時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2011年12月

全貌 ウィキリークス メディアのアナーキズム登場

全貌ウィキリークス全貌ウィキリークス
著者:マルセル・ローゼンバッハ
早川書房(2011-02-10)
販売元:Amazon.co.jp
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日本のメディアにはほとんど登場しないので、最近あまり話題になっていない機密情報暴露サイトのウィキリークスについて独・シュピーゲル誌の記者が書いた本。

シュピーゲル誌は、2010年6月に米・ニューヨークタイムズ紙、英・ガーディアン紙と一緒に、ウィキリークスが9万件ものアフガニスタン戦争の戦争日誌を公開する前に、既存メディアとして情報の分析に協力するとともに、確認できた情報を自己判断でニュースとして流すことに合意した。

ウィキリークスがこれだけ広く認知された過程では、既存メディアの協力もあった。

この3誌合同のプロジェクトはKabul Recoveryというコードネームで呼ばれ、英国ガーディアン紙の本社オフィスに拠点が置かれた。ウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジと各紙の記者は4週間にわたり共同作業を続けたという。

著者のシュピーゲルの記者たちがジュリアン・アサンジに最初にあった時は、共同プロジェクトの最中で、アサンジはひげもそらず青白い顔色で数日前から着続けている服を着て、靴を履かずに靴下だけであらわれたという。


創始者ジュリアン・アサンジの経歴

ウィキリークスの創始者で唯一の決定権者のジュリアン・アサンジはオーストラリア生まれ。ヒッピーで売れない絵描きのシングルマザーに育てられた。

母親はジュリアンを育てながら、いろいろなパートナーと同棲と結婚を繰り返し、一時はカルト教団の信徒に付きまとわれたこともある。

アサンジはきちんとした教育は受けたことがなく、通った学校は37校にものぼる。しかしアサンジの知能指数は147−180だという。

アサンジは最初にコモドール64というホームコンピューターのとりことなり、あっというまにプログラミング言語をマスターし、13歳でシステムのセキュリティを破るクラッキング専門のハッカーとなった。自らを「マッド・プロフェッサー」というコードネームで呼んでいたという。

当時は電話線で回線をつなぎ、音響カップラーで通信していたという。

音響カプラ





出典:Wikipedia

音響カップラーをご存じの人は少ないと思うが、筆者は最初の米国駐在の時に(1986年〜1991年)重さ10キロくらいの携帯用のテレックスマシンを持っていた。米国内の出張のときはそれを持参して、ホテルや公衆電話からテレックスを送っていた。

当時の電話機はモジュラージャックがついていない機種もあり、そのときはこの音響カップラーを受話器にむすびつけて、受話器経由で信号を送っていたのだ。ちょうどファックス送信の時の音のような感じだ。

駐在の最後の1991年ころになるとパソコン通信が始まったが、1986年当時はまだeメールはなく、テレックスの時代だったのだ。

閑話休題。

アサンジはハッカーとしての活動について語らないが、仲間と一緒にNASAのシステムに侵入したりしていたらしい。彼らは自らを「ハックティビスト」と呼び、権力に抵抗していた。

アサンジ自身の最後の学歴はメルボルン大学数学科だ。メルボルン大学は米国陸軍から砂漠での自走車両走行の最適化のプロジェクトを受託していたという。アサンジは「殺人機械の最適化」に嫌気がさし、退学した。

その後アサンジは友人を通じ、オーストラリアの反戦運動家で現国会議員のアンドリュー・ウィルキーや、ベトナム戦争の機密文書を7,000ページを「ペンタゴン・ペーパーズ」としてリークしたダニエル・エルズバーグなどと知り合いになった。

ダニエル・エルズバーグはランド研究所員として米国国務省の依頼でベトナム戦争の分析に携わり、「ペンタゴン・ペーパーズ」の執筆者の一人でいながら、情報をリークするというまさにウィキリークスの先達となる存在だ。この「ペンタゴン・ペーパーズ」は今は情報公開法に基づき、一部が公開されている。


ウィキではない

ちなみにウィキペディアの創設者のジミー・ウェールズは、ウィキリークスを非難して、次のように語っている。

「私はウィキリークスを敬遠し、本当は彼らがこの名称を使わないようにと望んでいるほどです。『ウィキ』ですらないのですから。」

たしかに「ウィキ」(不特定多数が寄ってたかって作り上げる)ではない。筆はジミー・ウェールズの意見に賛成だ。


「コラテラル・マーダー」ビデオの公開

ウィキリークスを一躍有名にしたのは、米軍のアパッチヘリコプターが、テロリストと間違えてロイターのカメラマンと運転手を含むイラクの民間人を攻撃した事件の一切が映っているビデオだ。

コラテラルとは付随的という意味で、「コラテラル・マーダー」とは、シュワルツネッガーの「コラテラル・ダメージ」という映画を連想させる題名だ。



事件は2007年7月12日にイラクのニュー・バクダッドで起こった。

ロイターのカメラマンと運転手は小火器を使った戦闘があったというしらせで現場に直行したところ、背中のカメラを米軍のアパッチヘリコプターのパイロットに武器とみなされ、30ミリ砲の攻撃を受けたのだ。

その場にいあわせた12人全員が死亡した。助けようとやってきたミニバンも銃撃され、乗っていた子供も重傷を負った。そのビデオがウィキリークスで公開され、世界中に報道されたのだ。



このビデオは元兵士のブラドレー・マニングが、軍のワークステーションで特別に保護されたネットワークからダウンロードしてCDに焼いて持ち出し、アサンジに送ったのだ。マニングも元ハッカーだった。マニングは米陸軍当局の徹底的な捜査で、情報源として特定され、機密漏えい罪で逮捕された。


次々と公開される秘密書類

次の大スクープとなったのは前述の報道機関3社との共同で検証していた「アフガニスタン文書」だ。9万件もの戦争日誌である。

これは2010年7月に報道機関3社と一緒に公開され、現在もウィキリークスで"wardiary"として公開されている。

「アフガニスタン文書」に続き、2010年10月には39万通にものぼるイラクからの戦争報告も公開された。

戦争日誌では、テロリストから自白を得るためにイラクの警察が拷問していても、米軍は見て見ぬふりをしている事実などが明るみにでた。

そして2010年11月末に米国の外交公電25万件が公開された。1966年12月から2010年2月までの外交公電が含まれており、その中には駐在大使のざっくばらんな現地政府高官や実力者の評価などが含まれていた。

たとえばタイのタイイップ・エイドリアン首相はスイスに8つの隠し口座を持っているのではないのかといった汚職情報や、ロシアとの天然ガスの取引でベルルスコーニ首相が巨額を手にしたとか、メドベージェフ大統領は「見習い」で、プーチンが「群れのボス犬」で、「バットマン」(メドべージェフはロビン)だとかいった情報が数限りなく含まれている。

ヒラリー・クリントン長官名で大使館関係者に、国連と国連の首脳について徹底的な調査を指示しだ2009年7月の極秘扱いの公電も公開された。

あれやこれやでヒラリー・クリントン国務長官は、各国の外務大臣や政府高官に謝罪の電話をかけまくらなければならなかった。


米国政府のウィキリークス封じ込め

米国政府はウィキリークスを壊滅させることを決心した。各国政府によびかけ、様々な妨害活動を開始した。

まずはウィキリークスサイトに大量のDoS攻撃があった。ウィキリークスがアマゾンのEC2クラウドサーバーを利用しはじめると、アマゾンはすぐにサービスを打ち切った。

EveryDNSはDNSサービス提供を解約し、URLでは検索できなくなった。ウィキリークスの英国の銀行口座は閉鎖され、eBayはpaypalサービスの解約を通知、VISA、Mastercardも解約、いずれもウィキリークスへの送金を拒んだ。

これでウィキリークスへの小口献金の道はほとんど閉ざされた。ドイツの財団だけがウィキリークスへの資金援助を続けている。

こういった反ウィキリークスの動きに対して、ウィキリークスのサポーターたちは、大量ミラーリングを呼びかけ、数日のうちに1,200以上のウィキリークスのコンテンツを複製したミラーサーバーがインターネット上に誕生した。


アサンジの逮捕

アサンジにはインターポールから国際指名手配が出された。

女性二人への強姦(コンドームなしのセックス強要)の訴えがあったスウェーデンでは、2010年8月にいったん不起訴処分となっていたが、同じ容疑でインターポールから国際指名手配が出されたのだ。

アサンジはロンドンの警察署に出頭、逮捕されたが、支持者が保釈金を払って釈放された。


哲学的問題

ジャーナリストが書いた本だけに、この本の最後では、次のような哲学的問題が提起されている。

・機密文書の公開は民主主義を脅かす?

・すべての情報を公開すべきか?

・「国境なき危機の時代」における、ウィキリークスとメディアの課題。


内部告発者の末路

最後にこの本ではロバート・レッドフォード主演の「コンドル」という映画を紹介している。

CIAで書籍分析を務めるレッドフォードが演じるターナーは、ある日昼食から戻ったら、職場の同僚6名が殺害されていた。CIAが石油市場を操作するという知ってはならない事実を彼らが文書解析の仕事で洗い出してしまったのだ。

CIAの卑劣な幹部がターナーを部署もろとも抹殺しようとしたのだ。

ターナーは逃げ延びて、ニューヨークタイムズにすべてを告げるために出向く。

ターナーとCIA支局長のヒギンスの会話で終わる。

「彼ら(ニューヨークタイムズ)はすべてを知っている。なんでもやるがいい。彼らに話したんだ」

「ターナー、新聞社が記事にするなんて思っているのか?」

「記事にするさ」

「どうしてそう言える?」



ウィキリークスの概要がわかり、その存在意義について考えさせられる本である。


参考になれば次クリックお願いします。





大震災の後で人生について語るということ 日本を襲ったブラック・スワン

大震災の後で人生について語るということ大震災の後で人生について語るということ
著者:橘 玲
販売元:講談社
(2011-07-30)
販売元:Amazon.co.jp
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最新の海外投資やパーペチュアル・トラベラー(常に渡り歩いて、どの国にも税金を払わない)、サラリーマン法人など、ユニークな話題を取り上げている橘玲さんの最新作。このブログでも多くの橘さんの作品を紹介している

この本では日本で起こった二つのブラック・スワン(起きる前は誰も予想できなかったが、起こった後は誰もが”起こるべくして起こった”と見なしている「世界を変えた出来事」)として、今年の東日本大震災と1997年のアジア通貨危機を取り上げている。

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質
著者:ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社(2009-06-19)
販売元:Amazon.co.jp
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ちなみに「ブラック・スワン」という2010年度アカデミー主演女優賞を受賞したサスペンス映画もあるが、ここでいう「ブラック・スワン」とは関係ない。



東日本大震災と福島第一原子力発電所の問題は、誰にでもわかりやすいブラック・スワンの例だが、1997年のアジア通貨危機とその後の日本の金融危機(北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の破綻)は言われてみなければわからない。

日本の自殺者は1998年から1万人/年増えていて、毎年減らない。

自殺者長期推移






次が男女・年齢別の自殺者数の推移だ。1998年以降男性が大幅に増えているのに対し、女性はほとんど変化が見られない。

自殺者男性年齢別











出典:「自殺対策白書」

政府が毎年発表している「自殺白書」では、1998年から男性の45歳〜64歳の自殺率が急増し、それが毎年1万人弱という大幅な自殺者の増加の原因であることを示している。

東日本大震災での死者・行方不明者は約3万人と言われているが、1998年からの金融危機後の自殺者増加数は12年間の累計で10万人にも上り、東日本大震災を上回るインパクトである。

中高年男性が自殺を選ぶ最大の原因は経済的な理由と見られている。

典型的なパターンは、リストラなどによる失業や賃金カットで、住宅ローンや教育費が払えなくなり、消費金融から金を借りるだけでは追いつかず、闇金にも手を出す。借金取りに追い立てられて挙げ句の果てには自殺して生命保険で借金を清算するほかなくなる、という悲劇の構造だ。

この金融危機後のブラック・スワンの原因は次の日本の4大神話が崩壊したことにあると橘さんは語る。

1.不動産神話 持ち家は賃貸より得だ
2.会社神話  大きな会社に就職して定年まで勤める
3.円神話   日本人なら円資産を保有するのが安心だ
4.国家神話  定年後は年金で暮らせばよい


これらがいずれも崩壊したことに気が付かないと、ある日突然自分の資産がマイナスとなり、窮地に追い込まれることとなる。

橘さんはマイホームを買うという夢は否定しないが、年収の数倍という大きな借金を背負って金融資本のすべてを不動産に投資することは、きわめて危険な選択だという。

米国のようにノンリコース(非遡及型)なら、住宅ローンが払えなければ、家を明け渡せばよいだけだが、日本の住宅ローンは属人型なので、不動産価値が下がると、たとえ家を換金売りしてもまだ借金は残る。

サラリーマンは一定の賃金が将来とも保証されているという「サラリーマン債券」という資産を持っていると見なせるが、会社が倒産したり、リストラにあって職の安全が保証されなくなるとサラリーマン債券を失う。「サラリーマンでいることのリスク」が顕在化してきているのだ。

リストラに遭うと、中高年サラリーマンが再就職するのは至難の業で、せいぜい非正規社員にしかなれない。収入は激減し、住宅ローンや教育費が重くのしかかってくるのだ。


日本人はリスクを嫌う

「リスクに背を向ける日本人」という本で引用されている、「世界価値観調査」によると”自分は冒険やリスクを求める”のカテゴリーに当てはまらないと思っている比率は日本人が世界でも最も高い。

リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書)リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書)
著者:山岸 俊男
講談社(2010-10-16)
販売元:Amazon.co.jp
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世の中に錬金術はなく、国家財政の赤字を垂れ流し、国債を発行ばかりしていれば、人口減少・少子高齢化の日本の未来ははっきり見通せる。それは今と逆の世界で、高金利、円安、インフレだ。

日本人は元々リスクを嫌う国民で、安定した人生を送るために、偏差値の高い大学に入って大企業に就職することを目指し、住宅ローンを借りてマイホームを買い、株や外貨には手を出さずにひたすら円を貯め込み、老後の生活は国に頼ることを選んできた。

こうしたリスクを避ける伝統的な選択が、今はリスクを極大化する事になってしまう。この事態は1997年の金融危機から始まっていたが、多くの日本人は”不都合な真実”に眼をそむけ、3.11の東日本大震災ではじめて自らのリスクを目の前に突きつけられたのだと橘さんは語る。


伽藍からバザールへ

そしてこの本の結論として、橘さんは「伽藍からバザールへ」という言い方で、「出る杭は打たれる」ことを恐れ、目立つことをしない閉鎖的なネガティブゲーム社会から、自分の能力を売り物にするグローバルなポジティブゲーム社会へ生き方を変えることを提言する。

伽藍というのはあまりビジネス書では使われない言葉だが、いわば塀に囲まれた町のようなイメージだろう。

米国の労働長官も務めたUCバークレー教授・ロバート・ライシュは「ザ・ワークス・オブ・ネーションズ」で、これからの仕事は”マックジョブ”と””クリエイティブクラス”に2極化すると予言している(この表現は橘さんの用語で、元々の表現は”シンボリック・アナリスト”と”対人サービス業者”、”ルーティン肉体労働者”)。

ザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージ
著者:ロバート・B・ライシュ
ダイヤモンド社(1991-10)
販売元:Amazon.co.jp
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マックジョブはマクドナルドのアルバイトのようにマニュアルにより誰でも出来る仕事で、製造業でもサービス業でも、この種の仕事の賃金はグローバルな競争にさらされる。

その一方で医者や弁護士などの専門家、俳優やクリエイターなどのスペシャリストは専門性あるいは他の人で置き換えられない価値を持っている。


読者が目指すべき道

日本の出版業界では、ながらく本を読む人は人口の10%と言われてきたという。「出版大崩壊」という本で、著者の山田純さんは、日本のビジネス・経済書を読む人口を400万人と推定している。

出版大崩壊 (文春新書)出版大崩壊 (文春新書)
著者:山田 順
文藝春秋(2011-03-17)
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その根拠は、日本の一流大学(MARCH,関関同立など)の卒業生は年間15〜20万人で、その人たちが40年間にわたって本を読むとして800万人。ビジネス書の読者は圧倒的に男性だから、その半分の400万人がビジネス・経済書の読者というものだ。

この本の読者はすでにその400万人の日本の知識層のうちの一人なので、転職や独立を意識しつつ、スペシャリストとして競合他社や他の業種でも評価してもらえる実績をつくることが重要だと橘さんは説く。

サラリーマン法人など前作「貧乏はお金持ち」で紹介したような(筆者はちょっとありえないと思うが)サラリーマンのフリーエージェント化の可能性もある。

貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する
著者:橘 玲
講談社(2009-06-04)
販売元:Amazon.co.jp
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これが人的資本の伸ばし方の一例で、金融資本の伸ばし方(投資)については、インフレに強い投資(金EFTや商品EFTなど)、FX(ハイリスクなので筆者はお勧めしない)、世界株投資(ACWI=All Country World Index EFTやVT(Vanguard Total World Stock EFT)などを紹介している。

個人のバランスシートは4つの神話に基づいたものから、次のような新しいポートフォリオに変わるのだ。

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出典:本書

最後に橘さんは、東日本大震災の日にあてもなく街をさまよった自らの経験を語り、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」の「最もよき人々は帰ってこなかった」という一節を引用している。

夜と霧 新版夜と霧 新版
著者:ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房(2002-11-06)
販売元:Amazon.co.jp
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そして”カポー”(ユダヤ人のナチス協力者)は、暖房の効いた部屋で津波に押し流される家を見ていた自分だったと語る。

橘さんは地震の後、ショックを受け茫然自失に陥った。自分の本はいままで絵空事を書いてきただけではないかと悩んだ。しかしそうであれば絵空事を書くことに徹しようというということで、この本を2週間で書き上げたという。

地震で評価を挙げた経済人は、100億円を寄付したソフトバンクの孫さんや10億円を寄付した楽天の三木谷さんユニクロの柳井さんなどベンチャー企業経営者で、バザールの住人たちだった。大企業はほとんど存在感を発揮できなかった。

筆者自身の話となるが、筆者はいままで橘さんのいう「伽藍世界」の価値観で生きてきた。一流大学を卒業し、大企業に就職して、25年ローンで東京の郊外に一戸建てを買った。18年前に購入したマイホームは、住みやすく問題はない。しかし最初の米国駐在から帰ったバブル直後に購入したこともあり、マイホームの価値は買ってから半減した。

筆者がマイホームを購入したのは、会社の先輩の「年を取るとローンが借りられなくなる」というアドバイスがきっかけだ。橘さんの「サラリーマン債券」という発想そのものである。バブルの後で不動産市況は下落していたが、逆に非常にクオリティの高い住宅が以前より安く買えるようになったことが、現在の家を購入した理由だが、結局マイホーム投資では数千万円という資産価値の下落を経験した。

さいわいまだ個人バランスシート上は債務超過にはなっていなし、払い終えるめどはほぼついてきたが、あやうく債務超過に陥るところだった。

日本が少子高齢化・人口減少化社会に向かうことから考えても、年収の数倍のローンを抱えてマイホームを購入することは、今後は大きなリスクとなることは間違いない。橘さんの説く方向性は間違っていないと思う。なんらかの技能や資格を持ち”つぶしが効く”存在となり、家は極力賃貸することだ。

橘さん自身が書いているように、この本はこれまでの本と同じ路線で、あまり新規性はないが、これまで述べてきた主張を本にまとめて、日本をおそったブラック・スワンに対して日本人への警鐘を鳴らす本である。

この人は本当に文章がうまい。いつもながらテンポがよく、読みやすい本である。


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田中角栄 封じられた資源戦略 日本の原子力・エネルギー戦略の基礎は田中角栄がつくった

田中角栄 封じられた資源戦略田中角栄 封じられた資源戦略
著者:山岡淳一郎
草思社(2009-10-22)
販売元:Amazon.co.jp
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故・田中角栄元総理を中心とした日本の資源外交についての本。

1973年に第四次中東戦争を契機とするオイルショックが起こり、米国やロスチャイルド、ロックフェラーなどの国際財閥が日本を抑えつけようとしたにもかかわらず、日本は田中角栄の強いリーダーシップで独自の資源外交を展開した。

田中角栄が日本の原子力・エネルギー戦略の基礎をつくったのだ。

もっとも田中角栄といっても、若い人にはピンとこないかもしれない。田中眞紀子元外相のお父さんといった方がよいのかもしれない。

中学卒の苦労人ながら、政治センスと戦略的判断はバツグン。土木業界出身なので「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれていた。

ちなみにこの本の表紙の写真で、田中角栄の後ろに座って横を向いているのが、若き日の小沢一郎だ。

田中角栄について詳しく知りたい人には次の本を紹介しておく。マンガが多く、簡単に読めると思う。

知識ゼロからの田中角栄入門知識ゼロからの田中角栄入門
幻冬舎(2009-03)
販売元:Amazon.co.jp
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東電の原発事故が起こったこともあり、日本の原子力政策や資源政策がどのような経緯で現在に至っているかを知るために読んでみた。


アイゼンハワーのアトムズ・フォー・ピース

原子力研究は当初、第2次世界大戦中のアメリカの「マンハッタン計画」で、広島・長崎に落とされた原子爆弾をつくるために進められ、第2次世界大戦直後の東西冷戦時代には原子爆弾より強力な水素爆弾も開発された。

原爆や水爆開発に利用されていた原子力をアメリカのアイゼンハワー大統領が「アトムズ・フォー・ピース」(原子力の平和利用)を呼びかけ、これを受けて全世界に原子力発電所や核関連施設が続々建設された。

これに伴い、原子炉メーカー、核燃料濃縮事業、核燃料再処理事業、ウラン資源確保などの分野で各国の企業が政界を巻き込んで激しい競争が繰り広げ、買収・汚職・リベートなどの工作資金も使うという事態が各国で起こっていた。

日本もこの流れに乗って原子力発電を推進した。日本の原子力政策の基礎をつくったのが田中角栄だった。

日本は戦前から理化学研究所の仁科研究室で、サイクロトロンをつくって核融合を研究していたが、敗戦後進駐軍にサイクロトロンを東京湾に投棄させられ、一旦日本の原子力研究には幕が引かれた。

田中角栄は新潟から15歳で出てきて、一時理化学研究所で働いた。理化学研究所総帥の大河内正敏氏にかわいがられたという。原子力研究とは元から縁があったのだ。

アイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォー・ピース」政策を受け、日本では読売グループの総帥・正力松太郎がイギリスの原子炉技術を推す。いわゆる「大・正力」と呼ばれる人で、政界入りして総理大臣を狙うという野望を抱いていた。

ちなみに正力から当時若手政治家の中曽根康弘の相手役として指名されたのがナベツネ、渡邉恒雄だったという。

この当時CIAが日本の政治家に秘密資金を提供していたことが、最近公開されたアメリカ政府内部資料でわかっている。結果として日本は英国製原子炉でなくアメリカから軽水炉原子炉技術を買うことになった。

福島型原発のBWR(沸騰水型)と、関西電力などのPWR(加圧水型)はいずれもアメリカの技術で開発された軽水炉だ。

フランスはアメリカ・イギリスと距離を取り、独自の原子力利用技術を磨いた。ドイツはKWUという原子炉メーカーがあったが、現在はシーメンスの一部門となり、フランスのアルバと協力している。

ちなみに筆者の住んでいたアルゼンチンの原子炉はこのKWU製で、たしかイスラエルが完成前に爆撃したイラクの原子炉を建設していたのもKWUだったと思う。


オイルショックと日本の資源政策

田中角栄の首相在任は1972年7月から1974年12月まで。わずか2年半の在任期間だったが、この間の1973年10月に第4次中東戦争が勃発。アラブ諸国が親イスラエル国には石油を売らないという政策に転じたことから、第一次オイルショックが起こるという激動の時代だった。

オイルショックが日本の資源政策に大きな影響を与えた。この本では石油確保のために次のような政策を打ち出したことが書かれている。

★親イスラエルと見なされないために、アメリカの圧力にもかかわらずアラブ諸国に必死でアプローチした
★インドネシア石油の新しい輸入ルートをつくった
★最初の「日の丸油田」として日本アラビア石油がカフジ油田を開発した
★北海油田開発にも参加した。出てきた原油は欧州で販売し、代わりにアジアで原油を受け取るスワップ取引を進めた
★ロシアのチュメニ油田の開発交渉
★日本全体のエネルギーに占める原子力発電の比率を上げた



日本の原子力発電

原子力発電では1976年のアメリカ・スリーマイル島の原発事故以来、アメリカでは原子炉は一基も新設できなくなった。新規の原子炉建設は、日本などがメインになった。

1986年のチェルノブイリ原発事故からは、ヨーロッパでも新規の原子力発電所建設がほぼストップしたので、原子力発電比率が世界一高いフランスを除いて欧州企業は、原子力ビジネスから次第に撤退していったが、日本は国策としてCO2排出量が少ない原子力発電の比率をむしろ上げる方向だった。

そのために必要なのがウラン資源の確保だ。

田中首相の時代にフランスと濃縮ウランの委託加工を決定する。当時の朝日新聞の記事がこの本で引用されているので、紹介しておく。

「日本がフランスに濃縮ウランの委託加工を依存することは、米国の『核支配』をくつがえすことをねらったフランスの原子力政策を一段と推進するばかりか、米国の核燃料独占供給体制の一角が崩れることを意味し、世界的に与える影響は極めて大きい」

原出典:朝日新聞 1973年9月28日付

田中首相と当時のポンピドー大統領はパリで会談し、ポンピドー大統領は「モナリザ」の日本貸出を申し出、田中首相を喜ばせたという。田中首相は「これが本当のトップ商談というものだよ」と語っていたという。

田中首相は他にもオーストラリアやブラジルでのウラン資源開発、カナダからのウラン鉱の輸入を積極的に推し進めた。


アメリカの圧力

当時のアメリカ大統領はフォードで、国務長官はキッシンジャーだった、フォード政権は田中首相の独自資源外交を好ましくないと思っており、1973年に行われたフォード・田中会談は予定時間の半分のわずか1時間で切り上げられた。

田中首相は米国の冷淡な態度に圧力を感じたが、逆にいかに脅されても資源外交に突き進もうと覚悟を決めた。


首相退陣とロッキード事件

1974年10月号の文藝春秋に掲載された立花隆の「田中角栄研究」が田中金脈問題を告発し、1974年12月に内閣総辞職に追い込まれた。

田中角栄研究―全記録 (上) (講談社文庫)田中角栄研究―全記録 (上) (講談社文庫)
著者:立花 隆
講談社(1982-08)
販売元:Amazon.co.jp
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1976年には米国でロッキード社が日本でもワイロ工作をしていることを暴露、田中角栄は全日空がロッキード・トライスター機を購入したときの口利きで、5億円を受け取ったとして受託収賄罪で逮捕される。ロッキード事件だ。

その後田中角栄は政界のキングメーカーとして隠然たる影響力を持ち続ける。首相在任中から高血圧に悩まされており、次第に政治力は衰え、1993年12月に75歳で死去する。ロッキード事件の収賄罪は結局最高裁まで争ったが、被告人死亡のため棄却された。


毀誉褒貶は激しいが、偉大な政治家

毀誉褒貶は激しいが、田中角栄が偉大な政治家であることは間違いない。田中角栄に比べれば、今の政治家は本当に小粒に思える。田中角栄の功績のいくつかを紹介しておく。

★通産大臣に就任してすぐにアメリカとの繊維交渉にあたり、それまで3年間かかっても決着していなかった交渉を、佐藤首相に直談判して「繊維は任せた」と言質を取った。交渉をまとめるため繊維業界の損失補償に2,000億円の予算を大蔵省に了承させた。

大蔵省との交渉に向かう通産官僚に持たせた名刺には「徳田博美主計官殿 繊維問題解決のため2000億円ご用立て、よろしく、頼む。田中角栄」と書いてあったという。就任わずか2−3ヶ月で対米交渉を決着させ、大蔵省の主計官に直接話をつける大臣に通産官僚は意気に感じたという。

★1972年2月に日本の頭ごなしでニクソンが訪中した。田中角栄は首相就任後すぐ1972年9月に訪中し、周恩来首相と国交回復交渉にあたった。日本軍の残虐行為を具体的に指摘する周恩来首相との交渉は、何度も決裂しそうになったが、田中首相はジョークで切り抜けたという。

「私も陸軍二等兵として、中国大陸に来ました。いろいろ大変な迷惑をおかけしたかもしれません。しかし、私の鉄砲は北(ソ連)を向いていましたよ」

当時中ソ関係は冷え切っていた。これで周恩来はそれ以上追求するのをやめたという。

条約文の交渉では、周恩来が条文にこだわる高島条約局長を「法匪」(ほうひ)と呼ぶなど、膠着状態に陥りそうになったが、毛沢東が急遽田中首相との会見を入れ、「もうケンカはすみましたか。ケンカをしないとダメですよ」と水を向けた。中国側も折り合い日中共同声明が成立し、国交が復活した。

周恩来は帰国する田中首相を特別機のタラップの下まで見送りに来た。

アメリカはニクソンが1972年2月に訪中して日本の先を越すが、台湾ロビーの巻き返しで、中国と正式に国交回復したのは1979年のカーター大統領の時だ。日本の国交回復のすばやさが光る。

★1956年の日ソ国交回復時の鳩山総理以来はじめて、総理として1973年にソ連を訪問し、当時のブレジネフ書記長と会談し、「領土問題が未解決」なことを確認する。

ただしブレジネフは「諸問題」と複数形にして欲しいと言ってきたので、日ソ共同声明にはその通り記載された。

山岡さんは、環境エネルギー政策研究所の飯田所長の「日本版グリーン革命で経済・雇用と立て直す」から引用して、日本でグリーンエネルギー利用が進まない原因として「電力幕藩体制」が自然エネルギー利用を阻んでいると指摘する。

日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す (新書y)日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す (新書y)
著者:飯田 哲也
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「田中角栄がもし生きていたら、エネルギー供給源を多角化し、「持たざる国」日本の危機を回避するためにグリーン・ニューディールに突っ走った、と想像する自由は残しておこう」というのが山岡さんの結びの言葉だ。

タイトルから想像して、アメリカからの各種の妨害工作やサボタージュで、田中角栄が主導する多角的資源確保戦略が邪魔されたという内容だと思って読んだが、アメリカの圧力の部分はあまり書いていない。

ちなみに別ブログで紹介した元特捜検事の田中森一さんは「反転」の中で、「ロッキード事件アメリカ側からの仕掛けという説も根強いが、うなずける面もある」と語っている。

「田中角栄は、ソ連への経済援助やシベリア共同開発、中国との国交回復など、従来のアメリカ一辺倒から、よりグローバルな国際外交戦略に転じようとしていたので、日本を属国とみるアメリカの怒りをかったのではないか。

現にアメリカの異常ともいえる捜査への協力は、田中政権つぶしの意思をあからさまに示していたのではないか。」

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)
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福島原子力発電所事故以来、日本のエネルギー政策は抜本的な見直しが必要となってきている。そのためには田中角栄のような使命感を持った馬力のある政治家が必要なのだが、今の政治家には誰一人として適任者は見あたらない。

現在メインテナンス休止中の原子炉はすべて再稼働が延期されており、日本の原子力政策はヘッドレスチキン状態にある。このままでは日本全国で電力不足という事態となりかねない。

先日紹介した原子炉廃止論を言い続ける広瀬隆さんは、日本には原発は必要ないと言うが、筆者はそうは思わない。

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著者:広瀬 隆
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基地問題と同様に、NIMBY(Not In My Back Yard=総論賛成、ただし自分の町には来ないで欲しい)という問題はあるが、地球温暖化の最も有効な解決策として、日本に原子力発電は必要だ。原発がある自治体も原発受入による雇用拡大と金銭的メリットがあるので今まで受け入れているわけだ。

いままで日本では廃炉の実例は少ないが、米国ではすでに筆者がピッツバーグに駐在していた時から廃炉は進められている。ちなみに筆者の駐在したピッツバーグ郊外にはアメリカで最初の原発のシッピングポート原発があり、この一号機は15年ほど前に廃炉になった。

日本でもこれからは廃炉と新規建設で新陳代謝を図ることになると思う。日本のエネルギー戦略を見直す意味でこの本は参考になった。


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