2014年4月18日再掲:
「ビッグデータ」が注目される時代になってきて、あらためて世界最高のCRMを実現している英国TESCOが注目されている。
そのTESCOのポイントカード・「クラブ・カード」を用いた顧客管理の手法を、日本語訳化されていない原著第2版の内容も含めて紹介した「TESCO顧客ロイヤルティ戦略」のあらすじを再掲する。
この本は一時絶版になっていたが、ビッグデータが注目を集めたので再版されて、今では中古のみでなく、新刊書も買えるようになった。
ビッグデータに興味を持っている人は、必読の本である。
筆者はこの分野を以前から興味を持って研究しているので、続きを読むの部分で専門的な内容までカバーしている。
このあらすじを参考にして、一度読んでみることをお勧めする。
2010年1月4日初掲:
+++今回のあらすじは長いです+++
Tesco顧客ロイヤルティ戦略
著者:C. ハンビィ
販売元:海文堂出版
発売日:2007-09
おすすめ度:
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CRM(顧客管理)の専門的な内容となるが、別ブログで最もコンスタントに本の売り上げにつながっているあらすじを紹介する。非常に参考になった本なので、あらすじが長くなったため、専門的な部分は続きを読むに掲載した。
筆者は自他ともに認めるポイントマニアで、"ポイントマニア"でGoogle検索トップの「ポイントマニアのブログ」という別ブログもやっているほどだが、ポイントカードの活用で有名な英国No.1のスーパーマーケットで世界No.3の流通業者であるTESCOのカード戦略について書かれた本を読んでみた。
バフェットもTESCOに投資
TESCOは日本など11ヶ国に進出し、2007年に米国進出を発表している。ウォーレン・バフェットは2006年にTESCOの株を3%取得しており、バフェットも注目する流通業界のジャイアントである。
英国の投資銀行のJP Morgan Cazenoveは2005年8月のレポートで、TESCOの成功の要因としてTESCO Clubcardを挙げ、これがTESCOの最も強力な武器であると説明しており、TESCO株はアンダーバリューだと評価している。たぶんこのレポートもウォレン・バフェットのTESCOへの投資判断の参考になっていると思われる。
原書は2004年2月に第一版が出版され、2007年2月に改訂版が出版されている。
Scoring Points: How Tesco Is Winning Customer Loyalty
著者:Clive Humby
販売元:Kogan Page Ltd
発売日:2007-02
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翻訳は2007年9月に出版されているが、この種の専門書としては珍しく第2刷が出ている。TESCOについての最初の本ということで、注目を集めている様だ。
残念ながら第一版の和訳で、第二版に記されているClubcardの見直しと米国Krogerでの最新の事情等が反映されておらず、日本語だと用語の意味が分からないところもあるので原書も参照した。
著者はTESCOのロイヤルティプログラム戦略の立役者
著者はTESCOのロイヤルティプログラム戦略のコアメンバーとして参加したdunnhumby社会長のClive Humby氏、ダイレクトマーティング大手のEHS Brann社会長のTerry Hunt氏というドリームチームで、ジャーナリストのTim Phillipsが読みやすくまとめている。
Clive Humby氏は、dunnhumbyという世界的に有名なデータベースマーケティング会社の会長で、TESCOが数年前にこの会社の過半数の株式を取得して子会社化している。dunnhunmbyはいわゆる知る人ぞ知るデータベースマーケティングのスペシャリスト集団だ。
著者の二人目のMr. Terry Hunt氏は、世界最大級のダイレクトマーケティングコンサルタント会社EHS Brannの会長で、データベースマーケティング、CRM、ロイヤルティプログラムの大家である。
dunnhumbyはアメリカにもKrogerとの合弁会社を持っており、アメリカのスーパーマーケットのKrogerの業績向上に貢献した。
この本ではTESCOがTESCO Clubcardというポイントカードを1995年に立ち上げ、これを武器にそれまで万年2位だったマーケットシェアを増やして1位となり、その差を年々拡大していったサクセスストーリーと、CRM(Customer Relationship Management)を目的としたロイヤルティプログラムについて詳述しており、大変参考になる。
この本のどの部分に書いてあったか忘れたが、次のような言葉がCRMの本質を言い当てている「今まではどれだけ売れたかを管理していたが、これからは誰が買うのかを管理するのだ」。
英国のポイントカード事情
筆者は2008年9月に欧州に出張したので、英国のポイントカード事情についても説明しておく。
日本ではポイントカードが乱発状態にあり、平均では消費者一人10社近く、ポイントマニアの筆者は40社くらいのポイントを貯めているが、英国の場合には大手のスーパー数社、ドラッグストアBoots、それと航空マイルの合計3−5枚というのが一般の消費者の平均的なカード保有枚数だ。
アクティブユーザー数No.1は共通ポイントのNectarの13百万人、次がTESCOの11百万人、3位がBootsの9.5百万人、この本でもしばしば登場する共通ポイントのAirMilesは2.5百万人といったところだ。
日本の大手ポイントカード発行者は1千万人クラスがざらで、ドコモの4千万人、Tカードの3千万人というのに比べると英国は会員数は少ないが、一人数枚しかポイントカードを持っていないので利用頻度は高い。
特に英国の場合には、大手のコンビニチェーンがなく、スーパーのTESCOやSainsbury's(セインズベリー)が小規模都心型店舗をコンビニがわりに展開しているので、スーパーのポイントカードの利用頻度がより高くなっている。
TESCOは世界で最もCRMで成功した小売業と言われているが、その秘密がこの本で明かされている。
日本NCR関係者が翻訳
この本は元日本NCR社員が現役社員を集めて「寺子屋」活動の一環として訳したものなので、最初に日本NCR社長のメッセージが寄せられている。
それによると、ポイントカードの機能は3つあるが、乱立する日本のポイントカードは1)値引きの先送り、2)疑似貨幣化までしかできておらず、3)の顧客データの収集手段としての活用が出来ていないと語る。
それを行ったのが13年前のTESCOであり、ポイントプログラムを単なる販促ではなく、顧客との密接な「絆(きずな)」作りに活用し、スタート時はNo.2だったマーケットシェアをポイントカード発行によってまたたく間に英国No.1とした。
現在はTESCOのマーケットシェアは2位のAsda(ウォルマートの子会社)と3位のSainsbury'sの合計に近い31%前後を占めている。「JETRO日刊通商弘報2008年8月25日付け)。
「絆」はTESCOブランドとして顧客に認知され、信頼できる購買代理業、総合生活支援業としての進化をみせているという。
従来日本の小売業は「単品管理」によって顧客のニーズを把握しようとしてきたが、過剰生産、過剰店舗の現在では新たに顧客分類を加えた商品分類とのマトリクス分析なしに、潜在化する顧客ニーズへの対応は不可能であると語る。
TESCOのポイントプログラム
TESCOのポイントプログラムは1%割引で、4半期毎に郵便でその人の購買パターンにあわせたポイント券とクーポンを送ってくるシンプルなもので、土日5倍などもないが、ポイントカードを顧客との「絆」として、顧客のセグメントにあわせてCRMを駆使して販促をかけることで売上を伸ばすことに成功している。
ウォルマートは世界最大の流通業だが、アメリカでは「単品管理」は出来ているが、ポイントカードがないので「顧客管理」はできておらず片手落ちだ。
これに対しTESCOはポイントカードがあり、かつCRMがしっかりしているので、誰が何をいつどこでいくらで買ったのかがすべてわかり、いわゆる5W1Hのうち4W1Hをつかんでいる。
残るは、その人がなぜ買うのかーWHYだが、WHYがわかれば有効な販売促進策が打てる。
だから4W1Hの購買履歴に加えて、顧客の性別・年齢・家族構成・嗜好などの属性情報を総合的に分析することによって、最後残るWHYを顧客類型として割り出し、次の購買につながりそうな提案をするという手法だ。
1%のポイントコスト(実際コストは不使用分もあって0.74%)をかけても、顧客のTESCOに対する支持と、コストを上回る売上アップが得られ、相次ぐ買収にによる規模の拡大もあり、TESCOのマーケットシェアは現在の31%にまで増加したのだ。
広告代理店の人は聞きたくない話だろうが、広告費用の削減効果も大きかったという。
TESCOは1993年には英国のTV広告主の最大手だったが、1995年にClubcardをスタートしてからは、TV広告が約1,000万人へのダイレクトメールによるクラブカードコミュニケーションに置き換えられたので、ついに1995年のクリスマスにはTV広告をゼロにできたという。
現CEOのSir. Terry Leahy(リーヒー)は1997年にClubcardを推進した功績でTESCOのCEOに抜擢されている。
TESCO Clubcardがスタートするまで
TESCOはロンドンで露天商を営んでいたJack Cohenによって1929年に店がスタートしたのが始まりだ。1956年には最初のスーパーマーケットをオープンし、1961年には大型スーパーを開業している。
1963年からTESCOはアメリカから導入されたスタンプカード式のGreen Shieldスタンプを導入するが、15年ほどで行き詰まった。当時のTESCOは大量安売り販売を特徴とするスーパーで、「より高く積み上げて、より安く売る」というやり方だった。
1977年に創業者他の反対を押し切ってスタンプカードは廃止となり、TESCOは店の改装と統一価格の導入というベーシックな「チェックアウト作戦」で地道に業績を上げ、安売りで業界No.2のスーパーになるが、どうしても業界No.1のSainsbury'sを超えられなかった。
1993年にクレジットカード対応のEPOS(Electric POS)レジが導入され、POSを使ったカード導入の基盤が整ったので、1993年からダイレクトマーケティング会社のEHS Brann社の支援を得て、「オメガプロジェクト」と呼ばれるポイントカード作戦のトライアルが14の店舗で開始された。
1994年からはデータベースマーケティング会社のdunnhumbyが加わり、TESCO Clubcardとして顧客/購買データ分析の体制が整えられた。
1994年11月末にClubcardトライアルにより、レスポンス率や売上がアップしたことがTESCO取締役会で報告されると、TESCOの当時のMacLaurin会長は次のように語ったという。
「私がこれを聞いて恐ろしいと思っているのは、私が私の顧客に対して30年間で知り得たこと以上のものを、この3ヶ月間であなたたちが知ったということだ。」
それほどClubcardの効果は絶大だったので、1995年2月13日に全店展開され、すぐに成功は明らかとなった。
TESCO Clubcardの成功
TESCO Clubcardはすばやく顧客に受け入れられ、英国の世帯数の約半分の約1千万枚のカードが2−3ヶ月で配布された。立ち上げ費用は1千万ポンド(約20億円)掛かったが、売り上げの1.6%のコストを上回る4%以上の増益が達成され、店舗によっては二桁以上の売り上げ増を記録した。
競合のSainsbury'sの会長は「電子的Green Shield(スタンプカード)にすぎない」とこき下ろしたが、Clubcardの威力はすさまじかった。
Clubcardを発行した翌月の1995年3月に、TESCOのマーケットシェアは19.3:19.1と遂にSainsbury'sを逆転し、それ以降もNo.1の地位を保ち続けた。
TESCO Clubcardが圧倒的な成功を収めたので、Sainsbury'sも同様のポイントカードのReward Cardを18ヵ月後に開始したが、既に時遅くSainsbury'sがTESCOのマーケットシェアを上回ることはなく、差はむしろ拡大していった。
TESCOが英国No.1の地位を手に入れたのは、Clubcardのみの効果ではなく、1995年にスコットランドのWilliam Lowというスーパーマーケットチェーンの買収合戦でSainsbury'sに勝ち、店舗数でも545と英国一位になったという要因もある。
それでもClubcardがTESCOの成功の要因の一つであることは間違いない。
他社の反撃
Sainsbury'sもSaver Cardというポイントプログラムを持っていたが、355店舗のうち200しか導入しておらず、しかもカード発行店でしか使えなかった。ポイントの価値もわかりにくかった。
結局Sainsbury'sはTESCOに対抗してReward Cardを始めたが、それはTESCOより1年半遅れた。またSainsbury'sが4半期ごとのクーポン郵便をはじめたのはNectarポイントプログラムに乗り換えた2002年からだった。
SafewayもTESCOに遅れること8ヶ月でABCカードを始め、900万人の会員を獲得したが、結局広告費にコストを使いすぎて採算は悪化し、1998年には2千万ポンドもの販売促進費にもかかわらず、売上は減少した。結局ABCカードは1999年に撤収が宣言された。
TESCOはABCカードからの切り替えキャンペーンを実施し、最初の1週間で10万人がABCカードからTESCO Clubcardに切り替えたという。
Asdaも一部店舗でカードを試験的に導入したが、結局全面展開はしなかった。Asdaはレジのレシートと一緒にクーポン券をその場で印刷するCatalinaシステムで対抗したが、現在はCatalinaは使われていない。
またAsdaはTESCO Clubcardのポイントクーポン券でAsdaでも買い物できるようにした。いわばハイジャックである
Clubcardの改善
TESCOは個々の顧客との「絆」を深めるために、店長主催で上顧客を招いての「クラブカードの夕べ」や各種イベントを開き、好評を博した。これのレポンス率は40%という高率だったという。
そんなTESCO Clubcardでも学生カードは失敗だった。学生達のためにポイント付与下限を最低5ポンドからにしたが、学生達は年に一回は引っ越しをし、コミュニケーションを取ることが難しかったという。
TESCOは1995年のクリスマスにはカードホルダー全員に、40ポンド以上買い物すると七面鳥が1羽無料というキャンペーンを行い、100万羽の七面鳥を配った。これは米国のスーパーでもよくやるキャンペーンだ。
さらにTESCOの運営するガスステーションでもポイントが付くようにしたので、25万人の男性会員が新しく加入した。
他社ポイントとの交換も開始
TESCOは1995年に申し出があったAirMilesとの他社ポイントとの交換提携を断り、自社ポイントとしてClubcardを定着させた。しかし共通ポイントは何百万人もの熱心な収集家がいて、継続力に優れている。
TESCOは他の小売業にもポイントを販売したが、他社はTESCOポイントを発行するだけで、償還はTESCOのみが行った。
一方Sainsbury'sはAirMilesと提携し、RewardカードポイントをAirMilesに交換できるようにした。提携最後の年2001年には10億ドルのAirMiles発行額のうち、2億5千万ポンドがSainsbury'sからのポイント交換だった。
TESCOは自社のみでのポイント償還にこだわったが、スーパーでの買い物の割引だけでは最上級の顧客の要望に応えられないのは明らかとなってきたので、2002年にSainsbury'sとAirMilesとの契約が終了した時に、すぐさまAirMilesと提携した。
これによりTESCO Clubcardメンバーは25ポイントという低ポイントからAirMilesに交換できるようになった。
AirMilesは熱狂的なファン基盤があるので、すぐさま反応は現れ、TESCOはAirMilesを貯めている裕福で、分別があり、AirMilesを貯めるためにはスーパーのブランドを変え、買い物習慣を変えることをやぶさかでない顧客を獲得し、新たに100万枚のClubcardが配られた。
一方Sainsbury'sはAirMilesとの提携が終了したので、1%の減収となることに気が付いた。最も価値のある6万人がTESCOに移るからだ。
AirMilesとの提携で、TESCOは店外で顧客に特典を使用させる必要性を理解した。AirMilesは脅威ではなく、価値ある少数派へ訴える方法で、両方のプログラムは互いに補完していることに気が付いた。
TESCOの担当者は、「早い時期には我々はAirMilesを競争相手として見ていたが、我々は顧客がAirMilesを異なる種類のロイヤルティ通貨と見ていることを発見した。」と語っている。
TESCOのCEOテリー・リーヒー卿は「小売業の成功の秘密は、消費者の声を聞くことと、消費者が欲するものを与えるのを止めないということだ」と語っており、TESCO原資のポイントが他社でも使われることを容認したのだ。
Clubcardの見直し
この部分は翻訳にはない、英語の原書第2版からのあらすじだ。
2004年にClubcard戦略は見直され、カード自体も磁気ストライプのカードからバーコードカードに置き換えられたので、紙のカードや車のキーに付けられる小型カードも配布できるようになった。
TESCO Clubcardは1995年に導入され、1997年にはTESCOの売上の80%がTESCOクラブカードを提示してのものだったが、年々この比率は低下し、2001年74%、2002年72%、2003年は70%と低下傾向が明らかだった。
TESCOがコンビニチェーンを買収し、少額決済中心の小型店舗を拡大したことも背景にあるが、TESCOマネージメントは事態を深刻に受け止め、2004年には9,000人の会員を面接アンケート調査した。
その結果、Clubcardの「通貨」がポイント、キー(来店ポイントの様なもの)、値引き券と3種類あって複雑で、また月60ポンド以上使う会員を優遇していること、来店頻度の落ちた失われつつある客に最大の優遇をしていること、あまりに売り込み目的のクーポンが多いことなどの問題点が指摘された。
会社のモットー"Every little helps"(「どんな小さなこともで役に立つ」ということわざ。ちなみにeveryの後には単数形がくるので、「すべての小さなヘルプ」という意味ではない)に基づいてお客に"Thank you"を伝えるという本来のTESCO Clubcardが導入された目的からはずれてことに気が付いた。
そこでTESCOは原点に立ち返り、「通貨」をポイントだけにすること(価格を割り引くクーポンは廃止)、月60ポンド以上という会員のランク付けをやめ、失われつつある客でなくロイヤルな顧客に販促予算をつぎ込むことにした。
また従来申込書にプラスティックカードを付けていたが、これだと名前・住所を登録しない"Skelton"と呼ばれる会員が増えて百万人を超えたので、申込用紙には紙のテンポラリーカードを付ける様にして、"Skelton"を減少させた。
顧客へのクーポン郵便については、基本的に月1回と限定し、いわば"Air traffic control"(航空管制)の様に、顧客に出す売り込みダイレクトメールを制限した。但し、もっとクーポンを受け取りたいという顧客からはオプトイン方式で同意を取得して例外とした。
これらの原点回帰策をTESCOでは"Unconditional love"(無条件の愛)と呼んでおり、これらが実施されると1年間で会員が百万人純増するという成果が上がった。これは1997年以来最高の顧客純増数だった。
価格競争に勝つ
TESCOは27のTESCOライフスタイル(クラスター)で顧客を分類し、価格競争に勝つ戦略を生み出した。
従来小売ビジネスがしてきたことは、いわゆる量販型で、よりコストを安くするために巨大な販売数量に達することで、最も大きい販売アイテムの価格を下げるようにしてきた。
しかしClubcardで顧客行動を調べると、価格を意識する顧客と意識しない顧客がいることがわかった。
たとえば、すべてのバナナを安売りしてはいけない。なぜなら積極的に安売りを求めていない人にも値引きしてしまうからだ。
このセグメントの良い攻め方の例は「バリュー・ブランド・マーガリン」だ。この商品は低価格を求める顧客が買い、他の客はほとんど買っていないことがわかったので、TESCOはこの種のプライベートブランドの低価格商品に値下げを集中した。
さらに値下げだけでなく、手に取りやすさ、非食品ビジネスの開発、営業時間延長、クラブカード改良、キャッシャーのサービスを向上させ、非価格競争力を高めた。
商品と顧客両方をセグメンテーション
TESCOは行動理論を元にセグメンテーションを顧客と商品両方に対して行った。その2つの理論とは「リッカート・スケール」と、「オズグッド・プロファイル」だ。
香川大学経済学部の堀啓造教授が、福沢周亮編(1996)『言葉の心理と教育』教育出版,「ことばで測る」p210-p215に修正を加え、「ことばで測る」という文を公開されているので、参考までに紹介しておく。どんな感じかわかると思う。
TESCOでは27の顧客セグメンテーションと、20次元の商品セグメンテーションがある。
商品セグメンテーションはRolling Ballアルゴリズム
「Rolling ball algorithm」というTESCOが商品のセグメンテーションに使ったアルゴリズムについて簡単に説明してある。
勿論秘中の秘なので、詳しくは説明してないが、牛乳やバナナなど誰でも買う商品は除いて、Rolling Ballアルゴリズムを利用して「冒険的な商品」と「新規性の高い商品」といった細かい区分もしながら、3人のアナリストが20のセグメントに振り分けた。
顧客セグメンテーションは「買い物習慣」
次に20元の行動に於ける類似性を比較して、27の顧客クラスターを定義した。これは何を購入したかの「買い物習慣」をセグメンテーション化したものである。
「買い物習慣」は、これから何を購入したいのかを理解する助けとして大いに役立った。「買い物習慣」のカテゴリー化は数学、クリエイティブな分析、小売の智恵の結合で、顧客が何を望み、何を望んでいないという情報が得られた。
たとえばTESCOはプライベートブランドの「Finest」を高額所得者の多い店向けに導入したが結果は散々だった。
高額所得者はそもそもプライベートブランドには興味がないのだ。そこでTESCOはアプローチを変えて、Clubcardの情報から「Finest」に似合うライフスタイルを持つ顧客の多い店で販売促進を実施した。
他の例では、「TESCOびいきの人」は、通常16ある売り場の内12で買い物をしていたので、残る4つの売り場で3ヶ月に一度買い物をするようなクーポンで誘導した。
この人たちが、すべての売り場で買い物をしてくれれば、年間の増収は18億ポンド(3,600億円)にもなるという。
秘中の被なので、あまり詳しく述べられていないが、CRMで売り上げ・収益アップにつなげるということは、こういうことなのである。
最後にセグメンテーションの最終目標はone-to-oneマーケティングだとしばしば考えられているが、実際には個人へのone-to-oneマーケティングは実行不可能だと語っている。
One-to-oneは実は不必要で、「買い物習慣」においては、個人は他人と多くの共通点を持つのだと語っている。
普通CRMというと究極はOne-to-oneマーケティングと思われているが、さすがに経験と実績に裏打ちされたTESCOチームの言葉は違う。
個人情報保護
この本を読むと英国が日本よりも個人情報保護には厳しく、また先進的であることがわかる。そんな環境で実施しているTESCOのCRMはどの国の個人情報保護規制も満たすであろうことがよくわかる。
TESCOはClubcard憲章として、データは顧客が欲する商品の情報やオファーを送るために利用され、個人情報はClubcardの運営以外では、他のどの会社にも提供されず、個人情報を削除したい場合はフリーダイヤルで要求することができると規定されている。
消費者団体の中には、ジョージ・オーウェルの「1984」のビッグ・ブラザーの様にスーパーは消費者を「奴隷化」しようとしていると非難するところもあるので、TESCOは細心の注意を払っている。
1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
著者:ジョージ・オーウェル
販売元:早川書房
発売日:1972-02
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日本で「個人情報保護法」が施行されたのは2005年4月だが、英国にはその20年以上前の1984年に「データ保護法」に基づき「データ保護登録官」が監督する制度ができている。
1998年にはEUの法律と整合性がとられ、日本の「個人情報保護法」と同様の法律に変更されたが、「データ保護登録官」は「情報コミッショナー」と名前を変えて個人情報を保護しており、日本にはない制度だ。
TESCOは個人を特定できない統計データを除いて、顧客個人情報は第三者に渡さないことを遵守している。
クラブカードの未来への5つの挑戦
最後にTESCO Clubcardの未来への5つの挑戦として次を挙げている。
1.Clubcardは世界的なスキームになりうるか
TESCOは2004年の時点で日本を含む世界11ヶ国で事業展開しているが、TESCO Clubcardを展開しているのは顧客満足度追求で有名なSuperquinnと競合しているアイルランドとSamsungとの合弁で始めた韓国だ。
TESCOは他の国の小売企業からロイヤルティ・マーケティングを支援して欲しいとの要請を受けているが、今のところプリオリティではないとして断っている。
例外は2001年に53%の株を取得したdunnhumbyの米国展開で、dunnhamby USAは世界第5位の流通企業Krogerとdunnhumbyの50:50の合弁会社で、Krogerの既存カード(レジで提示すると会員価格が適用され割引になる)を利用してロイヤルティプログラムをつくることだ。
2.Clubcardは英国で最も普及したロイヤルティプログラムであり続けるか
TESCO Clubcardの強力なライバルで、全く異なるビジネスモデルがNectarである。TESCOはClubcardを通して顧客に還元されるべき現金は、すべてTESCOを通して使われるべきであるとの主義をあきらめていない。
Nectarは2002年の開始とともに世界を驚かせた。長期的にNectarとTESCO Clubcardのどちらかが成功するかは、まだ判断できないと結論づけている。
3.Clubcardは販売促進をより有効にできるか
販売促進策の効果測定は、販売増加額のみではない。単に低価格で買いだめしたり、チェリー・ピッカーと呼ばれるバーゲンハンターが買っただけでは、長期的な利益拡大にならない。
クラブカードデータを活用することにより、どの顧客が販売促進に対して積極的に反応するか、顧客のブランド嗜好はどのように影響されるかTESCOでは判別できており、販売促進に否定的な顧客に好意的に受け取られる様な販売促進も可能である。
4.Clubcardはその場でメリットを提供できるか
TESCO Clubcardの特徴の一つは、その場での割引に使えないことで、他の小売業が支払い時にポイントを割り引きとして使えるのに対して、TESCOは3ヶ月に一度のメールでのポイント券送付にこだわっている。
その理由は次の通りである。
(1)4半期ごとのメールは小売のカレンダー上主要なイベントとなっている
(2)レジでその場で特典払い戻しをしてしまうと、顧客がその店をこれ以上ひいきにする理由が薄れる
(3)3ヶ月の間に顧客はポイントを十分に貯められ、貯める楽しみが得られる
(4)3ヶ月ごとの郵便は顧客の現在の住所と世帯の情報の精度を高める。顧客を個人として捉えているので、メーカーから高く評価され、コミュニケーションの媒体をつくりだす。
しかし顧客が買い物を考えている時に、Clubcardを補強するケータイメールとかその場の割引やプロモーションを提供する手段はあるはずで、今後の課題である。
TESCOはCatalina社の提供するレジ・クーポンを補完的に使っており、効果を上げている。
5.ClubcardはTESCOの取引先メーカーを手助けできるか
TESCOは「データ保護法」の最も厳密な解釈を受け入れ、個人を特定できる購買データは第三者とは共有してないが、統計的な売れ行きデータはメーカーの販売促進策をより効果的なものにするために、メーカーと共有している。
2001年にdunnhumby社の株を取得した目的は、dunnhumby社に個人を特定できないデータを扱わせ、TESCOの仕入れ先と分析を共有するためである。
メーカーはTESCOで得た情報を、Sainsbury'sやAsdaなどでも使うかもしれないが、それは制限不能である。
またClubcardにより、メーカーは広告の有効性を確認できる。dunnhumby社はClubcardの個人の買う雑誌、好きなテレビ・ラジオショーなどの個人情報データを総合的に分析して、メーカーにメディアパッケージを提案している。
以上がTESCOポイントカードに関する概要だが、この本ではセグメンテーションの手法、「自社ポイント、共通ポイント、外部委託」のメリット・デメリット比較、TESCOのネットスーパー(世界最大のネット上の食品販売店)やTESCOの金融などの事業、米国KrogerでのCRM等についても説明しているので、これも興味深いので「続きを読む」で紹介しておく。
最新の現状が知りたくて英語の原書の第2版まで読んでしまったが、大変参考になる本であった。
翻訳のあとがきに監訳者が「本書はTESCOに関しての初めての書であり、顧客戦略のステルス性のため、すべてが明かされているわけではない。富士山の3合目ぐらいであろうか?」と書いてあるように、ノウハウという面ではほとんど開示されていないが、それでもTESCOがどう考えて、どういう行動を取ったのか正確に記されており、大変参考になる。
是非おすすめしたい本である。
参考になれば次クリックお願いします。
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「ビッグデータ」が注目される時代になってきて、あらためて世界最高のCRMを実現している英国TESCOが注目されている。
そのTESCOのポイントカード・「クラブ・カード」を用いた顧客管理の手法を、日本語訳化されていない原著第2版の内容も含めて紹介した「TESCO顧客ロイヤルティ戦略」のあらすじを再掲する。
この本は一時絶版になっていたが、ビッグデータが注目を集めたので再版されて、今では中古のみでなく、新刊書も買えるようになった。
ビッグデータに興味を持っている人は、必読の本である。
筆者はこの分野を以前から興味を持って研究しているので、続きを読むの部分で専門的な内容までカバーしている。
このあらすじを参考にして、一度読んでみることをお勧めする。
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Tesco顧客ロイヤルティ戦略
著者:C. ハンビィ
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筆者は自他ともに認めるポイントマニアで、"ポイントマニア"でGoogle検索トップの「ポイントマニアのブログ」という別ブログもやっているほどだが、ポイントカードの活用で有名な英国No.1のスーパーマーケットで世界No.3の流通業者であるTESCOのカード戦略について書かれた本を読んでみた。
バフェットもTESCOに投資
TESCOは日本など11ヶ国に進出し、2007年に米国進出を発表している。ウォーレン・バフェットは2006年にTESCOの株を3%取得しており、バフェットも注目する流通業界のジャイアントである。
英国の投資銀行のJP Morgan Cazenoveは2005年8月のレポートで、TESCOの成功の要因としてTESCO Clubcardを挙げ、これがTESCOの最も強力な武器であると説明しており、TESCO株はアンダーバリューだと評価している。たぶんこのレポートもウォレン・バフェットのTESCOへの投資判断の参考になっていると思われる。
原書は2004年2月に第一版が出版され、2007年2月に改訂版が出版されている。
Scoring Points: How Tesco Is Winning Customer Loyalty
著者:Clive Humby
販売元:Kogan Page Ltd
発売日:2007-02
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翻訳は2007年9月に出版されているが、この種の専門書としては珍しく第2刷が出ている。TESCOについての最初の本ということで、注目を集めている様だ。
残念ながら第一版の和訳で、第二版に記されているClubcardの見直しと米国Krogerでの最新の事情等が反映されておらず、日本語だと用語の意味が分からないところもあるので原書も参照した。
著者はTESCOのロイヤルティプログラム戦略の立役者
著者はTESCOのロイヤルティプログラム戦略のコアメンバーとして参加したdunnhumby社会長のClive Humby氏、ダイレクトマーティング大手のEHS Brann社会長のTerry Hunt氏というドリームチームで、ジャーナリストのTim Phillipsが読みやすくまとめている。
Clive Humby氏は、dunnhumbyという世界的に有名なデータベースマーケティング会社の会長で、TESCOが数年前にこの会社の過半数の株式を取得して子会社化している。dunnhunmbyはいわゆる知る人ぞ知るデータベースマーケティングのスペシャリスト集団だ。
著者の二人目のMr. Terry Hunt氏は、世界最大級のダイレクトマーケティングコンサルタント会社EHS Brannの会長で、データベースマーケティング、CRM、ロイヤルティプログラムの大家である。
dunnhumbyはアメリカにもKrogerとの合弁会社を持っており、アメリカのスーパーマーケットのKrogerの業績向上に貢献した。
この本ではTESCOがTESCO Clubcardというポイントカードを1995年に立ち上げ、これを武器にそれまで万年2位だったマーケットシェアを増やして1位となり、その差を年々拡大していったサクセスストーリーと、CRM(Customer Relationship Management)を目的としたロイヤルティプログラムについて詳述しており、大変参考になる。
この本のどの部分に書いてあったか忘れたが、次のような言葉がCRMの本質を言い当てている「今まではどれだけ売れたかを管理していたが、これからは誰が買うのかを管理するのだ」。
英国のポイントカード事情
筆者は2008年9月に欧州に出張したので、英国のポイントカード事情についても説明しておく。
日本ではポイントカードが乱発状態にあり、平均では消費者一人10社近く、ポイントマニアの筆者は40社くらいのポイントを貯めているが、英国の場合には大手のスーパー数社、ドラッグストアBoots、それと航空マイルの合計3−5枚というのが一般の消費者の平均的なカード保有枚数だ。
アクティブユーザー数No.1は共通ポイントのNectarの13百万人、次がTESCOの11百万人、3位がBootsの9.5百万人、この本でもしばしば登場する共通ポイントのAirMilesは2.5百万人といったところだ。
日本の大手ポイントカード発行者は1千万人クラスがざらで、ドコモの4千万人、Tカードの3千万人というのに比べると英国は会員数は少ないが、一人数枚しかポイントカードを持っていないので利用頻度は高い。
特に英国の場合には、大手のコンビニチェーンがなく、スーパーのTESCOやSainsbury's(セインズベリー)が小規模都心型店舗をコンビニがわりに展開しているので、スーパーのポイントカードの利用頻度がより高くなっている。
TESCOは世界で最もCRMで成功した小売業と言われているが、その秘密がこの本で明かされている。
日本NCR関係者が翻訳
この本は元日本NCR社員が現役社員を集めて「寺子屋」活動の一環として訳したものなので、最初に日本NCR社長のメッセージが寄せられている。
それによると、ポイントカードの機能は3つあるが、乱立する日本のポイントカードは1)値引きの先送り、2)疑似貨幣化までしかできておらず、3)の顧客データの収集手段としての活用が出来ていないと語る。
それを行ったのが13年前のTESCOであり、ポイントプログラムを単なる販促ではなく、顧客との密接な「絆(きずな)」作りに活用し、スタート時はNo.2だったマーケットシェアをポイントカード発行によってまたたく間に英国No.1とした。
現在はTESCOのマーケットシェアは2位のAsda(ウォルマートの子会社)と3位のSainsbury'sの合計に近い31%前後を占めている。「JETRO日刊通商弘報2008年8月25日付け)。
「絆」はTESCOブランドとして顧客に認知され、信頼できる購買代理業、総合生活支援業としての進化をみせているという。
従来日本の小売業は「単品管理」によって顧客のニーズを把握しようとしてきたが、過剰生産、過剰店舗の現在では新たに顧客分類を加えた商品分類とのマトリクス分析なしに、潜在化する顧客ニーズへの対応は不可能であると語る。
TESCOのポイントプログラム
TESCOのポイントプログラムは1%割引で、4半期毎に郵便でその人の購買パターンにあわせたポイント券とクーポンを送ってくるシンプルなもので、土日5倍などもないが、ポイントカードを顧客との「絆」として、顧客のセグメントにあわせてCRMを駆使して販促をかけることで売上を伸ばすことに成功している。
ウォルマートは世界最大の流通業だが、アメリカでは「単品管理」は出来ているが、ポイントカードがないので「顧客管理」はできておらず片手落ちだ。
これに対しTESCOはポイントカードがあり、かつCRMがしっかりしているので、誰が何をいつどこでいくらで買ったのかがすべてわかり、いわゆる5W1Hのうち4W1Hをつかんでいる。
残るは、その人がなぜ買うのかーWHYだが、WHYがわかれば有効な販売促進策が打てる。
だから4W1Hの購買履歴に加えて、顧客の性別・年齢・家族構成・嗜好などの属性情報を総合的に分析することによって、最後残るWHYを顧客類型として割り出し、次の購買につながりそうな提案をするという手法だ。
1%のポイントコスト(実際コストは不使用分もあって0.74%)をかけても、顧客のTESCOに対する支持と、コストを上回る売上アップが得られ、相次ぐ買収にによる規模の拡大もあり、TESCOのマーケットシェアは現在の31%にまで増加したのだ。
広告代理店の人は聞きたくない話だろうが、広告費用の削減効果も大きかったという。
TESCOは1993年には英国のTV広告主の最大手だったが、1995年にClubcardをスタートしてからは、TV広告が約1,000万人へのダイレクトメールによるクラブカードコミュニケーションに置き換えられたので、ついに1995年のクリスマスにはTV広告をゼロにできたという。
現CEOのSir. Terry Leahy(リーヒー)は1997年にClubcardを推進した功績でTESCOのCEOに抜擢されている。
TESCO Clubcardがスタートするまで
TESCOはロンドンで露天商を営んでいたJack Cohenによって1929年に店がスタートしたのが始まりだ。1956年には最初のスーパーマーケットをオープンし、1961年には大型スーパーを開業している。
1963年からTESCOはアメリカから導入されたスタンプカード式のGreen Shieldスタンプを導入するが、15年ほどで行き詰まった。当時のTESCOは大量安売り販売を特徴とするスーパーで、「より高く積み上げて、より安く売る」というやり方だった。
1977年に創業者他の反対を押し切ってスタンプカードは廃止となり、TESCOは店の改装と統一価格の導入というベーシックな「チェックアウト作戦」で地道に業績を上げ、安売りで業界No.2のスーパーになるが、どうしても業界No.1のSainsbury'sを超えられなかった。
1993年にクレジットカード対応のEPOS(Electric POS)レジが導入され、POSを使ったカード導入の基盤が整ったので、1993年からダイレクトマーケティング会社のEHS Brann社の支援を得て、「オメガプロジェクト」と呼ばれるポイントカード作戦のトライアルが14の店舗で開始された。
1994年からはデータベースマーケティング会社のdunnhumbyが加わり、TESCO Clubcardとして顧客/購買データ分析の体制が整えられた。
1994年11月末にClubcardトライアルにより、レスポンス率や売上がアップしたことがTESCO取締役会で報告されると、TESCOの当時のMacLaurin会長は次のように語ったという。
「私がこれを聞いて恐ろしいと思っているのは、私が私の顧客に対して30年間で知り得たこと以上のものを、この3ヶ月間であなたたちが知ったということだ。」
それほどClubcardの効果は絶大だったので、1995年2月13日に全店展開され、すぐに成功は明らかとなった。
TESCO Clubcardの成功
TESCO Clubcardはすばやく顧客に受け入れられ、英国の世帯数の約半分の約1千万枚のカードが2−3ヶ月で配布された。立ち上げ費用は1千万ポンド(約20億円)掛かったが、売り上げの1.6%のコストを上回る4%以上の増益が達成され、店舗によっては二桁以上の売り上げ増を記録した。
競合のSainsbury'sの会長は「電子的Green Shield(スタンプカード)にすぎない」とこき下ろしたが、Clubcardの威力はすさまじかった。
Clubcardを発行した翌月の1995年3月に、TESCOのマーケットシェアは19.3:19.1と遂にSainsbury'sを逆転し、それ以降もNo.1の地位を保ち続けた。
TESCO Clubcardが圧倒的な成功を収めたので、Sainsbury'sも同様のポイントカードのReward Cardを18ヵ月後に開始したが、既に時遅くSainsbury'sがTESCOのマーケットシェアを上回ることはなく、差はむしろ拡大していった。
TESCOが英国No.1の地位を手に入れたのは、Clubcardのみの効果ではなく、1995年にスコットランドのWilliam Lowというスーパーマーケットチェーンの買収合戦でSainsbury'sに勝ち、店舗数でも545と英国一位になったという要因もある。
それでもClubcardがTESCOの成功の要因の一つであることは間違いない。
他社の反撃
Sainsbury'sもSaver Cardというポイントプログラムを持っていたが、355店舗のうち200しか導入しておらず、しかもカード発行店でしか使えなかった。ポイントの価値もわかりにくかった。
結局Sainsbury'sはTESCOに対抗してReward Cardを始めたが、それはTESCOより1年半遅れた。またSainsbury'sが4半期ごとのクーポン郵便をはじめたのはNectarポイントプログラムに乗り換えた2002年からだった。
SafewayもTESCOに遅れること8ヶ月でABCカードを始め、900万人の会員を獲得したが、結局広告費にコストを使いすぎて採算は悪化し、1998年には2千万ポンドもの販売促進費にもかかわらず、売上は減少した。結局ABCカードは1999年に撤収が宣言された。
TESCOはABCカードからの切り替えキャンペーンを実施し、最初の1週間で10万人がABCカードからTESCO Clubcardに切り替えたという。
Asdaも一部店舗でカードを試験的に導入したが、結局全面展開はしなかった。Asdaはレジのレシートと一緒にクーポン券をその場で印刷するCatalinaシステムで対抗したが、現在はCatalinaは使われていない。
またAsdaはTESCO Clubcardのポイントクーポン券でAsdaでも買い物できるようにした。いわばハイジャックである
Clubcardの改善
TESCOは個々の顧客との「絆」を深めるために、店長主催で上顧客を招いての「クラブカードの夕べ」や各種イベントを開き、好評を博した。これのレポンス率は40%という高率だったという。
そんなTESCO Clubcardでも学生カードは失敗だった。学生達のためにポイント付与下限を最低5ポンドからにしたが、学生達は年に一回は引っ越しをし、コミュニケーションを取ることが難しかったという。
TESCOは1995年のクリスマスにはカードホルダー全員に、40ポンド以上買い物すると七面鳥が1羽無料というキャンペーンを行い、100万羽の七面鳥を配った。これは米国のスーパーでもよくやるキャンペーンだ。
さらにTESCOの運営するガスステーションでもポイントが付くようにしたので、25万人の男性会員が新しく加入した。
他社ポイントとの交換も開始
TESCOは1995年に申し出があったAirMilesとの他社ポイントとの交換提携を断り、自社ポイントとしてClubcardを定着させた。しかし共通ポイントは何百万人もの熱心な収集家がいて、継続力に優れている。
TESCOは他の小売業にもポイントを販売したが、他社はTESCOポイントを発行するだけで、償還はTESCOのみが行った。
一方Sainsbury'sはAirMilesと提携し、RewardカードポイントをAirMilesに交換できるようにした。提携最後の年2001年には10億ドルのAirMiles発行額のうち、2億5千万ポンドがSainsbury'sからのポイント交換だった。
TESCOは自社のみでのポイント償還にこだわったが、スーパーでの買い物の割引だけでは最上級の顧客の要望に応えられないのは明らかとなってきたので、2002年にSainsbury'sとAirMilesとの契約が終了した時に、すぐさまAirMilesと提携した。
これによりTESCO Clubcardメンバーは25ポイントという低ポイントからAirMilesに交換できるようになった。
AirMilesは熱狂的なファン基盤があるので、すぐさま反応は現れ、TESCOはAirMilesを貯めている裕福で、分別があり、AirMilesを貯めるためにはスーパーのブランドを変え、買い物習慣を変えることをやぶさかでない顧客を獲得し、新たに100万枚のClubcardが配られた。
一方Sainsbury'sはAirMilesとの提携が終了したので、1%の減収となることに気が付いた。最も価値のある6万人がTESCOに移るからだ。
AirMilesとの提携で、TESCOは店外で顧客に特典を使用させる必要性を理解した。AirMilesは脅威ではなく、価値ある少数派へ訴える方法で、両方のプログラムは互いに補完していることに気が付いた。
TESCOの担当者は、「早い時期には我々はAirMilesを競争相手として見ていたが、我々は顧客がAirMilesを異なる種類のロイヤルティ通貨と見ていることを発見した。」と語っている。
TESCOのCEOテリー・リーヒー卿は「小売業の成功の秘密は、消費者の声を聞くことと、消費者が欲するものを与えるのを止めないということだ」と語っており、TESCO原資のポイントが他社でも使われることを容認したのだ。
Clubcardの見直し
この部分は翻訳にはない、英語の原書第2版からのあらすじだ。
2004年にClubcard戦略は見直され、カード自体も磁気ストライプのカードからバーコードカードに置き換えられたので、紙のカードや車のキーに付けられる小型カードも配布できるようになった。
TESCO Clubcardは1995年に導入され、1997年にはTESCOの売上の80%がTESCOクラブカードを提示してのものだったが、年々この比率は低下し、2001年74%、2002年72%、2003年は70%と低下傾向が明らかだった。
TESCOがコンビニチェーンを買収し、少額決済中心の小型店舗を拡大したことも背景にあるが、TESCOマネージメントは事態を深刻に受け止め、2004年には9,000人の会員を面接アンケート調査した。
その結果、Clubcardの「通貨」がポイント、キー(来店ポイントの様なもの)、値引き券と3種類あって複雑で、また月60ポンド以上使う会員を優遇していること、来店頻度の落ちた失われつつある客に最大の優遇をしていること、あまりに売り込み目的のクーポンが多いことなどの問題点が指摘された。
会社のモットー"Every little helps"(「どんな小さなこともで役に立つ」ということわざ。ちなみにeveryの後には単数形がくるので、「すべての小さなヘルプ」という意味ではない)に基づいてお客に"Thank you"を伝えるという本来のTESCO Clubcardが導入された目的からはずれてことに気が付いた。
そこでTESCOは原点に立ち返り、「通貨」をポイントだけにすること(価格を割り引くクーポンは廃止)、月60ポンド以上という会員のランク付けをやめ、失われつつある客でなくロイヤルな顧客に販促予算をつぎ込むことにした。
また従来申込書にプラスティックカードを付けていたが、これだと名前・住所を登録しない"Skelton"と呼ばれる会員が増えて百万人を超えたので、申込用紙には紙のテンポラリーカードを付ける様にして、"Skelton"を減少させた。
顧客へのクーポン郵便については、基本的に月1回と限定し、いわば"Air traffic control"(航空管制)の様に、顧客に出す売り込みダイレクトメールを制限した。但し、もっとクーポンを受け取りたいという顧客からはオプトイン方式で同意を取得して例外とした。
これらの原点回帰策をTESCOでは"Unconditional love"(無条件の愛)と呼んでおり、これらが実施されると1年間で会員が百万人純増するという成果が上がった。これは1997年以来最高の顧客純増数だった。
価格競争に勝つ
TESCOは27のTESCOライフスタイル(クラスター)で顧客を分類し、価格競争に勝つ戦略を生み出した。
従来小売ビジネスがしてきたことは、いわゆる量販型で、よりコストを安くするために巨大な販売数量に達することで、最も大きい販売アイテムの価格を下げるようにしてきた。
しかしClubcardで顧客行動を調べると、価格を意識する顧客と意識しない顧客がいることがわかった。
たとえば、すべてのバナナを安売りしてはいけない。なぜなら積極的に安売りを求めていない人にも値引きしてしまうからだ。
このセグメントの良い攻め方の例は「バリュー・ブランド・マーガリン」だ。この商品は低価格を求める顧客が買い、他の客はほとんど買っていないことがわかったので、TESCOはこの種のプライベートブランドの低価格商品に値下げを集中した。
さらに値下げだけでなく、手に取りやすさ、非食品ビジネスの開発、営業時間延長、クラブカード改良、キャッシャーのサービスを向上させ、非価格競争力を高めた。
商品と顧客両方をセグメンテーション
TESCOは行動理論を元にセグメンテーションを顧客と商品両方に対して行った。その2つの理論とは「リッカート・スケール」と、「オズグッド・プロファイル」だ。
香川大学経済学部の堀啓造教授が、福沢周亮編(1996)『言葉の心理と教育』教育出版,「ことばで測る」p210-p215に修正を加え、「ことばで測る」という文を公開されているので、参考までに紹介しておく。どんな感じかわかると思う。
TESCOでは27の顧客セグメンテーションと、20次元の商品セグメンテーションがある。
商品セグメンテーションはRolling Ballアルゴリズム
「Rolling ball algorithm」というTESCOが商品のセグメンテーションに使ったアルゴリズムについて簡単に説明してある。
勿論秘中の秘なので、詳しくは説明してないが、牛乳やバナナなど誰でも買う商品は除いて、Rolling Ballアルゴリズムを利用して「冒険的な商品」と「新規性の高い商品」といった細かい区分もしながら、3人のアナリストが20のセグメントに振り分けた。
顧客セグメンテーションは「買い物習慣」
次に20元の行動に於ける類似性を比較して、27の顧客クラスターを定義した。これは何を購入したかの「買い物習慣」をセグメンテーション化したものである。
「買い物習慣」は、これから何を購入したいのかを理解する助けとして大いに役立った。「買い物習慣」のカテゴリー化は数学、クリエイティブな分析、小売の智恵の結合で、顧客が何を望み、何を望んでいないという情報が得られた。
たとえばTESCOはプライベートブランドの「Finest」を高額所得者の多い店向けに導入したが結果は散々だった。
高額所得者はそもそもプライベートブランドには興味がないのだ。そこでTESCOはアプローチを変えて、Clubcardの情報から「Finest」に似合うライフスタイルを持つ顧客の多い店で販売促進を実施した。
他の例では、「TESCOびいきの人」は、通常16ある売り場の内12で買い物をしていたので、残る4つの売り場で3ヶ月に一度買い物をするようなクーポンで誘導した。
この人たちが、すべての売り場で買い物をしてくれれば、年間の増収は18億ポンド(3,600億円)にもなるという。
秘中の被なので、あまり詳しく述べられていないが、CRMで売り上げ・収益アップにつなげるということは、こういうことなのである。
最後にセグメンテーションの最終目標はone-to-oneマーケティングだとしばしば考えられているが、実際には個人へのone-to-oneマーケティングは実行不可能だと語っている。
One-to-oneは実は不必要で、「買い物習慣」においては、個人は他人と多くの共通点を持つのだと語っている。
普通CRMというと究極はOne-to-oneマーケティングと思われているが、さすがに経験と実績に裏打ちされたTESCOチームの言葉は違う。
個人情報保護
この本を読むと英国が日本よりも個人情報保護には厳しく、また先進的であることがわかる。そんな環境で実施しているTESCOのCRMはどの国の個人情報保護規制も満たすであろうことがよくわかる。
TESCOはClubcard憲章として、データは顧客が欲する商品の情報やオファーを送るために利用され、個人情報はClubcardの運営以外では、他のどの会社にも提供されず、個人情報を削除したい場合はフリーダイヤルで要求することができると規定されている。
消費者団体の中には、ジョージ・オーウェルの「1984」のビッグ・ブラザーの様にスーパーは消費者を「奴隷化」しようとしていると非難するところもあるので、TESCOは細心の注意を払っている。
1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
著者:ジョージ・オーウェル
販売元:早川書房
発売日:1972-02
おすすめ度:
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日本で「個人情報保護法」が施行されたのは2005年4月だが、英国にはその20年以上前の1984年に「データ保護法」に基づき「データ保護登録官」が監督する制度ができている。
1998年にはEUの法律と整合性がとられ、日本の「個人情報保護法」と同様の法律に変更されたが、「データ保護登録官」は「情報コミッショナー」と名前を変えて個人情報を保護しており、日本にはない制度だ。
TESCOは個人を特定できない統計データを除いて、顧客個人情報は第三者に渡さないことを遵守している。
クラブカードの未来への5つの挑戦
最後にTESCO Clubcardの未来への5つの挑戦として次を挙げている。
1.Clubcardは世界的なスキームになりうるか
TESCOは2004年の時点で日本を含む世界11ヶ国で事業展開しているが、TESCO Clubcardを展開しているのは顧客満足度追求で有名なSuperquinnと競合しているアイルランドとSamsungとの合弁で始めた韓国だ。
TESCOは他の国の小売企業からロイヤルティ・マーケティングを支援して欲しいとの要請を受けているが、今のところプリオリティではないとして断っている。
例外は2001年に53%の株を取得したdunnhumbyの米国展開で、dunnhamby USAは世界第5位の流通企業Krogerとdunnhumbyの50:50の合弁会社で、Krogerの既存カード(レジで提示すると会員価格が適用され割引になる)を利用してロイヤルティプログラムをつくることだ。
2.Clubcardは英国で最も普及したロイヤルティプログラムであり続けるか
TESCO Clubcardの強力なライバルで、全く異なるビジネスモデルがNectarである。TESCOはClubcardを通して顧客に還元されるべき現金は、すべてTESCOを通して使われるべきであるとの主義をあきらめていない。
Nectarは2002年の開始とともに世界を驚かせた。長期的にNectarとTESCO Clubcardのどちらかが成功するかは、まだ判断できないと結論づけている。
3.Clubcardは販売促進をより有効にできるか
販売促進策の効果測定は、販売増加額のみではない。単に低価格で買いだめしたり、チェリー・ピッカーと呼ばれるバーゲンハンターが買っただけでは、長期的な利益拡大にならない。
クラブカードデータを活用することにより、どの顧客が販売促進に対して積極的に反応するか、顧客のブランド嗜好はどのように影響されるかTESCOでは判別できており、販売促進に否定的な顧客に好意的に受け取られる様な販売促進も可能である。
4.Clubcardはその場でメリットを提供できるか
TESCO Clubcardの特徴の一つは、その場での割引に使えないことで、他の小売業が支払い時にポイントを割り引きとして使えるのに対して、TESCOは3ヶ月に一度のメールでのポイント券送付にこだわっている。
その理由は次の通りである。
(1)4半期ごとのメールは小売のカレンダー上主要なイベントとなっている
(2)レジでその場で特典払い戻しをしてしまうと、顧客がその店をこれ以上ひいきにする理由が薄れる
(3)3ヶ月の間に顧客はポイントを十分に貯められ、貯める楽しみが得られる
(4)3ヶ月ごとの郵便は顧客の現在の住所と世帯の情報の精度を高める。顧客を個人として捉えているので、メーカーから高く評価され、コミュニケーションの媒体をつくりだす。
しかし顧客が買い物を考えている時に、Clubcardを補強するケータイメールとかその場の割引やプロモーションを提供する手段はあるはずで、今後の課題である。
TESCOはCatalina社の提供するレジ・クーポンを補完的に使っており、効果を上げている。
5.ClubcardはTESCOの取引先メーカーを手助けできるか
TESCOは「データ保護法」の最も厳密な解釈を受け入れ、個人を特定できる購買データは第三者とは共有してないが、統計的な売れ行きデータはメーカーの販売促進策をより効果的なものにするために、メーカーと共有している。
2001年にdunnhumby社の株を取得した目的は、dunnhumby社に個人を特定できないデータを扱わせ、TESCOの仕入れ先と分析を共有するためである。
メーカーはTESCOで得た情報を、Sainsbury'sやAsdaなどでも使うかもしれないが、それは制限不能である。
またClubcardにより、メーカーは広告の有効性を確認できる。dunnhumby社はClubcardの個人の買う雑誌、好きなテレビ・ラジオショーなどの個人情報データを総合的に分析して、メーカーにメディアパッケージを提案している。
以上がTESCOポイントカードに関する概要だが、この本ではセグメンテーションの手法、「自社ポイント、共通ポイント、外部委託」のメリット・デメリット比較、TESCOのネットスーパー(世界最大のネット上の食品販売店)やTESCOの金融などの事業、米国KrogerでのCRM等についても説明しているので、これも興味深いので「続きを読む」で紹介しておく。
最新の現状が知りたくて英語の原書の第2版まで読んでしまったが、大変参考になる本であった。
翻訳のあとがきに監訳者が「本書はTESCOに関しての初めての書であり、顧客戦略のステルス性のため、すべてが明かされているわけではない。富士山の3合目ぐらいであろうか?」と書いてあるように、ノウハウという面ではほとんど開示されていないが、それでもTESCOがどう考えて、どういう行動を取ったのか正確に記されており、大変参考になる。
是非おすすめしたい本である。
参考になれば次クリックお願いします。
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