プロ野球重大事件    誰も知らない”あの真相” (角川oneテーマ21)プロ野球重大事件 誰も知らない”あの真相” (角川oneテーマ21)
著者:野村 克也
角川書店(角川グループパブリッシング)(2012-02-10)
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野村克也楽天名誉監督のぶちまけ話。

巨人軍の元GM清武さんが、ナベツネとケンカして辞めて以来、清武さんがメディアに各種情報をリークしていると巨人軍関係者から非難されている。今日も清武さんが巨人軍などに名誉棄損で1千万円の損害賠償訴訟を起こしたと発表している。

清武の乱は、巨人軍のお家騒動ととらえられているが、本質にはプロ野球のあり方についての大きな問題をはらんでいるとノムさんは語る。


オーナーとは何者なのか?

清武の乱、落合の解任、ナベツネが難色を示し、楽天が反対して難産だった横浜DeNAの誕生。これらはすべて「オーナーとは何者なのか?」という問題を提起したのだと。

落合は、就任一年目でリーグ優勝し、8年間でリーグ優勝4回、日本一1回、一度もAクラスから転落したことがないという実績を上げた。しかし、推定3億7千万円という高い年俸と、好成績ゆえに選手の年俸上昇により球団は黒字になったことがないというお家の事情から、シーズン中に落合の解任は発表された。

優勝でもされたらクビを切りにくくなるからという理由だろう。

後任監督が立浪でなく、70歳の高木守道というのも財政事情のためだということを物語っている。

DeNAベイスターズ誕生の際にも、巨人のナベツネが「モバゲー」を球団名につけることに反対し、楽天の三木谷会長は、DeNAの経営の健全性がないことを理由にTBSによる球団売却に執拗に反対した。

ノムさんは、三木谷さんが反対したのは、2005年にTBS株の買収に失敗したことと、DeNAの創業者との間に個人的にいざこざがあったことが原因になっているらしいと語る。

ちなみにDeNAの中畑監督についてノムさんは、現代野球に不可欠の理論性、緻密さ、データの活用といった要素からは(あくまでイメージだが)最も遠いところにいると評している。

たしかにそうかもしれないが、DeNAは知名度を上げ、マスコミから注目されるために、中畑監督を欲しがっていたのであり、別に成績を上げようなどとは思っていないと思う。

筆者は今年、横浜ファンを引退したから冷静に言えるのだが、その意味では中畑監督は正解だと思う。


野球は文化的公共財

どのオーナーも加藤良三コミッショナーの「野球は文化的公共財である」という重みを全く理解していない。オーナーは監督の最大の敵なのだと。

楽天の三木谷会長や、島田オーナーは、「成績が悪ければ解雇される。成績が向上すれば続投する」という球界の不文律を無視して、楽天監督4年目に2位にまで引き上げたノムさんを解雇した。ノムさんはよっぽど頭にきたようだ。三木谷さんも島田さんも球場に足を運ぶことはほとんどなかったという。

ちなみに三木谷さんもこの本を読んだのかもしれないが、急に楽天のオーナー復帰を発表している

そんなノムさんが絶賛するのが、ソフトバンクの孫さんだ。楽天がクライマックスシリーズに進出したときに、面識もないソフトバンクの孫さんから激励のメッセージをもらったという。

「真の人格者とは、こういうものなのか」と孫オーナーのもとで監督を務めることができた王貞治をうらやましく思ったという。

昨年ソフトバンクが日本一になった時には、ホークスの選手は孫オーナーを胴上げし、孫さんはビールかけにも嬉々として参加した。

ノムさんはヤクルト監督就任の際にも、オーナーのサポートがあったことを語っている。


暴露話あれこれ

杉内が巨人に移籍した原因は、ソフトバンクの編成を取り仕切っている小林至取締役の心無いひと言が原因だったという。「きみがFAになっても、必要とする球団はない」。

小林取締役は東大野球部出身のプロ選手だが、プロでは一軍登板を果たせず、引退後は渡米としてMBAを取り、スポーツビジネスに携わった。その後、ソフトバンクの取締役に就任し、杉内事件の責任を取り、編成部からはずれた。

暴露の第一弾は、長嶋と杉浦に当時の南海球団は、月額2万円の小遣いを卒業まで支給していたことだ。南海には立大の先輩の大沢啓二さんがいて、長嶋と杉浦に「おまえらも南海に来い」、「わかりました」という具合だったという。

大卒の初任給が1万5千円の時代の2万円なので、ちょっとした金だったが、南海は長嶋の契約金からいままで払っていた小遣いを減額すると申し渡して、当時1,800万円という巨額の契約金を提示した巨人に長嶋をさらわれた。

契約金の前渡しとは思っていなかった長嶋はいっぺんで南海に幻滅したらしい。長嶋は大沢さんに土下座して謝ったという。


巨人と試合する時は、敵は10人

「巨人と試合する時は、敵は10人だと思え」といろいろな人に言われたが、1961年の日本シリーズで、セリーグ出身の円城寺審判が、スタンカのストライクをボールと判定、「ふつうならストライクだが、風があったので沈んだ。それでボールだ」と。

これでスタンカは気落ちして、結局南海は日本シリーズで敗退した。ノムさんは「円城寺 あれがボールか 秋の空」という川柳をつくったという。

スタンカは、さよならヒットを浴びたとき、本塁のバックアップに入るとみせかけて、円城寺主審に体当たり、ほかの選手やコーチも暴行を加えたという。

日本初のスコアラーは、鶴岡監督時代の南海の尾張スコアラーだという。元新聞記者の人で、7色の鉛筆をつかって、敵と味方の特徴をメモにしていったという。後に西武の根本さんに乞われて広岡監督のもとでデータ野球に貢献したという。


サッチーの武勇伝

ノムさんが1977年に南海の監督を解任されたのは、女性問題、つまりサッチーのためだという。前妻との離婚調停中に、サッチーと同棲していたことが問題視され、南海のオーナーと後援会長のトップ会談が行われて決まった。

後援会長の比叡山の僧侶からは、トップ会談の前に「野球を取るか、女を取るか、ここで決断せい」と言われて、「女を取ります」と即答して席を立ったという。

車で待っていたサッチーが話を聞いて、寺に乗り込み、「野村を守るのが後援会長たるあんたの立場でしょ!野球ができなくなるとはどういうことよ!」と坊さんに向かって啖呵をきったら、剣幕におののいた坊さんは受話器を取り上げて「警察を呼ぶぞ」と言ったという。

ノムさんは坊さんに幻滅するとともに、サッチーに「この女はただものではないな」とあらためて思ったのだと。

今はTBSの関口博のサンデーモーニングに出ている張本さんは、今はご意見番みたいにいわれているが、「張本くらいチームを私物化した選手もいないだろう」とこき下ろしている。

ツーアウト・ランナー一塁で、ランナーに「走るな。じっとしとれ」と言って、ランナーを走らさずにヒットが出やすくさせたという。バッティングにしか興味がなく、肩も弱く、フライは追いかけるふりをするけど、本気で球を追うことはしないというありさまだったと。

そのほか、球界のケチの話。長嶋一茂、息子カツノリの話なども面白い。この本はアマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして、目次を見て、どんな内容なのかチェックしてほしい。

ノムさんは、もう監督はやらないつもりのようだ。他人の迷惑も考えず、言いたい放題だ。読者としては楽しめる本である。


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