日本農業の実態を農業雑誌の編集者が偏見なしにレポートした本。

一時はアマゾンの新書売上ランキングでトップだったこともある。現在も新書売上ランキングで40位前後で、引き続き売れている様だ。

日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書)日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 (講談社プラスアルファ新書)
著者:浅川 芳裕
販売元:講談社
発売日:2010-02-19
おすすめ度:4.5
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月刊「農業経営者」副編集長の浅川芳裕さんの日本の農業の現状分析。

農業経営者 2010年5月号(171号)農業経営者 2010年5月号(171号)
販売元:農業技術通信社
発売日:2010-04-01
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別の本に紹介されていたので図書館で借りて読んでみたが、気がついたらアマゾンでなんと売上100位前後に入っているベストセラーだった。筆者が今年になって読んでから買った数少ない本の一つだ。アマゾンの新書売り上げNo. 1で、ホリエモンが絶賛していると本の帯に書いてあった。

この本を読んで日本の農業政策について、政府もマスコミも信用できず、何を信用したらよいのかわからなくなった。

比較検証のために、「食品自給のなぜ」という農水省の食料安全保障課長が書いた本と、法政大学講師の書いた「食料自給率100%を目ざさない国に未来はない」も読んでみたので、それからの情報も織り込んであらすじを紹介する。

食料自給率のなぜ (扶桑社新書)食料自給率のなぜ (扶桑社新書)
著者:末松 広行
販売元:扶桑社
発売日:2008-11-27
おすすめ度:4.0
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食料自給率100%を目ざさない国に未来はない (集英社新書)食料自給率100%を目ざさない国に未来はない (集英社新書)
著者:島崎 治道
販売元:集英社
発売日:2009-09-17
おすすめ度:4.0
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国産農産物愛用キャンペーン

日本政府、農水省、そしてマスコミは「農家弱者論。国産農業危機論」で凝り固まり、石川遼などをつかったテレビCMで国産食品愛用を訴えている。

農水省が金を出し、電通の中に「食料自給率向上に向けた国民運動推進本部」を置いて有名タレントを使って広告を作っている。食品自給率向上のための農水省の予算は2008年度は166億円で、前年度の65億円から2.5倍になった。

しかし、この本を読んで、日本の食品自給率が41%で、世界の主要国で最低だと言うのが、そもそも恣意的な数字ではないかという疑問が起こった。

次が日本のカロリーベースの食品自給率の推移だ。

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そして次が世界主要国の食品自給率の比較だ。

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出典:いずれも日本国内食品自給率ホームページ

農水省のホームページには「食料自給率の部屋」というセクションがあり、食品自給率アップが農水省の政策の目玉になっていることがわかる。

食品自給率アップについては、自民党や民主党も同じトーンでマニフェストで訴えているし、メディアもこの食品自給率を鵜呑みにしている。

ところがどっこい、この食品自給率の「カロリーベース」というのが、くせものなのだ。


日本独自のカロリーベースの自給率

カロリーベースの自給率とは次の数式だ。

(一人一日あたり国産供給カロリー)÷(一人一日あたり供給カロリー) 

しかしこの内訳は:

{(国産+輸出)供給カロリー}÷人口/{(国産+輸入ー輸出)供給カロリー}÷人口

なのだ。つまり分母は日本全体の供給量なので、当然大量に発生する食べ残し、消費期限切れの廃棄食品も含まれている。

ためしに数字を見ると、2008年は

1012キロカロリー ÷ 2473キロカロリー = 40%

筆者は消費カロリーも計れる体重計を持っているが、筆者の消費カロリーは大体1,850前後、つまり上記の分母は筆者の消費カロリーの1.5倍の数字なのだ。

実際の国民一人当たりの消費エネルギーを1,850キロカロリーとすると(分母)、分子をいじらなくても自給率は一挙に56%にあがる。つまりカロリーベースの自給率を上げるには食べ残しや賞味期限切れを減らすことが有効なのだ、

さらに分子の国内供給カロリーには、農家の自家消費や親戚・近所への提供は含まれていない。日本の農家のほとんどは兼業農家で、もっぱら自家消費用に野菜やコメなどをつくっているが、これはカウントされていないのだ。


カロリーベースだと自給率が低くなる要因

農家が米を生産調整でやめて、野菜や果実に切り替えると、売上は増えて供給金額は増える。ろころが、野菜はカロリーゼロに近く、果実の生産量は少ないので、国産供給エネルギーとしては大幅に減少する。

国のコメ減反政策に従って、農業経営者にとって合理的な産品の切り替えをやると、生産金額ベースの自給率は上がるが、カロリーベースの自給率は下がるのだ。

こういった分母を大きくして、分子を小さく抑える工夫があるのが、カロリーベースという日本と韓国でしか採用されていない自給率だ。他の国では、穀物輸入比率という指標はあるが、カロリーベースの自給率という比較はない。農水省の役人がせっせとFAOなどの統計を元に各国の自給率を計算しているのだという。

また肉、鶏卵、酪農品はエサを輸入に頼っていると、たとえ国産の産品でも国産から除外される。畜産品の自給率は金額ベースだと70%だが、農水省によるカロリーベースだと17%で、これが全体にも響いてくる。

たとえば石川遼がテレビCMで宣伝していた”卵かけご飯”。卵は当然100%国産と思ったら大間違い。カロリーベースの自給率では卵は10%と低くなる。鳥のえさはほとんどが輸入だからだ。

この卵の自給率については農水省の課長の「食品自給率のなぞ」にも書いてある。じゃあなぜ卵かけご飯を国産食品としてCMで宣伝するのかよくわからないところだ。

たとえ輸入のエサを使っていても、肉や酪農品は国産であることは間違いない。たしかに飼料の輸入が完全にストップしたら、生産に支障をきたすかもしれないが、それは日本でけではない。

昔と異なり農産物の貿易市場が巨大化している現在では、世界各国が自国の強い産品を生産し、自国が弱いものは輸入している。農産物の貿易が止まるという「戦時体制」を前提とした食糧自給率に何の意味があるのかと思う。


生産額ベースの食品自給率だと66%

こういった問題点があるので、生産額ベースの総合食品自給率を使えという声も有識者の間に強いという。もし生産額ベースの自給率を割り出すと、日本の食品自給率は66%になる。

要は数字のマジックなのだ。農水省が自分達の政策を通すために、都合の良い数字と計算式を作り上げている自作自演の食品自給率キャンペーンなのだ。

その証拠に、もともと自給率は1965年から生産額ベースで発表されていたが、1983年からカロリーベースでも発表され、1995年からはカロリーベースで最近まで統一されてきた。発表する数字のベースを意図的に変えていたのだという。

農水省の課長の本でも、食品自給率はカロリーベースと生産額ベースの両方が一つのグラフで示されているが、生産額ベースの自給率を使わない理由の説明はない。

日本の小学生の教科書でも自給率を高めてきたと紹介されている英国は、カロリーベースで農水省が計算すると着実に食品自給率を向上させてきているが、生産額ベースでは日本の自給率を下回るという。

気候の厳しい英国では日本の様に高価格の野菜とかは生産できない。

穀物の自給率は高いので、カロリーベースでは高くなるが、生産額ベースでは自給率は1991年の75%から2007年には60%と15%も下落して、日本を下回っていると浅川さんは指摘する。


日本は世界第5位の農業大国

この本のタイトルにあるとおり、FAOの統計から割り出すと一位の中国、それから順にアメリカ、インド、ブラジルと続き、日本の農業生産は約8兆円で、世界第5位となる。そして農家の所得は世界第6位だ。

「日本農業は弱い」なんて誰が言った?と著者の浅川さんは語る。

「農業はきつい仕事のわりに儲からない。だから、もっと農家を保護しないと日本人の食料は大変なことになる」という主張は、農水省がつくりだしたもので、その目的は農水省の省益、天下り先の確保であると浅川さんは指摘する。

ある農水省の幹部は、「自給率政策がなければ俺たちが食っていけなくなる」とまで語っているという。

浅川さんは政治家に会うと、必ず日本の農業生産規模が世界第何位か聞くことにしているという。大体50ー80位という答えが多く、正確に答えられる政治家はいなかったという。

多くの政治家が農水省の宣伝を鵜呑みにして、日本農業の強さを認識していないのだ。


日本の農家は兼業農家が圧倒的多数

民主党の戸別所得補償政策の対象の農家はコメで180万戸、そのうち100万戸は、1ヘクタール未満で、農業所得は数万円からマイナス10万円程度。これでは食べていけないとして、1ヘクタール当たり95万円が補償される。

しかしこれら100万戸の平均所得は500万円で、彼らのほとんどは役所や農協など一般企業につとめるサラリーマンの週末農業で、「疑似農家」なのだと。

「スケールの大きな家庭菜園がついた一戸建て住宅に住む、日本でもっとも贅沢な階層」と言っても良いと浅川さんは語る。

もっぱら生産コストの高いコメや野菜をつくり、自家消費や近所・親戚に配っている。

日本の農業従事者の数は1960年の1,200万人から現在は200万人以下に減っているが、一人当たりの生産量は5トン以下から25トンに増えている。

農業従事者推移













出典:本書117ページ

兼業農家は農薬の知識もないので、やたら農薬をばらまき環境に悪影響がある。規模が小さいのに機械も導入するので、日本のコンバインの保有数は97万台で、米国の41万台、中国の40万台に倍以上の差をつけた圧倒的世界一位だという。


民主党の戸別所得補償制度は間違い

民主党内閣が打ち出している「戸別所得補償制度」は、2011年度から1兆4千億円を使って、日本の農業を赤字まみれのダメ農家で埋め尽くそうとしていると浅川さんは切り捨てる。

民主党の計算では、1ヘクタールで最大95万円が補償される。これなら単に農地だけ持って、形だけ農業するふりをした方が良い。年に1-2週間しか農作業に従事しない疑似農家を助ける制度なのだと。

そして所得補償の対象となるコメは1兆8千億円、小麦は300億円、大豆は240億円しか生産規模がない。

日本全体の農業生産は8兆円で、野菜が2兆3千億円、果樹が8千億円、花卉(かき)が4,000億円だ。

民主党は、EUは直接所得補償のおかげで自給率を向上できたというが、小麦に対するEUの補助金は1ヘクタール当たり5万円程度だ。

ところが民主党案は、日本で1ヘクタールで小麦をつくるとそのコストが60万円、小麦の販売価格が6万円だから、差額54万円を全額補填するというもので、実にEUの補助金の10倍以上の法外なのものだ。

「食品自給率のなぞ」で農水省の課長も認める通り、そもそも国産小麦は品質が悪く、安くしか売れないという。

また輸入とはいえオーストラリアの小麦は日本のラーメン、うどん向けにつくった品種で、日本に売るしかない品種だという。また日本の食品として必要な小麦は540万トン、それを米国300万トン、カナダ150万トン、オーストラリア100万トンと、いずれも友好国から輸入している。アメリカと戦争でもしない限り、これらの友好国からの供給がストップすることはないだろう。


民主党の本当のねらいは疑似農家関連の500万票

浅川さんは農業界全体を弱体化させることが民主党の本当のねらいだと語る。小沢一郎前幹事長も、選挙でわかりやすい「所得補償」に政策名を変えろと指示したという。

民主党は100万戸の疑似農家の、家族や親類を入れた500万人という票が欲しいのだと。

都市部と比べて一票の差が2-3倍ある地方では、500万人の疑似農家関係者が一大勢力で、農家の票を抑えたら地方や都市郊外の小選挙区で勝利することができる。


日本の農家の数はまだ多すぎる

日本の農家は他の先進国に比べてまだ多すぎるという。日本は人口の1.6%が農家だが、米国はじめ欧州各国でも1%を切っている。

日本の面積30アール以上、農業売り上げ50万円以上の農家は200万戸ある。売り上げ1,000万円以上の農家はわずか7%だが、かれらが日本の農業生産の8兆円の6割を生産しているのだ。

農家の所得につき「農業経営者」が独自に行った2,600人のアンケート結果では、平均所得は343万円で、社員4-9名の中小企業の年収平均243万円を上回っているという。

農業人口の高齢化が問題とされるが、全体の7%のプロ農家が高齢化したのではない。全体の8割を占める疑似農家の多くが、リタイアして農業に精を出し始めた人たちだからだ。農業人口の高齢化は必ずしも悪いことではないという。


農業は成長産業

農業は成長産業というのが世界の常識だ。次が世界の貿易額のグラフだが、年々拡大し、特に近年は相場上昇とともに急激に拡大している。

世界の農産物貿易







米国のオバマ大統領は、「世界市場のなかで、高度な技術力とマーケティング力、そして経営判断が求められる複雑な仕事だ」と農業を評している。

そんな将来性のある農業振興のため、浅川さんは次の8つの政策を提案している。

1.民間版・市民レンタル農園の整備
2.農家による作物別全国組合の設立 成功例は米国ポテト協会などだ
3.科学技術に立脚した農業ビジネス振興 たとえばイチゴのとちおとめを世界商品にすることなど
4.輸出の促進
5.検疫体制の強化
6.農業の国際交渉ができる人材の育成または採用
7.若手農家の海外研修制度
8.海外農場の進出支援

日本の農業の可能性を信じているのが和郷園の木内博一代表だという。日本の農作物は世界一だと思っているので、ジャパンプレミアムを創設するのだと。

和郷園がタイで生産するバナナはドールよりも高く売れているという。


農家弱者論との対比

「食品自給率のなぞ」や「食品自給率100%を目ざさない国に未来はない」は、従来型の議論が中心で、単に食料輸入断絶というあり得ない事態の不安をあおるだけで、何の解決も提案していない様に思える。

農水省の課長は「ご飯を一食につきもうひと口食べると食品自給率が1%アップする」と、もっとご飯をたべることが自給率アップに繋がるという。

どうせ国民に訴えるなら、技術革新で生まれ、世界中で生産の中心となっているGMO食品を本格導入して、国産農産物の生産量を上げるとか、食べ残しを減らす運動を推し進めるとか、賞味期限切れの食品撲滅運動を行うとか、別のことで自給率をアップさせることができるだろう。

両論比較して読むことで、むしろ浅川さんの鋭い指摘と、統計の読み方に強い印象を受けた。

浅川さんの主張の根拠を提供しているのが青山学院大学の神門教授の次の本だ。

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)
著者:神門 善久
販売元:NTT出版
発売日:2006-06-24
おすすめ度:4.5
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こちらも近々読んでみる。


冒頭に述べた通り筆者が読んでから勝った数少ない本の一つである。一読の価値はあると思う。


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