ノーベル文学賞受賞者発表の時期が近づくと、かならず村上春樹さんの名前が候補として挙げられるが、正直言って、筆者は村上春樹さんのような流行作家がはたしてノーベル文学賞を受賞するのか疑問に思っている。
たとえば今年ノーベル文学賞を受賞したのは、日本ではほとんど名前が知られていないパトリック・モディアノというフランス人作家だ。
どんな作家なのか興味があったので、モディアノの作品を読んでみた。
最初に読んだのが、この「1941年。パリの尋ね人」だ。
この作品は、ドイツ占領下のフランスでユダヤ系住民がどんどん逮捕され、アウシュビッツなどの強制収容所に送られた時代を取り上げている。その数7万5千人余り。
原題は「ドラ・ブリュデール」で、1941年12月31日の「パリ・ソワール」誌に掲載された尋ね人広告で、行方を捜された15歳のユダヤ系少女だ。
この作品は小説というよりは、尋ね人広告の背景と結末を調査した報告書のようなものだ。
モディアノはたまたま気づいたドイツ占領下のパリの尋ね人広告に興味を抱いた。
15歳の少女が行方不明。1941年12月31日に尋ね人の広告が出される。
どんな家族が広告を出したのか?行方をくらました15歳の少女がどうなったのか?両親と少女はどうなったのか?
少女は結局1942年4月に両親の元に戻ってきたが、その間にポーランド系ユダヤ人の父親は逮捕され、収容所に入れられていた。少女もほどなく逮捕されて父親と同じ収容所に入れられる。
1942年9月18日、父親と一緒に少女はアウシュビッツ行の第34移送列車に乗せられる。
1942年9月20日列車がアウシュビッツ到着。移送された1、000人のうち、859人は到着とともにガス室に送られた。少女と父親もガス室で息絶えた。
1943年1月ハンガリー系ユダヤ人の母親も逮捕される。2月に第47移送列車で、母親もアウシュビッツに送られる。
移送者数998名のうち、802名は到着とともにガス室に送られる。少女の母親もガス室で死亡。
まさに映画「シンドラーのリスト」そのものだ。
もちろんフランスの警察がゲシュタポに協力したからこそ、ユダヤ系の人びとが逮捕されたのだ。
フランス警察そのものが対独協力者といってよい。
重い作品である。
作者のモディアノ自身もユダヤ系の血をひく。
父親はギリシャ系ユダヤ人で、ドイツ軍占領中は偽名を使って闇屋として活躍していたという。父親とは一度会ったきりだったという。
母親はベルギー生まれの女優。
モディアノは生まれた時から両親からほとんどかまってもらえず、2歳年下の弟のリュディと寄宿舎に入れられた。10歳の時に、弟のリュディが白血病で死んで、ショックを受ける。
モディアノ自身、「自分は占領時代の汚物から生まれた」と語っている。
ドイツ占領下のフランスで、ドイツ軍に協力したヴィシー政権などの人びとは、戦後リンチで殺されたり、裁判にかけられたりして1万人が死んだという。
ユダヤ人連行の歴史はフランスがあまり知られたくない歴史なのだろう。
そんな暗黒の歴史に迫る作品である。
こんな重い作品を読むと、村上春樹のノーベル賞受賞の可能性は限りなく低く思えてくる。そんな気になる作品である。
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