ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論
著者:小林よしのり
小学館(2010-12-15)
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小林よしのりの近著は、このブログでも紹介している「天皇論」、「昭和天皇論」に次ぐ天皇論三部作の完結編だ。

ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論
著者:小林 よしのり
小学館(2009-06-04)
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ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論
著者:小林 よしのり
幻冬舎(2010-03)
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皇室の起源や天皇の祭祀について知らないことが多かったので、「天皇論」、「昭和天皇論」は大変参考になった。

この本も高森明勅(あきのり)日本文化総合研究所代表や、田中卓皇學院大学元学長などの神道学、皇室古代史研究の専門家のアドバイスやチェックを得ているので、前2作と同様、非常に内容が濃いものになっている。

ちなみに高森さんと田中さんは次のような本を書いている。

歴代天皇事典 (PHP文庫)歴代天皇事典 (PHP文庫)
PHP研究所(2006-10-03)
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田中さんは大正12年生まれで今年88歳になる。「田中卓著作集」が出版されている古代史・皇室史研究の大家だ。

日本国家成立の研究 (1974年)
著者:田中 卓
皇学館大学出版部(1974)
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田中卓著作集〈5〉壬申の乱とその前後 (1985年)
著者:田中 卓
国書刊行会(1985-09)
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ちなみに田中さんは「万世一系」は一つの糸のように感じるが、これは明治になってから頻繁に使われた言葉だという。昔使われていた「万葉一統」という、帯のように直系も傍系も一族郎党がつながっているというイメージが正しいという。

天皇論三部作でも高森さんがすべて内容をチェックしてくれているとのことである。議論の内容は専門家の高森さんの受け売りなのかもしれないが、それにしてもマンガというよりは、挿絵が充実した本と言った方が良いくらいコンテンツは充実している。


男系絶対主義の主張を逐一論破

小林よしのりは、男系絶対主義者の論拠を逐一論破している。

★過去10代、8人の女性天皇がいて、決して名前だけの中継ぎではなく、それぞれ「天皇」という称号を始めたり、「日本」という国名を決めたり、伊勢神宮の式年遷宮を始めたり、歴史上重要な決断をしている。皇統は決して男系だけではなかった。

★昭和天皇が「人倫に反する」として廃止した側室制度がない現代の皇室では、男系継承はいずれ不可能となる。このままでは皇位継承者に過大な負担を強いる結果となり、雅子皇太子妃バッシングなどの例もあり、皇位継承者と結婚しようとする女性を思いとどまらせる強力な圧力となる。

★日本はもともと男系・女系の区別のない国で、男系絶対主義は男尊女卑の「シナの伝統」であり、日本古来の伝統・風習ではない。そもそも皇祖神は女性の天照大神(あまてらすおおみかみ)である。明治時代の「皇室典範」制定時に男尊女卑思想があったので、男系継承という原則が打ち出された。しかしそれは側室制度があってはじめて成り立つ原則だ。

★八木秀次氏が喧伝していた「Y染色体論」は今やSRY染色体(sex-determining region Y)が男性を決定するという説に変わり、XX男性、XY女性も存在することが立証され、男系絶対主義者の科学的論拠は崩れた。

「女性天皇容認論」を排す―論集・現代日本についての省察「女性天皇容認論」を排す―論集・現代日本についての省察
著者:八木 秀次
清流出版(2004-11)
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2006年に生物学ライターの竹内久美子さんの「万世一系のひみつ」という本のあらすじを紹介しているが、竹内さんはY染色体を根拠に男系絶対主義の根拠を説明していた。

今回小林よしのりがさかんに強調する「SRY染色体」というのは、初めて聞く言葉なので、竹内久美子さんの「万世一系のひみつ」を読み返してみると次のようになっている。

「性染色体の交差はまったくないのではなく、Yの両端にはほんの少しXとペアとなす部分があり、そこで交差することがある。だから父から息子へYが受け継がれるときにはこういう交差と、稀に突然変異が起きることによってごくわずか変化します。

しかしともあれ、男はYを父親から受け継ぐ。それは、父親のものとほぼ同じであることは言える。男系の男子でつなぐとはそういうことなのです。」

出典:「万世一系のひみつ」

Y染色体説は例外もあるという注意深い書き方になっている。

遺伝子が解く!万世一系のひみつ (文春文庫)遺伝子が解く!万世一系のひみつ (文春文庫)
著者:竹内 久美子
文藝春秋(2009-05-08)
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竹内さんは最終的には女帝でも男系継承でもどちらでもよいという立場だが、女帝の場合には旧宮家などの皇室タイプのY染色体を持った男性との結婚が望ましいとしている。

これは筆者の意見だが、小林よしのりがこの本で主張するように、「Y染色体原理主義」のような議論はすべきでないと思う。かつて女帝がいたという皇室の歴史と、現代の結婚感覚に明らかに反するからだ。


★血のスペアとして旧宮家出身者を皇族とすべきだという議論がある。しかし、その候補といわれている4人は、男系絶対を叫ぶ竹田恒泰氏を除いて、いまだ不明のままである。よしんば4人が身分を明かしても、旧宮家と今上天皇との系統は600年前の崇光天皇の子栄仁親王までさかのぼらないとつながらないような人を、皇族、ひいては天皇として国民は認めないだろう。

そもそも昭和22年には竹田さんのお父さんも生まれていないので、「旧皇族」というのは「消防署の方から来ました」といって消火器を売り込むやりくちと同様の、不適切な用語であると批判している。

竹田さんはいくつも本を書いているので、別ブログでは「語られなかった皇族の真実」のあらすじを紹介している。

語られなかった皇族たちの真実 若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」 (小学館文庫 た 15-1)語られなかった皇族たちの真実 若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」 (小学館文庫 た 15-1)
著者:竹田 恒泰
小学館(2011-02-04)
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そのものズバリの「皇統保守」という本や、前回紹介した「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」という本も書いている。特に「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」は30万部を超えるベストセラーとなっている。

皇統保守皇統保守
著者:竹田 恒泰
PHP研究所(2008-08-01)
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日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)
著者:竹田 恒泰
PHP研究所(2010-12)
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★そもそも11旧宮家は、昭和22年に皇籍離脱させられたが、これはGHQでなく昭和天皇の意志だという。皇族は多すぎ、勝手な行動が度を超している人もいたからだ。

一例として挙げられているのが、昭和天皇の皇后、香淳皇后の父、久邇宮邦彦王だ。
宮中某重大事件は昭和天皇の久邇宮良子女王(香淳皇后)との婚約を取り消そうと山形有朋が画策したものだが、このとき良子女王の父、久邇宮邦彦王が大正天皇の皇后、貞明皇后に直接手紙を書いたので、臣の身分を超えた行為に皇后は激怒したという。

それ以来、貞明皇后(昭和天皇の皇太后)は皇族は多すぎると語っていたという。

竹田恒泰氏は対談を申し込んできたという。

竹田さんは一般的には「法隆寺を鉄筋で建て替えたら法隆寺ではなくなる」と主張しているが、男系で皇統が途絶えたら、その時は自分はいないので、その時の国民が決めればよいとメールで回答してきたので小林よしのりは対談を断ったという。


★渡部昇一との公開質問状
この本では渡部昇一と小林よしのりの往復公開質問状を掲載している。男系継承を主張する渡部昇一を「皇統の弥栄(いやさか)よりも、自分の面子を重んじ、過去の栄光にしがみつくだけの人間を相手にしている暇はありません。形骸は、断ずるのみです」と片づけている。


皇室典範改正は急務

現行の「皇室典範」は「法律」とされたので、国会に議決権があり、天皇陛下には議決権はない。しかし明治時代までは「皇室典範」は天皇家の家法とされ、天皇陛下が決めていた。

たとえ悠仁(ひさひと)さまが将来皇位を継承することになっても、今上天皇陛下の他の孫はすべて女性なので、男系皇族しか認めない現在の皇室典範では、女性の皇族は黒田清子様のように結婚すると皇籍離脱する他なく、いずれ皇族は悠仁さまだけという事態が来る。

天皇陛下は祭祀王であり、数々の祭祀を皇居で国民のために営んでおられることは、、「天皇論」の”皇室祭祀”で紹介しているので、参照して欲しい。皇太子殿下も多くの祭祀を天皇とともに営んでおられる。それゆえ皇太子殿下には、はやくからの帝王教育が必要である。

あってはならないことだが、もし今上天皇陛下に万が一のことがあり、皇太子殿下が天皇に即位されると、秋篠宮殿下や悠仁さまは皇太子にはなれず、女性天皇を認めないと愛子さまも皇太子になれないので、皇太子不在という事態となり、次の天皇の負担は重くなる。

それゆえ「皇室典範」を改正し、女性宮家を創設して、女性天皇、女性皇太子を認めることが、皇統継承の道であり、たぶん今上天皇、皇太子殿下、秋篠宮殿下もそれを望んでおられるのではないかと小林よしのりは主張する。

平成17年に小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」の報告書も女系容認、長子優先と結論づけている。これを早く法律案にすべきだと。また宮内庁はだいぶ以前から皇室典範改正に向けての準備を始めているのではないかと。


男系継承反対派も沈黙?

小林よしのりが、高森さん、田中さんなどの専門家のアドバイスを得て、このような論陣を張ったので、一時は男系継承に傾いていた桜井よし子氏や大原康男氏、八木秀次氏もこの問題については沈黙を守るようになったという。

「女系天皇論」の大罪「女系天皇論」の大罪
著者:小堀 桂一郎
PHP研究所(2006-01)
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結論として小林よしのりは、天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下で話し合い、最終的には今上天皇が決断され、周りは天皇の意志を忖度すべきだと主張する。

天皇陛下、皇太子殿下、秋篠宮殿下も法律が決めることとしながらも、話し合う方向でも発言されている。

たぶん国民にとっては、天皇家で話し合った結果がもっとも説得力があるのではないかと筆者は思う。


小林よしのりの限界

この本の小林よしのりの議論は、納得できる点が多いが、そこまで言うなら、小林よしのりが、今上天皇陛下のご即位20年記念の茶会に招かれて、侍従から天皇陛下と直接言葉を交わすように勧められたのに、なぜそれを断ったのか理解に苦しむ。

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出典:本書34-37ページ

天皇陛下のお近くに行って、畏れおののいて何も言えなくなったのだろうが、小林よしのりが茶会に招待されたのは、もとはといえば何十万人もの読者が天皇制に興味を持ち、「天皇論」を読んだからである。

上記の議論のように、皇位継承問題については天皇家のご意見を忖度することが非常に重要である。ひょっとすると天皇陛下から何らかのヒントや言葉を引き出せた千載一遇のチャンスなのに、なぜここは読者の代表として、あたかも役者のように役目を果たすという発想にならなかったのだろう?

筆者は、たぶんこの原因は小林よしのりの「マンガ家コンプレックス」にあると思う。

小林よしのりは「マンガの殿堂」を作りたがっていた麻生太郎元総理と親しいようだが、麻生さんの主張を待つまでもなく、マンガは"cool Japan"の代表例として日本の誇る世界的なコンテンツである。

これは筆者の意見だが、小林よしのりの作品は、もはやマンガの範疇を超えた「挿絵の多い本」であり、そのコンテンツの重要性はマンガだからといって卑下する必要はなく、もっと自信を持つべきである。

上記のページの続きの38ページには次のような絵がある。

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出典:本書38ページ

小林よしのりも、本心は悔やんでも悔やみきれないという気持ちなのかもしれないが、同じく招かれたビートたけしのようにきちんと天皇陛下と言葉を交わし、「この人のためなら死んでもいい」という気持ちを、われわれ読者にも伝えてほしいものである。



あとがきに「本書がいつか必ず、国体を救うために描かれた邪念なき作品だったと、評価される時が来るだろう」などと書く前に、国民に伝える語り部という自覚を持って行動して欲しいものである。

参考になる良い本なのにもかかわらず、この一点のために残念ながら筆者の読後感は悪い。

ともあれコンテンツは充実している。400ページの大作で文字が多く、筆者も読むのに4日かかった。読みづらいマンガだが、一読の価値はあると思う。


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