時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2009年08月

もう一言の極意 林文子さんのコミュニケーションの極意

不思議なほど仕事がうまくいく「もう一言」の極意


前回「失礼ながら、その売り方ではモノは売れません」で紹介した横浜市長選挙に立候補している元ダイエー会長で、東京日産販売社長の林文子さんのコミュニケーションの極意。

このブログでは、林さんの「一生懸命って素敵なこと」も紹介している。

林さんは昨年NHKドラマの「トップ・セールス」のモデルになった人だ。

今年7月に講演をお聞きする機会があったが、一見すると普通のおばさんだが、毎日100件訪問をノルマにして、体をこわしたこともあるという下積み時代からの苦労と、トップセールスとしてお客を大事にする姿勢が身に付いていて、全く肩に力が入ったところがないのは風格を感じる。

林さんがこれまでやってこれたのは、「出会った方一人ひとりとのあいだを、できるだけいい関係に育てようとしてきたことに尽きる」と語っている。

林さんは「コミュニケーションの天才ですね」と言われることがあるそうだが、自分なりに努力してきたと語っており、この本でその苦労の一端を明かしている。

まわりを見回すと連絡はメールが主になり、上手に人とつきあえないで悩んでいる人も多いので、林さんの日頃心がけていること、経験を役立てたいとして書いたのがこの本だという。


目次で本の良さがわかる

この本の目次は次のようになっている。

第1章 「もう一言」の話しかけで人間関係は変わる(仕事の9割は、人間関係が決める)
第2章 人脈を広げる、ちょっとした習慣(「話しコミ」の積み重ねで毎日が変わる)
第3章 「ほめぐせ」「感謝ぐせ」をつける(「ほめ言葉」と「ありがとう」が人を動かす)
第4章 言いづらいことほど本気で伝える(感謝される「断る・叱る・詫びる」の伝え方)
第5章 口下手な人も、こうすればうまく話せる(じっくり聞く、ひたすら相手を受け入れる)
第6章 逃げずに真剣に相手と向き合う(深い人間関係を育てると、人生が豊かになる)

筆者は本の目次を見ると大体著者のレベルがわかると思っている。

良くできた目次は著者の頭の中が整理されており、目次に本の内容がサマライズされていて、それこそ頭にスッと入る。

反対にやっつけ仕事で書いたような本は、目次が練れておらず、トピックを並べただけ、自分の言いたいことを書いただけで、読者のことを全く考えていない。このような目次の本は読んでも失望したり、疲れることが多い。

この本の目次には、それぞれ5から13くらいのサブタイトルも紹介されており、目次だけでもこの本の内容が大体わかる非常に優れた目次である。

まずは本を読む前に、アマゾンのなか見検索で目次を是非見て頂きたいが、一例として次のような目次となっている。自分の持っているノウハウを惜しげもなく披露していることがわかると思う。

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自分の経験からのアドバイスなので、それぞれ重みがあるが、単なる経験だけでなく、ちゃんと裏付けがある。

たとえば「とにかく一言、話しかける 次の一言は「共通項」を話題にする」では、まずは共通の友人とか、なんらかの共通項を探すことをすすめている。この共通項は心理学では、フランス語で「ラポール」("rapport")というのだと。

どんな人間関係もラポールが形成されると、あとはうまくいくものだ。ちなみに、この"rapport"は英語でも時々出てくるので、筆者は実は「ラポート」だと思っていた。勉強になりました。

参考になった点をいくつか紹介する。


「声かけ」がさかんな店はよく売れる

スーパーの店頭でも、お客さまが商品を手に取ると、「ありがとうございます。こちらもおすすめですよ」と一言、言えるか言えないかが結果を大きく変えるという。

そういえば筆者の知人が、学生時代にデパートの食品売り場の老舗のお菓子屋でアルバイトしていた時に、他の店としめし合わせて、それぞれの店で買ったお客に「あの店の○○もおいしいですよ」と一言すすめたら、両方の店の売り上げが上がったという話をしていたことを思い出した。


「口下手」は関係ない。慣れと経験がすべて

セールス業界に飛び込んだ林さんは営業の本に、「まず、一日、百軒回りなさい」と書いてあったのを素直に受け止め、本当に一日百軒、訪問セールスをしていた。

それで誰か出てきたら、すぐに相手の心を開かせるような一言を言うクセがついた。

「お花がきれいですね。毎日、お手入れされているのでしょう?」とか、「素敵なお住まいですね。新築されたばかりですか?」とかだ。

「私は口下手で」とか言っている人は、まだまだ苦労が足りないと。積極的に自分から話しかける経験を積んでいかなくては、話しかけひとつだって身に付かないという。

拒絶されても、めげずに話しかける。それを繰り返していくうちに、相手のストライクゾーンを突く話しかけができるのだと。


ネガティブなことはけっして言わない。どんなことにもプラス面を見つける

「どんなに親しい間柄でも、ネガティブなことはけっして口にしないと決めて下さい。」と林さんは語る。

意識して言い方を変えて、常にポジティブな言い方をするのだ。


三分間スピーチ

林さんが支店長をつとめていたBMWでは、スタッフ全員に毎週一回三分間スピーチをしていたという。仕事の話だけしているようでは、信頼関係は生まれないので、スタッフ同士が趣味や気づいたことを言い合った、

それで、うち解けて話をするようになり、チームの結束力が高まった。

それと林さんが心がけたことは、「話コミ」だという。「話とコミュニケーション」をつなげた言葉だが、ともかく機会を見つけて社員の話を聞いていたという。

組織内のコミュニケーションをよくする責任は、上司にあると考えていると。「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」は上司がする。これが林さんの持論だ。

上司の方から、「あの件どうなっている?」とか、「あの件の社内承認は、現在こういう段階にあるから」とか説明するのだ。


勇気を持って、相手の懐に飛び込む これだけで、人間関係の悩みの90%はなくなる

林さんは、可能な限り従業員食堂で食事をする。それも、どこでも空いている席に気軽に座って、「ここ、いいですか?」と言って話しかける。またいわゆる取り巻きをつくる様な、特定の人と食事には行くようにはしない。特に人の上に立ったら、組織内の人間関係を特別な形にしないように配慮することが絶対必要だと林さんは語る。

以前NHKのテレビのサラリーマンNEOでのキャノンの社員食堂の紹介で、会長の御手洗さんが空いている席に座って、社員と談笑していたので、あれはやらせだと思っていたが、案外そうでないのかもしれない。

できたトップの人もいるものだ。


「ランチタイム症候群」

職場の女性たちの間で、ある人は誘わないようにすると、その人は誰からも誘って貰えず、一人でランチを食べなければならない不安から、出社拒否につながってしまう場合もあるという。これが「ランチタイム症候群」だ。

なぜ自分から一歩、踏み出さないのだろう。

自分からあっさり、「私も一緒にいってもいいですか」と一言言えば、たいていの場合問題解決となる。


「商品説明」でモノは売れない お客様目線で「感動」を伝える

林さんは車のセールスをする場合でも、「これこれで、性能は抜群」といった説明はしたことはないと。そんなものはカタログに書いてある。

「私も試乗してみましたが、加速がなめらかで力強くて、とっても気分がいいんです」という様に、あくまで自分が使ってみてどう感じたか、使用感を話すことを心がけたという。

その方がお客の共感を得られやすいのだ。

また結局他社製品を買った客もほめるという。お客の心を次回につなぐのだ。


基本ができていると思う。


細やかな心遣いを感じるのは次のような場合だ。


ただ「頑張って!」では、むしろやる気は落ちる 「期待している」「信頼している」と伝える

よく、うつ状態の人に「頑張って!」と声を掛けてはいけないというが、それと同じことである。

たいていの場合、誰だってまじめに頑張っているが、結果が出ないので悩んでいるのに、「頑張れ」と言われると途方にくれてしまう。

だから林さんは、そんな当たり前のことは言わない。

「あなたには本当に期待しているんですよ」とか、「あなたのことは全然心配していません。必ず力を発揮できる人だから」という言葉の方が、相手の沈んだ心に火をつけて、やる気を燃え立たせるのだと。

「頑張る」という言葉は、自分に対して使うのだ。「私も頑張りますから、一緒にやりましょうね」とか、「私もさらに頑張りますから、あなたもお願いね」とかいった使い方だ。

コミュニケーションの基本は、感謝と共感であると。


カーネギー流のじっくり聞くという姿勢も、第5章で次のようなサブタイトルで説明している。


とにかく、相手の話をよく聞く 自分の話を聞いてくれる人を嫌いになる人はいない

自分20%、相手が80% これが、感じのよい会話のバランス

相手が言いたいことは先取りしない 言いにくいことはこちらから切り出す

言葉の最後まではっきり発音する 録音して聞き直すと、欠点がよくわかる


人間関係はごまかしがきかない

長くビジネスの世界で多くの人に接していると、人間関係ほどごまかしのきかないものはないと痛感させられるという。

どんなに言葉を飾っても、どんなにマナーに気を配っても、それらを超えて、あるいはそうしたもののさらに奥から、その人の人間性が隠しようもなく、伝わってくるのだと。

たとえば先日来社した人から、林さんの部屋に置いてある観葉植物を見て、「お手入れが行き届いていて、幸せなパキラですね」と言われたことがあるという。

その一言で、この人はなんといい方なのだろうと、挨拶を交わす前から好きになってしまったという。「幸せなパキラ」という言い方にその人のやさしさ、思いやりの深さを感じたという。

普段感性豊かな日々を送っていなければ、こんな言葉がとっさに出てこないからだ。


体をこわし、入院したこともある

林さんは、ホンダに10年余り在籍し、女性ではあまり例のない自動車セールス、それも入社の翌月には営業所トップの成績を挙げて、それ以降退社するまでトップの座を譲らなかった…。

この話を繰り返すのは、決して自慢したいからではないと。

実はがむしゃらに働きすぎた結果、体をこわし、入院し、つらい時期を体験しているのだ。しかし病気をした後は、それまで以上に人のことを思いやれるようになったという。

コミュニケーション上手と言われる林さんだが、正直に言えば、つらい思いもいままでかみしめてきた。しかしそれはいままで口に出さずにやってきた。

「辛さをじっと抱きしめる」それが「辛抱」なのだと気づいたからだ。

さすがだと思う。


林さんのおすすめ

林さんは落語の大ファンで、特に好きなのが円生志ん朝談志だという。落語の中に生き続ける人情の機微を大事にしたいのだと。

毎日出かける前に、一席談志のCDを聞くのが朝の楽しみだと。

林さんのトレードマークの、ともかくほめることをテーマにした落語なら、「子ほめ」だという。



林さんのお父さんが青果市場の仲買人で、小学校にあがるまえから歌舞伎や演芸に連れて行ってもらったので、芝居や落語が大好きだという。芸人の「間」は、なんともいえず巧みであると。

林さんは文学少女だったが、なかでも大正・昭和時代の小説が好きで、永井荷風の「墨東綺譚」が特に好きだと。

〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)
著者:永井 荷風
販売元:岩波書店
発売日:1991-07
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


「墨東綺譚」は全部読んだことがなかったが、林さんの本を読んでから読んでみた。ついでに同じ永井荷風の「断腸亭日乗」も読んでみた。

東京下町の日常生活がわかるという意味では、どちらも面白く、「断腸亭日乗」は、戦前・戦中の生活がわかって興味深い。

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)
著者:永井 荷風
販売元:岩波書店
発売日:1987-07
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


本を読まなくなったことと、人付き合いが苦手な人が増えていることは、根っこでつながっているように思えてならないと林さんは語る。


目指すのは3K

3Kといっても、林さんの3Kは、「感謝・感動・感激」だ。


「人が好き。花が好き。仕事が好き。」

最後に林さんの好きな言葉が紹介されている。

「人が好き。花が好き。仕事が好き。」

これが色紙などによく書く言葉だという。

花は繊細で弱い生物。でも強靱さも秘めていて、少しぐらいの風ではびくともしないで、美しい花を咲かせている。

人間も同じで、ときには傷ついても、憎しみに出会っても、それらを乗り越えて笑顔でいる。そんな人に会うと自分もそうありたいと思うと。

そうした人になるには、仕事をすることが一番だと思っている。仕事を通して人は磨かれ、しだいに強く美しく、おだやかに、あたたかくなっていくのだ。

このブログで紹介した伊藤忠の丹羽さんの「人は仕事で磨かれる」も良い本だが、それと同じだ。


「人生とは何か?」そう聞かれたら、林さんは「人がすべて」と答えると。

すべての人に学び、育てられ、磨かれていく、それが人生、生きる喜びである。

「いまの私があるのは、これまでの人生で出会った、すべての人のおかげです。」

さすが林さんだ。

読んでみて感動を与える本である。林さんのファンになってしまう。

もっと林さんの本を読みたいと思わせる良い本である。


参考になれば次クリックお願いします。


失礼ながら、その売り方ではモノは売れません 林文子さんのセールス教本 

前ダイエー会長、東京日産販売の社長で、今回の横浜市長選挙に民主党の支援を受けて立候補した林文子さんの自伝的セールスノウハウ論。

林さんは2008年5月放映のNHKの土曜ドラマ「トップセールス」のモデルとなった。

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このブログでは「一生懸命って素敵なこと」を前回紹介した。


失礼ながら、その売り方ではモノは売れません

タイトルが挑戦的なので、本を手に取るのにも反感を覚える人もいるかもしれないが、普通の女性の目線で書かれた好著である。

(ところでこのタイトルは林さんが自分でつけたタイトルとは思えない。出版社の売らんかなというタイトルなのでは?)

一般的には知られていなかった人がダイエーのトップになったので、筆者をはじめとして不思議に思った人も多いと思うが、この本を読めば林さんがただ者でないことがよくわかる。

30年間車を売った経験しかない訳だが、人にモノを売り、かつそれを他人にわかりやすく説明するという点に関してはずば抜けた才能があることがよくわかる。

セールスノウハウ本は著名コンサルタントなどの本もでているが、この本は自分の体験をもとにした印象に残る具体例が多く、誰でも取り入れられるストーリーだからこそ説得力がある。

生活者の視点で書かれており、頭にスッと入る。

林さんは高卒後東レに就職、事務職として働き結婚。たまたまホンダのシビックを購入した時のセールスマンがあまり気の利かない人でありながらトップセールスマンであることを知り、自分でもやれるのではと31歳でセールスの世界に飛び込んだ。

女性のセールスは初めてだったので、研修も手探りで、ともかく外回りということになり、トヨタのトップセールスマンの書いたノウハウ本を読んで、1日100軒訪問すべしと飛び込み営業を始めた。

外回りでご用聞きに徹し、いきなり入社1ヶ月で支店でトップセールスになり、外回りからショールームでの接客に昇格。

他のセールスマンが客を見定めて、ひやかし客を見切るのに対し、わざわざ足を運んでくださるだけでもありがたいという気持ちから、もてなしに十分気を使い、お客はすべて大切に扱ったので、さらに実績を伸ばし、その後もトップセールスを10年間維持する。

たしかに『奥様、とてもすてきなブラウスですね』とか『ご夫婦仲がよろしくて結構ですね』とか言って近づいてきたら、客の警戒感も解け親しみを感じるだろう。

決して自社製品をほめないとか、客の性格を読む、相手のスタイルに自分を合わせるとか、きっちりとカーネギー等の人を動かす基本も押さえている一方、その日のうちに答礼訪問とか『できるセールスマン』の積極さも兼ね備えている。

「林さんは説明が熱心だったから、きっと後で家にくるよ、と話をしていたんだ。あれならアフターケアも大丈夫だと女房も言っていてね。」

ホンダで10年努めて販売課長になって、BMWに転職する。最初はノーだったので、履歴書にレポートを添えて、「これから田園都市エリアは重要になる。田園都市を熟知している私が10年つちかったノウハウをつき込むので、是非採用してくれ」と言ったら、即採用。

入社2年目で98台を売り、その後5年間はトップ。業績の悪い新宿支店長に抜擢される。社員のいいところをほめ、やる気をださせるやり方で業績トップ支店とする。

ショールームでのコンサートを始め、『BMW新宿桜能』という催し物も開催。次の新川では『新川能』を開催。能とBMW、なぜかフィットする。すごい発想である。

新川支店でも業績が上がってきたところで、フォルクスワーゲンから直営ディーラーのファーレン東京社長として誘いがくる。

迷っていたがフオルクスワーゲングループジャパンの外人社長から
1.社員を幸せにしてくれませんか?
2.女性として機会をつかまえ、成功に導くことは日本の働く女性にとっても励みになるのではないでしょうか? 
3.そのためのサポートなら私はあなたのためになんでもします。
という殺し文句に感動し、転職する。

ファーレン東京は当時長期赤字を続けていたが、自分の生活も楽しめない人が、高級車を売れるとは思えないとして、9時閉店を7時閉店に繰り上げ営業時間を短縮。

この改革が社員の気持ちに火をつけて、密度の濃い仕事をするという意識に変わり、2年で黒字転換、その後も売上を伸ばした。

経営者となって自分の裁量で決まる範囲が格段に広くなることを実感し、社長業のおもしろさがわかってきたと。

いくつか参考になる章のタイトルだけ紹介すると。
*営業に奇策なし
*マーケティングでモノは売れない
*われわれ営業は『個売業
*こどもに高級車を売る(小さい兄弟の相手をしてあげたら、数ヶ月後両親が来社し1千万円の車を買ってくれたことがある)
*営業ツールはこれだけ(自分の声・顔=電話、面談)
*買い物はエンタメである(Shopping is entertainmentの楽天も同じだ)
*ホウレンソウするのは上司のほう
*CSよりES、そしてFSへ(CS=Customer Satisfaction, ES=Employee Satisfaction, FS=Family Satisfaction)
*女性へのちょっとしたアドバイス


『売れる人の共通点』という章は面白い。

駅頭でティッシュとチラシを配っている男女がいたが、ティッシュの女性は人のじゃまをしているようなポジショニングで全然ダメ。チラシの青年は人の流れが湾曲したポジションをねらって手際がよい。林さんが話を聞いてみると:

「誰でも面と向かって待っていられると、ちょっと欲しいなと思っても自分の思いを見透かされている様な気がして、あえて貰わないですね。僕はやや顔を下向きにして、人の足先が視線に入るのを見ているようにしているのです。」

「圏内に入ったなと思ったら、すっと相手の手元にチラシを、触るか触らないかといった感触で近づけるのです。この手元にスッとというのが大事な呼吸なんです。」

「相手が反射的にチラシを握ってしまう、そのタイミングが手元にスッなんです。だからチラシも尻のあたりに隠すように持っているほうが、より効果的です。」

なるほど頭にスッとではなく、手元にスッともあるんだ。

できる営業の3要素は次であると:
1.人が好きなこと
2.勇気を持つこと
3.積極性
あくまで普通の人の目線である。

社長のワンポイントアドバイスではこう言うと:

「みなさん、初めてのお客様が見えたら一番初めに何を感じ、どう考えるでしょうか?」「まずお客様個人に関心を持ってください。どこからお越しになったのか?どんなお仕事か…。人が好きでなければ人への関心も持てないでしょう。」

筆者がガツーンとやられたのは、『年齢で売り方が違う』という章。若い頃はひたすらエネルギーで押し通したような売り方。どの家はどの車を持っているかすべて知っていて、他社の新車に変わっていると地団駄踏んでくやしがった。

やがて経験を積むと、強引なやりかたは反作用も強いということがわかり、他社に決めても「それはよかったですね」と客の気持ちをサポートする様な営業にかわる。人脈もできて、新規、既納客、紹介が1/3づつとなってくるのが30代、40代の売り方。

50代になると電話一本で話が決まるようでないといけません。」たしかにそうだ。20代、30代と同じ事をやっていては価値がないよね。

別ブログでも紹介したソフトブレーンの宋さんの「日本の営業は非効率的なことをやっている」との指摘に対しては、自分はアナログ型で、デジタル型だけで営業ができるとはどうしても思えないと。

最後にこうくくっている。

ではあなたの使命は?」「お客様に尽くすこと。」

なるほど。だから主婦の店(中内さんの創業店の看板)ダイエー再建や横浜市長選挙をひきうけたんだな。

がんばれ林さん!



参考になれば次クリックお願いします。




ゴールドマン・サックスの"BRICs and beyond" いよいよ現実となる伝説のレポート

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本というと書店で買うものと通常は思うが、今回は企業のホームページからダウンロードできる本の紹介だ。投資銀行のゴールドマン・サックスは経済レポートをホームページで公開しており、だれでもダウンロードできる。

このブログでも紹介した「フラット化する世界」や、別ブログで紹介した「日本は没落する」で引用されているBRICs諸国の躍進を予測した2003年10月の伝説的レポート"Dreaming with BRICs:The Path to 2050"も収録されている。

ゴールドマン・サックスのホームページ(英語版)"Ideas"というセクションがある。ここにBRICs関係のレポートや、経済成長、環境とエネルギーなどの分野のレポートが掲載されている。

英語のホームページにはBRICs研究の責任者のジム・オニールが、今最も面白いのはブラジルであると語っている2008年2月のインタビューが日本語字幕付きで公開されており、参考になる。

今回紹介する"BRICs and beyond"は全部で270ページ余りなので、読むのに決心が要るが、2003年に出された"Dreaming with BRICs"は全部で20ページ強、付録を除くと本文は17ページなので、まずはこのレポートを読むことをおすすめする。

英語のレポートを読むのは慣れていないと大変ではあるが、やはり日本語と英語では情報量が違う。時々はゴールドマン・サックスのホームページなどをチェックすることも参考になると思う。

日本のゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント社のホームページにもBRICsに関する情報が多く載せられているが、もっぱら投資環境情報で、マクロ経済についてのまとまったレポートは英語のレポートを読むしかない様だ。

投資運用ではモーガンスタンレーのMSCIコクサイインデックスファンドが世界的な指標となっているが、モーガンスタンレーのホームページでも市場環境のレポートが公表されている。

今回紹介するゴールドマン・サックスの2007年12月の"BRICs and beyond"レポートは、各国にいるアナリストがそれぞれの国について2006年から2007年にかけて書いたものを編集して一冊の本としている。

その中にはこれもゴールドマン・サックスが2005年に作った言葉であるN−11("Next eleven")の韓国、フィリピン、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、イラン、エジプト、ナイジェリア、トルコ、メキシコというBRICsに次ぐグループの国々のレポートの改訂版も含まれている。

左が2003年10月の"Dreaming with BRICs"で紹介されていた有名な図だ。車のアイコンはいつの時点でBRICsの国が、G7の国を抜くかを示している。これが、2007年3月の"The N-11: More than an Acronym"で見直しされており、それが右の図だ。BRICs諸国の成長はさらに早まることが予測されている。

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今回の改訂で、BRICs合計のGDPがG7を上回るのは当初予測の2040年より早まり、2032年と改訂され、中国が米国のGDPを上回るのも当初予測の2035年から2027年と改訂されている。

中国が日本のGDPを上回るのも、当初の2016年から、2010年に改訂されている。

2008年の世界同時金融危機は誰も予想していなかったと思うが、それにしてもゴールドマンの予測が現実になりつつあることに驚く。

正直筆者も中国が日本のGDPを2010年に越えるというゴールドマンの予測は全く信じていなかったが、いまやそれが現実になりつつある。

次がこのレポートの140ページに掲載されている2007年に改訂された2025年の世界のGDP上位国と2050年のGDP上位国の予測だ。

この図でわかるとおり、2050年には日本はG7の中でこそ米国に次ぐ2番目だが、全世界ベースでは中国はもとより、インド、ブラジル、メキシコ、ロシア、果てはインドネシアにまで追い抜かれ世界8位になると予測されている。

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2050年の世界のランキングとGDP予測は次の通りとなる。(括弧内は2006年のGDPと2050/2006比率)

1位 中国     70.1兆ドル (2.7兆ドル、26倍)
2位 米国     38.5兆ドル (13.2兆ドル、2.9倍)
3位 インド    38.2兆ドル (0.9兆ドル、42倍)
4位 ブラジル   11.4兆ドル (1.1兆ドル、10倍)
5位 メキシコ    9.3兆ドル (0.8兆ドル、11.6倍)
6位 ロシア     8.6兆ドル (1.0兆ドル、8.6倍)
7位 インドネシア  7兆ドル   (0.4兆ドル、17.5倍)
8位 日本      6.7兆ドル (4.3兆ドル、1.6倍)
9位 英国      5.2兆ドル (2.3兆ドル、2.3倍)
10位 ドイツ    5兆ドル   (2.9兆ドル、1.7倍)
11位 ナイジェリア 4.6兆ドル (0.1兆ドル、46倍)


成長の要因

その国の経済成長を支える要因としては、この本では次を挙げている。

1.マクロな安定度
2.法の統治等の仕組みとしての安全度
3.経済の開放度
4.教育

ここでも「フラット化する世界」と同様、教育の重要性が大きく考慮されている。

これらを数値化したのが、ゴールドマン・サックスで2005年に導入されたGES(Growth Environment Scores)で、これによって国の成長環境を判定している。このGESの判定要素は次の13の指標で、それぞれ0から10の評点となっている。

1.インフレーション
2.政府の財政赤字(対GDP比率)
3.対外債務(対GDP比率)
4.投資率(対GDP比率)
5.経済の開放度
6.電話普及率
7.パソコン普及率
8.インターネット普及率
9.中等教育の年限
10.平均寿命
11.政治の安定度
12.法の支配
13.汚職


次が2006年のGESによる各国の成長環境の評価だ。1位から4位はスウェーデン、スイス、ルクセンブルグ、シンガポールである。

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このレポートの意味するもの

この270ページにもわたるレポートを読んでいていくつかキーワードがあると感じた。

それは、次の通りだ。

1.各国の高度成長を維持するためには人口増加が必須となること
2.成長を維持するために教育水準の向上が欠かせないこと
3.政治の安定が必須条件であること
4.通貨の上昇が見込まれていること


通貨の上昇が成長の要因

ゴールドマンのレポートでは、国の成長率を維持する理由の2/3はその国の生産性向上率、1/3は通貨の上昇だ。実際、30年間でBRICs通貨は対ドルで300%上昇すると予測されている。

将来の予測にはドル相場がどうなるのかも大きな要因だ。

中国、湾岸諸国がドルペッグを維持するかどうかが鍵である。

日本もそうだが、これらの国は外貨準備の大半がドルなので、ドルが他の通貨に対して下落を続けても容易にはドルから切り替えることはできず、手詰まりの状態となる。

この安全弁が崩壊すると、それこそドルの大暴落につながる可能性があるのだ。


マクロでの比較

この本ではBRICs及びN−11についてそれぞれの国のアナリストが、それぞれの国の強み、弱みを整理しており、いわば鳥瞰図的に理解できる。

マクロ経済レポートでもあり、個別企業についての説明はほとんど皆無なので、個別の企業の活動については他の本を読む必要がある。その意味で、この本と「フラット化する世界」は良いコンビネーションだと思う。

"BRICs and beyond"の国別のレポートでも言われているが、各国のアナリストたちはゴールドマン・サックスの本社アナリストたちよりも自国の成長について強気であり、特に中国とインドについては、今回の見直しよりもさらに成長が早まると見ているそうだ。


ずば抜けている中国の底力

BRICs4ヶ国、そしてN−11の国につきいわば同じ土俵で評価しているが、やはり中国の底力がずば抜けているという印象を強くする。

将来の成長を阻む要因となっている一人っ子政策や人々の移動を阻む戸籍制度の「戸口」制度は、いずれ見直される可能性が高い。

9年制の義務教育と一人っ子政策の結果、国民の教育熱は高く、より高度な教育を受ける比率が高まり、大学進学率は10年前の5%弱から、現在は20%に上昇しており、2020年には40%に上昇することが見込まれる。

高等教育を受けた親を持つ子供は、大学に行くのが当然と考えるので、そうなると教育水準は上がり、さらに「戸口」の改革により若年労働力が都市部に入ってくると労働プールにも3千万人単位での若年労働力が生まれる。

加えて世銀の勧告等で一人っ子政策が緩和されると、人口ピラミッドも是正され、将来の成長力にもつながる。

日本の大学入試センター試験の志願者数は過去のピークで60万人、現在は約54万人となっているが、中国の同等の試験である「高考」の志願者は1,000万人を超えている。

中国の大学生に占める工学部系の比率は60%。仮に1学年で1,000万人とすると、600万人のエンジニアが毎年卒業する。それに対して日本の工学部志望者は年間27万人、実に1/25である。これでは全く勝負にならない。


成長率の加速が見込まれるインド

インドは古くは1500年頃までは世界のGDPの約3割を占める世界最大の経済国だった。1500年頃に中国が世界最大の経済国となったが、中国も1800年前後に産業革命の起こったヨーロッパに抜かれる。

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ゴールドマン・サックスのレポートは、中国とインドが2050年頃には世界1・2位になると予測しているが、18世紀以前の世界ランキングに戻ることになるわけだ。

インドは黄金の四辺形ハイウェイが完成し、インフラは今後も改善され、成長率も加8%から2010年までには10%超まで加速し、それから10%近い成長が継続することが見込まれる。

農業から工業やサービス業への労働人口のシフトが起こるので、成長率が底上げされることになる。インドには世界で最も成長の早い30都市のうち10都市がある。都市人口が増えると建設や電力などの需要が急速に増加する。

ゴールドマン・サックスのレポートにはないが、インド南部はモンスーンという自然の脅威があり、モンスーン期間中は船での輸送はできないので、インドは交通のハブにはなりえない。

平均教育年限が5.1年という国民の教育レベル、会社を閉鎖するのに10年掛かると言われている非効率な政府手続き、カースト制、女性労働力の未活用という問題がある。

100人以上の会社では事実上解雇ができないという話もある。

これも書かれていないが、宗教上牛あるいは豚は食料にできないし、食料生産に適していない気候や風土ゆえ、人口が増えると飢餓人口も増えるおそれがある。

教育も私立大学は厳しく規制されており、高学歴者を多く生み出す体制とはなっていない。

このようにインドには人的資源という意味では大きな問題があると筆者は感じるが、このゴールドマン・サックスのレポートでは、これらのネガティブな面はサラッと触れられているだけである。


ロシアの問題は法の支配

ロシアは最近税法、労働法、土地所有法を相次ぎ制定しているが、基本的に法の支配がない。

シェル、三井物産、三菱商事が参加していたサハリンIIの過半数の株式をロシア政府の圧力でガスプロムがいわば強奪したことが良い例だ。

報道メディアも支配下に置いたプーチン院政の間は安定することが見込まれ、2012年にはプーチンが大統領として復帰する可能性も取りざたされている。

政治的には安定しようが、外資にとっては法の支配がないと、安心して投資はできない。

プーチン時代は平均年率6.8%成長し、インフレも9%程度に落ち着いた。

しかし単にエネルギー価格が上がって外貨準備が増え、石油代金変動勘定が増えるだけという状態なので、投資なき成長という状態だ。

また現在の人口の142百万人が2050年には109百万人に減少すると見込まれ、GDP成長率も今後低下することが見込まれることはネガティブ要因である。


成長が加速するブラジル

ブラジルは昨年から鉄鉱石や大豆などの一次産品の価格上昇とエネルギーの自給を達成したことにより、成長率は年率5%程度にアップしている。

一応の産業インフラはできあがっているだけに、他のBRICs諸国ほどは高い成長性が見込めないが、それでも従来の成長率2−3%よりは高い。

今後はリアル高、高金利の中で民間部門の投資が増加できるかどうかが鍵である。

筆者は1978年から1980年までアルゼンチンに駐在していたことから、ブラジルとは30年のつきあいだが、国としての先見性という点で昔からすごい国だと思っていた。

何もない高原に首都ブラジリアを建設したり、30年以上前からエタノール混合燃料車を走らせていたり、セラードと呼ばれる農業用地の大規模開発による大豆の増産、鉄鉱石や一次産品の生産拡大などその計画性、先見性は旧共産国をはるかに上回るものがある。

政治的には安定しているが、インフレ率を低く抑えられているのは、通貨の切り上げによる効果が大きく、逆に工業製品は高金利と通貨高により競争力を失っている。

ブラジルはインフレこそ5%前後に収まったが、依然として企業向け貸し出し金利は約30%も高く、いわゆるリアルキャリートレードで、外国からの短期投資資金が流入し、リアル高を支えている。

ブラジルについては、鈴木孝憲さんの本のあらすじを近々紹介するので、これを参照して欲しい。


世界のエネルギー事情

IEAの統計のページに各国の種類別のエネルギー供給がパイチャートになっているので、比較してみると面白い。

最初が全世界の種類別のエネルギー供給、次がアメリカのエネルギー供給だ。ほぼ似通っている。

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次が日本で、同じような傾向だ。それに比べてその次のブラジルは全く異なる。

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再生可能エネルギーの比率が高いことがわかる。深海油田開発技術を生かして、石油も今や自給できるので、自国で生産できる石油と水力、エタノール、木炭などの再生可能エネルギーが主体である。

左のロシアは天然ガスの世界最大の生産国なので、天然ガスの比率が高い。同じ南米でも右のアルゼンチンはブラジルと異なりロシアに近い。天然ガス産出国だからだろう。

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中国は世界最大の石炭生産国なので、石炭の比率が圧倒的に高い。石炭はCO2排出量も多く、中国の環境問題は地球環境に悪影響を及ぼす可能性もある。中国に比較的似ているのがインドのエネルギー事情だ。インドも世界第3位の石炭生産国なので、石炭の比率が高い。

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インドはバイオマス発電大国で、全土に2,000近く小規模のバイオマス発電所があるという。キャッサバ、サトウキビかすが主な燃料だ。インドでは牛糞も古くから燃料として使われてきたので、牛糞も燃料となっているのだろう。鶏や動物の糞は今や最先端のバイオマス燃料だ。


中国の問題

中国の問題は、政治的安定がいつまで続くかという点と、環境問題だ。上記のように中国のエネルギー源は石炭で、石炭はCO2排出量も、また排煙をちゃんと処理しないと酸性雨の原因となる亜硫酸ガスなどの排出も多い。

なんといっても中国と日本は同じ経済圏にあるので、中国の環境問題は日本の重大関心事であり、人類生存の問題でもある。

その意味で、小宮山東大総長が「課題先進国日本」と呼ぶ様に、日本の環境技術が中国、ひいては世界の環境を保全し、そして日本も栄えるというそんな未来図を考えさせられた。


英文を270ページも読むのはかなり大変なので、まずは20ページのBRICsレポートを読むことをおすすめする。

昨年中国がドイツを抜いて世界第3位の経済大国になったが、これはまさに2003年のBRICsレポートが予測していたのとぴったり一致している。

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好むと好まざるとにかかわらず、これからもこのレポートで予測されたシナリオに近い形で現実となっていくだろう。その意味では必読のレポートだと思う。


参考になれば次クリックお願いします。






一生懸命って素敵なこと 林文子さんの自伝的ビジネス論

前ダイエー会長、東京日産販売の社長で、今回の横浜市長選挙に民主党の支援を受けて立候補した林文子さんの自伝的ビジネス論。

先日林さんの講演を聞く機会があったが、筆者もいい年して、感動で涙がこみ上げてきた。人に感動を与えるカリスマ性はさすがだ。

一生懸命って素敵なこと



林さんの三部作

このブログでも林さんの2005年7月発刊の「失礼ながら、その売り方ではモノは売れません」と2007年10月の「もう一言の極意」の二冊のあらすじを紹介している。

実は「林文子」でグーグル検索すると別ブログが4位くらいに表示されるので、先週から別ブログも訪問者が増えている。

この本は2006年1月発刊で、ちょうど前述の二冊の本の間に書かれている。最初の「失礼ながら…」がダイエー会長CEO就任直後、この「一生懸命…」がダイエー会長CEO在任時、最後の「もう一言…」がCEOを退任し、ダイエー退社直前という三部作だ。

この本では他の本では詳しく述べられていない いわば水鳥の水の中のみずかきの部分の話が林さんの生き方、仕事術として明かされている。

林さんみずからは次のように書いている。

「働く女性たち、とくに若い女性たちに心からのエールを送りたい。私のこれまで歩んできた道のりが、少しでも働く女性たちの励み、ヒントになればと願っている」


この本の構成

この本の目次は次の通りだ。アマゾンのなか見検索で「一生懸命って素敵なこと」の目次がすべて見られるので、是非参照して欲しい。

第一章 私がダイエーでやっていること
第二章 幼い頃から人が好き
第三章 トップセールスマンへの道
第四章 経営の要点は「人」である
第五章 女性の力が企業を活性化する

林さんがダイエー再生に乗り出して、最初に行ったことは従業員用トイレの改修である。CS(Customer Satisfaction)の前にES(Employee Satisfaction)というのが経営者として林さんが言ってきたことだという。


林さんの経歴

林さんが最初にアルバイトをしたのは小学校五年の夏休みにお茶くみをしたことだった。それ以来夏休みになったらアルバイトをして、1965年に高校を卒業して東洋レーヨンのOLとなるが、結婚前の腰掛け的な仕事に飽きたらず、22歳で松下電器の部長秘書として転職する。

しかし、すぐに社内結婚したので居づらくなって半年で退社し、オムロンに転職する。その後31歳でホンダのセールスウーマンになるまで七つの職場を転々としたという。

林さんはOLと書いているが、昔はBG(ビジネスガール)と呼んでいたと思う。BGと言っていた時代の女性社員の仕事は、林さんが書いている通り、お茶くみ他のアシスタント業務で、女性の能力を全く生かせていなかった時代だ。


セールスパーソンに転身

林さん夫妻は二代目の車としてホンダのシビックを買ったが、その時のセールスマンがうだつの上がらない人ながら成績優秀だと聞き、自らホンダのセールスに飛び込んだ。これがセールスパーソンになったきっかけだ。

当時ホンダの集合研修には女性は参加できなかったので、営業所の社長が事務処理や最後に心のこもった洗車まで、3日間自ら林さんに教えて、外回りの営業を始める。

セールスの本を読んで一日百軒を目標にして、自分の顧客リスト・メモをつくった。林さんは「ご用聞き営業」に徹していたという。

林さんを訪ねて多くのお客が来訪するようになったので、それに応対するために営業所の内勤になった。他のセールスマンは客を品定めしてから応対するのに、林さんのやり方はまずお客をお迎えして、客の話を聞き、おもてなししてから車の話をする。

相手が子どもでも、ラフな格好の短パンサンダル履きの若者でも、若い女性でも心のこもった対応は変わらない。

お客にはこんな感じで声を掛ける。「奥様、お若いですし、良いお声ですね。」到底男のセールスマンには真似できないだろう。

そして必ずその日のうちに自宅を答礼訪問する。そのやり方ですぐに営業所のトップになった。

普通のセールスマンは年間40台くらいだが、ホンダに入った最初の年は80台、最高は140台で、毎日15−16時間働いていたという。


BMWに転職

40歳で営業所長になったが、半年で過労で倒れてしまった。医者からは「このままいったら、50代まで生きられないよ」と言われたという。

そこで転職を決意して、BMWの世田谷の営業所に直接電話を掛けたが、女性セールスは採用していないと、その場で断られたので、今度は自分を売り込む七ページのレターを送って面接の約束を取り付けた。

林さんを採用するといかにメリットがあるかという内容のレターである。まさにカーネギーの「人を動かす」で出てくるニューヨークからアリゾナに転居した女性銀行支店長の話そのままだ。

BMWに入ったら41歳の営業所長経験者の自分はヒラ、そして林さんの推薦で採用された男性セールスマンは最初から主任と差別を感じた。それに発憤し、BMWのトップセールスの人から名刺をもらい、来年は必ずその人を抜くとその人の名刺を見つめて誓った。

BMWでも「おもてなし」を大切にしたことから、翌年は林さんが九月まではトップになった。通年ではその人が102台でトップ、林さんが98台で二位だったが、その後は林さんがトップを五年続けた。

このBMW時代の話は、セールスの心得本としても役立つことが多いので、サブタイトルを紹介しておく

・最高の商談を演出すること
・お客を好きになるのも才能の一つ
・先入観でお客を選ばない
・クレーム処理は大事な仕事
・長くおつきあいするともっと素晴らしいことが
・説明でなく”感動”を伝えること

その後BMW初の女性所長として新宿支店を任せられ、業績を急回復させ、新川支店に移ってまた業績を向上させる。

林さんは「ほめ殺しの林」と言われていたという。ともかくセールスマンをほめまくる。人を育てることは本当の喜びであると。


再度転職

53歳の時にフォルクスワーゲングループジャパンの英国人社長から電話が掛かってきて、「社員を幸せにして欲しい」とファーレン東京の社長としてスカウトされる。

ファーレンではまず営業時間を短縮した。社員に生活のゆとりを与え、年功序列も廃止した。ほめ殺しでやる気にさせた結果、四年間で売り上げは倍増した。

そうすると今度はBMWからBMW東京の社長に呼び戻された。

「心を大切にする、人を大切にする、CSの前にESありきということを、是非BMWに戻ってきて実現して欲しい」と頼まれたのだという。

以前からやっていたBMWショールームでの能やコンサートなどのイベントも、お客の風間杜夫さんに頼んで、ショールームで「カラオケマン」という一人芝居をやってもらい、お客を招いて風間杜夫さんとの交流パーティを開いたという。

おもてなしもさらに充実させ、ショールームにはコンシェルジュを置き、ホテル並みのホスピタリティを提供した。さすがBMWだ。


トップセールス、そして女性へのエール

トップセールスには次のような性格の人が向いているという。

1.人にも物事にも好奇心がある
2.目標数字をプレッシャーと感じず、自分をレベルアップさせて達成感を得ることを喜びと感じられること。チャレンジ精神があること
3.明るくポジティブな性格であること

林さんは、イー・ウーマン代表の佐々木かをりさんが開いている国際女性ビジネス会議に毎年参加し、女性の社会進出を応援している。会議で講演したら、参加者一人一人と名刺を交換して話を聞くので、パーティでも全く食事できないという。

女性はオープンで、ビジネスに向いているというのが林さんの意見だ。女性こそ日本の企業を活性化できるのだと。

女性はあきらめてはいけない。いまこそチャンスだと林さんは呼びかけている。たとえばゴールドマン・サックス証券日本法人の社員の40%は女性だという。

女性に対する力強いエールだ。今の林さんがあるのも、これまでの努力の賜物であることがわかって参考になる本である。


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政権交代 民主党政権になると活躍が予想される榊原英資さんの政権交代必至論

政権交代政権交代
著者:榊原 英資
販売元:文藝春秋
発売日:2008-04-23
おすすめ度:4.0
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元大蔵省財務官で、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資さんの政権交代必至論。

2008年4月の本だが、榊原さんの書いたことがいよいよ実現しそうな勢いだ。

本の帯に「幻想ではない。歴史的な必然である」と書かれ、小沢一郎民主党党首との対談も収録されている。

なんでこの時期に現在早稲田大学教授の榊原さんがこのような刺激的なタイトルの本を出すのか、いまひとつしっくりこなかった。

しかし、この本を読んで、榊原さんが大蔵省在任時代の30代半ばで新自由クラブの設立綱要の素案を書いたり、選挙に出馬も考えていたことを知り、榊原さんが以前から政治活動に大変興味を持っていることがわかった。

だから2008年にこのようなタイトルの本を出したのだと思う。

内容を読むと、榊原さんが考える政策要項という様な部分はむしろ少なく、戦後日本の政治を担ってきた自民党が、吉田内閣の平和国家−軽武装路線からスタートし、1970年代の高度成長時代まではビジョンを持って国づくりをしてきたこと、特に30本もの議員立法を含む120本の法律を成立させ、官僚を意のままに使った田中角栄の力が大きかったことがよくわかる。

しかし次第に自民党はビジョンを失い、小泉内閣などのポピュリズム政治と化して、政権交代をしないと日本が世界の中で取り残される状態になってきたことを説明している。

アマゾンのなか見検索には対応していないので、目次を紹介しておく。

第一章 自民党長期政権の構造
第二章 自民党の危機と巧みな延命路線
第三章 小泉「改革」による破壊
第四章 生き残りを賭けるときにきた日本
第五章 新しいくにのかたち
第六章 「政権交代」核心対談 小沢一郎民主党代表に聞く

このブログでも紹介した「日本は没落する」では、現在の日本の様々な問題点を指摘しており、ラディカルに日本を変えなければならないことを力説している。

日本パッシングから日本ナッシングになりつつあっても、日本の復活は決して難しいものではない。しかし、そのためには日本をラディカルに変えるプログラムを着実に実行することが必要である。

この10年の経験からすると、自民党中心の政権ではラディカルな変革はまず無理なので、民主党にも問題はあるが、政権交代をして民主党中心の政府に賭けてみるしかないのではないかと榊原さんは語る。


格差なき経済成長は世界でも異例

最初に榊原さんは、1970年代までの高度経済成長を可能にした吉田茂の平和国家路線、池田勇人の所得倍増論と金融資本を核とした産業政策、高度成長から生じた格差を是正した田中角栄の公共事業を中心とした地方振興政策について説明している。

高度成長を達成しながら、平等な社会を実現するというのは、如何に難しいか中国の現状を見ればわかるという。その両方を達成したのは、自民党の政治家と官僚がグランドデザインを書いて、国の舵を切ったからだと。

榊原さんが大蔵省に入った時の大蔵大臣は田中角栄だったが、田中は幹部の名前は勿論、息子や娘の名前まで覚えていて、進学や誕生日などの機会に、「今日は○○ちゃんの○○だろう」と言いながら、ぽんと100万円くらいの現金を渡したのだという。

業者からお金を貰うと収賄だが、大臣からお金を貰っても違法ではないので、幹部はみな断るのに困っていたという。


日本を作りかえた田中角栄

田中は頭の回転が速く、記憶力も抜群で、発想も非凡であり、大変な行動力の持ち主だったという。一人で30本も議員立法を成立させたのは、後にも先にも田中角栄だけだと。

農産物の価格維持と地方での公共事業により、国全体の経済発展と都市・農村の格差解消という矛盾する二つの政治課題を両立させることができたのだと。

筆者が大学に入った時は、日本列島改造ブームで、大学祭での筆者の大学のクラスの出し物は、「日本列島改造論」研究だった。

日本列島改造論 (1972年)


田中角栄が議員立法で成立させた法律が今でも生きている。

3月に一時的に期限が切れ、4月に復活したガソリン税を道路建設に使う「道路整備費の財源等の特例に関する法律」、高速道路料金の「プール制」、そもそもの「道路法」、新幹線建設を決めた「全国新幹線鉄道整備法」などだ。

その他「住宅金融公庫法」、「国土庁設置法」など120近くの法律、住宅公団関係の法律、筑波学園都市建設など、すべて田中角栄の仕事だという。


田中角栄後の自民党政治

ところが1970年代に石油ショックやニクソンショックなどで、高度成長が終わると自民党の政策は財政赤字を生み出す様になり、1976年にはロッキード事件で田中角栄が逮捕され、それまでの自民党の路線は変更を余儀なくされた。

このときに1976年に旗揚げしたのが河野洋平を中心とする新自由クラブだ。榊原さんが綱領の素案を書いたという。

榊原さんは1977年に当時大蔵省の同僚だった野口悠紀夫さんと一緒に「大蔵省・日銀王朝の分析」という論文を「中央公論」に発表し、そのまま大蔵省をやめるつもりが、当時の幹部に慰留され、埼玉大学の助教授に出向し、ハーバードの客員準教授となった後で、大蔵省に戻った。

このときの論文を発展させたものが、野口悠紀夫さんの「1940年体制」だという。

1940年体制―さらば戦時経済1940年体制―さらば戦時経済
著者:野口 悠紀雄
販売元:東洋経済新報社
発売日:2002-12
おすすめ度:4.0
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その後1982年に保守右派の中曽根内閣が成立し、5年間の長期政権となり、国鉄、電電公社、専売公社の民営化などの成果を残すが、政治改革は部分改革に終わったという。1985年のプラザ合意も中曽根内閣時代のことで、これによる円高で日本の製造業は大きく変貌することを余儀なくされた。

その後1993年には小沢一郎が新生党を結成し、日本新党の細川護煕を首相とする連立内閣が誕生し、自民党は10ヶ月の間下野した後、恥も外聞もなく主義の違う社会党との連立で村山首相を立てて政権に返り咲いた。

しかし細川内閣時代に小沢一郎が成立させた小選挙区制が金権選挙体質を変え、派閥政治を終わらせるきっかけとなった。


小泉ポピュリスト政治

2001年から小泉純一郎が首相となり、ポピュリズム政治と化し、「改革なくして成長なし」などのキャッチフレーズで人気を博すが、国民の大多数に恩恵のない郵政民営化などが実現したに過ぎず、日本国のビジョンを変えることはなかった。

榊原さんは、90年代後半から2000年代前半の日本の金融システムを救ったのは、竹中平蔵ではなく、宮澤喜一だという。今のアメリカの不良債権買い取りによる緊急財政支援法案は75兆円規模だが、宮澤さんは早期健全化法案で25兆円、さらに金融再生勘定等で60兆円という合計85兆円の公的資金を用意して、反対を押し切って銀行を支えて金融システムの崩壊を防いだ。

竹中平蔵は理由不明ながら、UFJ銀行を締め上げ、無理矢理三菱東京銀行と合併させてしまった。

2000年代に戦後最長の景気拡大が可能となったのは、90年代のバランスシート不況から各企業が脱却したからで、小泉改革の成果ではないと榊原さんは分析する。

道路公団民営化も、税源を地方に移譲するという三位一体改革も、国民生活には何も影響がない郵政民営化も虚構であると。

そのそも改革すべきは、小泉=竹中が手を付けた分野ではなく、教育・医療・年金だったが、こうした重要分野には手を付けず、結果として年金問題などで国民の不満を爆発させ、これが2007年の参議院選挙での自民党の歴史的敗北の原因となったのだと。


国家戦略なき日本

民間企業をバックアップするのが政府の仕事であり、資源開発分野など巨額のリスクマネーが必要な分野こそ、政府が積極支援するべきなのに、日本には長期的な資源戦略が欠けていると榊原さんは指摘する。

サウジアラビアのカフジ油田の採掘権も、サウジが要求した鉱山鉄道の建設を日本政府が受けなかったから採掘権が更新できなかったのだという。

語学力や日本文化を広めることなどについての教育の問題も指摘されている。

中国は全世界に「孔子学院」という中国文化センターのようなものをつくって、中国語教育と中国文化教育を中国から講師を派遣しておこなっており、全世界60ヶ国に210ヶ所あるのだと。早稲田大学にも「孔子学院」があるという。

だから全世界の中国語学習者は3,000万人おり、日本語学習者は300万人にすぎないのだと。


新しい国の形

以前あらすじを紹介した前著「日本は没落する」でも述べられていたが、榊原さんの考える新しい国の形は次のようなものだ。

1.人口30万人単位くらいで自治体組織を300くらいつくる。いわば「廃県置藩」なりと。

2.中央官庁のうち、教育・社会福祉・国土交通は地方に移し、中央政府には外交。防衛・警察・財政金融・環境・エネルギー分野のみ残す。民間と役人の相互移動を図り、天下り規制をなくす。

3.イギリス型の強い内閣をつくる。イギリスは閣内大臣、閣外大臣、副大臣、政務次官など大臣職にある人が約100人いるという。その他に大臣の政務秘書官に議員を指名できるので、全体で200人くらいが与党から官庁に入っているという。

4.基礎年金は全額税金化 保険ではなく、税金を分配する

5.医療システムに市場メカニズムを導入する医療改革

6.教育の自由化


最後の小沢一郎との対談では、基本コンセプトは「国民各人の自立と、自立した個人の集合体としての自立した国家の確立」、「フリー、フェア、オープン」であると「日本改造計画」に書かれていた基本的考えが説明されている。

日本改造計画日本改造計画
著者:小沢 一郎
販売元:講談社
発売日:1993-06
おすすめ度:4.5
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「フリー、フェア、オープン」の自己責任の例として、たしかグランドキャニオンの展望台に手すりがなかったことが書かれていたことを思い出す。

「基礎年金の全額税金化」を除いた上記の点が、小沢一郎の口からも説明されており、いずれ民主党のマニフェストに書かれるのだろう。


筆者は必ずしも榊原さんの政策論のすべてに賛成なわけではないが、日本をどうするのかビジョンを議論すべき時だという意見には賛成だ。

米国の大統領選挙をとっても分かるとおり、そもそも選挙とは未来の日本をどうするかというビジョンと戦略で闘うべきだと思う。

日本改革の提言の部分と昔の自民党と官僚が作ってきた時代の日本のことがよくわかって参考になった。

強い日本を再構築することを考える上で、おすすめの本である。


参考になれば次クリックお願いします。





強い円は日本の国益 民主党政権となると活躍が予想されるミスター円榊原さん

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
販売元:東洋経済新報社
発売日:2008-09-04
おすすめ度:4.0
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1995年から4年間大蔵省財務官をつとめ、ミスター円と呼ばれた榊原英資さんの円高政策提言。

榊原さんは最近「政権交代」「日本は没落する」など、一連の著書を出し積極的に情報発信している。

ピッツバーグ大学に留学経験もあり、ピッツバーグ駐在だった筆者の先輩でもある。

没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略
著者:榊原 英資
販売元:中央公論新社
発売日:2008-06
クチコミを見る


「没落からの逆転」は榊原さんの歴史観をもとに日本の今後を議論するもので、司馬遼太郎の明治賛美を否定するなど、多くが歴史論に費やされており、榊原早大教授の授業を受けているような内容だ。

前作にはやや違和感を感じたが、この「強い円は日本の国益」はまさにミスター円と言われた榊原さんの本領発揮という感じだ。

ただし榊原さんが大蔵省財務官時代にミスター円と呼ばれた1995年から4年間は、円高是正のために協調介入で応じたものだが、今は円高を国家として目指すべきだと論陣を張る。


この本の目次

この本の目次が良くできているので、紹介しておく。

序章  どうして、今、円高政策なのか
    戦後日本の転機は安保騒動とプラザ合意
    情報化、資源の稀少化の時代へ
    工業大国から環境・農業重視へ

第1章 21世紀の世界経済
    同時に進む先進国の成熟と新興国の産業化
    ポスト近代化へと脱皮できない日本
    農業・エネルギー産業育成には政府の力が必要
    インフレ、所得格差の拡大、そのなかで日本は

第2章 1ドル360円から79円へ
    ドッジが一人で決めた1ドル360円
    ドル安容認か、ドル防衛か、揺れるアメリカ政府
    ルーブル合意後もドルは続落
    為替を通商政策に使った第一期クリントン政権
    超円高反転への積極介入

第3章 日本の製造業の成熟
    内部化された労働・金融市場
    メインバンク・システムの変貌
    プラザ合意後の混乱と調整
    日本経済再設計の十年

第4章 ドルとユーロ ー ドル安は続くのか
    戦争の歴史を超えて実現したヨーロッパ統合
    壮大な夢だったユーロ誕生
    ドル対ユーロは安定しても、ドル下落は続く

第5章 円安バブルの形成と崩壊
    政策がもたらした円安バブル
    長すぎたゼロ金利
    前代未聞の巨額・ドル買い介入
    「価格革命」下での金融政策とは

第6章 アジアの世紀は来るのか
    中国・インドの台頭で資源問題が顕在化
    アジア諸国間で資源獲得争いも
    資源・食糧問題で日本ができること
    日本の農業政策の長所をアジアで活かす

第7章 構造改革と円高政策
    売るシステムから買うシステムへ
    オール・ジャパン体制で資源確保を急げ
    強い円が日本を甦らせる
    円高による産業構造転換
    低金利・円安バブルの是正は日銀の責任
    強い円は日本の国益


安保騒動とプラザ合意

榊原さんは戦後日本のターニングポイントとして、1960年の日米安保騒動と1985年のプラザ合意を、故宮澤喜一首相が挙げていたことを引用している。

1973年1月からの円ードル相場の推移を見るとプラザ合意がその後の日本経済の道を決めたという宮澤さんの言葉は、うなずけるものがある(日本銀行のデータに基づいて筆者が作成)。

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戦後の円相場は1944年のプレトンウッズ協定下の1ドル=360円からスタートし、1971年のニクソンショック直後のスミソニアン協定で308円となり、1973年から変動相場制に移行した。

この本ではそれぞれのレート決定の舞台裏が描かれていて興味深い。

それから円は1978年に170円台まで上昇した後は200円前後で変動した。

余談ながら筆者の最初の海外駐在はアルゼンチンで1978年7月から1980年7月までだったが、赴任したときは1ドル=190円前後だったのが、帰任したときは220円程度だった。途中で車を買うために日本から送金したが、このレートが170円台だったので、為替では得をした記憶がある。

一番利益が出たのは金投資だった。

アルゼンチンではインフレが150%とかだったので、ペソで貰った給料はすぐに金に換えていたが、ちょうど時期が良かったので1オンス=200ドル台で10枚ほど買ったメキシコ金貨が、当時のピークに近い1オンス=650ドルで売れて大変儲かった。

1978年のアルゼンチン駐在時代の最初の給与が1,000ドル以下(住宅費は別)だったことを思うと、当時の給料は本当に安かった。

1985年9月のプラザ合意前には240円前後だった円相場は、1985年末には200円まで上昇、プラザ合意後1年間で半分の120円台となり、1995年の79円まで10年間で対ドルレートは1/3になるという長期的円高トレンドとなった。


円高の流れを変えたミスター円

この長期円高の流れを変えたのが榊原さんだ。

1995年以降円高が是正されたのは、榊原さんがミスター円として陣頭指揮した介入による円安誘導と、このブログでも回顧録を紹介しているルービン財務長官が「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in our interest)」と言い続けたからだ。

それから円は120円を中心に上下20円前後のボックスレンジで最近まで推移していた。


強い円は日本の国益にかなう

榊原さんはこれから天然資源はますます稀少化し、工業製品との価値が逆転する。だから今までの輸出優先の円安メンタリティでなく、円高政策に転換しなければ日本は生き残れないと力説する。

この本の出版(2008年8月)以降、世界金融危機を機会に円相場は90円台に上昇し、そして12月11日には13年ぶりに80円台をつけた。

対ドルだけでなく、ユーロなどの他通貨に対しても円は強くなっているので、まさに榊原さんがこの本で提唱している「強い円」の局面に変わってきた。ここ10年間の円とユーロ、英ポンド、豪ドルとの相場推移は次の通りだ。

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出典:Yahoo! Finance

日本の一人当たりGDPが2006年に世界18位に落ちたのも、円ベースのGDPが横ばいなこともあるが、円がほとんどの通貨に対して弱くなったことが原因の一つだ。

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榊原さんの介入手法

榊原さんが財務官に就任した1995年以前の為替相場介入は、いわゆるスムージングと呼ばれる急速な変動をゆるやかにするものだったが、榊原さんは1ドル=79円まで進んだ急激な円高を円安に戻す「秩序ある反転」を実現した。

その手法はサプライズ介入だった。

まず前提条件として「日本版ビックバン」を行い、日本の外貨規制をほとんど撤廃して市場を自由化して環境をつくっておいた後、日米のみならず日米独協調介入を市場の予測に反して行うことで市場に恐怖心を抱かせ、それ以降は「口先介入」で市場をコントロールした。


日本再構築の10年

ボストンコンサルティンググループ初代日本代表で経済評論家のジェームズ・アベグレンは「新・日本の経営」で、1995年から2004年までの10年間を「失われた10年」や「停滞の10年」と呼ぶのは間違いであり、その間に日本の再構築が行われた「再構築の10年」と呼ぶべきだと語っているという。

新・日本の経営新・日本の経営
著者:ジェームス・C・アベグレン
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-12-11
おすすめ度:4.5
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この10年の間で、日本の企業は1970年代のオイルショックのときよりも大きく変わり、19あった都市銀行は4グループに再編、石油業界は14社から4社、セメントは7社から3グループ、鉄鋼大手は5社から4社になった。

最近発表された新日石とジャパンエナジーの経営統合など、まだ統合は続いている。

日本企業は財務や事業規模では劇的な転換を遂げるが、終身雇用面では基本は変わっていないとアベグレンは指摘する。その意味では日本企業は成熟期に入ったのではないかと榊原さんは語る。

現在世界は巨大な転換期に入っているので、先行きはまだ見えないが、少なくとも世界規模になった日本企業の競争力は強化されていることは間違いないだろう。

榊原さんの本にはまだ書かれていないが、今回の世界金融危機で日本企業のダメージは小さかった。日本再構築の10年を経て、これからは日本企業が攻勢に出るチャンスだと思う。


壮大な夢だったユーロ誕生

ヨーロッパ共同体構想は、フランスのジャン・モネが提唱した1951年の石炭鉄鋼共同体からはじまり、ヨーロッパ原子力共同体、そして1958年のEEC(ヨーロッパ経済共同体)に進み、1992年のマーストリヒト条約、1999年のユーロ誕生とつながる。

榊原さんはユーロの誕生を高く評価しており、この部分も面白い読み物となっている。


「円安バブル」をつくりだした小泉政権

この本が書かれた2008年9月の時点でロンドンの地下鉄の初乗りは4ポンド=800円であり、榊原さんはいかに円安で日本人の購買力が落ちているかを指摘し、これを「円安バブル」と呼ぶ。

(もっともこのロンドンの地下鉄の初乗り800円というのは裏があることは別ブログのポイントマニアのブログで説明したので、参照して欲しい。要はICカードを使わせるために現金価格をICカード価格の3倍弱に政策的に設定しているのだ。現在のポンド=135円をベースにするとICカードでの初乗り1.5ポンド=200円で、今は日本とあまり変わりなくなっている)

この円安バブルを作り出した原因は、小泉政権時代の2002年から2007年までのゼロ金利政策と2002年から2004年までの巨額のドル買い介入だと榊原さんは指摘する。つまり政策円安バブルなのだと。

ゼロ金利政策は巨額の円キャリートレードを生み、世界中の投資資金源となり株式や商品市況上昇の要因となった。

筆者は気がつかなかったが、日本の財務省は2003年5月から2004年3月までの1年弱で35兆円もの巨額のドル買い介入を行っている。これは榊原さんがミスター円といわれた1995年の介入額6兆円を大きく上回る史上最大の介入だった。

結局グリーンスパン議長が2004年3月2日に日本は介入をやめるべきだと語り、3月16日以来ずっと日本の介入は行われていないという。

この介入の意味は何だったのだろうと思わせるストーリーだ。


21世紀は天然資源争奪の時代

最後に榊原さんは、21世紀は中国・インドが台頭し、天然資源奪い合いの時代となると予想する。この時代に人口で劣る日本が生き抜くためには円高を利用して「売るシステム」から「買うシステム」への転換を図るべきだと語る。

東南アジアへの製造移転による産業構造転換を推し進め、日本国内は高付加価値の製品生産、高効率のエネルギー利用と再生エネルギー利用に転換する。

稀少価値の増す資源を確保するためにオールジャパン体制で臨み、農業の生産性を上げ、高度化農業を実現すべきであると。

参考までに、主要な天然資源の可採鉱量がたしか松藤民輔さんの本に書いてあったので、次にまとめておく。

勿論これから稀少性が高まり価格が上がると、経済的に開発できる鉱量が増えたり、新しい資源が発見されたりするので、今後増える可能性もある。またあまりに資源が少なくなると、逆に代替が進み使われなくなってしまう天然資源もあるかもしれない。

いずれにせよ可採鉱量は案外少なく、数十年などすぐに経ってしまうのでメタンハイドレートなどの新エネルギーや、代替エネルギー開発が急務であることが理解できると思う。

石油   41年
天然ガス 63年
石炭  147年
錫    22年
亜鉛   22年
銅    30年
ニッケル 41年
鉄鉱石  95年


購買力がなくては日本は世界で生き残れない。今や多くの日本の製造業は輸入と輸出をバランスさせ、為替ニュートラルを達成している。欧州諸国がユーロ高でも業績好調なのは、域内取引が7割程度を占め、為替ニュートラルとなっているからだ。

アジアでは中国とインドが台頭してくるのは間違いない。しかし通貨高(円高)と資源安を活用すれば、再び日本がアジア経済の中心となり、日本円がアジア経済圏での機軸通貨を目指すことも可能だろう。


今回の世界金融危機は日本にとって大きなチャンスだ。今何をすべきか示唆を与えてくれるおすすめの本である。



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