舟を編む舟を編む
著者:三浦 しをん
光文社(2011-09-17)
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三浦しをんさんのベストセラー小説。

家内が町田図書館で借りていたので読んでみた。現在町田図書館でリクエスト人気ナンバーワンの本だ。36冊蔵書があるが、800件弱のリクエストが寄せられているので、普通だと半年以上待たなければならない。

三浦しをんさんは、町田市に10年ほど住んでいたこともあり、町田を題材にした「まほろ駅…」シリーズなどの三浦さんの作品は、常に図書館のリクエスト上位にある。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
著者:三浦 しをん
文藝春秋(2009-01-09)
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この本は250ページの本だが、1日で一気に読めてしまう。

本の帯が何種類かあるようで、アマゾンの表紙の絵も良いが、次の帯が一番登場人物がよくわかると思う。

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・右上から順に女性料理人の林香具矢(かぐや)。馬締(まじめ)が住む下宿の大家の孫娘だ。

・辞書編纂一筋で出版社を勤め上げ、定年後は嘱託社員となって同じ仕事を続ける荒木公平。

・営業部では変人扱いされていたが、辞書編集部に引き抜かれて天性の言葉に対する感覚を活かして新規の大辞書「大渡海(だいとかい)」編纂に取り組む馬締(まじめ)光也。

・左上が辞書監修者として常に用例採集カードを持ち歩き、辞書の用例として使う小説の初版本を捜し歩く松本教授。

・そして後半の主人公で、長年かけた「大渡海」が日の目を見る前に辞書編集部に異動してきた岸部みどり。

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・裏表紙の帯には辞書編集に取り組む馬締と、辞書編集部から営業部に異動した後もたびたび登場するチャラ男の西岡の絵が載っている。

小説のあらすじは詳しく紹介すると本を読んだときに興ざめなので、いつもどおり紹介しない。

ただ、250年近く続いているブリタニカ百科事典が印刷版を止め、電子版のみになってしまう時代なので、「大渡海」もいつ編纂中止に追い込まれるのかヒヤヒラしながら読んだとだけ書いておく。

三浦さんの小説は実にテンポが良い。

キャラクター設定も面白いので、いずれ映画化されるときには、誰が馬締になるのか想像するのも楽しい。ネットで調べたら、向井理(おさむ)という声がある。向井が身長182センチもあるとは知らなかったが、馬締も長身でやせ形という設定なので、たしかに適役かもしれない。

ちょっとした場面でも楽しめる。

たとえば、編集部の面々が松本教授と一緒に香具矢の務める料理屋「梅の実」に行く場面(アマゾンの表紙の帯の場面)では:

「馬締はいつにも増して、香具矢と目を合わせようとしない。そのくせ、器を受け取る際にちょっとでも指先が触れようものなら、盛大に赤面する。

香具矢はいままでよりも頻繁に、「みっちゃん」と呼びかける。そのくせ、贔屓だと取られてはならじと意識するあまりか、馬締のお通しだけ明らかに量が少ない。

なんなんだ。おまえら中学生か。なにがしたいんだ。

西岡の苛立ちは最高潮に達する。…」

辞書編纂の場面で、某大学教授の「西行」に関する原稿を西岡の依頼で馬締が編集してしまう場面も面白い。

某大学教授の原稿は、個人的思い入れ過多の文章だった。

「西行(1118〜1190)平安時代から鎌倉時代にかけて活躍した歌人にして僧侶。出家前の名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽上皇に仕えた北面の武士だったが、二十三歳の時に思うところあって、泣いてすがる我が子を振りきり出家した。

以後、諸国を旅し、多くの歌を詠む。「願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」は、現在にいたるまで人口に膾炙(かいしゃ)した歌である。

注:きさらぎの望月のころ=2月の満月の頃
  人口に膾炙=人々の評判になって広く知れ渡ること。

日本人であればだれしも、西行が描出したこの情景に感銘を受け、自分もそうありたいと願うことだろう。自然と心情を巧みに詠み、無常観に裏打ちされた独自の歌風を築いた。河内の弘川寺で没。」

これを馬締は次のように修正する。

「西行(1118〜1190)平安末・鎌倉初期の歌人、僧。俗名は佐藤義清(のりきよ)。北面の武士として鳥羽上皇に仕えるも、二十三歳で出家。

以後、諸国を旅し、自然と心情を詠んで独自の歌風を築いた。「新古今和歌集」には九十四首と最多歌数を採録。家集に「山家集」など。河内の弘川寺で没。」

しかし、馬締は、これだけでは辞書として不足だという。西行=不死身(西行が富士見をしている姿が好んで絵に描かれたことから、富士見から不死身となった)とか、西行=タニシ、西行桜西行掛け=西行背負い西行被き(かずき)などにふれる必要性についても議論をかわす。

そして西岡の意見を容れて、馬締は次のように付け足す。

「(西行が諸国を遍歴したことから)遍歴する人、流れもの」

いかにも辞書編集部でありそうなやりとりだ。ちょうど最近「西行物語」という本を読んだところだったので、興味深かった。

[新訳]西行物語[新訳]西行物語
著者:宮下 隆二
PHP研究所(2008-11-28)
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辞書編纂についても結構勉強になる。たとえば字体だ。辞書で使う漢字は「正字」(=「康煕字典」に基づいた正規の字体)をもって旨とするという。ただし「常用漢字表」と「人名用漢字別表」に載っている感じは「新字体」で表示するという。

たとえば「揃える」だ。

「揃える」のつくりの「前」の字が、「正字」だと、点々が右下がりのななめの点々になっており、横平行ではない。

これが活字としては正統な字体だという。

いままで全く気がつかなかった。

辞書の紙質についての製紙メーカーとのやりとりも面白い。辞書の紙は、薄くても裏が透けて見えず、指に吸い付くようにページがめくれるのがいい。紙同士がくっついて、複数のページがめくれるようなことがないような「ぬめり感」が重要だという。

これこそが辞書に使用される紙が目指すべき境地だと。

この本は岩波書店の辞書編集部と小学館の国語辞典編集、王子特殊紙株式会社の協力を得ているという。なるほどと納得できるやりとりだ。

筆者が中学に入って最初に買った辞書は三省堂の「広辞林」だった。実はみんなが言っていた「広辞苑」を買おうと思っていたのだが、名前が似ているので間違えたのだ。

その「広辞林」も昭和58年の第6版を最後に絶版となっている。その代りなのか、三省堂は「大辞林」という辞書を出している。

広辞林広辞林
三省堂(1983-01)
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大辞林 第三版大辞林 第三版
三省堂(2006-10-27)
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しかし「大辞林」もマーケットシェアという意味では、「広辞苑」に大きく差をつけられている。クイズなどでも、「広辞苑に載っている4文字熟語のなかで…」などという風に、「広辞苑」は良く使われている。

広辞苑 第六版 (普通版)広辞苑 第六版 (普通版)
著者:新村 出
岩波書店(2008-01-11)
販売元:Amazon.co.jp
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実は筆者の家では、古い広辞苑があったが、先日ついに処分した。大体ネットで検索すれば事足りるので、辞書を引く機会は本当に少なくなっている。

いつ辞書編纂が中止となるのか?そんな不安を覚えながらも、楽しく読めて、参考になる小説である。


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