ザイニチ魂!―三つのルーツを感じて生きる (NHK出版新書 337)
著者:鄭 大世
NHK出版(2011-01-06)
販売元:Amazon.co.jp
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4年間在籍した川崎フロンターレから、昨年ドイツ2部リーグのボーフム(Bochum)に移籍したザイニチ3世・鄭 大世(チョン・テセ)の本。
チョン・テセはオフィシャル・ブログも持っており、ドイツでの生活やボーフムでの試合結果などが載っている。
書店で目立つところにあったので買ってみた。
この本を読んだ後で、「壁を壊す!」というブックレットが岩波書店より出ているので、こちらも参考までに読んでみた。「壁を壊す!」は「ザイニチ魂!」の内容と基本的に一緒で、2010年7月に早稲田大学のアジア太平洋研究センターで行われたチョン・テセの講演をまとめたものである。
壁を壊す!! サッカー・ワールドカップ北朝鮮代表として (岩波ブックレット)
著者:鄭 大世
岩波書店(2010-12-09)
販売元:Amazon.co.jp
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チョン・テセの所属するボーフムはかつて小野伸二も在籍したことのあるクラブで、現在はブンデスリーガの2部の首位にいる。
筆者はボーフムに行ったことがある。といってもサッカーを見に行ったのではなく、ボーフムにある取引先のオフィスに行ったのだ。
ボーフムにはドイツの重工コングロマリット・クルップの特殊鋼部門の本社があり(現在は同じ重工コングロマリットのティッセンと合併して、ティッセンクルップという会社になっている)、昔担当していた鉄鋼原料の関係で訪問したのだ。
ボーフムはデュッセルドルフの郊外にあり、ライン工業地帯の中心地の一つだ。
出典:Wikipedia
ボーフムの隣には香川真司が所属するドルトムントや、内田篤人が所属するシャルケ(ゲルゼン・キルヘン)もあり、チョン・テセは香川とよく食事するという。
チョン・テセは読売新聞で「一騎当千」というコーナーを半年ほど書いたり、サッカー雑誌にコラムを書いている。スポーツ選手が書いた本にしては読みやすく、文才があると思う。
この本ではチョン・テセの生い立ちから、幼稚園(河合塾ドルトンスクール名古屋校)、愛知朝鮮第二初級学校、東春朝鮮中級学校、愛知朝鮮高級学校、東京都小平市にある朝鮮大学校での生活、プロとして4年間在籍した川崎フロンターレの生活、そして北朝鮮代表として2008年の東アジア選手権、ワールドカップ予選、2010年のワールドカップ南アフリカ大会のことを書いている。
チョン・テセは身長181センチ、体重81キロというサッカー選手にしては、がっちりした体格をしている。サッカーもさることながら、ヒップホップをやりたいがために筋肉をつけたウェイトトレーニングの賜だとという。
フィジカル面が強いので、日本では「人間ブルドーザー」、韓国では「人民ルーニー」と呼ばれていた。
チョン・テセの憧れはコートジボアール代表のドログバだったが、実際にワールドカップで直接対決して、「レベルが違う、これが世界一か、人間技ではない、人間のがたいではない」という驚きばかりだったという。
ドログバは噂通りの怪物で、当たりの激しいイングランド・プレミアリーグのフィジカルサッカーで勝ち抜くためには、こうならなければならないのかと、ため息が出る思いだったという。
それで目標をドログバからルーニーに変えたのだ。
チョン・テセの目標は次の4つだ。
1.ボーフムをブンデスリーガの1部に昇格させること
2.2−3年後にはイングランドのプレミアリーグに進出すること
3.UEFAチャンピオンズリーグで優勝すること
4.2014年ブラジルワールドカップに出場して1勝以上すること
チョン・テセは現在26歳。ボーフムでは先発のポジションを確保しているが、それでも90分間フル出場は少ない。
チョン・テセのお父さんは在日2世で、国籍は韓国、お母さんも在日2世で国籍は北朝鮮。
もともとチョン・テセの国籍は父系主義で韓国だったが、学校も朝鮮系だし、修学旅行も北朝鮮に行っており、サッカーの代表も北朝鮮代表になるのが当然と思っていたという。
朝鮮大学2年生の時に代表召集の話が来たが、国籍が韓国だったので、参加できずショックを受けた。チョン・テセのお母さんは、韓国籍のお父さんと結婚したことすら悔やんでいたという。
当時から日本代表や韓国代表を目ざすという選択肢はなかった。
朝鮮大学から2006年にJ1の川崎フロンターレに在日として初めて入団。お母さんは泣いて喜び、お父さんも応援してくれたという。
フロンターレでは関塚監督に育てられた。
フロンターレではレギュラーの境目をウロウロしていた2007年6月にチョン・テセは北朝鮮代表になった。
チョン・テセの支援者がFIFAに「在日」の歴史的背景と具体例を示し、照会したところ、北朝鮮のパスポートを持っていれば良いということになった。北朝鮮当局や韓国大使館にねばり強く働きかけて、北朝鮮のパスポートが発給され、晴れて北朝鮮代表になったという。
北朝鮮代表として東アジア選手権予選で、1試合4得点など、3試合で8点を決め、大会の得点王になった。
帰国してからも北朝鮮代表としてなめられてはいけないという思いが強く、練習にも試合にも気を抜くことがなくなり、フロンターレでもレギュラーとなった。
2008年2月に中国・重慶で開催された東アジア選手権本番では、優勝した日本とも対戦し、チョン・テセのゴールで1:1で引き分けている。チョン・テセは韓国戦でゴールを決め、北朝鮮は1:1で引き分けたが、中国戦で1:3で負け、結局優勝を逃している。
チョン・テセは2008年から始まったワールドカップ予選で、チームから浮いてしまい、他の選手からチョン・テセは要らないと監督に進言されてしまったという。
チョン・テセはふてくされていたが、高校の恩師から「自分のルーツを思い出せ」とアドバイスされ、気持ちを入れ替えて代表の試合に臨んだ。北朝鮮は死のグループという韓国、サウジ、イラン、北朝鮮のグループBを韓国と共に勝ち抜いてワールドカップ本戦に出場する。
ワールドカップ本戦ではブラジル、ポルトガル、コートジボアールと同じ組になり、北朝鮮は結局全敗で予選で姿を消す。チョン・テセもブラジル戦での1アシストのみで、得点はゼロだった。ブラジルとは1:2で善戦したが、ポルトガル選では0:7,コートジボアール戦では0:3で負けた。
ワールドカップではカカ、ロビーニョ、クリスティアーノ・ロナウド、ゾコラのユニフォームを手に入れたという。
今後は前記の4つの目標達成のため活躍し、「世界のチョン・テセ」、「世界のザイニチ」として認知されるように貢献したいと結んでいる。
一番知りたい北朝鮮のことは余り書いてない
この本で一番知りたかったのは、チョン・テセがなぜ北朝鮮代表を選んだのか、北朝鮮代表の生活、北朝鮮の民衆の生活はどうなのかという点だが、残念ながらこの本ではあまり詳しく書いていない。
北朝鮮代表を選んだ理由も、日本代表や韓国代表は元々考慮に入れていなかったということであまりはっきりしない。
北朝鮮国籍のお母さんの影響で朝鮮系の学校に行って、教育も朝鮮系の教育を受けてきたので、正式な国籍は韓国でも祖国は北朝鮮と思っていたのだろうと思う。
北朝鮮代表の生活については、ごく断片的な情報しか載っていない。たとえばユニフォームは自分で洗濯しなければならないとか、ユニフォームの質が悪く番号がすぐ取れる、試合用のユニフォームを着て練習するとかだ。
プロがないので、選手達は1年中一緒に生活し、いわゆるステートアマだ。練習は同じパターンの繰り返しで単調だという。
戦い方は超守備的サッカーで、チョン・テセが下がったら10バックになってしまうほどの守備体系だったという。
北朝鮮の選手たちは、純粋で、多くの情報を知らないために、好奇心が旺盛だという。派閥意識もなく、人間的に素晴らしいと。ロシアリーグで活躍するホン・ヨンジョを中心にまとまっているという。
しかしチョン・テセは他の北朝鮮選手とはあまりつきあいがなく、合宿では一人でいることが多いという。やはりザイニチとしては、中に入って行きにくいのだろう。
「壁を壊す!」も含めて北朝鮮のことが余り書いていないのが残念だが、読み物としては面白い。チョン・テセは文才もある。楽しく読めた本だった。
参考になれば次クリック願う。
著者:鄭 大世
NHK出版(2011-01-06)
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4年間在籍した川崎フロンターレから、昨年ドイツ2部リーグのボーフム(Bochum)に移籍したザイニチ3世・鄭 大世(チョン・テセ)の本。
チョン・テセはオフィシャル・ブログも持っており、ドイツでの生活やボーフムでの試合結果などが載っている。
書店で目立つところにあったので買ってみた。
この本を読んだ後で、「壁を壊す!」というブックレットが岩波書店より出ているので、こちらも参考までに読んでみた。「壁を壊す!」は「ザイニチ魂!」の内容と基本的に一緒で、2010年7月に早稲田大学のアジア太平洋研究センターで行われたチョン・テセの講演をまとめたものである。
壁を壊す!! サッカー・ワールドカップ北朝鮮代表として (岩波ブックレット)
著者:鄭 大世
岩波書店(2010-12-09)
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チョン・テセの所属するボーフムはかつて小野伸二も在籍したことのあるクラブで、現在はブンデスリーガの2部の首位にいる。
筆者はボーフムに行ったことがある。といってもサッカーを見に行ったのではなく、ボーフムにある取引先のオフィスに行ったのだ。
ボーフムにはドイツの重工コングロマリット・クルップの特殊鋼部門の本社があり(現在は同じ重工コングロマリットのティッセンと合併して、ティッセンクルップという会社になっている)、昔担当していた鉄鋼原料の関係で訪問したのだ。
ボーフムはデュッセルドルフの郊外にあり、ライン工業地帯の中心地の一つだ。
出典:Wikipedia
ボーフムの隣には香川真司が所属するドルトムントや、内田篤人が所属するシャルケ(ゲルゼン・キルヘン)もあり、チョン・テセは香川とよく食事するという。
チョン・テセは読売新聞で「一騎当千」というコーナーを半年ほど書いたり、サッカー雑誌にコラムを書いている。スポーツ選手が書いた本にしては読みやすく、文才があると思う。
この本ではチョン・テセの生い立ちから、幼稚園(河合塾ドルトンスクール名古屋校)、愛知朝鮮第二初級学校、東春朝鮮中級学校、愛知朝鮮高級学校、東京都小平市にある朝鮮大学校での生活、プロとして4年間在籍した川崎フロンターレの生活、そして北朝鮮代表として2008年の東アジア選手権、ワールドカップ予選、2010年のワールドカップ南アフリカ大会のことを書いている。
チョン・テセは身長181センチ、体重81キロというサッカー選手にしては、がっちりした体格をしている。サッカーもさることながら、ヒップホップをやりたいがために筋肉をつけたウェイトトレーニングの賜だとという。
フィジカル面が強いので、日本では「人間ブルドーザー」、韓国では「人民ルーニー」と呼ばれていた。
チョン・テセの憧れはコートジボアール代表のドログバだったが、実際にワールドカップで直接対決して、「レベルが違う、これが世界一か、人間技ではない、人間のがたいではない」という驚きばかりだったという。
ドログバは噂通りの怪物で、当たりの激しいイングランド・プレミアリーグのフィジカルサッカーで勝ち抜くためには、こうならなければならないのかと、ため息が出る思いだったという。
それで目標をドログバからルーニーに変えたのだ。
チョン・テセの目標は次の4つだ。
1.ボーフムをブンデスリーガの1部に昇格させること
2.2−3年後にはイングランドのプレミアリーグに進出すること
3.UEFAチャンピオンズリーグで優勝すること
4.2014年ブラジルワールドカップに出場して1勝以上すること
チョン・テセは現在26歳。ボーフムでは先発のポジションを確保しているが、それでも90分間フル出場は少ない。
チョン・テセのお父さんは在日2世で、国籍は韓国、お母さんも在日2世で国籍は北朝鮮。
もともとチョン・テセの国籍は父系主義で韓国だったが、学校も朝鮮系だし、修学旅行も北朝鮮に行っており、サッカーの代表も北朝鮮代表になるのが当然と思っていたという。
朝鮮大学2年生の時に代表召集の話が来たが、国籍が韓国だったので、参加できずショックを受けた。チョン・テセのお母さんは、韓国籍のお父さんと結婚したことすら悔やんでいたという。
当時から日本代表や韓国代表を目ざすという選択肢はなかった。
朝鮮大学から2006年にJ1の川崎フロンターレに在日として初めて入団。お母さんは泣いて喜び、お父さんも応援してくれたという。
フロンターレでは関塚監督に育てられた。
フロンターレではレギュラーの境目をウロウロしていた2007年6月にチョン・テセは北朝鮮代表になった。
チョン・テセの支援者がFIFAに「在日」の歴史的背景と具体例を示し、照会したところ、北朝鮮のパスポートを持っていれば良いということになった。北朝鮮当局や韓国大使館にねばり強く働きかけて、北朝鮮のパスポートが発給され、晴れて北朝鮮代表になったという。
北朝鮮代表として東アジア選手権予選で、1試合4得点など、3試合で8点を決め、大会の得点王になった。
帰国してからも北朝鮮代表としてなめられてはいけないという思いが強く、練習にも試合にも気を抜くことがなくなり、フロンターレでもレギュラーとなった。
2008年2月に中国・重慶で開催された東アジア選手権本番では、優勝した日本とも対戦し、チョン・テセのゴールで1:1で引き分けている。チョン・テセは韓国戦でゴールを決め、北朝鮮は1:1で引き分けたが、中国戦で1:3で負け、結局優勝を逃している。
チョン・テセは2008年から始まったワールドカップ予選で、チームから浮いてしまい、他の選手からチョン・テセは要らないと監督に進言されてしまったという。
チョン・テセはふてくされていたが、高校の恩師から「自分のルーツを思い出せ」とアドバイスされ、気持ちを入れ替えて代表の試合に臨んだ。北朝鮮は死のグループという韓国、サウジ、イラン、北朝鮮のグループBを韓国と共に勝ち抜いてワールドカップ本戦に出場する。
ワールドカップ本戦ではブラジル、ポルトガル、コートジボアールと同じ組になり、北朝鮮は結局全敗で予選で姿を消す。チョン・テセもブラジル戦での1アシストのみで、得点はゼロだった。ブラジルとは1:2で善戦したが、ポルトガル選では0:7,コートジボアール戦では0:3で負けた。
ワールドカップではカカ、ロビーニョ、クリスティアーノ・ロナウド、ゾコラのユニフォームを手に入れたという。
今後は前記の4つの目標達成のため活躍し、「世界のチョン・テセ」、「世界のザイニチ」として認知されるように貢献したいと結んでいる。
一番知りたい北朝鮮のことは余り書いてない
この本で一番知りたかったのは、チョン・テセがなぜ北朝鮮代表を選んだのか、北朝鮮代表の生活、北朝鮮の民衆の生活はどうなのかという点だが、残念ながらこの本ではあまり詳しく書いていない。
北朝鮮代表を選んだ理由も、日本代表や韓国代表は元々考慮に入れていなかったということであまりはっきりしない。
北朝鮮国籍のお母さんの影響で朝鮮系の学校に行って、教育も朝鮮系の教育を受けてきたので、正式な国籍は韓国でも祖国は北朝鮮と思っていたのだろうと思う。
北朝鮮代表の生活については、ごく断片的な情報しか載っていない。たとえばユニフォームは自分で洗濯しなければならないとか、ユニフォームの質が悪く番号がすぐ取れる、試合用のユニフォームを着て練習するとかだ。
プロがないので、選手達は1年中一緒に生活し、いわゆるステートアマだ。練習は同じパターンの繰り返しで単調だという。
戦い方は超守備的サッカーで、チョン・テセが下がったら10バックになってしまうほどの守備体系だったという。
北朝鮮の選手たちは、純粋で、多くの情報を知らないために、好奇心が旺盛だという。派閥意識もなく、人間的に素晴らしいと。ロシアリーグで活躍するホン・ヨンジョを中心にまとまっているという。
しかしチョン・テセは他の北朝鮮選手とはあまりつきあいがなく、合宿では一人でいることが多いという。やはりザイニチとしては、中に入って行きにくいのだろう。
「壁を壊す!」も含めて北朝鮮のことが余り書いていないのが残念だが、読み物としては面白い。チョン・テセは文才もある。楽しく読めた本だった。
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