2012年10月16日追記:
山中教授が2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。前回の追記にあるように、昨年iPS細胞の特許が成立した時に、筆者はノーベル賞受賞を確信していたが、筆者の予想より早くノーベル賞受賞が決まった。
これも山中教授のiPS細胞発見の先進性と、難病治療につながる波及効果の大きさが評価されたからだと思う。
山中教授は、受賞後の記者会見で、「私は無名の研究者だった。国に支えていただかなければ、受賞はできなかった。日本という国が受賞した。」と語っているが、こういう謙遜した言葉は、なかなか言えるものではない。
あらためて山中教授の偉大さに感服する。
ノーベル賞受賞を祝して、2008年にノーベル賞を受賞した益川教授と山中教授の対談「大発見の思考法」のあらすじを再掲する。
現在アマゾンでも1−4週間待ちということで、品切れ状態にあるようだが、是非一度読んでほしい本である。
2011年4月28日初掲:
「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授と2009年にアメリカのノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞受賞が確実視されている山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長の2010年初夏に収録された対談。
次がこの本の裏表紙の写真だ。柔道とラグビーで鍛えただけあって山中さんは体もデカい。
世界的研究者の当たり障りない対談と思って読むと、これが全然違う内容なので驚く。
「読んでない本の書評?」
きれいごとばかり並べている書評がある。いつも読んでいる雑誌なので、例に挙げて悪いが、たとえば週刊東洋経済の「新刊新書サミング・アップ」は次のように評している。
「『CP対称性の破れ』の起源の発見でノーベル賞を受賞した物理学者と、再生医療の新たな道筋を切り拓くiSP細胞(筆者注:iPS細胞の誤り)の樹立に成功した医学者が語り合う。
それぞれの研究分野に関して一般人向けにわかりやすく解説するとともに、二人のパーソナリティ、思考のブレークスルー、日々の勉強法、世界と渡り合うプレゼン力と発信力、さらには神の存在についてまで、縦横無尽に語り尽くされている。
何よりも純粋な好奇心と探究心を持って物事と向き合い、粘り強くあきらめない姿勢が大事だとのメッセージが伝わる。
『なぜ一番にならなくてはいけないのか』の問いにも、研究者ならではの気概ある見解を披露している。」
出典:「週刊東洋経済」新刊新書サミング・アップ 2011年2月12日号
これに対して、アマゾンのカスタマーレビューに投稿している読者の声は、評価が5つ星ばかりで、読んだ人の感動がビビッドに伝わってくる内容ばかりだ。これが本当にこの本を読んだ人の率直な反応だろう。
プロのジャーナリストが「新刊新書サミング・アップ」を書いているのだろうが、「iSP細胞」と間違っている上に、感動が全く伝わってこない。
このブログで紹介したパリ第8大学教授で精神分析家のバイヤール教授の「読んでいない本について堂々と語る方法」ではないが、本当にこの本を読んで書評を書いているのかと疑問にさえ思えてくる。
読んでいない本について堂々と語る方法
著者:ピエール・バイヤール
筑摩書房(2008-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
このブログ記事のタイトルに「ノーベル賞受賞者・当確者の知性のジャムセッション」と書いたが、これが筆者の一言「サミング・アップ」だ。
以前の対談本とは全く異なる
実は山中教授がヒトiPS細胞開発成功を発表した2007年11月の直後、2008年初めに、京都大学名誉教授でシオノギ製薬副社長の経験もある畑中正一さんとの対談本が発売されている。
iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢
著者:畑中 正一
集英社(2008-05-26)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
こちらも参考までに読んでみたが、この本と全く異なり、お二人がよそよそしく対談している雰囲気が伝わってくるような本だ。
山中さんは元々京都大学出身ではないので、iPS細胞で有名になる前は、京都大学の教授陣の中ではほとんど知られておらず、知人もなかった様子がうかがえる。
他方、畑中さんは京都大学医学部出身の生え抜きで、NIH(アメリカ国立衛生研究所に勤務していたこともあるエリート研究者だ。
京大ウィルス研究所長を退官後、シオノギ医科学研究所長になり、その後シオノギ製薬の副社長になった。ウィルスの専門家であると同時に、シオノギ製薬の経営者だったこともある人だ。
山中教授もどこまで情報を出して良いのか分からない感じで、盛り上がりに欠ける対談だった。
2冊比較して読んでみると、いかに「『大発見』の思考法」が「知性のジャムセッション」だったかがよくわかる。
お二人の赤裸々な告白が感動を呼ぶ
筆者の湘南高校の先輩の2010年ノーベル化学賞受賞者の根岸英一パデュー大学特別教授の「夢を持ち続けよう!」も、この本と相次いで発刊された。
根岸さんは高校・大学とも優等生で、フルブライト奨学生としてアメリカに留学して博士号を取り、アメリカで研究を続けるという典型的な秀才タイプのキャリアだ。
夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ
著者:根岸英一
共同通信社(2010-12-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
エリートで秀才の根岸さんの本に対して、この本では益川さん、山中さんとも「うつ」に悩まされた過去を語ったり、キャリアは決して順風満帆でなかったことを告白している。
益川さんは20歳の時から「うつ」と付き合っており、5−6年前には薬を飲むまで悪化したという。「うつ」は脳内物質のせいだと、あっけらかんと語るのが、いかにも益川さんらしい。
山中さんは1993年にノックアウトマウスの技術を学ぶためにUCサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学した。しかし3年後の帰国のときには日本で帰る職場のめどが立たなかった。
出典:「iPS細胞」
ようやく日本学術振興会の特別研究員として支援を得て、古巣の大阪市立大学で2年間ほど一人でノックアウトマウスの世話をしながら研究を続けていたが、米国との研究環境のあまりの違いに「うつ」のようになり、朝起きられなくなったと語る。
チャーチルもうつ病で、「うつ」になると、「黒い犬が来た」と言っていたことは有名だ。「うつ」になったことも包み隠さず語っている二人の率直な語らいに深い感動と尊敬を覚える。
「いちゃもんの益川」
益川さんは砂糖問屋、山中さんは小さなミシン部品工場の町工場という自営業の家に生まれ、放任で育ったという。
益川さんは、ノーベル賞を受賞して「たいして嬉しくない」、「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目的にやってきたわけではない」という発言で、へそまがりとして有名になってしまった理由をこの本で説明している。
益川さんは名古屋大学の学生時代に「いちゃもんの益川」と呼ばれていたこともあったという。
あだなは「邪魔中」
山中さんは自分が柔道やラグビーで10回以上骨折したので、スポーツ選手を助けようと神戸大学で整形外科医になった。しかしインターン時代に手術の手際が悪いので、「邪魔中(じゃまなか)」と呼ばれて、やむなく臨床から病理に移った。
米国に留学したときも、「ネイチャー」とか「サイエンス」の求人広告に片っ端から応募したが、留学先がなかなか決まらなったという。
UCサンフランシスコのグラッドストーン研究所でノックアウトマウスを使って最先端の研究をしていたが、上記の通り帰国する際も日本での勤務先がなかなか決まらなかった。
ノーベル賞受賞が確実視されている山中さんが、ほんの10年ほど前までは、うだつのあがらない研究者だったとは驚きだ。
モットーは「眼高手低」と「人生万事塞翁が馬」
お二人がモットーを語るところがある。
益川さんは「眼高手低」だと語る。
一般的な意味では理想は高いが実行力が伴わないことだが、益川教授は「着眼大局・着手小局」、つまり目標は高く持ち、行動は着実なところからという意味で使っており、この言葉をモットーに後輩を指導しているという。
山中さんも、アメリカ留学時のボスに同じような意味の"VW"=「ビジョン&ハード・ワーク」をモットーとして教わったという。
山中さんは半分ジョークなのだろうが、モットーは「人生万事塞翁が馬」だと。山中さんの今までの紆余曲折の研究生活を物語ると同時に、謙虚な性格をよく表している。
1996年に帰国して大阪市立大学に戻ってから、いくつも公募に応募したが失敗ばかりで、やっと1999年に奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授となった。
小さい研究室で予算もほとんどなかったので、みんなが研究するES細胞から他の細胞をつくるという分化はあきらめ、みんなが狙わない細胞の初期化を研究テーマとして、ヒトの皮膚から万能細胞をつくる研究を学生3名と始めた。
2003年に科学技術振興機構のプロジェクトに応募して、必死のプレゼンをした結果、年間5千万円の研究費が5年間支給されることになり、状況が大きく変わったという。
人生には直線型の人生と回旋型の人生があり、自分はまさに回旋型の人生であると山中さんは語る。挫折や回り道を経験したからこそ、現在の自分があるのだと。
iPS細胞は画期的な発明
人間の体は初めは1個の受精卵だったのが、次々と細胞分裂を繰り返して分化し、60兆個もの細胞が体の様々な部分を構成している。
体のどの部分の細胞でも「山中ファクター」と呼ばれる4個の遺伝子(現在は3個でも可)を注入すると、細胞が「初期化」され、細胞の寿命はリセットされ、体のどの部分にもなれるiPS細胞ができる。評論家の立花隆さんは「iPS細胞の開発は、タイムマシンを発明したのと同じだ」と語っている。
iPSとはinduced Pluripotent Stem cellの略だ。「人工多能性幹細胞」という意味だ。ちなみにiPSという頭文字を小文字にするネーミングはiPodにあやかろうとしたものだという。
2005年末の韓国の黄教授のES細胞研究成果ねつ造事件の直後だったので、山中さんがiPS細胞開発の成功を発表したところ、当初は胡散臭くみられることが多かったが、ウィスコンシン大学などのほかの研究機関でも発見が確認された。
それまでES細胞研究に反対していたローマ法王庁と米国のブッシュJR.前大統領が賛同を表明し、一気に世界的な注目を浴びることになった。
60兆あるヒトの細胞は、一個一個がすべて同じ3万個の遺伝子を持っている。細胞はそれぞれの器官毎に細分化されているので、3万個のうち読まない遺伝子は「エピジェネティックス」と呼ばれ、黒で塗りつぶされるような状態だ。
その黒塗りが一瞬にしてクリアーされてしまうのが、受精の瞬間である。卵子と精子の場合も同様に黒塗りだらけだったのが、受精卵となると奇跡のようにすべてがクリアーされ初期化されるのだ。
iPS細胞で孫悟空の「分身の術」が可能になるか?
iPS細胞の前は、ES細胞が万能細胞として注目されていた。
ESとは、Embryonic Stem cellの略で、embryoつまり「胚」。人間の場合には受精卵となって14日までのものから得られる細胞の胚をつかう。結果的にそのままなら胎児になる受精卵を研究対象にすることになり、倫理上の問題がある。
出典:「iPS細胞ができた!」
出典:「iPS細胞」
ところが受精卵を使うES細胞とは異なり、iPS細胞はヒトの数ミリ四方の皮膚からでもつくれる。歯科治療で抜いた親知らずや、毛根部の細胞から作った例もあるという。
出典:「iPS細胞」
山中さんは、皮膚から取ったヒトiPS細胞が心筋細胞に分化して、拍動をはじめたのを見たときに感動したという。
出典:「iPS細胞ができた!」
iPS細胞を使ってクローンは出来ないとのことなので、髪の毛を使っての孫悟空の「分身の術」は不可能だが、将来は髪の毛から身体の組織を再生するという事になるかもしれない。
山中教授の強い使命感
この本を読んで驚くのは、山中教授のiPS細胞を一日でも早く患者のもとに届けたいという強い使命感だ。
「私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに医者らしいことをしたいのです。」、「医者になることを熱心に勧めてくれた死んだ父に対しても申し訳がたちません」と語る。
iPS細胞研究には知財マネジメントも重要
山中教授は、スタッフ約200名の京大iPS細胞研究所のトップとして手腕を発揮している。
iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。
京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフもいる。
アメリカではバイオ関係にベンチャー投資が集中しており、数人の投資家が日本の国家予算くらいの金をだす。日本の研究費の2桁違いくらいの研究費を使ってiPS細胞を研究しており、民間企業が特許を抑えて莫大な利益を上げる可能性がある。
iPS細胞関連の特許を民間企業に特許を押さえられ、患者の治療に高額の治療費を要求されるような事態にさせないために、公的機関である京大が特許を確保しようとしている。
ちなみに遺伝子組み換技術はスタンフォード大学が保有し、企業からは特許料を徴収するが、大学などの研究には無料で特許宇を提供している。
厚生労働省も2010年10月1日に患者本人以外の細胞から作製したiPS細胞を治療に使って良いという指針を出して応援している。iPS細胞バンクという構想もあるという。
iPS細胞で出来ること
「iPS細胞ができた!」の対談で、iPS細胞が解決策となるいくつかの病気を紹介している。たとえば白血病、パーキンソン病、糖尿病、心筋梗塞、筋ジストロフィー、大やけど、網膜移植などだ。
iPS細胞の一番実用に近い分野は、製薬業界のテストへの応用だという。
心臓とか脳など普通だと取り出せない部分のヒトの器官の細胞をつくりだして、それで様々な薬効試験を行う。患者本人の細胞を使えば拒否反応もなく、人体実験と同じ効果を上げられる。製薬会社にとって画期的で正確なテスト方法になるという。
益川さんの6以上のクオーク予言を実証した「下手な鉄砲の原理」
この本の7割方は山中さんのiPS細胞の話で、3割が益川さんの話だ。
益川さんは小林さんと一緒に「CP対称性の破れ」でノーベル物理学賞を2008年に受賞した。
益川さんの理論は、前回紹介した村山斉さんの「宇宙は何でできているのか」でも紹介されている。
137億年前のビッグバン直後は粒子と反粒子が同数存在していた。粒子と反粒子は衝突して光になって消えていったが、わずかに光にならないで残ったものから星や生命に繋がる物質ができたというものだ。
「CP対称性の破れ」についての小林・益川理論が発表された当時は、クオークは3種類しか発見されていなかった。
益川・小林理論が1973年に発表されたあと、巨大加速器を使って1994年にチャーム、ボトム、トップのクオークが発見された。そして6種類のクオークが「CP対称性の破れ」を起こすことが証明されたのは2002年だったという。
加速器の性能が理論に追いつくまで30年掛かったのだ。
加速器は30キロもあるトンネルを地下に掘って、陽子と反陽子を光速に近いスピードで衝突させて色々な粒子を飛び散らせる。一秒間に10万回(!)くらい衝突させ、そのデータを1年分貯めて、やっと10個くらいのトップクオークが見つかったという。益川さんはこれを「下手な鉄砲の原理」と呼んでいる。
1994年にトップクオークが見つかった時の論文は全部で5ページ、そのうち1ページはオーサーの名前の列挙だったという。いまや物理学の検証には千人単位で取り組む必要がある。益川さんは日本は「稲作民族の国」なので、この分野は得意で、日本の高エネルギー実験グループは世界のトップにいるという。
事業仕分けによって科学研究予算は圧迫されているが、小林・益川理論はノーベル賞を受賞するまで35年かかっている。地道な研究を何十年も続けてはじめて何かを発見することが多い。ブレークスルーの研究は一朝一夕ではできないのだ。
それゆえ事業仕分けを担当した蓮舫大臣の「なぜ一番でなければいけないんですか?」という発言を益川さんは厳しく批判している。
「コロンブスの卵」を必死に探していくのが科学者の使命
益川さんは、「壮大で奥深い自然から教えて頂く」という謙虚な気持ちで、地道な研究を重ねて大胆な仮説を立て、「コロンブスの卵」を必死で探していくのが科学者の使命だと語る。
二人の研究の重大なブレークスルーは「コロンブスの卵」のような発想の転換によるものだ。
益川さんは当初クオークは4種類あるとして理論を組み立てようとしていたが、どうしてもうまくいかず断念しかけた時、風呂から立ち上がった瞬間に6種類以上にすればうまくいくことがひらめいた。
山中教授もiPS細胞をつくるために、24個にまで絞り込んだ遺伝子の中から、一つ一つの遺伝子を検証するのでなく、24種類すべて投入して、それから一つを減らして様子を見る作業に変えて、4種類の「山中ファクター」と呼ばれる遺伝子を発見した。まさに逆転の発想だ。
出典:「iPS細胞ができた!」
山中教授は、このコロンブスの卵的な発想の転換に感動し、そのことを思いついた助手に「高橋君、きみはほんまに賢いなあ」と褒めたという。
今度紹介する立花隆と1987年ノーベル医学賞受賞者の利根川進博士との対談、「精神と物質」でも、利根川さんの発見はコロンブスの卵のようなものだったと語っている。
精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
販売元:Amazon.co.jp
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プレゼンテーション能力と情報発信の重要性
山中さんは「有力科学雑誌のエディターとファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係を築いておかないと、情報戦には勝てない」と言っている。
科学者が成功するためには、良い実験をするだけでなく、いかにしてその実験データをきちんと伝えるかという「プレゼンテーション力」にかかっているというのが持論だという。
まさに世界レベルの競争でもまれた科学者の的を射た発言である。たとえばiPS細胞という山中さんが命名した言葉をアメリカの研究者も使ってくれたのは、そういったネットワークのおかげではないかと語っている。山中さんは今でもグラッドストーン研究所に部屋を持ち、月に数日はアメリカに行っているという。
山中さんはUCサンフランシスコで科学論文の書き方やプレゼンを学んだ。
たとえばプレゼンをビデオに撮り、本人がいないところでみんなが批判し、それをまたビデオに撮って、本人に見せるという授業を1回2時間、週2回、20週間受けたという。
プレゼンでポインターをスライド上でクルクル回さないというような配慮が、しっかりとした教育を受けているという評価となり、奈良先端大の助教授ポスト公募に受かった理由の一つだったという。
天才と秀才
益川さんは、日本の他の物理学者は秀才だが、2010年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学の南部さんは天才だと語る。
汲めども汲めども尽きないアイデアを生み出して、研究の最後まで詰め切って成果を刈り取ってしまわず、それを惜しげもなく後輩にばらまいてくれるという。
山中さんはプリオンを発見したプルシナーを天才として挙げる。
科学者にとって「神」の英語訳は「ネイチャー」
益川さんは「信じている人をやめさせる」積極的無宗教だという。山中さんも「科学者にとって、「神」の英語訳は「ゴッド」じゃなくて、「ネイチャー」なんですね」と語っている。含蓄のある言葉だ。
ダーウィンの進化論に対して京大の今西錦司博士は「種は進化に対して主体性を持っている」という説を展開した。実はダーウィンの進化論はまだ証明されていない。
アメリカでは進化論を信じない人が人口の半分いるというが、逆に日本人が進化論を信じるのもある意味では怖いことだという。
その他の話題
★益川さんは分刻みでスケジュールが決まっているという。8時3分には家を出て。一日2食で、風呂に入るのは9時36分だと。エマニュエル・カントのような人だ。
★山中さんの趣味は走ることだという。週3日は鴨川沿いを5キロほど走り、ジムに行っているという。フルマラソンも5回経験しており、自分の記録を少しでも短縮することに意義があると語る。
★山中さんは数学が得意だったそうで、中高6年間で唯一解けなかった問題は、「イスの足は4本では安定しないが、3本では安定する。なぜか?」という問題だったという。
★益川さんは微分積分がわからないと物理の面白さがわからないという。そうなると筆者は絶望的だ。
★益川さんは湯川教授の英語の中間子論文の第一論文初版を読んで間違いに気づいたという。その後名古屋大学の坂田教授も加わった第2論文では修正してあったが、誤りを認めるのではなく「あそこの式は、こう読まれるべきである。」という書き方をしていたという。
益川さんは、最後にデンジロウ先生などの科学遊び、マークシート式の入試を批判している。
大変刺激的な対談である。ただし、あくまで対談なので、iPS細胞について基礎知識を得たければ、次の本をおすすめする。
iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)
著者:八代 嘉美
平凡社(2008-07-15)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者もこの「iPS細胞」を読んで今回のあらすじを書いた。このあらすじ中で紹介した図は「iPS細胞」から引用したものだ。
iPS細胞を使っての医療としては、アルツハイマー症、すい臓病、目の網膜再生などと種々利用範囲が広い。特に取り出せない細胞の実験を可能にしたという意味では、まさに再生医療に革命を起こす発明である。
現在は全世界の研究者が競って安全上の諸問題を克服すべく努力しているという。もはや日本の優位性はなく、日本より2ケタ多いお金を投じている米国の進歩が目覚ましいそうだが、いずれにせよ早期に実用化して欲しいものである。
参考になれば次クリック願う。
山中教授が2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。前回の追記にあるように、昨年iPS細胞の特許が成立した時に、筆者はノーベル賞受賞を確信していたが、筆者の予想より早くノーベル賞受賞が決まった。
これも山中教授のiPS細胞発見の先進性と、難病治療につながる波及効果の大きさが評価されたからだと思う。
山中教授は、受賞後の記者会見で、「私は無名の研究者だった。国に支えていただかなければ、受賞はできなかった。日本という国が受賞した。」と語っているが、こういう謙遜した言葉は、なかなか言えるものではない。
あらためて山中教授の偉大さに感服する。
ノーベル賞受賞を祝して、2008年にノーベル賞を受賞した益川教授と山中教授の対談「大発見の思考法」のあらすじを再掲する。
現在アマゾンでも1−4週間待ちということで、品切れ状態にあるようだが、是非一度読んでほしい本である。
2011年4月28日初掲:
「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
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2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授と2009年にアメリカのノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞受賞が確実視されている山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長の2010年初夏に収録された対談。
次がこの本の裏表紙の写真だ。柔道とラグビーで鍛えただけあって山中さんは体もデカい。
世界的研究者の当たり障りない対談と思って読むと、これが全然違う内容なので驚く。
「読んでない本の書評?」
きれいごとばかり並べている書評がある。いつも読んでいる雑誌なので、例に挙げて悪いが、たとえば週刊東洋経済の「新刊新書サミング・アップ」は次のように評している。
「『CP対称性の破れ』の起源の発見でノーベル賞を受賞した物理学者と、再生医療の新たな道筋を切り拓くiSP細胞(筆者注:iPS細胞の誤り)の樹立に成功した医学者が語り合う。
それぞれの研究分野に関して一般人向けにわかりやすく解説するとともに、二人のパーソナリティ、思考のブレークスルー、日々の勉強法、世界と渡り合うプレゼン力と発信力、さらには神の存在についてまで、縦横無尽に語り尽くされている。
何よりも純粋な好奇心と探究心を持って物事と向き合い、粘り強くあきらめない姿勢が大事だとのメッセージが伝わる。
『なぜ一番にならなくてはいけないのか』の問いにも、研究者ならではの気概ある見解を披露している。」
出典:「週刊東洋経済」新刊新書サミング・アップ 2011年2月12日号
これに対して、アマゾンのカスタマーレビューに投稿している読者の声は、評価が5つ星ばかりで、読んだ人の感動がビビッドに伝わってくる内容ばかりだ。これが本当にこの本を読んだ人の率直な反応だろう。
プロのジャーナリストが「新刊新書サミング・アップ」を書いているのだろうが、「iSP細胞」と間違っている上に、感動が全く伝わってこない。
このブログで紹介したパリ第8大学教授で精神分析家のバイヤール教授の「読んでいない本について堂々と語る方法」ではないが、本当にこの本を読んで書評を書いているのかと疑問にさえ思えてくる。
読んでいない本について堂々と語る方法
著者:ピエール・バイヤール
筑摩書房(2008-11-27)
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このブログ記事のタイトルに「ノーベル賞受賞者・当確者の知性のジャムセッション」と書いたが、これが筆者の一言「サミング・アップ」だ。
以前の対談本とは全く異なる
実は山中教授がヒトiPS細胞開発成功を発表した2007年11月の直後、2008年初めに、京都大学名誉教授でシオノギ製薬副社長の経験もある畑中正一さんとの対談本が発売されている。
iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢
著者:畑中 正一
集英社(2008-05-26)
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こちらも参考までに読んでみたが、この本と全く異なり、お二人がよそよそしく対談している雰囲気が伝わってくるような本だ。
山中さんは元々京都大学出身ではないので、iPS細胞で有名になる前は、京都大学の教授陣の中ではほとんど知られておらず、知人もなかった様子がうかがえる。
他方、畑中さんは京都大学医学部出身の生え抜きで、NIH(アメリカ国立衛生研究所に勤務していたこともあるエリート研究者だ。
京大ウィルス研究所長を退官後、シオノギ医科学研究所長になり、その後シオノギ製薬の副社長になった。ウィルスの専門家であると同時に、シオノギ製薬の経営者だったこともある人だ。
山中教授もどこまで情報を出して良いのか分からない感じで、盛り上がりに欠ける対談だった。
2冊比較して読んでみると、いかに「『大発見』の思考法」が「知性のジャムセッション」だったかがよくわかる。
お二人の赤裸々な告白が感動を呼ぶ
筆者の湘南高校の先輩の2010年ノーベル化学賞受賞者の根岸英一パデュー大学特別教授の「夢を持ち続けよう!」も、この本と相次いで発刊された。
根岸さんは高校・大学とも優等生で、フルブライト奨学生としてアメリカに留学して博士号を取り、アメリカで研究を続けるという典型的な秀才タイプのキャリアだ。
夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ
著者:根岸英一
共同通信社(2010-12-11)
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エリートで秀才の根岸さんの本に対して、この本では益川さん、山中さんとも「うつ」に悩まされた過去を語ったり、キャリアは決して順風満帆でなかったことを告白している。
益川さんは20歳の時から「うつ」と付き合っており、5−6年前には薬を飲むまで悪化したという。「うつ」は脳内物質のせいだと、あっけらかんと語るのが、いかにも益川さんらしい。
山中さんは1993年にノックアウトマウスの技術を学ぶためにUCサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学した。しかし3年後の帰国のときには日本で帰る職場のめどが立たなかった。
出典:「iPS細胞」
ようやく日本学術振興会の特別研究員として支援を得て、古巣の大阪市立大学で2年間ほど一人でノックアウトマウスの世話をしながら研究を続けていたが、米国との研究環境のあまりの違いに「うつ」のようになり、朝起きられなくなったと語る。
チャーチルもうつ病で、「うつ」になると、「黒い犬が来た」と言っていたことは有名だ。「うつ」になったことも包み隠さず語っている二人の率直な語らいに深い感動と尊敬を覚える。
「いちゃもんの益川」
益川さんは砂糖問屋、山中さんは小さなミシン部品工場の町工場という自営業の家に生まれ、放任で育ったという。
益川さんは、ノーベル賞を受賞して「たいして嬉しくない」、「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目的にやってきたわけではない」という発言で、へそまがりとして有名になってしまった理由をこの本で説明している。
益川さんは名古屋大学の学生時代に「いちゃもんの益川」と呼ばれていたこともあったという。
あだなは「邪魔中」
山中さんは自分が柔道やラグビーで10回以上骨折したので、スポーツ選手を助けようと神戸大学で整形外科医になった。しかしインターン時代に手術の手際が悪いので、「邪魔中(じゃまなか)」と呼ばれて、やむなく臨床から病理に移った。
米国に留学したときも、「ネイチャー」とか「サイエンス」の求人広告に片っ端から応募したが、留学先がなかなか決まらなったという。
UCサンフランシスコのグラッドストーン研究所でノックアウトマウスを使って最先端の研究をしていたが、上記の通り帰国する際も日本での勤務先がなかなか決まらなかった。
ノーベル賞受賞が確実視されている山中さんが、ほんの10年ほど前までは、うだつのあがらない研究者だったとは驚きだ。
モットーは「眼高手低」と「人生万事塞翁が馬」
お二人がモットーを語るところがある。
益川さんは「眼高手低」だと語る。
一般的な意味では理想は高いが実行力が伴わないことだが、益川教授は「着眼大局・着手小局」、つまり目標は高く持ち、行動は着実なところからという意味で使っており、この言葉をモットーに後輩を指導しているという。
山中さんも、アメリカ留学時のボスに同じような意味の"VW"=「ビジョン&ハード・ワーク」をモットーとして教わったという。
山中さんは半分ジョークなのだろうが、モットーは「人生万事塞翁が馬」だと。山中さんの今までの紆余曲折の研究生活を物語ると同時に、謙虚な性格をよく表している。
1996年に帰国して大阪市立大学に戻ってから、いくつも公募に応募したが失敗ばかりで、やっと1999年に奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授となった。
小さい研究室で予算もほとんどなかったので、みんなが研究するES細胞から他の細胞をつくるという分化はあきらめ、みんなが狙わない細胞の初期化を研究テーマとして、ヒトの皮膚から万能細胞をつくる研究を学生3名と始めた。
2003年に科学技術振興機構のプロジェクトに応募して、必死のプレゼンをした結果、年間5千万円の研究費が5年間支給されることになり、状況が大きく変わったという。
人生には直線型の人生と回旋型の人生があり、自分はまさに回旋型の人生であると山中さんは語る。挫折や回り道を経験したからこそ、現在の自分があるのだと。
iPS細胞は画期的な発明
人間の体は初めは1個の受精卵だったのが、次々と細胞分裂を繰り返して分化し、60兆個もの細胞が体の様々な部分を構成している。
体のどの部分の細胞でも「山中ファクター」と呼ばれる4個の遺伝子(現在は3個でも可)を注入すると、細胞が「初期化」され、細胞の寿命はリセットされ、体のどの部分にもなれるiPS細胞ができる。評論家の立花隆さんは「iPS細胞の開発は、タイムマシンを発明したのと同じだ」と語っている。
iPSとはinduced Pluripotent Stem cellの略だ。「人工多能性幹細胞」という意味だ。ちなみにiPSという頭文字を小文字にするネーミングはiPodにあやかろうとしたものだという。
2005年末の韓国の黄教授のES細胞研究成果ねつ造事件の直後だったので、山中さんがiPS細胞開発の成功を発表したところ、当初は胡散臭くみられることが多かったが、ウィスコンシン大学などのほかの研究機関でも発見が確認された。
それまでES細胞研究に反対していたローマ法王庁と米国のブッシュJR.前大統領が賛同を表明し、一気に世界的な注目を浴びることになった。
60兆あるヒトの細胞は、一個一個がすべて同じ3万個の遺伝子を持っている。細胞はそれぞれの器官毎に細分化されているので、3万個のうち読まない遺伝子は「エピジェネティックス」と呼ばれ、黒で塗りつぶされるような状態だ。
その黒塗りが一瞬にしてクリアーされてしまうのが、受精の瞬間である。卵子と精子の場合も同様に黒塗りだらけだったのが、受精卵となると奇跡のようにすべてがクリアーされ初期化されるのだ。
iPS細胞で孫悟空の「分身の術」が可能になるか?
iPS細胞の前は、ES細胞が万能細胞として注目されていた。
ESとは、Embryonic Stem cellの略で、embryoつまり「胚」。人間の場合には受精卵となって14日までのものから得られる細胞の胚をつかう。結果的にそのままなら胎児になる受精卵を研究対象にすることになり、倫理上の問題がある。
出典:「iPS細胞ができた!」
出典:「iPS細胞」
ところが受精卵を使うES細胞とは異なり、iPS細胞はヒトの数ミリ四方の皮膚からでもつくれる。歯科治療で抜いた親知らずや、毛根部の細胞から作った例もあるという。
出典:「iPS細胞」
山中さんは、皮膚から取ったヒトiPS細胞が心筋細胞に分化して、拍動をはじめたのを見たときに感動したという。
出典:「iPS細胞ができた!」
iPS細胞を使ってクローンは出来ないとのことなので、髪の毛を使っての孫悟空の「分身の術」は不可能だが、将来は髪の毛から身体の組織を再生するという事になるかもしれない。
山中教授の強い使命感
この本を読んで驚くのは、山中教授のiPS細胞を一日でも早く患者のもとに届けたいという強い使命感だ。
「私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに医者らしいことをしたいのです。」、「医者になることを熱心に勧めてくれた死んだ父に対しても申し訳がたちません」と語る。
iPS細胞研究には知財マネジメントも重要
山中教授は、スタッフ約200名の京大iPS細胞研究所のトップとして手腕を発揮している。
iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。
京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフもいる。
アメリカではバイオ関係にベンチャー投資が集中しており、数人の投資家が日本の国家予算くらいの金をだす。日本の研究費の2桁違いくらいの研究費を使ってiPS細胞を研究しており、民間企業が特許を抑えて莫大な利益を上げる可能性がある。
iPS細胞関連の特許を民間企業に特許を押さえられ、患者の治療に高額の治療費を要求されるような事態にさせないために、公的機関である京大が特許を確保しようとしている。
ちなみに遺伝子組み換技術はスタンフォード大学が保有し、企業からは特許料を徴収するが、大学などの研究には無料で特許宇を提供している。
厚生労働省も2010年10月1日に患者本人以外の細胞から作製したiPS細胞を治療に使って良いという指針を出して応援している。iPS細胞バンクという構想もあるという。
iPS細胞で出来ること
「iPS細胞ができた!」の対談で、iPS細胞が解決策となるいくつかの病気を紹介している。たとえば白血病、パーキンソン病、糖尿病、心筋梗塞、筋ジストロフィー、大やけど、網膜移植などだ。
iPS細胞の一番実用に近い分野は、製薬業界のテストへの応用だという。
心臓とか脳など普通だと取り出せない部分のヒトの器官の細胞をつくりだして、それで様々な薬効試験を行う。患者本人の細胞を使えば拒否反応もなく、人体実験と同じ効果を上げられる。製薬会社にとって画期的で正確なテスト方法になるという。
益川さんの6以上のクオーク予言を実証した「下手な鉄砲の原理」
この本の7割方は山中さんのiPS細胞の話で、3割が益川さんの話だ。
益川さんは小林さんと一緒に「CP対称性の破れ」でノーベル物理学賞を2008年に受賞した。
益川さんの理論は、前回紹介した村山斉さんの「宇宙は何でできているのか」でも紹介されている。
137億年前のビッグバン直後は粒子と反粒子が同数存在していた。粒子と反粒子は衝突して光になって消えていったが、わずかに光にならないで残ったものから星や生命に繋がる物質ができたというものだ。
「CP対称性の破れ」についての小林・益川理論が発表された当時は、クオークは3種類しか発見されていなかった。
益川・小林理論が1973年に発表されたあと、巨大加速器を使って1994年にチャーム、ボトム、トップのクオークが発見された。そして6種類のクオークが「CP対称性の破れ」を起こすことが証明されたのは2002年だったという。
加速器の性能が理論に追いつくまで30年掛かったのだ。
加速器は30キロもあるトンネルを地下に掘って、陽子と反陽子を光速に近いスピードで衝突させて色々な粒子を飛び散らせる。一秒間に10万回(!)くらい衝突させ、そのデータを1年分貯めて、やっと10個くらいのトップクオークが見つかったという。益川さんはこれを「下手な鉄砲の原理」と呼んでいる。
1994年にトップクオークが見つかった時の論文は全部で5ページ、そのうち1ページはオーサーの名前の列挙だったという。いまや物理学の検証には千人単位で取り組む必要がある。益川さんは日本は「稲作民族の国」なので、この分野は得意で、日本の高エネルギー実験グループは世界のトップにいるという。
事業仕分けによって科学研究予算は圧迫されているが、小林・益川理論はノーベル賞を受賞するまで35年かかっている。地道な研究を何十年も続けてはじめて何かを発見することが多い。ブレークスルーの研究は一朝一夕ではできないのだ。
それゆえ事業仕分けを担当した蓮舫大臣の「なぜ一番でなければいけないんですか?」という発言を益川さんは厳しく批判している。
「コロンブスの卵」を必死に探していくのが科学者の使命
益川さんは、「壮大で奥深い自然から教えて頂く」という謙虚な気持ちで、地道な研究を重ねて大胆な仮説を立て、「コロンブスの卵」を必死で探していくのが科学者の使命だと語る。
二人の研究の重大なブレークスルーは「コロンブスの卵」のような発想の転換によるものだ。
益川さんは当初クオークは4種類あるとして理論を組み立てようとしていたが、どうしてもうまくいかず断念しかけた時、風呂から立ち上がった瞬間に6種類以上にすればうまくいくことがひらめいた。
山中教授もiPS細胞をつくるために、24個にまで絞り込んだ遺伝子の中から、一つ一つの遺伝子を検証するのでなく、24種類すべて投入して、それから一つを減らして様子を見る作業に変えて、4種類の「山中ファクター」と呼ばれる遺伝子を発見した。まさに逆転の発想だ。
出典:「iPS細胞ができた!」
山中教授は、このコロンブスの卵的な発想の転換に感動し、そのことを思いついた助手に「高橋君、きみはほんまに賢いなあ」と褒めたという。
今度紹介する立花隆と1987年ノーベル医学賞受賞者の利根川進博士との対談、「精神と物質」でも、利根川さんの発見はコロンブスの卵のようなものだったと語っている。
精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
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プレゼンテーション能力と情報発信の重要性
山中さんは「有力科学雑誌のエディターとファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係を築いておかないと、情報戦には勝てない」と言っている。
科学者が成功するためには、良い実験をするだけでなく、いかにしてその実験データをきちんと伝えるかという「プレゼンテーション力」にかかっているというのが持論だという。
まさに世界レベルの競争でもまれた科学者の的を射た発言である。たとえばiPS細胞という山中さんが命名した言葉をアメリカの研究者も使ってくれたのは、そういったネットワークのおかげではないかと語っている。山中さんは今でもグラッドストーン研究所に部屋を持ち、月に数日はアメリカに行っているという。
山中さんはUCサンフランシスコで科学論文の書き方やプレゼンを学んだ。
たとえばプレゼンをビデオに撮り、本人がいないところでみんなが批判し、それをまたビデオに撮って、本人に見せるという授業を1回2時間、週2回、20週間受けたという。
プレゼンでポインターをスライド上でクルクル回さないというような配慮が、しっかりとした教育を受けているという評価となり、奈良先端大の助教授ポスト公募に受かった理由の一つだったという。
天才と秀才
益川さんは、日本の他の物理学者は秀才だが、2010年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学の南部さんは天才だと語る。
汲めども汲めども尽きないアイデアを生み出して、研究の最後まで詰め切って成果を刈り取ってしまわず、それを惜しげもなく後輩にばらまいてくれるという。
山中さんはプリオンを発見したプルシナーを天才として挙げる。
科学者にとって「神」の英語訳は「ネイチャー」
益川さんは「信じている人をやめさせる」積極的無宗教だという。山中さんも「科学者にとって、「神」の英語訳は「ゴッド」じゃなくて、「ネイチャー」なんですね」と語っている。含蓄のある言葉だ。
ダーウィンの進化論に対して京大の今西錦司博士は「種は進化に対して主体性を持っている」という説を展開した。実はダーウィンの進化論はまだ証明されていない。
アメリカでは進化論を信じない人が人口の半分いるというが、逆に日本人が進化論を信じるのもある意味では怖いことだという。
その他の話題
★益川さんは分刻みでスケジュールが決まっているという。8時3分には家を出て。一日2食で、風呂に入るのは9時36分だと。エマニュエル・カントのような人だ。
★山中さんの趣味は走ることだという。週3日は鴨川沿いを5キロほど走り、ジムに行っているという。フルマラソンも5回経験しており、自分の記録を少しでも短縮することに意義があると語る。
★山中さんは数学が得意だったそうで、中高6年間で唯一解けなかった問題は、「イスの足は4本では安定しないが、3本では安定する。なぜか?」という問題だったという。
★益川さんは微分積分がわからないと物理の面白さがわからないという。そうなると筆者は絶望的だ。
★益川さんは湯川教授の英語の中間子論文の第一論文初版を読んで間違いに気づいたという。その後名古屋大学の坂田教授も加わった第2論文では修正してあったが、誤りを認めるのではなく「あそこの式は、こう読まれるべきである。」という書き方をしていたという。
益川さんは、最後にデンジロウ先生などの科学遊び、マークシート式の入試を批判している。
大変刺激的な対談である。ただし、あくまで対談なので、iPS細胞について基礎知識を得たければ、次の本をおすすめする。
iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)
著者:八代 嘉美
平凡社(2008-07-15)
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筆者もこの「iPS細胞」を読んで今回のあらすじを書いた。このあらすじ中で紹介した図は「iPS細胞」から引用したものだ。
iPS細胞を使っての医療としては、アルツハイマー症、すい臓病、目の網膜再生などと種々利用範囲が広い。特に取り出せない細胞の実験を可能にしたという意味では、まさに再生医療に革命を起こす発明である。
現在は全世界の研究者が競って安全上の諸問題を克服すべく努力しているという。もはや日本の優位性はなく、日本より2ケタ多いお金を投じている米国の進歩が目覚ましいそうだが、いずれにせよ早期に実用化して欲しいものである。
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