時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2012年05月

巨魁 元巨人軍GM清武さんの球団経営の実態 ナベツネ糾弾はごく一部

巨魁巨魁
著者:清武 英利
ワック(2012-03-16)
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読売新聞主筆兼巨人軍会長として86歳になった今も君臨するナベツネに対して、現場のコーチ人事に口をだすのは「コンプライアンス違反」と突然批判を始め、当然の帰結として2011年11月に巨人軍をクビになった元巨人軍GM清武英利さんの本。ちなみにウィキペディアには清武さんのナベツネ告発というコラムがつくられている

この本を読み終えても「なんで?」という疑問は解消されていない。ナベツネを告発する内容は第8章(最後の独裁者)に集中しており、この本の大半は巨人軍の運営に関するもので、告発本というよりは、球団経営の実情紹介本のような内容だ。

第8章(最後の独裁者)でも、ナベツネの様々な言動や行動が取り上げられているが、ナベツネが悪者であるという決定的な証拠はない。すべてナベツネならありうるだろうなぁ、という想定の範囲内である。

この本を読んで読売新聞社内には歴史的に、ナベツネを筆頭とする政治部と、清武さんが所属していた”正義派”の社会部の社内対立があることを初めて知った。そのあたりが根本原因なのかもしれない。

清武さんは1950年生まれ、立命館大学を卒業後、読売新聞に入社し、社会部の記者として警視庁や国税庁を担当する。中部支社社会部長のあと、編集委員、運動部長を経て、2004年から巨人軍の編成部長に転出し、球団代表、GM・編成部長、オーナー代行などになった後、ナベツネ批判をして解任される。



YouTubeには上記ニュース以外に、清武さんの記者会見の発表全部が6編に分かれて収録されているので、興味がある人は見てほしい。



「コンプライアンス」問題ではない

筆者もそうだが、たぶん多くの人が、「なんで?」と思ったと思う。ナベツネがコーチ人事など巨人軍の運営に介入することなど、いわば日常茶飯事だと思っていたし、別にコンプライアンス違反でもなんでもないと思う。

告発した理由もすでにヘッドコーチに昇格が決まっていた岡崎コーチの代わりに、巨人軍OBの江川氏をヘッドコーチ兼助監督としてナベツネが押し込んできたというもので、たしかに現場の人事に介入するものではあるが、ナベツネは巨人軍取締役会長でもあるので、経営トップが口を出すことは、ままあることだ。

「上司は思いつきでものをいう」という本もあるくらい、上司は思いつきでものを言うものだし、現場はそのことがわかっているので、それなりに根回ししたり、事前に了解を取っておくことは当たり前のビジネス慣行だ。

上司は思いつきでものを言う (集英社新書)上司は思いつきでものを言う (集英社新書)
著者:橋本 治
集英社(2004-04-16)
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清武さんが問題としている「鶴の一声」は、強いて言えば巨人軍会長のナベツネが、巨人軍の経営陣を無視しているというガバナンスの問題ではあるが、別にコンプライアンスやモラルに反しているとかいう問題ではない。「コンプライアンス違反」というのは、新聞記者にはあってはならない言葉の誤用だと思う。

清武さんは元新聞記者なので、文章もうまく、読み物としては面白い。詳しく紹介すると読んだときに興ざめなので、印象に残った部分を箇条書きで紹介しておく。


歴史的な読売新聞社内の社会部と政治部の対立

★社会部記者は政治部記者を記者として認めていなかった。
本田靖春は、著書「我、拗ね者として生涯を閉ず」のなかで、”赤坂の高級料亭で有力政治家にタダ酒を振る舞われ、政局に際しては、その政治家の意向に沿った原稿を書く。取材先でコーヒーの一杯も頂戴しないようにおのれを律している私たちからすると、彼らは新聞記者ではない。権力者の走狗である。”と言っているという。

我、拗ね者として生涯を閉ず我、拗ね者として生涯を閉ず
著者:本田 靖春
講談社(2005-02-22)
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★清武さんが読売新聞社に入社した1975年に「読売政変」があった。
従来硬派3部(政治部、経済部、国際部)に対して、「社会部帝国」ということで、軟派社会部が圧倒的な力を持った時代があったが、1975年の人事異動で社会部出身の実力者が巨人軍代表に更迭され、務台社長の信頼を得たナベツネが編集部次長兼政治部長に昇格し、軟派と硬派の権力構造は逆転してしまったという。

ちなみにナベツネは、”俺は若いころ長谷川にいじめられた。内職して本を書いたこともある。何年も我慢したんだ。氏家も読売から追放され、ルンペンを何年もやった。それを面倒見たんだ。”と言っていたという。

やはり今回の事件の背景には読売新聞社内の社会部と政治部の対立・不仲があるように思える。


ナベツネの本領発揮

★清武さんの依頼でナベツネが橋本龍太郎に、キューバ選手獲得の骨折りを頼む電話の話が面白い。それまで渋々という感じだったのが、電話になると「渡邊ですが、先生にキューバの件でお願いしたいことがありまして」と丁寧な口調で話し始めたという。ナベツネの本領発揮という感じだ。


ナベツネあれこれ

★近鉄とオリックスの球団合併の時に、新規参入した楽天三木谷さんについてナベツネは知らなかったので、説明を受けて「孫正義の小型版か」と言ったという。当時75歳くらいだったナベツネが知らないのもやむを得ないだろう。

★巨人軍のBOS(Baseball Operating System)についてナベツネが興味を持っているという話があり、パソコンを持ち込んでナベツネに説明したら、怒り出したという。ナベツネがBOSに興味を持っているという話は、取り巻きの勝手な憶測だったという。

★ナベツネは「大震災こそ読売のチャンスだ」と言っていたという。関東大震災のときは、読売新聞は被災し、発行部数も11万部から5万部まで落ち、そのうち2万部は代金未回収で、やむなく当時の警視庁刑務部長だった正力松太郎に読売新聞社を10万円で売却したという歴史がある。

★復興支援の巨人軍激励会で、「復興祈念だから記念撮影、サインは遠慮してほしい」とのアナウンスが流れると、ナベツネが激高して、「なんでダメなんだ。こんなこと誰が決めたんだ。あとで懲罰だ!」と怒鳴ったという。

★カラーバス効果で日本酒の銘柄は気になる。ナベツネの好きな酒は「立山」だという。

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その他の情報

★古田の後の選手会会長の宮本は、酒が飲めないのに何時間でもつきあってくれ、個人的なことまで打ち明けてくれたという。割り勘負けしているのに、「いや、いいんですよ。これも仕事です」と言っていたという。

★ライブドアのホリエモンは、Tシャツ姿で現れ、オーナーたちを挑発し、時には元水着キャンペーンガールの恋人と登場する厚顔ぶりも反発を買っていたという。


巨人版マネーボール

★巨人軍は提携先のヤンキースからBOS(Baseball Operating System)の研修を受け、2010年に自分のBOSを作り上げた。日本ハムも2005年に1億円を投じてBOSを導入したという。RC27という27回アウトになるまでに得点をどれだけあげられるかを見る指標では、巨人では小笠原、谷、阿部慎之助、ラミレスという順番だった。

別ブログでも紹介した「マネーボール」に”高校生ドラフトに大金をかけるのは、確率を無視し、理性をないがしろにしている”と書いてあるが、巨人軍でも同じ結果が出たという。

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著者:マイケル・ルイス
武田ランダムハウスジャパン(2006-03-02)
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活躍する確率は、高校生<大学生<社会人とはっきり結果が出ている。

★かつてスカウト部長をつとめた人に「巨人軍は伝統的に小さい選手はとりません」と言われたことがあるという。スカウトはどうしても体格にまず目が行くが、清武さんは、体格にめぐまれていなくても、”B群”として獲得していったという。

★BOSで比較してみると2010年ドラフトの澤村と斎藤佑樹との差は歴然。斎藤より高校生の宮国のほうが数値は高かった。しかし原監督は大石がいいと、異議を訴えてきて一波乱あったという。

★選手が「何かを持っている」というのは英語では"The way carry by himself"というのだと巨人の在米スカウトのミンチーが教えてくれたという。巨人の東北地区担当のスカウトが、無名の坂本を八戸のグラウンドで見つけた時も、そんな雰囲気を感じたという。

「コンプライアンス違反」と清武さんが呼んだナベツネ語録

この内容は2012年1月号の文芸春秋にも載っているが、真偽のほどはわからない。いずれにせよ江川さんはひどいとばっちりだ。「悪名」などと言われ、イメージダウンで大迷惑だろう。

文藝春秋 2012年 01月号 [雑誌]文藝春秋 2012年 01月号 [雑誌]
文藝春秋(2011-12-10)
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”巨人は弱いだけでなく、スターがいない。江川なら集客できる。江川は悪名だが、無名よりはいい。悪名は無名に勝るというじゃないか。彼をヘッドコーチにすれば、次は江川が監督だと江川もファンも期待するだろう。しかし、監督にはしないんだ。

江川の庇護者は氏家だった。だが江川は監督にはしない。天と地がひっくりかえって人格者になれば別だがな。”

”原監督は采配ミスは一つもないと言い張るが、実際は交代をことごとく間違えた。采配で負けた試合はたくさんある。原をコントロールできる江川を置いておくほうがいいんだ”

”江川は99.9%受ける。日テレから1億円もらっていたのが、4900万円くらいになるから、こっちが1億円出せば、ウチに来たほうが多くもらえると考えるだろう。原を江川でコントロールするよ”

清武さんは新聞記者出身なので、文章がうまく面白い読み物である。しかし冒頭に記したように内容は球団経営の実情紹介本で、ナベツベ批判はごく一部だ。読んでも「なんで?」という疑問が依然として残る本である。


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勝ち続ける経営 日本マクドナルドの原田社長が経営改革を語る

勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論
著者:原田泳幸
朝日新聞出版(2011-12-07)
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日本マクドナルドの原田社長が朝日新聞のAERAビジネスセミナーで、2010年12月と2011年6月に、経営改革を語った講演録。最初の100ページが講演で、60ページ余りのQ&Aが収録されている。Q&Aも面白い。

セミナーのタイトルは「非常識を常識に マクドナルドの経営改革」というものだったという。

原田さんはマクドナルドに移る前の33年間はIT業界で仕事をしていた。アップル・ジャパンには14年間在籍し、最後の7年間はアップル・ジャパンの社長を務めていた。その原田さんが2004年にアップル・ジャパン社長から日本マクドナルドの社長に転職したときは「マックからマックへの転職」と言われたものだ。

原田さんが日本マクドナルドの社長になる前には、稀代のベンチャー起業家で、創業者の藤田田さん経営の末期で、日本マクドナルドの業績は既存店売上高が7年間マイナスというどん底の状態だった。そんな日本マクドナルドの業績を原田さんは、7年連続プラスに変えた。

このセミナーはそんな原田さんが語る日本マクドナルドの経営改革だ。読んでみると「非常識を常識に」というタイトルは、全く当てはまらないと思う。すべて基本に忠実なオーソドックスなアプローチだったことがよくわかる。


新しいバス

原田さんが入社して、すぐ全社員を集めて次のように宣言したという。

「今から新しいバスが出発する。新しいバスのチケットを買いたい人は買え。買いたくない人はバスに乗らなくてかまわない。」

当時のマクドナルドの年商は4,000億円、それが現在は6,000億円まで拡大している。

日本マクドナルドは1971年の銀座三越での初出店後、20年間で1,000店まで拡大し、その次の10年で3,000店まで拡大した。これが既存店売り上げの減少をもたらし、結果的に経常利益は減少した。創業者の藤田田さんは2002年に社長を退き、2004年に原田さんが社長として着任して経営改革を実施した。


経営不振の原因:QSCの欠如

原田さんが社長として着任した時に、経営幹部からは出店過多でカニバリゼーション(店舗がお互いに客を奪い合っている)が起こっていると説明を受けたが、原因はもっと単純なことだったという。

それはQSCという基本中の基本ができていなかったからだ。Q=クオリティ、S=サービス、C=クレンリネスだ。それにV=バリュー(価値ある食事体験)を入れてQSCVとも呼ぶ。

外食産業では店の売り上げは店長の能力に大きく左右される。急成長したマクドナルドは人材の育成が追い付いていなかった。店長次第で、クルー=アルバイトの満足度も変わる。クルーの満足度は離職率に影響し、離職率が上がるとQSCは低下し、顧客満足度が下がり、売り上げも下がるという悪循環となっていたのだ。

だから原田さんが社長となった最初の年から、今まで「基本に立ち返れ。基本以外はなにもするな。QSCが一番大事」と言い続けているという。


当たり前のことをやる

当たり前のことをやることがビジネスでは最も難しいのだと。当たり前のことをやり、その会社「らしさ」を取り戻したという例は、業績回復企業には共通して見られるという。

原田さん着任前のマクドナルドは、一時はカレーライスやチャーハンを出していた。経営改革の第一歩はマクドナルドらしさを取り戻すため、基本に立ち返るものだった。


ブランド力の向上

マクドナルドのブランドはブランド・ジャパンの評価で、2007年に81位に入ってから毎年上昇し、2011年には4位にまでなった。これは根拠があってのことだという。

それはブランド・ジャパンの評価の4機軸である、フレンドリー、コンビニエント、アウトスタンディング、イノベーティブの4つにあわせて次のような戦略を展開してきたのだ。

★つくり置きをやめて、オーダーを受けてからつくり、”メイド・フォー・ユー”というキャッチフレーズで、味を向上させた。

★100円マックというバリュー商品を打ち出しながら、8年間で6回値上げを実施した。

★地域別価格、24時間営業、マイナスイメージを払拭するためのヘルシーメニューの導入

その結果競合とのQSC差は拡大し、見事に客数の増加につながったという統計が紹介されている。

従業員満足度も忘れてはならない点だという。マクドナルドでは毎年クルーの技能コンテストを開催するほか、16万人いるアルバイトのトレーニングはニンテンドーDSで行っているという。

アウトスタンディングについては、メガマックやマックグリドル、クオーターパウンダーなどのボリュームメニューの効果をマクドナルドらしさの例として説明している。そのための広告戦略にも大変気を使っていることがわかる。ビッグアメリカ・シリーズのハンバーガーは広告効果もあり爆発的な売り上げを記録したという。

マクドナルドのコーヒーはベストクオリティのコーヒーを低価格で提供している。しかしマクドナルドのコーヒーは他の競合店と競争するためのものではなく、あくまでビックマックを売るためのものなのだと。


常に新陳代謝

店舗の新陳代謝も積極的に実施している。2007年の店舗数は3750店余りだったが、不採算店を閉鎖し、新規に出店を重ね、2011年には3,280店になり、店舗当たりの売上高も増加している。

フランチャイズのオーナー・オペレーターは440人から200人に減った。しかしフランチャイズ比率は30%から65%まで増やし、1オーナーあたりの店舗数も増やして、キャシュフローを向上させた。


レストランはピープルビジネス

原田さんはレストランビジネスはピープルビジネスだという。コストダウンで一番大事な点は、コストを削るのではなく、同じコストで売上げを拡大することだ。”もっとお金をつかって、もっと売る提案を持ってこい”と社員には言っているという。

人材への投資は惜しみなく行う。

サービス残業訴訟があったこともあり、クルーの残業を肩代わりしていた店長に残業手当を出すようにした。しかし今はクルーを増やしているので、店長がクルーの代わりに残業するという事態はなくなり、店長の残業手当支給はほぼゼロだという。


経営理念

三木谷さんの「スピード、スピード、スピード」は有名だが、原田さんもビジネスではスピードが何よりも大事と語る。だからeクーポンに力を入れ、ニンテンドーDSを使ったマックでDSも力をいれている。

マクドナルドの経営では、成果主義を徹底し、年功序列を廃止したという。マクドナルドでは降格は決して恥ずかしいことではないという文化が生まれつつあるという。

原田さんは社員に3年以内にどういう後継者を作りますかとよく聞くという。人材のパイプラインが重要なのだ。


マクドナルドの場合は”Think Global, Act Local”

楽天などの企業はThink Global, Act Globalなのだろうが、マクドナルドの外食産業の場合は、Think Global, Act Localなどだと。だから日本語で考えて、日本語でしゃべれ。英語で考えて、英語でしゃべれ」と社員には言うという。


原田語録

講演の最後に、原田さんがいつも社員に言っている言葉が紹介されている。大変参考になるので紹介しておく。

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出典:本書101ページ


Q&Aも面白い

60ページにわたるQ&Aも面白い。印象に残った回答を箇条書きで紹介しておく。

★マネジメントはなんといってもコミュニケーションが一番大事。

★マックフライポテトは独自性のない商品のように見えるかもしれないが、あの長さでカリカリに揚げるのは大変なノウハウ。ポテトは揚げたあと7分で廃棄するという。テイクアウトしてレンジで温める人が多いのが残念だと。

★やはりチーズバーガーが一番おいしい。
(気持はわかる。筆者はダブル・クオーター・パウンダー・チーズのケチャップをスプーンで取り除いてから食べるのが一番うまいと思う)

★キャリアを自分で考えるな。キャリアとは周りからくるものと思え。

★チームのパフォーマンスを最大化するのがリーダー

★社長は職位ではない。職種であり、現場に行くのも自分の命題の発見のために行く。たとえばコーヒーのクリームとガムシロップのパッケージが同じ白で、間違えやすかったのに気づいて色分けさせたが、これは経営の課題。

★座右の銘はない。推薦書もない。

★学生時代のデパートの集金のアルバイトが役に立った。5000円の集金なら500円とりあえずもらい、毎週行って5000円回収できる。10人いれば、9人が”また来て”という答えだったという。生活設計にけじめのない人がツケで買っているということだ。

★風土はトップしか変えられない。


原田さんは最後に、「当たり前のことをちゃんとやれ」ということが、世間一般では驚くほどできていない、だから重要なのだと。あたまにスッと入る実践的経営論である。


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グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ ヒッピー代表のバンドは先進的だった

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶグレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ
著者:デイヴィッド・ミーアマン・スコット
日経BP社(2011-12-08)
販売元:Amazon.co.jp
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1960年代にサンフランシスコで生まれたロックバンド・グレイトフル・デッドは、ヒッピーカルチャーの象徴のようなバンドだった。コンサートではマリファナを吸う観客だらけで、警察も取り締まれないほどだったという。

元々ロックでもない、カントリーでもないという独自性を狙った即興演奏に特徴があるバンドだったので、コンサートでは歌詞を間違えたり、途中で止まったりして演奏の失敗があっても、ファンは許すというアットホームなコミュニティを作り上げたバンドだった。

まるでフットボールの試合前のスタジアムの駐車場のように、コンサート会場の駐車場では、あちこちでキャンピングカーでバーベキューをやっていたという。

1995年にリーダ―のジェリー・ガルシアが亡くなると、グレイトフル・デッドとしては活動を休止。残りのメンバーが「アザーワンズ」を結成して、現在は「ザ・デッド」として2009年からツアー活動を再開している。

グレートフル・デッドの熱狂的なファンの2人の著者が書いて、著者の一人デイヴィッド・ミーアマン・スコットの奥さんで、米国ボストン在住の小説家・渡辺香保里さんが翻訳した本だ。

糸井重里さんが紹介文を書いていて、糸井さんのウェブ新聞「ほぼ日」でもこの本に関する「糸井重里からデイヴィッドへの7つの質問と回答」という企画や「変わっている」という特設コーナーを設けて宣伝している。


昔から知っているバンドではあるが…

筆者は昔からグレードフル・デッドの名前は聞いたことがあるが、覚えている曲はない。YouTubeには1969年の伝説のロックコンサート・ウッドストックでのグレイトフル・デッドの演奏が収録されている。



またYouTubeには、この本の紹介ビデオも日本語字幕付きで紹介されている。



グレートフル・デッドのコンサートは録音し放題、むしろファンが自分で録音できるように、コンサート会場には録音ブースを設けるという至れり尽くせりだった。

一方、評判の良い100回ほどのライブの高音質録音版とスタジオ録音アルバムは「リマスター版」としてバンドの公式サイトで有料で販売されている。高音質のものが欲しいファンは、リマスター版をバンドから直接購入するのだ。

フリーミアム(無料で入手できるが、高音質・高画質などのプレミアムものは有料で販売)などの先進的マーケティング手法を、当時から取り入れていて、グレートフル・デッドは年間5千万ドルも収益を上げていたという。

グレートフル・デッドはチケットの販売も自ら行っていた。熱狂的なファンはバンドから直接コンサートのチケットを買うことができるので、最も良い席はバンドの一番のファンが座ることができ、ファンはバンドと一緒にコンサートを楽しむことができた。

グレートフル・デッドは、最新の技術を取り入れることにも熱心で、コンサートに最高の機器を取り入れていた。「サウンド・オブ・ウォール」という1974年に登場した音響システムは、8年間の試行錯誤の結果、35万ドルかけて55台のマッキントッシュ・アンプ(アップルのマッキントッシュではない。昔ながらの真空管アンプが有名なマッキントッシュだ)が22万6千4百ワットの電力を使うものだったという。

スピカーは600台。幾何学的な模様に組み立てて作った壁はまるで、巨大な芸術作品のようだったという。

この本ではグレイトフル・デッドの先進性を軸に、たとえば「会社のソーシャルメディア用ガイドラインを作ろう」というようなコラムもまじえ、アイデアを紹介している。


アメリカ軍人がソーシャルメディアで情報発信!

たとえば米国国防総省では、軍人がブログやツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアに参加することを禁じていたが、ほうしんを180度転換して、利用を許可した。

機密情報を含む様々な情報漏えいを恐れてソーシャルメディアという技術を制限するよりも、軍務につく人たちがソーシャルメディアを利用して同僚や誘引、家族、そして一般市民とコミュニケーションを取ることの方が重要だと気が付いたのだという。

むしろ一般企業より軍の方が先進的で、「アメリカの軍隊はグレイトフル・デッドのマーケティングの教訓を生かしている」のだと。


Yコンビネーターというベンチャー起業ファンド

Yコンビネーターという会社は、創業したばかりの会社に簡単な審査で、少額の創設資金を提供するサービスを始めている。

いままでは、ベンチャー起業家はいわゆる「ドッグ・アンド・ポニー・ショー」と呼ばれる精緻な事業計画と目論見書をつくって、大手のベンチャーキャピタリストに大がかりが説明をしなければならなかった。

しかし、Yコンビネーターは簡単なオンライン・フォームに入力すると、応募の中から将来性のありそうなベンチャーを会議に招き、即座に投資の決定を下すという。

これにより起業家は、創業資金を獲得する時間が短縮でき、よりよい製品やマーケティングと営業に時間を費やすことができるのだ。

Yコンビネーターは、1社ずつ投資するのではなく、多くの企業をまとめたバッチに対して年に2回投資する。

また投資を監視するために取締役を送り込むのではなく、大学のベンチャー経営学のようなセミナーや研修を受けさせ、2ヶ月間みっちり鍛えるという。

Yコーディネーターは、グレイトフル・デッドの音楽ジャンルのように、既存の投資家の枠にはめることが難しいという。独自の投資家カテゴリーを作り上げたのだ。


オバマはラニングメイト(副大統領候補)指名をまずオンラインで伝えた

オバマ大統領も、大統領選挙中にラニングメイト(副大統領候補)のバイデン氏の指名を、主要メディアに発表する10分前に、ツイッターでフォロワーに伝えた。

最も熱狂的なファンに優先的にコンサートチケットを販売するグレイトフル・デッドのマーケティングのように、最も重要な支持者にまず知らせたのだ。

ワシントンDCで開かれたバラク・オバマの就任祝賀会では、「ザ・デッド」が演奏したという。

グレイトフル・デッドのファンには、バラク・オバマの他に、ビル・クリントン、アル・ゴア、トニー・ブレアなどがいるという。

著者の奥さんが日本人で、翻訳するというのは珍しい。元々小説家だけに、翻訳とは思えない、スムーズな日本語で読みやすい。

ケース17のアマゾン・アソシエイト(いわゆるアフィリエイトの元祖)とアマゾンマーケット・プレースの訳を混同している部分があるが、他は全く問題ない。

「アフィリエイト」の元祖のアマゾンが「アフィリエイト」と呼ばずに「アマゾン・アソシエイト」と呼んでいることは、一般の人にはわかりにくいところだから、やむを得ないところだろう。


糸井重里の紹介文や、「ほぼ日」でのキャンペーンサイトも面白い。グレイトフル・デッドの音楽を聞いてみなければ、という気にさせる面白い本だ。


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