時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2013年06月

マッキンゼー流入社1年目の問題解決の教科書 これが教科書?

マッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書 [単行本]
マッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書
マッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書 [単行本]
著者:大嶋 祥誉
出版:ソフトバンククリエイティブ
(2013-04-27)

エクゼクティブ・コーチングなどの人材育成コンサルタント会社、センジュヒューマンデザインワークス社長の大嶋祥誉(さちよ)さんの本。

大嶋さんは、上智大学卒業後、米国デューク大学でMBAを取得。マッキンゼー勤務のあと、ウィリアム・エム・マーサーワトソン・ワイアット、三和総合研究所などの人材コンサルティング会社やヘッドハンターで勤務した後、2002年に独立した。

編集者は「マッキンゼー流」というタイトルをつけて、売らんかなという姿勢なのだと思うが、アマゾンの、カスタマーレビューでも辛口のコメントが多いようだ。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、ここをクリックして目次を見てもらえれば、大体の内容が推測できると思う。

著者の大嶋さんは、独立して人材育成コンサルタント会社を興しているのは、スゴイとは思うが、マッキンゼー流のフレームワークを学ぶのであれば、読むべきなのは、この本ではない。

別ブログで紹介している「ロジカル・シンキング」と、「ロジカル・ライティング」の2冊だ。

ロジカル・シンキング―論理的な思考と構成のスキル (Best solution)ロジカル・シンキング―論理的な思考と構成のスキル (Best solution) [単行本]
著者:照屋 華子
出版:東洋経済新報社
(2001-04)

ロジカル・ライティング (BEST SOLUTION―LOGICAL COMMUNICATION SKILL TRAINING)ロジカル・ライティング (BEST SOLUTION―LOGICAL COMMUNICATION SKILL TRAINING) [単行本]
著者:照屋 華子
出版:東洋経済新報社
(2006-03-24)

これらの本の著者の照屋さんは長年、マッキンゼー等で、コミュニケーションのプロとして多くのコンサルタントを教えている。

筆者も読んで、当時大学生だった長男にプレゼントした。

長男は昨年就職して、現在はある会社の地方の寮にいる。

家から持っていた本の中には、「ロジカル・シンキング」と「ロジカル・ライティング」そして、バーバラ・ミントの「考える技術、書く技術」が入っていた。よほど気に入ったようだ。

考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則 [単行本]
著者:バーバラ ミント
出版:ダイヤモンド社
(1999-03)

照屋さんの本こそ、フレームワークのことを理解するための必読書だということを、この本を読んで、あらためて気づかされた。

2冊とも2,300円と結構高いので、どちらか一冊ということなら、「ロジカル・ライティング」をおすすめする。

照屋さんの「ロジカル・シンキング」は2001年発刊の本、バーバラ・ミントの「考える技術・書く技術」は1999年の本だが、どちらも、いまだにアマゾンの売り上げ600位くらいに入っている。

本物の「教科書」はどういうものかがわかるだろう。


参考になれば次クリック願う。

モサド・ファイル イスラエル最強スパイとその敵列伝

モサド・ファイルモサド・ファイル
著者:マイケル バー=ゾウハー
早川書房(2013-01-09)
販売元:Amazon.co.jp

世界最強と言われるイスラエルの情報機関モサドのスパイや、モサドと敵対したテロ集団のリーダーなど21人の列伝。

イスラエルの元国会議員で、「エニグマ奇襲指令」や「ミュンヘン」などのスパイ小説を多く書いているマイケル・バー=ゾウハーとジャーナリストのニシム・ミシャルの作品。

ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)
著者:マイケル,バー ゾウハー
早川書房(2006-01)
販売元:Amazon.co.jp

HONZに紹介されていたので読んでみた。HONZは書く人のノルマが決まっているためだと思うが、たいして面白くない本まで紹介しているので玉石混交だが、中には面白い本もある。

周囲をアラブ諸国に囲まれ、自前の核兵器は持っているものの、イラン、イラク、シリアなどで続けられる核開発の阻止のために、暗殺や空爆などあらゆる手段を使って自国を守っているモサドの活動を描いていて大変面白い。

この本で取り上げられている21の物語は、大別すると次の4パターンとなる。それぞれの代表的な章のあらすじを紹介しておく。


パターン1.モサドの主要人物の紹介

第1章 闇世界の帝王
YouTubeにもインタビューが掲載されているメイル・ダガン前モサド長官の話だ。


第1章では、ダガン長官のイスラエル国防軍時代のPFLPパレスチナ解放戦線のテロリストキャンプ奇襲など数々の功績が紹介されている。

ダガンの祖父はチェコでナチスに殺害された。この本では、撃たれる直前にナチスの前で法衣を着て抗議する祖父の写真を紹介している。ダガン長官はこの写真をデスクに飾っていたという。

ダガンは国防軍から引退していたが、アリエル・シャロン首相の選挙を手伝ったことから、2002年にシャロン首相からモサドのトップに任命された。

シャロン首相の口説き文句は、「口の中に短剣を隠し持つ男をモサド長官に据える必要がある」だったという。

ダガンは2011年までの9年間モサドのトップを務め、シリアの原子炉を破壊し、イランの核兵器製造計画をつぶし(第2章参照)、ヒズボラなどのテロリスト幹部を暗殺した。

第5章 「ああ、それ? フルシチョフの演説よ…」
KGBのスパイとなったモサドスパイのヴィクトル・グラエフスキの二重スパイとしての活動が紹介されている。

ヴィクトルはモサドのスパイになる前に、ポーランドの党書記長秘書からスターリン批判をしたフルシチョフの演説を数時間借りて、イスラエル大使館に持ち込んでコピーさせた。

フルシチョフは1956年に、スターリンは数百万人のロシア人と外国人を殺害した大量殺人犯であることを暴露していたが、西側はその情報をつかんでいなかった。

これが西側がスターリン批判を知る初めてのきっかけで、モサドはCIAに情報を提供して感謝された。ヴィクトルがモサドのスパイとなった後、KGBからスパイとしてリクルートされ、二重スパイとなった。

ヴィクトルは、長年モサドが都合よく編集したイスラエル情報をKGBに流して、KGBから勲章をもらった。その後モサドからも表彰され、ダブルで勲章を受けた初めての二重スパイとなったという。

第9章 ダマスカスの男
シリアで政権党のバース党に近づき、政財界の大物や夫人に多額の贈り物をして、最高権力を持つ実力者グループの一員となったエリ・コーヘンの物語。

シリア政府はヨルダン川の流れを変えて、イスラエルを水不足にしようという計画を進めていた。

エリ・コーヘンは、計画立案と工事を請け負ったサウジアラビア人実業家のビン・ラディン(オサマ・ビン・ラディンの父親)と親しくなって情報を入手し、イスラエルに無線で送信した。

イスラエルは情報に基づく正確な空爆で工事を中止に追い込んだ。シリア政府は毎晩送信される通信の出所を突き止め、エリ・コーヘンを逮捕する。

エリは公開処刑されたが、イスラエルの国民的英雄となった。


パターン2.イランを中心にアラブ世界でも核開発を推進しようとする動きを、何としても阻止しようとするイスラエルの動き

第2章 テヘランの葬儀
イランはシャー時代はイスラエルと同盟国で、イスラエルはイランの原子力発電所建設を警戒していなかった。しかし、イスラム革命が起こり、イラン・イラク戦争が勃発すると事態は一変した。

イランは核兵器開発を決断し、パキスタンからウラン濃縮技術を買い取って自前の核兵器生産計画に着手した。当初の敵はイラクだったが、その後はイスラエルが仮想敵国となった。

イランにウラン濃縮技術や設計図を売り渡したのは、パキスタンの死神博士と呼ばれるアブドゥル・カディール・カーン博士だ。

この本では多くの飛行機墜落事故や原因不明の爆発、ミサイル攻撃、自動車爆弾など、あらゆる手を使って、専門家を殺し、施設を破壊して、イランの核開発を遅らせたモサドの工作が暴かれている。

ダガン前モサド長官は、2011年に退任するときに、「イランの核計画の完成は少なくとも2015年まで延びた」と語ったという。

第8章 モサドに尽くすナチスの英雄
第2次世界大戦中、1943年9月にムッソリーニが反体制派のクーデターでアペニン山脈に幽閉されていた時に、ナチス空挺師団が救い出した。その一員のスコルツェニーは戦後スペインに移住して会社を経営していた。

1963年にモサドはスコルツェニーを訪問して、協力を要請した。当時エジプトがドイツ人のロケット科学者を多数リクルートして、ミサイル開発をしていたからだ。

当時のイスラエルのベングリオン首相は、西ドイツのアデナウアー首相と個人的な信頼関係を築いており西ドイツから砂漠の開発費用として多額の借款を受けたり、数億ドルの戦車、大砲、ヘリコプター、飛行機をユダヤ人虐殺の償いとして無償で提供を受けていた。

エジプトのミサイル開発に圧力をかけてもらうようにアデナウアーに要求して、西ドイツとの良好な関係を壊したくなかったイスラエル政府は、独自の解決方法を選ぶことにした。

スコルツェニーは、モサドが彼の命を狙わないことを条件に協力を約束し、エジプト国内で働くドイツ人科学者のリストなどの情報をモサドに提供した。

モサドはエジプトに協力しているドイツ人科学者のオフィスなどに手紙爆弾を送り付けたり暗殺を試みたりして妨害し、とうとうエジプトにミサイル開発を断念させた。

後日談として著者がV2ロケット開発者で、NASAの宇宙開発計画の責任者・ヴェルナー・フォン・ブラウン博士に米国のアラバマ州ハンツヴィルで会った時に、この時のドイツ人科学者リストを見せたら、「こうした二流科学者たちに、実戦配備可能なミサイルを製造できた可能性はごくわずかだろう」と語っていたという。

第15章 アトム・スパイの甘い罠(ハニー・トラップ)
イスラエルの原爆製造工場に勤務していたオペレーターのモルデカイ・ヴァヌヌが、カメラを持ち込んで原爆製造工場内のあちこちを撮影し、後に写真と詳細な図面などを英国の新聞の「サンデー・タイムズ」に売った1986年の事件。

イスラエルの原爆製造工場のディモナ研究センターの極秘の第2研究所は表向きは2階建ての建物だが、地下6階まである。

レイアウトは次のようなものだ。

2階    事務室とカフェテリア
1階    事務室と組み立て部屋
地下1階 パイプ配管とバルブ
地下2階 中央制御室と「ゴルダのバルコニー」と呼ばれる地下工場が一望できるテラス
地下3階 燃料棒の作業場
地下4階 (3階分の高さがある)燃料棒からプルトニウムを抽出する工場と分離施設
地下5階 冶金部門と爆弾の部品を製作する研究室
地下6階 廃棄物貯蔵所

このうち地下4階と地下5階が原子爆弾製造工場だ。

ヴァヌヌは、1986年にディモナ研究センターをクビになったあと、海外を旅行し、持ち出した写真とレイアウトなどを英国の「サンデー・タイムズ」に売った。

「サンデー・タイムズ」が出してきた購入条件は、即金で10万ドル、原稿の著作料の40%、出版した場合の著作権の25%、さらに映画化もありうるというものだった。

モサドは独身で世界をうろついているヴァヌヌに、ブロンドの「ファラ・フォーセットに似た美人」エージェントのシンディをアプローチさせ、英国政府の監視の目が厳しい英国から、ある意味どうにでもなるイタリアにヴァヌヌを連れ出し、イタリアで捕えてイスラエルに連行した。ハニー・トラップの典型である。

「サンデー・タイムズ」はヴァヌヌの情報に基づいて特集シリーズの連載を始め、イスラエルの原爆保有が10〜20基どころではなく、150〜200基の核爆弾を保有し、水素爆弾と中性子爆弾の製造能力を持っていることを暴露した。

第16章 サダムのスーパーガン
まさにフォーサイスの「神の拳」で出てきたサダム・フセインの巨大大砲建設計画だ。

神の拳〈上〉 (角川文庫)神の拳〈上〉 (角川文庫)
著者:フレデリック フォーサイス
角川書店(1996-11)
販売元:Amazon.co.jp


カナダの科学者ジェラルド・ブル博士は、スーパーガンに取りつかれ、サダム・フセインから注文を受けて、射程1、000キロ近く砲弾を撃ち込める「バビロン計画」を推進しようとした。

本物は長さ150メートル、重さ2,100トン、口径1メートルだが、その前に「ベビー・バビロン」と呼ばれる長さ45メートルの試作砲をつくることになった。

「パイプラインの部品」として欧州4カ国にオーダーされた部品は、着々とイラクに到着した時、ブルは何者かに拳銃で射殺された。1990年のことだ。

第18章 北朝鮮より愛をこめて
北朝鮮の協力により完成間近だったシリアの原子炉はイスラエル空軍の爆撃とミサイル攻撃で破壊された。

イスラエルのオルメルト首相は、トルコのエルドアン首相に連絡を取り、シリアのアサド大統領あての伝言を託したという。

「イスラエルはシリアと戦争する気はないが、隣国のシリアが核兵器を保有することは容認できない」という内容だった。

イスラエルの爆撃にもかかわらず、再度核施設を建設しようとしたスレイマン大統領補佐官はイスラエルの特殊機関の狙撃手に殺害された。


パターン3.元ナチスの戦争犯罪人や反イスラエルのテロリストを逮捕・暗殺しようとする動き

第6章 「アイヒマンを連れてこい! 生死は問わない」
ナチスでユダヤ人抹殺計画を立てたアドルフ・アイヒマンは、終戦直後の混乱に紛れ、南米に逃れ、妻子とアルゼンチンで偽名を名乗って暮らしていた。

アイヒマンはブエノスアイレス郊外の、Chacabuco 4261, Olivos, Buenos Airesという住所に住んでいて、同じく郊外のアベジェネーダに引っ越したところで、モサドに捕まって、秘密裏にイスラエルに移送された。1960年のことだ。

筆者は1978年から80年までの2年間、ブエノスアイレスの中心部に住んでいたが、アイヒマンがブエノスアイレスに住んでいたことは知らなかった。

Olivos(オリーボス)というのは、ブエノスアイレスの郊外で、どちらかというと高級住宅地なのだが、この本では貧しい地区と言っている。貧しい地区というのは、捕まったアベジャネーダの方だと思う。

アイヒマンは、「体調不良で引き返す乗務員」に仕立て上げられ、ずっと睡眠薬で眠らされ、医師同行のもとでイスラエルの国有航空会社エル・アルの飛行機のファーストクラスに乗せられ、イスラエルまで移送された。

この本では、まさに「スパイ大作戦」ばりの捕り物劇、囚人移送劇が展開されている。

アイヒマンは、1961年にイスラエルで裁判にかけられて死刑となり、1962年5月に絞首刑が執行された。アイヒマンの最後の言葉は、「また会おう…私は、神を信じて生きてきた…戦争法に従い、旗に忠誠を尽くした…」だったという。

アイヒマンの遺体は焼却炉で焼かれ、地中海に散骨された。

「死の天使」ことユダヤ人を生きたまま人体実験に使ったヨーゼフ・メンゲレもブエノスアイレスに本名を明かして住んでいた。アイヒマン逮捕が世界中で報道されたので、身の危険を感じて、ひそかにパラグアイに移住した。メンゲレは1979年2月に心臓発作で死亡するまで姿を隠したままだった。

第12章 赤い王子をさがす旅
1972年のミュンヘンオリンピックで、「黒い9月」と名乗るテロリストがイスラエルの選手村に潜入し、コーチと選手1人ずつを殺し、9人を人質に取った。西ドイツによる人質救出作戦は失敗し、人質全員が死亡した。

この事件はスピルバーグが映画にしている。



「黒い9月」はヨルダンのフセイン国王による自国内のテロリスト攻撃に反発したアラファトPLO議長がひそかにつくったテロリスト集団で、ミュンヘンテロ事件を計画したアリ・ハサン・サラメは、血塗られた「赤い王子」と呼ばれた。

「ミュンヘンの夜」事件は、ゴルダ・メイア首相を打ちのめし、モサドはテロリストに対する復讐・「神の怒り」作戦を開始した。赤い王子はベイルートで、自動車爆弾で殺害された。

第20章 カメラはまわっていた
テレビのバラエティ番組でも報道されたモサドの暗殺チームが、ハマスの指導者のアルマブフーフをドバイのホテルで殺害した事件。

YouTubeにもテレビ番組が掲載されている。



パターン4.第4次まで繰り返された中東戦争など、イスラエルとアラブの武力抗争にからむ動き

第10章 「ミグ21が欲しい!」
1966年にモサドはイラク人パイロットをそそのかして、当時の東側の最新鋭ジェット戦闘機のミグ21ごとイスラエルに亡命させた。

Mikoyan-Gurevich_MiG-21





出典:Wikipedia

イスラエルは米国と一緒にミグ21を徹底的に調べて弱点を研究した。その研究成果が実り、1967年に起こった第3次中東戦争では、イスラエル空軍は数時間でエジプト空軍を壊滅させた

亡命したイラク人パイロットは、イスラエル空軍のテストパイロットがミグ21をいとも簡単に操縦するのに驚き、「きみのようなパイロットが相手では、アラブ人は決して勝てないだろう」と語ったという。


世界最強のスパイ組織のモサドの暗殺や破壊活動を詳細に描いている。さすがイスラエルの国会議員までやった作家だけに、相当な情報をつかんでいる。

テロリストを国歌を挙げて抹殺しようとするモサドの姿勢は、国として生きていくために必要な暗殺なり爆破工作なのかもしれないが、今から4,000年も前のハンムラビ法典の「目には目を、歯に歯を」と同じ世界が、いまだに中東の現実であることに驚く。

きれいごとでは済まされない、血で血を洗う世界がまだそこにある。

イスラエルを取り巻く中東で何が起こったか、何が起こっているのかを知るために大変役立つ本である。


参考になれば次クリック願う。

ハーバード流宴会術 本はタイトルで売れ!?

ハーバード流宴会術ハーバード流宴会術
著者:児玉 教仁
大和書房(2012-11-24)
販売元:Amazon.co.jp

ハーバードMBA卒、三菱商事鉄鋼部隊出身で、現在はグローバルアストロラインズというベンチャー企業の代表取締役社長の児玉教仁さんの”日本流”宴会術。

児玉さんによると、ハーバードは、”パーティ・スクール”と呼ばれているほど、各種イベントやパーティが多く、生徒の多くはパーティの達人だったという。

しかし、このブログで紹介したマイクロソフト社長の樋口泰行さんの「愚直論」では、MBAの勉強中は、毎週数冊の本を読み、毎晩3時か4時まで必死に予習しないと授業についていけないと書いている。

「愚直」論  私はこうして社長になった「愚直」論 私はこうして社長になった
著者:樋口 泰行
ダイヤモンド社(2005-03-04)
販売元:Amazon.co.jp

”パーティ・スクール”と呼ばれているなどというノー天気な話は、正直信じられない。

ハーバード・ビジネススクールには卒業生の同窓会があり、日本でもHBS Club of Japanとして活動している。

著名経営者はじめ、ゲストの講演も多いはずなので、そいういったゲストとのパーティや、卒業生パーティなどで、パーティ術を身につけたのかもしれないと思って半信半疑で読んでみた。

まずは目次を紹介しておこう。この本はアマゾンの”なか見!検索”に対応しているので、ここをクリックしてこの本の目次を見てほしい。

コラムとしては、「外国人のパーティは必ず2人で行け」(日本人の友達と二人で行けと児玉さんはいうが、自分の友達だけと話すのはパーティのルール違反だと筆者は思うが…)などの外国人とのパーティ術があるが、それ以外は日本の宴会術についての本であることがわかると思う。

アマゾンのカスターマーレビューでも、辛口のコメントが多いようだ。

このブログで「入社1年目の教科書」、「超凡思考」などを紹介したライフネット生命保険副社長の岩瀬大輔さんが、”激推薦”と本の帯には書いてある。

入社1年目の教科書入社1年目の教科書
著者:岩瀬 大輔
ダイヤモンド社(2011-05-20)
販売元:Amazon.co.jp

超凡思考超凡思考
著者:岩瀬 大輔
幻冬舎(2009-02-10)
販売元:Amazon.co.jp

しかし、岩瀬さんは児玉さんとはハーバードMBAで同期で、MBA学生140人もの"Japan Tour"を一緒にオーガナイズしたという関係はあるが、別に岩瀬氏の推薦文が載っているわけではない。

ハーバードMBA卒の人が本を出すと、出版社は売らんがために「ハーバード流○○術」というタイトルで本を出したいようだ。

しかし、「ハーバード流」でも本物の「ハーバード流」がある。

たとえば「ハーバード流交渉術」は、ハーバード・ロースクールのロジャー・フィッシャー教授が代表者となっている"Harvard Negotition Project"(交渉術研究所)の研究成果で、いまやビジネス書の古典に属する名著だ。

ハーバード流交渉術ハーバード流交渉術
著者:ロジャー フィッシャー
阪急コミュニケーションズ(1998-03)
販売元:Amazon.co.jp

筆者はこの本を大変気に入ったので、英文の原著まで購入した。手元には1987年版のオーディオ・ブックがある。

Getting To Yes: Negotiating An Agreement Without Giving InGetting To Yes: Negotiating An Agreement Without Giving In
著者:Roger Fisher
Random House Business Books(2012-06-07)
販売元:Amazon.co.jp

本物の「ハーバード流」を知りたいのなら、こっちを読んだ方が良いだろう。


参考になれば次クリック願う。




戦後史の正体 元外務省・国際情報局長が書いた「米国の圧力」史

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)
著者:孫崎 享
創元社(2012-07-24)
販売元:Amazon.co.jp

昨年から話題となっている外務省の元・国際情報局長の孫崎享(まごさき・うける)氏が書いた「米国からの圧力」を軸とした戦後史。

昨年7月に発売されて以来ベストセラーとなっている。現在でもアマゾンの売り上げランキング500位くらいに入っている。

いわゆる「とんでも本」だと思っていて、いままで読んでいなかったが、外務省の元・局長だけに、興味深い指摘もある。


日本が負担した占領軍駐留経費

戦後日本の復興に、アメリカのガリロア・エロア資金(1946〜1951年までに18億ドル。うち5億ドルは返済)が大変役立った。米国による寛大な占領だったと言われている。しかし、実は同じ時期に日本は占領軍の駐留経費を約50億ドル負担しており、占領軍のゴルフ場代から、特別列車代まで負担していた。

孫崎さんは、一般に言われているほど「寛大な占領」ではなかったという。むしろ経済的な負担も日本に過酷なものがあった。

ちなみに、ガリオア・エロアは、人の名前か地名の様に思えるが、ガリオアはGovernment Appropriation for Relief in Occupied Areaの頭文字を取った"GARIOA"で、エロアは Economic Rehabilitation in Occupied Area Fundの頭文字を取った"EROA"だ。

本書によると、日本の負担した占領軍駐留経費は次の通りだ。

  年       金額     一般会計に占める割合
1946年    379億円   32%
1947年    641億円   31%
1948年  1,061億円   23%
1949年    997億円   14%
1950年    984億円   16%
1951年    931億円   12%

日本政府は戦争に敗れ、国土も産業も荒廃した大変な経済困難のなかで、6年間で5,000億円、国家予算の2〜3割を米軍経費に充てている。

この時、米国に駐留費の減額を求めて公職追放されたのが石橋湛山で、米国の言う通りにしたのが吉田茂だと孫崎さんはいう。

吉田茂の功績を高く評価している高坂正堯(こうさかまさたか)の「宰相吉田茂」などとは全く異なる評価である。

宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31))宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31))
著者:高坂 正尭
中央公論新社(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp

吉田の考えは、「占領下だから文句をいってもしょうがない。なまじっか正論をはいて米国からにらまれたら大変だ」というものだったという。だから吉田は、対米追随派の代表であると。

別ブログでは北康利さんの「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」のあらすじも紹介している。吉田茂の政治姿勢を表す言葉として、「戦争に負けて外交で勝った歴史はある」というものがある。これが吉田の政治信条を貫いていたのではないかと筆者は考えている。

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて吉田茂 ポピュリズムに背を向けて
著者:北 康利
講談社(2009-04-21)
販売元:Amazon.co.jp

孫崎さんの自主派/対米追随派で分けるというのは、偏った見方という気がするが、これがこの本を貫く孫崎さんの姿勢である。


自主派か対米追従派か

孫崎さんは、政治家は次の様に自主派と対米追随派に大別できるという。

自主派:
・重光葵(外相)
・石橋湛山
・芦田均
・岸信介
・鳩山一郎
・佐藤栄作
・田中角栄
・福田赳夫
・宮沢喜一
・細川護煕
・鳩山由紀夫

対米追随派:
・吉田茂
・池田隼人
・三木武夫
・中曽根康弘
・小泉純一郎
・海部俊樹、小渕恵三、森喜朗、安倍晋三、麻生太郎、管直人、野田佳彦

一部抵抗派:
・鈴木善幸
・竹下登
・橋本龍太郎
・福田康夫


日本の「自主派」政治家を引きずりおろす米国のツールは、検察、マスコミ、学者

検察特捜部は、もともとGHQの指揮下にあった「隠匿退蔵物資事件捜査部」(戦後に日本人が隠匿した資産を探し出してGHQに差し出すのが任務)だった。だから、孫崎さんは、創設当初から検察特捜部は米国と密接な関係を維持してきたと指摘する。

占領直後は、GHQは「公職追放」というまさに偏見と独断がまかり通る武器を持っていた。孫崎さんによると、米国からバージされた首相・政治家は次の通りだ。

芦田均以前の政治家は別として、田中角栄、小沢一郎が米国に目をつけられたというのは、うなずける。

・石橋湛山(公職追放)
・鳩山一郎(公職追放)
・芦田均(昭電疑獄)
・田中角栄(ロッキード事件)
・小沢一郎(越山会疑惑)


マスコミ、学界、官僚も親米

米国は、日本の大手マスコミのなかで、「米国と特別な関係を持つ人々」を育成してきた。また、外務省、防衛省、財務省、大学にも「米国と特別な関係を持つ人々」がいる。

松田武著の「戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー 半永久的依存の起源」では、日本の米国学界が「米国に批判的な、いかなる言葉も許されない」状況でスタートし、米国から多額の援助を受けたことを指摘しているという。 

戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー―半永久的依存の起源戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー―半永久的依存の起源
著者:松田 武
岩波書店(2008-10-28)
販売元:Amazon.co.jp


アメリカの望みは「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させること」

1950年にトルーマン大統領は、対日講和条約締結交渉を開始するように指示し、それを受けて1951年にジョン・フォスター・ダレス(後の国務長官)が来日する。

その時のダレスの交渉姿勢が、「われわれは日本に、われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保できるだろうか。これが根本問題である」だった。

孫崎さんは、この姿勢が現在に至るまで変わっていないと指摘する。

たとえば鳩山首相の「普天間飛行場の移転先を最低でも県外」という発言は、米国の方針に反するために、鳩山首相は米国につぶされたと孫崎さんはいう。

たしかに鳩山首相の「最低でも県外」は、混乱を招いた。しかし、それ以外にも鳩山首相のお母さんからの毎月1,500万円の「こども手当」とか、国連総会で勝手に「2020年に温暖化ガス25%削減」とか言いだしたとかの要因もあって国内外の信頼を失って退任したので、別に米国の虎の尾を踏んだから退任したわけではないと思う。

ちなみに、普天間飛行場の返還・移転交渉については、守屋元防衛事務次官の「普天間交渉秘録」のあらすじを紹介しているので、参照願いたい。

「普天間」交渉秘録「普天間」交渉秘録
著者:守屋 武昌
新潮社(2010-07-09)
販売元:Amazon.co.jp


行政協定(地位協定)のための安保条約?

戦前の外務省アメリカ局長で、1946年に外務次官になった寺崎太郎は、「行政協定(注:現在は地位協定)のための安保条約、安保条約のための平和条約でしかなかったことは、今日までに明らかとなっている。つまり本能寺は最後の行政協定にこそあったのだ」と語っている。

朝鮮戦争が勃発したことから、米国は日本に対する考えを変え「ソ連との戦争の防波堤」としようとした。

日米地位協定では、第2条で基地の使用を認め、「いずれか一方の要請があるときは、(中略)返還すべきこと、または新たに施設および区域を提供することをを合意することができる」となっている。

ダレスの「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させること」が実現しているのだ。


「北方領土問題」は米国発案

孫崎さんは、北方領土問題は米国が、日本とソ連との間に紛争のタネをのこし、友好関係に入らないためにつくったものだと語る。

というのは米国ルーズベルト大統領はスターリンにソ連参戦の条件として国後、択捉の領有権をソ連に約束している。しかし冷戦の勃発後は、国後、択捉島のソ連による領有に米国は反対している。

孫崎さんが頻繁に引用する米国の歴史家・マイケル・シャラーさんの「『日米関係』とは何だったのか」でも、この件が紹介されている。

「うまくいけば、北方領土についての争いが何年間も日ソ関係を険悪なものにするかもしれないと彼らは考えた」。

「日米関係」とは何だったのか―占領期から冷戦終結後まで「日米関係」とは何だったのか―占領期から冷戦終結後まで
著者:マイケル シャラー
草思社(2004-06)
販売元:Amazon.co.jp

この本も図書館で借りたので読んでみる。

紛争のタネを残しておくというのは、インド・パキスタンの間のカシミール問題、アラブ諸国の間の飛び地問題、日韓の竹島問題、日中の尖閣列島などにも当てはまり、外交上よく行われる手口だという。


「イコール・パートナー」を提唱したライシャワー大使

孫崎さんは、ライシャワー大使についての逸話をいくつか紹介している。

一つは東京オリンピックの時の選手村が当初朝霞に決まっていたのを、外務省がライシャワー大使の口添えで代々木の米軍キャンプを移転させ、跡地を選手村にしたことだ。

この時は、オリンピックの主管官庁の文部省が反対し、「朝霞に決めたので主管官庁でもない外務省が口を出すな」と全く動かなかったので、事務次官会議を通さずに閣議に上げたという。

東京生まれのライシャワー大使は、戦前も対日戦争に反対し、戦後は沖縄返還のきっかけをつくった。まさに「二つの祖国」を橋渡しした人である。

日本への自叙伝日本への自叙伝
著者:エドウィン・O・ライシャワー
日本放送出版協会(1982-01)
販売元:Amazon.co.jp


自主派の佐藤栄作首相

佐藤首相時代に日本は「核保有国は、非保有国を攻撃しない義務を負うべきだ」という政策を立案し、1968年に国連の「非核保有国の安全保障に関する安保理決議」として結実している。

佐藤首相は、1965年に沖縄を訪問し、「沖縄の祖国復帰が実現しないかぎり、わが国にとっての戦後が終わっていない」という声明を読み上げた。

これは外務省と全く打合せしていなかったという。

佐藤首相は、退任後、1974年に「非核三原則」の提唱により、ノーベル平和賞を受賞した。筆者も賛否両論がおこったことを覚えている(どちらかというと、「否」の方が多かったと思うが)。

たしかに「核保有国は、非保有国を攻撃しない」という義務が、本当に国際的に確立できれば、ノーベル平和賞にも値するだろう。


ニクソンと佐藤首相の密約

1969年に訪米した佐藤首相は、ニクソン大統領との間で二つの密約を締結する。一つは沖縄に核兵器を持ち込むような事態が将来生じた場合、日本政府は理解を示すという「核持ち込み密約」。

もう一つはニクソンが大統領選挙対策上もっとも重視していた南部各州対策のための繊維製品の対米輸出枠の密約だ。

佐藤首相は帰国後密約は存在しないという立場をとり、合意を実行しなかった。ニクソンと交渉にあたったキッシンジャーは激怒し、報復を始めた。


ニクソンの報復

第1弾は日本には事前通告なく発表されたニクソン訪中。第2弾はニクソンショック(金ードル交換停止)だと孫崎さんはいう。

ニクソン訪中については納得できるが、ニクソンショックはたぶん密約無視とは関係ないだろう。


田中角栄失脚

ロッキード事件が米国発で起こり、田中角栄が失脚任したことは、一般的にはロシアからのガス輸入や北海油田開発などの日本独自のエネルギー政策が、米国の怒りを買ったといわれている。

しかし、孫崎さんは田中角栄が、米国より先に日中国交回復を実現したことが、米国の怒りをかったのだと説く。

米国は日本の頭ごなしに、ニクソン訪中を1972年2月に実現していながら、中国との実際の国交樹立は議会の反対で1979年までできなかった。

ところが、田中角栄は中国を訪問した1972年9月に日中国交回復を実現している。これが中国が田中真紀子や、小沢一郎などの旧田中派の政治家を「老朋友」と遇する理由だ。


日本のP3C大量配備は米国防衛のため

孫崎さんは、日本のP3C対潜哨戒機大量配備は、日本のためではなく、米国のためだと指摘している。

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出典:Wikipedia

オホーツク海に潜むロシアの潜水艦はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を持っており、それのターゲットは米国で、日本ではない。

しかし米国はシーレーン防衛という名目でP3Cを大量に買わせて、米国の防衛の肩代わりをさせているのだと。

一面ではたしかに孫崎さんの指摘するような面はある。しかし、現代の防衛はイージス艦や、三沢など各地にある米軍の高性能レーダー、AWACS早期警戒機、海峡に設置された音波収録器など、様々な情報を管制してはじめて成り立つのであり、単に対潜哨戒機だけ持てば役に立つわけではない。

特に昨今は、中国潜水艦と思われる国籍不明潜水艦も日本近海に出没するようになってきている。

孫崎さんの説は、あまりに狭量というか、外務省の元高官が言う言葉ではないと思うが…。


2005年の日米同盟の変質

2005年小泉政権が締結した「日米同盟 未来のための変革と再編」は従来の安保条約を変質させている。

1.日米軍事協力の対象が極東から世界に拡大された。

2.戦略の目的が、「国際安全保障環境を改善する」こととされた。


TPPは日本にとってきわめて危険

TPPの狙いは日本社会を米国流に改革し、米国企業に日本市場を席巻させることで、日本にとってきわめて危険な要素を含んでいると孫崎さんは語る。

被害は限りなく想定されるという。

たとえば国民健康保険制度が崩壊するという危険性を挙げているが、意味がよくわからない。TPPを米国が日本にせまる理由も、日本が中国に接近することへの恐れと、米国経済の深刻な不振だという。

こういった議論については、今度紹介する「米韓FTAの真実」という本が、参考になると思う。

TPPの正しい議論にかかせない米韓FTAの真実TPPの正しい議論にかかせない米韓FTAの真実
著者:高安雄一
学文社(2012-11-22)
販売元:Amazon.co.jp

注意して読むと、外交官時代に自分が見たり聞いたりした情報はふくまれていない。公務員として守秘義務が課せられているからだろう。

自分が持っている情報は一切出さないが、公表されている情報をまとめて対米追随派/自主派という論理を組み立て、政治家や過去の事件を分類している。

佐藤優さんの本だったか、インテリジェンスのほとんどは新聞や雑誌などの公開情報の寄せ集めという話があった。公開情報を分析して、その奥に潜む真実や、その国の真意を探り当てるのがインテリジェンスだ。

外務省のインテリジェンス部門の国際情報局長をつとめた人だけに、同じ手法をとってこの本を書いているものと思う。

結論として、やはり「とんでも本」というか、「偏向本」ではないかと思うが、的確な指摘も含んでいる。どう評価したらよいのか、よくわからない本である。


参考になれば次クリック願う。



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