時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2009年09月

ビル・ゲイツの面接試験 50ある州のうち、一つだけ除いていいとしたら、どれにしますか?

9月22日から別ブログで「アメリカの50ある州のうち、一つだけ除いていいとしたら、どれにしますか?」というキーワードで検索しての訪問者が急増した。

たぶんテレビ番組などで取り上げられたからだと思うが、長い文章での検索者が多いので、びっくりした。

その検索でヒットする「ビル・ゲイツの面接問題」のあらすじを紹介する。答えは続きを読むに書いておいたので、まずは答えを見ないで挑戦してほしい。

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?
著者:ウィリアム パウンドストーン
販売元:青土社
発売日:2003-06-15
おすすめ度:3.5
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「囚人のジレンマ」とか「天才数学者はこう賭ける」などの数学や科学にまつわる話題をわかりやすく紹介しているウィリアム・パウンドストーン氏の著書。ピューリッツァー賞受賞者でもある。

この本はわかりやすいが、「天才数学者はこう賭ける」という本を友人(数学科出身)の紹介で読んでみたが、よくわからなかった。

最近いろいろなクイズ問題がニンテンドーDS向けに売り出されているが、マイクロソフトなどの会社で入社問題として出されたクイズや論理パズル、ひっかけ問題、さらに禅問答の「公案」のような問題を紹介している。

ちょうどオーディオブックで夏目漱石の「門」を読んだ(聞いた?)ところだったので、「公案」の例もあり、面白く読めた。

ちなみに夏目漱石の「門」にでてくる公案は次のようなものだ。

「まあ何から入っても同じであるが」と老師は宗助に向って云った。「父母未生(ふぼみしょう)以前(いぜん)本来(ほんらい)の面目(めんもく)は何(なん)だか、それを一つ考えて見たら善(よ)かろう」

門 (新潮文庫)門 (新潮文庫)
著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
発売日:1948-11
おすすめ度:4.0
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いまだに考えてもわからない。禅問答の公案に詳しいブログを見つけたので、興味があれば見て頂きたい。


採用試験のポイントは、「頭が良くてしかも何かする人」を選ぶために、「頭は良くても何も出来ない人」と「何かはするが頭は良くない人」を識別することだと元マイクソフトの採用担当者は語る。

「頭が良くなくて何もしない人」は識別しやすいので問題にならないという。

問題のいくつかのパターンを紹介しておく。


クイズ

この本で最初に出てくる問題は1957年にトランジスタの父と呼ばれるウィリアム・ショックレーが出した問題だという。

「テニストーナメントがあって、127人の選手が参加しました。126人で63試合分を組み合わせ、一人は不戦勝でした。2回戦では64人が32試合をします。優勝が決まるまで、全部で何試合することになるでしょうか」

答えは126試合だ。

選手が一人敗退するのに1試合必要で、勝者が一人残るためには126人が敗退しなければならないからだと。

有名な問題は次のようなものがある。

「ロシアンルーレットをやってみましょう。6発の弾倉の中に2発弾丸を隣り合わせで入れます。最初は引き金を引くとカチッと音がしてセーフでした。2度目は弾倉を回した方がよいでしょうか、それともそのまま続けた方が良いでしょうか?」

答えはそのまま続けた方が良いだ。

そのまま続けると、セーフの確率は3/4,つまり4つの空の弾倉の内1つだけが弾の入っている弾倉と隣り合わせになっているからだ。しかし回すとまた2/3の確率に戻ってしまう。

3/4>2/3なので、そのまま続けた方が良いのだ。


ひっかけ問題

ひっかけ問題は、次のようなものだ。

1.「太陽は必ず東から出てくるでしょうか?」

2.「マッチ棒が6本あります。それを使って4つの正三角形ができるように並べて下さい。折ったり曲げたりしてはダメです。」

1.は北極点では南しかなく、南極点では北しかない。また地球ではと限定していないので、金星や天王星は地球とは自転の方向が違う。

2.は平面では考えにくいが、マッチ棒を立体的に立てて三角錐を作ればよい。

筆者はアルゼンチンに語学研修生で2年間行っていたが、語学研修生選抜試験問題を今でも思い出す。商社らしく鋼材の輸出の問題だ。

「メキシコで鉄道建設工事を受注しました。全長1,000キロで、全量日本からレールを輸出します。レールは1メートル当たり50KGの重さがあります。日本から輸出するレールの総量はどれだけになりますか?」

ヒントを書いておくと、筆者はモノレールの答えを書いてしまった。汗顔の至りだ。


論理パズル

「”A”,”F”、”2”、”7”と書いた4枚のカードがある。『カードの一方に母音が書いてあれば、裏には偶数が書いてある』という規則を確かめるのにめくらなければならないカードはどれか?」

ヒント1:引っかけ問題ではない。

ヒント2:あなたの答えはたぶん間違っている。

ほとんどの人が”A”あるいは”A”と”2”と答えるが、「偶数になるのは、母音が書いてあるカードだけ」とは書いてないので、子音が書いてあっても偶数になる場合があるのだ。

従い正解は”A”と”7”だ。

ちなみに筆者は出来なかった。


マイクロソフトの面接問題

マイクロソフトの面接問題が60問ほど紹介されている。一部だけ紹介しておく。答えは続きを読むに書いた。

1.秤を使わないでジェット機の重さを量るとしたら、どうしますか?

2.マンホールの蓋が四角ではなく丸いのはなぜでしょう?(最近のテレビのクイズ番組を見た人はわかると思う)この問題はマイクロソフトの問題でも一番有名なものだという。

3.鏡が上下でなく、左右を逆転させるのはなぜでしょう?

4.世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう?

5.アイスホッケーのリンクにある氷の重さは全部でいくらでしょう?

6.50ある州のうち、一つだけ除いていいとしたら、どれにしますか?

7.南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何カ所ありますか?

8.マイクとトッドは二人で21ドル持っています。マイクはトッドより20ドル多く持っています。それぞれいくら持っているでしょう?答えに端数がでてはいけません。

9.ビリヤードの球が8個あります。そのうち一個は欠陥品で他よりも重くなっています。天秤を使い、重さを2回量るだけでどの球が欠陥品なのか見分けなさい。

10.錠剤が入った瓶が5本あります。そのうちの1本の錠剤すべてが汚染されています。それを見分ける唯一の方法は重さで、普通はすべて1錠10グラム、汚染された瓶の錠剤はすべて1錠9グラムです。秤で1度だけ重さをはかって汚染された瓶を見分けるにはどうしますか?

11.富士山を動かすのにどれだけ時間が掛かるでしょう?

12.50組の夫婦のいる村の男全員が不貞をしています。女はみな、自分の夫以外の男が不貞をすれば即座にわかります。でも自分の夫が不貞をしてもわかりません。村の掟では不貞をはたらいた夫の妻は、夫を即日殺さなければなりません。ある日絶対に過ちを犯さない女王が村を訪れ、少なくとも一人の夫が不貞をはたらいていると宣言します。どうなるでしょう?

13.玄関に3つのスイッチがあります。一つはドアが閉まっている奥の部屋の照明を操作するものです。3つのスイッチのうちどれが奥の部屋のものなのかわかりません。部屋に一回行くだけでどのスイッチか判定するにはどうしたら良いでしょうか?


この他にも面白い問題がたくさんある。是非一度手にとって見て頂きたい本だ。

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参考になれば次クリックお願いします。





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白洲次郎 占領を背負った男 NHKのドラマが完結!

2009年9月21日追記:


いよいよNHKのテレビドラマ「白洲次郎」が完結する。今日夜10時から3夜連続で、第一話から第三話まで連続して放映される。

NHK 白洲次郎2





吉田茂役の原田芳雄の病気で、当初から今年2月末の第一、二話から半年遅れて第三話が8月に放映されることになっていた。これが衆議院選挙の関係でさらに一ヶ月遅れて完結することになったものだ。

ドラマの完結を祝して原作の北康利さんの「白洲次郎 占領を背負った男」のあらすじを再掲する。


2009年2月27日追記:


いよいよ明日(2月28日夜9時からNHK総合でドラマ「白洲次郎」が放送される。NHKも相当力が入っているようで、放送は全3回。2月28日、3月7日、そして最後の3回目は8月に予定されている。

白洲次郎





大変期待しているドラマなので、テレビ放映にあわせて原作の北康利さんの「白洲次郎 占領を背負った男」のあらすじを再掲する。


2009年1月31日初掲:

別ブログ「あたまにスッと入るあらすじ」で紹介して、思いがけず著者の北康利さんからメッセージを頂いた「白洲次郎 占領を背負った男」。

いろいろなブログで取り上げていただきましたが、こんな気合の入ったものは初めてです。感激しました。Posted by 北康利 at 2008年05月17日 11:41

あまりに良い本だと、あらすじが長くなりすぎてしまう。たとえばいまだにあらすじが書けないのが、カーネギーの「人を動かす」と新将命さんの「成功する5つの習慣」だ。いつかはあらすじを書こうと思うが、どの部分も捨てがたく、どうしても短くまとまらない。

人を動かす 新装版人を動かす 新装版
著者:デール カーネギー
販売元:創元社
発売日:1999-10
おすすめ度:5.0
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73016587.JPG成功する5つの習慣 (成美文庫)
著者:新 将命
販売元:成美堂出版
発売日:1997-06
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この本も記憶に留めておきたいストーリーが満載なので、あらすじが大変長くなってしまった。

今まで「あたまにスッと入るあらすじ」では400冊以上の本を紹介したが、そのなかでも筆者の一番気に入っている本である。

この本をベースにしたドラマ「白洲次郎」が2月28日からNHKで放送される。

NHK 白洲次郎




















たぶんNHKのプロデューサーの人も北さんの本を読んで感激したのだと思う。非常に楽しみだ。

文庫本になって買い求めやすくなったので是非一度は手にとってみて欲しい。年間250冊読む筆者の一番のおすすめのノンフィクションである。

白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)
著者:北 康利
販売元:講談社
発売日:2008-12-12
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白洲次郎 占領を背負った男 下 (講談社文庫)白洲次郎 占領を背負った男 下 (講談社文庫)
著者:北 康利
販売元:講談社
発売日:2008-12-13
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吉田茂の腹心の部下として、戦争直後の対GHQ対策を担当し、日本国憲法が生まれる現場に立ち会った異色の実業家白洲次郎の伝記。

筆者は東京の町田市に住んでおり、小田急線の鶴川駅が最寄り駅だ。その鶴川駅から歩いて5分程度の場所に白洲次郎・正子夫妻の武相荘(ぶあいそう)があって、現在は記念館になっている。

一般的には白洲正子がエッセイストとして有名だが、白洲次郎もここ数年で数冊の本が出て、一躍有名になった。この本も2005年の発行だ。

白洲次郎は「日本で初めてジーンズをはいた人物」と呼ばれているが、次の本の表紙写真にあるようにジーンズ・Tシャツ姿も決まっている。

風の男 白洲次郎 (新潮文庫)風の男 白洲次郎 (新潮文庫)
著者:青柳 恵介
販売元:新潮社
発売日:2000-07
おすすめ度:4.5
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鶴川の書店では白洲正子コーナーがある。その一部に白洲次郎に関する本も少しだけ置いてあったが、最近では白洲次郎の本もかなりの数になっている。

この本の表紙の写真は白洲次郎が一目惚れした樺山正子、後の白洲正子に送った若き日のポートレートだ。ハンサムガイである。

白洲次郎は身長180センチを超え、当時の日本人としては非常に背が高く、外人の中に入っても見劣りしない体格と、ケンブリッジ大学出身の英語力で、戦後直後のGHQと渡り合い「マッカーサーをしかりとばした日本人」と言われている。

この本の著者の北康利氏は、東大法学部出身で銀行系の証券会社に勤務する傍ら、兵庫県三田市の郷土史研究家として九鬼隆一川本幸民など三田市出身の名士の伝記を出版している。

また近々紹介する「国を支えて国を頼らず」も、九鬼隆一と浅からぬ縁がある福沢諭吉の伝記だ。

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず福沢諭吉 国を支えて国を頼らず
著者:北 康利
販売元:講談社
発売日:2007-03-30
おすすめ度:5.0
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白洲次郎の祖先も三田出身だ。それにしても現役のビジネスマンながら、綿密な資料調査に基づき内容に全く手抜きのない400ページもの力作を何冊も出版している北さんのエネルギーには敬服する。

筆者も見習いたいものだ。


城山三郎氏の推薦文

あらすじが長くなってしまったので、この本の帯に載せられている城山三郎氏の推薦文を紹介しておく。この本の内容を簡潔に言い表している。

ある超名門ゴルフ・クラブのテラス。その大長老ともいえる人物に声をかけられ、私はその隣の椅子に。著名な政治家や財界人などが会釈するのに対して、その人物は軽くうなずくだけ。それに見合う不思議な存在感の持ち主。それが、白洲次郎氏であった。

この人の出自も結婚も、華やかそのもの。平然と官界、政界、財界、それに軍とも闘う。よく見て、監督し続ける。トヨタのトップには、「かけがえのない車を目指せ」とアドバイスし、政府に対しては、「何で勝手に勲何等とか決めることができるのか」と。

その人物がどんな風に育ち、人格を形成していったのかを、話題豊かに展開していく快著である


白洲次郎という人の経歴を一口で言うと、次のようになる。

白洲次郎は、神戸の豪商の家に生まれ、ケンブリッジ大学を卒業し、作家の白洲正子と結婚、戦前は吉田茂の「ヨハンセングループ」に協力し、戦時中は東京都下の鶴川村に隠棲、戦後は吉田茂の側近としてマッカーサーのGHQと日本国憲法制定交渉にあたる。数々の民間企業の経営に携わった他、初代貿易庁長官、通商産業省設立、東北電力会長就任、軽井沢ゴルフ倶楽部理事長就任という華やかな経歴を持った日本の戦後を創った功労者の一人である。

1985年に白洲次郎氏が亡くなったときは、総理大臣の中曽根康弘氏が弔問に駆けつけたという。

北さんが「占領を背負った男」と表したのも、実に的確と思う。

この本の最後に北さんは次のように記している。

白洲次郎の痛快なエピソードに触れると誰しも、高倉健主演の仁侠映画を見たあとの観客が、肩で風切りながら映画館をでてくるのにも似た精神の高揚感に包まれるはずである。しかしその一時的な興奮の後に、信念を持つ人間のみが身にまとえる真の意味での「格好良さ」に思いを致していただけるならば、作者冥利に尽きるというものである。

たしかに良い映画を見終わって映画館から出てくるような読後感のさわやかな作品である。この本に触発されて、筆者も白洲次郎に関する本を何冊か買ったので、いずれあらすじを紹介していく。

北さんは「司亮一」というペンネームで、兵庫県三田市出身の官僚九鬼隆一、蘭学者川本幸民の伝記を書いているが、ペンネームからも司馬遼太郎を意識していることがうかがえる。

この本も司馬遼太郎の作風を思わせる様に、あたかも見てきたように著述している。

筆者の住む町の有名人で、同じ旧大洋ホエールズファン、ストーリー性が高い人生を送った白洲次郎氏の伝記と言うこともあり、400ページ弱の大作だが、つい引き込まれてしまい、あらすじが大変長くなってしまい続きを読むにまでかかってしまった。

白洲次郎は強烈な人柄の人物なので、敵も味方も多く居たと思うが、この本ではもっぱら良い面だけが書かれている。その意味ではやや片手落ちの感もあるが、一度読んだら白洲次郎のファンになること請け合いだ。

このあらすじを読んだら、ほとんどこの本を読んだような気になるかもしれないが、是非手にとって読んで欲しい本だ。


それでは、この本の目次に従ってあらすじを紹介する。筆者は良い本は目次を見れば分かると思っているが、その典型の様な良くできた目次だ。日本国憲法制定以降は続きを読むに記した。


稀代の目利き

これは白洲正子、つまり白洲次郎の妻のことだ。昭和を代表する目利き青山二郎や昭和を代表する評論家小林秀雄河上徹太郎などと親しくつきあい、著述家、目利きとして白洲正子は成長していく。

白洲正子は、プリンシプルを重んじる白洲次郎のことを「直情一徹の士(さむらい)」と表している。

エピソードには事欠かない。

白洲次郎はマッカーサーをしかりつけた日本人として有名だ。「戦争に負けたけれども奴隷になったわけではない」が次郎の口癖だったという。日本人離れした体躯と英国風のエレガンス・英語力を身につけていた次郎はGHQ高官とも堂々とわたりあった。

次郎は、うるさ方として音に聞こえた存在で、まず相手を威嚇して、その度量を図るという悪い癖があった。初対面の相手はそれだけで震え上がったという。青山二郎からは「メトロのライオン」(MGM映画の冒頭の吼えるライオンのこと)というあだ名を付けられたほどだ。


育ちのいい生粋の野蛮人

白洲次郎は1902年生まれ。兵庫県三田藩で代々儒官をつとめた白洲家で生まれ、祖父白洲退蔵は家老職を勤めた。白洲次郎は母よしこ似だったという。

父の白洲文平(ふみひら)にはなじめなかったが、芦屋の北の4万坪の屋敷に住み、何不自由ない少年時代を過ごした。家には美術館があり、雪舟や狩野派、土佐派の日本画、コロー、モネ、マティスといった洋画のコレクションがあったという。

神戸一中時代には親から米国車を買って貰って、自動車運転を始めている。同級生の作家今日出海は、「育ちのいい生粋の野蛮人」と呼んでいる。


ケンブリッジ大学クレア・カレッジ

旧制高校に行くだけの学力がなかった次郎を、父文平は「それならいっそのこと留学せえ」と、ケンブリッジ大学クレア・カレッジに送る。

次郎は生涯を通じ「プリンシプルが大事だ」と口にしたが、これはケンブリッジの"Be gentleman"(紳士たれ)という教育が元になっている。ケンブリッジ時代に生涯の友、後のストラッフォード伯爵、通称ロビンと出会う。

次郎への仕送りは1回で現在の金で3,000万円ほどという高額で、留学時代はベントレーの3リッターとブガッティタイプ35という超高級車2台を持っていたという信じられない生活をしている。

ケンブリッジの仲間からは、「オイリーボーイズ」と呼ばれ、サーキットに入り浸ったり、大陸へのグランドツアー(卒業旅行)をロビンと二人で2週間行っている。

孫の著述家白洲信哉氏の「白洲次郎の青春」は、このグランドツアーの旅程を現代のベントレーで巡った旅行記で、こちらも読み物として面白い。

白洲次郎の青春白洲次郎の青春
著者:白洲 信哉
販売元:幻冬舎
発売日:2007-08
おすすめ度:4.5
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そんな次郎の元に昭和の金融恐慌で白洲商店が倒産したという知らせが届き、次郎は8年間の留学生活にピリオドを打ち帰国する。帰国してからは「ジャパン・アドバタイザー」という英字新聞で働いた。米国の女学校への留学帰りの樺山伯爵家の娘正子と出会い、一目惚れして結婚する。樺山家には黒田清輝の「湖畔」と「読書」が客間と食堂を飾っていたという。

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次郎はセール・フレーザー商会を経て、35歳で日本水産の取締役に就任する。


近衛文麿と吉田茂

次郎はカンパクと呼ぶ近衛文麿と親しくなり、近衛に頼まれて長男近衛文隆の面倒を見た。近衛文隆はソ連軍にシベリアに抑留され、とうとう1956年にシベリアで亡くなる。次郎は「ソ連の野郎、絶対にゆるさねえ!」と叫んだという。

正子の父樺山愛輔は、吉田茂の義理の父の明治の元老牧野伸顕と同じ薩摩出身で親しかったことから、次郎も吉田と知遇を得る。

昭和10年当時、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂は「ヨハンセングループ」(吉田反戦グループ)と呼ばれ、軍部から目を付けられていた。

次郎は吉田や吉田の妻雪子にも可愛がられ、吉田の三女、和子の麻生太賀吉への縁組みをまとめ上げる。政治家麻生太郎氏の両親だ。

吉田は戦争回避に尽力するが、流れは食い止められず日本は戦争に突入する。次郎は日本の敗戦を予測し、間違いなく食糧不足になるとの見込みのもとに、東京都鶴川村で5,000坪の農家を買って移り住み農業を始める。これが鶴川にある武相荘だ。

牛場友彦、細川護貞などがこのころの次郎の友達だ。

吉田は近衛の依頼を受け、天皇に終戦の上申書を提出しようとしていたことから、軍部に逮捕され、昭和20年4月に収監されるが、阿南惟幾陸軍大臣(あなみこれちか)の口添えで不起訴となり釈放される。


終戦連絡事務局

1945年(昭和20年)、次郎が43歳の時に日本はポツダム宣言を受諾した。マッカーサーが進駐してきて、GHQを設立する。GHQは第一生命本社ビルを接収して事務所として使った。

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当時65歳だったマッカーサーの様々なエピソードが紹介されていて、面白い。マッカーサーは演出効果、アナウンスメント効果を常に考えて行動する名優だったという。天皇との写真の演出などはその最たる物だ。

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正装の天皇と略服のマッカーサー。日本国民はこの写真を見て衝撃を受けたという。

出典:Wikipedia


次郎は近衛に対して吉田を外相として起用するよう進言する。吉田は外務省の部長以上を辞めさせ、次郎をGHQとの折衝を担当する終戦連絡事務局参与として抜擢する。

GHQの窓口は民政局(Government Section)であり、局長はホイットニー准将、局次長はユダヤ人でハンサムガイのケーディス中佐だった。

北さんは宮澤喜一元首相にも取材しているが、「白洲さんはとにかくよく進駐軍に楯ついていましたよ」と語っていたという。

英語の喧嘩はお手のもので、ホイットニーが「貴方は英語がお上手ですな」とお世辞を言ったら、「閣下の英語も、もっと練習したら上達しますよ」と切り返した話は有名だ。次郎のあだ名は"Mr. Why"とも"Sneaking eel"(岩の間に入り込むうなぎ)とも言われた。次郎の行動をよく示しているあだ名である。


憤死

マッカーサーは近衛と会い、「近衛公は世界を知り、コスモポリタンで、年齢も若いのだから、自由主義者を集めて帝国憲法を改正するべきでしょう」と促す。近衛はこれに基づき、京大時代の恩師の佐々木惣一をヘッドとする憲法調査会を内大臣府に編成した。しかし戦犯容疑のある近衛を重用するマッカーサーへの批判がアメリカ国内で強まると、マッカーサーは近衛を切り捨てる。

GHQは日本側案を一顧だにせず黙殺、ついには近衛を戦犯指名する。近衛は逮捕前日に親しい友人を夕食に招待したが、勘の鋭い次郎は招待を断る。予想通り近衛は青酸カリ服毒自殺を遂げる。

その直後、次郎が天皇のクリスマスプレゼントをマッカーサーの部屋に届ける時に、マッカーサーが「その辺にでも置いておいてくれ」というと、次郎は「いやしくもかつて日本の統治者であった人からの贈り物を、その辺に置けとは何事ですかっ!」と叱りとばし、マッカーサーはあわてて謝り、新たにテーブルを用意させたという事件が起こる。

次郎がマッカーサーをしかりつけた唯一の日本人と云われるゆえんだ。

「見ていてくれましたか?カンパク、あの野郎に一矢報いてやりましたよ」、近衛を憤死させた義憤があったからこそ、絶対権力者に対して大胆にも声を荒げて怒ったのだ。


"真珠の首飾り"ー憲法改正極秘プロジェクト

マッカーサーは絶対権力者として、欲しいままに日本を荒療治する。自分をフィリピンで破った本間雅晴中将に対しては43の罪で戦犯として銃殺刑を科した。

本間は、刑の執行の前に「私はバターンにおける一連の責任を取って殺される。私が知りたいのは、広島や長崎の無辜の市民の死はいったい誰の責任なのか、という事だ。それはマッカーサーなのか、トルーマンなのか」と語ったが、その声は無視される。

GHQの民政局を実質支配していたケーディスは昭和21年1月に公職追放を発表し、1年半ほどの間に20万人の有力者が追放され、指導者を失った現場は大混乱した。

近衛死後日本側で新憲法案を検討していたのは、国務大臣で法学者の松本烝治ただひとりだったが、昭和21年2月に憲法問題調査委員会試案が毎日新聞記者の西山柳造によりすっぱ抜かれ、毎日新聞の1面にスクープされたのだ。

ちなみに西山記者が情報入手ソースを明かさなかったため、この世紀のスクープの真相は50年近く不明だったが、死の直前の1997年に西山氏は真相をあかしている

日本側案は明治憲法を微調整したものだったので、毎日新聞スクープの2日後にマッカーサーはホイットニーに象徴天皇、戦争放棄、封建制廃止の3つの原則を柱とする憲法改正草案の作成を命じる。これがコードネーム"真珠の首飾り"の新憲法案作成プロジェクトだ。

GHQが憲法を制定することは、そもそも国際法に違反する行為だった。国際法の基本であるハーグ条約には次のような規定がある。

「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為施し得べき一切の手段を尽くすべし」(ハーグ条約付属書規則第43条)

しかしソ連が日本の占領がアメリカ軍だけで行われていることに不審を抱き、GHQを監視する極東委員会が設置されることが決まったことが、マッカーサーに憲法改正案をつくらせる引き金となった。ソ連が口出しする前に先手必勝というわけだ。

ホイットニーはケーディスにリンカーンの誕生日(2月12日)までに憲法改正案を創るように指示する。ケーディスは民政局から25名のメンバーを選び、いわゆるマッカーサー草案を期限前の2月10日に完成させる。

25人のメンバーの構成は、陸軍将校11名、海軍士官4名、軍属4名、秘書を含む女性6名だった。弁護士資格を持つものこそ3名いたが、憲法の専門家はゼロだった。

マッカーサー草案は予定通り2月13日に吉田外相、松本烝治国務大臣、次郎、外務省嘱託長谷川元吉にホイットニー、ケーディスらから伝えられた。天皇象徴制、一院制が骨子だ。当時GHQ民政局には共産主義者が多かったといわれているが、それを反映した土地国有化条項も織り込まれていた。

日本側がマッカーサー草案を見ている間、ホイットニーらは席を外す。戻ってきた時に次郎に言った言葉が"We have been enjoying your atomic sunshine"だった。次郎は憤慨し、それを聞いた吉田が、GHQなんて"Go Home Quickly"だと怒る。


ジープウェイ・レター

次郎は、マッカーサー案は日本の固有の事情を顧みない"Airway letter"(空路)であり、日本側の案は曲がりくねった山道を行く"Jeepway letter"で、日本の伝統と国情に即したものだと反論したが、全く功を奏さなかった。

次郎がホイットニーと交渉するが、48時間以内に回答しないとGHQ側でマッカーサー案を発表し総選挙の争点にするとおどされる。

幣原首相がマッカーサーと会談し、天皇に関する規定や戦力不保持といった基本原則以外は修正を加えても良いとの一応の言質を取り付け、回答期限の2月22日に天皇に上奏し了承を得た。

2月26日の閣議にマッカーサー案の外務省訳が閣僚に配布され、3月4日を期限としてマッカーサー案を土台にして日本案を作る作業にかかることが決定される。

ソ連が動き、極東委員会が活動を開始したので、マッカーサーは早急に憲法改正案をつくる必要が出てくる。


「今に見ていろ」ト云フ気持抑ヘ切レス

3月4日に法制局の佐藤達夫部長、松本烝治、次郎と外務省の担当者他でGHQのホイットニー以下と30時間におよぶマラソン翻訳会議を開始する。ベアテ・シロタというロシア系ユダヤ人で日本に10年間滞在して日本語が堪能なメンバーが通訳として加わる。

彼女が加わったことで、女性の権利を保障する日本国憲法第24条などが織り込まれた。

ベースとなるのは3月2日案と呼ばれる松本案だった。マッカーサー案から大幅に修正されていることがわかり、ケーディスと松本の激論が始まったが松本は途中で官邸に戻るとして退席し、次郎と佐藤、外務省スタッフだけが残って交渉を続ける。

結局修正が認められたのは一院政と土地所有くらいで、松本修正案はほとんど徒労に終わった。

ソ連の呼びかけで極東委員会が3月7日にワシントンで開催されることが決まったので、ケーディスは3月5日までにファイナルドラフトをつくると宣言する。次郎は松本を呼ぶが、松本は病気を口実に拒否し、次郎と佐藤がケーディス、シロタ他と徹夜で外務省訳をもとに3月5日朝までにドラフトを作成する。

次郎はそれまで何度も官邸に途中報告し、できあがった英文の「憲法改正草稿要項」を官邸に持ち込み、3月5日午後4時半からの閣議にかける。松本は引き延ばしを主張するが、幣原首相は涙ぐみ「もう一日でも延びたら大変なことになる」として受諾を決意する。

その後皇居に幣原と松本が参内、「敗北しました」と天皇に閣議決定を報告する。天皇は皇室典範の天皇の留保権と、堂上華族を残せないかと2点につき要望を述べられるが、そのままになった。

翌3月6日に「日本政府による憲法改正案」として世間に公表される。完全な「出来レース」だ。極東委員会はこれが日本人によるものでないことを見抜いたが、マッカーサーは押し切る。

大日本国憲法の改正だったので、枢密院可決を経て、帝国議会で承認、貴族院でも可決され、昭和21年11月3日日本国憲法は公布され、翌22年5月3日に施行された。

GHQは憲法案成立直後に松本烝治を公職追放した。次郎は「監禁して強姦されたらアイノコが生まれたイ!」と言っていたそうだ。

次郎が汚れ役になってGHQの矢面に立ったおかげで、吉田茂は憲法案成立の数ヶ月後に首相になれたと指摘する歴史家もいる。

屈辱を堪え忍んだ次郎だが、近々紹介する自著の「プリンシプルのない日本」の中で「戦争放棄の条項などプリンシプルは実に立派なので、押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと率直に受け入れるべきではないだろうか」と冷静な意見を言っているのは注目に値すると北さんは指摘する。

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)プリンシプルのない日本 (新潮文庫)
著者:白洲 次郎
販売元:新潮社
発売日:2006-05
おすすめ度:4.5
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社員監視時代 名簿屋ビジネスまで紹介されている

9月9日にこのブログの訪問者が一挙に600人を超えた。

「無税入門」のあらすじをアップしたところだったので、刺激的なタイトルに惹かれた人が多いのかと思ったら、まぐまぐの円高に関するニュースで、榊原英資さんの「強い円は日本の国益」がリンクとして紹介されていたからだった。

本日民主党政権の閣僚名簿が発表される。はたして榊原英資さんが何らかの形で内閣入りするのか注目されるところだ。

ところで自宅に昨晩夜遅く電話が掛かってきた。こちらの名前も知っているし不動産の売り込みだという。

どうやってこちらの名前と電話番号を知ったのかと聞くと、「いやぁー、エリートビジネスマン名簿というのがあるんですよ。」ということだ。

”エリートビジネスマン 名簿”で検索すると、この本で紹介されているイアラという会社が表示された。

今回自動車保険の見積もり依頼をしたので、どこかに出した個人情報がこの会社のデータベースに登録されたようだ。この会社は名簿屋としては最大手で、なんと自社のホームページに「個人情報保護法はやわかり」というパンフレットまで掲載しており、消費者から問い合わせあれば削除などに必ず応じると明言している。

一度電話してまずは開示請求。次に削除、利用停止を申し入れてみる。

ちなみに近々改訂される見込みの経産省の個人情報保護法ガイドラインでは、消費者から開示請求があった場合、”個人情報の取得元又は取得方法(取得源の種類等)を、可能な限り具体的に明記し、本人からの求めに一層対応していくことが望ましい”と規定されている。

ただ現実問題、名簿屋が情報ソースを明かすかどうかは疑問ではあるが、具体的な会社名ではなくとも取得ソースの業種等がわかれば、推測がつく場合もあるので、政権交代早々に経産省ガイドラインを改訂して欲しいところだ。

社員監視時代 (ペーパーバックス)社員監視時代 (ペーパーバックス)
著者:小林 雅一
販売元:光文社
発売日:2005-06-24
おすすめ度:3.5
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社員監視時代というタイトルだったので、学生時代に読んだジョージ・オーウェル1984年を思い出したが、実は情報セキュリティの本だった。

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
著者:ジョージ・オーウェル
販売元:早川書房
発売日:1972-02
おすすめ度:4.5
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いきなり個人情報漏洩事件の話から始まり、ソフトバンクBBが導入した監視ソフトSeer Innerが紹介される。

このSeer Innerとは、筆者も導入したことがあるSeer Insight社の、コンピューター端末のリアルタイム監視ソフトだ。

こんな具合に利用者の端末の操作画面が表示され、誰がどういう作業をしているのか画面がリアルタイムで監視できる。

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その社員のパソコン画面だけ大きく表示する機能もあるので、社員がパソコンでトランプゲームなどをしていると、管理者にすぐわかってしまう。

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写真出典:Seer Innerサイト


ソフトバンクBBは、このSeer Innerを導入するとともに、オペレーションルームの厳しい入退室管理に加え、ビデオカメラでの監視も実施している。

同社のSOC(Security Operation Center)では、常時十数名の社員が24時間・365日監視にあたっており、社員・アルバイトも含めた15,000台のパソコンを監視している。

リアルタイム監視といっても、網の目をくぐり抜けて不正を行う社員もいるかもしれないが、常時監視していると社員に告げることによって、過去起こったような個人情報漏洩持ち出し事件は防げると関係者は断言している。

Seer Innerの他にもAll WatcherLanScopeCatというログを、システマティックにすべて収集するソフトも紹介されている。

フォレンジック(Forensic)という聞き慣れない言葉があるが、犯罪科学という意味で、これらソフトはForensicソリューションと呼ばれている。


オフィスの生産性向上にも役立つ

社員の監視というとネガティブなイメージがあるが、マイクロソフトが提供しているIPA(Individual Productivity Assessment)と呼ばれるサービスは、ホワイトカラーの生産性改善を目指したものだ。

それ自体はあまり儲からないということなので、現在もマイクロソフトがIPAサービスを提供しているかどうかわからないが、この本でも紹介されている東洋タイヤのケースがマイクロソフトジャパンのホームページに紹介されている。

エンジニアの仕事ぶりを2週間程度カメラで記録し、それを分析して生産性改善点をレポートするというサービスだ。たとえばエクセルのコピーアンドペーストの使い方や、ショートカットの活用等で、生産性がアップする。


最大の抵抗勢力はシステム管理者!?

この本では情報セキュリティ導入の裏話も紹介していて参考になる。監視ソフト導入の最大の抵抗勢力はシステム管理者だという。

アクセスログは証拠として調査される可能性があるが、従来はシステム管理者は都合の悪いログは削除していたのだと。

にわかには信じがたい話だが、ありうる話なのかもしれない。


社員監視システムは「砂上の楼閣」

この本で参考になったのが、リアルタイム社員監視システムとかは、見た目には派手で、社員に与える不正抑止効果もあるが、LANの内部を暗号化しないと、監視している画面から情報が漏れ、セキュリティホールとなって、情報漏洩のリスクが増えるという指摘だ。

だからセキュリティは順番が大事で、まずLANに流れるデータを暗号化するのが大前提だと。

LANの中身を暗号化するソフトはフリーソフトもあるが、製品として提供しているメーカーは少ない。セキュリティ業界にとっては、LANの内部を暗号化するというのは商売にならない。

だからクライアント企業に教えず、内部情報の暗号化なしに監視ソフトを入れる「砂上の楼閣」が増えているのだと。

なるほどと思う。

情報がすべて暗号化されていれば、万が一漏洩しても本人への連絡も、監督官庁への報告も不要だ。非常に役立つ指摘である。


個人情報名簿業者の実態

もう一つ参考になったのが、個人情報を売買する名簿業者への取材だ。

この本では名簿業者大手のイアラ・コーポレーション社長にインタビューしている。

いままで名簿業者とはどういう会社か実態がわからなかったが、この本で紹介されているイアラ・コーポレーションはホームページもあり、2005年の個人情報保護法施行以降も事業を続けている。

まさに個人情報保護法に従った適法な名簿販売業をやっており、いわゆるオプトアウト方式で、削除しろと言われたら削除するというやり方で、個人情報を販売している。

同窓会や各種団体の会員名簿などリストとして販売しているものの紹介と、5,000万件のデータから希望のターゲットを絞ってリストアップするサービスがある。

イアラは元々はブレーンという会社で、ダイレクトメールなどのダイレクトマーケティングの会社だったが、ダイレクトマーケティング部門は日立グループに販売して、日立ブレーンという会社になり、リスト部門だけが残っているものだ。

イアラ社長の話で印象に残ったのが、名簿業者が販売しているデータはどれも「名前、住所、電話番号」だけだという。

つまり元データは電話帳等なので、それだけではどんな意味のある個人情報かわからないが、イアラの保有する大量のデータから名寄せして、条件にあった人をリストアップしてデータベースとして販売しているので、たとえば高額納税者リストとか、意味のあるデータとして売れるのだという。

この本は2005年発刊だが、2007年3月の経産省の最新のガイドラインでも、名前、住所、電話番号のみの名簿は電話帳と同じ扱いとなる。名簿業者のビジネスは、依然として適法なのである。

個人情報漏洩の唯一完全な対策は、個人情報を持たないことだと言われているが、特に利用価値のない住所と電話番号は、保有せずに削除して、必要な時に都度個人から取得するというのが、有効な個人情報セキュリティ対策となってくるだろう。


「1984年」現代版

最後にジョージ・オーウェルの「1984年」の現代版ショートストーリーもある。

著者の小林雅一さんは、大学を卒業して某大手電機メーカーに入社したそうだが、昼の12時ちょっと前に同期みんなで、社員食堂に行ったら、だれも皿を取ろうとしない。

みんな白線の向こうで待機しているのだ。12時のブザーが鳴って初めて、みんな動き始めたと。

これを聞いて、筆者は思い当たる会社がある。筆者もたぶんその会社と思われる会社の社員食堂に行って、全く同じ体験をしたからだ。

最後に本当の監視も出てきて、なかなか面白く読める本だった。

情報セキュリティに興味のある人に役に立つ、おすすめできる本である。



参考になれば次クリックお願いします。



無税入門 気になるタイトルなので読んでみた

「無税」入門―私の「無税人生」を完全公開しよう「無税」入門―私の「無税人生」を完全公開しよう
著者:只野 範男
販売元:飛鳥新社
発売日:2007-10
おすすめ度:3.0



紹介記事だったか(朝日新聞?)、売上ランキングだったかで見て、気になるタイトルなので読んでみた。

こんな本を出すと当然税務署に目を付けられるのでペンネームではないかと思うが、著者は只野範男(略してタダノリ?)さんとなっている。

37年間も税金(所得税・住民税)を払わないで、教育など国や地方自治体の様々なサービスを受けている人がいるというのは腹が立つ話だが、働いている人の25%は所得税・住民税ゼロだという。

年収325万円以下の子ども2人のサラリーマン世帯、年収235万円以下の65歳以上の夫婦世帯、114万円以下の独身者は所得税がかからないという。勤労者の25%がこのカテゴリーに当てはまる。

日本の課税最低額が低すぎることは、今までもしばしば指摘されている。325万円といえば、今のドル=90円なら36,000ドルになる。

アメリカではZIP CODE(郵便番号)ごとの地域情報データベースを提供するサービスがあり、その地域での平均給与などもわかる。

たとえば筆者が最初の駐在のときに住んでいたピッツバーグのマウント・レバノンという準高級住宅地と、オフィスのあったダウンタウン(中心街)の平均収入分布は次の通りだ。

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出典:http://www.city-data.com/zips/15234.html

マウント・レバノンの平均年収は46,000ドルなので、36,000ドルだとやや低い部類となるが、4割程度の住民が36,000ドル以下だろう。36,000ドルというと悪くない年収で、アメリカの課税最低年収は低いので当然税金を払っている。

ピッツバーグのダウンタウンの年収となると、平均は16,300ドルで7割程度が36,000ドル以下だ。住民も黒人と若い年代が圧倒的で、日本の課税最低標準では大半が無税となってしまう。

余談になるが、この地域情報データベースサービスでは、出身国別や人種別のデータが非常に充実している。やはり自分が住むとなると、その地域の雰囲気に関心が高いのは当然で、たとえばマウント・レバノンとダウンタウンを比較すると、同じピッツバーグでも人種構成に大きな差があることがわかる。

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出典:http://www.city-data.com/zips/15234.html

この辺りの事情は、以前紹介した筆者の先輩の小林由美さんの「超・格差社会 アメリカの真実」に詳しい。

「無税」入門―私の「無税人生」を完全公開しようはアマゾンのなか見!検索に対応しているので、目次を見ると大体の内容がわかると思う。

またアマゾンのクチコミで、読んだ人の多くがこの本につきコメントしているので、それも参考になると思う。

著者は年収約500万円の神戸市在住の59歳のサラリーマンで、副業としてイラストレーターをやっている。

いわゆる売れないイラストレーターではあるが、一人前のイラストレーターに変わりはない。

そしてイラストレーター業を自営業として、税務署に「開業届け」を出し、年間30万円程度ある収入から自営業に掛かった様々な経費や家事関係費*を引くと赤字となるので、自営業の赤字と約500万円の給与所得と一緒に確定申告すると、給与やイラストレーター報酬から源泉徴収された税金が還付されるのだという。

*家事関係費:自宅を営業用に使っている場合の家庭用と事業用の経費が一体となって支出された経費のこと。自宅の家賃や光熱費、電話代、車の燃料代、固定資産税、火災保険料などの3−4割を事業用の経費として申告するのだと著者は言う。

イラストレーターの報酬が少ないからといって雑所得(20万円まで申告不要)としては損益通算ができない。

給与所得と損益通算ができるのは、1.不動産所得、2.事業所得、3.譲渡所得、4.山林所得の4種類に限られているからだ。だから、あくまで事業所得として申告するのがミソだという。

著者がこの本を書いた理由は、本が売れて印税が入ってくればうれしいからで、他の無税の人に「無税入門」の発表で、先を越されたくないというのが本音だという。

要は副業をつくって、それを個人事業として開業届けを出し、確定申告して給与所得に対する所得税と住民税を減らせというのが、著者の主張である。

アマゾンのクチコミにも同じ意見が多いが、こんなループホールを税務署が野放しにするはずがないと思う。

いずれ実体を伴わない似非自営業者は税務否認されることになるだろう。

年収30万円のイラストレーター業で、90万円の経費があり、60万円の赤字というのは、どう見ても税金を減らすための方便にしか見えないので、いずれ税務署が網を掛けてくるのではないかと思う。

実体がないのに無理に個人事業にこじつけると税務署に目を付けられ、それが勤務先にも知れるリスクを考えると、59歳の定年間近なサラリーマンはともかく、普通のサラリーマンにはとても負えないリスクだと思う。

本の主張が、煎じ詰めればサラリーマンは自営業兼任となれというだけのことなので、税制の基礎を簡単におさらいする部分を付け足したり、橘玲野口悠紀雄森永卓郎の節税術をけなす部分もあったりで紙幅を使っているが、あまり内容はない。

本の帯には”税金払うの、もう、やめませんか?”とか、”全国5000万サラリーマンに贈る「無税のススメ!」”とか、”税金ゼロこそ、手間をコストのかからない、強力な生活防衛術の1つだ”とかいった挑発的なセールスキャッチが書いてあるが、決して真に受けないほうが良いと思う。

この本の挑発的なタイトルに惑わされず、あくまで実体として自営業と言えるほど副業での収入があれば税務署に開業届けを出して正々堂々と申告したら良いというのが筆者の結論だ。


追記:

「無税入門」があまりに単純な、サラリーマンも副業をつくり自営業者として開業届けを出して費用を計上しろというものだったので、他の本も読んでみた。

この分野でのベストセラーは次の本だ。

フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。
著者:きたみ りゅうじ
販売元:日本実業出版社
発売日:2005-12-08
おすすめ度:5.0
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きたみりゅうじさんという元SEでイラストレーターの人が、税理士にいろいろ質問するという企画のものだ。きたみりゅうじさんは「キタ印工房」というサイトも運営している。

内容は税法の変更にあわせて適宜アップデートされているという。サラリーマンにはあまり参考にならないかもしれないが、グレーな部分も含めて、単刀直入な質問もあり、面白い。

次に元国税調査官の大村大次郎さんという人が、やたら刺激的なタイトルの本を出している。税務署を勤め上げた人は、退職後税理士として働けるが、国税局(?)に10年間勤務しただけで、このような裏技を紹介する本をやたら出しているのはやりすぎという感じがする。

その税金は払うな!その税金は払うな!
著者:大村 大次郎
販売元:双葉社
発売日:2006-11
おすすめ度:4.5
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大村さんはブログもあるが、ほとんど更新されていないようだ。

ホントかどうかわからないが、年収5、000万円までの開業医は約70%の経費が認められるとか、開業医が優遇されているのは日本医師会という強力な圧力団体があるからだとか、言い放題である。

かなりあぶない本である。税金が安くなるなどといった本はタイトルだけでも売れることもあり、玉石混交なのではないかという気がする。

もし実際に個人事業を開業するなら、図書館に行けばいくらでも同じようなマニュアル本がだされているが、参考までに最新刊が図書館にあったので、読んでみた。

一番よくわかる個人事業の始め方一番よくわかる個人事業の始め方
著者:鈴木 克俊
販売元:西東社
発売日:2008-11
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退職後個人事業を始める人を主な対象にした本で、税務署等への届出や税法・簿記の基礎知識、日本政策金融公庫などからの資金の調達法などが詳しく説明されている。

興味のある人は確定申告や税法関係の本はたくさん図書館にあるので、図書館でチェックされることをおすすめする。


参考になれば次クリックお願いします。





日本は没落する 鳩山内閣入りするか?元財務官 榊原英資氏の日本版「フラット化する世界」

日本は没落する


+++今回のあらすじは長いです+++

「ミスター円」と呼ばれた元大蔵省財務官で、現早稲田大学大学院教授、インド経済研究所所長の榊原英資氏の戦略なき日本への警鐘。

民主党政権となり、榊原さんも鳩山政権に加わる可能性が高いと思う。

榊原さんはインドのIT企業ウィプロの社外取締役なので「フラット化する世界」で取り上げられたインドの躍進の現状をファーストハンドベースでレポートしており参考になる。

実は筆者はピッツバーグ駐在の時に、榊原さんをお招きする機会があったが、直前に日本に帰国してしまい、お会いできず残念だった。

榊原さんはミシガン大学で博士号を取得する前に、ピッツバーグ大学で学んでいたので、恩師にお願いしてピッツバーグ日米協会の年次バンケットでスピーチしてもらう事になっていたのだ。

榊原さんは大変多忙だと思うが、「恩師の頼みとあれば喜んで」ということで、ピッツバーグでのスピーチを二つ返事で快諾してくれたのだった。

榊原さんは、現在は数百年に一度の大転換期で、20世紀の終わりから「ポスト産業資本主義」の時代となり、今や世界中で余っているお金が有利な運用先を求めて追いかける時代であると語る。

この時代に重要なものは、技術、知識、情報の3つであり、それらすべてを下支えするのが教育であると。まさに「フラット化する世界」でトム・フリードマンがアメリカに対して訴えていたことと同じだ。

明治時代の日本は富国強兵という国家戦略を掲げ、工業化と教育に注力した。しかし現在の日本はこれからの時代をどう生き抜くかの国家としての戦略性もなければ教育の水準も落ち、国民一人一人の意欲も大きく低下していると指摘する。

このブログでもしばしば引用しているゴールドマン・サックスの2050年までの予測チャートは、インド人女性社員のルーパ・プルショサーマンが書いたBRICSレポートに紹介されているもので、榊原さんも彼女の予測が実現するだろうと語る。

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日本の累積債務は800兆円以上にもなり、毎年20兆円ずつ増えている。危機的な状況なのに、政治家も国民も事実を直視しようとしない。

早急に新しい時代に即した戦略を打ち出し、新しいパラダイムを確立しなければならない。そして、そのキーワードは「新しい学問のすすめ」となると榊原さんは語る。「学問のすすめ」は、梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」の提言を思い起こさせる。


この本は次の様な構成となっている。

序章  ポスト産業資本主義の時代
第1章 ニホン株式会社が没落する日
第2章 激変する世界市場、取り残された日本
第3章 大衆迎合主義がこの国を滅ぼす
第4章 「公」(パブリック)の崩壊
第5章 「教育改革」亡国論
第6章 金融・年金問題の深層
第7章 日本の進むべき道 真の抜本改革を!



それぞれの章について印象に残った点を紹介する。

第1章 ニホン株式会社が没落する日

榊原さんは大蔵省という金融の世界に身を置いた人間ながら、「金融立国」という考え方は間違いであり、やはり国として力をいれるべきは技術開発であると語る。明治維新後の日本の発展を支えたのも工業化であり、アメリカが復活したのもIT技術で世界をリードしたことが理由だ。

金融ではアメリカの強さが際だっている。投資の世界では情報が重要で、たとえばゴールドマン・サックスはボードメンバーに各国の経済界の名士を加えている。日本なら元ソニーの出井さんや、京セラの稲盛さんがゴールドマンのアドバイザリーメンバーだという。

技術、知識、情報にお金がついてくるという認識を持たない限り、日本がアメリカに伍していくのは難しいと語る。

明治以降欧米の技術を導入して日本を発展させてきた原動力は技術者だが、技術者の地位が下がってきていると榊原さんは指摘する。

大阪大学の調査では某国立大学の文系と理系の卒業者の生涯賃金は、理系が5,000万円少ないという結果が出ていると言う。工学部志望者は90年代から減り始め、92年の60万人から2005年には半分の30万人、さらに2007年では27万人となっている。

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出典:豊田政男大阪大学工学部長の論文

このままだと製造業に於ける高度な技術教育を受けた人材で韓国、中国、インドに遅れをとることは避けられない。OECDの最近の調査によると、研究開発費でも米国の3,300億ドルに対し、日本は1,300億ドルで、中国の1,360億ドルに初めて抜かれている。

これからは一人の天才が10万人を養う時代だとサムスンの李健煕会長は言っているそうだ。(ちょうど4月22日に李会長は不正資金疑惑で退任を発表したところだ)

サムスン電子の役員の平均年俸はなんと5億円だが、優秀な技術者には社長をも上回る年俸を出せと言っているそうで、日本企業から東芝のフラッシュメモリー技術者など、優秀な技術者を多く引き抜いていることでも有名だ。

技術系に限ったことではなく、金融分野でも外資系金融機関の一流アナリストであれば、1億円の年収がある例が少なくない。日本の銀行では頭取でもせいぜい4−5千万円止まりだ。

中国では産官学一体が顕著だ。

たとえば中国のIT企業のトップ10に入るソフト会社の北大方正集団は北京大学が100%出資する大学所有企業で、胡錦涛や朱鎔基を輩出した清華大学でも持株会社をつくっている。

IBMのPC部門を買収したレノボは、持株会社を通じて中国科学院の傘下にある。国の戦略として技術開発を柱としているのだ。


第2章 激変する世界市場、取り残された日本

例として世界市場に進出できない日本の携帯電話メーカーを取り上げている。

日本国内市場がそこそこ大きいので、海外で大きなシェアを取るという差し迫った必要がないことが、日本のケータイ電話メーカーが海外でシェアをとれない要因の一つだ。おサイフケータイあり、インターネット接続ありの日本の高機能ケータイは世界の大多数の国では無用の長物なのである。


榊原さんとインドのつながり

タイトルで日本版「フラット化する世界」と紹介したが、榊原さんは1999年に大蔵省を退任してすぐにインドに講演旅行に行き、インドのIT企業の雄ウィプロの創設者アジム・プリムジ氏と知り合って、2002年からウィプロのボードメンバーとなっている。

ボードメンバーになったことにより、インドの実業界の名士の知遇も得たという。プリムジ氏はウィプロ株の8割を持っており、インドでも10指に入る資産家だが、公私ともに質素な生活をしており、日本に来ても社員が空港に迎えに来ると怒り、自ら電車や地下鉄で移動するという。

榊原さんが所長となっている早稲田大学のインド経済研究所は、インド最大のICICIのガングリー会長から、日本の経済界にインドを紹介する仕事をしてみないかと勧められて設立したものだ。

ICICIより一人とインド準備銀行から一人出向で来ており、日本企業から2名、それと榊原さんとスタッフの7−8名で運営している。

主な業務は日本の金融機関にインドの金融マーケット分析を提供することと、インドに進出を考えている企業へのコンサルティングだという。

インドへの投資拡大の受け皿は、インド投資委員会で、これはタタ財閥のラタン・タタ、ICICIのガングリー会長、HDFC(住宅開発銀行)のパレックCEOの3人委員会だ。

もともとインドと日本は、戦時中に日本がインドの独立を支持したこともあり、政治的には大変な友好国で、日本はインドに対して最大の援助国でもある。

1998年のインドの核実験以降、日本からの投資は低迷していたが、小泉首相の2005年の訪印以来流れが変わり、2006年の投資額は2004年に比べて5倍になっている。それでもイギリス、米国などより下の9位で、全直接投資額の3%にすぎない。

投資のネックはインドのインフラが整備されていないことだが、現政府はインフラ整備を政策の中心に置き、道路、港湾、空港、電力、通信などの整備を積極的にすすめている。

全国7カ所で発電所を建設する「ウルトラ・メガ・パワープロジェクト」や、高速貨物鉄道や新幹線建設、空港整備もすすめられている。首都デリーの地下鉄は日本の円借款で過半が賄われ、日本の商社・ゼネコンなどが参加している。

まさに日本の高度成長時代を彷彿とさせるインドの経済発展だ。

榊原さんによると、インドは民主主義国だったから経済発展が中国に比べて10年ほど遅れたが、インドは最も人口が増加する国の一つで、2050年頃にはGDPで中国を抜くと予想されている。

経済成長率では中国の10%以上に対し、インドは8−9%だが、2020年までには経済成長率でも中国を抜くと榊原さんは予測する。

インドで有名なのはIT産業で、TCS(タタ・コンサルタンシー・サービス)、インフォシスウィプロが3大IT企業だ。インドのIT企業は2000年問題のプログラム修正のアウトソーシングを受けて世界的に事業が拡大し、現在では様々な形でアウトソーシングを受けている。

また医薬品開発、民間宇宙開発でも強い競争力を誇っている。

中国とインドは関係を強化しており、胡錦涛主席は2010年までに両国の貿易額を400億ドルにすると宣言している。今後インドと中国で巨大アジアマーケットを構成することになろう。

インドは伝統的に全方位外交なので、中国とも日本とも友好を保っている。

インドではまだ規制もあり、日本の個人投資家はインド企業の株を買えないが、投資信託なら可能なので、いくつもの投資信託が設定されている。インド株は一時的に暴落しても、長期的には回復すると榊原さんは予測する。


第3章 大衆迎合主義がこの国を滅ぼす

榊原さんは小泉政権・安倍前首相の偏狭なナショナリズム、イデオロギー外交のために日本は10年先の国家戦略さえ描けなくなっていると語る。

中国は長期アフリカ戦略を展開してエネルギー資源確保をねらい、インドは原子力を戦略の中心に置いているのに対し、日本は石油公団を解体し、中東の日の丸油田の採掘権も失っている。

農業国であるアルゼンチンでさえトウモロコシ、小麦、牛肉の輸出を制限している様な世界的な食料不足が起こっているのに、日本の食料自給率は低下する一方である。

場当たり的政治家に国家のあるべき姿は語れない。日本のマスコミは小泉政権の郵政民営化選挙のごとく黒か白かに単純化するポピュリスト人気をあおり、長期的な戦略性が低下し、政治のリーダーシップが失われている。

ポピュリストとナショナリズムは相性が良く、良い例が第1次世界大戦後のドイツでのナチスの躍進であると榊原さんは警鐘を鳴らす。

ポピュリスト政治のおかしな点として、原発の安全性を科学的に議論できない雰囲気、拉致問題しか語れないムチしか使えない外交は、外交ではないという例を挙げている。


第4章 「公」(パブリック)の崩壊

日本は明治以来「官」が強い国であり、榊原さんが大蔵省に居たときにも、日本の国家戦略を常に優先して行動していたという。

金融ビッグバンも、規制緩和により大蔵省の権限を手放すことになるが、制度疲労してきた行政制度の中にあって、自ら変身していこうという試みだった。

宮澤喜一首相は日本の金融システムが危機に瀕している時に、税金を注入して金融機関を救った。最初は税金の注入にマスコミはじめみんな反対だったのを、信念をもって推進し、首相を退任した後も小渕内閣の大蔵大臣として復帰し、やり遂げた。

アジア危機で通貨安定のための基金として4兆円を拠出した「新宮澤構想」も打ち出した。

この様に国家戦略に基づいた大局を捉えた政治が必要なのである。


天下り規制批判

メディアが支持している天下り規制も、退職後2年間は関係企業への就職を禁じると、民間企業から人材を得ることを難しくさせ、民間プロフェッショナルの力を借りられなくなると指摘する。

郵政公社の生田元総裁でも民間企業の顧問になることが難しかったという。

欧米の金融当局では民間金融機関との人事交流は当然であり、「リボルビングドア=回転ドア」とさえ言われている必要不可欠なことなのに、天下り規制は愚策であると。

今や日本の問題は官の弱体化にあり、小泉政権の負の遺産は「官は悪、民は善」という原理主義的な民営化路線だと榊原さんは切り捨てる。

アメリカが「小さな政府」というのは、大いなる誤解であると。アメリカは軍事・宇宙・医学など国の競争力にかかわる問題についてはストロングガバメントだと指摘する。

中央官庁は再編で予算は減らされ、人員を減らされて、官僚の忙しさは大変なものになっており、「とても日本の将来のビジョンを考えているゆとりなどない」のが現状だ。日本の国際競争力を高めるなら、政府を極端に弱体化してはならないと語る。

教育再生審議会など日本では審議会政治が全盛だが、いくら政策を討議しても、それを実行していく仕組みが欠けていると榊原さんは指摘する。


第5章 「教育改革」亡国論

榊原さんは「ゆとり教育」は世界の潮流に逆行していたと語る。暗記は教育の基本であり、より多くの知識こそ、考える力の源泉であると。

世界的に優秀とされている民族は、幼い頃に暗記を強要している。たとえばユダヤ人はユダヤ教の聖典を暗誦させられる。インドでも上位カーストの人は教典である「ヴェーダ」を暗記させられる。

これらの暗記は脳の発達にも有効である。

競争の否定が社会階層の固定化をもたらした。学校群制度の前の日比谷高校の話を榊原さんは語る。

当時は東大に年間150ー200人進学するが、生徒会活動も活発で、運動でもラグビー部が全国2位になったことがある。クラス編成はなんと生徒が担任を選ぶ形で、浪人生には1年間の補習もあったという。

筆者は神奈川県立湘南高校出身だが、榊原さんの日比谷高校と同じような状態だ。今や親子2代続けて湘南高校出身という家族は少なくなり、同窓会の会長選びも大変だという。

筆者自身も、長男は私立中高一貫校に行ったので、湘南高校とは縁が切れてしまった。

学校群制度で名門公立校から私立校へ優秀な生徒はシフトし、裕福な家庭の子女が集まる私立校が優秀な大学に合格者を出すことになり、小学校4年から私立校めざして受験勉強を強いられるなど社会階層の固定化が始まった。

小学生が「偉くなってもしかたがない。のんびりやりたい」などと言うのは異常なことではないかと。


清華大学

中国のトップの常務委員9人中8人がエンジニアだ。清華大学は中国のハーバードと言われ、全国950万人が受験する「高考」(大学入試センター試験の中国版)のトップクラスのみが入学できる。

清華大学は義和団事件で中国が米国に支払った賠償金を米国が返還し、それを元にしてつくられた大学だ。だからアメリカとのつながりが強く、設立当時は「留美予備学校」と呼ばれ、アメリカ留学の予備校だった。現在でも1学年の内3割はアメリカに留学するという。

アメリカのハーバード、エール、プリンストンなどの一流大学の学長が清華大学を訪れ、優秀な学生を滞在費等一切大学持ちで、ヘッドハンティングしているという。

榊原さんは2006年にNHKの取材で清華大学を訪問した。東大本郷の10倍のキャンパスには53の学部と5つの大学院、41の研究所があり、クリーンルームを備えた半導体生産工場や、原子力発電所まであるという。

清華大学は中国の大学向け研究開発予算の半分を占めているといわれ、通信衛星を使って大学の講義を中国各地に放送しているという。

「アメリカに留学して、帰国して学者になるか転職したい」という学生が多く、中国から毎年11万人が海外留学しているが、トップレベルの大学の学生は日本に来ても「日本の大学で学んでいても時間の無駄」と言ってさっさと帰国してしまう人がしばしばいるという。


インドも技術教育に大変熱心で、頂点は7校あるIIT(インド工科大学)だ。インド工科大学シリコンバレー校友会にはビル・ゲイツが出席するという。

日本企業ではトヨタが2007年にインドにトヨタ工業技術学校を開設した。倍率は800倍だったという。

英語で自己主張できないのが日本人の弱点とならないように語学教育も重要である。


第6章 金融・年金問題の深層

日本の年金制度は創設された1950−60年当時の経済の高度成長と持続的なインフレ、人口増加が前提の制度だ。次の人口動態調査のグラフが日本の現状を物語っている。

人口動態調査







今のような人口減少フェーズに入ると、年金の破綻は確実だ。

日本でも政府系ファンド設立検討が議員レベルで始まっているが、シンガポールのGIC,中国の中国投資有限公司などの政府系ファンドが存在感を拡大している。

中東オイルマネーはドルからユーロに移っているが、日本政府や中国は1兆ドル近い外貨準備のほとんどをドルで持っているために、ドルが下落すると痛手を被るという事情がある。


第7章 日本の進むべき道 真の抜本改革を!

榊原さんの提案をタイトルだけピックアップすると次の通りだ。

*女性と老人の復権がキーワード

*いまこそ定年退職の撤廃が必要だ

*専業主婦は時代遅れ

*人事制度を大幅に見直しプロを厚遇する

*技術立国が国策、全寮制エリート教育で実現

*人事と予算の権限を教授会から学長へ委譲せよ
学校基本法は「大学には、重要な事項の審議を行うため、教授会を置かなければならない」と定めているが、これは労働組合が会社の予算や人事を決めるようなものであると。

*「教育基本法」を変えても意味がない
行政のテクニックで「何も変えずにお茶を濁したい時は、基本法だけ変える」というものがあると。学校教育法、私立学校法、教育職員免許法などの個別法を変えなければならないと。

*教育職員免許法を撤廃し、社会人を教員に

*(学校)設置法見直しこそ改革断行の切り札

*天下り規制撤廃、行為規制で官民交流を活発に

*証券会社のトップが財務大臣になっていい

*(年金)保険料から目的税へ ー いまこそ大転換すべし
社会保険庁を廃止し、国税庁が一括して徴収

*高度医療は民間保険で ー 混合診療の解禁

*アジア通貨基金を設立せよ

*移民受け入れが21世紀日本の正念場

*知識人よ、世界へ「日本の特殊性」を発信せよ
「茶の本」を英語で出版した岡倉天心、「武士道」の新渡戸稲造などの先人にならえと。

*一神教的「覇権争い」から多神教的「共存共栄」の世界へ

*大改革のために不可欠な「没落」という危機感
改革のためには何よりも強い危機感が必要で、すべての日本人が「10年後には日本は没落しているかもしれない」という危機感、「まさに我々は存亡の危機にあるのだ」という共通意識を持つことが求められていると結んでいる。


まとめると日本は移民を受け入れ、開かれた国にする。年金保険料は廃止し目的税として、教育に力を入れ技術立国を図れということになる。

現在の日本の現状は「戦略なき国家」と言わざるを得ない。誰もが問題意識を持っていると思うが、榊原さんの提言は、問題解決の方向性を示唆しており参考になる。

日本版「フラット化する世界」として、おすすめの本である。


参考になれば次クリックお願いします。




ソウル大改造 李明博 韓国大統領の清渓川再生事業手記

都市伝説ソウル大改造


昨年韓国大統領に就任した李明博(イ・ミョン・バク)氏のソウル市内を流れる清渓川(チョン・ゲ・チョン)再生事業についての手記。

今月ソウルに家族旅行で行くので、再度読み直した。

李明博大統領の支持率も回復しているようだ。

清渓川





出典:韓風(kampoo)

李明博氏は「ブルドーザー」と呼ばれていたので、ソウル市長としての権力をふるってゴリ押しするタイプの人かと思っていたが、この本を読んで、様々な人に気を遣いながら、慎重に事を進めていく黙考熟慮型の人ということがよくわかった。

この本では李明博氏の生い立ちや、平社員からわずか10年あまりで社長に就任した現代建設時代の活躍などは書かれておらず、もっぱら清渓川再生プロジェクトのことだけが書かれている。


李明博氏の経歴

李明博氏は1941年日本の大阪生まれ。終戦後両親とともに韓国に帰国したが帰国途上で船が転覆し、九死に一生を得る。

貧しい農家の息子として生まれ、パンや蚕のさなぎ(ポンテギといって酒のつまみ)などを露天商として売って学費を稼ぎ、苦学して地元の夜間高校からソウルの高麗大学を卒業した。

24歳で現代建設に入社し、ヒラ社員の時は課長の様に、課長の時は理事(役員)の様に常に一歩先を見て行動し、シベリアや砂漠などでビジネスをつくって注目され、入社5年で理事(役員)、12年目の36歳で社長になった。47歳に会長に就任してからは、政治を志し、1992年 51歳の時に国会議員に当選した。

国会議員だった時に1998年から99年までの間、米国のジョージワシントン大学の客員研究員として留学し、環境対策を中心とした国家経営を研究する。

2002年、61歳の時にソウル特別市市長に就任し、清渓川再生プロジェクトで一躍韓国のみならず世界の注目を浴びる。

日本でも清渓川にならって、東京の日本橋再生計画などが議論される様になってきている。清渓川については日本語のホームページもできているので、是非ご覧頂きたい。


下水道化していた清渓川

清渓川再生プロジェクトを思いたったのは、米国に留学してボストンのビッグディグプロジェクトを見学してからだと李明博氏は語る。

ビッグディグとは、ボストンの都心の史跡の風景を損なっている高架道路を撤去し、高速道路を地下化しようというプロジェクトで、米国で最もコストがかかる公共事業工事とされている。昨年末20年近くかかった工事が完成し、これによりボストンの町中の慢性渋滞も解消し、景観も回復する効果があった。

清渓川は元々都心を流れる人工河川で、生活用水などが流れ込み、名前のような清流ではなかった。

韓国の高度成長時代に清渓川の上に清渓川高架道路が建設され、清渓川は暗渠(あんきょ)になっていたが、メタンガス爆発を時々繰り返し、高架道路としての耐用年数を超え、1990年代にはソウルの厄介者になっていた。

清渓川をどうにかしなければならないという共通の問題意識はあったが、どうすべきかは決まっていなかった。

一日17万台の車が通る片側6車線の高架道路で、この付近には露天商の出店が並んでいた。清渓川の復元をすると、大規模な交通マヒが起こり、露天商に対して巨額の補償をしなければならないと、学者たちは反対していたという。


2つの重点目標

ソウル市長就任してからは、交通事情の改善と清渓川再生を2大テーマとして、環境に配慮したサステイナブル都市として有名なブラジルパラナ州のクルティバ市を視察し、ベンチマーキングを行った。

この本では交通事情改善は取り上げられていないが、李明博氏の功績の一つとしてソウルの交通事情改善も有名だ。

清渓川についてはソウル市長立候補時の公約通り、高架道路下の暗渠から、清流流れる都市型くつろぎの公園河川に生まれ変わらせる工事を2年間で終わらせるべく清渓川復元本部を組織した。

清渓川本部は推進本部、復元研究団、市民委員会の3部構成で、工事は3区間に分けて入札で大手建設会社が請け負った。当初は尻込みしていた大手建設会社をたきつけるマーケッティングを行ったのも李明博氏だ。

200年周期の大洪水対策も、模型でシュミレーションを積み重ねて行い、2段の護岸構造とした。

着工直前には、取り壊す清渓川高架道路を歩くイベントを行った。李明博氏は野党出身なので、清渓川再生のための交通規制などに警察などの協力を得られず、着工もあやぶまれていたが、盧武鉉大統領と面談し協力を取り付けると警察も一転して協力的になった。

清渓川は人工河川だったので、ソウルを流れる漢江から水を引こうとすると、水資源公社からは莫大な代金を請求されそうになった。この論争がインターネットで報道され、国民から圧倒的な支持を得たので、無料で漢江から水を引けることになったという。


国際的に評価が高い清渓川プロジェクト

清渓川には平均260メートル間隔で、国際コンペで選ばれた22の異なるデザインの橋を架け、ソウル市の景観を変える効果もあった。

韓国では日本と同様にいろいろな規制がある。たとえば李明博氏が市民から募金を集めて、橋を建設しようと思いたったら、寄付に必要な行自部の承認が得られなかった。そこで募金はやめて、市民にタイルに絵を描いてもらい、それで壁画をつくることにしたという。

李明博氏が一番神経を使ったのが露天商対策だ。最初から権力で露天商を追い出すことはせず、商人対策チームをつくって、延べ4,200回も商人を訪問して十分話し合った。

移設先を文井洞の物流団地と東大門運動場に露天商のための蚤の市をつくったが、それでも移転に反対する露天商にはやむなく強制撤去して、工事を予定通り完成させた。

清渓川再生プロジェクトは2004年にはベネチア建築ビエンナーレで最優秀施行者賞を受賞し、一躍世界の注目を集めるようになった。

日本からも日本橋再生プロジェクトの関係などで、清渓川再生プロジェクトを研究する運動が盛り上がっている。

李明博氏は、「経済効率ばかり追求していては日本は21世紀の先進国とはなり得ない」と発言し、高速道路一つ取り外せない日本の行政を批判し、日本橋再生プロジェクトにエールを送っている。

ちなみに筆者自身は日本橋再生などというケチな事業ではなく、首都高速の主要路線はすべて地下化する一大プロジェクトにすべきではないかと思う。これなら期間限定のガソリン税を払っても良い。


日本生まれ、苦学して大学を卒業、民間企業の経営者としての経営ノウハウ、米国に留学しての都市再生、環境対策の研究、住民との対話を重視する政治姿勢、日本語もできる知日派大統領、李明博氏への期待は高まる。

今や日韓などで対立している時代ではない。まさに漁夫の利で、日韓対立を一番喜ぶのは中国だ。巨大化することが必至の中国に対抗するためにも日韓の2国間関係をさらに深めるべきだろう。

今年6月には訪韓した鳩山氏と会談し、8月31日には鳩山氏にお祝いの電話を入れている。「鳩山氏は話が通じる人」というコメントを残している。

鳩山訪韓






是非これからの日韓関係の深化を期待して李明博大統領の活躍にエールを送りたいものだ。


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