時短読書のすすめ

「あたまにスッと入るあらすじ」作者が厳選するあらすじ特選。その本を読んだことがある人は記憶のリフレッシュのため、読んだことがない人は、このあらすじを読んでからその本を読んで、「時短読書」で効率的に自己啓発してほしい。

2009年04月

Mrs Ferguson's Tea-Set 関榮次さんの英語作品 ストーリー構成が秀逸

今回は関榮次さんの英語の本のあらすじだ。

2007年5月に関さんにご招待頂き、外国人記者クラブでのこの本についての夕食会Book Breakに参加した。

最初に20分ほど関さんが、流ちょうでわかりやすい英語で、8年間にわたる取材の裏話を披露された。"Automedon"から政府の秘密文書がドイツ側に漏洩したことは、英国政府としてもふせておきたい事実だったので、当時の資料はほとんどなかったこと。

種々資料を探していて、英国の国立公文書館(National Archives)でやっと2つのファイルを探し当て、そのうちの一つはMrs. Fergusonが捕虜送還で英国に戻ったときの諸費用のファイルだったこと。捕虜釈放で帰国できた英国人はその送還費用を国に支払うのだ。

やっとMrs. Fergusonの旧住所がわかり、ロンドンから100キロほど離れたSt. Albansを訪問したが、その家には赤の他人が住んでおり、困り果てたこと。St. Albans Advertiserという地方紙に手紙を書いたら、その手紙を新聞に載せてくれて、Mrs. Fergusonの末妹のMrs. Madge Christmasから連絡を貰えたこと。

3人の"Automedon"の生存者から話を聞け、攻撃や沈没のありさまがよくわかったこと。ドイツでも資料収集したが、あまり協力は得られず、攻撃側の"Atlantis"Rogge船長の情報は、ほとんど入手できなかったこと。

英国では政府の要職についていた人などが亡くなると、公文書館が資料を貰い受けるというシステムがあるそうで、これが歴史的に重要な資料の散逸を防ぐ優れたもので、日本でも考えるべきだと語っていた。その通りだと思う。

また英国の船員、漁民、灯台守の戦死者は、すべて巨大な記念碑に刻銘され、その貢献がいつまでも覚えられているのに対し、日本の船員などの戦死者には横浜に小さな慰霊の石があるのみで、船員戦死者に対する畏敬の念の表し方は日英で大きな差があると。

次に会場からの質問のセッションになり、いくつかの質問が寄せられた。

そのうちの一つはトリビア的な質問だが、Mrs. Ferguson's Tea-setはどこのメーカーのものかというものだった。これは本にも載っていたが、Taylor & Kentが正解。

筆者も質問を考えていたが、質問のタイミングを失してしまって、場を盛り上げることができず、お役に立てず申し訳なかった。

筆者が用意していた質問は、この本のタイトルは非常にintriguing(興味をそそる)なもので、読者がその意味を知ると、本の大筋がわかるというeleborated(緻密に考えられた)なものだが、どうやってこのタイトルを決めたのかというものだ。

またの機会にこれは取っておこう。ちなみに今のところ日本語訳は、出版予定がないと。

大変良くできた作品なので、是非日本語訳を出版してほしいものである。

Mrs Ferguson's Tea-Set, Japan, and The Second World War: The Global Consequences Following Germany's Sinking of The SS Automedon in 1940Mrs Ferguson's Tea-Set, Japan, and The Second World War: The Global Consequences Following Germany's Sinking of The SS Automedon in 1940
著者:Eiji Seki
販売元:Global Oriental
発売日:2007-02-28
クチコミを見る


以前ご紹介した「日英同盟」の著者、関榮次さんから最近作を頂いたので、早速読んでみた。

新著は英文で出版された。格調高い英文で、文脈に非常に適切な単語が使われているというのがよくわかる。いずれ日本語版も出版されるだろう。

筆者は最近は主にオーディオブックで英語の本を読んでいる(聞いている)ので、ひさしぶりに英語の本を読んだが、あらためてWikipediaの威力を思い知った。

たとえば本文の中で出てくる"salvo"という言葉だ。普通の英語辞書では、一斉射撃と書いてあるが、wikipedia英語版では軍艦の片側一斉射撃、艦砲射撃を表現する際に、一般的に使われると説明してある

さすがにネット版百科事典だ。コピーペーストで簡単に意味を調べられるし、使われている単語の意味を正確に理解するためには、いまや普通の辞書や電子辞書より、Wikipediaの方が役立つかもしれない。


本書の時代的背景


関さんの前作:「日英同盟」
では第一次世界大戦中に、日英同盟に基づいて日本が地中海に派遣した艦隊の活躍という、知られざる戦時秘話が中心ストーリーとなっていた。

「日英同盟」で取り上げられた日本と英国の絆が、本書の伏線となっている。

第1次世界大戦の時に海軍相/軍需相だったチャーチルは、日本の艦隊の貢献を深く感謝し、日本に親密感を抱いていたので、第2次世界大戦直前の1941年4月に日本との戦争を回避すべく、当時の重光葵駐英大使に託して訪欧中の松岡外相宛に親書を送った。

しかし松岡は帰国後欧州での歓待の報告に終始し、天皇の不興を買った他は、チャーチルの親書を、近衛首相や天皇に報告したという事実はなく、チャーチルの親書は松岡によって握りつぶされてしまった。

ちなみに立花隆の「滅びゆく国家」の「平成18年は明治139年」という部分で紹介したが、戦前の大日本帝国の領土はWikipediaの次の地図の通りだ。


f0a72ff0.JPG

















この広大な支配地域を持つ世界の一等国の日本が、当時の無能な政府とそれを容認した国民のために、勝てる見込みのない戦争に向かってしまった訳だ。

1940年8月から11月のバトルオブブリテンで、ヒットラーが英国侵攻をあきらめ、ドイツの破竹の勢いは失われていた。

翌1941年6月にドイツは、独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻するが、米英ソを敵に回してのドイツの両面戦争は明らかにドイツに不利との情報が在外公館から寄せられていたのに、それでも第2次世界大戦に参戦していった日本の政府の動きが、冷静に分析されている。

「Mrs Ferguson's Tea-Set」は、日本が第二次世界大戦に参戦する前に、イギリスの商船を襲ったドイツの偽装軍艦が、英国内閣の秘密情報を入手し、それがドイツから日本にもたらされ、日本の参戦を後押ししたという史実をセンターピースにしている。

全体として一つの大きなストーリーが流れているが、登場人物の話題や時代背景、日本や英国の当時の政府の動きなどが、順を追って、史実に基づいて展開されている。

関さんは英国にも住居を持っておられ、取材のために年に数ヶ月欧州に滞在されていると、お聞きしている。

15ページにわたって紹介されている"Automedon"、"Atlantis"の平時の写真と沈没の断末魔の写真、様々な登場人物の当時の写真と近影、外交文書、捕虜収容所での写真等、読みながら参照でき、非常に興味深い写真ばかりである。

ちなみに、表紙の写真は"Automedon"の沈没時の連続写真である。

また脚注(Notes)、参考文献(Bibliography)、付録(Appendices)だけでも30ページもあり、膨大な資料と調査により生み出された作品であることが良くわかる。

関さんのストーリー構成力には、いつもながら感心しているが、それに加えて元外交官の多彩なコネクションと地道な努力の積み重ねによる膨大な情報に裏打ちされた、秀逸なノンフィクションである。


偽装軍艦"Atlantis"

第二次世界大戦は1939年9月にドイツのポーランド侵略から始まり、翌1940年5月にドイツが英仏と戦争に入って本格化した。

ドイツは英国の補給路を断ち、連合国向けの物資を接収して自分で使うために1940年に大西洋やインド洋に偽装軍艦を派遣していた。

ドイツのU−ボートが連合国の商船や軍艦に大きな脅威となっていたことはよく知られているが、U−ボートは沈めるだけで、偽装軍艦は商船やタンカーを襲って、乗っ取るというのが大きな違いだ。

筆者もこのような偽装軍艦が活躍していたとは全く知らなかった。元外交官の関さんらしい、知る人ぞ知る歴史秘話だと思う。

襲われた商船が救難信号を発すると、近くの連合国側の艦船が救助にくるので、潜水して姿をくらませられる潜水艦に比べて、偽装軍艦は敵の攻撃にさらされる危険性は高い。

それでもこの本で取り上げられている偽装軍艦の一隻の"Atlantis"は、1940年はじめから1941年11月に英国巡洋艦に沈められるまで、22隻の商船やタンカーを拿捕または沈めるという大きな戦果を上げていた。

Wikipedia英語版でも"Atlantis"は詳しく取り上げられており、その意味では偽装軍艦の中でも、優れた戦果を挙げているのだと思う。

関さんの著書もWikipedia英語版に参考文献として挙げられている。


運命の商船"Automedon"

時は1940年11月。ヒットラーが電撃戦でフランスを占領し、英国侵攻をめざして8月からバトルオブブリテンと呼ばれる航空戦が戦われていたが、英国空軍の迎撃で、結局ヒットラーが英国侵攻をあきらめた頃だ。

英国の商船"Automedon"は1940年9月末に英国リバプールから上海向けに出航した。積み荷は、航空機、自動車、機械部品、鉄や銅製品、ウィスキー、食料など一般荷物と郵便で、旅客も乗せていた。

"Automedon"はマレーシアのペナンに到着する1日半前に、偽装軍艦"Atlantis"に襲われた。

事前に"Atlantis"から警告信号が出ていたが、これを無視して"Automedon"が救難信号を発信したので、"Atlantis"は一斉射撃を行い、"Automedon"の船橋にいた館長以下の主要オフィサーは全員戦死した。

旅客の中にシンガポールに駐在する英国船会社の社員Ferguson夫妻が乗っていたが、旅客は無事だった。

ドイツの偽装軍艦"Atlantis"は"Automedon"を沈める前にボートを出し、食料や使える積み荷を移送し、負傷者・乗員・旅客を捕虜として自船に移送したが、最初の探索では"Automedon"の外交文書が保存してある金庫室は見逃していた。

ところがFerguson夫人が、自分のトランクがまだ船に残っているので、取ってきてくれと"Atlantis"のBernhard Rogge船長に頼んだことから、トランクが置かれている金庫室から125袋の秘密文書が見つかり、ドイツ側を喜ばせる結果となった。


奪取された秘密文書

この中に日本の行動を多角的に分析し、日本が軍事行動に出る可能性があるが、攻撃に準備ができていない英連邦の現状に関する8月8日付けの英国首相の報告もあった。

当時日本は1940年9月の三国同盟でドイツと同盟国となっていたものの、中立国として、ドイツにも英国にも等距離を保っていた。ドイツはそんな日本を、ドイツ側に引き寄せるために、この秘密情報をフルに利用した。

"Automedon"が攻撃されたのが1940年11月22日、そして秘密文書は12月12日に駐日ドイツ大使館の駐在海軍武官Wenneker少将より近藤海軍軍令部次長に手渡された。

秘密文書に驚いた近藤信竹次長は、その晩駐在武官を夕食に招待し、情報に感謝するとともに、大英帝国がここまで弱体化していることは、外からはわからないものだと語ったという。

ドイツ側が秘密文書の入手経路を明らかにしなかったことから、帝国海軍は当初秘密文書の真偽を疑っていたが、文書の内容がアジア各地で収集している軍事情報と驚くほど一致することから、情報の真実性を確信するに至った。

これによりそれまで三国同盟はあっても、中立にこだわりドイツ船舶の補給にも、中立国としての対応を守っていた日本が、急速にドイツ寄りに傾き、翌年にはドイツから兵器や技術を購入するためのミッションも派遣している。

結局翌年1941年12月に日本はアメリカに宣戦布告し、これがアメリカの第2次世界大戦への参戦のトリガーとなった。

この本では"Automedon"の乗組員のフランスでの捕虜生活と、脱走してスペイン経由英国に帰還した秘話や、Ferguson夫妻がドイツで過ごした捕虜生活も紹介しており、非常に興味深い。

本のタイトルとなったMrs Ferguson's Tea-setの写真も掲載されている。Mrs Fergusonは亡くなったが、妹の家を訪問した関さんが2003年にそのティーセットを見せられて、数奇な歴史のきっかけとなった遺品を見て複雑な気持ちを抱いたストーリーも紹介されており、感慨深いものがある。

格調高い英文で、綿密な資料と対面調査に基づく様々な逸話も含めてストーリー構成にはさすがと思わせるものがある。

日本語版が待たれる一冊である。

追記:

いままで気になっていたのだが、この本の中で強く記憶に残る統計を追記する。

それは戦時中の商船の被害と、商船員の死亡率についてである。

第2次世界大戦中の連合国と中立国の商船の損失は4,800隻(総トン数21百万トン)で、死亡や行方不明となった船員は37,000人である。

船員の損失率は25%で、これは英国陸軍、海軍、空軍の戦死率より遙かに高い。

日本の場合は、もっと悲惨で、2,500隻(総トン数8百万トン)の商船が沈没し、30,000人の船員が命を失った。

致死率は実に43%であり、日本帝国陸軍の20%、海軍の16%をはるかに超えている。

戦時中の船員は、大変危険な仕事だったのだ。


2007年2月10日追記:

著者の関栄次さんから、英国の元船員から紹介されたという商船中心の船の情報サイトShipsNostalgiaを紹介頂いた。

11,000人程度のメンバーがフォーラムとか掲示板を利用して、船の写真とかコメントを書いている。会員登録もしてみた。

昔乗った船の話や、船愛好家、船員仲間との交流を楽しむサイトだ。

2fcf96dd.JPG



















ここに関さんの本の書評が載っている。


c7066897.JPG



















このサイトは商船に興味のある人しか使わない、非常に限られたメンバーの集まりだが、世界中の船の愛好家が集まっており、ここに情報が掲載されれば、芋づる式に密度の濃い情報が集まる可能性がある。

英語で本を出版することの影響力がよくわかる事例だ。

日本語の本だと影響力はほぼ日本のみだが、英語はインターネットを通して今や世界語と言えるので、英語の情報は世界中に広がり、いろいろな人に読まる。

本当に世界が広がる感じだ。


参考になれば次クリックお願いします。



日英同盟 日本外交の栄光と凋落 日米安保条約を考える上での歴史の教訓

今後数回は外交官出身のノンフィクション作家関榮次さんの作品を紹介する。

筆者が最初に読んだのは「日英同盟」だったが、関さんのストーリー構成力にはうなった。

関さんとは昼食をご一緒したこともあり、著書にサインも頂いた。


857f16bd.JPG



















このあらすじブログが縁で、ご紹介した本の著者の方とのおつきあいが出来るようになり、筆者も大変刺激を受けた。

日英同盟―日本外交の栄光と凋落日英同盟―日本外交の栄光と凋落
著者:関 栄次
販売元:学習研究社
発売日:2003-03
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


筆者は年間200冊以上の本を読んでいるが、たとえプロの作家でも本当に文才がある人は案外少ないと感じている。

今まで頭をガーンとやられる様なカリスマ性があると感じたのは安部譲二と角川春樹であることは以前書いたが、この本の著者の関榮次さんの文才というか、ストーリー構成力には感心した。

日英同盟に基づき日本が第1次世界大戦中に地中海に艦隊を派遣したという、知る人ぞ知る部類の歴史的史実をセンターピースにしていながら、徳川家康に仕えた三浦按針に始まる日本と英国の歴史からはじまり、現在の日米安保体制に対する提言まで、一連の流れでスッとあたまに入る様に構成されている。

また史実についても、この本の帯に「元外交官による10年にも及ぶ資料発掘の成果!」と書いてあるが、それぞれの事件の描写が関係者の回想録や外交文書などの綿密な調査に基づいていることがはっきりわかる深みがあり、興味深く読めた。


著者の関栄次さんは元外交官

以前紹介した日米永久同盟で日英同盟のことが言及されていたので、この本を読んでみたのがきっかけだが、『日米永久同盟』と提言も異なり、出来も全く異なる。

著者の関栄次さんは駐英公使、ハンガリー大使等を歴任した元外交官でノンフィクション作家だ。

日本のシンドラー6,000人のユダヤ難民を救った杉原千畝を取り上げたNHKのその時歴史が動いたでも、ゲスト出演した。

一般的に日英同盟は『日本外交の精髄』と呼ばれて、特に日露戦争の時の英国の協力(戦費調達、ロシアバルチック艦隊補給への嫌がらせや、アルゼンチンがイタリアに注文していた戦艦の日本への転売斡旋等)が、日本の勝因の一つになったとして、高く評価されている。

しかし、それは来るべき日露対決の事を考えて1902年に締結された日英同盟が、2年後の1904年に実際に日露戦争が起こったときに機能したもので、いわば当初の目的通りである。

日英同盟のおかげで日本はロシアに勝利して列強と肩を並べる『一等国』になったとの満足感に浸ったが、それは1923年に米国の圧力で終了するまでの日英同盟の21年の歴史のほんの一部でしかない。

関さんは日英同盟を礼賛する様な動きを諫め、余り知られていない地中海遠征という史実を通して、当時の日英両国の関係を描き、末期の日英同盟を救おうとする一連の動きを取り上げる。


第1次世界大戦まで

1914年に第1次世界大戦が勃発し、日本も参戦しドイツが領有していた青島を攻略、1915年には中国に対して21箇条の要求を出すに至って、日本は日英同盟を悪用しているとの批判が英国内に高まる。

しかし国運を賭してドイツと戦っている英国は、背に腹は替えられず、手を焼いていたドイツ・オーストリア連合軍のUボートの輸送船攻撃に対抗するため、日本に地中海への艦隊派遣を要請。

この時の英国首相はロイド・ジョージ、軍縮相はウィンストン・チャーチルだ。

日本海軍ではちょうど欧州視察から帰国したばかりの秋山真之(さねゆき)少将(司馬遼太郎の『坂の上の雲』の登場人物)が、地中海派遣という機会を生かせば、戦後の我が国の地歩が有利になるとともに、実戦経験は技術向上や兵器の改良にも役立つとして、優秀な若手士官を派遣することを熱心に進言していた。


地中海への艦隊派遣

英国の要請を受け1917年に旗艦を巡洋艦『明石』とする最新鋭の樺型駆逐艦8隻の第2特務艦隊が地中海遠征に派遣され、以後1919年の凱旋帰国まで2年間地中海で連合国の輸送船防衛の任務につくことになった。

日本の特務艦隊はマルタ島に本拠を構え、連合国のなかでも抜群の稼働率で出動し、各国からの信頼を得て、地中海の連合国輸送船護衛に大きな成果を上げた。

唯一の損害らしい損害は、駆逐艦榊がオーストリア・ハンガリー帝国の小型潜水艦の雷撃で、船首に大きな損害を受け、59名が殉職した事件である。

本書はこの事件を中心に、最後はマルタ島にある榊殉職者の慰霊碑を著者が訪れた時の記録で終わっている。

この事件に関しては非常に詳しいウェブサイトを見つけたので、ご興味のある方は参照頂きたい。

オーストリアもハンガリーも現在はいずれも内陸国なので、潜水艦と言われてもピンとこないが、旧ユーゴスラビア、現在のクロアチアは当時オーストリア・ハンガリー帝国の一部だったので、アドリア海を母港として地中海に出没していた。

日本から派遣された特務艦隊には後に巡洋艦出雲と駆逐艦4隻が増派され、終戦とともに戦利品のUボート数隻を伴って、凱旋帰国した。

戦後ロンドンで大戦勝パレードがあり、各国の軍隊が参加したが、日本は艦隊は既に帰国の途についており、わずかに4名の駐在武官がパレードに参加したにとどまった。

本書の裏表紙にあるこのときの貧相なパレードの写真は、日本の外交センスのなさを示す写真として紹介されている。


近代海戦では対潜水艦対策がカギ

筆者は駆逐艦が英語でDestroyerと呼ばれるのを長らく不思議に思っていたが、今回第1次世界大戦で既にドイツのUボートが活躍していた事を知り、なぜ駆逐艦をDestroyerと呼ぶのか、はじめてわかった。

駆逐艦よりずっと大きい巡洋艦はヨットの様なCruiser、戦艦はもっと簡単にBattle Shipと、どうということがない呼び名がついているが、駆逐艦だけがデストロイヤーというおどろおどろしい名前がついている。

第1次世界大戦の時から潜水艦が海上輸送の大きな脅威で、潜水艦に対抗して商船隊を護衛するには高速でかつ小回りの利く小型艦船が必要だったのだ。

そのため排水量1,000トン前後で最高速度30ノット前後の小型の駆逐艦が大量に建造され、対潜作戦に当たったのだ。

日本から派遣された樺級の駆逐艦も排水量665トンの小型船舶だ。

地中海遠征を通して、日本は神出鬼没の潜水艦に対抗するには多数の駆逐艦など小型船舶と、航空機による護送船団方式しかないことを経験したわけだが、この教訓は生かされず、相変わらず大艦巨砲主義に固執し、それが結局第2次世界大戦の敗北につながった。

現代では駆逐艦の代わりに、航空機と哨戒艇が対潜水艦戦略の中心であることは『そのとき自衛隊は戦えるか』で紹介したが、日本は第2次世界大戦の反省もあってか、哨戒機99機、哨戒ヘリ97機と突出した対潜水艦戦闘能力を持っている。


日英同盟の末路

第1次世界大戦後のパリ講和条約交渉では、エール大学卒の俊英を代表にたてる中国に対し、日本は21箇条の要求の理不尽さを突かれ守勢にまわる。

同盟を結んでいた英国も日本を援護すべく努力はするが、日本を支援することが英国内の世論の賛成を受けられず、限界があった。

日本は地中海派兵を行い、榊の乗組員の犠牲を払ったが、自らの行動に世界から支持を得られず、もはや日英同盟を継続することは不可能であった。

英国は日英同盟を終結する時に、ロイド・ジョージ首相、バルフォア枢密院議長などが、英国の名誉のためにも第1次世界大戦で貢献した日本に対する信義を守らなければならないと呼びかけ、アメリカを説得し、さらにフランスも入れて、1923年の4カ国条約締結に至る。

1923年のワシントン条約で軍備制限が合意され、大正デモクラシーのもと、束の間の平和が訪れるが、日本は軍制度改革や軍備縮小に失敗し、5.15事件、2.26事件等を経て軍部の介入がひどくなり、太平洋戦争に向かっていく経路をたどる。


日米安保体制への教訓

著者の関栄次さんは日英同盟の教訓をもとに日米安保体制について考察している。たぶんこれが最も関さんが伝えたかった点であろう。

日英同盟が双務的な盟約であったのに対して、日米安保条約は対日講和後も米軍基地を維持しようという米国の意図から生まれた片務・従属的な条約である。

たしかに日本の復興・発展に日米安保条約が果たした役割は大きく、それがため日米関係は『最も重要な二国関係』と言われる様になってはいるが、安保条約のために日本の国民の防衛意識が希薄になってしまったと関さんは指摘する。

筆者が昔読んだ小沢一郎の『日本改造計画』(絶版となっていたが復刻される)で、小沢氏は『普通の国』という表現を使っていたが、戦後60年が過ぎ、共産圏対自由主義圏という冷戦構造もなくなり、アジアでは中国、インドのBRICS諸国の台頭が著しい現状では、日米安保条約が現在のままで良いのかどうかを日本国民の間で真剣に議論する時ではないかと筆者も思う。

日本改造計画日本改造計画
著者:小沢 一郎
販売元:講談社
発売日:1993-06
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


関さんは現在の日米安保体制が国家の自主性を損ない、国民の外交感覚を鈍らせる結果となっていることが気がかりだと指摘している。

また沖縄に集中する米軍基地の縮小についても、真剣な対策をおろそかにしてきた歴代政権の責任は重大であると指摘する。

さらに現状のままでは、80年前に日英同盟がワシントンに葬られたように、いつの日か日米安保体制が北京に、あるいはモスクワなどに葬られないという保障はないと警告する。

同盟は、盟邦以外の諸国を疎外し、外交上の選択の幅を狭めることになるので、いわば劇薬のようなものであり、国益を守るため他に十分な手段がない場合の補足的措置であるべきであり、慢性的に常用してよいものでもないと。

共産主義に代わり、国際テロが国際社会への脅威となり、世界情勢が変わり、ピンポイントで攻撃できる巡航ミサイルなど軍事技術も進歩した。

米国自身も国内外の基地展開を縮小している現状で、日米安保がそのまま継続されるべきなのかどうか。

そもそも日本国憲法を改正し、自衛権を明文化すべきではないか。様々な観点での議論が必要だ。

関さんは日本国民が必ずしも納得しない米国の世界戦略に奉仕することを求められることもある現在の安保条約を、国民的論議も十分に尽くさないまま惰性的に継続することは、日米の真の友好を増進し、世界の平和と繁栄に資する道ではないと語る。

米軍基地をグアムに移転するから移転費用の1兆円を日本国民が負担しろというアメリカ政府の提案が明らかになり、日本政府がそれを受け入れようとしている現在、国民の税金を使う前に、普通の国となる議論が再度なされるべきではないかと筆者も感じる。


元外交官のからを破った関さんの提言は斬新で拝聴すべき意見だと思う。読後感さわやかなノンフィクション作品である。


参考になれば次クリックお願いします。




知られざる巨大市場 ラテンアメリカ ラテンアメリカ4ヶ国の現状がよくわかる

知られざる巨大市場ラテンアメリカ知られざる巨大市場ラテンアメリカ
著者:山口 伊佐美
販売元:日経BP企画
発売日:2008-10-15
おすすめ度:1.0
クチコミを見る


BRICSの中でも比較的安定しているブラジルに注目が集まっている。この本はブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリの最近の事情を解説しており、参考になるので紹介する。

筆者はこのブログにも書いている通り1978年から1980年までアルゼンチンに駐在していた。スペイン語は完璧にできるし、ポルトガル語もスペイン語とのチャンポンで会話はできるので、ラテンアメリカではほぼオールマイティだ。

アメリカに2度駐在していた時にブラジルから原料を輸入していたので、毎年訪問していた。

アルゼンチンはビジネスという面ではあまりチャンスがなかったが、友人も多く、機会があれば訪問していた。最後に訪問したのは1998年だった。チリメキシコも訪問したことがある。

以前「ブラジル巨大経済の真実」ゴールドマンサックスの"BRICs and beyond"を紹介したが、筆者はいわばラテンアメリカ・シンパなので、この様なラテンアメリカを紹介する本が評判になることは大歓迎だ。


この本の目次

この本の目次は次の通りだ。

第1章 資源価格高騰で成長する経済圏

第2章 今、ブラジルが熱い!

第3章 アメリカ依存から世界の輸出拠点へ(メキシコ)

第4章 二人の女性大統領が安定成長へ導く(チリとアルゼンチン)

第5章 巨大市場の争奪戦(先行する欧州企業。自動車産業、スーパーマーケット、通信業界の個別業界展望)

終章  世界が必要としているラテンアメリカ


最初にラテンアメリカ全体の地図と中南米やカリブ海諸国まで含めた33ヶ国の首都と現在(5億7千万人)と2050年の推計人口(約8億人)、人口増加率(平均1.3%)、都市人口の割合(平均78%)がまとめられていて参考になる。

ラテンアメリカ全体だと5億7千万人と現在のEUの人口の5億人と匹敵する規模となる。たしかに巨大市場である。

小学校のクラスで世界の国と首都を覚えるコンテストをやったこともあり、筆者はもとから世界の国と首都には自信があった。加えてアルゼンチン2年と米国に9年駐在していたので当然すべてのラテンアメリカの国を知っていると思ったが、カリブ海の国は初めて名前を聞く国もあった。

たとえばセントクリストファー・ネーヴィスという国の首都はパセテールだという。またセントルシアの首都はカストリーズという町だ。全然知らなかった。

さらにドミニカ国(首都ロゾー)とドミニカ共和国(首都サントドミンゴ)の両方があるとは知らなかった。

筆者は世界40余りの国を出張や旅行で訪問したことがあるが、中米・南米33ヶ国のうち訪問したことがあるのは11ヶ国だった。

南米は日本からは最も遠い地域なので、親しみが薄いかもしれないが、日本との関係という意味では、多くの移民の人の功績もあり親日国が多い。ブラジルの日系人は政治経済面で存在感があり、アルゼンチン・チリともに親日国だ。

アルゼンチンは日露戦争の時に、イギリスの口利きでイタリアに発注していた戦艦2隻を日本に譲った。これが日進春日の両戦艦でともに日本海海戦で活躍した。アルゼンチンの人はこのことを覚えていて、日本人がタンゴ好きということもあって、親日派が多い。


なぜ、今ラテンアメリカなのか?

この本では「なぜ、今ラテンアメリカなのか」という命題から始め、ラテンアメリカの豊富な地下資源と食料資源を紹介し、ラテンアメリカの潜在力を強調している。

2007年5月に南米の12ヶ国の首脳が集まって「南米諸国連合(UNASUR)」の設立で合意し、2007年12月には南米銀行の設立にも合意している。ラテンアメリカ共通の問題である通貨危機、対外債務危機の再発を防止する意図である。

それまでバラバラだったラテンアメリカはこのように近年結束を固めている。ベネズエラのチャベス大統領など、反米の首脳も出現し、もはやアメリカの裏庭という感じではなくなりつつある。


ブラジルの実力

このブログを読まれる人は、ブラジルには世界第3位の飛行機メーカーがあることをご存じだろうか?世界の中型機市場ではブラジルのエンブラエルがナンバーワンであり、JALもエンブラエル機導入を決めている。

ブラジルというとコーヒーとか最近は原油生産が注目されているが、ITも進歩しており電子投票の普及、完全に電子化された世界第3位の株式市場であるBOVESPAがある。

また今や日本食ブームでサンパウロの日本料理屋は600店を超え、ブラジル名物のシュラスケリア(焼肉店)を上回ったという。

ブラジルは鉄鉱石の世界最大の生産国で、三井物産が1000億円を投資したヴァーレが世界ナンバーワンだ。もっとも三井物産の鉄鉱石ビジネスは永年オーストラリアがメインで、ブラジルに投資したのは比較的最近の約20年ほど前である。

CAEMIという資源会社に投資し、それが合併で今のヴァーレとなり、さらに株を買い増したものだ。

ヴァーレは昔はリオドセという国策会社だったが、現在は民営化され、多額の税金を国に払っているという。

食料では有名なコーヒーに加え、最近では鶏肉も世界ナンバーワンだ。ちなみにコーヒー生産・輸出の第2位はベトナムで、筆者はてっきりコロンビアだと思っていた。

ブラジルは対外債務増大で1980年代に経済危機に陥ったが、現在は純債権国となっている。国債の格付けでもS&PがBBB+で投資適格となり完全復活を遂げた。(ちなみにS&Pの格付けでは、ラテンアメリカではチリがAA,メキシコがA+で、ブラジルのBBB+は第3位である)

弱点だった石油も2007年に自給率100%を達成し、最先端の海底油田掘削技術を生かして最近では大型の海底油田が続々と発見されている。

ほとんどの油田がリオデジャネイロの沖合の海底にある。ブラジルの原油を独占するペトロブラスは原油埋蔵量ではエクソン・モービル、BPに次ぐ三位グループである。

この本では著者の山口さんがヴァーレやペトロブラスのIR担当に直接面談しているので、参考になる。

かつてはハイパーインフレで有名だったが、インフレ率も2006年、2007年は3−4%に留まっている。天然資源だけでなく、製造業も大きく、自動車産業は2007年には世界第7位の約3百万台を生産している。


メキシコ

ラテンアメリカとは南米+メキシコという意味で使っている言葉だが、メキシコ(北米)と南米では相当状況が異なる。

「フラット化する世界」で紹介されていた通り、アメリカから製造業が大挙してメキシコに移ってきた時代が終わり、今や中国とメキシコが競合となり中国が勝ちつつある。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-01-19
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


アメリカの貿易相手国としては中国が長年1位だったカナダを抜きトップで、長年2位だったメキシコは第3位になっている。

メキシコも対米依存度を下げ、他の市場を開拓する必要性を感じ、日本はじめ44ヶ国とFTAを結んでいる。しかし輸入は増えているが、今のところ輸出の90%はアメリカ向けで、輸出に関してはFTAの目立った効果は出ていないという。

メキシコは2006年3月に大統領が交代し、ハーバード大学出身のカルデロン大統領が就任した。就任1年で60%という高い支持率を背景に、長年の問題だった1.年金改革、2.税制改正、3.選挙法改正の3大改革をおこなった豪腕である。

メキシコの原油生産は世界第6位で、石油が主要産業であることは間違いないが、自動車生産も約2百万台でカラーテレビとともに主要輸出品となっている。

日系企業のなかでメキシコで存在感があるのは日産だ。筆者が会社に入った頃から日産はメキシコで生産していたので、現地生産はたぶん30年以上になると思う。2007年にはメキシコでの生産台数は50万台とGMを抑えて第1位となった。


南米の優等生チリ

チリは南米の優等生だ。人口は1,800万人と少ないが、一人当たりのGDPは約1万ドルで、ここ5年で倍になっている。成長率は4−5%、財政収支も数年連続で黒字で2007年は8.7%の歳入超過となっている。

サンティアゴの地下鉄ではICカードが導入されているという。

チリでの産業では銅、ワイン、サーモン養殖などが有名だ。

チリは医者出身で女性のミシェル・バチェレが大統領だ。バチェレ大統領のお父さんは拷問で殺されている。

ジェトロの話だと、チリはブラジルより10年先を行っているという。

チリはアジアとの結びつきを深めており、自動車は日本車や韓国車が多い。FTA(Free Trade Agreement)があるので、無関税で輸入できるからだ。

元々南米にはいなかったサーモンの養殖も、チリのフィヨルド地形に目を付けた日本政府のODAで始まったのが最初で、それを国際入札でニッスイが引き継いだ。筆者の三菱商事の友人も水産部出身で、チリに駐在していた。

日本にもスモークサーモンなどが輸出されているが、主要輸出先はヨーロッパだという。

チリは太平洋側には便利だが、大西洋側に出るにはアンデス山脈を越えなければならない。そこでアンデス山脈をつらぬくトンネル建設構想もあるという。


アルゼンチン

筆者が昔2年間住んでいたアルゼンチンブエノスアイレスは、今やビル建設ラッシュだという。

アルゼンチンというと対外債務でデフォルトを行い、高い失業率という印象がある。たしかに1999年から2002年まではマイナス成長が続いたが、経済成長率は、2003年からここ5年連続で8%を超えており、2007年のは8.7%だ。

輸出も拡大しており、2007年は100億ドル以上の貿易黒字を記録している。大統領は前大統領の妻クリスティーナ・キルチネル大統領だ。ヒラリークリントンは大統領になれず、オバマ政権で国務長官に就任しそうだが、アルゼンチンでは夫婦で交代して大統領というのがペロン政権でも実績があり、今回も実現している。

アルゼンチンというと畜産や農業国というイメージが強いが、自動車産業も年間50万台を生産している。石油も自給でき、天然ガスも有望視されている。

2002年以来主要農産物には輸出税が課せられており大豆、小麦、トウモロコシ、油脂などの税金が引き上げられている。アルゼンチンが力を入れているのがピーナッツであり、2007年には世界第2位の生産国になった。

日本企業では本田、トヨタ、片岡物産(ワイン)、NECのソフトウェア開発センターなどがある。

アルゼンチンは20世紀前半は世界でも最も裕福な国の一つだった。両方の大戦中に終盤まで中立を保って両陣営に食料を売って外貨を稼いだので、第2次世界大戦後も大変裕福な国だった。

たとえば筆者が下宿していたアパートのオーナーは、同じ電話番号を50年間使い続けていると言っていた。

日本で言うと昭和の初め頃から一般家庭に電話が普及していたのだが、それが全く更新されなかったので、雨が降ると電話が繋がらないという状態だった。

国内の長距離電話をかけるよりも、国際電話をかけた方がつながるという笑い話のような状態が続いていたが、それを改善したのが1980年代にNECが入れた電話交換機ネットワークだ。

地下鉄も世界でロンドン・パリに次いで3番目に建設されたが、それが更新されなかったので、筆者がいた当時は全く路線が広がっていなかった。その後日本の東京メトロの中古地下鉄車両を輸入したり、路線を拡大したりしている。

筆者の好きな国だが、経済面ではブラジルとは大きな差が付いてしまった。せめてサッカーではブラジルに勝って欲しいと思っているが、「名選手必ずしも名監督ならず」のことわざ通りマラドーナ監督には一抹の不安がある。

余談になるが、最初にマラドーナのアルヘンティーノ・ジュニアーズ時代のプレイをテレビで見たときは衝撃を受けた。

当時18歳だったが、ドリブルでタックルされてもボールを持ち続け、最後はゴールしてしまうというテクニックに、思わず一緒にテレビを見ていた同じ下宿のアルゼンチン人の友人に「こいつは誰だ?」と聞いたものだ。

1986年のメキシコワールドカップ対イングランド戦のマラドーナの伝説の6人抜きのゴールがYouTubeに収録されている。




著者の山口伊佐美さんが働くブラックロックジャパンはファンドマネージャーで、たぶんラテンアメリカ関係のファンドを立ち上げるための資料として、この本を出版したのだと思う。

たしかに山口さんが言うように、中間層が多い、国内需要が大きい、国家財政の健全化、インフレ抑制で投資適格になっている、未開発の資源、世界の供給源となっている農産物、優秀な人材等の面で、ラテンアメリカはこれから益々注目されると思う。

ラテンアメリカ通の筆者として欲を言わせてもらえば、貧者に住んでいる家の占有権を認めたエルナンド・デ・ソトの改革と金属相場上昇で、2006年の株価上昇率で世界第1位になったペルーの現状も紹介して欲しかった。

また世界最大級の天然ガス田が発見され、石油も生産しているのでOPECに入るという話もあるボリビア、オバマ大統領になり、反米路線を修正しているチャベス政権のベネズエラなどの現状も書いて欲しかったが、この辺の国は投資対象にはならないという整理なのだと思う。

良い取材に基づいたしっかりした内容で、ラテンアメリカの現状が頭にスッと入る。是非多くの人に読んで貰いたい本である。



参考になれば次クリックお願いします。




武士道とともに生きる 山下泰裕さんとトヨタの奥田碩さんの共著

いよいよ来週4月14日から2016年のオリンピック開催地を視察するIOCのミッションが東京を訪問する

視察は4月16日からの4日間で、筆者の会社のオフィスも視察日程のコースに入っている。

東京オリンピックへの招致活動を支援する意味で、ロスアンジェルスオリンピック金メダルの「史上最強の柔道家」、山下泰裕さんの元経団連会長奥田さんとの対談本を紹介する。


以前NHKで「スポーツ大陸 何があっても勝つ〜史上最強の柔道家 山下泰裕〜」を見たことがある。

山下さんの現役時代の数々のエピソードが取り上げられており、山下さんの恩師の佐藤宣践(のぶゆき)先生も登場する。

柔道を始めた頃から、1984年のロスアンジェルスオリンピックで2回戦での右足の肉離れにもかかわらず金メダルを取ったこと、オリンピックの翌年の全日本柔道選手権で宿敵斉藤仁選手と対決し、優勢勝ちを収めて203連勝無敗のまま引退したことなどが紹介されている。

YouTubeにロスアンジェルスオリンピックの映像が載っているので紹介しておく。



ロスオリンピック決勝の時の山下さんは、利き足の右足を引きずって、とても試合などできる状態ではなかったことがよくわかる。

筆者も高校生のときにサッカーをやっていて肉離れを経験したことがあるが、筆者の場合は「バキッ」という音とともに激痛が襲ってきた。とても運動などできたものではない。

今映像を見直しても痛々しいかぎりだが、それでも金メダルを取るとは、本当に国民栄誉賞に値すると思う。

武士道とともに生きる武士道とともに生きる
著者:奥田 碩
販売元:角川書店
発売日:2005-04-25
おすすめ度:3.0
クチコミを見る


トヨタの奥田碩(ひろし)元会長と、東海大学体育学部教授で前国際柔道連盟教育コーチング理事の山下泰裕氏の寄稿と対談を集めた本。奥田さんは柔道6段だ。

山下さんの講演を聞いて感動したことがあるので読んでみた。

山下さんの肩書きを前理事と書いたのは、2007年の国際柔道連盟の理事選挙に敗れたからだ。このことは話題になったので、山下さん自身の山下泰裕公式ホームページ敗戦の弁を紹介しておく。

柔道が"JUDO"時代となり、山下さんの知名度をもってしても、本家本元の日本が国際柔道連盟の主導権を取れない現状がよくわかる。柔道国際化の宿命といってしまえばそれまでかもしれないが、ハンドボールの「中東の笛」をはじめ、国際スポーツ界の金権化が危惧される。

山下さんは柔道教育ソリダリティというNPO法人のホームページと、山下泰裕公式ホームページで、山下さんの活動や各種雑誌などへの寄稿や各地で行った講演などを情報発信している。

どちらかというとこの本は奥田さん色が濃く、山下さんの話は抑えている感じなので、このあらすじでは山下泰裕公式ホームページで公開されている講演録などの情報も含めたあらすじを紹介する。

山下さんの講演録は「自己実現と教育法 ―柔道に教えられ、学んだこと―(全10回)」という題で、筆者が聞いた講演とほぼ同じで他の話題も含まれていて大変面白いので、是非是非読んで欲しい。


同級生からの表彰状

山下さんは子どもの頃から体が大きく、暴れん坊だった。小学校4年生から柔道を始めたが、それまでは山下さんがいるから学校に行けないという登校拒否児童が出るありさまだったという。

山下さんがロサンジェルスオリンピックで足のけがにもかかわらず金メダルを取った時に、故郷の同級生が次のような表彰状をくれたという。

「表彰状 山下泰裕殿 
あなたは小学生時代、その比類稀なる体を持て余し、教室で暴れたり、仲間をいじめたりして、われわれ同級生に多大な迷惑をかけました。しかし、今回のオリンピックにおいては、われわれ同級生の期待を裏切るまいと不慮の怪我にもかかわらず、見事金メダルに輝かれました。このことは、あなたの小学生時代の数々の悪行を清算して、あり余るだけではなく、われわれ同級生の心から誇りうるものであります。よって、ここに表彰し、偉大なるやっちゃんに対し最大の敬意を払うとともに、永遠の友情を約束するものである。」

山下さんは過去の栄光の品々は国民栄誉賞も金メダルも一切飾っていないそうだが、この表彰状だけは飾っているという。過去は関係ない。大事なのは、今とこれからだという。


指導者としての山下さん

山下さんが師と慕うのは、中学時代の恩師白石礼介先生、高校・大学の恩師佐藤宣践(のぶゆき)先生、東海大学の創始者松前重義先生、そして柔道の創始者嘉納治五郎先生だ。

講演でも話されていたが、山下さんは指導者といっても、自分が教えたことよりも、むしろ学生やみんなから教えられたことのほうが多いと謙虚に語る。

山下さんも名選手名監督ならずの例で、初めは自分の立場でしかものを見ることができず、他人の考えていることがわからなかったという。

しかし指導者としての経験を通して、不世出の名選手だった山下さんが「何を言ったか」ではなく、山下さんの指導により相手が「どう変わったか」が重要なのだと考えるようになった。「お前、これはあの時教えたじゃないか」などと言っても、それは指導者の自己満足でしかないのだ。

山下さんの教え子の中では、手間が掛からなかった教え子よりも、手間の掛かった教え子のほうが、指導者としての山下さんを成長させてくれたという。

山下さんが現役を引退して東海大学柔道部の監督だった時に、仲間を楽なほうへ、悪いほうへ引っ張る4年生の問題児がいたという。彼は兵庫県の高校代表だったが、全国のトップクラスが集まる東海大学柔道部では試合に出られず、後輩に追い抜かれ、くさっていたようで、山下さんはやる気がないなら辞めて欲しいと思っていたという。

そんな時に白血病のお子さんを持つ両親から、山下さんに献血のためにA型の学生を集めて貰えないかとの依頼があった。そこで山下さんが声をかけ、20名ほどの献血者が集まったが、その中にその問題児がいたのだという。

手術が成功し、そのお子さんが退院していくときにお母さんが挨拶に来られて、涙を流してお礼を述べられたが、その時にその問題児が片道1時間も掛かる病院まで何度も見舞いに行って、試験などで行けない時は手紙を書いて励ましていたことを山下さんは知って驚いたという。

自分もA型なのに監督だから学生に声をかけるだけで献血にも参加せず、その学生をやる気のない奴だということで、ただ叱っていた。兵庫県でチャンピオンだった学生が後輩に追い抜かれる挫折感、心の葛藤も理解しなかった。また選手を強くしたいという気持ちよりも、自分が日本一の監督だと思われたかった自らに気が付いたという。

指導者としての経験を通して山下さんはできる、できないで区別せず、「この子はできるまでに時間がかかるんだ」と考えるようになったという。

人を評価するときは、できるだけ全体的に見なくてはいけないということを、その学生から教わった。欠点を指摘するのはたやすいが、良い点を見抜くのはじっと見ていないといけない。頑張ったところをほめてやる。枠にはめず、いいところをできるだけ伸ばしてあげるようにしたいと考えているのだと。

英語のEducationも語源は「educe=引き出す」だ。その人のいいところを育ててやる。それが教育だと思っていると山下さんは語る。

山下さんは、筆者がもう一度話を聞きたい人の筆頭だ。


シドニー・オリンピックのデュイエと篠原

2000年のシドニーオリンピックでの100キロ超級決勝でのデュイエの内股を、篠原信一選手が内股すかしで返したが、審判は高度な技を理解せずデュイエの金メダルが決まった。

この試合の後、日本とフランスの間がギクシャクしたが、デュイエは「困難から逃げないで立ち向かう勇気を教えてくれたのも柔道だった」と、つたない日本語で「よろしくお願いします」と手紙を書いてきて山下さんに訪日の件を知らせてきたという。

「弱いから負けた」と一切言い訳をせず、審判にも決して不満を言わなかった篠原信一選手の人間の大きさも立派だし、デュイエも立派だ。どちらも金メダルにふさわしいと山下さんは語る。


「道(ひとのみち)」としての柔道

山下泰裕氏は「柔道を通じて「武士道」のような日本人の精神を世界に広めたい」と語っており、奥田さんと山下さんが、「姿三四郎」などに描かれている柔道の武士道精神などについて語っている。

筆者は柔道は高校の体育で数ヶ月やった程度だが、柔道といい剣道といい、相手と1対1で対決する武道は、勝つための自らの鍛錬という面でも、対戦相手との友情が生まれるという面でも、きわめて教育的なスポーツだと思う。

だから「道」という名前がついており、まさにこれが創始者の嘉納治五郎が柔術から柔道を生み出した違いである。

北京オリンピックの石井慧(さとし)選手が象徴的だが、勝つことに意味があるのだという風潮がある。

スポーツとしてのJUDOなのか、鍛錬としての柔道なのか、意見が分かれるところかもしれないが、JUDO路線の対極にあるのが、この本で述べられている武士道精神を目指す柔道である。

石井慧選手を特集したNHKスペシャルを見て、石井選手が口だけではなく人一倍努力をして、ヒマさえあればウェイトトレーニングをやって筋肉をつけ、筋力、技のきれ、スピードを磨いてオリンピックに臨んだことを知った。

「腹筋の出ている重量級の柔道選手など(他には)いない」という石井選手の言葉もその通りだと思う。

普通の人ではマネのできない努力の結果勝ち取れた金メダルだと思うので、石井選手を悪く言うつもりはないが、たとえ試合に勝ってもその行動や言動を見ていると柔道家として周りの人や他の選手から尊敬される存在にはなっていない。

柔道は心技体のはずであり、石井選手の場合「心」はまだまだ鍛錬が必要だと思う。

山下さんは勝つための柔道には公共心などがなくなってきているので、創始者の志に戻る「柔道ルネッサンス」を提唱している。「最強の選手」をつくるのではなく、「最高の選手」をつくるのだと。


「ソフト・パワー」としての柔道

奥田さんと山下さんは日ロ賢人会議で一緒になってから親しくなったという。山下さんは奥田さん達の支援を受けて、柔道教育ソリダリティというNPO法人をやっている。

山下さんの友達に「日ロ賢人会議」に出たというと、「お前、熊本県人だろ?」とか、「えっ、ロシアにも県があるのか?」といった反応が返ってくると。山下さんの子どもの頃を知っているので「賢人」とは思えないのだと。

山下さんはプーチン首相と親しい。YouTubeでも山下さんと井上康生がプーチン首相と一緒に、ロシアの子ども達に柔道を教えているビデオが公開されている。



プーチン首相は別荘に嘉納治五郎の銅像を建て、今でも週2回柔道の練習をしているという。

柔道の用語は日本語ですべて通しているが、プーチン首相も「最初はさっぱり分からなかった。でも、そのうち、だんだんそれがわかるようになった。柔道で使われている日本語に興味を持ち始めたことがきっかけとなって、日本の文化に興味、関心を持っている」と言っていたという。

ロシア人は日本びいきだで、日本が好きだと答えている人は74%も居ると以前紹介した大前研一氏の「ロシア・ショック」に書いてあった。プーチン首相はロシア語で「柔道、わが人生」という本を共著で出版しており、2000年の2回目の訪日の時に講道館を訪問し、次のように語っている。

「講道館に来ると、まるで我が家に帰ってきたような安らぎを覚えるのは、きっと私だけではないでしょう。世界中の柔道家にとって、講道館は第二の故郷だからです。日本の柔道が世界の柔道へと発展していくのはたいへん素晴らしいことですが、われわれにはもっと注目すべきことがあります。それは、日本人の心や考え方、そして文化が柔道を通じて世界に広まっていくことです」

 日本の柔道家が同じことをいえば、ある意味でそれは当然でしょう。しかし、ロシアの、それも大統領がこれほど深く柔道の役割を理解していることに、私は強く胸を打たれたのです。しかも、プーチン大統領は、講道館館長から送られた六段の紅白帯をその場で締めることを丁重に辞したうえ、こう言葉を続けました。「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います」

 この発言はいわゆるリップサービスだと、穿った見方をする人がいるかもしれません。多忙な大統領に練習のための時間などあるはずはないと。しかし、プーチン大統領が週に2回、今でも道場に足を運んでいることを私は知っています。この言葉は、心から発せられたものでした。

出典:山下泰裕公式ホームページ記事

オバマ新政権で駐日米国大使になるジョセフ・ナイさんや、国務次官補になるカート・キャンベルさんなど、米国の親日派のビッグショットがそろい踏みした日経新聞とCSIS(米戦略国際問題研究所)主催のセミナーを12月に聞いた。

ジョセフ・ナイさんは、「ソフト・パワー」を提唱し、国の力として軍事力、経済力などの「ハード・パワー」とともに、これからはその国の文化、ファッション、食べ物、流行などの「ソフト・パワー」が重要になると説く。

ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力
著者:ジョセフ・S・ナイ
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-09-14
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


この本で奥田さん、山下さんが繰り返し述べられている武士道精神、柔道の精神性もまさに日本を代表するソフト・パワーであり、プーチン首相の日本びいき、世界190ヶ国に柔道連盟があるという圧倒的なネットワーク力などを、日本ももっと活用すべきだと筆者も思う。


奥田さんの愛読書「姿三四郎」

奥田さんの愛読書は「姿三四郎」だという。今から120年ほど前の明治時代の物語で、柔道の精神性と日本人としての生き方の理想像、柔道の美学がそこにあるという。これは新渡戸稲造の書いた「武士道」にも通じる生き方であると。

武士道 (岩波文庫)武士道 (岩波文庫)
著者:新渡戸 稲造
販売元:岩波書店
発売日:1938-10
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


「姿三四郎」は現実のモデルに即した小説で、柔道の開祖嘉納治五郎は矢野正五郎として描かれ、当時の四天王は「姿三四郎」の著者の富田常雄の父、富田常次郎、横山作次郎、山下義詔、そして姿三四郎のモデルの西郷四郎だった。

姿三四郎;普及版; [DVD]姿三四郎;普及版; [DVD]
出演:大河内傳次郎;藤田進;河野秋武;清川荘司
販売元:東宝
発売日:2007-12-07
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


富田常雄は講道館の敷地にあった富田常次郎の家に生まれ、自身も柔道の有段者だったので、柔道に囲まれた環境に育った。

嘉納治五郎は柔道の国際化に尽力した。嘉納治五郎は東大卒で、英語で日記を書いているといわれるほど、英語が達者だった。早くから海外への柔道の普及に尽力し、アジア初のIOC委員にもなって、幻に終わった1940年の東京オリンピックの招致にも貢献した。

現在国際柔道連盟加盟国は約190あり、これはオリンピックに参加している競技の中で、3番目に多い加盟国だという。


日本柔道界金メダルゼロの日

奥田さんは山本七平の「日本はなぜ敗れるのか」を社員に読むように薦めているという。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)
著者:山本 七平
販売元:角川グループパブリッシング
発売日:2004-03-10
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


トヨタもおごりの心が出てきてしまうことを強くいさめているとのこと。柔道も「勝ちさえすればよいのだ」という風潮になりつつあることを危惧している。

アテネでの金8個、銀2個という成績はできすぎでピークだった。日本の柔道界に金メダルゼロの日がやがてやってくるのではと危惧されているという。

柔道がここまで国際化した背景には、やはり精神性があると思う。この本ですすめらてている「姿三四郎」も一度読んでみようと思う。

姿三四郎 上巻 (1) (新潮文庫 と 6-1)
著者:富田 常雄
販売元:新潮社
発売日:2000
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


簡単に読め、柔道のソフト・パワー力、精神性、教育的価値がよくわかる。山下さんのホームページとともに是非おすすめする。



参考になれば次クリックお願いします。



「合衆国再生」 オバマ版メイキング・オブ・プレジデント

バラク・オバマ人気が続いている。

大前研一氏もオバマの演説のうまさは絶賛している。JFK、クリントンに匹敵する演説のうまさだという。

オバマ氏の政策の基本的な考え方がわかる「合衆国再生」のあらすじを紹介する。

対話重視、メインストリート(ウォールストリートに対する一般市民の意味)重視、国際協調重視、国民皆保険重視のオバマ氏の手腕に期待するところ大である。

オバマ氏のもう一つの本で、自身の生い立ちからシカゴでのコミュニティ・オーガナイザーとしての生活まで、そして実父に対する複雑な思いを書いた自伝的小説「マイ・ドリーム」のあらすじも、参考にしてほしい。

合衆国再生―大いなる希望を抱いて合衆国再生―大いなる希望を抱いて
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


バラク・オバマ氏の自伝と政策論。

原題は"The Audacity of Hope"であり、2006年11月に出版されている。"Audacity"とは「大胆さ」という意味で、日本語訳では「大いなる希望を抱いて」となっている様に、大統領選挙を意識した本である。

政界への最初の挑戦のイリノイ州議会上院議員(1997年)、2000年の下院議員選挙での惨敗、2004年の上院議員選挙での圧勝、オバマ氏を一躍有名にした2004年民主党党大会でのキーノートスピーチ、そして大統領選挙挑戦までの一連の活動をオバマ氏自身が語っている。

400ページ強の本だが、政治活動の現実や主要政策についての自分の考えをオバマ氏が淡々と語っているので思わず引き込まれる。


メイキングオブプレジデント

オバマ氏はハーバード・ロー・レビューという法律家向け専門誌で、はじめての黒人編集長となって注目されたそうだが、文才もあり読みやすい内容でアメリカで200万部以上売れているという理由がわかる。

大統領になって打ち出す政策は、この本に書かれているアウトラインとは若干異なるかもしれないが、オバマ氏自身が書いたオバマ氏の基本的な考え方がわかる重要な本だ。

自身の生い立ちからシカゴでのコミュニティ・オーガナイザーとしての生活まで、そして実父に対する複雑な思いを書いた自伝的小説「マイ・ドリーム」のあらすじを以前紹介したが、この本はシカゴでのコミュニティー・オーガナイザー活動以降のオバマ氏の経験が取り上げられている。

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


筆者が「メイキング・オブ・プレジデント」と呼ぶとおり、政治活動の裏側や徒手空拳で政治活動を始めたオバマ氏が活動資金に苦労する台所事情などが率直に描かれていて読み物としても面白い。

親や祖父の地盤を引き継いで世襲政治屋となっている日本の多くの政治家に、オバマ氏の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


ヒラリー・クリントンの力

恵まれない家庭環境から這い上がって大統領になった先人は、たとえばビル・クリントンがいるが、結婚相手のヒラリー・ローダムが名家の出身のバリバリの弁護士で、ビルが大統領になれたのはヒラリーの貢献が大きい。

以前紹介した手嶋龍一さんの「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」に紹介されていたが、ビル・クリントンがアーカンソーに戻ったときに、ガソリンスタンドを経営している友人のことを取り上げて、「あの人でなく、大統領になった自分と結婚してよかっただろう」とヒラリーに言ったところ、ヒラリーは「私があの人と結婚していれば、あの人が大統領になったはずよ」と切り返したという。

ヒラリーが旧姓ローダムのままでバリバリの弁護士として活躍し、ビルがアーカンソー知事をやっていた時代に、クリントン夫妻としてつくった実業界の友人も多かった。

ビルは文無しからのスタートだが、クリントン夫妻としてはそれなりに政治資金と支援者に恵まれていた。金脈のひとつはホワイトウォーター疑惑を招いている。


オバマは本当に徒手空拳

オバマ夫妻も弁護士同士の結婚という意味ではクリントン夫妻と同じだが、オバマ氏はハーバードロースクール卒業後、シカゴの市民権専門の小さな弁護士事務所勤務、奥さんのミシェルは結婚後すぐに弁護士をやめ、シカゴ市の企画部や市民活団体に勤め、二人ともお金には縁がなかった。

地方議会のイリノイ州議会上院議員選挙では10万ドル以上必要なかったので問題なかったが、合衆国上院議員選挙では選挙顧問にテレビコマーシャルなどを入れて最低1,500万ドルが必要と言われ、知り合いに頼んで金策したが25万ドルしか集まらなかったという。

対抗馬がゴールドマン・サックスに自分の会社を5億ドルで売った実業家で、湯水のように選挙資金を投入してテレビコマーシャルを打ったが、オバマ氏は沈黙したままだった。

それでも選挙直前にインターネットでの小口献金が急増したことと、対抗馬が元妻との離婚スキャンダルで自滅したこともあり、2004年の上院議員選挙では圧勝できたのだ。


オバマを支える小口ネット献金

オバマ氏の特徴は、企業献金に頼らないインターネットを通じた小口献金中心の資金集めだ。企業の政治活動委員会(PAC)から敬遠されていたので、それしかなかったという。

2008年10月16日の日経IT PROエクスポでの大前研一氏の講演で、大前氏はオバマの勝因はインターネットであり、オバマはネットで(大前氏は"Notebook"と言っていたが、"Facebook"の間違いではないかと思う)80万人の支持を得て、ヒラリーは30万人、マケインはそもそもネットのことを知らなかったと言っていた。

大前氏の数字とは異なるが、現在のFacebookの政治家コーナーではオバマ支持者220万人、マケイン支持者60万人、ヒラリー17万人となっており、ネットではオバマ支持者がマケイン支持者を圧倒している。

ec1cc11f.JPG






ネットでの草の根運動がオバマ氏の最大の支持基盤となっており、これは今までの大統領候補にはなかったことだ。まさにインターネットが生んだ21世紀の大統領といえるだろう。

オバマ氏は今年47歳。JFKが大統領になった43歳よりは年上だが、JFKのような何不自由ない名家に生まれた訳ではない、資産ゼロの庶民からの大統領という意味では異例の若さだと思う。

この本の目次は次の通りだ:

プロローグ
第1章 二大政党制の弊害
第2章 共存するための価値観
第3章 憲法の真の力
第4章 政治の真実
第5章 再生のための政策
第6章 宗教問題
第7章 人種間のカベ
第8章 アメリカの対外政策
第9章 家庭と生活
エピローグ


短い政治経験

この本を読むとオバマ氏の政治経験が短いことがわかる。

オバマ氏がイリノイ州議会上院議員になったのが11年前の1997年。連邦上院議員には2004年になったばかりで、1期目の上院議員である。

しかし議員在任年月だけでオバマ氏の政治活動を判断してはいけない。

日本の小泉チルドレンの様に、当選しても何をやっているのか消息がわからない議員と違って、オバマ氏は州議員時代でも死刑事件の取調べと自白にビデオ録画を課す法案などを成立させている。

上院でもテッド・ケネディ、ジョン・マケインの党派を超えた包括的移民制度改革法案で不法労働者の採用を難しくする修正条項を共同で起草している。

これはアメリカ人労働者より低い賃金で出稼ぎ労働者を雇うことを禁止するものだ。

また後述の「ハイブリッド車・医療費交換法案」も起草している。

田中角栄は自分で30本もの議員立法をつくったというが、田中角栄と同じことをアメリカの議員はしているのだ。


「共感」を強調

民主党らしく大企業には厳しい。従業員の給与が増えていない中で、CEOの報酬だけが高騰していることは市場の要請ではなく、強欲を恥じない文化のせいであると批判する。

「共感」という感覚がもっとあれば、CEOが従業員の医療保険を削りながら、自分に何千万ドルのボーナスを出すなんてありえないと語る。ウォルマートのリー・スコットCEOたちのことを指しているのだ。

どんなに意見が食い違っていても、オバマ氏はジョージ・W.ブッシュの目を通して世界を見ようと努力する義務があると語る。「共感」とはそういうことなのだとオバマ氏は呼びかける。


ロバート・バード上院議員のアドバイス


憲政の権化のような91歳のウェストバージニア州選出のロバート・バード上院議員の話も面白い。

オバマ氏が上院議員になって挨拶に行くと、バード議員は「規則と先例を学びなさい」と言ったという。「憲法と聖書、私に必要な文書はそれだけだ」。

そして最後にバード氏が若い頃KKKに加盟していたことを「若気の至り」として自ら告白したという。

バード氏は炭坑の多い全米でも最貧州の一つのウェストバージニア出身だ。労働組合を支援し、鉄鋼の輸入規制など保護主義的な法律をつくったことで知られているこわもての名物上院議員だ。


政治家の変質

政治家はなぜ変質してしまうのかという点については、会員議員の選挙区は与党の手で勝手に選挙区割りを決められ、与党支持者が過半数いる地域を割り当てるようにしているのだという。

もはや有権者が代表を選んでいるのではなく、代表者が投票者を選んでいるのだと。

地元にべったりで思い切った挑戦をしない。それゆえ下院議員の再選率は96%となっている。

だから有権者は国会は嫌いだが、自分たちの議員は好きだという世論調査結果になるのだと。


フラット化する世界

オバマ氏はこのブログでも紹介した「コラムニストで作家のトーマス・フリードマンが言うように、世界はまちがいなく日に日にフラット化していく」が、グローバル化への対処方法はあると語る。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-01-19
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


「アメリカが競争力を高めるために必要とされるむずかしい対策に国が取り組まず、市場に政府が果たすべき適切な役割について新しい合意が築かれていない現状が問題なのだ」と語り、アレクサンダー・ハミルトン以来のアメリカ版資本主義の発展と政府との関係の歴史を簡単にまとめている。

アメリカの競争力を高めるために、教育と科学技術とエネルギー的独立の3分野への投資が必要だと語る。これがオバマ氏の政策の基本となる。「フラット化する世界」のフリードマン氏の主張と同じで、まさに現在のアメリカに必要なものである。

ルービン元財務長官からは「保護貿易主義的な努力はすべて逆効果だ。それだけでなく、彼らの子どもの暮らしをいっそう悪化させることになる」と言われたそうだが、オバマ氏は組合には好意的だ。


バフェットの税率はセクレタリーよりも低い!?

オマハで質素な暮らしをしている世界一の大富豪ウォレン・バフェットと面談した時に、なぜバフェットの実効税率が平均的アメリカ人よりも低いのか?といわれた話を紹介している。

バフェットの様に配当とキャピタルゲインが主な収入の場合には、15%しか課税されないのだ。一方社会保障も入れたセクレタリーの給与はその倍近い税率で課税される。

バフェットがとりわけ心配していたのはブッシュ大統領が推し進めようとしている相続税廃止だという。

彼は相続税を廃止すれば、富裕層の貴族政治化を促すと考えており、「2000年のオリンピックに優勝した選手の子どもたちだけで2020年のオリンピック代表を決めるようなものだ」と言っていたという。

相続税は人口の0.5%にしか影響しないが、国庫に1兆ドルの収入をもたらすという。


様々な問題について持論展開

宗教問題(人工中絶、同性婚)、人種間のカベ、外交政策、教育、エネルギー政策の転換、自由貿易、世界経済、社会保障、低所得層を救うアイデア、医療保険制度、財源、格差社会の是正、ワーキングプア問題等について自説を展開している。

オバマ氏を一躍有名にした2004年の民主党大会の「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系のアメリカも、アジア系のアメリカもない。ただアメリカ合衆国があるだけなのだ」という発言をもとに、黒人、特に黒人の若者への偏見、人種間の格差(白人の平均資産が8万8千ドルに対し、黒人の平均資産6千ドル、ラテン系8千ドル)などについて語っている。



外交問題

イラク問題については、当初より戦争後の占領体制を考えない戦争には反対してきたが、オバマ氏みずからがバグダッドに行き、現地の情勢を知った今は、性急には撤退できないと考えていると。

有権者の一人から「あんたはイラク戦争に反対したにもかかわらず、まだ部隊の完全撤退を求めて声をあげていない」と言われ、「あまりに急激な撤退はあの国に全面的な内戦をもらたらし、中東全域に紛争を拡大させる可能性がある」と説明したという。

いずれにせよアメリカの外交政策には理念がないと断じて、次のような質問を投げかけている。

なぜイラクには侵攻し、北朝鮮やビルマにはしないのか?

なぜボスニアには干渉し、ダルフールにはしないのか?

イランにおける目的は何なのか?政権の交代なのか、核保有能力を解体することか、核拡散防止なのか、3つすべてなのか?

自国民を恐怖におとしいれている独裁的な政権が存在するところなら、どこでも力を行使するのか?

その場合、経済は自由化しはじめているが、政治は自由化されていない中国のような国々はどう扱うのか?


防衛力とエネルギー問題

軍事力については、第三次世界大戦を視野に確立されている防衛費と戦力構造には、戦略的な意味がほとんどないことをそろそろ認識すべきだと語っている。

ブッシュ政権を初めとする共和党政権を強力にバックアップしていた軍事産業には聞きたくない話だろう。

さらにブッシュ政権のエネルギー政策は、大手石油会社への補助金と掘削の拡大に注がれてきたが、セルロースからのエタノールなどの代替燃料開発を進め、エネルギー効率を上げる等、ケネディ時代のニューフロンティア政策のような政策を打ち出すべきだと主張する。

オバマ氏はロシアにエネルギーを依存しているウクライナを訪問し、輸入石油に依存している国の脆弱性を感じ、アメリカは別の選択肢を持つべきだと主張する。

オバマ氏自身が起草した「ハイブリッド車・医療費交換法案」は、退職者への医療費に対して政府が補助金を払う代わりに、ビッグスリーはハイブリッド車などの燃費効率の良い車の開発に投資するというものだ。

北朝鮮やイランのような「ならずもの国家」の脅威を管理し、中国のような潜在的ライバルの挑戦を受けられるだけの優勢な戦力を維持する必要は認めているが、単独行動でなく、国連の強化による他国との協調的な行動を取ることを主張している。

この路線は日本の民主党の国連重視外交と同じ方向性の様に見える。超大国アメリカの指導者としては、今までなかった斬新な考え方だ。


家庭生活

アメリカの初婚の5割は離婚に至っているという。

この30年間でアメリカ人男性の平均収入の伸びはインフレ調整後で1%を切っており、住居、医療、教育費をまかなえなくなっているのだと。

共稼ぎで増えた収入は、ほとんど全部が子どもの教育費、授業料や良質な公立学校がある地域に住むための住居費と、母親が通勤に使うもう一台の車や託児所の費用に使われているという。女性の社会進出は、家計を支えるための必要にせまられてのものだ。

最後に奥さんミシェルと、二人の娘、マリア、サーシャを紹介し、時々はワシントンのモール(中心地区)のジョッギングで、建国の父たちに思いをはせていると語り、「私の心はこの国への愛に満ちている」と結んでいる。


アメリカ国民のためにしっかりとした政治を行っていくことだろう。

そんな好印象を受ける良い本だった。


参考になれば次クリックお願いします。

葡萄酒か、さもなくば銃弾を 手嶋龍一さんの人物評伝

本日の北朝鮮のミサイル実験はどうやら失敗に終わったようだ。

米国は昨年10月12日に北朝鮮に対してのテロ支援国家指定を解除している。

まさにブッシュ政権末期のドタバタで、なんとか自分の功績としてアピールできるものを作ろうとしているコンドリザ・ライス国務長官とヒル国務次官補のなせるわざと言わざるを得ない。

核実験をやろうと準備している国に、テロ支援国家指定を解除してどうなるのか?

米国や他の国から援助を取り付けて、国力を回復し、準備を万全にして時期をずらして核実験を実施するというだけのことになるのではないか?

本質がわからずに「理解を示している」麻生首相も、ブッシュ大統領から電話をもらってうれしくて、そう言ってしまったのではないかと思えるが、本気でそう言っているならノー天気なものだ。

筆者は必ずしも北朝鮮懐柔策に反対するものではないが、それにしても核実験実行するぞと恫喝されてテロ支援国家指定を解くとは、まともな人間のなせる技ではない。

このあたりの事情を鋭く洞察している手嶋龍一さんの本のあらすじを紹介する。

葡萄酒か、さもなくば銃弾を葡萄酒か、さもなくば銃弾を
著者:手嶋 龍一
販売元:講談社
発売日:2008-04-25
おすすめ度:3.0
クチコミを見る


インテリジェンス小説という新しい分野を開いた元NHK手嶋龍一さんの人物評伝。

登場人物は次の通りだ。ほとんどが手嶋さんが直接間接に知っている人ばかりで、手嶋さんの広い交友範囲をあらわしている。

I 遙かなりホワイトハウス
  大統領への永い道……バラク・フセイン・オバマ
  二人のファーストレディ……ヒラリー・ローダム・クリントン
  敗れざる者……ビル・ブラッドレー(元上院議員)
  ベトナムから還ってきた男……ジョン・マケイン

II 政治の中の生と死
  赤い曳光弾……ヘルムート・コール(元ドイツ首相)
  手術室のジョーク……ロナルド・レーガン
  ハイアニス・ポートの孤高……ジョン・F・ケネディ
  三十年の平和……ヘンリー・キッシンジャー

III 姿なき交渉者たち
  帰りなんいざ……戴秉国(中国国務委員)
  昼行灯のひと……谷内正太郎(ヤチ。元外務事務次官)
  テヘランに在りし者……斉藤邦彦(元外務事務次官)
  雪渓の単独行……林貞行(元外務事務次官)
  ふたりのマツナガ……松永信雄(元外務事務次官)とスパーク・マツナガ(元上院議員)

IV 外交という戦場
  冷や飯のひと……麻生太郎
  ツルゲーネフの森……ハンス=デートリッヒ・ゲンシャー(元ドイツ外相)
  少数派の叡智……ヨシュカ・フィッシャー(元ドイツ外相)
  知られざる人……近藤元次(元農水相)
  北の凍土と向き合いし者 宋旻淳(韓国元外交通商相)

V 日米同盟の光と影
  冷たい戦争の意志……ジョン・フォスター・ダレス(米元国務長官)
  矜持なき者の挫折……クリストファー・ヒル(米国務次官補)
  プレスリー同盟……小泉純一郎
  裏切りの季節……コンドリーザ・ライス(米国務長官)
  イラクへの道……ドナルド・ラムズフェルド(元国防長官)

VI 超大国に抗いし者
  隠れゴーリスト……小沢一郎
  「ブッシュの戦争」の抵抗者……ドミニク・ド・ヴィルパン(元フランス首相)
  昨日の理念……安倍晋三
  日米同盟の遠心力……福田康夫

エピローグ  
  月下美人……若泉敬(政治学者。沖縄問題の特使)

なかには、余り聞いたことのない名前もあるが、外務省高官だったり、若泉さんは沖縄返還交渉の時の福田赳夫首相の対米密使だ。

それぞれの特徴を捉えたエピソードを紹介しており、読み物として面白い。

たとえばバラク・オバマ氏は、2004年の民主党大会の演説がメジャーデビューだったし、ヒラリー・クリントンは弁護士時代はヒラリー・ローダムで通していたが、ビルがアーカンサス州知事再選に失敗すると名前をヒラリー・クリントンに変えた。



ジャックリーン・ケネディはJFKの女遍歴に耐えかね、離婚を何度か言い出すが、そのたびにケネディ家の家長であるジョセフに金で丸め込まれていたという。ジョセフの執念が実り、JFKはカトリックで最初の大統領となるが、暗殺されてしまう。ケネディ暗殺は謎のままである。


キッシンジャーの功績

キッシンジャーは国務副長官時代に歴史に残る声明を発表している。ソ連と中国がアムール川のダマンスキー島の領有権を巡って一触即発の状態だった1969年に、「ソ連が国際政治の均衡を崩すような挙に出て、中国に対する核攻撃に打って出るようなことがあれば、ニクソン政権はこれを座視しない」というものだ。

これが米中接近の引き金にもなる。

ニクソン訪中の前に周恩来とキッシンジャーが交渉していた時に「上海コミュニケ」の中の、いわゆる「台湾条項」のワーディングは固まった。

台湾条項の第1項は「アメリカ政府は、台湾海峡をはさむ両岸の中国人が、それぞれ中国は一つだと述べていることを事実としてacknowledgeする。」このacknowledgeという言葉は周恩来のサジェスチョンによるものだと。

第2項は「アメリカ政府は、台湾海峡問題の平和的解決を希求する」。これはアメリカが有事には、軍事力で台湾の防衛に駆けつけるとは一切書いていない。実際に1996年に中国が台湾海峡向けに4発のミサイルを発射したときに、アメリカは空母2隻を台湾海峡に派遣した。

しかし文言としては、曖昧さを残すことで、台湾側の自重も求めた。後に「戦略的曖昧性」と呼ばれている。

これが台湾海峡に熱い紛争が起こるのを防止してきたのだ。

こういった歴史の証人たちに直接インタビューして取材している手嶋さんの幅広い情報収集力には敬服する。

手嶋さんの友人の韓国の宋旻淳元外交通商相や、普段あまり聞くことのない外務省の歴代の外務事務次官の話も面白い。

軽妙な読み物に仕立てているが、手嶋さんは主張すべきところは主張している。


北方領土問題は日ロ関係のトゲ

たとえば北方領土問題は、死せるダレス元国務長官が打った日ロ関係のトゲ、冷戦の残渣であり、これがために日ロ交渉は全く進展していない。「領土問題は日本丸というタンカーの船底に張り付いてしまった貝殻のような存在」だと。

「対中、対米外交に新たな地平を切り拓くためにも、北方領土のくびきから日本外交自らを解き放つべきときが到来している」と手嶋さんは語っている。


ライス国務長官とヒル国務次官補

北朝鮮との外交で、独断専行でポイントを稼ごうとして失敗している米国のクリストファー・ヒル国務次官補と、他に成果がないので北朝鮮外交を自分の実績としたいコンドリーサ・ライス国務長官には手厳しい。

北朝鮮の旧式の核施設を廃棄させるが、まだ数個保有していると思われるプルトニウム核爆弾や、ウラン濃縮設備については、全く手つかずのままだ。

「国際社会はまだ、野心の外交官クリストファー・ヒルが犯しつつある失策の恐ろしさに十分気づいていない」と警告している。

「ライスとヒルは、東アジアのポスト冷戦史に、野心に溺れて同盟国を裏切った外交官としてその名を刻まれることになるだろう」と。


小沢一郎と「国連至上主義」

小沢一郎については、ひそやかな対米自立論者として、「自衛隊が国連待機軍として国連の要請に応じて出動し、国連の指揮下にはいることは、何ら憲法に違反しない」という1993年の「日本改造計画」を引用している。

日本改造計画日本改造計画
著者:小沢 一郎
販売元:講談社
発売日:1993-06
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


アメリカは小沢一郎をフランスの故ド・ゴール大統領の様に、対米自立を模索する「隠れゴーリスト」と見ているという。

1990年の湾岸戦争の時に、当時の自民党幹事長の小沢一郎は自衛隊の派遣を当時の首相の海部俊樹にせまっている。結局それは実現せず、日本は130億ドルという巨額の資金を提供したのに、軍事的支援はゼロだったので、戦後のクウェートのThank-you Listにも載らず、屈辱を味わった。


条約官僚というモンスター

日本の憲法や国際条約解釈を独占しているモンスターのような「条約官僚」という存在も指摘している。

福田前首相は昨年末の小沢一郎との密談の時に、条約官僚に「小沢が提案する国連の集団安全保障に飛び移って構わない」と言われたという話を紹介している(手嶋さんの本にはこう書いてあるが、真偽のほどは筆者はわからない)。

党首会談の合意文書など、どう書かれていようとも、国際法の知見を利用して再解釈してみせるという自信のほどを見せつけたものだと。

「日本の政治指導部が真に立ち向かうべき相手は、法衣をまとっていない大審問官たちなのである」と手嶋さんは指摘している。

現在の条約・憲法解釈についての力学がわかって参考になる。


自民党の面々には冷ややか

麻生新首相を「冷や飯の人」と呼んでいるが、なぜそう呼ぶのか全くそれにあたる説明がない。吉田茂の孫として、冷や飯という訳でもないと思うが、よくわからないところだ。

麻生さん以外にも小泉元首相、安倍元首相、福田前首相は好意的には取り上げられていない。小泉=ブッシュ関係をプレスリー同盟と呼んでいる。


これからの政権交代議論や現在の世界情勢を考える上で、参考になるインサイト(洞察)である。

面白く簡単に読めるおすすめの本である。


参考になれば次クリックお願いします。





告白 曽我ひとみさんの夫 ジェンキンスさんの自伝 謙虚な人柄がわかります 

告白告白
著者:チャールズ・R・ジェンキンス
販売元:角川書店
発売日:2005-10-08
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


今回は拉致被害者曽我ひとみさんの夫のジェンキンスさんの自伝を紹介する。

読みやすく、自分の脱走を決心した理由なども含め、隠すことなく真実を語ろうという姿勢と人柄に好感が持てる。

波瀾万丈の自伝で、是非一読をおすすめする。詳しく紹介すると興ざめなので、印象に残った部分だけ紹介する。

ちなみに日本テレビでテレビドラマにもなるということだ。


ジェンキンスさんの生い立ち

ジェンキンスさんはアメリカノースカロライナ州東部の人口1,000人あまりのリッチスクエアー出身。1940年生まれなので、65歳だ。

アメリカのYahoo! Mapでノースカロライナの付近の地図を見つけておいたので、興味のある人は見て頂きたい。

リッチスクエアーはRocky Mountから東に行ったところ。

ジェンキンスさん自身が、小さな貧しい町の貧しい家の出だと語っている。

ジェンキンスさんの父親は製氷工場の現場監督だったが、製氷用のアンモニアガスを吸い込んで亡くなった。ジェンキンスさんが11歳の時だ。

出生証明書がなかったため、本来なら17歳以上の州兵に15歳で入隊、その後陸軍の歩兵となり、韓国、西ドイツ、韓国に駐留し、軍曹に昇進した。


脱走して北朝鮮へ

二度目の韓国駐留の時に、ベトナムに派遣されることになり、生きては帰れないと思って1965年にパトロール中に非武装地帯を越え、北朝鮮に入った。

北朝鮮に行けば、ロシアに行けると思って脱走したのだが、それが人生最大の誤りだったと。アメリカの片田舎出身者には驚くほど世界情勢にうとい人がいるので、ジェンキンスさんがこの様に信じてしまったこともうなずける。

先に脱走していた一人から「あなたは片足を煮え湯の鍋に突っ込んでいたのかもしれないが、ここへ来たら火の中に飛び込んだのも同然だ。」と言われたと。

筆者の学生時代にベトナム戦争は終了したが、当時『ベ平連』(ベトナム平和連合)というのがあり、脱走米兵をかくまって逃がす活動などをしていた。

ベ平連と脱走米兵 (文春新書)ベ平連と脱走米兵 (文春新書)
著者:阿奈井 文彦
販売元:文藝春秋
発売日:2000-09
クチコミを見る


このように本になっているほどで、当時は脱走兵というのは結構いたのだと思う。

ただジェンキンスさんの問題は、よりにもよって北朝鮮に逃げたことだ。


曽我ひとみさんとの結婚

北朝鮮にはその後40年間とどまることになるが、常に朝鮮労働党(『組織』と呼んでいた)の指導員が付き、監視の元に置かれる生活を送ることになる。

他の3人の脱走兵との共同生活が始まり、1972年前後からそれぞれが、騙して連れてこられたレバノン人、ルーマニア人、タイ人女性と結婚した。

ジェンキンスさんは、『組織』が白人の工作員を育成するために、脱走兵を結婚させたのではないかと考えている。

曽我さんと結婚することになったのも、韓国では米兵との混血児は珍しくないので、生まれた子供を韓国に潜入させる工作員とするためだったのではないか。

ジェンキンスさんは40歳になるまで、ずっと一人でいたが、1980年に曽我さんと出逢う。曽我さんと初めて会った時はこんな美しい女性をそれまで見たことがなく、知り合って40日で結婚式を挙げた。

曽我さんは1978年に19歳で拉致され、1977年に拉致された横田めぐみさん(拉致当時13歳)と一緒に1年半生活し、横田めぐみさんより朝鮮語を教えて貰った。

曽我さんの朝鮮名はミン・ヘギョンと言っていたそうだが、横田めぐみさんが娘にキム・ヘギョンという名前を付けたのは、曽我さんの朝鮮名からではないか。

ジェンキンスさんは曽我さんとの間に2女をもうける。美花さんとブリンダさんだ。美花さんは北朝鮮のプロパガンダ教育のために、最後まで日本に行くことには難色をしめしていたそうだが、「日本に来て北朝鮮を離れたのは人生で最高の決断だった」と確信するようになった。


北朝鮮での生活

ジェンキンスさんは北朝鮮での生活についても詳しくふれている。北朝鮮の中でも『特権階級』であったはずだが、それでも食うや食わずの生活だった。とても日本では考えられない窮乏生活だ。

北朝鮮では冬が最悪だ。

毎年アパート4世帯分として20トンの石炭を配給されたが、自分で粘土と一緒にこねて安定して燃える燃料としなければならなかった。全身真っ黒となり、大変な重労働だった。

それでも暖房が効かないので、もし水の配管が凍結したりすると、それこそ最悪だった。

電気の供給もひどい。

1997年以前は夏のあいだは半日は電気が来ていて、冬は停電が多かったが、1997年以降は冬はほとんど停電、主要な祝日以外はまったくといっていいほど電気の供給はストップしていた。

水も不衛生で、沸かさないと飲めないが、ガスの配給が限られているので料理をすると風呂を沸かすガスが残らず、20年あまりの間で家で熱い風呂に入った回数は5本の指で足りる。

食料も配給(有償)だけでは足りず、自分たちでトウモロコシや野菜などをつくり、物々交換した。

昼食はいつもひとみさんと一緒にトウモロコシでつくった麺を食べていたので、もう
見るのも嫌だと。

娘さんの学校の給食も米を供出しなければならなかったが、持っていった米の半分はくすねられてしまった。

北朝鮮での最大の問題は盗難であり、軍も警察も全く当てにならない。生きるために彼らが盗むのだ。だからジェンキンスさんたちも交代でトウモロコシ畑を寝ずの番をしていた。

娘さんたちが通っていた外国語大学(付属高校)も、北朝鮮の政府幹部エリートの子女が行く学校だが、窃盗の温床だった。



曽我ひとみさん帰国

娘さんたちは外国語大学で工作員として教育され、やがては外国に送り込まれ、家族には消息不明となってしまうのだろう。そんなことを予感する毎日だったが、2002年9月17日に決定的な変化が起こる。

北朝鮮が小泉首相に渡した生存拉致被害者のリストに、曽我ひとみさんが含まれていたのだ。

曽我ひとみさんは日本政府の拉致被害者のリストに入っていなかった。母親のみよしさんと一緒に失踪したと思われていたのだ。

小泉首相が2002年に北朝鮮を訪問する際に、北朝鮮が生存拉致被害者の一人として発表したので、日本では寝耳に水だった。

筆者も覚えているが、手書きのハングルのメモがテレビで報道され、そのうち多くの人が死亡と書かれていたのだ。

それからは日本でも知られている展開だ。まずは曽我ひとみさんと他の拉致被害者合計5名が一時帰国し、北朝鮮に戻ることを拒否した。

北朝鮮では日本政府が曽我さんの帰朝を阻止していると伝えられていたので、曽我さんが日本に帰国してからは、ジェンキンスさんは落胆して酒浸りになっていた。

小泉首相の2度目の訪朝の際に、小泉首相がジェンキンスさんと会って、帰国を勧めるが、ジェンキンスさんは北朝鮮から誤った情報を伝えられていたので、小泉首相を激しく非難する。

そこで第三国で家族が会うことを小泉首相が提案し、インドネシアで再会し、その後一家で日本に来たのだ。


横田めぐみさんの消息

横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさんは曽我さん達が帰国する際に、空港に見送りに来ていた。

ジェンキンスさんの推測では、キム・ヘギョンさんは陸軍のナンバープレートの車で来ていたので、横田めぐみさんは北朝鮮軍か工作員と結婚しているのではないか。

めぐみさんが海外で暮らしていることもありうるのではないか。

北朝鮮が北朝鮮人と結婚している日本人の帰国を認めるはずはないので、死亡したとされている拉致被害者の中には、北朝鮮人と結婚している人がいるのではないかと思うと。

もし横田めぐみさんの夫が現役の工作員だとすれば、北朝鮮はキム・ヘギョンさんをいわば人質として利用し、めぐみさんと夫が名乗り出ることができないようにしている可能性もある。


日本での永住を決意

日本で米国陸軍に復隊した後、軍法会議にかけられる。司法取引で脱走罪で25日間の禁固刑を終え、晴れて陸軍を除隊した。

今は曽我さんの故郷の佐渡で暮らしており、娘さん2人も日本に慣れ、新潟の大学に通っている。保育士になったり、音楽関係の仕事につきたいというのが娘さん達の願いだそうだ。

選択の自由がある社会で暮らしていることをありがたく思う。

カラオケではエルビス・プレスリーの歌が好きだそうだ。(ちなみに小泉首相もエルビスのファンらしい)

なにせ40年間も北朝鮮にいたので、財産は一切亡く、銀行口座も生まれて初めて日本でつくった様な状態だが、この本の出版契約がまとまったので、自費で故郷のノースカロライナに家族で行き、91歳の老母や親族とも再会を果たした。

日本の税金は一切使わずに行った。

現在は佐渡で畑仕事をしたり、英会話教室を手伝ったりしているが、免許を取り、普通の仕事につきたいと。ガソリンスタンドで働いても良いし、自動車修理や、大工仕事も得意だ。

もう65歳なのに、なんて素朴で謙虚な人なんだ!

重いストーリーではあるが、心が洗われる思いだ。一読をおすすめする。



参考になれば次クリックお願いします。




記事検索
Amazonライブリンク
最新コメント
訪問者数

    Categories
    • ライブドアブログ