突然何かが現れて、様相が一変してしまうこと)という。

芥川賞の候補に2回なったが、受賞せず、芥川賞はアガリとなった。小説の賞について、村上さんの持論を展開している。村上さんは、賞の選考委員にはならない。あまりに自分本位で、個人的な人間でありすぎるからだという。

芥川賞は年に2回表彰しているが、新人作家の作品で、本当に刮目すべきものは5年に一度くらいではないかと。

村上さんは、日本の読者人口を人口の5%、約600万人と推定している。このブログで紹介した「華氏451度」のように、本を読むなと言われても、隠れて読み続ける人たちだ。



華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
レイ・ブラッドベリ
早川書房
2014-04-24


村上さんが真剣に考えているのは、その600万人の人にどのような作品を提供できるかだ。村上さんは、読者とのつながりを非常に大切にしている。

試みとして、インターネットでサイトを短期間開設して、そこにコメントを載せた読者には、自らメールで返信したという(投稿者はまさか村上さん本人から回答があったとは思っていなかったようだが)。

いずれは、スティーブン・キングの様に、電子ブック向けに直接配信することにも挑戦するのだろうと思う。

村上さんは小説は誰でも書ける。しかし、ちょうどプロレスのリングのように、誰にでも上がれるが、リングにとどまるのは大変だと語る。

小説家になろうと思う人は、1冊でも多くの本を読むべきだと。

このあたりは、このブログで紹介した大沢在昌さんが「売れる作家の全技術」で語っているのとまったく同じだ。

小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-08-01


小説を書くためには、ある事実の興味深い細部を記憶にとどめ、頭の引き出しに突っ込んで置く。

そして、実際に書くときに、「ET方式」で、ガラクタをいっぱいつなぎ合わせて遠い星との通信設備を作り上げるように、小説をマジックでポンと作り上げてしまうのだと。マテリアルは身の回りにいくらでも転がっている。

作家は体力も必要なので、村上さんは「羊をめぐる冒険」を書いていたころから、30年間にわたって、ほぼ毎日1時間ランニングか、水泳をやっている。



ちょうどこの「羊をめぐる冒険」を書いた頃、村上さんは経営していた千駄ヶ谷のジャズ喫茶を売り払い、橋を焼いて、作家一本に集中することにした。(筆者注:この”橋を焼く”という表現は、英語の"burn the bridge"という「背水の陣」を意味する言葉の翻訳だが、日本語として定着していない。友人の指摘により筆者も気が付いた。この辺が村上さんの文章が”翻訳調”だといわれるところかもしれない)

村上さん自身は”自分本位で個人的”という言葉で表現するが、長期ビジョンを持ち、先を見据えて、作家として、また、翻訳者として創作活動していることがよくわかる。

海外進出についても、自分で気に入った翻訳者を何人か揃えて、英訳した作品を海外の辣腕エージェントを使って、売り込むという手法を身につけている。

単に外国に住むだけでなく、プリンストン大学の客員研究員など、海外での仕事もこなした村上さんだからこそできるわざだと思う。

作家であり、アントレプルナーである村上さんの考えがダイレクトにわかって、大変面白い本だ。

文庫になって買いやすくなったので、ぜひ一読をおすすめする。


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