ジャーナリストの藤井 非三四(ひさし)さんが書いた太平洋戦争を金属資源の観点から分析しなおした本。
筆者が読んでから買った数少ない本の一つだ。
よく知られているように、米国に1941年8月1日の対日石油輸出禁止を決断させた直接の原因は、1941年7月の日本軍の南部仏印進駐だ。この辺の事情をまとめた「戦争と石油」という記事がJOGMECの情報誌に載っているので紹介しておく。
この予想もしていなかった米国の強硬な態度に、日本政府関係者はみんな驚いた。当時の陸軍の軍務課長だった佐藤賢了は、「私達はこんな形で経済封鎖を受けることは予想していなかった。私は南部仏印に進駐しても日米戦争にはならないと判断しておった」と語る。
「日本軍部隊はすでに北部仏印に進駐しており、それがヴィシー政府との協定に基づいて、南部仏印に転出するだけで、戦争でもなければ侵略でもない。そこは米国の領土でも植民地でもない。日本はフィリピンの安全は保障する。南部仏印進駐によって、米国が対日戦争をしかける理由はない。」というのが当時の陸軍の一般的な考え方だったという。
「南進」が米国の虎の尾を踏んだのだ。日本で「南進」を警戒していたのは、皮肉なことに松岡洋右だけだったという。
いままで、米国の対日禁輸を招いた南部仏印進駐は、一般に言われているように「米国が南部仏印進駐をドミノ理論的にとらえ、東南アジア全域を支配するための第一歩と受け止めた」と考えていたが、この本を読んで、なぜ南部仏印進駐が、米国の過剰反応を引き起こしたのかわかった。
それは、南部仏印に進駐することで、米国のマレーシア、フィリピン、インドネシアなどから輸入しているレアメタル資源や天然ゴムの供給を脅かすからなのだ。
ミッシング・ピースが見つかった思いだ。
アメリカには石油、石炭に加え、鉄、銅、アルミなど戦争に必要な金属資源は豊富にある。裾野の広い自動車産業が発達していたこともあり、19世紀後半から金属の生産量は世界最大をずっと保っていた。
そのアメリカにないものが、ニッケル、クロム、錫だ。ニッケルは隣のカナダで大量に生産するので、大きな問題はないが、クロムはフィリピン、そして錫はマレーシアやインドネシアのバンカ島、ビリトン島に頼っていた。
錫はあらゆる電気製品に使われるハンダ原料で、自動車、船舶、飛行機すべてに使われている重要部品の軸受を作るのに必要なバビットメタルなどに不可欠の金属だった。またクロムも兵器生産に不可欠の金属だ。マレーシアの天然ゴムも戦略物資だ。
日本に東南アジアを抑えられてしまえば、天然ゴムに加え、クロムと錫が止まる。米国は、ひそかにボリビアで錫の鉱山、キューバでクロムの鉱山を開発していたが、それでもクロムと錫の主要な供給源を日本に抑えられることは、大きな痛手となる。だから南部仏印進駐に対して石油禁輸で厳しく対抗したのだ。
一般に太平洋戦争の直接の動機は、米国の対日石油禁輸だといわれている。米国の石油禁輸により、このままでは石油の備蓄を食いつぶしてジリ貧となると考え、それまで対米戦に反対していた海軍が対米戦容認に動いたからだ。
たしかに石油は重要だ。石油がなくては近代の軍艦は動かないし、飛行機も飛ばない。戦車もトラックも汽車も動かせない。しかし戦争するには、石油だけでは戦争できない。火薬を作るためには、硫安や硝石などの化学物資が必要だ。
ドイツが空気から人造硝石をつくって火薬原料とし、石炭から人造石油をつくって戦車や飛行機の燃料にしていたから、ヒトラーが戦争に踏み切れたことは、「大気を変える錬金術」のあらすじで紹介した通りだ。
しかし、石油や火薬だけでは戦争はできない。どんな武器を作るにもレアメタルが絶対必要だ。
銃弾に使われているレアメタル
たとえば次がこの本に載っている日本軍の38式歩兵銃の銃弾の構造だ。
出典:本書19ページ
38年式実包と呼ばれ、口径6.5ミリ、全長76ミリ、重量21.2グラムで、一発が4銭7厘から7銭5厘、大体タバコひと箱の値段と同じだったという。弾丸は硬鉛と呼ばれる鉛とアンチモニーの合金、弾丸を包む金属ジャケットは銅:ニッケルが8:2の白銅だった。
「フル・メタルジャケット」という映画があったが、鉛主体の弾頭を金属で覆ったものがフル・メタルジャケットだ。
薬きょうは銅合金で、回収して再利用していた。同じく銅不足に悩むドイツ軍に学んで、昭和16年に鋼製薬きょうを導入したが機関銃の撃ち殻が薬室から抜けなくなる事故が続出した。これは致命的な欠陥である。
ガス化しやすい薬剤を薬きょうに塗って、抜けやすくするように工夫したが、それでも虎の子の機関銃で薬きょうが詰まる事故が続出し、こんなところでも資源小国の悲哀を味わうことになった。
砲弾に使われているレアメタル
次は砲弾だ。日本陸軍が多用していた75ミリ野砲の通常榴弾は次のような構造だ。
出典:本書27ページ
全部の重量は10キロほどで、弾体は合金鋼、薬きょうだけで6キロほどの黄銅が使われている。日本は銅不足のために、薬きょうはリサイクルしていた。
鋼でつくった薬きょうを砲弾用に実用化していたが、黄銅なら3回の搾伸で済むところを、8回も搾伸して、そのたびごとに焼きなまし、洗浄、銅めっきを繰り返す必要があり、生産性は黄銅に比べて1/3近くに落ちた。
銅と亜鉛が豊富に供給される米国や英国は、薬きょうの鋼化には無関心で、ひたすら銃弾や砲弾の生産性を重視していたという。
そのほか小銃の砲身や発射機構は合金製だし、鉄兜もクロム・モリブデン鋼を使用している。戦車や軍艦の防弾板も大量の合金鋼でできている。このように見ていくと、戦争には大量の金属が必要なことがわかってくる。
飛行機生産に不可欠なアルミ
飛行機の兵器としての重要性は、第2次世界大戦で明らかとなった。飛行機はアルミ合金でできている。次がこの本で紹介されている大戦期間中の主要国のアルミニウム生産量だ。
出典:本書123ページ
隣国のカナダを合わせると、米国は大戦中にドイツの3倍以上、日本の12倍のアルミを生産していた。これが米国30万機、ドイツ11万機、日本6万5千機という差になってくる。米国はソ連にアルミを大量に供給し、ソ連はそれを使って大戦後半に12万機もの飛行機を生産して、独ソ戦に投入している。
しかも米国はエンジン4発のB17やB29といった大型重爆撃機を3万3千機以上も生産している。この間に日本が実用化した4発の航空機は2式大艇のみで、その数167機だった。
ドイツがジェット戦闘機をまっさきに実用化しても、多勢に無勢、戦局を変える効果はなかったのだ。
日本の兵器戦略の致命的問題
資源面から日本と米国は圧倒的な差がある。主要兵器にも大きな差があるが、それ以上に日本の兵士を苦しめたのは、行き当たりばったりの兵器開発によって生じたインターオペラビリティ(共用性)の欠如だ。
その良い例が、銃弾だ。
戦争を熟知している国は、基本となる小火器弾薬は信頼できる実包(実弾)を大量生産して使い続けると藤井さんは語る。小銃、機関銃を実包にあわせて設計するのだ。
たとえば英国は1889年に採用された303ブリティッシュ実包を、1957年にNATO共通弾に切り替えるまで使っていた。ブリティッシュ実包は口径7.7ミリ、薬きょう長57ミリ、起縁(リムド)型の古めかしいものだが、小銃からヴィッカース機関銃までこれを使っていた。
米国は1903年制定の30.06スプリングフィールド実包だ。口径7.62ミリ(0.3インチ)、薬きょう長63ミリ、無起縁(リムレス)型で、M1903スプリングフィールド銃、M1ガーランド銃、BARブローニング自動銃、重軽機関銃をすべてこの実包で統一して第2次世界大戦、朝鮮戦争を戦い抜いた。
ソ連も同様で、1891ねんからリムド型の7.62X54mmR弾を現在まで使っている。
次がこの本で紹介されている日本の小火器で使用される銃弾の一覧表だ。
出典:本書203ページ
この表を理解するためには、この本で紹介されている薬きょうの形も知っておく必要がある。。
出典:本書201ページ
主力小銃で、38式歩兵銃と新型の99式歩兵銃では口径が6.5ミリと7.7ミリと異なるので、同じ銃弾は使えない。
これは日中戦争で、6.5ミリ弾は対人では威力を発揮したものの、ちょっと厚い鉄板は打ち抜けないなどの問題が指摘され、日本陸軍全体が7.7ミリに切り替えようとしていたもので、やむないところかもしれない。
しかし、戦っている最中の軍隊で主力小銃の銃弾に兌換性がないというのは致命的だ。
ところで、38式歩兵銃は設計者の有坂成章中将の名前をとって、アリサカライフルと呼ばれ、今でも米国などのガンマニアには評判のライフルだ。反動がすくなく、命中精度が高いという。
日本軍の主力重機関銃だった92式重機関銃は99式歩兵銃と同じ口径7.7ミリだが、薬きょうの形がセミリムドと、リムレスと異なる。
無理に使えないことはないが、機関銃として致命的な装弾不良を覚悟しなければならない。
一方92式重機関銃の実包は、リムがあるので、99式小銃の薬室には収まらない。
92式重機関銃は55キロと重いので、後継の1式重機関銃は32キロにまで軽量化した。これに使用するのは99式小銃と同じ99式実包だった。これで主力重機関銃の間のインターオペラビリティは失われた。
銃弾がこれだけ種類があっては、ある種類の弾が残っているのに、自分の銃器では使えないという絶望的な事態を招いたことも戦場ではあったのではないかと思う。
あらすじが長くなりすぎるので、この辺にしておくが、大変参考になる本だった。冒頭に記したように、ミッシングピースを見つけた思いだ。
筆者が読んでから買った数少ない本の一つだ。
2013年7月に出たばかりの本なので、一度本屋で手に取ってみることをお勧めする。
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